第二部・夏のペンタグラム




「僕のクローン!!?? 部長!! それは一体どう言うことなんですかっ!?」

 真っ青になり、言葉を荒げたカヲルに、ミサトは、努めて冷静に、

「……渚君、話せば長くなるけど、しっかり聞いてちょうだい……」

「は、はい……」

(渚くん……)

 レイは、心が暗くなって行くのをどうする事も出来なかった。

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第四十八話・内憂外患

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 その頃、冬月と五大は本部長室に篭ってデータの分析を続けていた。

 パソコンに向かっていた五大が、冬月の方を向き、

「さて、データの送信が終わりましたな。京都に電話しておきましょう」

 冬月は頷くと、

「頼んだよ。私は引き続き分析を続ける」

と、またパソコンを操作する。五大は、受話器を手にし、

「…………もしもし」

『京都財団です』

 安倍である。

「理事長、五大です」

『おお、五大君か』

「さっき電話で申しておりましたデータを送信しておきましたので、分析の方をよろしくお願い致します」

『了解した。早速分析する』

「ところで、その後の透視作業はどうなんですか」

『敵は強力な結界を張っているようだ。「糸魚川」の件と、日本海から使徒が出現した事を考えれば、そちらの方面が怪しい事は間違いなかろうが、こっちのメンバーのレベルの透視では全くわからん。しかし、元締がおいで下さって、今地下の道場に篭っておられるから、そちらに期待しよう』

