機械仕掛けのチルドレン・第五話D



(Cより続く)

 今日の目的地は、レイが昨日決めていた、東山山頂の植物園と、北白川にあるゲームセンターである。

 植物園の方はと言うと、セカンド・インパクト以来、季節がなくなってしまったため、「四季の花」も見られなくなってしまったのだが、それを惜しんだ研究者がいて、遺伝子操作による品種改良を行っていた。その結果、最近になって、擬似的ではあるが「季節の花」を咲かせる事に成功したので、この植物園が開設されたのである。

 「季節がなくなった」とは言っても、地球の自転軸が公転軸と完全に平行になった訳ではなく、僅かながら季節の変化らしきものはある。日本の場合、海流の関係で、年間の気温が比較的一定していると言うだけの事で、春分も秋分も、形の上では存在していた。それで、植物の遺伝子を操作し、この日照時間の変化を敏感に捉えるようにしたのである。尤も、何事にも副産物と言うものはあり、一部の植物では、元々春の花だったのが、気温と日照時間とのバランスの関係で、春と秋、一年に二度咲く花も出来てしまったと言う話であるが。

 ゲームセンターの方はと言うと、この前の事件の解決後、「疲弊した経済の建て直しの意味も含め、新しい需要を掘り起こす」と言う政府の方針で、「脳神経スキャンインタフェース等の技術を民生用に公開してくれ」、との要望が来た事もあり、潜在意識の奥底までアクセスする部分には制限をかけた上で、京都財団が一般用に技術を公開したのであるが、その技術が初めてゲームに使われたと言う話なので、行ってみようと言う事になったのである。

 それはさておき、五人は東山に向かうべく、地下鉄の駅に向かったのだが、その道中、意外な事に、何故かレイが、

「水無月さん」

「はい」

 にっこり微笑んで応えたマリアに、レイも微笑みかけて、

「実は、わたしもちょっと、アンドロイドの会話能力に興味がでてきたのよ。申し訳ないけど、シンちゃん、あ、碇くんのことね。シンちゃんと、渚くんの二人に並んで、色々と話してみてくれないかな」

 無論の事、マリアは微笑んで、

「はい。承知いたしました」

と、一礼したが、穏やかでないのはシンジとカヲルである。すかさずカヲルが、

「綾波さん、それ、どう言うこと?」

と、返す。見ると、シンジも不安そうだ。しかし、レイはさらりと、

「うん? べつになんでもないわよ。アンドロイドの女の子が、男の人とどんなふうに話をするのか興味あるってだけなんだけど。それとも、渚くん、水無月さんと話をするの、なにか問題あるの?」

 こう言われると、カヲルとしてもどうしようもない。

「いや、別にそんなことは…」

 レイは更に、シンジに向かって微笑みかけ、

「シンちゃんも、かまわないわよね?」

 シンジは一瞬言葉に詰まり、恐る恐るアスカを見た。しかしアスカは、

「……♪;」

と、苦笑を浮かべて軽く頷く。こうなるとシンジも、

「う、うん…」

と、応えざるを得ない。

「じゃ、決まりね。水無月さん、…あ、そうだ。もう仲間なんだから、これからはマリアちゃんって呼ぶわ。わたしのこともレイって呼んでね」

「はい、承知いたしました。レイ様」

 様付けには少し苦笑したが、レイは頷いて、

「じゃ、シンちゃんと、渚くんの三人で、色々と話してみてくれる? わたし、後で聞いてるから」

「はい、承知いたしました」

と、マリアは一礼し、シンジとカヲルの間に入った。二人は少々ドギマギした様子であるが、無論の事、マリアは平然と、

「では、レイ様のご要望で、失礼させていただきます。…まず、渚様」

「えっ?」

 名指しされたカヲルは一瞬驚いたが、すぐに、

「あ、僕もカヲルでいいよ。…で、なんだい? マリアちゃん」

 マリアは一層微笑んで、

「はい、では、カヲル様は、どのようなご趣味をお持ちですか?」

「え゛?」

 身構えていたカヲルは、この質問に毒気を抜かれてしまい、

(ご趣味は、と来たか…。まるでお見合いだな……;)

