第二部・夏のペンタグラム




 IBO情報部。

 加持が、冬月に、

「先生、この結果をご覧になっていかがです?」

「わからん。マギに分析させてもこれと言った結論は出なかった事を踏まえると、私には何とも言えんよ。『前とは違う』とだけしか言えんな」

「先生、昨日の晩、葛城とアスカが言っていた事なんですが……」

「なんと言っていたのだね」

「今度の『使徒』は『マーラ』としての能力も持っているのではないか、と……」

「! ……『マーラ』、か……」

 +  +  +  +  +

第四十七話・紆余曲折

 +  +  +  +  +

 中央制御室。

 五大が、軽く頷きつつ、

「さて、ではチルドレンの諸君にはもう上がってもらうとするか。……伊吹君」

 マヤが振り向き、

「はい」

「テストプラグに入っている三人と、実験室にいる五人を待機室に集合させておいてくれ」

「了解しました」

「待機室に行く。葛城君、同行してくれ」

 ミサトは頷き、

「はい、了解しました。じゃ、マヤちゃん、後はお願いね」

「はい。……みんな、上がってちょうだい。待機室に戻っておいてね」

 +  +  +  +  +

 通路。

 ミサトが五大に、静かな声で、

「……本部長、一つお聞きしますが」

「なんだね」

「シクスの八雲が配属になる前、ちょうど本部長がいらっしゃる前あたりですが、急に仕事が増えて忙しくなったのは、やはり京都財団が手を打たれたからなんですか?」

「うむ、今だからネタバラシになってしまうが、実はその通りだよ。シクスの八雲君にしても、テンポラリの二人にしても、『不自然な配属』と思われないようにするために財団が手を回して仕事を増やさせたんだ。スタッフ増員の理由にはそれが一番だからな……」

「やはり……。でも、それがまさかこんな形になってしまうなんて……」

「……ああ、その点に関しては、チルドレンの諸君には心から申し訳なく思っている。子供を無理矢理『戦争』の場に引きずり込んでいるんだからな……。

 しかしな、エヴァンゲリオンを操縦出来るのは子供だけ、と言う、皮肉な現実の前にはやむを得なかったのだよ。『万が一』の事を考えると『備え』は必要だった。敢えてシビアな言い方をすれば、『エヴァは直せても、チルドレンはすぐには養成出来ない』からな。パイロットの戦意喪失による離脱、或いは負傷、もっと厳しく言えば、死亡……」

「…………」

「それらを全て考慮に入れれば、八人いたとて決して多くない。しかもだ、全く皮肉と言うか何と言うか、使徒が本当にやって来た上、エヴァは二人一組でないと動かせない、と言う状態にまでなってしまった。まさかこんな形になるとはな……。全く、前に手を回した時は、こんな事になるとは思いもしていなかったよ……」

「いえ、その点に関しては、私たちには本部長や京都財団のみなさんを責める資格はありません。……以前の私たちはもっと酷い事をやっていましたから……」

「いずれにせよ、私達大人が出来る事は、極力彼等の負担を減らしてやる事だけだ。その方向で全力を尽くすつもりだよ……」

「はい……」

 +  +  +  +  +

 待機室。

 五大が全員を見回し、

「今日は本当にみんなわざわざご苦労だった。色々と頑張ってもらったが、結局、やはりエヴァは一人では、操縦が出来るレベルの起動は出来なかった。反応程度はあったのだがね……」

 まず、アスカが、

「本部長、エヴァが一人で動かせなくなったのはどうしてなんですか?」

「それが全くわからんのだ。脳神経スキャンインタフェースを接続したら、とにかく反応だけはするようになったのだが、一人ではシンクロ率が上がらん。神経接続の場合は反応すらしないのだ。色々と調べているが、理由は不明だ」

 次に、シンジが、

「じゃ、これからエヴァに乗る時は、二人一組じゃないとだめなんですか?」

「現在の所はそうだ。だから、どっちかが欠けてしまうとエヴァは動かない」

 レイは、やや心配顔で、

「ペアの組み合わせの方はどうなんですか? 現在の組み合わせでないとだめなんですか?」

「それに関しては今後の実験と訓練を見てみないと確たる事は言えないが、少なくとも今の組み合わせをわざわざ崩すのは得策ではないだろう。二人一組でエヴァを動かす場合、コンビの息が合っていないと何にもならないからな。

 もし負傷等でどちらかが欠けた場合、他のパイロットと組んでもらっても動かない事はないと思うが、エヴァの力をフルに引出すためには、現在の組み合わせが最良である事は間違いないと思う」

