第三部・トップはオレだ!




 今日は2013年5月10日。いよいよ新型ロボット・オクタヘドロンⅡの初飛行の日である。

「本部長、そろそろお時間ですが」

 本部長室に閉じ篭っていたJRL本部長の松下一郎の所に秘書室主任の細川治美がやって来た。ジェネシス時代は「殉職」した伊集院の秘書だったが、JRLに変わってからは秘書室の主任となって現在に至っている。

「……うーん、……どうしたものか……」

 治美に声をかけられたにも拘わらず、相変わらず松下は机に向かってブツブツと独り言を言いながら何やらやっている。治美は再び、

「……あの、本部長……」

「……お、細川君か……。すまんな、ちょっと考え事をしていてな」

「そろそろ式典のお時間ですが……」

「うむ、わかった、行くよ」

 松下は席を立ち、部屋を出て行った。しかしどう見ても、「心、ここにあらず」と言った様子である。少々不審に思いながらふと松下の机の上を見た治美は、

「あら? ……♪」

と、思わず苦笑した。松下の机の上は、「オクタヘドロンⅡ完成記念式典」で挨拶するための「スピーチ原稿」の「残骸」だらけだったのである。

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第二十話・鬼面仏心

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 さてこちらは総務部。

「あのー、中畑部長、いえ、山之内部長、……そろそろいらっしゃらないとだめなんじゃ……」

「わかってるわよー。でも、どーもこの化粧、気に入らないのよねー……」

 部員の中森由美の心配顔をよそに、由美子はさっきからずっとコンパクトを覗きっぱなしだった。大体が化粧などには無頓着な由美子である。こう言った「ハレ」の行事に「おめかしして」出るのはどうも苦手だ。一応何とか「顔は作った」とは言うものの、どうも自分の顔のような気がしない。その時、部室のドアが開いて山之内が顔を出した。

「あ、まだいるのか? なにしてんだ」

「今行こうとしてたとこよ。ちょっと待ってよ」

「早くしろよ。もうすぐ始まるぞ」

「はい、はい」

 どうも得心が行かない、と言う顔をしながら由美子はしぶしぶ席を立って山之内と出て行く。その様子を見ながら由美は苦笑していた。

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 アキコ、ゆかり、サトシの三人も揃って朝からJRL本部に来ている。今日はオクタヘドロンⅡの初飛行と言う記念すべき日であるため、青嵐学園も休みであった。学生証を提示すれば出入りは自由であるので、多くの大学生や高等部の生徒が本部に来ているが、無論彼等は記念式典に出席する訳ではないし、直接格納庫に行く訳でもない。しかしやはり、飛び立つ瞬間をこの眼で見たいと言うのが人情と言うものである。

 アキコも流石に苦笑し、

「すごい人じゃねえ」

 ゆかりも仕方がない、と言う顔で、

「そうですわねえ。やはり今日は記念すべき日ですものねえ♪」

 サトシも、溜息混じりに、

「そうだよなあ。本部にこんなに人がいるのは初めて見たよ。……今10時半か。飛ぶまでにはまだしばらく時間があるよね」

 アキコが頷き、

「うん、式典が10時からで、初飛行は11時や、言うて、聞いとるよ」

と、言ったへ、ゆかりが、

「では、それまでラウンジで一服致しませんこと?♪」

「はい♪」
「はい♪」

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 三人はラウンジにやって来た。流石に今日は人が多い。コーヒーを買ってからウロウロと席を探し、何とか空いたテーブルを見つけて落ち着くと、サトシが、

「やっぱりここも人が多いねえ」

 アキコとゆかりも頷き、

「そうじゃねえ。こんなの初めてじゃよ」

「まあ、こんな事は滅多とありませんものね」

 ここでサトシが、

「ところで、JRLはロボットの開発が主体で、特に宇宙開発だけって事じゃないだろ。世界的に見たら、宇宙ステーションの方はどこが中心になってるのかな? やっぱりアメリカかな?」

