第二部・夏のペンタグラム
5日深夜の新潟。
ソファでワイングラスを傾けながら一人くつろいでいるゲンドウの所へ、祇園寺がやって来た。
ゲンドウは顔を上げ、
「祇園寺か。どうだ? 状況は」
「ニュースを分析したが、今の所予定通りだ。海外の使徒は核兵器で撃退されたぞ。無論、死んではいないがな。それから、アメリカは使徒との全面核戦争の準備を進めているらしい」
「そうか。ならばこれで量産型の再起動実験を行う方向に進むのも近いだろう。後は『第3のジオフロント』だけだな」
「そう言う事だ。……しかし、碇」
「なんだ?」
祇園寺は、やや眉を顰めて苦笑し、
「『色好み』も結構だが、ちっとは控えておけよ。少々やり過ぎだぞ」
流石のゲンドウもやや驚き、
「なに? 聞こえたのか? お前の部屋は隣なのに」
「なにを言う。あれだけ派手に『霊波』を発散したら、音など聞こえなくても丸わかりだ。アダムとリリスも感付いただろう」
ここに来て、ゲンドウも苦笑し、
「ふっ……、そうだったな。お前は全てお見通し、か……」
「まあしかし、使徒の『性欲』を掻き立てるためにはアダムとリリスの霊波が必要な事も間違いない。その意味では好都合だがな。……赤木博士はまだ寝ているのか?」
「うむ。さっきは派手に『燃えた』からな。ぐったりして寝ている」
「そうか。……で、どうする? このまま協力させられそうか? 私の見る限りでは、どうもあいつは『最後の一線』を越えられないような感じだがな。潜在意識の奥底に不満のタネを持っているぞ」
「そんな事はわかっている。問題ない。その時はその時だ」
「そうか、ならばよかろう」
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第四十六話・不即不離
+ + + + +
広島県神石郡神石高原町。
もう明け方近い時刻、山奥の集落を訪れた1台の京都ナンバーの自動車から一人の男が降り立ち、とある小さな庵の入口の扉をノックした。
トントン
「入れ。カギはかかっていない」
中からしわがれた声が聞こえて来る。それに呼応するようにその男は扉に手をかけ、
「お邪魔致します。こんな時間に申し訳ありません」
「中河原か、よく来たな」
中には、まさに「方丈」と言う言葉がピッタリ来るような小さな部屋の片隅で道衣を着て茶を立てている、白髪で白髭を蓄えた老人の姿があった。
「お久し振りです。元締」
「そろそろ来る頃だと思っていた。どうやら私が出ねばならん状況のようだな」
「仰る通りです。もう御勇退なされた元締のお手を煩わせるのは心苦しい限りですが、事態は緊迫しております。ぜひ御協力を戴きたく存じます」
「わかった。すぐに行こう」
老人はゆっくりと立ち上がり、中河原と共に外に出た。
「京都か……。戻るのもずいぶん久し振りの事だな……」
「もう10年以上になりますでしょう」
「そうだな。車に乗るのも何年振りか……」
二人はそそくさと車に乗り込み、走り去って行った。その時、山の稜線から朝日が差し、庵の扉の横に掲げられた小さな表札の文字を照らし出した。
「持明院」
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2月6日の朝が来た。
第3新東京市にとっては、「日常的」な事なのかも知れないが、5日未明の戦闘であちこち破損した街の中を、人々が慌しく職場へ学校へと向かっている。しかし、流石に再度の使徒の襲来は人々の心に影を落とすのに充分だったのであろう。心なしか活気が感じられない。無論、チルドレンも例外ではなく、シンジとアスカも重い足を引きずるように学校に向かっている。そこにナツミが姿を現し、
「あ、おはようございます」
「あ、おはよう八雲」
「おはようナツミ」
いつもは明るいナツミも流石に元気がない。三人は無言で歩き出す。
「おはよう……」
暫く歩くとレイが合流した。しかし、こちらも当然だが元気はない。
「おはよう、みんな」
カヲルも表情は暗い。五人はやや俯き気味に学校への道を急いだ。
+ + + + +
「おはよう」
アスカが挨拶しながら教室に入るとクラスの視線が一斉に集まる。やはり使徒の再来はクラスメイトにもショックだったようだ。残る四人も口々に挨拶しつつ自分の席に向かう。
