第三部・トップはオレだ!
時刻も20:00を回り、ゆかりのアパートを辞したサトシとアキコは月明かりの夜道を寮に向かって歩いていた。
「ところでさあ、形代、綾小路さんにおわびに行ったつもりが、すっかりお世話になっちゃったねえ」
「そうじゃねえ。でもさ、綾小路さん、って、ほんとに素敵な人じゃね。わたし、なんかあこがれるよ」
「ほんとにそうだね。……尊敬しちゃうよねえ……」
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第十七話・独立独歩
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「あ、沢田くん、こんな時にこんなこと言うのもなんじゃけんど……」
「なんだい?」
「リョウコちゃんのこと、どうするん? このままにしておけんでしょ……」
「うーん、……たしかにそうなんだけどね……。正直言うとね、今日さ、綾小路さんと一日お付き合いさせてもらって、なんだか眼から鱗が落ちた、って言うかさ、……リョウコのことにこだわるのが、ちょっとバカバカしくなったのも事実なんだよね……」
「……それ、本気で言うとるの?……」
「うん、本気だよ。リョウコが草野と付き合っても、それはそれでいいんじゃないか、って気がして来たんだ。……実を言うとね、今日、分岐シナリオを見せてもらってさ、色々と考えさせられてね……」
「どんなことなん?」
「いやさ、碇君は僕とは無縁じゃないだろ。形代も惣流さんとは無縁じゃないよね。僕らはあんな体験してさ、碇君たちがどう言う運命を送って来たか、ある程度知ってるじゃない。それがさ、中之島博士が指摘した、一つの可能性を考えるとね、もし、碇君が、あの、参号機の破壊の時点で、本当にブチ切れて、父親に徹底的に逆らってたら、もしかしたらあのシナリオみたいな運命を送ったかも知れない、って、つくづく思ったんだよ。もっとも、そうなってたら、僕らと会うことはなかっただろうけどね」
「運命の転回、じゃね」
「そうなんだ。つまりさ、運命なんて物は、分岐点での選択次第で、大きく変わるんじゃないんだろうか、作り話じゃなくて、これは、一つの真実、なんじゃないのか、って、思ったんだ。……僕とリョウコはあんな形で仲良くなったけどさ、もし、僕にしても形代にしても、どこかで違った選択をしていたら、全然違った運命だったんだろうな、って、思うんだよ。……だから、うまく言えないんだけど、リョウコがリョウコの考えで、一つの選択をするのも、これも『一つの可能性』なのかな、って思うんだよね……」
「……なるほどねえ……」
「もちろんさ、たまたま今日、形代や綾小路さんとこんな縁があった、って言ってもさ、それでホイホイとリョウコとの付き合いをやめて、綾小路さんや形代に、付き合って下さい、なんて言う、って意味じゃないよ」
「うん、それはわたしもわかっとるよ」
「だけどさ、まだ僕ら15歳だろ。あんまりカリカリこだわるのもどうかな、って、気がするのも事実なんだよね……」
「……ねえ、沢田くん、思い切って聞くけどね、リョウコちゃんとは、どこまで行ったん?」
「ええっ!? なんだよ急に!?」
「ちゃんと答えてよ。……おねがいじゃけん」
「……まいったな……。わかった。正直に言うよ。……キスまでだよ……」
「そっか、……それじゃ、わたしが思い切って沢田くんに、付き合って、って言うてもかまわん、ってことじゃね」
「ええっ!? いきなりなに言うんだよ」
「わたしも今日の出来事で、なんか、憑き物が落ちた、って言うか、そんな気持ちになったのも事実なんよ。……ほんとのこと言うとね。なんじゃかんじゃ言い訳しとっても、結局は、わたし、沢田くんのことが好きなんよね。今まで自分にウソついとったんよ」
「形代……」
「今日綾小路さんと一日お付き合いさせてもろうて、それからあのシナリオ見たでしょ。それで思うたんよ。アスカさんはわたしの分身みたいなもんじゃけど、あの子、ほんとはすごい寂しがり屋のくせにいじっぱりなんよね。自分の気持ちに素直になれんのよ。変なプライドがじゃましとるのよ」
「……なるほどねえ……」
