機械仕掛けのチルドレン・第四話A
トントントン
「ふんふんふん♪」
ハミングに合わせてマリアは材料を切っている。思ったより無難な包丁捌きだ。無論、一流の料理人の手付きとは言えないだろうが、ベテラン主婦のレベルには充分達している。
バリバリ、バサバサ
(後から見て)左隣でレタスをめくりながら、シンジはマリアの方にチラチラと視線をやる。
「ふーん、なるほどねえ……」
今日の献立はマリアが言ったようにビーフシチューだが、それだけではやや寂しいと言うシンジの提案で、彼自身が選んだ野菜のサラダもメニューに加える事になっていた。アクセントも、と言うアスカの意見も取り入れ、今日のサラダは、「季節の野菜サラダ、ハムと蟹肉添え」だ。言い出しっぺのシンジが、これは手伝う、と言って、マリアと一緒に台所に立っている。
また、「家事をやらなくて済む」と言う理由で同居に同意したアスカも、それ故に本来ならボケっとしている筈だが、やはり興味が優先するのか、料理に参加し、マリアの右隣でジャガイモの皮を剥きつつ、時折手を止めて彼女の手元を観察する。
「ふーん、マリア、あんたってさ、やっぱ無難な手付きだわねー」
頷き顔のアスカに、マリアは、自分の手元への視線は外さないまま、微笑みを浮かべ、
「はい、お料理の技術に関しましては、とにかく基本に忠実、丁寧が一番となるようにプログラミングされております」
シンジも、
「そうだよねえ。なんかさ、正確って言うか、そのへんはたいしたもんだよねえ……」
と、頷いた。そしてその後、思わず
「やっぱり、アン─」
と、言いかけ、あわてて口をつぐんだが、無論マリアは顔色を変える筈もなく、
「はい、おかげさまで、手捌きの正確さという言う点では、何とか及第点をいただけると思います。機械ですから」
「……;」
「……;」
自分は機械だ、と度ある毎に微笑みながら主張するマリアに、シンジとアスカはまたも苦笑するしかなかった。
+ + + +
第四話・アンテナは高感度!?
+ + + +
材料の下拵えが終わった後、まず左のコンロに水を張った鍋を置いてガスに点火し、続いて厚手の鍋の底に油を引き、右のコンロに置いて、こちらも火を点け、暫し待つ事十数秒。鍋が温まったと見たマリアは、角切りの肉を鍋に放り込んだ。
ジュワーーッ!!
たちまち油がはじける音と共に、肉の焼ける香ばしい匂いが漂う。続いてジャガイモ、ニンジン、マッシュルーム、タマネギと、次々に材料を入れて行き、焦げ付かないように木のへらでかき回す。これまた中々鮮やかな手付きで、気が付くと、両脇のシンジとアスカのみならず、いつの間にかミサトまでが後から覗き込んでいる始末だ。そんな様子を時折横目で見ながら、加持はテーブルでくつろいでいる。
そして、材料に充分火が通ったと見たマリアは、ドミグラスソースの缶を開け、中身を鍋に入れる。続いて同量の水を注いだ後、軽く腰をかがめて火加減を調整し、鍋に蓋をした。
「これから煮込みにかかりますから、その間、ブロッコリーを茹でますね」
と、振り向いて言うや、マリアは、もう既に沸騰ている左の鍋に、ブロッコリーを放り込んだ。そして火加減を確認した後、また振り向いて、
「これでブロッコリーが茹で上がったら段取りは全て終わりです。後はシチューの煮込みが終わるまで、皆様、申し訳ございませんが、テーブルでお待ちになって下さい」
と、微笑んだ。マリアの手並みを興味深そうに見ていた、シンジ、アスカ、ミサトの三人は、反射的に頷き、テーブルの方に戻って行く。
暫しの後、アスカがふと思い出し、マリアの方に振り向いて、
「あ、マリア、あんたさ、かくし味にしょうゆとみりんをつかうっていってたでしょ。いついれるの? ワインをつかうときはわりあいはやくからいれて煮込むじゃない」
マリアは振り向いてにっこりと微笑むと、
「みりんとしょうゆを隠し味に使う場合は、比較的最後の方で加えます。煮込み過ぎると風味が飛んでしまいますので」
「ふーん。そうなの」
流石のミサトも、この会話を耳にして、
「どう言うこと? ビーフシチューなのに、みりんと醤油を使うの?」
すぐさまアスカが、
「そうなんだって。マリアを作った山形先生の得意料理だったんだってさ」
「へえー、そんなこと、初耳ねえ…」
と、驚き顔のミサトに、新聞を読んでいた加持が顔を上げ、
「おお、そう言や、そんな話、聞いた事あるぞ」
ミサト、アスカ、シンジの三人が一斉に加持を見る。
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
