機械仕掛けのチルドレン・第九話A




 9月20日。

 京都市立第九中学校三年A組。

「おっはよ~っ♪」

 今日も朝からゴキゲンなアスカが教室のドアを開けた途端、クラス全員の視線が集まる。

「え♪?」

 なんせアスカの性格だ。自分に注目が集まるのは、ちょっと照れくさいが気分が悪い訳がない。で、勢い、

「や~ね~♪ そりゃさあ、みんながあたしを見たいのはわかるけどお、そんなに見られたらはずかしいじゃないのお♪」

などと言いながら、わざわざ品を作りつつ教室に入って行く。やや頬を染めたセーラー服姿のアスカがこのような態度を見せているのだから可愛くない筈がない。この様子を見ながら、アスカに続いて歩いていたシンジも、直接自分の事ではないのに、

(…な、なんか、照れくさいなあ…)

と、こそばゆい気分になっていた。ところが、

「おはようございます♪」

と言いつつ、シンジに続いてマリアが入った途端、

「お~っ♪」
「お~っ♪」
「お~っ♪」
「お~っ♪」

と、一斉に歓声が上がる。

「え?」
「え?」

 シンジとアスカがやや驚いて教室の中を見回すと、何と、クラスの視線はマリアに集まっているではないか。

「……」
「……」

 どうやら、アスカが入って来た時に注目が集まったのは、その後に入って来るだろうと思われるマリアに対する期待だったようだ。

 考えてみれば二人とも随分とオマヌであると言わざるを得ない。昨日まではこんな事はなかったのだから、今日に限ってこんな反応がある事自体、おかしいと思わなければならない筈だ。

 で、遅ればせながらもそれに気付いたアスカは、

「…シンジ、かえったら、たっぷり話があるからね…」

「ちょ、ちょっと、アスカあ…」

 こうなるのはシンジの宿命である。

 + + + +

 第九話・ロボットなのに!?

 + + + +

 シンジとマリアが席に着くと、チルドレン以外の男子生徒が一斉にやって来て二人を、いや、正確に言うとマリアを取り囲み、

「なあなあ水無月、お前、どっから見てもロボットには見えへんけど、ホンマにロボットなんか?」

とか、

「お前、女の子のかっこしてるけど、外側だけ男に変えても対応できるんけ?」

等と、口々に質問を浴びせかける。無論、マリアはそれらの質問に対して、ニコニコと微笑みながら、

「はい、私の外観は、極力人間の皆様に近づけると言う設計思想に基づいてデザインされております。しかしながら、多少のアクセントは必要と言うことで、髪の毛は緑に、そして、赤い髪飾りの形をしたアンテナを装着しております。後、私がアンドロイドであると言うことを証明する方法と致しましては、レントゲン写真を撮っていただくのがいちばん簡単かと思われます。

 次に、私が女性型になっておりますのは、宇宙ステーションのメイドと言うコンセプトが根本にあるからでございまして、プログラムもそれに合わせてありますので、残念ながら、外観だけ男性型にしても、すぐには対応できません。それに合わせてプログラムを変更する必要がございます」

と、応対する。そして、それを聞いた男子生徒は唸って感心し、また、次の質問を浴びせる、と言った寸法だ。そして次第に、女子生徒もぼつぼつやって来て、興味深げに話を聞いている。

 無論、中学生の男子の事だから、スリーサイズや体重など、中には結構不躾な質問もあるのだが、当然の事ながら、マリアは嫌な顔一つせず、ニコニコと応対する。

 その様子を隣で見ながら、シンジは、

(やっぱりこのあたりはアンドロイドだな。アスカだったらカンカンに怒るような質問でも平気で答えてるよ)

 その時、

キーンコーンカーンコーン

 授業開始の本鈴が鳴ったが、無論、それぐらいでは生徒は席には戻らず、マリアに質問している。

 で、そうこうしている内に、

ガラッ!

 ドアが開いて教師が入って来た。慌てて席に戻る生徒たち。

「起立! 礼! 着席!」

 + + + +

キーンコーンカーンコーン

「起立! 礼! 着席!」

 1時間目の授業が終わるや否や、またもやマリアの所に生徒が群がる。その様子にシンジも、

(どうなってんだ。昨日はこんなことなかったのに…)

と、少々驚いている。どうやら、昨日は初日と言う事で少々遠慮があったのだが、一日経って、みんな好奇心が抑えられなくなったと言う所なのであろう。

 で、朝と同じような調子でマリアが受け答えする中、

「シンジ」

 聞きなれた声に、シンジが、

「ん?」

と、その声の方を向くと、アスカが手招きをしながら、

「ちょっとちょっと」

 シンジは隣のマリアの様子を一瞥し、

(ま、だいじょうぶだろ)

と、思いつつ、席を立ってアスカの所に行き、

「どうしたの?」

と、尋ねると、アスカは小声で、

「マリアのようす、どう? いやがってない?」

「うん、全くそんな様子はないね」

「あ、そう。それならいいんだけどさ」

 「エヴァンゲリオンの元パイロット」が来たと言うだけでも「普通じゃない」クラスではあるが、元からいた生徒たちもようやくその「非日常性」に慣れて来た所なのに、「アンドロイドと言う更にとんでもない珍客」が登場したものだから、「少々の事には慣れっこになってしました生徒たち」も、流石に「日常」とは捉えられなくなってしまっている。それだけにアスカもマリアの事がやや心配になったのだが、そんな心配などどこ吹く風、と言ったマリアの様子に、アスカもほっとした様子である。そうこうしている内に、

