機械仕掛けのチルドレン・第七話C
(Bより続く)
小一時間ほど見学した後、稽古の日程と段取りの説明を受け、三人は教室を辞した。稽古の曜日と時間は、毎週火曜日と金曜日の17時からに決定し、アスカとマリアの二人は早速次の火曜日から通う事になっている。
教室からマンションまではそう遠くないので、歩いて帰るべく、道を進み始めた時だった。
「アスカ様、シンジ様、申し訳ございません。左膝関節にトラブル発生です」
「え?」
「え?」
マリアの言葉にシンジとアスカが驚いて振り向いた。見ると、マリアが左脚を軽く引きずっているではないか。
アスカは慌てて、
「どうしたの? だいじょうぶ?」
するとマリアは苦笑して、
「長時間正座をしていたのがこたえたようです。本来の私の仕様では大丈夫なはずなんですが、長時間の正座のテストは行っておりませんでしたので、調整不足の部分が露呈いたしました」
「じゃ、どうするのさ? IBO本部に行く?」
と、アスカが訊き返したが、マリアは、
「いえ、私の機械的調整に関しては、京都精密ロボット工業でないと不可能だと思います。申し訳ございませんが、これから行かせていただいてもよろしいですか?」
と、言うので、アスカも、
「え? そうなの。でも今日は日曜よ。あいてるの?」
「はい。大丈夫です。今、携帯回線で会社のサーバに接続しまして、これから修理に行ってもよいか確認しました。OKだそうです」
「あっそ。じゃ、だいじょうぶね。行きましょ」
ここでシンジが、
「えっ? アスカも行くの?」
「あんたもでしょ」
こうなるのは当然であった。
+ + + +
無断でと言う訳には行かないので、シンジがスマートフォンでミサトに連絡を取り、許可を貰った後、地下鉄を乗り継いで、三人は山科の一角までやって来た。
会社の前まで来たアスカとシンジは、
「ええっ!? ここがマリアを作った会社なの!?」
「へえ~っ、ここがねえ…」
と、眼をむいている。無理もない。およそ「世界初のアンドロイド」を作ったとは思えないほどの、みすぼらしく、古ぼけた、小さな建物だったからだ。
「はい、山形先生の設計をもとに私を作ってくださる会社はどこにもありませんでした。唯一、ここだけが協力して下さったのです」
と、言いつつ、マリアはドアのインタホンのボタンを押した。
ピンポーン
しばらくして、
『開いとる。入れ』
と、言う、ぶっきらぼうな声が聞こえて来たので、マリアは、
「お邪魔致します」
と、言いながら、ドアのノブに手をかけた。
+ + + +
「おお、しばらくやな」
と、三人を出迎えたのは、60過ぎと思える、頑固な職人と言う風情の男だった。
マリアは、その男に、
「片岡社長、しばらくです。よろしくおねがいします」
と、一礼した後、シンジとアスカを指して、
「こちらは私の先輩でいらっしゃる、碇シンジ様と、惣流アスカ・ラングレー様です」
それを聞いた片岡は少々驚き、
「なに? もしかして、エヴァンゲリオンのパイロットやった方々か」
「はい、そうでいらっしゃいます」
シンジとアスカは、
「はじめまして、碇シンジと申します」
「はじめまして、惣流アスカ・ラングレーと申します」
と、一礼した。片岡も、
「それはそれは、こんなむさ苦しいとこに、ようおいで下さいましたな。私がこの京都精密ロボット工業の社長をやっとります、片岡シンゾウです」
と、返礼する。ここでシンジが、
「あの、今日はお休みじゃなかったんですか?」
と、尋ねたのへ、片岡は、
「ははは、ウチは会社も工場も自宅も一緒のようなもんでしてね。私はずっとここにおるんですよ」
と、苦笑した後、続けて、
「まあ、とにかくこちらにどうぞ」
と、三人を応接室に案内した。
+ + + +
応接室のソファに座った三人に向かって、片岡は、
「碇さん、惣流さんでしたな。お二人のお名前も、ご活躍ぶりも、よう伺っておりますよ」
見かけとは裏腹に丁寧な片岡の対応に、アスカとシンジも、
「あ、そうですか、それはどうも」
「恐縮です」
と、ややしゃちほこばっている。片岡は更に、
「このマリアが起動した時に、警察から連絡を受けましてね。調査に協力致しましたさかい、事情はわかっております」
と、二人に向かって言った後、マリアを一瞥し、
「このマリアとは、起動する前から一応はコンピュータ通信レベルでの情報のやり取りはやっとったんです。まあ、日本語で話したのは、起動して、警察から連絡を受けた後ですけどね」
アスカは軽く頷き、
「そうなんですか」
「その後、パイロット候補生としてIBOに配属された事も聞いとります。まあ、私としては、山形先生の気持があれでしたさかい、最終的には宇宙ステーションでメイドとして働いて欲しいんですけどね…」
