機械仕掛けのチルドレン・第五話C
(Bより続く)
「……と、いうわけでさ、マリアはあたしたちの仲間になったってことなのよ♪」
金閣寺近くの喫茶店、「茶房・北山」の一角で、アスカの説明を聞いたレイとカヲルの二人は、まさに「開いた口が塞がらない」と言う状態であった。無論、アスカとシンジは少々ニヤニヤしており、マリアはその隣で相変わらずにこにこと微笑んでいる事は言うまでもない。
「う~ん……」
カヲルが、唸りながらコーヒーカップに手を伸ばし、一口飲んだ後、
「いやしかしなあ、いくら技術が進歩してるからって、まさかここまで……」
と、首を傾げる。
それを見たアスカは、
「なにいってんのよ。そんなこといっちゃったら、エヴァなんかどうなるのさ」
「でも、エヴァはさ、なんのかんの言っても、『生物兵器』だろ。人間と変わらない思考を持つ機械なんて、到底考えられないと思ってたんだけどなあ」
と、カヲルは、未だに「信じられない」と言った様子である。ここでシンジが、
「僕もはじめはそう思ったよ。でも、CPUがオモイカネⅡのものだろ。て、ことはさ、僕らの常識の範囲ではおさまらないかも知れないよ。だって、あの中之島博士が作ったんだからね」
「そうか、そう言われてみると、それも一理あるなあ……」
漸く納得しかけたカヲルに、レイが、
「確かに、わたしもまだなんだか信じられないわ。でも、こうやって水無月さんがここにいるってことも、まぎれもない事実なのよね……」
と、言いながら、マリアをまじまじと見詰める。カヲルもその視線を追って、改めてマリアの顔を見直してみた。今の所、彼女は、四人の話には入って来ないで、そばでおとなしくしているだけであるが、表情と言い、時折見せる自然な仕草と言い、いやはや、とてもではないが、機械とは思えない。しかし、機械である彼女が眼前にいる事も、これまた間違いのない事なのだ。レイの指摘にそう思ったカヲルは、
「うん、そうだよねえ……」
と、頷いた。流石にカヲルもレイの言葉には素直であるようだ。その様子を敏感に察知したアスカは、またもやニヤリと笑って、
「渚くん、マリアと握手してさ、どう思った♪?」
「え?」
カマをかけられたカヲルは一瞬言葉に詰まった。無論、アスカの魂胆はレイとカヲルを少々刺激してやろうと言う事である。事実、レイの目付きも少々変わっている。しかし、カヲルは努めて冷静に、
「うん、正直な所、まったくロボットだなんて思えなかったよ。ほんとうに人間そっくりだね」
と、さらりと躱そうとした。しかしアスカは、
「え~? それだけ? ほんとは、マリアの笑顔にドキっとしたんじゃないの~♪?」
と、追い討ちをかける。痛い所を突かれたカヲルはややムキになり、
「な、なに言ってんだよ。そんなことないって」
しかし、やや上ずった声の調子は、レイをきっちり刺激してしまったようである。恐る恐る、横目でレイの様子を窺うと、
「…………」
(げ、綾波さん……)
ジト目のレイの顔は余り見たくないものだ、何とか現状を打破しなければならない、それにはシンジの助け舟が一番だ、きっとシンジもニヤニヤしながらこっちを見ているだろうから、そろそろフォローしてくれるだろう、と、カヲルはそっとシンジを窺い見た。
「……;」
(あちゃー、碇君もか……)
意外な事に、シンジの顔も少々こわばっている。その次の瞬間、カヲルの頭の中に、恰もビデオを早送りするかの如く、鮮明な映像が駆け巡った。
(「シンジ!! あんたなにデレデレしてんのよ!! まさかマリアにメロメロになったってんじゃないでしょうね!!」)
(「!! …な、なに言ってんだよ! そんなことあるわけないだろ!」)
(「ふーん、じゃ、なんでマリアの笑顔みたとき、あんなに熱い目してたのかな~」)
(「!! な、なんでわかったんだよっ!!」)
(「あ~っ! やっぱりっ! このバカシンジ!!」)
(「ああ~っ! またひっかけたな! ひどいよアスカ!!」)
(「おんなじ手に何回もひっかかるあんたがバカなのよっ!!」)