「はい。……しかし、引退なさった元締にお願いせねばならないとは……」

『その通りだ。私も内心忸怩たる物があるが、今はなりふり構っておれんよ』

「そうですね。……では、こっちも引き続き改善作業の方は進めておきます」

『頼んだぞ。……ああ、それからな、加納の方から連絡があった。JAにも脳神経スキャンインタフェースを取り付ける作業は順調に進んでいるようだ』

「そうですか。何よりです。ではこれにて」

 受話器を置いた後、五大は、

「さて、冬月さん、もう一仕事お付き合い願えますかな」

 冬月は頷き、

「ああ。……所で、今の電話の話が聞こえたんだが、『元締』とは?」

「京都財団の母体となった団体、『晴明桔梗』の創始者ですよ。持明院イチロウと仰るんですがね」

「持明院?」

「おや、ご存じなのですか?」

「いや、知らんよ。ただ、名前がな……」

「やはりそう思われましたか」

「ああ、胎蔵曼荼羅の一角の名前そのものとはな。……そう言えば、京都時代は考えた事もなかったが、君の姓も密教の根本原理そのままなんだな……」

「そうですよ。子供の頃から、『五大』とは奇妙な苗字だと思っていましたが、それがこんな事になるとはね……」

「カルマ、なのかね……」

「ふっ、そうでしょうな」

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 模擬体ケージでは参号機の復元作業が続いていた。

 日向が、椅子に座ったまま両腕を上げて背伸びをして、

「ああーっ、ずっとモニタを見詰め続けていると疲れるねえ。おい青葉、どうだ、このへんでコーヒーブレイクにしないか?」

 青葉も表情を崩し、

「いいねえ。じゃ、入れるとするかあ……」

 と、その時、

「失礼します」

 実によいタイミングでレナがやって来た。日向は眼を輝かせ、

「おおっ、田沢さん♪」

「みなさんお疲れでしょ。コーヒーでも入れますわ♪」

と、微笑むレナに、日向は大喜びで、

「ええっ、ホント? そりゃうれしいねえ♪」

 青葉も、笑って頷き、

「どうもありがとう♪ おい日向、俺達ツイてるなあ♪」

 そこに、マヤもやって来て、

「どう、調子は?」

 日向は、一層表情を崩して、

「おっ、マヤちゃんまで来てくれたの」

「うん、流石に参号機を復元するのは大変でしょう。こっちの仕事が一段落したから手伝いに来たのよ」

と、これまた微笑むマヤに、日向は、

「そうかあ。そりゃあありがたいなあ♪ じゃ、悪いけどさ、このモニタ監視しててよ。俺達ちょっと一服させてもらうからさ」

 ここでレナが、

「伊吹部長代行もコーヒーいかがですか?」

「あらそう♪ じゃ、いただこうかな♪」

「じゃ、みなさんの分入れますね♪」

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 カヲルは、声を震わせ、

「……じゃ、じゃ、その、『アダム』を人間の形にするために、僕の遺伝子データを使った、って、言うんですか! どうして僕の遺伝子なんかを!!?」

 ミサトは、真顔を崩さず、

「それについてはね……」

と、言った後、加持の方を向き、

「加持君、わたしが言ってもいい?」

 しかし、加持は、

「いや、俺が話そう。元々その件に関して調べたのは俺だからな」

と、言った後、カヲルの方に向き直り、

「渚君、しっかり聞いてくれ」

「は、はい……」

「君の御両親は二人とも日本人だ。しかし、君の髪は銀色がかっている。それについては何か聞いているか?」

「いえ、くわしくは知りません。『色素の異常』みたいな話は聞いたことがありますが……」

「そうか。……実はな、俺が調べてわかった事なんだが、君のお母さんは、他人の受精卵を受胎して出産したらしいんだよ」

「ええっ!!? それじゃ!……」

「そうだ。君は血統的には君のお母さんとは無論の事、お父さんとも無関係である可能性が高い。もしかしたら、血統的には純粋な日本人ではないかも知れない。逆に、だからこそ、遺伝子データを採取されたりしていたとも考えられるんだ」

「そんな……」

「無論、この事実に関しては、現在の君には何の責任はないし、俺達の君に対する立場にも関係はない。それに、安心して欲しいのは、君自身の遺伝子データには特におかしな所はなかった。つまり、君自身は、血統的には誰の子供であれ、普通の人間である事には間違いはない」

「……はい……」

「でも、これを聞けば、クローンがいるとか、アダムに君の遺伝子を組み込んだ理由も、理解出来なくはないだろ」

「……は、はい……。つまり……」

「そうだ。君には辛い事だと思うが、君は『仕組まれた子供』だったんだよ……」

「……そんな……」

 ここで、ミサトが、

「それだけじゃないのよ」

と、言った後、レイに、

「レイ、言ってもいいわね」

 レイは、頷き、

「はい……」

「?……」

 訳が判らない、と言う顔をしているカヲルに、ミサトは続けて、

「実はね、『リリス』を人間の形にするために使った遺伝子は、レイのものなの」

 カヲルは仰天し、思わず、

「!!! 綾波さんの!!?」

 レイは、俯き加減のまま頷いた。

「……ええ、そうなのよ……」

 ミサトは、更に続けて、

「実はね。レイも、生まれに関してはまだわからない部分があるのよ。一応、遺伝子検査ではシンジ君と母方のいとこ同士だ、って事はわかったし、それを裏付ける証拠も出てきたんだけど、父親は不明なのよ」