と、言うのへ、アキコは、

「わたしが聞いとるのでは、日本では宇宙開発事業団がステーションを作っとる、と言うことじゃけんど」

 また、ゆかりは、

「アメリカは軍が中心になって、宇宙戦艦を建造している、と聞いておりますわ」

 サトシは驚き、

「へえ、そうなんですか」

 アキコも、

「まるっきりSFの世界じゃねえ」

 その時、

「よお、久し振りだねえ」

と、現れたのは山之内と由美子である。すかさずサトシとアキコが、

「あ、山之内さんと由美子さん。しばらくです」

「しばらくです」

 山之内と由美子は、手にしたコーヒーを置くと、

「ちょっと失礼して座らせてもらうよ」

「今式典が終わった所よ。松下本部長、緊張しっぱなしだったわ。……そちらはどなた?」

と、言った由美子に、ゆかりは一礼し、

「初めまして。綾小路ゆかりと申します」

 山之内は、少し驚いて、

「お、青嵐学園高等部、転入生総代の綾小路ゆかり君か。これはどうも初めまして。JRL秘書室長の山之内豊です。こちらは総務部長で妻の由美子です」

 由美子も軽く会釈し、

「初めまして。お噂は聞いてるわ♪」

 ゆかりも微笑んで、

「私も中畑部長の、いえ、失礼致しました。山之内部長のお名前は存じ上げておりました。よろしくお願い致します♪」

 ここで、山之内が、

「いやしかし、いよいよだな。オクタⅡ各機の名前も正式に発表になったしな」

 サトシは、身を乗り出し、

「なんて名前になったんですか?」

「1号機から順番に、ヴァジュラ、ガルバ、プリティヴィ、ヴァルナ、アグニ、ヴァーユ、アカシャ、カーラ、と命名されたよ」

 それを聞いたアキコは、

「どう言う意味なんです? 特に最後の『カーラ』と言うのは、『マハカーラ』のカーラですか?」

「ヴァジュラは金剛、ガルバは胎蔵、の意味だ。真言密教の両部、金剛界と胎蔵界から取られた。プリティヴィ、ヴァルナ、アグニ、ヴァーユは、インドの神の、地天、水天、火天、風天、の名前だよ。地水火風の四大を象徴する名前だな。アカシャは虚空の意味だ。そのまま空や宇宙を象徴している。最後のカーラは、形代君の言った通り、マハカーラのカーラだ。元々は、『時間』と言う意味なんだ」

「へえー、元はそう言う意味なんですか」

と、サトシが言ったへ、ゆかりは、

「マハカーラと言うのは、『大いなる暗黒』と言う意味ですけど、カーラとは、元々は『時間』の事ですものね」

 山之内は頷き、

「その通りだな。8号機の名前に関しては賛否両論があったんだ。マハカーラを連想させて縁起が悪い、と言う意見だな。しかし、元々『カーラ』と言う言葉には良い意味も悪い意味もないし、是非『時間』と言う意味の『カーラ』にしたい、と言う中之島博士の意見で最終的にこれに決まったんだよ」

「へえー、そうだったんですか……」

と、感心したアキコに、由美子は、

「ま、元々『マハカーラ』と言うのは『大黒様』の名前でもあるしね。『災い転じて福となす』と言う願いを込めてあの事件に命名されたんだから、それ自体は悪い言葉ではないのよ」

 山之内も、

「そう言う事だ。これから君達も乗る事になるし、可愛がってやってくれ」

 ここでゆかりが、

「確か、オクタⅡは基本デザインは全て同じで、色だけで区別する、と伺っておりましたが、やはりそうなんですか?」

「そうだ。ヴァジュラは白銀、ガルバは橙に近い金色、プリティヴィは黄色、ヴァルナは白、アグニは赤、ヴァーユは濃い灰色、アカシャは青、カーラは黒だよ。デザインは前のオクタよりもロボットらしくなったし、顔は、何と言うか、仁王様みたいな感じと言うか、鬼みたいと言うか、昔の映画の『大魔神』みたいな感じだよ」