カヲルはおずおずと、
「……あ、あのー、碇君」
「えっ!? な、なんだい…?」
いきなり振られたシンジは、少々どもってしまった。無論、シンジにしてもこの場に漂う尋常でない空気は充分に察している。アスカとレイが同時に本気を出して怒ったらどうなるか、等と言う事は考えたくもない。
しかし、天はシンジとカヲルに味方しなかった。混乱したためか、カヲルは、「言ってはならぬ事」を口に出してしまったのである。
「あの、もしかして、碇君も、水無月さんのことで、惣流さんにどなられたの?」
「え?」
言葉に詰まるシンジ。
「!!!!」
「!!!!」
顔色を変えたアスカとレイ。
「???」
無論の事、マリアはきょとんとしているだけである。
何とも言えぬ空気が漂う「茶房・北山」の一角。
恰も死刑宣告を受ける被告のような顔のシンジ。
引きつったような苦笑を浮かべ、シンジをジト目で見詰めるアスカ。
急な状況の変化に、さっきの目付きも消え失せ、心配そうな顔のレイ。
自分の余計な一言で要らぬ騒ぎを引き起こしてしまったか、と顔を顰めるカヲル。
そして、状況が理解出来ず、きょとんとしたままのマリア。
五者五様の中、時が流れる。
この時のシンジの心中を察するに、
「なんで! なんで僕にはATフィールドがないんだ!!」
とでも言いたい所であろうが、当然の事ながら彼は使徒でもエヴァンゲリオンでもない。アスカの強烈な攻撃に、哀れにも「活動停止」と相成る運命か……。
所が意外にも、アスカが、カヲルの方を向いて、
「ごめんね、渚くん。あたしがつまんないこといったから、へんなことになっちゃったわね」
と、軽く頭を下げた。
「え?!」
「え?!」
これには、流石のシンジもカヲルも、「鳩が豆鉄砲を食らったような顔」をするしかない。アスカは続けてレイにも頭を下げ、
「レイ、ごめんね。べつに悪気はなかったんだ。たださ、このごろ、あんたたち、あんまり仲がよさそうだから、つい、ちょっかいかけようかなって、気になっちゃってさ。ほんとにごめんね」
と、はにかんだではないか。これにはレイも一瞬言葉に詰まったが、すぐに、
「う、ううん、べつにそんな、何とも思ってないわよ…」
と、笑った。無論これは、「今日のアスカは何だか少しおかしい。話の流れを変えた方がいい」、と言う彼女の機転である。
ここに至って、シンジとカヲルも漸く安心したようで、ほっとした顔をする。その時、
「あの…」
と、声を出したのはマリアである。四人は一斉に彼女を見た。
マリアは、申し訳なさそうな様子で、
「あの、もし、私のことでなにか皆様にご迷惑をおかけしておりますのなら、お許し下さい。これ以上ご迷惑にならないよう、すぐに帰りますので」
と、今にも立ち上がりそうな様子である。これにはアスカもやや慌てて、
「あ、ごめんね。マリアが悪いんじゃないのよ。ちょっとあんたをダシにして渚くんとレイにちょっかいかけただけなんだ。悪いのはあたし。気にしないで♪」
と、申し訳なさそうな顔で微笑んだ。このやりとりに、他の三人も心配気である。
しかし、アスカの言葉を聞いたマリアは、
「そうですか。はい、了解いたしました」
と、素直に微笑み、改めて腰を落ち着けたので、四人はほっとした顔をする。
ここでレイが、
「あの、一応水無月さんの紹介も終わったんだし、そろそろ行きましょうよ」
と、笑いながら立ち上がった。アスカ、シンジ、カヲルの三人は、「これ幸い」とばかりに一斉に席を立つ。一瞬遅れてマリアも微笑みながら立ち上がった。
(Dへ続く)
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'A Sunny Day ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))
機械仕掛けのチルドレン 第五話B
機械仕掛けのチルドレン 第五話D
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