ここでシンジが、
「あの、片岡社長、ちょっとよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「こちらでは、マリアをどの程度製作なさったのですか? たとえば、コンピュータ以外、とか」
すると、片岡は、にんまり笑って、
「ははは、ウチの会社は、およそアンドロイドなんか作れるようには思えませんさかいな」
「い、いえ、別にそんな意味じゃ…」
と、恐縮するシンジに、片岡は、
「いやいや、そう思われるのも当然ですよ。まあ、私にしても、山形先生から依頼を受けた当初は、到底正気の沙汰とは思えませんでしたし、まさかこんなものが出来るとは思いもしとりませんでしたさかいな」
と、笑った後、片岡は一呼吸置いて、
「マリアは、山形先生がここにずっと泊り込みで作られたんですよ。私は先生の助手をやっとったようなもんです。
先生の研究所では、流石に体を作る事はできませんさかい、ここの設備を使うて、コツコツと部品を作り、組み立てて行ったんです。
ウチは元々、工業用ロボットの部品を作るメーカーなんですよ。それで、マリアの部品も、全部型から一つ一つ起こしてね…。
今となってみたら、先生が、『最後の仕上げは研究所でやる』、と、仰った時、体を張ってでも止めるべきでした。ここで仕上げまでやっとれば、先生も一人で無理をする事はなかったでしょうから、死ななくてもすんだかも知れません。…本当に、惜しい人を亡くしました…」
片岡はしんみりと言った後、
「おお、余談が過ぎましたな。では早速調整しましょか。碇さんと惣流さんはこちらでお待ち下さい」
と、立ち上がり、マリアに向かって、
「マリア、工場に行こうか」
「はい」
と、二人が立ち上がった時、アスカが、
「あ、すみません。もしよろしかったら、見学させていただけませんか」
と、言った。
片岡とマリアは一瞬顔を見合わせたが、すぐに片岡が、
「そうですか。ではこちらに」
シンジとアスカも立ち上がった。
+ + + +
思ったより明るく綺麗な工場の一室で、シンジとアスカは、片岡が行うマリアの修理を興味深く見ていた。
驚いた事に、マリアの修理は、ちょうど手術台のような台の上に横たわったマリアに対し、台から伸びている、細い針のようなドライバーや超小型のペンチが付いたマジックハンドのような道具を使って行われているのだ。
膝内部の様子は、膝に挿し込まれた超小型CCDカメラが撮影した映像を、横に置いたモニタで見る事が出来るし、関節も、人間の骨の形に似せてセラミックで作られている、と、言う話で、全く、見た感じだけなら、人間に対して外科手術を行っているのと同じである。
膝の部分にドライバーやペンチが挿し込まれるのは、いくらマリアがアンドロイドだと判っていてもあまり気持ちのいいものではないが、別に血が出る訳でもなく、マリアが痛がる訳でもないので、まあ、何とか見ていられないこともない。
しばらくして、片岡が、
「マリア、終わったで」
と、言ったので、マリアはにっこりと笑って、
「はい、ありがとうございました」
と、言って、台から上半身を起こした。
「自己診断ではどうや?」
と、尋ねる片岡に、マリアは、
「はい、大丈夫です。正常にもどりました」
と、微笑んだ。
「そうか。ほんならこれで調整完了や。もしおかしゅうなったら、また来い」
「はい、ありがとうございます」
+ + + +
京都精密ロボット工業を辞した三人は、地下鉄の駅に向かって歩いていた。
道すがら、シンジが、
「マリア、調子はどう?」
無論、マリアは微笑んで、
「はい、良好です。問題ありません」
「そう、よかったね」
ここでアスカが、
「でもさ、ほんと、意外だったわねえ。まあ、失礼を承知でいうならさ、あんな小さな工場でマリアが生まれたなんて、最初はちょっと信じられなかったわよ」
シンジも頷き、
「そうだよね。でも、こうしてみるとさ、小さい会社でも、すごい技術を持ってるとこって、やっぱりあるんだねえ」
「そうよねえ」
+ + + +
さて、ちょうどその頃、レイとカヲルは…、
「琴音ちゃん…」
「藤田さん…」
これまた意外にも、昨日に引き続き、二人は北白川のゲームセンターに来ていたのである。
続く
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'Moon Beach ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))
機械仕掛けのチルドレン 第七話B
機械仕掛けのチルドレン 第八話A
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