機械仕掛けのチルドレン・第五話E



(Dより続く)

 そうこうしている内に、一行は駅に着いた。地下鉄金閣寺駅から北大路線に乗るべく、自動券売機で切符を買おうとした時、

「あれっ?」

 首を傾げたシンジに、アスカが、

「どうしたの?」

「いやさ、マリアって、切符、いるのかな……」

「なにいってんのよ、当然でしょ…。あれ?」

 アスカも気付いたようで、首を傾げる。シンジは軽く頷くと、

「だろ。見た目は人間の中学生みたいだけどさ、人間じゃないんだから、荷物扱いになるのかな……」

「う~ん…。レイ、あんた、どうおもう?」

「う~ん、そうよねえ、どうなるのかしら……」

と、レイも思案投げ首の様子である。その時、カヲルが、

「駅員さんに、ちゃんと事情を説明してさ、決めてもらうしかないんじゃないの」

 しかしアスカは、

「たしかにそうなんだけどさ、マリアがアンドロイドだってこと、どう説明する?」

 これにはカヲルも、

「う~ん、そうだよねえ……」

 その時、

「あの、早くしてください」

 声に振り返ると、後にずっと行列が出来ている。すぐさまシンジが、

「あ、すみません!」

と、言ってその場を離れた。無論、四人も慌てて付いて来る。

 少し離れた所で、アスカが、

「もうこの際さ、ややこしいから、マリアはすべてあたしたちとおんなじ中学生ってことにしとかない? いちいち説明してらんないわよ」

 レイは頷いて、

「うん、そうよね。人間と同じ運賃や料金を払っておいたら、別になにも問題ないんだから」

 カヲルも同意して、

「うん、それがとりあえずは無難だろうね。この件は、改めて加持部長、あ、ミサトさんの事だよ。部長に相談するとしてさ、今日の所は、そうしとこうよ」

 シンジも、

「その方がよさそうだね……」

 ここでアスカがマリアの方を向いて、

「マリア、とりあえずさ、きょうは、あんたはあたしたちとおんなじってことでいくかんね。わかった?」

 無論、マリアは微笑んで頷き、

「はい。承知いたしました」

「じゃ、いきましょ」

 アスカの言葉に、四人は切符売り場に向かった。しかし、そんな中、シンジは、

(……マリアは確かに僕らと同じように行動することができるよな。だから、僕らはマリアを仲間としてあつかってる。でも、僕らはいいとしても、回りは人間と同じように見てくれるんだろうか……)

 この「素朴な疑問」が、実は極めて大きな問題を孕んでいる事に、その時のシンジは気付いていなかった。

 + + + +

 地下鉄銀閣寺駅で降りた一行は、バスに乗り換えて、東山山頂の植物園にやって来た。

「わあ! すごいじゃない!」

と、アスカが目を輝かす。中に入るや否や、いきなり見事な満開の桜並木がお出迎えだ。

「こりゃすごいや…」
「ほんと…」
「そうだねえ…」

 シンジもレイもカヲルも眼を見張っている。

 その桜は遺伝子操作で改良されたソメイヨシノだった。

 立看板の解説によると、何とか春だけ咲くようにしようとしたのではあるが、結局、温度と日照時間の関係で、春と秋の二回、咲くようになってしまったらしい。昔ながらの風情と言う事に拘ればとんでもない話であるが、現在の日本の気候では、これ以上はどうしようもないと言う事だった。

 しかし、桜の咲いた所など見た事もなく、また、まともなら一生見られない筈だったシンジ達にしてみれば、満開の桜を見ただけでも、「とんでもない話」である。四人は数百メートルに亘って続く桜並木をゆっくりと歩きながら、「日本の花」を確と愛でた。

 さて、桜並木の終わりに差しかかった時、アスカと並んで歩いていたシンジは、ふと気づいた事があり、後を振り向いた。

「ん?」
「ん?」

 後で並んで歩いていたレイとカヲルが微笑んで首を傾げる。無論、シンジに対し、「どうしたのか」と訊いているのだ。しかし、シンジは二人に向かって軽く首を振ると、その後にいるマリアに視線を向けた。