(……また、こんな生活……。いつまで続くんだろ……)
暗い気持ちで席に着いたシンジの所に、ケンスケがやって来て、
「シンジ、おはよう」
「あ、おはよう、ケンスケ」
「これ、遅くなっちゃったけど、ハイキングの写真……」
「あ、ありがと……。いくらだい?」
「いいよいいよ。サービスしとくよ……」
「そうかい、じゃ、ありがたくもらっとくよ……」
ケンスケも心なしか元気がない。シンジは手渡された封筒をそっと開け、写真を取り出した。
(……あの時は、まさかこんなことになるなんて、考えてもいなかったよな……)
写真の中で微笑むみんなの顔が妙に心に引っ掛かる。ふと顔を上げて教室の中を見渡すと、ケンスケが後の四人に写真を配っている。
(……今度、みんなで遊びに行けるのはいつになるんだろ……)
今度は前とは事態が大きく違う。「使徒の複数同時侵攻」や、「アメリカが計画しているらしい、使徒との全面核戦争」が現実の物となった今では、「一体ずつやって来る使徒をエヴァで退治すればいい」と言う状況ではなくなってしまっていた。
更にはシンジ自身も以前の彼とは違っている。前の時はこんな風に考えた事もなかった。ただただ自分の目先の事しか考えておらず、「人類の存亡を賭けた戦いに赴いている」と言う気持ちなど全く持っていなかった。
しかし、「サード・インパクト」を実際に目の当たりにした後、「暗黒の次元」に行って自分自身を改めて見詰め直し、そして、「向こうの世界」で「自発的に戦った」と言う経験は、シンジの認識を改めさせるのに充分だった。それ故、「平和の有難味」も嫌と言う程判っている。
(……これからどうなるんだ。父さんの計画を阻止できるんだろうか……)
増してや、今度の「敵」は使徒ではない。人間、それも自分の父なのだ。それを考えると、シンジはますます気持ちが暗くなって行くのをどうする事も出来なかった。
+ + + + +
京都財団本部理事長室。
トントン
「どうぞ」
安倍の言葉に呼応してドアが開き、
「失礼します」
「お邪魔するよ」
入って来たのは中河原と持明院である。安倍は椅子から立ち上がり、
「元締、よくおいで下さいました」
持明院は真顔を崩さず、
「状況は車の中で中河原から聞いた。早速透視に取りかかろう」
「宜しくお願い致します」
安倍は深々と頭を下げた。
+ + + + +
こちらはIBO本部。昨日の使徒ゼルエルの突然の襲来を受け、技術部では早速エヴァンゲリオンの改造作業が開始されていた。
初号機ケージでは五大が陣頭指揮に立ち、拘束具の取り外し作業と、操縦システムの改良が行われている。そこへ冬月を伴って現れたミサトが、
「おはようございます。本部長」
冬月も、
「おはよう」
五大は振り向き、
「おはよう。お、冬月先生、昨夜は寝られましたかな」
「ああ、なんとかな。ここの部屋で寝るのも久し振りだよ」
「まあ、申し訳ありませんが、これから暫くはモグラ生活をお願いせねばなりませんのでよろしく」
「ああ、無論だ。……ところで」
と、冬月は五大にメモリカードを手渡し、
「これには私が知っている限りのデータを纏めておいた。参考にしてくれ」
それを受け取った五大は、
「これはどうも。助かります」
と、改めて会釈した後、
「まあ、先生は、ゼーレが持っていた『裏死海文書』の内容に関してもかなり詳しくご存じだったようでいらっしゃいますから、その点は有り難いですよ」
冬月は苦笑して、
「まあ、知っていた、と言っても、既に公表されているデータと大差はないがね。……一応、ゼーレが呼んでいた使徒の個別の名前を元にして纏めてある。それなりには使えるだろう」
「確か、昨日来た使徒の名前は、『ゼルエル』でしたな」
「そうだ。力を司る天使の名前に因んで命名されたようだがね……。ところで、エヴァの改善の見通しはどうだね」
「一応、さっき着いたばかりの燃料電池の取り付けと、拘束具の取り外しをベースにして改善を進めていますよ。それから、操縦システムに関しては、昨日は複座でエヴァを起動しましたが、何とかパイロット一人でも起動出来るようにせねばなりませんな」
ここでミサトが、
「本部長。そのあたりは実際のところ、どうなんですか? 一人で動かせるようになるんでしょうか?」
五大はやや首を傾げ、
