第三部・トップはオレだ!




ピピピピピピピピピピピ

「……ん、うーん。……朝か……」

 あの「騒動」のあった翌日である4月8日の朝、サトシは目覚し時計の音で目覚めた。

(……今日からは、リョウコは来ないんだよな……)

 時計を見ると7:00だ。サトシはベッドからモゾモゾと起き上がった。

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第十八話・急転直下

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(……さて、と……)

 昨日アキコに、起こしに行こうか、と言われたがそれは断った。幾ら何でもそれを今日からやるのはリョウコに対する当て付けになりかねないと思ったのだ。

 サトシは身支度を済ませると、カバンを持ち、部屋を出て食堂に向かった。この時刻ならゆっくり食事を取っても充分に間に合う。

(……モーニングセットにでもするか……)

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(……リョウコも形代もいないな……)

 サトシは食堂に入るとそっと中を窺った。学校に行けばどうせ顔を合わすし、気にする事でもないのだが、やはり昨日の今日だけに気を遣ってしまう。二人がいない事を確認すると、少しの安堵と少しの寂しさを感じながらモーニングセットを買って壁際の席に着いた。

(……ま、気にしてもしょうがないんだけどねえ……)

 ここの食堂はラウンジと兼用になっている。食事の時間帯以外は喫茶室として利用する人も多いが、ジェネシスがなくなってJRLになってからは、構内の住宅棟を出て外から通うようになった職員も多いので、朝食の時間帯はめっきり利用者が減った。それだけに、リョウコやアキコが来ていたら、どうしてもお互いに目に付いてしまう事は避けられない。流石に今朝三人で顔を合わす事は、今のサトシにとっては少々「心の負担」である事は否定出来なかった。

(……さっさと食べてしまおう……)

 サトシは、「あの思い出の窓際の席」をちらりと横目で見ながら朝食を口に運んだ。

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「おはよう」

「おはよう」

「おはよう」

 サトシが教室に入ると、既に何人かの生徒がいた。リョウコとアキコはまだ来ていない。大作もいなかった。

 朝食を済ませた後、そそくさと食堂を出て学校にやって来たのだが、これまた幸か不幸かリョウコにもアキコにも出会わなかった。教室に入ってしまえば他の級友もいるし、三人だけで顔を合わす事もないから、その点だけは「救い」であった。

 サトシは取り敢えず自分の席にカバンを置くと、窓の所へ行って何となく外を見ていた。

 青嵐学園は研究機関の一部であり、高校と大学が併設である上、JRLの施設も一部あるから、実に様々な人が出入りしている。その点が通常の高校とは違う雰囲気を醸し出していた。

