機械仕掛けのチルドレン・第七話B



(Aより続く)

「コ~ン…」

 遠方から微かにししおどしの音が聞こえて来る。

 間違いなく、築後100年近くは経過しているだろうと思われる、如何にも京都らしい日本建築の家の一室を使った琴教室の隅の方で正座して、シンジ、アスカ、マリアの三人は、渋い小紋を身に纏った20歳前後と思われる女性が奏でる琴の音に聞き入っていた。

 流れる曲は、無論、「さくらさくら」。演奏しているのは稽古に来ている生徒で、先生は、部屋の隅でその様子を見ている50歳ぐらいの、無論、こちらも和服を着た上品な感じの女性。

 シンジやアスカが普段接している、科学技術の最先端を扱うIBOとはおよそ異質な空気が支配する場所である。

(う~ん、このふんいき、なかなかいいよなあ…)

 シンジとしては、「いくら琴とは言え、習うだけなら特に着物を着る必要はないんじゃないか」、と言う気持ちもあったのだが、教室での稽古風景を見て、完全に考えが変わってしまった。

(なるほど、これなら、着物を着ないと、絶対に場違いな感じになるよな…)

 + + + +

 教室に到着するや、ミサトはまず、主宰者に面会を申し出て、マリアについて説明した。

 主宰は60歳ぐらいの男性で、詩吟と茶道の先生である。で、お琴の先生はその方の奥さんだそうだ。

 何でも、この夫婦は、「雰囲気」をとても大切にする人らしく、そのためにわざわざ京都の古い家を買い入れて、この教室を開いたらしい。

 因みに、ここには、お琴だけではなく、詩吟、日舞、茶道、華道、と、古い日本の文化に関わる教室が置かれている。

 マリアに関する話を聞いた主宰とお琴の先生は、アンドロイドと言う事で流石に驚いたが、ここは京都財団の北山研究所に近く、それもあって最先端の科学技術に関しても全く無関心な人ではなかったと言う事もあり、マリアの指導を快く受け入れてくれたのである。

 一通りの話が終わった後、IBO本部にちょっと用事があるとの事で、ミサトは帰って行った。

 で、シンジは特に付き合う必要などないのだが、折角来たのだから、と言う事で、先生の勧めもあり、見学させて貰う事になったのである。

 + + + +

 しかし、それにしても、

(あ~っ、正座はつらいよなあ…)

 さっきからとにかく脚が痛い。せっかくのいい雰囲気もこれでは台無しである。

 しかし、演奏中に立ち上がるわけにも行かず、しきりに脚を動かしてごまかそうとはしているが、それもそろそろ限界に近付いて来たようである。

(…アスカ、どうだろ…)

 隣のアスカの様子を横目でチラリと窺うと、やはり彼女も脚をもぞもぞと動かしている。

 ちょうどここで「さくらさくら」の演奏が終わり、先生が、

「はい、結構です」

と、言ったものだから、演奏していた女性は一礼し、壁際に下がった。続いて別の女性が進み出て、演奏にかかろうとしたした時、

「あ、ちょっとお待ちなさい」

と、進み出た女性に言った後、シンジ達の方を見て、

「脚はだいじょうぶですか?」

と訊いた。無論マリアはにっこり笑って、

「はい、私は大丈夫です。ありがとうございます」

と、平然としているが、シンジとアスカは、顔を引きつらせ、

「は、はあ、それが…」
「はい、いえその…」

などと言ったものだから、先生は微笑んで、

「ちょっとおまちなさいね」

と、言って立ち上がった。流石に先生は大したものだ。さっきからずっと正座しているのに、立ち上がってもまったくよろけない。

 先生は、押入れを開けて、小さな台のような物を二つ取り出し、

「はい、これをお使いなさい」

と、シンジとアスカに手渡した。

 それは、「合曳(あいびき)」と言う「正座用の座椅子」で、「正座の時に足の間にはさんで尻を乗せて座ると脚が痛くない」と言う代物である。

 早速二人はそれを使ってみた。

「おっ」
「あ…」

 成程、これは実に具合がいい。これなら長時間正座しても脚が痛くならずにすみそうだ。

 で、シンジとアスカは一礼し、

「どうもありがとうございます」
「ありがとうございます」

 先生は再びにっこり微笑むと、

「では、続けましょうか」

と、さっき進み出た女性に言った。その女性は、

「はい」

と、一礼し、「春の海」を奏で始めた。

(Cに続く)


この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'さくらさくら' mixed by VIA MEDIA

機械仕掛けのチルドレン 第七話A
機械仕掛けのチルドレン 第七話C
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