「わからんよ。しかし、必ずペアでないと動かせないのも困り物だからな。出来れば何とかしたい」
ミサトは頷き、
「なるほど。……あ、それから、さっき国連と政府から正式に指令が下りました。今後の使徒との戦闘に関してはIBOが中心となって行動するように、との事です。JAや戦自との連繋に関しては内務省が追って指示する、とも言って来ています」
五大は真顔で、
「そうか。……葛城君にはまた辛い仕事になると思うが、よろしく頼む」
「了解致しました」
その時、冬月が、
「そうだ。エヴァの武器に関してなんだが、昨日の会議では出なかったが、『ロンギヌスの槍』はどうなっているんだね?」
ミサトも、
「あ! そう言えばそうですよね」
五大は、やや訝しげに、
「どう言う事だね? あれはターミナルドグマに保管されたままになっているだけだろう。S2機関の制御装置と言う事は知っているが……」
冬月は頷いて、
「そうか、あの槍に関する詳しい情報は公開されていなかったからな。……実は、あの槍は、S2機関の制御装置であると同時に、使徒やエヴァに対しては『最終兵器』となるのだよ」
「なんですと?!」
と、表情を一変させた五大に、ミサトも頷き、
「実はそうなんです。あれのコピーは量産型を持っている各支部にもあるんですが、あれ自体が使徒に対しては『必殺の武器』なんです」
五大は唸り、
「そうだったのか。……ううむ、昨日の戦闘の時にそれを知っていたら……」
しかし、冬月は、
「まあ、次から使えばいいだろう。こっちにとっては極めて大きな戦力だよ」
五大は改めて頷き、
「そうですな。では早速上に持って来ておきましょう」
その時、加持がやって来た。
「失礼します」
五大が振り向き、
「お、加持君か。どうした?」
「今しがた国連から情報が入って来ました。各支部のある政府、特にアメリカなんですが、各国政府の強い要望により、量産型の起動実験が再開される模様です」
ミサトは顔色を変え、
「えっ!? 量産型が!」
冬月も、やや眉を顰めて、
「やはりか……」
しかし五大は、努めて冷静に、
「加持君、君達の『昨日の話』を踏まえると、『要注意』には違いないな」
「そうです。まあ『その話』はまた改めて、と言う事にさせて戴きたいんですが、いずれにせよ、こっちのエヴァが再起動したと言う実績を受けて、量産型を使おうと言う流れになった事は間違いないようです。……こっちの意向は『お構いなし』ですね……」
「……うーむ、本来なら本部はここだから、各支部は全てこっちの指揮下に入っている建前にはなってはいるんだがなあ……。こっちの『頭越し』にか……。まあ、今更気取っても始まらんから敢えて言うが、『IBO支部』とは言っても、実質はその国に『従属』しているようなものだからな……」
「やむを得ませんね……」
と、加持は暗い表情を隠そうともしない。
「…………」
「…………」
冬月とミサトは黙っていたが、その時五大が改めて、
「加持君、今ふと気付いたのだが、元々量産型の伍号機、陸号機はドイツで建造されていた筈だな。それが今は確か陸号機はフランスにあるように記憶しているが、結局あれも『政治的配慮』なのか?」
「そのようです。去年10月の最終決戦の直後に、ドイツからフランスに移送されて『解体』される事になったんです。まあ、結局はそうならなかったんですが、解体するためだけにわざわざフランスに運んだと言うのも、たまたまドイツとは隣り合わせなんで『必要なし』とされて量産型を持っていなかったフランスが、解体だけを『請け負った』と言う事情らしいのですが、本音は、『俺達にも「ネタ」をよこせ』と言う所なんでしょうな……」
ここで、冬月が、
「ゼーレの『頭』はキール・ローレンツだったからな。元々フランスには渡したくなかった、と言う所だったんだろうな……」
ミサトも頷き、
「なるほど……」
一瞬の沈黙の後、五大が、
「まあ、それに関しては後の事にしよう」
と、言って、一呼吸置き、
「ところで、今日の会議で正式に提案するつもりなんだが、一つ考えがある」
ミサトは、身を乗り出し、
「なんでしょう?」
「非常に困難な作業なんだが、何とか復元出来ないか、と考えているんだ。
……参号機をな」
「えっ!!?? 参号機を!?」
ミサトは思わず大声を上げた。加持と冬月も、
「!! 参号機を!?」