「おはよう」

 声のした方に振り向くと、ちょうどリョウコが教室に入って来た。特におかしな表情をしている訳でもなく、いつも通りである。

「おはよう」

「おはよう」

「おはよう」

 級友達が口々に挨拶する中、リョウコは自分の席にカバンを置くと、窓際にいるサトシの所にやって来た。

「サトシくん、おはよう」

「あ、…おはよう」

 リョウコの口調はいつもと変わらない。サトシは一瞬言葉に詰まったが努めて平静を保った。

「どう? 調子は?」

と、「普通」に聞いて来たリョウコに、サトシも、努めて「普通」に、

「…うん、まあまあだね」

「そう、ま、お互いがんばりましょうね」

「ああ、そうだね」

と、言いながらも、サトシはリョウコの「平然とした様子」に少々驚いていた。

 その時、

「おはよう」

 二人が振り返ると丁度大作が入って来た。こちらも特に変わった表情はしていない。

「おはよう、草野さん」

「おはよう草野」

 大作は、ややバツの悪そうな顔で、

「昨日はどうも失礼しちゃって、色々と悪かったね」

 サトシもやや恐縮し、

「いや、悪いのは僕の方だよ。綾小路さんにも迷惑をかけちゃったしね」

「あ、そのことなんだけど、沢田君、ちょっといいかな?」

「なんだい?」

「よかったら、ちょっと廊下で」

「ああ、いいけど」

「?……」

 意外そうな顔のリョウコを残してサトシと大作は教室を出た。

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 廊下に出た大作は、開口一番、

「いや実はさ、ゆかり姉さんのことなんだけど、昨日一緒にいて、特になんとも思わなかったかい?」

「どう言うことだい? 別になんとも思わなかったけど」

「ゆかり姉さんてさ、ほんとに変わってるだろ。僕らと同世代とは思えないようなことをよく知ってるし、言葉遣いもあんな風だから、大抵の人は敬遠しちゃうみたいなんだよ」

と、「申し訳なさそうな顔」で言う大作に、サトシは、

「いや、そんなことは思わなかったぜ。すごい博識で、頭も切れる人だし、……尊敬出来る先輩で、素敵なお姉さんだと思ってるけど」

 すると、大作は、

「え? そう思ったのかい。意外だなあ」

「なんで?」

「いやさ、確かにすごい勉強家なんだけど、結構お説教じみてるだろ。だからいろいろとうるさく言われたんじゃないかな、と、思ってさ」

「そんな風に思ってるのか? それこそ意外だな。あんな素敵な人がいとこだなんて、僕から見たらうらやましいぜ」

「それを言うなら、昨日聞いたんだけど、君と北原さんはいとこ同士だろ。僕にしてみたらそっちの方がずっとうらやましいけどな」

「そうかな。……ははは、こうしてみると、同じこと言ってるな」

「ははは、そうだね」

「いやさ、言ってみればおかしな縁なんだけど、綾小路さんと仲良くなれたのはとてもうれしいんだ。これからもいろいろと教えてもらいたいと思ってるしな」

「そうか。それならよかったよ。つまらないこと言って悪かったね」

「いやいや、わざわざどうも」

「あ、それからさ、北原さんのことなんだけど」

「リョウコのこと?」

「ああ、君と北原さんが付き合ってることは知らなかったから、あんな形で迷惑をかけてしまってすまなかったよ。もう迷惑はかけないようにするから」

「あ、そのことか。なら気にするなよ。もう付き合うのは控えることにしたから」

と、軽く言ったサトシに、大作は首を傾げ、

「え? 控える?」

「ああ、確かにリョウコとは『カオス・コスモス』の一件の後仲良くなったんだけど、やっぱりなんのかんのと言ってもいとこ同士だろ。それもあってなんだか兄弟みたいになっちゃってね。それに、まだ僕ら15歳だから、ベタベタ付き合うのは控えようか、ってことになったんだ。だから草野とリョウコが遊びに行ったりしても、僕がとやかく言うことじゃないよ」

「……驚いたな」

「まあ、そんなこと気にすんなよ。付き合うんだったらいろいろと教えてやってくれ」

 ここに来て、流石の大作も、

「……まさか、沢田君、ゆかり姉さんと付き合うのか?」

 サトシは苦笑し、

「いや、そこまではしないけど、綾小路さんからは、これからも仲良くして下さい、って、言って下さったしね、形代も含めて三人で仲良くさせてもらいたいとは思ってるよ」

「そうか。……ま、確かにそう言われてみると、それも僕がとやかく言うことじゃないよな。……わかった。……まあ、僕としても今すぐ北原さんとどうこうしようと思ってるわけじゃないし、友達として仲良くさせてもらうことにするよ」

「ああ、そのへんは任せとくよ」

「うん。いろいろとすまなかったな。……じゃ、僕らの方もおかしな縁かも知れないけど、これからもよろしくね」

「ああ、こっちこそ。……お互いがんばって宇宙を目指そうぜ」

 大作も案外いい奴なのかも知れない。こうやって話をしてみて、サトシはそう感じていた。丁度その時アキコがやって来た。

「おはよう」

「あ、形代、おはよう」

「おはよう形代さん」

「きょうはわたしギリギリじゃったわ」

「形代にしては珍しいね。……じゃ、草野、そんなところでよろしく」

「ああ、じゃな」

 大作は微笑みながら教室に入って行った。アキコは少々心配顔である。

「どうしたん?」

「いや、綾小路さんとリョウコのことでちょっとね」

「ケンカじゃないのん?」

「いや、ケンカなんかしてないよ。むしろ、その逆だな」

「逆?」

「いや、それがさ……、あ、先生だ」

 その時担任の教師の本郷が廊下を向こうからやって来るのが見えた。

「教室に入ろうか。くわしくはお昼にでも言うよ」

「うん、わかった」

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 始業時間になり、担任の本郷が投票箱を持って教室に入って来た。

