第三部・トップはオレだ!




ドンドンドンドンッ!!!

「サトシくん! 早く起きなさいよ!!」

 サトシの部屋のドアが激しくノックされた。リョウコのお出ましである。

「……う……、うん……。……ああっ!! もうこんな時間だ!」

 サトシは慌てて飛び起きた。すっかり寝坊していたらしい。

「……いくらインタホン鳴らしても起きないんだから。……もう……」

 ドアの外からはリョウコの憮然とした声が聞こえて来る。

「ごめん! いますぐ支度するから!!」

 サトシは慌てて飛び起きて身支度を始めた。

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第一話・千紫万紅

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 今日は2013年4月1日、沢田サトシの高校入学の日だ。無論、北原リョウコも形代アキコも同じ高校に入学である。昔と違って季節が無くなった今の日本では、「春休み」として2週間あると言う訳ではないので、学校は4月1日から始まる。「高校入学」と言えば、普通でも結構「重みのある日」であるが、サトシ達にとってはこの日は格別の日だった。

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 話は1年5ヶ月前に溯る。

 2011年10月。「魔界と現実界の融合」と言う人類未曾有の危機に際して、「異次元世界からの助っ人」に助けて貰ったとは言え、サトシ達は「オクタヘドロン」と言うロボットを駆使して「マーラと呼ばれる物質化した魔物」と戦い、見事「魔界の穴」を塞ぐ事に成功した。この事件はその後「カオス・コスモス」と呼ばれる事となる。

 「魔界と現実界の融合」は、多くの被害をもたらしたが、一方、「思考が簡単に現実化する」と言う現象のため、反重力エンジンや脳神経スキャンインタフェースと言った「夢の技術」が多く実用化された。特に反重力エンジンとそれを応用した反重力発電機の開発はエネルギー問題や環境問題に対する決定打となり、僅か1年の間に世界の状況を大きく変化させたのである。特に、「無限のエネルギーをタダで手に入れられる」反重力発電機の開発は、「カオス・コスモス」で疲弊した世界経済の建て直しに絶大なる貢献を果した。

 「魔界の穴」が塞がれて以来、「異常にアイデアが浮かんで発明が簡単に出来る」とか、「占いが異常に当たる」とか言った「不思議な出来事」は起きなくなった。そして、世界中を包んでいた、「何とも異様な雰囲気」は払拭され、全て元の生活に戻ったのである。

 サトシ達が所属していた「特務機関ジェネシス」は、事件解決後解散し、業務は事件後に設立された「日本ロボット工学研究所(JRL)」に引き継がれたのであるが、サトシ、リョウコ、アキコと共にジェネシスでオクタヘドロンのパイロットだった、四条マサキ、玉置サリナ、橋渡タカシの三人も残留し、六人はパイロットへの道を本格的に目指す事となったのである。

 ジェネシスの職員は「殉職」した伊集院輝明本部長を除き、全員JRLに移籍した。

 JRLの本部長には、ジェネシスの技術顧問だった松下一郎が就任した。

 サトシ達の上司だった中畑由美子戦術主任は、JRLに移籍して総務部長となり、情報担当から秘書室に行った山之内豊はそのまま秘書室長となった。

 余談ながら、由美子と山之内は婚約し、来月に挙式の予定である。

 医療部長の木原美由紀はそのまま医療部長に、機関部長の山上博也もそのまま機関部長に就任した。

 そして、オクタヘドロンの開発者だった中之島浩司郎博士は、JRLの特別最高顧問に就任した。

 サトシ達はJRLに所属したまま学校に通っていた。マサキは既に高校生だったのでその学校に通っていたが、翌年、その高校にタカシとサリナが入学した。

 JRLには高校と大学が設立されて青嵐学園と命名され、サトシ達の教育係だった岩城健太顧問がその学園の理事長に就任する事になった。そして、今日が青嵐学園の開校日なのである。

 サトシ、リョウコ、アキコの三人は1年に入学、マサキは3年に、タカシとサリナは2年に編入される事になった。

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 話は前後するが、サトシ達は「カオス・コスモス」の解決後、「普通の中学生、高校生」に戻った。

 JRLに所属しているとは言え、「オモイカネタイプ」のコンピュータが動作しなくなった状態では、彼等も只の中学生や高校生である。有人タイプのロボットを駆使するためには、如何に脳神経スキャンインタフェースがあると言っても、それだけではやはり不充分であり、本格的な訓練を受ける必要があった。

 それで、「本格的な訓練はJRLの付属校が開校してから。まず、通常の学業を修めるべし」と言う事になり、通常の学校で通常通りの教育を受ける事になったのである。

 事件を通じて親密になったサトシとリョウコは、いとこ同士だと言う事が判明したものの、付き合う上には支障にならなかったため、「傍目も羨むカップル」になった…………、筈だった。

 人生と言うものは皮肉なものと言うか面白いもので、一時はあれだけ燃え上がった二人だったのだが、いざ、事件が解決して堂々と付き合えるようになってしまうと、逆に「気が抜けてしまう」のか、お互いに仲良くはしているものの、段々「仲の良い兄弟」みたいになってしまったのである。

