機械仕掛けのチルドレン・第三話B



(Aより続く)

 アスカは頷き、苦笑して、

「そりゃそうよね。じゃ、いこっか」

と、マリアの手を取って中に入って行く。一歩遅れて続いたシンジは、マリアの後姿を見ながら、

(なんで、あんなにかわいいんだろ……)

と、妙に考えてしまった。それがややおかしな方向に進んで、

(あんなにかわいらしく笑っても、プログラムなんだよなあ…。でも、あの笑顔見たら、とてもじゃないけど、作り笑いだなんて思えない。心からほほえんでるみたいだ……)

 そしてそれがまた連想を呼び、

(心からほほえむ……。あれっ? 心って、いったいなんだ?……)

 その時、

「シンジ、なにぼやぼやしてんのよ。おいてくわよ」

と、アスカの声が。

「え?」

 我に返って顔を上げると、数歩先に苦笑しているアスカと微笑むマリアが待っている。

「あ、ごめん」

 シンジは慌てて歩を進めた。

 + + + +

 流しに山積となったビールの空き缶を片付けながら、ミサトが、

「ねえ、あなた」

「ん?」

と、テーブルを拭き始めたばかりの加持が振り向いた。ミサトは、こちらを向いてくすっと笑い、

「アスカさ、どう思う?」

 加持も苦笑し、暫し手を止めて、

「いい傾向なんじゃないかな」

「あ、あなたもそう思う?」

「おお、そう思うぞ。ま、これは余禄だったが、アンドロイドの女の子が来た事で、アスカにもいい意味での刺激になったみたいだしな。

 相手がアンドロイドとなれば、シンジ君だって本気になる訳がないんだから、ムキになってやきもちを焼く訳にも行かんし、多少カチンと来ても、それをうまく自分の肥やしにしてくれたらいいんだ。

 それに、シンジ君にしても、そろそろ女の子の気持ちをちゃんと考える事も勉強しなきゃならんし、結果的によかったと思うぞ」

「うん、そうね。でもさ、まだなんて言っても、シンちゃんもアスカも子供だから、変な方向にだけには行かないように、時々気をつけてあげなきゃね」

「その通りだな」

と、言った後、加持は再びテーブルを拭き始めた。ミサトも微笑んだ後、ビニール袋に詰めた空き缶を台所の隅に移動させる。

 + + + +

 生鮮食料品のコーナーで野菜を選ぶマリアに、アスカが、これまた意外そうに、

「へえーっ、マリア、あんた、あんがい無難なかい方すんのね」

 マリアは苦笑して、

「いえ、おかげさまで、山形先生が、一応の買い物の仕方はプログラムしておいてくださったんですが、残念ながら、私はまだ、よい物とわるい物を見分けるだけの基準となるデータを持っておりません。ですので、とりあえずよく売れている商品を基準にいたしまして、選ばせていただいております」

「ふーん、……シンジ」

 そばで野菜を選んでいたシンジが振り向き、

「なんだい?」

「あのさ、家事はぜんぶマリアがやってくれるっていっても、じょうずなおかいもののしかたはやっぱりおしえなきゃだめだわ。あたしもがんばるけど、これはシンジのほうがなれてるしさ、おしえたげてよ」

「うん、わかった」

と、笑って、シンジは、マリアが持っている買い物篭を見た。中には、ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、マッシュルーム、ブロッコリーが入れられている。

「マリア、この材料だと、今日のメニューはなんなの?」

「はい、今日はビーフシチューにさせていただこうと思っております」

「あ、なるほどね。じゃ、後はお肉だね。ドミグラスソースはどうするの? 缶詰?」

「はい、今回は、時間的な問題で、一からソースを作るわけには参りませんので、缶詰を使います」

 ここでアスカが、

「じゃさ、赤ワインもかっとけば? かくし味にいるでしょ」

「はい、確かにその通りなんですが」

と、応えた後、一瞬置いてマリアは、

「アスカ様、今日は、ご飯かパンの、どちらを主食にお考えですか?」

「え?」

 唐突と思える質問にアスカは一瞬驚いたが、すぐに気を取り直し、

「う~ん、あたしはドイツ育ちだから、もちろんパンにしとけば無難なんだけどさ、日本にきてからけっこうごはんも気にいっちゃってさ、ごはんとシチューもなかなかすてがたいのよねえ……」

