第三部・トップはオレだ!




 サトシとリョウコは再び駆け足で青嵐学園に向かった。しかし、サトシの頭の中と言えば、さっきの女性の事で一杯である。

(すごい美人だったよなあ……。リョウコとは全然ちがうタイプだけど……。いくつぐらいなんだろ……。なんか、すごく大人っぽかったなあ……)

 駆け足ながらも自然に頬が緩んで来る。その表情の変化をリョウコは目敏く見て取った。

「なにニヤニヤしてんのよ」

「え? ……いや、なんでもないよ。……なんでもない」

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第二話・才色兼備

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 二人は青嵐学園に到着した。着替える時間を考えると、もう入学式の開始にギリギリの時刻だ。校門の所で形代アキコが二人を待っていた。

「あ、やっと来たんね。……二人とも、なにしとったんよ」

 かなり早くに来ていたらしく、アキコも少々呆れ顔である。リョウコは申し訳なさそうに、

「ごめん、アキコちゃん、サトシくんがなかなか起きなかったのよ」

「ごめん形代、面目ない……」

「しょうがないねえ。……早くロッカールームで着替えんと」

 青嵐学園には「通学時も着用するように」と「指導」されるような制服はない。無論、技術系の学校だから、高校も大学も「学内で着用する制服」は存在する。しかし、それはあくまでも学内での話であって、時間外まで学生や生徒の服装を拘束する事はない。これは、理事長の岩城が強硬に主張した事であった。

 岩城は、持論を元に、

「青嵐学園は技術者を養成する機関であり、学園生活は任務に直結する。従って、私生活と任務の峻別をきちんと行うのが筋である」

と言う「筋論」を展開し、「通常の高校並みの制服」を主張する他の理事を説き伏せたのである。

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 今日は開校日なのだが、「入学式」としては高校、大学共に、一年生だけで行われる。

 他の学年は、「編入」と言う形であり、入学式の後に行われる「開校式」に出れば良いと言う事になっているので、四条マサキ、橋渡タカシ、玉置サリナの三人はまだ来ていないようだ。

 サトシ、リョウコ、アキコの三人は、ロッカールームで制服に着替えると、講堂に急いだ。

「なんとか間に合ったね。……わあ、やっぱりなんか、中学とはちがうわあ……」

 アキコは小さな歓声を上げた。講堂には既に多くの入学生が入っている。やはりパイロットや技術者を養成する学校だけあって、入学生の緊張感が漂っているようだ。サトシ達は決められた席を探して座った。程なくして、司会者の声がスピーカから響いて来た。

「それでは只今より、2013年度、青嵐学園高等部入学式を開会致します。初めに、岩城理事長の挨拶です。全員起立!」

 全員が起立し、岩城が壇上に姿を現した。

「礼! 着席!」

「みなさん。おはようございます。私は当青嵐学園の理事長を拝命した岩城健太です。

 本日は特殊法人日本ロボット研究所付属の技術者養成機関、青嵐学園の開校日であり、新入生のみなさん100名の入学日であります。

 この良き日にみなさんと共に新たなる時代の一歩を踏み出す事が出来、私は歓喜に堪えません」

(岩城先生も緊張してるみたいだなあ……)

 サトシは壇上の岩城の真顔を見ながらこれからの学園生活に対する大きな期待と少しの不安を感じていた。

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 岩城の挨拶の後、校長挨拶、来賓祝辞、と、入学式は滞りなく進んだ。

「……では最後に新入生総代による決意表明です。新入生総代。草野大作!」

「はいっ!」

 新入生の中から一人の少年が立ち上がり、壇上に進んだ。

(おっ! ……あいつが総代なのか……)

 サトシは改めて壇上の少年を見た。距離があるので詳細は判らないが、その少年は如何にも凛々しい雰囲気を漂わせている。さほど体格がある訳でもなく、威圧感も感じないが、敏捷そうな身のこなしと言い、理知的な表情と言い、「ただものではない」、と思わせるには充分であった。隣りのリョウコやアキコをそっと窺うと、二人とも真剣な眼差しで壇上を見ている。