「…………」

 無言のまま俯くレイをチラリと見た後、カヲルは向き直り、

「……そ、それじゃ……」

 ミサトは頷き、

「そう。レイもあなたと同じように、『計画のために作られた子供』である可能性が高いのよ……」

「……そんな……」

 カヲルはそれだけしか言えなかった。レイは無言で俯いたままである。そんな中、ミサトは、

「それからね。この事件の首謀者は、ネルフ前司令の『碇ゲンドウ』」

「ええっ!!! まさかそれは!!」

 思わず体を浮かせたカヲルに、ミサトは頷くと、

「そう。『シンジ君の父親』なのよ」

「そんな!! ……でも、碇前司令は確か事故で……」

 カヲルは思わずシンジを見た。

「…………」

 シンジも無言のままやや俯いている。ミサトは、

「その事故はダミーだったのよ。つまりインチキ」

「ええっ?!!」

「それから、信じられない事だと思うけど、大切な事を一つ言うわ。わたしたちがいるこの世界はね、一度『サード・インパクト』で滅亡していたのよ」

「ええっ!!!? ……それは、どう言う事なんですか?!」

 流石のカヲルも、完全に冷静さを失っている。それを見たミサトは、軽く頷いて、

「話を整理するわ。なにかわからない事があったら聞いてちょうだい」

「は、はい……」

と、漸く腰を落ち着けたカヲルに、ミサトは、

「この本を元にして話すわね」

と、一冊の本を差し出した。それを見たカヲルは、訝しげに、

「『原初の光』……? 何ですか、これは?……」

 +  +  +  +  +

 IBOアメリカ東支部では量産型拾参号機の起動実験が続いていた。

 操作員が、支部長に向かって、首を振りつつ、

「ダメデス。神経接続デハ全ク反応シマセン」

 やや硬い表情の支部長が、

「日本デハドウヤッテ動カシタノダ?」

「『脳神経スキャンインタフェース』ト言ウ装置ヲ使ッタソウデス」

「スグニソノ装置ノ仕様ヲ入手シロ」

「了解シマシタ」

 +  +  +  +  +

 新潟で車を入手したゲンドウ一行は関越自動車道を旧東京都方面に向かって走っていた。無論、運転手はリツコで、助手席にゲンドウ。後部座席に、祇園寺、アダム、リリスがいる。

 ゲンドウが、ニヤリと笑って振り向き、

「流石は祇園寺だな。レンタカーをせしめるぐらいは朝飯前か」

 祇園寺も、軽く笑って、

「ふふ。例え警察が手を回していてもどうと言う事はない。我々である事を認識させないようにする程度の魔法など児戯のレベルだ。……ところで、赤木博士、髪をまた染めたんだな」

 リツコは苦笑し、

「ええ、やっぱり金髪の方が落ち着きますわ」

「そうかそうか、なるほどな。ふふふふ」

 ここで、ゲンドウが、

「祇園寺、次の段取りなのだが」

「ああ、使徒の成熟の度合い次第だが、もう何日もしない内に実行可能になるだろう」

「そうか。ではそれに合わせてアダムとリリスの方の『段取り』を進めてやるか。ふふふ」

 それを聞き、流石のアダムも苦笑し、

「おやおや、参りましたね。ふふふ……」

「…………」

「…………」

 しかし、リリスとリツコは無言のままだった。

 +  +  +  +  +

 ミサトから説明を受けたカヲルは、

「とても信じられません……。この世界が一度滅んで再生していたなんて……。それに、別の世界があって、そこから人の意識がやって来たなんて……」

 ミサトは、深刻な顔で、

「それはわたしたちも同じよ。とても信じられない話だけどね……。でも、祇園寺と言う男の意識がこっちに来ている事も、今起こっている事件も、これを事実だとして考えれば辻褄が合うと言う事も、また事実なのよ」

「異次元世界で起こった事件の影響、ですか……」

「そうなの。……話としては以上よ。わかってもらえた?」

「……はい、わかりました。……でも、僕はどうしたらいいんですか?」

「まず、はっきりしている事は、あなたにとってはショッキングな事だと思うけど、この事実、つまり、あなたの『分身』とも言うべき存在がいて、それがわたしたちの『敵』である、と言う事。そして、あなたはその『敵』と戦う気持ちを起こせるかどうか、と言う事よ。もし、それができないのなら、わたしたちはあなたにこれからの戦いを強要する事はできないわ」

「…………」

 言葉に詰まったカヲルに、ミサトは続けて、

「もちろん、レイも立場としては同じだし、シンジ君も似たようなものなんだけどね。……二人は戦う覚悟を決めてくれたわ」

「!……」

 カヲルは驚いてレイとシンジを見た。この期に及んでは、流石に二人とも、無言ではあるが、吹っ切れた顔をしている。

 ミサトは更に、

「それから、もちろん碇前司令の事も含めてなんだけど、『敵』の情報はパイロット全員に伝える必要があるわ」

「えっ!?……」

 カヲルは、顔色を変えた。ミサトは軽く頷くと、

「こう言う事情がわかった今となっては、みんなに隠したまま戦わせる事はできないでしょ。それは理解してもらえるわね」

「……はい……」

「とにかく、今、わたしたちがあなたに言える事はこれだけよ。事実を受け入れて、戦う覚悟を決められるかどうか。それしかないわ」

「…………」

「もちろん、今ここで決めなさい、とは言わないわ。それから、もし戦えない、となっても、あなたの身柄の安全はわたしたちが保証します。それについては安心してちょうだい」