加持は続けて、
「確か、新横浜市に、洋食屋で、ハヤシライスならここしかない、って評判の店があるらしい。その店のドミグラスソースが、みりんと醤油を隠し味に使ってる、って言う話だったな」
「へえー」
「へえー」
「へえー」
三人は眼を丸くした。マリアの話にはちゃんとした根拠があったのだ。加持は、マリアに向かって、
「なあ、マリア、この話、知ってるか?」
「いえ、申し訳ございませんが、存じません」
と、振り返って申し訳なさそうな顔をしたマリアに、加持は苦笑し、
「そうか、そこまではインプットされてない、って事だな」
「はい」
「じゃ、俺からの情報、って事でインプットしておけよ。で、何か機会があったら調べておく事だな」
「はい、わかりました」
微笑んで会釈した直後、マリアは表情を変え、
「あ、ブロッコリーが茹で上がりますので、失礼致します」
と、すぐさま振り返り、コンロの火を止めた。
+ + + +
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
マリアお手製のビーフシチューも出来上がり、全員が一斉にスプーンを口に運ぶ。
「おっ!」
「あっ!」
「おっ!」
「あっ!」
シンジ、アスカ、加持、ミサトの四人が思わず眼を見開く。一番にアスカが、
「これ、いけるじゃない!」
ミサトも頷いて、
「うんうん、とってもおいしいわ! 意外ね~。ビーフシチューにこんなにみりんと醤油が合うなんてさ」
「うん、確かにイケるな。俺が聞いた話もいい加減じゃなかった、って事だ」
加持も満足気である。シンジも微笑んで、
「うんうん、マリア、とってもおいしいよ」
と、マリアの方を見た。彼女は、微笑みながら会釈し、
「はい。ありがとうございます。皆様にお喜びいただき、大変うれしく存じます」
と、言いつつ、スプーンを口に運んだ。シンジはそれを見て、
「いやあ、マリアって思ったより料理上手だねえ」
と、微笑んだが、その直後、
「え?」
と、思わず口元にまで運んだスプーンを止めてマリアを凝視した。それに気付いたアスカが、
「どうしたの?」
と、顔を上げ、シンジの視線を追った時、
「ああ~っ! マリア! あんた! ごはんたべるの!?」
「えっ!?」
「えっ!?」
全く意識していなかった加持とミサトも一斉にマリアの方を見る。すると、マリアは照れ臭そうにはにかんで、スプーンをシチューの皿に置き、
「はい。申し遅れましてすみません。私は人間の皆様がお食べになる食物を同じように食べるように設計されております。無論、食べなくても停止は致しませんが、食物を分解して使うようになっているのです」
「それ、どういうこと?」
と、驚き顔のアスカに、マリアは続けて、
「はい。実は、出来る限り人間の皆様に近付けると言う設計思想に基き、私の皮膚と髪の毛は、蛋白質を合成して作られています。ですので、新陳代謝と申しますか、ある程度の時間が経つと、人工皮膚は表面から劣化しますから、下から次々と新しい人工皮膚を合成して補給できるように、そして、髪の毛は、適宜伸ばしては切るようになっております。食物はそのための材料として必要なのです。更に申しますと、髪の毛と皮膚の保湿のために水も必要です。余談ながら、私の髪は緑色ですが、どんな色にする事も一応は出来るように設計されております」
それを聞いたミサトも、
「へえーっ! そうなの。おどろいたわねえ」
「後、ビタミンなどの栄養素は私には必要ありませんので、凝縮させて体内に保存しておき、それを合成して薬を作ります。いざと言う時、人間の皆様のお役に立てるためです」
加持も頷いて、
「ほう、なるほど。それは凄いな。……で、話は前後するんだが、マリアは食べ物の味はわかるのか?」
「はい。一応、味そのものを数値で分析する事は出来るのですが、残念ながら、おいしいとかまずいとか言うことはわかりません。ですので、人間の皆様のご意見を取り入れて、『この数値でどう思われたか』を基準にして味を判定いたします」
「へえ、そうなんだ。……でも、味がわかるってのも、すごいよね」
と、シンジ。
(Bへ続く)
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'主よ、人の望みの喜びよ '(オルゴールバージョン) mixed by VIA MEDIA
機械仕掛けのチルドレン 第三話C
機械仕掛けのチルドレン 第四話B
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