「新時代の技術者を養成すべく誕生したこの青嵐学園に入学する事が出来たのは、我々新入生一同にとって大きな誇りであります。この誇りを胸に、我々全員、訓練と勉学に勤しむ事をここに宣言致します」

 きびきびとした大作の声が講堂に響き渡る。その凛とした声に全員一瞬呆気に取られたようになったが、次の瞬間には講堂に大きな拍手が鳴り響いていた。

(うーん。……やっぱり総代をやるだけあって、しっかりしてるなあ……)

 拍手しながらサトシは思わず感服していた。

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 入学式は無事終了し、新入生は教室に向かった。アキコとリョウコの話題は、無論、総代の草野大作の事だ。

 感心した様子のアキコが、

「さっきの新入生総代のくさのさん、て人、なんかすごくしっかりした人じゃったねえ。わたし、ちょっとびっくりしたよ」

 リョウコも同意し、

「そうよねえ。表情もすごく男らしかったし、わたしたちと同級とは思えなかったわ」

「……そうかな。……僕はそう思わなかったけど……」

 二人の言葉にサトシは少々憮然としている。アキコは笑って、

「あら、沢田くん。やっかんどるの? やっかみはいけんよ。うふふ」

「なに言ってんだよ。やっかんでなんかいないよ」

 アキコに本心を見抜かれ、からかわれたサトシは、思わず少々ムキになって言い返したが、リョウコも、

「ま、たしかにあの人だったら総代に選ばれそうね。サトシくんも負けないようにがんばらなきゃね」

と、今朝の「美女との衝突事件」もあって、サトシに「チクリと一撃」を食らわせる。

「リョウコまでなに言ってんだよ。僕らはこれでもパイロットやってたんだから、そうそう簡単には負けないよ」

「そうじゃよね。なんのかんの言うても、わたしら、オクタに乗っとったんじゃもん。でも、オモイカネタイプのコンピュータは使えないんじゃけん、手動操縦の訓練はがんばらんといけんのよ。その意味ではみんな一線じゃと思うよ。これからみんなでがんばろうね」

「そうだね。……ま、みんなでまた一からがんばろうよ」

(形代、案外落ち着いたこと言うようになったな……)

 サトシはアキコの微妙な言葉の変化に改めて気付いた。そう思うとアキコに対する「眼」も少々変わらざるを得ない。

(形代も大人になって来たのかな……。それにこれだけの美人だしなあ……。ちょっと見直すよなあ……)

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 サトシ達は教室に来た。

 青嵐学園は「操縦技術科」と「整備技術科」に別れている。クラスはそれぞれ二つあり各25人編成であった。サトシ達のクラスは「操縦技術科1年1組」である。

 教室には既に十数人、大体男女同数の生徒達が着席しており、三人が入って行くと教室にいた生徒の眼が一斉にこちらを向いたが、それは無理もなかった。サトシ達がオクタヘドロンのパイロットだったと言う事は周知の事実であり、その意味で注目されるのは当然である。

 自分の名が書かれた席に着いてもあちこちでヒソヒソと話し声がしているし、その間にも次々と生徒が入って来るが、やはりサトシ達には一目置いている様子であった。

(……やっぱり、オクタに乗っていたから、注目されるのかなあ。……なんか照れるよなあ……)

 サトシが少々「いい気」になっていたその時であった。入口から入って来た一人の少年に、教室内の全員の視線が向いた。

(おっ、総代の草野だ)

 入って来たのは「新入生総代」の草野大作であった。制服の左胸に書かれた名前と顔つきで判る。入学式の時は遠かったので顔はよく判らなかったが、こうして近くで見ると、凄い美少年である。身長はサトシよりやや高い程度であろうか、体格はやや華奢ではあるが、如何にも敏捷そうな感じが窺い知れる。大作も席に着いた。

(うーん。……なんか他のやつらとは雰囲気がちがうなあ。あいつも前に何かやってたんだろか……)

 サトシは大作が漂わせている「オーラ」のようなものを感じていた。リョウコとアキコの方を見ると、二人とも大作を見ている。やはり大作のただならない雰囲気を感じ取っていたのであろうか。その時、教室に担任の教師が入って来た。