 見ると、マリアは、

「……♪」

 何と、人間と全く変わらない調子の、今にも鼻歌でも歌いだしそうなニコニコ顔で、桜を見ながら歩いているではないか。シンジは流石に驚いて立ち止まり、

「マリア」

と、呼びかけた。マリアもすぐに立ち止まり、シンジの方を向いて、

「はい、なんでしょう」

と、にっこり微笑む。それに合わせてアスカ、レイ、カヲルも歩を止めた。

 シンジは、

「マリア、今さ、にこにこしながら桜を見てただろ。どんな風に思ったの?」

 その問いかけに、マリアはやや照れくさそうな表情ではにかむと、

「はい。私はアンドロイドですから、人間の皆様ように、『美しい』と感じることは出来ません。しかしながら、人間の皆様にとって、どのようなものが『美しい』のかに関しては、さまざまなデータをインプットされております。ですので、それを基準にしまして、『ああ、この満開の桜は、人間の皆様にとっては愛でるべき美しきものなのだな』と判断致しました。それで、先程のような表情を顔に出した、と言う訳でございます」

と、言った。それを聞いた四人は、

「へえ~…」
「ふ~ん…」
「へえ…」
「うーん…」

と、感心する事しきりである。マリアは続けて、

「私も皆様と同じように、花の美しさを理解し、感じられれば素晴らしいのですが、残念ながら、流石にそこまでの能力はございません」

と、軽く一礼した。まあ、確かに順当な答であろうと、四人は一応納得し、再び前を向いて歩き出そうとした時、突然カヲルが、

「えっ! ちょっと待ってよ」

「どうしたの?」

と、アスカが怪訝そうな表情でカヲルに問いかける。カヲルは、

「うん、ちょっと変な事に気づいたんだ」

と、頷くと、改めてマリアに、

「マリアちゃん」

「はい」

「確かに君は機械だけどさ、今、『残念ながら』って言ったよね。その『残念』ってのは、そう言うようにプログラムされてるのかい?」

 カヲルの質問に対し、シンジもアスカもレイも、「当然そうだろうし、マリアもそう答えるだろう」、と、瞬時に思った。

 しかし、意外な事に、マリアはにっこり微笑むと、

「はい、プログラムには違いないのですが、『このような場合、「残念ながら」と、言う』とプログラムされているのではございません」

「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」

 流石に少々驚いた四人を尻目に、マリアは、

「私のプログラムは、『人間の皆様に喜んでいただくことが、アンドロイドたる私の幸せなのである』、と、言うことを基準にして組まれております。

 また、私のCPUはオモイカネⅡのものを使っており、自律演算と、プログラムの自己批判と修正が可能な仕様になっております。

 更には、こうやって皆様と一緒に生活し、勉強する機会を与えていただいたのは、人間の皆様のお役に立てるようにデータを収集するのが目的ではありますが、それでも、取り敢えずは皆様と共に生活するにあたっての、必要最低限のデータは、既にインプットされております。

 ですので、それらを活用し、若干話は前後いたしますが、例えば、先程のシンジ様のご質問のようなケースでは、私を仲間として扱って下さる皆様の感情を考慮しますと、皆様と共に、私も桜を愛でるのが、皆様にとってよいことであろうと判断いたしましたので、先程シンジ様に答えさせていただいたようになります。

 ですが、本来ならば、せっかくこうして植物園に連れて来ていただいたのですから、私も桜の美しさを感じられれば、更に皆様に喜んでいただけるのではなかろうかと判断されます。

 しかし、私にはそこまでの能力はございません。それで、『流石にそこまではできない。皆様に喜んでもらえない。それは私にとっても残念なことだ』と判断し、『残念ながら』と発言させていただいた訳でございます。

 蛇足ながら、私のおかれております立場を考慮し、人間の皆様と同じような反応を見せることはよくないと判断いたしました場合は、もっと機械的に行動する場合もございます。

 例えば、『アンドロイドが人間と同じように行動することを好ましく思わない人間の方』と行動せねばならない場合は、このような反応を見せるべきではないと判断することもあると考えられます」

 これを聞いた四人は、一瞬呆気に取られて開いた口が塞がらない様子だったが、何とかカヲルが、

「う~ん、こりゃすごいな。人間の判断と全く変わらないじゃないか…」

 他の三人も感心して頷くだけだった。

(Fへ続く)

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'Moon Beach ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

機械仕掛けのチルドレン 第五話D
機械仕掛けのチルドレン 第五話F
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