「さて、ではクラス委員の選挙を始める。

 最初に選挙のやり方について説明しておこう。投票用紙には1名を記入すること。第1位の者が過半数の票、このクラスは25名だから13票だな。13票以上を獲得した場合は無条件で当選とし、委員長となる。

 もし過半数を得票した者がいない場合は、上位2名による決選投票を行う。決選投票の際は、候補者2名には投票権はない。副委員長は委員長が指名する。

 この1週間でクラスの様子はおおよそわかっただろうから、自分の意思に基づいて投票すること。では投票用紙を後に回してくれ」

 最前列の席に配られた投票用紙が順に回され、サトシの所にも来た。

(誰にするかな……。申し訳ないけど、草野に入れさせてもらうか……)

 サトシは鉛筆を手にしばし考えたが、大作に投票する事にした。大体、委員長なんて、誰もそんなにやりたいものではないが、総代をやった大作なら適任と考えたのである。

「記入が終わったか。では回収する」

 本郷は、教室を回って手にした投票箱に投票用紙を回収すると、教壇に戻って開票作業を始めた。

(どうだろうな……。やっぱり草野が委員長かな……。あいつが当選したら副委員長にはリョウコをご指名かな……)

「……では結果を発表する」

 ホワイトボードに結果が書いて行かれるに連れ、クラスの中に溜息とも思えるような声が流れた。

 草野大作   8票
 沢田サトシ  7票
 北原リョウコ 5票
 形代アキコ  5票

 予想通りと言うか、やはり新入生総代の大作と、オクタヘドロンのパイロットだった三人が票を占めている。

(あらら……、僕にも7票も入ってた……。草野と決選投票か……)

「結果は以上だ。では決選投票を行う。投票用紙を回してくれ」

 サトシとしては複雑な心境だった。「知名度」から考えて、あるいは、と考えない事もないし、大作に対する対抗心がある事は否定出来なかったが、サトシとしては大体がこう言った「役員」をやるのは苦手の方である。出来る事なら、総代をやった大作にやって欲しいのがホンネであった。

 そうこうしている内に決選投票も終わり、結果発表となった。

「では決選投票の結果を発表する」

 草野大作   13票
 沢田サトシ  10票

 またもやクラスに「溜息の音」が流れた。

(……あーほっとした……。草野なら適任だからな……)

 サトシは安堵して大作をチラリと見た。晴れ晴れとした表情である。

「結果は以上だ。このクラスの前期の委員長は草野大作に決定した。では草野、ここへ来てくれ。挨拶と副委員長の指名を頼む」

「はい」

 そう言って大作は席を立ち、教壇に登った。

「この度、クラス委員長を拝命致しました草野です。よい雰囲気のクラス作りに努力致しますので、皆さんのご協力をよろしくお願い致します」

(へへへ、草野の奴、やっぱりサマになってるな……。これでリョウコが副委員長か……)

 サトシはそう思いながらリョウコの方をチラリと窺った。特に表情には変化はない。

「……それで、副委員長なんですが、もしよかったら僕と決選投票になった沢田君にお願いしたいのですが」

「え? 僕に?」

 意外な大作の言葉に少々慌てたサトシは思わず口走った。

「そうです。どうでしょうか?」

 大作は微笑しながらサトシを見ている。本郷の視線も、クラス中の視線もサトシに集まっている。

「……えっと……、いや……、その……」
(意外だったな。リョウコを指名すると思ったのに……)

 決選投票を争ったと言う事から考えて見れば大作の指名は適切である。とてもではないが拒否出来るような雰囲気ではない。

(しかたないな……)