「何だと!!??」
五大は、改めて頷き、
「そうだ。参号機の再生だ」
三人は呆気に取られていた。
+ + + + +
キーンコーンカーンコーン
「起立! 礼! 着席!」
今日の授業も何とか終わり、生徒達はそそくさと帰り支度を始めている。
(……今日は実験はないんだよな。……でも、どっちにしても本部へ行こう……)
無言のまま帰り支度を始めたシンジの所に、アスカがやって来て、
「シンジ、本部に行くでしょ?」
「うん。そのつもりだけど、アスカも?」
「うん、あたしだけじゃなくて、みんなも行くってさ」
「そう、じゃ、行こうか……」
+ + + + +
ガタンゴトン、ガタンゴトン
本部に向かう電車の中でも、八人は殆ど口を開かない。そうこうしている内に電車は駅に着いた。
+ + + + +
IBO本部臨時会議室(旧司令室)。
マヤが驚いて立ち上がった。
「えっ!!? もう一度参号機を作ると仰るのですか!!?」
「!!!!」
「!!!!」
日向と青葉も言葉をなくしたが、加持、ミサト、冬月の三人は無言で様子を見ている。
五大は、静かに、
「伊吹君、まあ、座りたまえ」
「あ、はい……。失礼しました」
と、マヤが着席した後、五大は続けて、
「そうだ。幸いにして、外装関係のパーツは全て残っているし、補修部品もそこそこ揃っている。このように使徒の複数同時侵攻が現実となった今では、『手駒』はいくらでも欲しい。その意味でも何とかしたいんだ」
ここで青葉が、
「しかし、素体そのものは、遺伝子データやアミノ酸のサンプル程度は残っていますが、それだけで素体を復元するには相当な費用と時間が……」
五大は頷き、
「費用に関しては京都財団が責任を持つ。問題は時間なんだが、確かに青葉君の指摘通り、今残っているアミノ酸のサンプルぐらいで素体を再生するのは現実的でない事は間違いない。
それでだ、私としては、テスト用の模擬体を流用する事を提案する」
マヤと日向は愕然とした顔で、
「模擬体を!!」
「そうか!! 模擬体をか!」
「!!!!」
「!!!!」
「!!!!」
ミサト、加持、冬月の三人は、意表を突かれて驚いただけだったが、日向は一瞬言葉を呑み込んだ後、頷き、
「……あれを使おう、と……」
五大は続けて、
「模擬体そのものは基本的にエヴァと同じだ。参号機の遺伝子を組み込んだ上、エヴァ自体が持っている再生能力を呼び起こしてやれば、何とかなる可能性がある。無論、上手く動いてくれるかどうかは疑問もあるが、出来る事なら何とかしたい。
それでだ、この作業は遺伝子工学担当の青葉君にメインとなってやってもらいたいのだがね」
青葉は頷き、立ち上がって、
「了解しました。何とか努力してみます。……では、これからすぐに取りかかります」
「頼んだぞ。日向君、青葉君のサポートを頼む」
「了解致しました」
更に五大は、加持に、
「それから加持君、君は引き続き冬月先生と一緒に情報の分析を続けてくれ。特にさっき出た量産型絡みの件は綿密に頼む」
「了解しました」
「では今日の会議はここまでとする」
+ + + + +
中央制御室。
突然現れた八人のチルドレンに気付いたレナは、
「あら、みんな。今日は特に実験の予定はなかったんじゃないの?」
アスカが進み出て、
「ええ、でも全員で来ました。ミサト、いえ、葛城部長はどちらに?」
「今会議中よ。もうすぐ終わると思うけど」
「じゃ、待機室に行ってます」
「わかったわ。部長が戻られたらすぐに連絡するわね」
と、レナが言った時、
「あら、そう言ってたら戻って来られたわ」
ミサトは八人を見て驚き、
「みんな! ……どうしたの? 今日は実験の予定はなかったでしょ」
すかさずアスカが、
「うん。でも、みんなで来たのよ。なんか、おちつかなくってさ……」
「そう。……じゃ、せっかくだから、何かやろうか……」
と、頷いた後、ミサトは五大に、
「本部長、いかが致しましょう?」
五大は、八人に対する感謝と期待の表情を隠そうともせず、
「みんなわざわざ来てくれてすまないな。……そうだ、ちょうどいい、改造作業は一段落したし、『単独起動実験』をやってみよう」
「了解しました。……じゃ、みんな、実験室に行って待っててちょうだい。マヤちゃん、準備お願いね」
「はい」
マヤも微笑んで頷いた。