 それを聞き、サトシは、

「へえー、そうなんですか。見た目は恐いんですね」

 しかし山之内は、

「まあ、見た目は恐くて中身は優しい、と言うのは初代からのオクタのコンセプトだったからねえ。今回もそれを受け継いだ、と言う訳だよ」

と、答えた後、ニヤリと笑い、

「でもな、仁王様だ、大魔神だと言っているが、本当はな……」

と、ここでまた言葉を区切った。サトシ、アキコ、ゆかりの三人が、思わず身を乗り出す。そして、山之内はおもむろに、

「初代ガンダムのイメージなんだ」

「?……」
「?……」
「あらまあ!!!」

 サトシとアキコは、何の事か判らない、と言う顔をしたが、ゆかりは何とも嬉しそうな顔をした後、

「それは凄いですわね! 初代ガンダムとは、実にロマンがありますわ!」

と、大喜びである。山之内も破顔一笑し、

「おお! 綾小路君、わかってくれたか!」

「はい、わかりますわよ!」

と、二人は嬉々としていたが、後の三人には何の事かどうもよく判らない。そこで由美子が、

「もう、あなた、マニアックな話はそのへんにしておきなさいよ」

と、呆れ顔で言ったのへ、ようやく山之内も、

「あ、そうか。これはどうも失敬失敬」

と、苦笑した後、改めて、

「ところで、さっき君達の話をチラッと聞いたんだが、もうすぐ飛ぶアメリカの宇宙戦艦の名前は何に内定したと思う?」

 ここでゆかりがまたもや、

「まさか、『エンタープライズ』ですか?」

 山之内はニヤリと笑って

「ご明察。その通りだ」

 サトシもこれは理解出来て、

「まるで『スタートレック』ですね」

と、言ったのへ、由美子は、

「それがさ、冗談じゃないのよ。アメリカは本気で『スタートレック』をやるつもりなんだってさ」

 サトシはまた驚き、

「なんと」

 山之内が続けて、

「マハカーラ以降、カオス・コスモスまでにアメリカが開発していた技術が完成したんだよ。驚くなかれ、最終的にはワープ航法の完成を目標としているそうだ」

 アキコも驚き、

「へえーっ!」

「アメリカは余りロボットの開発には執心していなくてな。専ら巨大宇宙船の建造を目指していたんだ。一番のネックはそんな大きな物をどうやって宇宙に持って行くか、だったんだが、反重力エンジンのお陰でそれが解決したんで、後は宇宙空間での巡航に使うエンジンを開発する事に力を入れていたんだよ。もちろん、まだワープエンジンは完成していないんだが、取り敢えず常温核融合エンジンが完成したから、それで飛ばすそうだ。なんせアメリカさんの事だから、武器システムも凄いぞ」

 ゆかりが、眼を輝かせ、

「まさかとは思いますが、『フェーザー砲』に『光子魚雷』ですの?」

 ここぞとばかりに山之内は頷き、

「そうなんだよ。レーザーやメーザーは当然としても、フェーザーや光子魚雷まで作った、ってんだから信じられないような話だな。まあ、まだ半分実験段階ではあるようだけどな」

 サトシが、興味深気に

「フェーザー、って、どんな原理なんです?」

「俺もよく知らないんだけどな、フェーザーも光子魚雷もレーザー技術の延長らしい。ま、その辺は最重要機密だから、俺達にはわからんよ」

 ここでゆかりが、ワクワクした顔で、

「山之内さん、まさかとは思いますが、エンタープライズのデザインは……」

 山之内は、またもやニヤリと笑い、

「決まってるじゃないか。もちろん、『あのデザイン』だよ」

 ゆかりは、一層眼の色を変え、

「何型ですの!? 初期型ですか!? それともD型ですか!?」

「聞いて驚くな。初期型だ」

「なんと! 嬉しいですわねえ!!」

 もうここまで来ると、後の三人も苦笑するだけだったが、アキコが、

「あ、そう言えば、宇宙ステーションの方はどうなんです?」

 これは由美子が、

「日本では宇宙開発事業団が中心になってやってるわ。世界的にはEUが力を入れているのよ」

「へえー」

「日本の宇宙ステーションはあくまでも宇宙空間での研究所と言うイメージなんだけど、EUのヤツは『スペースコロニー』なんだって」

 ここでゆかりが、感慨深気に、

「でも、考えてみれば凄いですわね。こんな事が実現するなんて、まるで夢のようですわ」

 山之内も頷き、

「俺達なんかもっとそうだよ。いくらマハカーラの絡みで科学が急激に進歩した、って言っても、子供の頃はこんな事テレビの中の話としか思わなかったもんなあ」

 由美子も同じく、

「ほんと、そうよね。何だかまだ信じられないわよ。この13年の進歩が凄過ぎるのよねえ。……大体さ、特にカオス・コスモスから後は、宇宙開発なんかに関する話は新聞やテレビのニュースでも当たり前になって、大きく取り上げられられる事もなくなっちゃったぐらいだもんねえ……」

「そうだよなあ。昔はスペースシャトルの打ち上げ、って言や、大ニュースだったんだけどなあ。それが、アメリカが宇宙戦艦を作ったって言っても、大した話題にもならなくなったんだもんなあ」