と、苦笑しつつ、

「そうだね……。とりたてて趣味、って、ないんだけど、文学や音楽について色々と調べるのが好きかな…」

「では、鑑賞もさることながら、その作品の作者のエピソードなども含めて深くご研究なされることに興味がおあり、と言うことでしょうか?」

「うん、いいとこ突いて来るじゃない。僕は本を読んだり音楽を聴いたりするだけじゃなくて、その作品の周囲を色々と調べるのが好きなんだ」

 マリアは頷きながら、

「そうなんですか。なるほど」

と、ここで一瞬言葉を切った後、マリアはシンジに向かって微笑みかけ、

「シンジ様」

「えっ?」

 カヲルとマリアの会話に注目していた中、いきなり振られたシンジは、一瞬驚いたが、

「な、なんだい」

「シンジ様は、たしかチェロにご造詣が深いと伺っております。それで—」

「えっ? ちょっと待ってよ。僕がチェロを弾くって、どうして知ってるの?」

 驚くシンジに、マリアは一礼し、

「これは失礼致しました。実は、昨日の夜、ミサト様から話を伺いまして」

「あ、そうなの。なあんだ。…で、チェロがどうしたの?」

「それでですね。シンジ様は……」

 最初の内は、シンジとカヲルにやや遠慮が窺えたが、暫く話をしている内に、いつの間にか、三人の会話は結構盛り上がって来た。その様子を後で見ていたレイは、

(たいしたものねえ。話上手じゃない…)

 その時、隣に並んでいたアスカが、レイの脇腹を軽く肘でつつき、そっと耳元に、

「レイ、白状しなさいよ」

 レイは一瞬答に窮したが、すぐに苦笑して、

「わかった?」

「わかるわよ。あんたがマリアの会話能力にいきなり興味をみせるっての、おかしいもんね」

「ばれちゃったか…」

 大体が、レイはアスカと対照的に、それほど好奇心が旺盛ではない。だから、普通ならば、「マリアの会話能力を試すために、カヲルとシンジとの三者で話をしてみろ」等と言う筈がないのである。それぐらいはアスカにはお見通しであった。

 アスカも苦笑しながら、

「あんたに借りができちゃったわね」

 しかし、レイも苦笑し、

「なに言ってんのよ」

 アスカは、一呼吸置いた後、

「さっきさ、あたしがよけいなこといっちゃったからね。気をつかってくれたんでしょ」

 レイは、アスカの問いに応える代わりに、

「…シンちゃん、マリアちゃんにやさしいの?」

 アスカは一層苦笑し、

「……うん、…シンジのやつはそんなこと意識してないでしょうけどね……。だからさ、渚くんが、マリアにどんな反応をみせるか、ちょっとためしてみたくなったんだ…。あんたたち二人さ、すごくいいふんいきなんだもん……」

 こう言われると、レイとしても応えようがない。しかし、一瞬の沈黙の後、レイはアスカの耳元にそっと、

「わたし、アスカの味方だから……」

「!?」

 流石のアスカも驚いてレイを見詰めた。その瞳に、レイは温かい微笑みを返し、敢えて「マリアはアンドロイドなんだから」と言う事には言及せず、

「だいじょうぶよ。…だって、シンちゃんとアスカなんだから…」

と、だけ言った。

「!…」

 アスカは一層驚き、言葉に詰まったが、すぐに微笑みを返し、

「レイ、ありがと」

 二人は顔を見合わせて頷いた後、改めて前を見た。丁度シンジがカヲルに話しかけている所である。

「でもさ、楽器を演奏してる最中は、そんなこといちいち考えてないよ」

「だろうね。でも、作曲や編曲の時は、理論をふまえてないと、ちゃんとした曲にならないだろ。詞をつける時でもそうじゃないか。音符や音程と言葉の一体感を大切にする事を意識しないと、聞く方は必ず違和感を感じるぜ」

 ここでマリアが、

「あの、お二人のご意見を伺って思ったのですが、それは、『自分が歌いたい歌を作っている』のか、それとも、『聞き手の存在を意識して作っている』のかの違いのように考えられますが、いかがでしょうか」

「あ、なるほどねえ」
「なるほど…」

 カヲルとシンジは頷いている。

 三人の会話の様子を見ながら、レイは、

(…でも、メイド用のロボットにしては、できすぎなんじゃないかしら…)

と、思わざるを得なかった。

(Eへ続く)

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'Moon Beach ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

機械仕掛けのチルドレン 第五話C
機械仕掛けのチルドレン 第五話E
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