 するとマリアは微笑んで、

「ごはんなら、シチューの隠し味には、みりんとしょうゆがいいんですよ」

「ええっ?」
「ええっ?」

 意外なマリアの発言に、アスカとシンジは眼を丸くしたが、すぐにシンジが、

「ビーフシチューだよ。ドミグラスソースだよ。なのに、みりんとしょうゆ?」

 マリアは頷き、

「はい、ごはんにはよく合います。パンでしたら赤ワインですけど」

 シンジとアスカは思わず顔を見合わせたが、今度はアスカが、

「それも、プログラムされてんの?」

「はい、そうです♪ 山形先生は、美味しいものには目のない方でした。あちこち食べ歩いたり、独身でいらしたこともあって、ご自分で色々と工夫されたりして開発なされたレシピを、全部インプットしておいて下さったんです♪」

と、微笑を絶やさないマリアに、アスカは、少々驚いた顔で、

「へえー、そうなの。あ、それで、家庭料理ならできるってわけね」

「はい、そうなんです♪」

 ここに来て、アスカは2,3回大きく頷き、

「うん、いいわ。ごはんにしましょ。それでやってみて」

 シンジは驚いて、

「ええっ?! アスカ、いいの?」

 しかしアスカは平然と、

「たまにはおもしろいじゃない。それにさ、きょうのシェフはマリアよ。どんな味になるか、興味あるわ」

「そ、そう……」

 アスカは改めてマリアに、

「じゃ、マリア、お肉とみりんとしょうゆ、かいにいきましょ」

「はい♪」

 それを聞いたシンジは、

「あ、でもさ、みりんとしょうゆはあるんじゃ──」

と、言ったものの、すぐに、

「あ、そうか……」

と、納得した顔になった。アスカは苦笑して、

「そうそう、ミサトのことだから、調味料なんかちゃんと管理してないわよ」

 シンジも頷き、苦笑して、

「可能性は高いな……。うん、みんな買っておこう……」

 三人は並んで精肉売り場へ向かった。

 + + + +

 買い物を終えた三人は、それぞれ袋を手にして帰途に着いた。その道すがら、またアスカが、

「あ、ところでさ、マリア、あんた、宇宙ステーションのメイドとして開発されたんならさ、外国語はしゃべれるの?」

 意外にもマリアは少しはにかんで、

「いえ、それが、現在のプログラムのレベルでは、日常会話程度の英語だけしかしゃべれないんです」

 それを聞いたアスカは、眼を丸くして、

「へえー、それは意外だったわね。それだけ日本語をちゃんとしゃべれるってことは、言語能力はちゃんとあるってことなんだから、それこそ、世界数10ヶ国語をあやつってもふしぎじゃないと思ってたわ」

「はい、山形先生もそこまではプログラムしておいてくださらなかったのです」

「そっかー……。Hey! Maria! How old are you ?」

「I'm 1 month old. But Dr.Yamagata set me 15 years old.」

「Oh! That makes sense ! ……ふーん、なるほどねえ……」

 早口で英語をまくし立てるアスカとマリアに、シンジは呆気に取られ、

「あ、あの…、なんて言ったの?」

 するとアスカは苦笑して、

「なにいってんのよ。『ねえ、マリア、あんたいくつ?』、『あたしは生まれて一月だけど、やまがた先生はあたしを15歳にセットしたの』、『あ、なるほどね』、でしょ。こんな簡単な英語もわかんないの?」

 シンジは少し焦り、

「い、いや、なんとなくはわかるよ。でも、ちゃんと聞き取れないんだよ……」

 すると、マリアが、

「あ、それはやむを得ないです。英語の音には、元々日本人には非常に聞き取りにくい周波数の音がたくさん含まれているんです。ですから、それは仕方ないかと」

「へえー、そうなの。それは知らなかったよ」

と、頷いた後、シンジは、

「ほらみろよ、アスカ、仕方ないだろ」

と、これ幸いとばかりに「マリアの助け舟に乗りこんだ」が、アスカは苦笑して、

「ま、しかたないってことにしといてあげましょ♪」

 その時マリアが、

「ついでに申しますと、外国語は英語だけなんですが、山形先生の趣味なのか、日本語に関しては、関西弁モードと言うのがあるんです」

(Cへ続く)

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'Moon Beach ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

機械仕掛けのチルドレン 第三話A
機械仕掛けのチルドレン 第三話C
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