キーンコーンカーンコーン

 2時間目である。

 + + + +

キーンコーンカーンコーン

「起立! 礼! 着席!」

 2時間目の授業が終わり、次は3時間目、体育の時間である。生徒たちは男女に分かれて更衣室に向かった。無論マリアも体操服を持って他の女子生徒と共に女子更衣室に向かう。それを見たアスカは、

「ねえマリア、あんたさ、更衣室の場所、わかってるの?」

「はい、承知致しております。この学校の設備配置図は戴いておりますので」

「あ、そうなの。やっぱりね」

と、頷く。流石にこの程度の事は知っているだろうとは思ってはいたが、認識を新たにし、妙に納得してしまった。

 + + + +

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 女子更衣室でマリアが着替えを始めるや、一斉に女子生徒が「横目で注目」する。流石に、「アンドロイドってどんな体しているのか」については興味津々のようだ。そして、マリアが制服を脱ぐや、

「!…………」
「!…………」
「!…………」
「!…………」
「!…………」

 女子生徒の間かに何とも言えない微妙な空気が漂った。何しろ「完璧なプロポーション」なのだからやっかみを受けるのも当然である。とは言え、彼女はアンドロイドなのだからいくらでも完璧な体にできる訳であり、女子生徒たちもそれを分かっているだけに実に不思議な心境にならざるを得ない。体には自信のあるアスカさえもが、服を脱いだマリアを見るのは初めてなので、

(これはすごいわ…。あたしも体には自信あるけど、マリアはかんぺきよねえ……)

と、関心するしかなかった。ふと見ると、レイも、

「…………」

 元々はこう言う事に無関心だった筈なのに、最近感情豊かになって来た事も相まってなのか、何とも言えない目でマリアを見ていた。しかし無論マリアは、他の生徒の視線は一切気にしないで着替えを続けている。その時、

キーンコーンカーンコーン

「!!」
「!!」
「!!」
「!!」
「!!」

 やや着替えが遅れ気味だった生徒たちは一斉に急いで着替えを進めた。

 + + + +

 体育の授業は男女共修ではあると言うものの、教師も男女二人が担当し、男女のグループにそれぞれ分かれて実施されるので、マリアが直接すぐ近くで男子生徒たちの視線にさらされると言う事は無いものの、彼女の体操服姿が男子生徒の注目の対象にならない筈もなく、男子は全てマリアをチラチラと見ていて、

「こらっ! よそ見するな!」

と、教師に叱責されるのも無理はなかった。但し、そう言う男性教師も流石にマリアを全く無視できる訳もはなく、たまに思わずそちらに視線をやってしまい、女性教師から睨まれる始末である。で、肝心のマリアと言うと、

「♪♪♪♪」

と、上機嫌で体操しているのだが、他の女子生徒たちは、

「!……」
「!……」
「!……」
「!……」
「!……」

と、マリアの豊かな胸が揺れる様子に思わず注目してしまい、教師から、

「皆さん、よそ見はいけませんよ」

と、これまた注意される始末であった。その様子を見ながら、レイは、

(これ、落ち着くまでが結構大変よねえ……)

と、思わざるを得なかった。

 + + + +

キーンコーンカーンコーン

 4時間目は音楽である。生徒たちはゾロゾロと音楽室に向かった。

 + + + +

「起立! 礼! 着席!」

 音楽の教師は若い女性である。彼女もマリアには興味があるのだが、当然、どう対応すべきかの考えはまだまとまってはいない。アンドロイドなのだから歌そのものについては単に録音データを流すのではないか、ぐらいの意識しか持っていなかったのである。それもあってか、思い切って、

「水無月さん」

「はい」

「あなた、歌は歌えるの?」

「はい、歌えます」

「「「「ほおぉぉぉ~っ!」」」

 教室内に嘆息のような声が流れる中、教師は、

「どんな風にして音を出すの? 録音された歌をスピーカーで流すだけ?」

「いえ、スピーカーから音を出す事には違いはありませんが、音声合成プログラムを使って歌います。伴奏については音を流すだけですが」

「そうなの。じゃ、せっかくだから、あなたに1曲歌ってもらいたいんだけど、伴奏はどうする? 私が弾く? 自分で流す?」

「もしよろしければ、MIDIデータを送信致しますので、それに合わせて演奏戴けますか?」

「分かったわ。じゃ、それやってみましょう。で、何を歌うの? 何でも歌えるの?」

「いえ、インプットされている曲だけです。もしよろしければ、『ゆりかごのうた』でいかがでしょう?」

「それでいいわ。じゃ、MIDIデータちょうだい」

「はい、送信致します。……送信完了致しました」

「受け取ったわ。じゃ、前に来てちょうだい」

「はい」

と、言いつつ席を立ったマリアは教壇の横に立った。

「あの、先生」

「なに?」

「私にインプットされている『ゆりかごのうた』ですが、この曲がインプットされた経緯を説明させて戴いてもよろしいでしょうか?」

「いいわよ。説明して」

「ありがとうございます」

と、一礼するや、マリアは、

「皆様、僭越ながら私の歌をこちらで披露申し上げる事になりましたので、この曲がインプットされた経緯を説明申し上げます。この曲は、北原白秋作詞、草川信作曲の童謡ですが、私を製作なされた山形ケンジ先生が、お知り合いの方のペットだったポメラニアンか亡くなった時、追悼のためにその犬の写真を使って動画を作り、飼い主様に進呈なさった事がございました。その時、その動画に使うためにアレンジしてお作りになったものでございます。そう言う背景がございますので、私の歌い方と曲調にはそう言う意味がある、と言う事をご認識戴いた上でお聞き下されば幸いと存じます」

と、言った後、マリアは一呼吸置き、

「では、歌います」

(Bへ続く)

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'A Sunny Day ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

機械仕掛けのチルドレン 第八話C
機械仕掛けのチルドレン 第九話B
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