「はい、わかりました。副委員長を引き受けます」

 サトシの言葉に、クラスの中に「一件落着」と言ったような空気が流れた。

「よし、では副委員長は沢田に決定だ。それでは1時間目の授業を始める……」

 大作も席に戻り、授業が始まった。

(やれやれ、まいったな……。草野の奴め……。でもまあしかたないか……)

 大作と一緒にクラス委員をやる羽目になるとは考えてもいなかったサトシとしては複雑な心境だった。しかし選挙だからやむを得ない。苦笑しながらアキコの方をそっと見ると、彼女も苦笑している。

(……ええじゃない。これも『一つの縁』じゃよ。沢田くん……)

 サトシの表情を見ながらアキコは少し温かい気持ちになっていた。

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 さてこちらはJRL本部の格納庫である。機関部長の山上博也が、本部長の松下一郎に向かって、

「松下本部長、いよいよ完成ですねえ」

「そうだな。しかし、よくここまでやったもんだよ」

 ヘルメットに作業着のいでたちである二人は、格納庫に並んだ8体の巨大ロボットの最終調整作業を見ながら感慨深げであった。

 完成したロボットはかつてのオクタヘドロンよりも遥かに巨大で、25メートルの体長がある。自力で宇宙を航行出来る仕様であるため、色々な設備を搭載せねばならないので、それも当然だった。

「いよいよ完成ですね」

 女性の声に二人が振り向くと、そこにいるのはこれまたヘルメット姿の中畑由美子総務部長と山之内豊秘書室長であった。

「おや、中畑君に山之内君。これはお珍しい」

 そう言いながら松下は微笑した。

「松下本部長、今度のロボットの正式名称が決定しましたよ。今朝政府から連絡が入りました」

「おっ、そうか。で、何と決まったね?」

 山之内の言葉に松下は身を乗り出した。

「色々と議論はありましたが、最終的に『オクタヘドロン』の名前を受け継いで『オクタヘドロンⅡ』に決まりました」

「ほう、結局そうなったか。無難な所だな。『オクタヘドロンⅡ』か……。まあ、呼び易さで、普段の時はそのまま『オクタ』と呼ぶ事になるだろうがな……。山上君、どうだね、御感想は?」

と、松下が言うのへ、

「やはり『オクタヘドロン』と言う名前は、私達にとっては特別な感慨がありますからねえ。嬉しいですよ」

と、山上も顔をほころばせている。山之内は続けて、

「コードネームとしては、『OCTAⅡ−1』から『8』までです」

「で、山之内君、各機のネーミングはどうなったの?」

と、由美子も顔を輝かせている。山之内はニヤリと笑い、

「最終決定はまだなんだが、どうもそれはJRLに決定権が委譲されるみたいだぜ。ま、愛称だからな」

「へえ、そうなの♪」

と、由美子を筆頭に、三人は一層相好を崩した。自分達で新型オクタヘドロンの愛称を命名出来ると言う事は、やはり気分的に悪くない。由美子が続けて、

「じゃ、一度中之島博士に相談してみるのもいいわね♪」

と、言うのへ、松下は、

「おお、そうだな。博士に相談するか」

 その時由美子が、思い出したように、

「あ、ところで本部長。博士は最近どうしていらっしゃるんです? このところ全く音沙汰なしですけど」

「いやそれがなあ、博士はまた例の『気まぐれの虫』が騒ぎ出したらしくてな、この所研究所に篭りっ切りなんだよ。何でもな、『オモイカネⅡ』のアイデアが浮かんだ、と仰ってな……」

「『オモイカネⅡ』? じゃ、通常時でも物を考えられるコンピュータを作ろうと言うことなんですか?!」

「そうなんだ。博士は初代オモイカネが魔界のエネルギーで動作していた事が余程シャクに触ったらしくて、あれから暫くはずっと研究を続けてたんだが、新型ロボットの設計が本格的になってからは中断していたんだ。それが一段落した最近になってな、『当分誰も来るな』、と言ったまま、研究所にカンヅメなんだよ」

