機械仕掛けのチルドレン・第二話B
(Aより続く)
それを聞いた加持は、一段と苦笑し、そっと台所の流しを指差した。
「あ……」
納得したシンジが思わず頷く。流しには、大量の「エビチュビールの空き缶」が乱雑に置かれているではないか。加持は自嘲気味に笑うと、シンジの耳元で、
「要するに、ヤケ飲みなんだよ。水無月君の事でな。ミサトを説得するのに苦労したんだぜ」
「なるほど……」
と、シンジがまたもや頷いたその時、
「ちょっとシンジ!!」
思わずそちらを見ると、まさに暴走したエヴァ初号機のような顔をしたアスカが、こちらを向いて、
「あんたもなんとかいいなさいよっ!! ミサトったら、あたしとあんたの悪口、いいたいほうだいよっ!!」
「えっ!? い、いや、その……」
言葉をなくし、ドギマギするシンジに、すかさずミサトが、恰も使徒ゼルエルの如くに眼を光らせ、
「あーら、シンちゃん、あんた、アスカの言いなりになるわけ? あんたのこと、ずーっと、ずーっと、大事大事にして来てあげた、こんな素敵な、おねーさんを、裏切っちゃ、だ、め、よ。……わかる?」
「!!! ……いっ、いやっ、そのっ……」
想像を絶する「女の戰い」に、シンジは心底から震え上がった。この時のシンジの心中を慮るに、恐らく、
「使徒より恐いアスカとミサト」
であったに違いない。
流石にここに来て、加持が苦笑しながら、
「まあまあ、二人とも、もう充分だろ。そこまで行ったら、今日の本題から外れてしまうし、ま、今日の所は俺に免じて、二人とも収めてくれ」
と、言ったので、ミサトとアスカもやっと「休戦」して腰を下ろした。尚、余談ながら、この間、マリアは、やや神妙な方向の表情に変化しているとは言うものの、基本的にはずっとニコニコしたまま待機していたと言う事を付け加えておこう。
さて、加持はシンジを促し、テーブルに戻ってから、改めて、
「まず、ミサト」
「なーによ」
「お前、いかんぞ。いきなり、『出来のよくない子供』はないだろ。アスカが怒って当然だ。な」
「はーい、わかりましたよ。……アスカ、ごめんね、っと」
「え?」
意外にも素直に謝ったミサトの態度に毒気を抜かれたアスカは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。加持は続けて、
「アスカ、ほら」
と、苦笑したまま、再び流しを指差す。それを見たアスカは、
「あ……」
と、漸く納得する。そこで加持は、
「ま、とにかくだ。話がごちゃごちゃになってしまったから、ちょっと整理しよう。
まずだ、もう一度水無月君の話に戻すとだ、要するに、彼女はメイドとして開発されたアンドロイドだ。で、今回の新型エヴァプロジェクトにリンクされて、チルドレンとして配属された。IBOでの彼女の任務は、人間でなくても操縦出来るエヴァの開発に参加する事だが、同時に、宇宙開発プロジェクトの方が軌道に乗った時、宇宙ステーションでのメイドとしての役目もある。なにしろ彼女はプロトタイプだからな。それで、人間との付き合い方を覚えるために、人間の家庭にメイドとして配属される事になった訳だ。これが一連の流れだな。
で、ここまでで何か質問はないか?」
するとシンジが、心配顔で、
「加持さん、水無月さんの事とは直接関係ないかもしれないですけど、新型エヴァって、だいじょうぶなんですか? また、前みたいな事、おきませんか?」
と、言ったのへ、加持は、
「うん、シンジ君の心配はもっともだ。ただ、今回が前と違うのは、日本政府の宇宙開発プロジェクトの一環としてやると言う事ははっきりしてるし、そのためにも、『人間が乗らなくても動くエヴァ』を作れ、と言う事なんだからな。それに、『この前の事件』に関しては、俺達だけじゃなくって、みんな知ってる情報になっただろ。その意味では、誰かがまた何かをやっている、と言う事はないと思う。それに、今日、本部長から話を聞いた後、ちょっとばかし、昔のコネを使って情報を集めてみたんだ。そしたら、まあ、今わかってる限りでは、大丈夫だと言う結論が出たよ。
まあ、俺達、今まで2回も『あんな目』に遭ったんだからな、今度は絶対にそんな事にならないよう、俺も気をつけるさ」