+ + + + +
技術部。
コンソールに向かったまま、日向が青葉に、
「青葉、遺伝子組み込み作業の準備は出来たぞ。どうだ? そっちの方は?」
青葉も自分のコンソールに向かったまま、
「今マギがデータを解析中だ。……お、出た出た。成功の確率は12%か……。芳しくないな……」
「そうか……。でも、そう言やな、シンジ君がここに初めて来た時の事、憶えてるか?」
「ああ、それがどうした? ……おっ、そうだったな。確かあの時の初号機の起動確率は……」
「そうそう、0.000000001%だったぜ。あれに比べりゃずっとマシだよ」
「そう言うことになるな。……じゃ、始めるとするか……」
+ + + + +
新潟。
祇園寺が全員を見回し、
「さて、と、これからどうする? いつまでもここにいても怪しまれるだけだぞ」
ゲンドウは頷いて、
「そうだな。適当に動くか」
ここでリツコが、やや不安気に、
「どこへ行きますの?」
「そうだな。どこにするか……」
祇園寺は笑って、
「どこでもいいだろう。どうせ時間潰しも後少しの辛抱だ」
ここでアダムも苦笑し、
「そうだね。『向こうの世界』の使徒もそろそろ本格的に動き出す頃だろうからね。……おっと、これはリリスの『受け持ち』だったかな。ふふふ……」
「…………」
黙ったままのリリスに、ゲンドウが、
「どうだリリス、何か感じるか?」
「……まだ、はっきりとは……」
「そうか。……まあ、それに関しては、お前自身の感情の問題でもあるからな。……そろそろアダムとの『関係』も考えてやるか」
「!!! ……」
ゲンドウの言葉にリツコは息を呑んだ。続いてアダムが、ゆっくりと、
「おやおや、これは参りましたね。ふふふ……」
「…………」
リリスは何も言わない。その時、祇園寺が苦笑し、
「おいおい、あんまり子供をからかうもんじゃないぞ。ふふふ」
すかさずゲンドウが、
「何を言う。それなくして我々の計画の成功はない」
「そうだったな。わはははは」
「…………」
リツコは何ともいえない表情で黙っていた。
+ + + + +
IBOアメリカ東支部。
操作員が、支部長に向かって、
「パイロット搭乗完了。準備ガ整イマシタ」
支部長は頷くと、
「デハ起動実験ヲ開始スル」
14歳の子供を乗せた量産型拾参号機に電源が投入された。
+ + + + +
IBO本部実験室。
(……だめみたいねえ。ウンともスンとも言わない……)
アスカは椅子に座り、中央からの指示通りに一所懸命にイメージを描いていたが、弐号機は全く動かない。
+ + + + +
「動け、動け、動け、動け……」
シンジも呪文のようにずっと言葉を唱えている。しかし初号機は沈黙したままだ。
(……もう、僕一人じゃ動かせないのかな……)
+ + + + +
(…………)
レイは手を組んだまま黙って瞑目し、零号機にひたすら思念を送っていた。
+ + + + +
中央制御室。
ミサトが、溜息をつき、
「……だめねえ。やっぱり起動しないか……」
マヤが振り返り、
「はい、どうしても単独ではシンクロ率が起動可能域まで上昇しません。反応はあるんですが……。どうしてなんでしょうか……」
五大も唸って、
「理由はわからんが、まるでパイロットの意思を無視しているようだな。……伊吹君、マギによるシミュレートでは、本来はこのレベルならシンクロ率がもっと上がってもいい筈だな?」
「はい、このレベルの意識集中状態でならば充分起動するはずです」
「では、パイロットを変えてみるか。順に送ってみてくれ」
「了解しました。シンジ君、アスカ、レイ、パイロットを交代するわ。鈴原君、渚君、八雲さん、準備はいい?」
+ + + + +
情報部。
デスクのコンピュータに向かって分析を続けていた冬月が顔を上げ、
「加持君。この、中国に出た使徒なんだが」
加持が振り向き、
「『ラミエル』ですか、ヤシマ作戦の時のヤツですね」
「うむ、こいつは本来なら極めて強力なビームを持っているから、核兵器ぐらいは破壊してしまいそうなはずだが、なぜ撃退出来たんだね?」
「そこなんですが、通常のミサイルで攻撃した時、ビームで数発は撃ち落としたらしいのです。それで、軍の方も、戦術核を打ち込む時は周囲から取り囲むように一斉に発射したため、『迎撃』が間に合わなかったようですね」