「そうなんですか。……で、見通しの方はどうなんです?」

「全くわからん。……最近は電話も通じないんだ。……あの年だからねえ、少々心配しているんだが……」

と、その時、

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

 松下のスマートフォンである。

「おっ、そう言ってたら博士から電話だ。……博士! どうなさったんです?!」

 その言葉に驚いた三人は松下のスマートフォンに耳を着けんばかりに身を乗り出した。

『ふぉっふぉっふぉっ。とうとうやったぞよ。「オモイカネⅡ」が完成したわい』

「えっ!『オモイカネⅡ』が!?」

『そうぢゃ。オモイカネⅡが完成したわい。ま、それに関してはまた今度ゆっくり説明してやるぞよ。ふぉっふぉっふぉっ。ではまたな』

「あ、博士!! ……切れた……」

 松下が電話を仕舞うや否や、由美子は興奮気味に、

「松下本部長! 新型オモイカネが完成したんですか?!」

「そうらしい。『オモイカネⅡが完成した』、との事だ」

「すると、オクタⅡのシステムにも応用出来ると言う事なんでしょうか?」

と、身を乗り出した山上に、松下は、やや首を傾げ、

「それはまだなんとも言えんな。博士は『今度ゆっくり説明してやる』と仰っておられたが……」

 山之内は笑って、

「まあ、いずれにせよ、オクタⅡの完成と言い、オモイカネⅡの完成と言い、いいニュースじゃないですか」

「ああ、その通りだな」

と、松下がほっとした顔で言った後、四人は改めて8体のオクタヘドロンⅡを見上げた。一応完成したとは言え、まだ内部の細かい調整が続いているので、一部の外装は外されている。特に頭部は機械が剥き出しになったままだった。

 一呼吸の後、由美子が、

「ところで本部長。今度のオクタは確か外装のデザインは結局全機同じになったんでしたね」

「ああそうだ。デザインに関しては最後まで設計とモメたんだが、部品の互換性も考えて全く同じと言う事になったよ。違うのは色だけだな。

 基本設計思想は前のオクタと同じなんだが、外形はだいぶイメージが変わっただろう。前のオクタはエヴァンゲリオンのイメージを借用していたが、今回はどちらかと言うともっとロボットらしくなった。それと、頭だな。まあ、単なるカバーだから、どうでもいいと言えばいいんだが、やっぱり『顔』だからねえ」

「私はまだ頭部の設計図は拝見していませんけど、どんな形になったんです?」

と、興味深そうに尋ねる由美子に、松下は、

「兜をかぶった仁王様みたいな感じだよ。不動明王のイメージを使ったらしい。もうすぐ納入されるがね。それを被せたら最終的に完成だな」

と、一応は言ったものの、すぐにニヤリと笑い、

「だがな、実を言うとな……」

「実を言うと、なんですか?」

 好奇心を刺激され、由美子は思わず身を乗り出した。

「山之内君ならよくわかると思うが、タテマエは不動明王でも、ホンネは『ガンダム』だよ」

「ガンダム!?」
「ガンダム!?」

 由美子と山之内は同時に叫んだが、山之内はすぐに、

「なるほど、不動明王じゃなく、ガンダムですか、理解できますね」

 今一つ、「ガンダム」のイメージが湧かない由美子は、山之内に、

「ガンダム、って、あのガンダムなの?」

と、聞いたが、山之内は応えず、松下に、

「どのあたりです? ダブルゼータあたりですか? それともクロスボーンあたりですか?」

 しかし松下はまたニヤリと笑って、

「いやいや、なんのなんの、初代ガンダムのイメージに近いよ」

「ほう、初代とは、これはいいですねえ」

と、山之内は大喜びである。

「だろ。まあ、デザイナーも、よっぽと好きなヤツだな、って、私も山上君に言ってたんだけどね」

「いやいや、全く同感ですね。うーむ、しかし初代か、あれならスリムだし、オクタのイメージともそれほど違わないし、ちょっと心が踊りますねえ」

「そうなんだな。違うのは大きさだけだ。だから私も楽しみでねえ……」

「いや、ほんとですねえ、本部長、初代でしたら……」

と、すっかり「ロボット少年の世界」に嵌り込んでしまった松下と山之内を、由美子は呆れ顔で見ていた。

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 さてこちらは昼食の時間となった青嵐学園。リョウコは大作と一緒に食堂へ行ってしまったので、サトシはアキコと二人で昼食と言う事になった。

