機械仕掛けのチルドレン・第七話A
2016年9月18日。10:20頃。
「う~ん、まよっちゃうけど、やっぱ、これかなあ…」
室町にある老舗の呉服屋にやって来たアスカは、和服の女性店員が持って来た数反の振袖用の反物を解いて肩から垂らし、大きな鏡とにらめっこである。
その様子に、ミサトは、
「まー、迷っちゃうのは当然でしょうねえ。ゆっくり選びなさいよ」
と、苦笑している。
その傍らでは、振袖と小紋の2反を既に選び終え、ニコニコと微笑むマリアと、半分無理矢理付き合わされ、やや仏頂面のシンジが鎮座ましましていると言う構図。
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第七話・意外や意外。また意外!?
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まあ、シンジにしてみれば、
(ちぇっ、せっかくの日曜だからゆっくりしようと思ってたのになあ。なんで僕がアスカの着物選びに付き合わなきゃならないんだよ…)
と、言う所であるが、アスカとしては、付き合って欲しいのは当然の女心である。
で、こう言う状態で「綱引き」になると、シンジに勝ち目があろう筈もなく、あっさりと負けて付いて来たと言う訳だ。
その時、
「ねえシンジ」
「え?」
アスカの声に、シンジは反射的に顔を上げる。
「これどう?」
見ると、ピンク系ではあるが、アスカにしては珍しい、やや地味な色と柄の反物を肩にかけているではないか。
(う~ん、どう、って、言われてもなあ…)
シンジにしてみれば、正直な所、女の子の着物なんぞには興味などないのだから、アスカに「批評」を求められても、何と答えればいいか判ろう筈がない。
で、勢い、
「う~ん、…まあ、いいんじゃないの」
と、生返事などしたものだから、
「ちょっとシンジ! もっと真剣にこたえてよ!」
「! …う、うん…」
と、「小鬼」と化したアスカに怒鳴られる、と言う、「いつも通りの展開」である。
シンジはやむなく、「査察官のような顔をしてこちらを睨んでいるアスカ」を、しげしげと見た。
当然だが、髪の色や体格など、アスカの外見は派手である。
だから、地味な色と柄の着物では、本人の方が完全に勝ってしまって、高級な着物でも貧弱に見えてしまう。
だが、だからと言って、余り着物を派手にし過ぎると、「派手の2乗」で、下品になってしまいかねない。
そのあたりのぎりぎりの見極めが難しいのである。
小紋の方はいい。こちらは普段着とは言わぬまでも、少なくとも晴れ着ではないから、原色よりも中間色にしておいた方が格好がいいし、アスカもすぐにそう決めて、薄い柿色の反物を選んでいた。
しかし、振袖は元々が派手な晴れ着である。それで、こちらはかなり迷っている、と言う訳である。
思い切ってもっと派手な物にした方がいいのか、それともこの程度でいいのか…。
「う~ん…」
と、呟きつつ、
(そうだ、マリアは…)
ふと気付いたシンジは、マリアが彼女自身で選んだ反物を、改めて見てみた。
マリアも、「緑の髪」と言う、「普通は存在しない毛色」であり、「赤いアンテナ」を付けているから、「見た目は派手」である。
しかし、彼女は小紋も振袖も青系統で比較的地味な柄の反物を選んでいた。このあたりはやはり「ロボットなのだから」であろうか?
疑問に思ったシンジは、マリアに、
「マリア、振袖の方なんだけどさ、その色と柄にしたのは、どうしてなの?」
するとマリアは、改めてにっこりと微笑み、
「はい、私の場合は、髪を緑に染めておりますし、髪飾りは赤ですから、色は単純に青。柄も地色に合うものに決めさせて戴きました」
「あ、なるほどね…」
シンジはマリアの対応に少なからず感心した。特に指示はしていなかったが、呉服屋では買い物をするだけなのだから、余計な事を言わないようにと言う配慮なのであろう。「髪を緑に染めている」と、さらりと言ってのける所など、大したものだ。
で、肝心の色と柄の方であるが、地色はやや濃い目の青。柄もたしかにおとなしめである。
(う~ん、なるほど…)
と、呟きつつ、ふと気付いたシンジは、マリアに向かって、
「マリア、わるいけどさ、その振袖の反物を肩にかけて、アスカに並んでみてくれない?」
無論、マリアは、
「はい、承知致しました」
と、反物を持って立ち上がり、アスカに向かってまたもや微笑むと、
「アスカ様、失礼致します」
「はいはい♪」
と、アスカも微笑むや、マリアはアスカの横に並んで肩から反物をかけた。見ると、ミサトも興味津々の様子で二人を見ている。
シンジは、改めて二人を見て、
「う~ん、なるほど…」
と、唸った。
こうしてみると、着物の事などは全く判らないシンジでも、何となくマリアの言った事が理解出来る。
マリアはアンドロイドだから、機械的に判断したのだろうが、「赤、緑、青」と言うのは、光の三原色の組み合わせである。特にマリアの場合、ぱっと顔を見た時は、頭の色と髪飾りがよく目に付くし、色白だから、やや濃い目の青を基調にした着物なら、確かにバランスがよく見えるように思えるではないか。