「……はい。……ありがとうございます……」

 その時、

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

 加持が、ポケットに手を入れつつ、

「お、俺の電話だ。ちょっと待ってくれ。…………はい、加持です」

『五大だ』

「あ、本部長。何か動きがありましたか?」

『少し構わんか?』

「あ、今ですね、葛城と一緒に渚に事情説明をしていたところです。綾波、惣流、碇の三名も同席しています」

『そうか、では聞くだけ聞いてくれ。国連を通じてアメリカ政府から依頼があった。量産型に脳神経スキャンインタフェースを使いたいから仕様書を送れ、と言って来たぞ』

「なるほど。で、如何なさいます?」

『まあ、提出せざるを得ないだろうな。IBOアメリカ東支部の事なのに、アメリカ政府が依頼して来るとは何をか言わんや、だよ。但し、君達が言っていた「前の歴史での量産型の件」の事もあるから注意は必要だが、逆に、こいつを使って貰えれば、いざと言う時に量産型を完全にこっちの手の内に入れる事も技術的には可能になる、と言う利点もある』

「なるほど。そうなんですか」

『この件を今そっちで言うかどうかの判断は君に任せる。以上だ』

「了解しました」

 加持はスマートフォンを仕舞うと、

「すまんな、中断させて」

 ミサトが、やや心配そうに、

「なにかあったの?」

 しかし、加持は、

「後で言うよ」

と、言った後、カヲルの方を向き、

「渚君、葛城部長が言った通りだ。実に嫌な話だが、君は君自身の『分身』とも言うべき存在と戦わなけりゃならん。俺達もそうだ。俺と葛城は、『無二の親友』と思っていた赤木リツコ博士と戦わなきゃならんし、シンジ君は自分の父親と、レイは君と同じように自分の『分身』と戦う事になってしまった。俺達が背負った『宿命』と言えばそれまでだがな……」

「……はい……」

 加持は続けて、

「だがな、何度も言うようだが、どうしても嫌なら、無理強いはしない。あまり時間はないが、よく考えておいてくれ。話としては以上だ」

 カヲルは頷き、

「わかりました」

 そしての直後、カヲルは顔を上げると、しっかりとした口調で、

「考えるまでもありません。僕も戦います。みんなにこのことを話してもらうことにも異存はありません」

 レイは思わずカヲルを見詰めた。

(渚くん……)

 加持は、頷くと、

「そうか。わかった。じゃ、みんなには、俺達が責任を持って事実だけを伝える。頑張ってくれ」

 カヲルは、再びしっかりと頷き、

「はい、がんばります。よろしくお願いします」

 加持は、再び頷き、

「じゃ、この件はここまでと言う事にするか」

と、言った後、全員を見回し、

「次は、さっき本部長からかかって来た電話の件だ。アメリカ政府が、脳神経スキャンインタフェースの仕様を提出しろと言って来たそうだ」

 ミサトは驚き、

「えっ!? アメリカ政府が直接?」

 加持は、やや渋い顔で、

「形の上では国連を通じて、と言う事になっているがな。実質上は直接だよ」

「そう。……まあ、やむを得ないでしょうね……」

と、頷いたミサトの言葉を受け、加持は、

「じゃ、今日はここまでと言う事にしよう。渚君とレイは俺の車で送って行くよ」

 +  +  +  +  +

 暫くして加持とレイが戻って来た。

 ミサトが二人に、

「あ、どうもお疲れさま」

 加持は苦笑し、

「いやあ、何となく騙しているようで渚君にはすまないが、今はやむを得んからな。彼を送ってから、レイも送って行く、と言っておいて、戻って来たよ」

「しかたないわよねえ。今はあれぐらいしか言えないものねえ……。とにかくさ、これで渚君の事も含めて、『敵』の情報に関しては、パイロット全員に伝える下地だけはできた、と言う事ね……」

「そうだな。出来るだけ早い内にみんなに伝えよう」

 ここでシンジが、

「加持さん、僕たちが『向こうの世界に行っていたこと』はいつみんなに言うんですか? どうせいつかは言わなきゃならないんでしょ……」

「それはそうなんだが、タイミングがなあ……。俺達の体験に関しては、本部長と冬月先生以外はスタッフもまだ知らないし、他の四人のパイロットにも言わなきゃならんだろ。それを考えるとなあ……」