 ここでトウジが、

「ほんなら、ワシと委員長はどうなんでっか? 今んとこ、エヴァは3台やさかい、一組あぶれることになりまっせ」

「それに関してはだ。現在、技術部が『参号機の復元』に取りかかっている」

「えっ!!? 参号機を!?」

 意外としか言いようのない五大の言葉に、トウジが驚きの声を上げた。ナツミ以外の六人も絶句し、

「!!」
「!!」
「!!」
「!!」
「!!」
「!!」

 しかし、ナツミは、

「?……」

 五大は、頷いて、

「そうだ。鈴原君には大変辛い事だとは思うが、残った参号機のパーツとテスト用の模擬体を使って、参号機を再生する作業に全力を尽くしている。無論、成功するかどうかは未知数だがね……」

「…………」

 トウジは黙ったままだ。五大は続けて、

「鈴原君の立場と気持ちは充分に理解しているつもりだ。しかし今は非常時である事は否定出来ない。君の意思は充分に尊重するが、前の参号機とは違うものを新しく作ろうとしているのだ、と言う事だけはわかって欲しい。それを踏まえた上で、よく考えて結論を出してくれ」

 ここでトウジが、

「……わかりました。……本部長、お気づかいいただいてすんまへん」

「無論、いつも言っているように一切強要はしない。それだけは保証する」

 しかし、トウジは力強く、

「いえ、ご心配には及びまへん。ワシも男です。前のことは忘れて新たな気持ちでやらせていただきますわ」

 流石に、ヒカリが、

「鈴原!……」

 五大は、真顔を崩さず、

「そうか。ならありがたい。よろしく頼むぞ」

「任せといてください。しっかりやらせてもらいまっさ」

と、頷いたトウジに、ヒカリは、

「鈴原、だいじょうぶなの?……」

「ああ、心配あらへん。任せとけ」

「鈴原……。うん、わかった……」

 その時、ナツミが、

「……あの、すみません……」

 五大は、少し表情を緩め、

「なんだね。八雲君」

「……あの、『前のこと』って、なんですか?……」

と、恐る恐る尋ねたナツミに、五大は、やや申し訳なさそうに、

「そうか、八雲君は知らなかったか。……いやな、以前に鈴原君が参号機に乗った時、使徒にエヴァを乗っ取られた事があったんだよ」

「えっ?!!」

「それでな、その時の参号機と初号機の『戦闘』で、参号機は破壊され、鈴原君は重傷を負ったのだ」

「そんなことが……」

 シンジとミサトが、無言のまま、二人のやり取りに耳を傾ける。

「…………」
「…………」

 一呼吸置き、五大は続ける。

「そうだ。だから、私としては鈴原君の気持ちを聞いた上で今後の対応を考えようと思っていたのだよ。……まあしかし、鈴原君が快諾してくれて、正直言ってほっとしている」

「そうですか。よくわかりました」

と、ナツミはしっかり頷いた。五大は、改めて、

「とにかくだ、引き続き改善を進めるようにはするが、現在の状況としては、今言ったように、二人一組で操縦せざるを得ない。それを理解しておいて欲しい。それから、攻撃システムの改善も進めている。現在は腕力アップの作業に取り組んでいるし、武器も整備する予定だ。その状況は逐一君達に知らせるつもりだから、心に留めておいてくれ」

「はい」
「わかりました」
「了解しました」
「わかりました」
「了解しました」
「わかりました」
「わかりました」
「了解しました」

 八人は口々に、しかし、一人一人がしっかりと応えた。五大は、我が意を得たり、と言う顔で頷き、

「では今日はこれで解散する」

 +  +  +  +  +

 通路。

 また、ミサトが五大に、

「ところで、本部長」

「なんだね」

「『碇ゲンドウの件』ですが、碇には了承を得ました。それから、『リリスの件』も、綾波に了承を得ています」

「そうか。では、後は『アダムの件』だな。渚君にはいつ伝えるね?」

「出来るだけ早い内に伝えます」

「そうか。嫌な役目だが、頼んだぞ」

「了解しました」

「私はこのまま部屋に戻る。中央にはそう伝えておいてくれ」

「はい」

 +  +  +  +  +

 本部長室。

コンコン

「どうぞ」

「失礼します」

「失礼するよ」

 入って来た加持と冬月に、五大は顔を上げ、

「お、何かわかったかね」

 加持が、

「は、少々ご相談させて戴きたい事がございまして」

「そうか、かけたまえ」

 三人は向かい合ってソファに座った。加持が、まず、

「情報を分析したのですが、今回の使徒は前とは明らかに違っています。昨日葛城と惣流が気付きまして、今日冬月先生とも話し合ったのですが……」

と、言った後、一呼吸置き、

「今回の使徒は、『マーラとしての能力』を持っているのではないか、と……」

「うーむ、『マーラしとての能力』、か……」

と、五大は唸り、続けて、

「充分考えられる話だな。我々は元々『マーラ』の出現を予想していた。今回、『使徒』が出現したから、そちらばかりに目を奪われていたが、祇園寺が関わっている以上、そう考えるのは『妥当』以上だな……」