 サトシはアキコに今朝の事を説明し、

「……と、言う訳なんだ。草野って、案外いい奴なのかな、って、思ったよ」

「へえー、そうなん。……でも、よかったんじゃないの。結局、誰ともケンカせんですんだんじゃけんね」

「そうなんだよな。偶然にしても、よかったと思うよ」

 その時、

「よう、どうね。調子は」

 サトシが顔を上げると、タカシとサリナが笑っている。

「あ、橋渡さん、玉置さん、こんにちは」

「今日は二人だけなん? 北原さんは?」

と、尋ねるサリナに、アキコは、

「ええ、ちょっと事情があって……」

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 一方、こちらはリョウコと大作。サトシ達とは反対側の席に陣取っている。

 大作もリョウコに事情を話した後、

「……と、言うわけなんです。沢田君から事情は聞きましたし、それで、もしよかったらお友達から始めていただけませんか」

 リョウコも微笑んで、

「はい。……こちらこそよろしく。……まあ、事情は聞いてもらったと言うことなので、おわかりと思いますけど、別にケンカ別れした訳じゃありませんし、みんなで仲良くして下さいね」

「ええ、それはよくわかっていますよ。ご心配なく。……と、言うことで、これからは言葉遣いも気楽にさせてもらっていいかな?」

「……うん。……いいわよ♪」

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 二人から話を聞いたサリナとタカシは、

「へえー、そうやったん。なんとねえ……」

「ま、それは僕らがとやかく言う事じゃないけんね。ばってん、ケンカした訳じゃないのがなによりとよ」

「そうやな。ま、みんな仲間なんやさかい、これからも仲良うやって行こな」

 アキコは頭を下げ、

「はい、どうもありがとうございました」

と言った後、改めて、

「……ところで、橋渡さん、ちょっと前から気になっておったことがあるんですけど、聞いてもいいですか?」

「ん? なんね?」

「いやその、わたし、一月ほど前に、ちょっと探していた本のことで、福岡の出版社に電話したことがあったんですけんど、応対してくれた人の言葉遣いが橋渡さんとだいぶちがったようなんで、なんでかな、て、思うて」

 それを聞いたサリナはニヤリと笑い、

「あ、そのことかいな。ウチもだいぶ前にちょっと気になって聞いたことあったな。聞いてみたら、なーんや、言うことやったけどね。うふふ。タカシ君、話したりいな」

 タカシも苦笑して、

「ははは、みんなそう言うとね。……形代さん、その福岡の人、かなりの年配者じゃったろ」

「ええ、そうでした」

「マハカーラでは、太平洋側の県に被害が集中しよって、福岡は大したことなかったんよ。そいで、九州全体から福岡に沢山人が来たとね。で、福岡言うても、九州の色々な所から人が来て、言葉が混ざってしもうて、純粋な博多弁は、年配の人ぐらいしか話さんようになったとよ」

「あ、なるほど。そうじゃったんですか。……そう言えば、広島もそうじゃったです。いろんな所から人が来ました」

と、納得顔のアキコにサリナも苦笑した。

「関西もそうやねん。大阪が海に沈んでしもて、ウチも京都に来たやろ。大体、京都でも東京から来た人がたくさんおって、標準語と関西弁が混ざってるやんか」

 サトシも成程と頷き、

「そうか。……僕も長野に行ったけど、東京から来た人は多かったし、僕のまわりも標準語を話す人が多かったからなあ……」

「そうそう。ウチの場合は、預けられた親戚が京都の田舎やったけど、近所には大阪から来てる人も多かったで。京都弁と大阪弁は、ちょっと違うけど、子供は影響を受けて、言葉が混ざってるわ」