「全員揃ったようだな。諸君、初めまして。私が君達の担任の本郷健一です。これから諸君と一緒に勉強と訓練に励む事になりました。頑張りましょう」

 本郷は如何にも「体育会系出身の熱血教師」と言った感じの好青年である。

「さて、早速だが、点呼を行う。男女混合で五十音順に点呼するので、呼ばれた者は元気に返事をして欲しい。では、青木武雄!」

「はい」

「元気がないぞ! もう一度言い直し! 青木武雄!」

「はいっ!」

「よろしい。次、赤沢ゆう子!」

「はいっ!」

「井沢善治!」

「はいっ!」

「形代アキコ!」

「はいっ!」

「草野大作!」

「はいっ!」

 アキコと大作の名が続いて呼ばれると、流石に教室内にも少々緊張感が走る。サトシもその「空気」を感じていた。

(うーん。やっぱりあの二人が続けて呼ばれると、何となくクラスの雰囲気も変わるなあ。……形代は当然としても、あいつ、一体何者なんだろ……)

 クラス内の空気の事などお構い無しに本郷は次々と点呼を進めて行く。

「沢田サトシ!」

「は、はいっ!」

 大作の事を考えていたサトシはいきなり呼ばれて思わず立ち上がってしまった。 本郷はニヤリと笑い、

「うーむ、元気がいいな。しかし、立ち上がらなくてもいいぞ。座り給え」

 クラスの中に張り詰めていた緊張感が少し和らいだようだ。

「あ、……どうもすみません」

 サトシは慌てて座った。

「では次。千葉かおり!」

「はいっ!」

(やっちゃったなあ。……まずった……)

 サトシは席で少々赤面していた。その間にも点呼は続き、

「北原リョウコ!」

「はいっ!」

 リョウコが呼ばれるとまたクラス内に少々緊張が流れた。サトシがふと大作の方を見ると、意外な事に大作はリョウコを凝視している。

(あいつ……。リョウコを見てるな……)

 サトシは少々複雑な気持ちになった。点呼はまだ行われてる。

「山本エリ!」

「はいっ!」

「よし、これで25名全員だな。ではこれからの今日の予定を言う。君達は身体検査を受けた後、昼休みを挟んで午後には明日からの訓練計画についてこの教室で説明を受ける事になっている。それでは医務室に移動してくれ」

 本郷の指示に、全員が立ち上がって教室から出て行った。

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 医務室での身体検査も無事終了した。サトシにとって意外だったのは身長が伸びていて168センチあった事だった。どちらかと言うとあまり大柄ではないし、前回の身体検査では165センチだったのだが、この半年の間に3センチ延びた事になる。

 サトシとしては、同世代の男子の中では背が低い方だったのが少々コンプレックスではあったが、皮肉な事にパイロットとしてはあまり大きくない方がいいので、その事は気にしないようにしていた。しかし、こうして170センチに近付いて来るのは、やはり嬉しくない筈がない。

(僕もなんとか170ぐらいにはなりそうだな……)

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 身体検査の終了後、サトシ達のクラスの全員は教室に帰って来た。

「では身体検査も終わったので、昼休みとする。13時から説明があるので遅れないように。それでは解散」

 生徒達は一様に緊張から解放された顔で立ち上がり、それぞれ食堂に向かう。

 アキコも立ち上がり、リョウコとサトシに言った。

「ひるごはん行こうよ」

「うん、いこいこ」

「うん、行こうか」

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 三人は食堂の一角を陣取り、早速「食事を取りながらの情報交換」と洒落込んだ。

 まず、アキコが、

「さっき身体検査の時、ほかの子に聞いたんじゃけんど、あの草野くん、JRLの新潟支部長さんの息子さんなんじゃって」

 リョウコとサトシは、意外そうな顔で、

「へえー、そうなの」

「へえー……」

と、言った後、サトシが続けて、

「じゃ、その関係で総代やった、ってことなのかな」

「そうじゃないみたいじゃよ。あの人、推薦もなんもなしで試験に受かったって話じゃったし、それも、すごい点数取って、トップじゃったみたい」

 流石にリョウコも感心した顔で、

「へえー、エリートなのねえ」

「ふーん、……すごいやつなんだな」

と、サトシも言ったものの、内心は穏やかでない。

 サトシ達も入学試験は受けたが、彼等はジェネシスからの流れでJRLの推薦を受けていたので、特に受験勉強に苦しむ、と言う事はなかったのだ。

 しかし、自分はパイロットとしての実績はある、と言う気持ちは当然ある。それだけに、実力でトップを取って入った同級生に、多少のライバル意識が生まれるのも無理なかった。