「それがさ、あのシナリオの中じゃ、アスカさん、最後は自分の気持ちに素直になっとった。碇くんに助けられた後、だきついて泣いとったよね。あれがあの子のほんとの気持ちのような気がするんよ。それ見とってさ、わたし、結局は自分の気持ちに素直じゃなかったんよね、って、気がついたんよ」
「そうか……」
「それでね、さっき沢田くんが、リョウコちゃんが草野さんと付き合うても、別にかまわん、言うた時ね、わたし、決めたんよ。もし沢田くんとリョウコちゃんが、とりあえずお付き合い控えるんじゃったら、わたし、沢田くんに、お付き合いしてよ、て、言うてみよう、って……」
「……形代……」
「もちろん、リョウコちゃんの気持ちはわからんけん、今ここであれこれ言うことじゃないのはよくわかっとるよ。……でも、もしリョウコちゃんが、沢田くんと付き合いやめる、言うたら、その時は、わたしが沢田くんとお付き合いしてもかまわんでしょ」
「……そりゃ、まあ、そうだけど……」
「あ、誤解せんでね。わたし、沢田くんのことは好きじゃけど、リョウコちゃんのことも好きじゃけん、沢田くんのことでむりやりケンカしようとは思うとらんよ。……でも、綾小路さんと三人で仲良くするぐらいのことは、別に悪いこととは思わんよ」
「うん、確かにそうだよな」
「じゃけん、わたしが沢田くんにお付き合いして、言うのは、今よりちょっとだけ仲良うして、二人で一緒におる時間をちょっと増やしてくれんかな、ぐらいの意味じゃよ」
「そうか……。なんかちょっと驚いたな。……形代がそんな大人みたいなこと言うなんてさ……」
「ううん、わたし、まだまだ子供じゃよ。綾小路さんに会うて、ようわかった。じゃけんど、綾小路さんをちょっとでも見習いたいな、て、思うたのもほんとのとこじゃね」
「そうか……。ありがと、形代……。その形代の気持ち、ありがたくいただかせてもらうよ。……でも、リョウコにどう言うべきかな……」
「もしよかったら、明日でも、わたし、リョウコちゃんと会って話をしようか、と思うとるんじゃけど」
「形代が?」
「うん、沢田くんがかまわんかったらの話じゃけんどね」
「僕が直接話をすべきなんだろうけどね……。でも、そうしたらかえって話がややこしくなるかもなあ。……形代、ほんとにいいの?」
「わたしはいいよ。一回リョウコちゃんとじっくり話もしたいけんね」
「そうか。……じゃ、頼むよ」
「うん、わかった」
サトシとアキコの二人は、「恋愛感情とは少し違う、不思議な心の安らぎ」を共に感じていた。無論、今それをお互いに「告白」する訳ではなかったが、二人とも、相手の心に流れる「温かいもの」を感じ取っていた。
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4月7日の日曜日の朝になった。
トゥルルル トゥルルル トゥルルル
「はい、北原です」
『形代です』
「ああ、アキコちゃん、おはよう」
『わるいけど、ちょっと話があるんよ。時間とってもらえんかな』
「いいわよ。時間と場所は?」
『もしよかったらこれからラウンジでどうじゃろか』
「わかった。じゃ、すぐ行くわ」
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「アキコちゃん、こっちこっち」
「あ、そこにいたんね。ちょっと待っとってね」
アキコがラウンジに入って行くと、既にリョウコがコーヒーを前に置いて「窓際の席」に座っていた。その席はアキコにとっても思い出のある、「あの席」である。
(あ、あの席か……。これも縁なんかな……)
アキコもコーヒーを買うとリョウコの待つ「思い出の席」に向かった。
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「……なるほどねえ。……そう言うことだったの……」
「うん、わたしが言うのもなんじゃけど、昨日、綾小路さんと一緒になったんは単なる偶然じゃし、ご一緒して下さい、言うたのもわたしなんよ。それだけはわかってほしいんじゃけど」
「わかったわ。……まあ昨日の一件はわたしも悪かったしね……」