と、続けたサリナの言葉を受けたタカシが、

「そう言うことよ。ま、年配者には、『方言が消える』なんて言う人も多いみたいじゃね。ばってん、言葉なんてものは変化して当然なんじゃけん、ごちゃごちゃ言うのは馬鹿馬鹿しいことたい」

「ほんま、そうやねえ」

と、笑ったサリナが突然、

「……あ、そう言うたらな、話は変わるけど、この前、それに全く無関係でもないことで、面白い話、聞いたえ」

「なんですか?」

と、サトシは身を乗り出した。

「いや、それがやな、タカシ君はもう知ってるんやけど、ウチら六人には大いに関係してる話やねん。カタカナの名前のことやねんわ」

「名前?」

「そうやねん。大正時代とか昭和初期とかには、女の人で、カタカナの名前の人はけっこうおったやんか。そやけど、男の人でカタカナの名前の人はあんまりいてへんやろ。ウチらの世代になって、けっこうでてきたけど、ウチらと同世代でも、漢字とかひらがなの名前の人もたくさんいるわな」

「あ、カタカナの名前に関しては、確か、あのアニメの影響も完全には否定できない、って話もありますよね」

と、言ったサトシに、サリナは、

「そやねん。それでな、マハカーラの混乱のこともあって、今までそのへんは、政府も手が回ってへんかったんやけど、これから国際化が一層進むことも考えて、名前の漢字表記、カタカナ表記、アルファベット表記に関して、政府が統一ルールを作る方向らしいわ」

「へえ、そうなんですか」
「へえ、それはまた……」

と、サトシとアキコは眼を丸くした。

「そやから、それが正式に決まったら、ウチら、カタカナの名前と、漢字の名前の両方を持つことになるんやて。もちろん、今、漢字とかひらがなの名前の人は、カタカナの名前も持つことになるらしいわ。それと、あとは、アルファベット表記やね。ローマ字の書き方は全然統一されてへんやろ。それで、日本人の名前をアルファベットで書くときは、どう書いたらええかをきっちり決めるんやてさ」

 アキコは大きく頷き、

「あ、そう言えばそうですよね。外国に行って、アルファベットで名前書く時、たとえば、わたしなんか、AKIKOと書いたら、英語圏では、エイキコーとしか読んでもらえんですけんね」

 サトシも、

「僕もそうだ。ヘボン式ならSATOSHIだけど、訓令式ではSATOSIだもんなあ。どっちにしても、英語圏に行ったら、サトシとは読んでもらえないですよ」

 サリナは、我が意を得たり、と言う顔で、

「そやそや、ウチなんか、SARINAと書いたら、サーリナかセイリナやろうしな、大体、日本語の『リ』はRよりもLの方が近いちゅう話やで。そんなこともあって、統一されるんやてさ」

「へえー……」
「へえー……」

「ま、どっちにしても、もうちょっと先の話やろうとは思うけど、そうなった時に備えて、漢字の名前も考えとかなあかんねえ。……タカシ君も考えときや」

「そうじゃねえ。考えておかんとあかんよねえ……」

と、苦笑するタカシを見て、サトシとアキコも、

「僕も考えておこう……」

「わたしも……」

と、妙に得心してしまったのであった。

 +  +  +  +  +

 さてこちらはJRL本部。

 丁度昼休みと言う事もあり、松下、山上、山之内、由美子の四人は、昼食がてら、食堂でオクタヘドロンⅡやオモイカネⅡの話に興じていた。

 話題がオクタヘドロンⅡの初飛行の件に及んだ時、由美子が、

「ところで本部長、オクタⅡの初飛行のパイロットのことなんですが、宇宙開発事業団からの出向者の受け入れに関しても、予定通り来週からと言うことで問題ありませんね」

「ああ、無論だ。まあオクタⅡの最終調整は残っていると言っても、脳神経スキャンインタフェースを使う限りにおいては、特に難しい操縦技術が必要と言う訳ではないからねえ。手動操縦システムの調整が若干必要なぐらいだから、3週間もあれば充分だよ。……事実、中畑君も、訓練なしに、前のオクタのカプセルで沖縄まで飛んだだろう」