 その時、

「おっ、いたいた。どうや調子は」

 横からの声にサトシが顔を上げると、

「あ、四条さん。……橋渡さんと玉置さんも」

 そこにいるのは、マサキ、タカシ、サリナの三人である。リョウコとアキコは軽く会釈し、

「こんにちわ」
「こんにちわ」

 タカシとサリナが笑いながら、

「どうたい。具合は」

「どうえ。がんばってるかいな」

 流石のサトシとリョウコも神妙に、

「はい、ちょっと緊張してます」

「やっぱり高校はちがうな、って思います」

 アキコは、如何にもアキコらしく、

「また一からがんばりますけん。これからもよろしく」

 テーブルが八人掛けだったので、マサキ達三人は同席した。

 まず、マサキが口を開き、

「僕ら、ちょっと前に開校式が終わった所なんやわ。昼から身体検査と説明会やさかい、それまで一服やね」

「みなさん、お食事は?」

と、三人を気遣ったリョウコに、タカシは、

「僕らは今ここですましたとよ。昼から身体検査もあるし、開校式のすぐ後に、食堂が混雑せん内にすましとけ、ちゅうて、先生から言われたばい」

 その時、サリナが、

「ところで、あんたら1年の総代、すごいエリートみたいやねえ。ウチらの学年でもウワサになってるえ」

 サトシが即座に、

「ごぞんじなんですか」

と、反応した。やはり大作の事は気になるらしい。マサキが続けて、

「おお、聞いとるで。なんでも、JRL新潟支部長の息子らしいな。すごい天才や、ちゅう話や。……そやけど、編入生総代もすごいやっちゃで」

 今度はアキコが、

「どんな人なんです?」

と、別学年の事ながら、興味深げに聞いた。

「2年なんやけど、これもすごい秀才らしいわ。編入試験はほとんど満点やったそうや。僕らも負けてられへんな。それがやな、女の子なんやけど、すごい美人でな。まいったで……」

 ここまで言った時、マサキが少し向こうを見て、

「……あれっ?! あの子がそうやないか」

 その言葉に全員がそちらに視線を向けると、テーブルの列を隔てた一つ向こうの通路に、ロングヘアーをポニーテールにした美少女がコーヒーを手にして空席を探している姿があった。

「あれっ!? あの人!?」

 サトシが思わず声を上げると、その声に呼応するかの如く、その美少女はこちらを向いた。その人物は紛れもなく、「今朝サトシが衝突した女性」である。

「あら……」

 その美少女はサトシを目敏く見つけると微笑を浮かべてこちらにやって来た。六人は少々驚いた様子でその美少女を見た。

「今朝はどうも。あなたもこの学校の生徒だったんですね」

「は、はい。……けさはどうもすみませんでした……」

 慌てたサトシはそれだけ言うのがやっとだった。

「いえいえ。……あの、失礼ですが、もしかしてみなさん、オクタヘドロンのパイロットでいらした方々ではありませんこと?」

 流石のマサキも少々ドギマギし、

「は、そうやけど、いや、そうなんですけど、あなたは確か編入生総代の……」

「申し遅れました。私は綾小路ゆかりと申します。僭越ながら、本日の開校式で総代を務めさせて戴きました。……ちょっと失礼致します」

と、言いながら、ゆかりはマサキの隣りの空席に座った。六人は眼を白黒させている。

「御縁で私もこの学校でパイロットを目指す事になりました。これからどうぞ宜しくお願い致します」

 突然の「ゆかりの闖入」に、みんな呆気に取られていた。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'Moon Beach ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

トップはオレだ! 第一話・千紫万紅
トップはオレだ! 第三話・吟風弄月
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