 ミサトも、

「一応、冬月先生が碇司令に見せられた『映像』の件を元にして、『使徒を全部倒した後、補完計画で世界が滅びたが、その後、「向こうの世界」との関わりで歴史が変わっていた』と言うところまでしか、他のスタッフには言ってないしねえ。『使徒・カヲル』の事はぼかしてあるし……」

 シンジは頷き、

「そうでしたよねえ……」

「渚くん、さすがに元気なかったわね……」

と、アスカが言ったのへ、ミサトは、

「彼には気の毒だけど、これは仕方ないわ。なんとか元気出してもらえるよう、あんたたちもフォローしてあげてよ」

 レイは、しっかりと頷き、

「はい、わかりました……」

 アスカとシンジも、

「うん、わかったわ」

「はい、わかりました」

 その時、加持が、

「あ、それからな、渚君の前では少々言葉を控えたんだが、量産型に関しては充分注意しておかねばならんぞ」

 アスカは、心配そうに、

「だいじょうぶかな……」

「うん、本部長の話では、脳神経スキャンインタフェースを使った場合、いざとなればこっちの手の内に入れる事は可能なんだそうだ」

 ミサトが、成程、と言った顔で、

「一種の『安全装置』と言うわけね」

「そう言う事だろうな。まあ、これに関しては俺達としては今の所どうしようもない。注意しておくと言う以外はないな」

 ここでレイが、

「いずれにしても、『わたしたちが体験したこと』の話は、本部長と相談してからになりますね……」

 加持は改めて頷き、

「そう言う事だ。もう2,3日もすればこっちも落ち着くだろうから、本部長とじっくり打ち合わせよう。その間、使徒がやってこない事を祈るだけだな。じゃ、今日はこれで解散しよう」

 +  +  +  +  +

 カヲルは自室で机に向かってずっと考え込んでいた。

(……父さん、母さん……、僕は一体誰の子供なんだ……)

 幾ら考えてもどうなるものでもないが、考えずにはいられない。

(……僕のクローン、……アダム、……滅亡して再生した世界……)

 その時、カヲルの心にふとある考えが浮んだ。

(待てよ。歴史が変わっていたと言う話が『事実』だとして、僕があの話の通りの『立場』で生まれて来たんだとすると、『変わる前の歴史』では、僕は一体何者だったんだ?…… それに、綾波さんも……)

 +  +  +  +  +

 アパートに帰って来たレイの心も重かった。

(……渚くん……。わたし、どうしてあげたらいいの……)

 言うまでもなく、レイもカヲルに対して「秘密」を持っている。いずれは話す事だとは言え、今のレイにとって、カヲルに対して「隠し事」をしなければならないのは辛い事だった。しかし、だからと言ってどうする事も出来ないと言う状況は、彼女の心を苛むのに充分である。

(……なんで、こんなことになってしまったの……。シンちゃん、サトシくん、わたし、どうしたらいいの……)

 +  +  +  +  +

 こちらはミサトのマンション。流石に三人ともすぐに寝る気にはならず、リビングで考え込んでいた。

 アスカが、ポツリと、

「……とうとうここまできちゃったのよねえ……」

 ミサトも、しみじみと、

「そうよねえ……。ま、渚君にはつらい事だと思うけどさ、どっちにしても彼だけの問題じゃないわよ……。わたしたちにとっても『夢だったんだ。よかった』ですんでた話が蒸し返されちゃったんだもんねえ……」

 ここでアスカが、シンジの方を向き、

「……ねえシンジ、あんたさ、お父さんと戦うことになっちゃってさ、じっさいのとこ、どうなの……」

 シンジは、

「うん……、『向こうの世界』に行った時はさ、いきなりだったし、状況が状況だったろ。……それで、頭に血がのぼって、ムキになって戦ったけどさ、こっちに帰って来て、歴史が変わって、父さんに対する憎しみがなんとなく消えちゃったから、その後でこんなことになっちゃったのは、『なんでこんないやな目にあうんだ』ってしか、言えないよね……」