 山上も、

「まあ、反重力エンジンと質量・慣性中和システムを使っていれば、無重量状態に対する訓練も必要ありませんからね。まあ無論、いざと言う場合に備えての対策としての訓練は必要ですから、最初は専門のパイロットが飛ばす、と言う事ですかね」

 その時、山之内が、

「ところで本部長、少し話がそれて、オモイカネⅡの件なんですが、博士の事ですから間違いないとは思うんですけど、どうなんでしょう? 前のオモイカネと同じようなコンピュータなんですか?」

「いやそれがな、前にチラっと聞いた所では、全く違う原理で動くらしいんだな」

「そうなんですか」

「そうなんだ。まあ、博士の事だから、完全に気に入った状態になるまでは持って来ないだろうけどねえ。……どんなコンピュータなのか、気にはなる所だねえ……」

 それを聞いた山上は、やや心配顔で、

「ただ、オモイカネⅡが完成したとなりますと、オクタⅡ各機のメインコンピュータもそれに合わせて改造する事になりますかねえ?」

 松下は頷き、

「最終的にはそうしたいもんだな。なにせ、前のオクタはオモイカネの分身みたいなものだったし、それがあったからこそ、あれだけの事をやってのけられたんだろうからねえ」

 +  +  +  +  +

 さて、青嵐学園では今日の授業も終わり、下校の時刻となった。

「起立! 礼! 着席!」

 流石なもので、大作の号令はなかなか板に付いている。生徒達はそれぞれに帰り支度を始めた。

(さて、と、今日は色々とあったな……)

 帰り支度を終え、立ち上がろうとしたサトシの所にアキコがやって来て言った。

「沢田くん、よかったら帰りにちょっと喫茶店でも行かん?」

「ああ、そうだね。行こうか」

 サトシとアキコはリョウコの方をチラリと見た。リョウコは淡々と帰り支度を終え、席を立っている。大作の方はと言うと、こちらも席を立っている。しかし、特に一緒に帰ると言う感じではない。

「…………」
「…………」

 その時、顔の向きを元に戻したサトシとアキコは、お互いがリョウコの方を同時に窺っていたと知り、顔を見合わせて少し苦笑した。

 +  +  +  +  +

 サトシとアキコが校門の所にやって来ると、横から聞き覚えのある声がした。

「あら、こんにちは」

 サトシが振り向くと、そこにいるのはゆかりである。

「あ、綾小路さん。こんにちは」

 アキコも同時に、

「あ、こんにちは」

と、言った後、

「……あ、そうじゃわ。綾小路さん、少しお時間いただけませんか」

 ゆかりは微笑み、

「ええ、構いませんわよ」

「じゃ、そこの喫茶店でも」

「はいはい♪」

 +  +  +  +  +

 二人から話を聞いたゆかりは、しみじみと、

「……そうでしたの。……まあ、一昨日も言いましたように、沢田さんと北原さんの事に関しては私がとやかく言う事でもないのでしょうが、これも『巡り合わせ』なのでしょうかねえ……」

 サトシは軽く一礼し、

「ええ、まあ、綾小路さんには色々とご心配いただきましたけど、結局こう言うことになりました。……それで、こんなこと言うのもなんですけど、これからもよろしくお願い致します」

 アキコも、頭を下げ、

「わたしの方からもお願いします。これからも仲良くしてやってください」

 ゆかりは微笑んで、

「はい、それは勿論ですわ。私の方こそ宜しくお願いしますね♪」

と、言った後、少し苦笑し、

「……でもまあ、私がお説教じみてる、ですか。……大作がそんな事をねえ。参りましたわ、おほほ♪」

 サトシとアキコは、慌てて、

「いや、僕はそんなことちっとも思わなかったんですけど……」

「わたしもそんなことは………」

「いえいえ、そう言われても仕方ありませんわ。確かにそんな所はありすものねえ。……私も反省しないといけませんわ、おほほ……♪」

「……いや、そんな……♪」
「……そんなことは、ねえ……♪」

 やや申し訳なさそうな顔で苦笑するゆかりを見ながらサトシとアキコも笑っていた。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'Moon Beach ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

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