「ところでなんじゃけど、リョウコちゃん、沢田くんとのことはこれからどうするん? ……別れて草野さんとお付き合いするん?」
「……正直言うとね、……サトシくんとはずっとマンネリだったでしょ。だから草野さんから買い物に付き合って、って、頼まれた時、ちょっとは気になったけど、買い物ぐらいならいいかな、って思ったのは事実よね……。
それでさ、昨日あんな見苦しいことやらかしたのに、草野さん、一緒に帰る時、悪いのは自分だ、って言って、それ以上なにも言わないで平然としてたのよね。言い訳もなにもせずにね……。
実はね、話は前後するけどさ、あの喫茶店で、サトシくんと顔合わす前に、草野さんから、これからも付き合って欲しい、って、言われたのよ……」
「それで、リョウコちゃん、なんて答えたん?」
「その時はまだ答えてなかったのよ。……ちょっとこまったな、なんて言おうかな、って思った時、サトシくんと顔合わせたからね。……でもさ、それから後、痴話げんかやらかして、その後一緒に帰った時ね、一言も言い訳もしないし、サトシくんのことを悪くも言わない草野さん見てね、この人、とっても男らしいな、って、思ったのよね。……正直言って、サトシくんとはえらい違いだな、って、思ったわ……」
「……それで?」
「だからさ、わたしたち、今まで1年半付き合ってきたけど、なんのかんの、って言っても、結局はいとこ同士でしょ。それもあって、やっぱりちょっと『くされ縁』みたいになってしまってるのはまちがいないのよね。……なんだか、兄弟みたいになっちゃったしね……」
「…………」
「だからさ、サトシくんがどう思ってるかはわからないけど、しばらくは、ちょっと距離をおいてみようかな、って、気持ちになってるのはまちがいないわ。……草野さんにも、ちゃんと言って、お友達付き合いから始めてみようかな、って、気にもなってるのよ。……アキコちゃん、その話、サトシくんから頼まれてきたんじゃないの?」
「ううん、話の本題は大体合うとるけど、沢田くんから頼まれてきたわけじゃないよ。リョウコちゃんに会うて話する、って言ったのは、わたしの方からなんよ」
「……そう。……で、サトシくんはどう言ってたの?」
「……この際だからはっきり言うけんど、やっぱり、沢田くんもちょっとマンネリになった、て、言うとったよ。……リョウコちゃんが草野さんと付き合うのを止めるつもりはない、って、ね……」
「……そう。……で、綾小路さんとお付き合いするの? サトシくん」
「いや、それはちがうよ。……もし、リョウコちゃんが沢田くんと付き合いやめるんなら、……わたし、沢田くんに、付き合うて、て、言おうと思うとる」
「!! アキコちゃんが?」
「うん。……でも、沢田くんのことでリョウコちゃんとケンカしようとは思うとらんし、付き合う、言うても、今の延長じゃけんどね。……綾小路さんとも仲良うしたいと思うとるし……」
「綾小路さんと?」
「うん。……あの人、昨日一日いっしょにおってね、すごい人じゃな、て、思うたんよ。……頭はええし、知識はすごいし、すてきな人じゃけんね。……これからも仲良うしてほしい、て、言うてももろうたしね。……沢田くんも含めて、三人で仲良うしたいし、いろいろと教えてほしいと思うとるよ」
「そう……。わかったわ。……別にアキコちゃんがサトシくんと付き合っても、それはわたしがとやかく言うことでもないしね……」
「でも、誤解せんでね。付き合う、言うても、今の延長なんじゃけん……」
「それはわかってるわ。……今までわたしたち、三人で仲良くやってきたんだし、これからも仲間として仲良くして行きたいと思ってる。……でも、だからこそなのかな……、サトシくんと、『男と女』として付き合う、って言うのは、ちょっと控えた方がいいのかもね……」
「それはわたしはなんとも言えんよ。……でも、……こんなこと言うて悪いけど、なんか、リョウコちゃん、変わったね……」
「そうかな?……」
「うん、わたしら、初めて会うた時は、リョウコちゃん、すごう暗かった。じゃけんど、今は別人みたいに、明るく、積極的になっとる。……まあ、積極的なんは最初からやったんかも知れんね。……わたしがかってに思うとっただけなんかな……」