それを聞いて、シンジは頷き、
「そうですか、わかりました」
加持は続けて、
「そこでだ、新型エヴァのプロジェクトは、来年の4月、第3新東京のIBO本部の運用が再開されたらそちらに移るが、それまでは、京都と松代に分かれて進められる。で、とりあえずこれから半年、第3に戻るまでの間なんだが、水無月君に、人間との付き合い方を教える、と言うのが、加持ミサト総務部長の任務なんだよ。しかも政府としては、夫婦二人、子供二人ぐらいの家庭で教育するのが望ましいと言って来た。それで本部長は、一応『任務』として指示したんだが、無論、本部長の事だから、決して強要はなさらなかったよ。無理なら他の家庭を探す、とも仰ったし、どうしてもIBOの関係者の所で教育する事が不可能なら、自分で何とか彼女の処遇を考える、とまで仰ったんだ。まあ、俺のカンでは、いざとなったら、本部長としては、相当照れ臭いだろうけど、自分の所に引き取るつもりなんだろうね……。
ただな、彼女は見た通り、ちょうど君達と同世代の女の子として作られているし、行動や思考のパターンも全てそれに合わせてプログラミングされている。知能もあるしな。それで、本部長としては、出来たら、機械扱いしないで、君達に、彼女の友達になってもらえないかな、と言う気持ちで、ミサトに彼女を任せたんだろうな、って、思うんだよ」
「…………」
「…………」
ここに来て、シンジとアスカは改めてマリアを見た。流石に彼女も、今自分が置かれている状況を理解しているらしく、表情はさっきのニコニコ顔から、少し申し訳なさそうに俯いてはにかんだ顔に変わっているし、また、一切余計な事はしゃべっていない。その様子に、二人は少し不思議な気持ちになった。
確かに理屈から言えば、彼女は機械であり、心を持っている訳ではない。しかし、ここ十数分見た限りではあるが、彼女は、とてもではないが、ロボットは思えなかった。どう見ても人間の女の子そのものである。
唯一つ、違和感のようなものがあるとしたら、常に微笑んでいると言う事であろう。しかし、それとて、悪い事で違和感がある訳ではない。
その意味からして、アンドロイドと友達になる、と言うのは、初めてであり、戸惑いもあるが、それほど悪い事ではないのかも知れない、と言う気がして来たのである。
二人の心境の変化を察したのか、ここで加持が、
「どうだろうな。またみんなで、わいわい楽しくやってみないか。とりあえずは半年の事だし」
と、言ったのへ、アスカが、
「でもさ、あたしたちのこともそうだけど、加持さんとミサトはどうなのよ。だいたい、ふたりは結婚したばかりじゃないのさ。新婚家庭に、同居人がいていいの?」
加持は、照れ笑いを浮かべ、
「まあ、アスカが気を使ってくれるのはうれしいが、俺とミサトを見ろよ。新婚家庭ってタマか? それに二人とも30過ぎてんだぜ。まわりも新婚だなんて、見てくれんよ。
それにな、初めはミサトもしぶってビール煽ってたんだが、水無月君と同居するにあたって、まあ、俺としては、女房修行もしてもらわにゃならんから、全面的には承服しかねる点もあるんだが、家事は全部彼女がやるってんで──」
それを聞いたアスカは、突然眼の色を変えて立ち上がり、シンジの方を向いたかと思うと、
「シンジいいっ!!!!」
「いいっ!!!??」
シンジは息が詰まるほど驚いたが、何とか、気を取り直し、
「は、はいっ! なんでしょう!?」
と、答えるや、何とアスカは、
「すぐにひっこしの準備よっ!!」
「えええっ!!!???」
流石のシンジも椅子からひっくり返るほど仰天した。加持までが眉を顰め、
「なにっ?」
(Cへ続く)
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'Moon Beach ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))
機械仕掛けのチルドレン 第二話A
機械仕掛けのチルドレン 第二話C
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