と、山之内も唸る。ここでアキコが、

「日本のステーションはいつごろ飛ぶんですか?」

と、聞いたのへ、由美子が、

「私が聞いた話では、今年の内には上がるそうよ」

 その時、山之内が時計を見て、

「お、そろそろ時間じゃないのか。屋上へ上がろうか」

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 五人は屋上にやって来た。流石に今日は凄い人出である。それでも何とか見易そうな場所を見つけて陣取った。

 アキコが、周囲を見回し、

「やっぱり人が多いですねえ」

 由美子は苦笑して、

「そりゃまあそうよね。関係者だけじゃなくて招待者も来てるもんねえ」

 その時サトシが前を指し、

「あ、橋渡さんと玉置さんじゃないの」

 由美子がそちらを見て、

「ほんとだ。………タカシ君、サリナちゃん」

 タカシとサリナが振り向き、

「あ、みなさんおそろいで」

「こんにちは」

と、挨拶したのへ、アキコが、

「ほかのみんなは来とらんのですか?」

「どうじゃろか、僕らは二人で来たけんね」

「ほかのビルの屋上かも知れへんしなあ」

 と、そこへ、

「あ、みなさんどうも」

「こんにちは」

 やって来たのは大作とリョウコである。由美子が振り向き、

「あ、リョウコちゃんじゃないの。そちらは?」

「クラスメイトの草野さんです」

「初めまして、草野大作です」

「ああ、あなたが草野君ね。お名前は聞いてるわ。初めまして、中畑、いえ、山之内由美子です。こちらは夫の豊です」

「初めまして。山之内です」

「初めまして。僕の方も山之内さんのお名前は存じ上げております」

「そうか。それはどうも。よろしくな」

 そこに、ひなたを連れたマサキが、

「お、みんな集まっとるやないけ」

 振り向いた由美子が、

「あ、マサキ君。川口さんも来てくれたの」

「こんにちは。四条君に無理言うて連れて来てもらいました」

と、微笑むひなたに、由美子は笑って、

「ふーん。……そうかあ、マサキ君もとうとう『年貢を納めた』って訳ね♪」

「あ、由美子さん、それはおまへんやろ………;」
「…………♪;」

「へへっ♪ 照れるな照れるな♪ ま、いいことじゃないの♪」

 と、ここでひなたが、にっこり笑って、

「あ、そう言えば、ご結婚なさったんですね。おめでとうございます」

 由美子は、えっ、と言う顔になり、

「えっ? あ、どうもありがとう……♪;」

 山之内は苦笑し、

「ありがとう。ま、俺もこいつも『諦めて年貢を納めた』って事さ♪」

「こら豊!」

「おー、こわ♪」

 二人の様子にひなたは苦笑している。その時由美子が、

「あ、そう言えば川口さんは、綾小路さんと草野君は初めてだったわね。こちらが綾小路ゆかりさん。こちらは草野大作君よ」

「はじめまして、川口ひなたです♪」

「綾小路ゆかりです。初めまして♪」

「草野大作です。よろしく」

 その時だった。サトシが大声で、

「あ! 格納庫の屋根が開きましたよ!」

 格納庫の屋根が開き始めると同時に、構内の各ビルの屋上に集まった人々から歓声が湧き起こった。

 +  +  +  +  +

ゴゴゴゴゴゴゴゴ

 固唾を飲んで人々が見守る中、低い唸り声のような音を立てて格納庫の屋根が徐々に開いて行く。そしてそれが全て開き切った後、JRLの構内は今までのざわめきが嘘のように静まり返った。そして、

「「「「「おおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」

 突然構内は大歓声に包まれた。オクタヘドロンⅡの1号機、ヴァジュラがその姿を現したのである。

 +  +  +  +  +

 サトシは眼を見張った。

「すごい! やっぱりすごく大きい!」

 山之内が頷き、

「銀色だ。1号機のヴァジュラだな」

「こうやって改めて見るとやっぱり大きいわねえ。25メートル以上あるしさ」

と、唸った由美子に、山之内は、

「宇宙を自力で飛べるんだから当然だよな。パイロットやナビゲータの生活空間も必要なんだからな」

 +  +  +  +  +

 人々の歓声の中、ヴァジュラはゆっくりと浮上し、音もなく上昇して行く。続いて2号機のガルバ、3号機のプリティヴィ、の順番で次々と姿を現し、8機のオクタヘドロンⅡは全て虚空の彼方へと消えて行った。

(すごい。やっぱりすごい……)

 オクタ各機が消え去った空を見上げながら、サトシは瞳を輝かせていた。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'Cosmos ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

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