 更に、「事件の解決のために頑張った事」を通じて、サトシもリョウコもすっかり明るくなってしまったため、「二人の世界に篭る」と言う気持ちが薄れて来た事も原因だった。

 考えてみれば当然である。幾ら好き同士だとは言っても、二人とも当時は14歳の中学生である。事件解決のために一所懸命になっていた時の異様な空気が二人を燃え上がらせていた事は否定出来ない。それが、「一段落」してしまって普通の生活に戻ってしまうと、安心して他の事にも目を向けるようになる。そうなると、サトシもリョウコも「世界を救ったヒーロー、ヒロイン」であるから、その意味でも人気者になる。他の異性に目が向く事「も」あるし、「男女交際」以外の「面白い事」に興味が湧くのも無理からぬ事だった。

 これが「赤の他人」なら、「はい、さようなら」と言う事になるのかも知れないが、これまた皮肉な事に、二人はいとこ同士だったから、「嫌でも血縁は存在する」訳であり、そのため、何となく「クサレ縁」のようになってしまったのだ。

 アキコもサトシの事が好きだったが、サトシとリョウコが付き合い出したため、一時はサトシの事を諦めていた。しかしそうなると、アキコほどの美少女は周りが放っておかない。事件が解決した事もあって、男の子からの交際の申し込みが殺到し、アキコは「モテモテ」になってしまった。

 しかし、アキコは特定の男の子と付き合うと言う事はなかった。サトシやリョウコとも仲良しだったし、マサキの幼なじみの川口ひなたとも仲良くしていたので、結構それなりに楽しんでいたのである。ただ、心のどこかには「サトシに対する想い」が残っていた事は否定出来なかった。

 その意味ではサトシとリョウコの仲が、「恋人同士」ではなく、「仲の良い兄弟」みたいになって来た事は、アキコにとっても「複雑な気持ち」であった。

 タカシとサリナは「マイペース交際」を続けていた。「着かず離れず」と言った、「ある意味においては理想的な仲」だったと言えよう。

 マサキは同じクラスの藤倉しおりには相変わらず相手にされていないようで、「幼なじみのひなた」と「適当に仲良く」していた。勿論、「ひなたの気持ち」は相変わらず判っていないようである。

 こうして「三者三様」ならぬ、「六者六様」の1年5ヶ月が過ぎて行ったのである。

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「もう、早くしなさいよ!」

 サトシが着替えてドアを開けたのでリョウコが部屋に入って来た。しかし、サトシは相変わらずグズグスしている。

「……ええと、持って行くものは……」

「今ごろなにしてんのよ! きのうの内に支度してなかったの!?」

「いちいちうるさいなあ。わかってるよ!」

「うるさいとはなによ! もう起こしに来てやらないから!」

 リョウコもすっかり性格が変わってしまった。以前だったら考えられない言葉である。不遇な少女時代を過ごしたせいで、ずっと心を閉ざしていたのだが、ジェネシスでの活動やサトシとの付き合い、更には「魔法修行」を行ったためか、「抑圧されていた自分」が表出し、「活発でおきゃんな女の子」になってしまったのである。サトシにしてみれば、「まさか、あのリョウコが……」と言う思いで一杯であろう。

「……支度できたよ。行こうか」

「走らないと遅刻よ! 入学式に遅れたらどうするのよ!」

 二人は部屋を出てドアに鍵をかけると駆け出した。

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「なんでJRLの学校なのに敷地内に作らなかったのかなあ」

「なに言ってんのよ。高校と大学を作るとなったら広い場所がいるに決まってるじゃない。JRLの敷地には無理よ」

 青嵐学園までは少々距離もある。二人は駆け足で学校への道を急いでいた。

「そこの角を左だったね」

「そうよ」

 サトシは駆け足のまま曲がり角を左に曲がった。その時、

「わわわわっ!!!」

ドスン!

「きゃあっ!!」

 前方を注意しないまま駆け足で曲がったサトシはそこにいた通行人にぶつかってしまった。リョウコが思わず叫ぶ。

「ああっ! だいじょうぶですかっ!?」

 その通行人は後からサトシにぶつかられて前によろけたが、転倒する寸前で踏みとどまった。一方、サトシの方はひっくり返って尻餅である。

 サトシは、尻餅をついたまま、

「ご、ごめんなさい! だいじょうぶですかっ?!」

 通行人がこちらを振り返った。見ると、サトシ達と同世代と思われる女性である。

「ええ、大丈夫です。そちらは?」

 同世代の女の子らしからぬ物腰と言葉遣いにサトシは改めてその人物を見た。身長は160センチぐらいあろうか。スリムな体を紺のワンピースで包み、ロングヘアーをポニーテールにした凄い美人である。サトシは思わずその女性の顔をまじまじと見詰めてしまった。

 その女性は魅力的な微笑を浮かべ、

「どうしました? 私の顔になにかついていますか?」

「い、いえ。どうもすみません。僕もだいじょうぶです。……どうもすみませんでした」

 サトシは慌てて立ち上がった。サトシもかなり背が伸びたが、前の身体検査ではまだ165センチであった。こうして正対して見ると、その女性のスレンダーな感じが良く判る。

 その女性は再び微笑むと、

「……そうですか。では私はこれで」

と、言って立ち去って行ってしまった。暫し呆然とするサトシに、後からリョウコの容赦ない叱咤が飛ぶ。

「……むう……。早く行かないと遅刻よ!」

「ごめんリョウコ。早く行こう」

 リョウコの「何とも言えない視線」にサトシは気付かなかったようである。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'Moon Beach ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

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