「……たしかにね。……あの事件と、それから後のサトシくんとの付き合いを通じて、わたしも変わったのかもね……」
「まあ、もちろん、それについてもわたしがあれこれ言うことじゃないのはようわかっとるよ。……じゃ、今日はどうもありがとうね。……こんなことになったけど、これからも仲良うしてよね」
「うん。それはもちろんよ。仲間として、一緒にがんばりましょ。……わたしたち、これから宇宙を目指すんだから、つまらないことでチームワークを乱しちゃいけないしね」
「うん、ありがとう。……じゃ、沢田くんにはわたしから言うてもええんかな?」
「うん、いいわよ。……明日からはもう起こしに行かないから、って、それだけ言っといてくれない?」
「……うん、わかった。……じゃ、これでね」
「うん。……じゃ、またね」
すっかり冷めてしまったコーヒーを残したまま返却口に返し、二人はラウンジを後にした。
+ + + + +
「そう、……リョウコもそう言ってたか……」
「うん。……わたしが言うのもなんじゃけど、リョウコちゃん、そう言うとったよ……」
サトシとアキコは、中庭のベンチで話し合っていた。アキコが部屋に帰ってすぐサトシに連絡し、ここで会おう、と言う事になったのである。
「……まあ、しかたないよね。……これも、巡り合わせ、なんだよな……」
「……わたしはなんとも言えんけんどね。……どうする? リョウコちゃんともう一度話し合う?」
「いや、やめとくよ。……これもさ、ほんとに皮肉なんだけど、僕とリョウコはいとこ同士だろ。だから、ケンカ別れするわけにも行かないんだよね……。なんのかんの、って言っても、血縁があるからなあ……」
「それはたしかにその通りじゃね……」
「……でもさ、形代、……今回のことでは、いろいろとありがとう。ほんとに感謝してるよ。……それでさ、僕も正直に言うよ」
「うん?」
「……いやさ、……最初に綾小路さんにお会いした時からさ、すごく素敵な人だな、って思ってたのは間違いないし、昨日一日お付き合いしてもらって、あの人の素晴らしさはよく判ったから、これからも仲良くして行きたい、って、思ってるよ。……でも、それはやっぱり先輩としてだし、素敵なお姉さんみたいに思ってるんだ」
「うん」
「でもさ、昨日形代と一日一緒にいて、なんかさ、言葉ではうまく言えないんだけど、形代にね、……温かみを感じたんだ……」
「沢田くんもそうなん……。実は、わたしもそう思うとったんよ……」
「うん、……だからさ、昨日も言ったけど、リョウコと別れたからどうだ、とか言うんじゃなくって、これからは、形代が昨日言ってくれたようにさ、一緒にいる時間をもうちょっと増やしてくれないかな、って、僕の方からもお願いするよ」
「沢田くん……」
「……まあ、こんなこと言ってもさ、結局は言い訳になっちゃうんだよね……。リョウコと別れたから形代とくっつくんだ、って、言われたら、反論できないよね……」
「そんな……、わたし、そんなふうには思うとらんよ……」
「そう言ってくれるとほっとするけどね。……なんだか、形代に悪くってさ……」
「そんなこと気にせんでよ。付き合うて、て、言うたんはわたしの方なんじゃけん……」
「うん……。ありがと……。……でもさ、リョウコも言ってたようにさ、こんなことで仲間割れすることだけはしないようにしようね」
「そうじゃね。それはわたしもそう思うとるよ」
「ありがと。……じゃ、改めてお願いするよ。……形代、これからは今までよりもうちょっと仲良くして、一緒に遊びに行ったりしてよね」
「うん、わたしも改めてお願いするけん。これからもよろしくね」
「また綾小路さん誘って、三人で京都回りしようか」
「そうじゃね。うふふ」
続く
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'Cosmos ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))
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