と、意外にも淡々としている。それを聞き、アスカは、

「そっか……」

と、頷いた後、ミサトの方に向き直り、

「ミサトはどう? 赤木博士に対してさ……」

 ミサトは、一つ溜息をつくと、

「……わたしの場合はさ、ほら、前の歴史で元々リツコとは最後に一悶着あったでしょ」

「えっ? そんなことあったの?」

と、驚いたアスカに、ミサトは、

「あ、そっか。アスカは知らないんだ」

と、頷いた後、シンジに、

「シンちゃん、よかったら話してあげてよ」

「はい」

 シンジは、アスカの方に向き直って、

「前の歴史でさ、16番目の使徒と戦って、綾波が零号機で自爆したろ」

「うん、そうだったわね」

「その時さ、その後で僕とミサトさんが、リツコさんに見せられたんだよ。綾波の秘密をさ……。クローンだった、ってことと、それがダミープラグのコアだった、ってこと……」

「そうだったの……。それで?……」

「その時さ、リツコさんが綾波のクローンを全部『殺し』ちゃったんだよ……」

「!!」

 流石にアスカも顔色を変え、

「……そんなことが……」

 ミサトが続けて、

「そうなのよ。……それでさ、その時頭に血がのぼったわたしは、リツコを思わず殺そうとしたのよ。……でも、すぐに思いとどまったけどね。

 ……それでさ、そんな事もあったから、それほど気は重くない、って、言いたいところなんだけどさ、やっぱ、そうも行かないわよね……。シンちゃんと同じよ。『嫌な事よね』としか言えないわ……」

 アスカは、ゆっくりと頷くと、

「やっぱりそっか……。でもさ、こうなると皮肉なもんよねえ。あたしはママが死んじゃってるし、今ドイツにいるパパもママもほとんど縁がないじゃない。ほんと言えばさ、ずっとさびしいきもちだったけど、こうなってみたら、まだ一番気がかるい、ってことになるんだもんねえ……」

「そうよねえ。……ほんと、皮肉なもんよねえ……」

「どっちにしてもさ、渚くんにも、今までとおなじようにしてあげるしかないのよねえ……」

「そうそう。結局はそれしかないのよねえ。……ま、あんたたちさ、さっきも言ったけど、渚君に対するフォローはよろしく頼んだわよ」

 ミサトの言葉に、アスカとシンジは、

「うん、まかせといて」

「はい、そうですよね」

 ここで、一段落着いたと見て、ミサトが立ち上がり、

「ま、どっちにしても、今日は寝よか」

「そうよね。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

と、アスカとシンジも続いて立ち上がった。

 +  +  +  +  +

 カヲルはまだ考え込んでいた。

(……どっちにしても、今このことであれこれ悩んでいても仕方ない。今は事件解決に全力を尽くそう。全ては終わってからだ……。よしっ)

と、ようやく考えが纏まった時、

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

 一瞬はっとしたが、すぐに受話器を取り、

「はい、渚です」

『……あの、綾波です……』

「綾波さん!……」

『……あの、寝てた?……』

「ううん、起きてたけど……」

『そう。……よかった……』

「どうしたの?……」

『いえ、その……、どうしてるかな、って、思って……』

「そう。……わざわざありがとう……。なんとか大丈夫だよ。色々と考えたけど、考えもまとまったし……」

『そう。……あの……』

「なんだい?」

『……わたし、渚くんになにもしてあげられないかも知れないけど、……もし、なにかわたしにできることがあったら、言ってね……』

「え!? ……う、うん。……どうもありがとう。……うれしいよ……」

『……じゃ、おやすみなさい。明日またね……』

「うん、おやすみ」

 電話を切った後、小さな心の温かみを感じながらカヲルはベッドに向かった。

 +  +  +  +  +

(……シンちゃん、サトシくん、……これでいいわよね。……わたし、渚くんのこと、好きになってもいいわよね……)

 レイはベッドの中で天井を見詰めながら、心の中で繰り返していた。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'アヴェ・マリア(カッチーニ) ' mixed by VIA MEDIA

夏のペンタグラム 第四十七話・紆余曲折
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