(…て、ことは、アスカの場合は…)
アスカは髪がオレンジ系だ。更に、肌は文句なしに白い。
だから、マリアと同じ青系か、緑系がいいと言う事になる。
しかし、アスカの立場にしてみれば、マリアが先に青を選んだのだから、同じ青と言うのはプライドが許さないに違いない。
と、すれば…。
(緑系で、やや濃い目のしっかりした色。緑は青よりは目立つから、柄は少しハデ気味でもいいってことになるんじゃないかな…)
そう思ったシンジは、
「アスカ、わるいけどさ、ちょっと濃い目の、しっかりした緑色の着物にしてみてくれない?」
「えっ? 緑にするの?」
アスカは少々驚いた。元々彼女は赤系の色が好きで、着物も、赤の他はオレンジとかピンクとかばかりを選ぼうとしていて、端から緑や青は選ぼうとしていなかったからである。
しかし、意見を求めた以上、シンジの答を無視する訳にも行かない。それで、取り敢えず、店員に頼んで、緑系の反物を数反出してもらった。
「じゃ、これからね」
出て来た反物の中で、ちょっと濃い目かなと思える緑の反物を解いて肩にかけ、鏡を見てみる。
(あ…、これ…)
これは意外だった。最初から選ぼうともしていなかった色だったが、自分の明るいオレンジ色の髪との対比が鮮やかで、思ったよりずっとよく似合うのである。
更には、ちょうどこの反物の柄はやや派手な感じだったのだが、濃い目の緑の地色に対し、しっかりとした自己主張をしている感じもなかなかいい。
(あんがい、いけるじゃない…)
アスカは改めて鏡をしげしげと見た。すると、その時、
「アスカ、それ、いいじゃないの♪」
振り向くと、ミサトがニコニコ笑っている。
「う、うん、あんがい、いいわね…」
と、応えつつ、見ると、シンジもやや照れ臭そうな顔をしてはにかんでいるし、隣のマリアは無論の事、ニコニコ笑って、
「アスカ様、お似合いです」
更には、店員の女性も、
「まあ、よくお似合いですこと」
と、微笑んでいる。
みんなから「似合う」と言われ、アスカは、少々照れ笑いしながら、
「えへへ、そうかな…。う~ん、あたし、今までさ、緑系の服って、あんまり着たことなかったんだけどねえ…」
自分のセンスを否定されたようで少々癪な感じがしないでもないが、似合う着物が見つかった事に関しては、悪い気などする筈がない。
その時、ミサトが、
「シンちゃんもなかなかやるじゃない。ちょ~っち、見直したわよ。アスカのこと、だんだんわかって来たのかな~♪」
「え? いや、その…」
シンジは赤くなって俯いてしまった。その様子を見ながら、
(シンジ…、ありがと…)
アスカは、照れ臭いような、嬉しいような、ちょっとくすぐったい感じの、妙な気分を味わっていた。
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結局、アスカは件の緑の振袖を選んだ。そして、マリアの分も合わせて計4反の仕立てを店に頼み、帯と小物も一通り選んだ後、四人は店を後にした。
次に、四条河原町のデパートに行き、マリアの普段着用の洋服を数着買った後、近くのレストランで昼食を済ませ、午後からはいよいよ本題の琴教室と言う次第である。
こっちの方は、自宅マンションの近所の方が都合がいいと言う事もあり、金閣寺付近の総合日本文化教室に連絡がつけてあったので、そちらに戻って、まず見学、と、言う訳だ。
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車で教室に到着した時、ミサトが突然、
「あ、そうだわ。これも勉強だから、マリアにも習わせてみようかしら♪」
「え?」
「え?」
と、シンジとアスカ。マリアは一呼吸置いて、
「私もですか?」
「そうそう。マリア、あんた、お琴、弾ける?」
ミサトにそう言われ、マリアは少々苦笑し、
「いえ、それはプログラムされておりません」
「あっそ、じゃ、面白いからやってみんさい。お琴が弾けるアンドロイドなんて、とってもいいじゃないの♪」
無論、マリアは、
「はい、ありがとうございます。謹んで勉強させていただきます」
と、一礼した。
「じゃ、決まりね。みんな、行こっか♪」
と、明るいミサトの言葉に、アスカとマリアも明るく、
「は~い♪」
「はい♪」
無論、シンジも逃げられる訳がなく、
「…はい…」
シンジにとって、「なんで僕がアスカのお稽古ごとに付き合わなきゃならないんだ」、などと言うヤボな自問自答は、最早するだけ無駄なようである。
(Bに続く)
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'Moon Beach ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))
機械仕掛けのチルドレン 第六話L
機械仕掛けのチルドレン 第七話B
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