「私達は『マーラ』に関しては殆ど情報を持っていません。それで、京都財団にこのデータを送って、オカルティズムの観点から分析して戴きたいのです」

「わかった。早速手を打とう」

 +  +  +  +  +

 模擬体ケージ。

 青葉が、コンソールの前の日向に、

「では、参号機の遺伝子を模擬体に組み込む。準備はいいか」

「ああ、いいぞ」

 日向の言を受け、青葉は頷いて、

「組込作業開始」

 操作員が応える。

「了解。開始します」

 そこに、突如レナがワゴンを押してやって来た。

「おじゃまします」

 青葉と日向は、やや慌てて、

「お、田沢さん♪」

「お、いらっしゃい♪」

 レナがワゴンの上にかかっているクロスを取り去ると、現れたのはサンドイッチとコーヒーである。

「差し入れを持って来ました。みなさんでどうぞ♪」

と、微笑むレナに、日向は相好を崩し、

「おおっ! サンキュー♪ うれしいねえ♪」

 青葉も嬉しそうに、

「どうもありがとう♪」

 ここで、レナがまた微笑んで、

「どうですか? 状況は」

 青葉は、余裕の表情で、

「今の所は何とも言えないねえ……。ま、頑張るよ」

 日向も、

「そうそう、何とかやってみせるさ」

「そうですか。何かご用がおありでしたらいつでも言って下さいね。葛城部長からも皆さんをバックアップするように言われてますから」

と、微笑を絶やさないレナに、青葉はニヤリと笑って、

「そうなの。ぜひよろしく頼むよ♪」

 日向は、やや勢い込み、

「田沢さんがバックアップしてくれたら百人力だな♪」

「そう言っていただくと張り合いがあります♪ ではこれにて」

と、一礼したレナに、青葉と日向は、

「どうもありがとう♪」

「サンキュー♪」

 二人は、去り行くレナの背中を暫し見ていたが、突然青葉が、操作員に向かって、

「……おっと、組み込みの状況はどうだ?」

「現在の所異状ありません」

と、応えた操作員に、青葉は、

「そうか、監視を続けてくれ」

「了解」

 ここで日向が、

「おい青葉、今回は俺達の腕の見せ所だぜ」
(青葉なんかに負けてたまるか……)

 青葉は頷き、

「そうだな。決める時は決めなきゃな」
(きっちり決めてあの子にいいとこ見せてやるぜいっ!)

 +  +  +  +  +

 その夜。カヲルのアパート。

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

「はい、渚です」

『葛城です』

「あ、部長。どうも」

『渚君、悪いけど、もしよかったらわたしのマンションまで来てくれないかな。大事な話があるのよ』

「えっ? ……は、はい。わかりました。すぐに参ります」

『ありがとう。じゃ、待ってるから』

「ではこれからしたくして、すぐに出ますので」
(……大事な話……。なんだろ……)

 +  +  +  +  +

 ミサトのマンションのリビング。

ピンポーン

 アスカが立ち上がり、

「あ、渚君かな。…………はい」

『渚です』

「あ、今あけるわ」

 インタホンの受話器を置き、玄関に向かうアスカの背中を見ながら、ミサトは、

(いよいよか……)

 レイも、俯き加減のまま、

(渚くん……)

 そんなレイの様子を、加持とシンジは黙って見ているしかなかった。

 +  +  +  +  +

 アスカと一緒に入って来たカヲルに、ミサトは、

「いらっしゃい」

「おじゃまします。……あれ、綾波さんと加持部長もおいでだったんですか」

 加持は、軽く頷き、

「よく来てくれたな」

「まあ、座ってよ」

 ミサトに勧められ、カヲルはテーブルに着く。

「はい、……大事な話、って、なんですか?……」

「渚君、ショッキングな話だけど、しっかり聞いてね」

「え? は、はい」

「実はね、旧ネルフの時代、遺伝子工学を『悪用』していた事があってね……」

「? ……はあ……」

 ミサトの言葉に、何の事か判らないカヲルは呆気に取られた。

「…………」

 そんなカヲルをレイは無言でじっと見ている。ややあって、カヲルが、

「『悪用』、ですか……。それが、なにか?……」

 ミサトは、大きく呼吸をした後、改めて、

「その結果、あなたの『クローン』が存在しているのよ」

「!!!!!!!!」

 カヲルは絶句した。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'夜明け -Short Version- ' composed by Aoi Ryu (tetsu25@indigo.plala.or.jp)

夏のペンタグラム 第四十六話・不即不離
夏のペンタグラム 第四十八話・内憂外患
目次
メインページへ戻る