「なるほど、そう言う事か。いくら強力なビームでも、『ピンポイント』だからな」
「そうです。それで、確かに核ミサイルもATフィールドに阻まれたんですが、その後で急に苦しむように震え出して、そのまま逃げた、と言う事です」
「そうか。……考えて見ればそうかも知れん。盲点だったな……」
「と、仰いますと?」
「放射線は物質を通り抜けるだろう。特に中性子はその力が強い。いくら『怪物』と言っても使徒も『生物』だ。ならば、『放射線』が弱点だと言う事は考えられる。……まあ、今更の感もあるがね……」
「なるほど、確かに盲点でしたね……」
その時、
トゥルルル トゥルルル トゥルルル
服部が受話器を取り、
「IBO情報部です。…………はい、少々お待ち下さい。部長、内務省の渡さんからです」
「そうか」
加持は頷き、冬月に、
「ちょっと失礼します」
と、告げた後、受話器を手にして、
「加持だ」
『渡だ。例の白いワゴン車が糸魚川のマリーナで発見されたぞ』
「おっ、そうか。それでどうなんだ?」
『無論中はもぬけの殻だったがね。それで、マリーナのクルーザーが一隻なくなっている。奴等、船に乗り換えたようだ』
「そうか。それで、その船の足取りは?」
『今捜索中だ。何かわかったらまた知らせるが、普通に考えれば日本海沿岸が怪しい事は間違いないな』
「そうだな。俺もそう思う」
『何にせよ、また連絡する』
「頼む。では」
受話器を置いた後、加持は、
「服部」
「はい」
「連中が逃走に使った車が糸魚川で発見された。それから、船が一隻なくなっている。京都に連絡しておいてくれ」
「了解しました」
ここで、冬月が、
「加持君」
「何でしょう?」
「人的被害の件なんだが、ロシアに出た『レリエル』も含めて、やはり使徒は、『人間を食っている』ようだな」
「と、仰いますと?」
「例えばだ、この『レリエル』が現れた時、『デイラックの海』の中に何でもかんでも飲み込んだ訳なんだが、核兵器で撃退された後、生物は一切残っていなかったようだ。無機物だけはそっくりそのまま返って来たらしいがね……」
「ううむ、それは……」
「カナダに出た『マトリエル』は、手当たり次第に溶解液で人も物も溶かし、それを吸い上げたらしい。……それも、脚の先からだそうだ」
「……あんまりぞっとしない話ですね……」
「オーストラリアの『サハクィエル』も、こいつは本来宇宙にいるはずなんだが、わざわざ地上に密着するようにして『眼』の部分から人間を舐めるように吸い込んだらしい。他の、『巨人型の使徒』は言わずもがな、だよ」
「どう言う事なんでしょう。何で使徒がわざわざ人間を……」
「わからん。……しかし、今度の連中は、『複数同時侵攻』も含めてだ、前とは少々違う事だけは間違いないな……」
+ + + + +
今度はマヤが、溜息をつき、
「だめですね。全員が交代でやってみましたが、結果は全く同じです」
ミサトも、
「やっぱり前とは違うのかしらねえ」
と、首を捻った後、五大に、
「本部長、神経接続をもう一度やってみる、と言う手はだめでしょうか?」
五大は、難しい顔で、
「やって見る価値はあると思うが、昨日は全く反応しなかったからなあ。……まあしかし、ここであれこれ言っても始まらん。試してみるか。……伊吹君、テストプラグとエヴァは接続出来るな?」
「はい、可能です」
「では、綾波君、惣流君、碇君の三名を乗せてみよう。葛城君、パイロットの方を頼む」
「了解しました」
ミサトは頷き、中央制御室を出て行った。
+ + + + +
京都財団理事長室。
トゥルルル トゥルルル トゥルルル
安倍が受話器を取り上げる。
「はい。京都財団です」
『服部です』
「お、服部か。どうだそっちは?」
『連絡します。例の白いワゴン車が糸魚川で発見され、船が一隻なくなっている、との事です』
「そうか、了解した。引き続き頼む」
『了解しました』
+ + + + +
マヤが、どうしようもないと言った顔で、
「やはりだめです。神経接続では、起動はおろか、反応もありません」
五大も、
「手も足も出ない、か」
と、溜息をついた後、ミサトに向かって、
「やはりコンビで動かすしかないのか……」
ミサトも、苦り切った顔で、
「困った問題ですね。もしコンビの片方が欠けたら起動出来ない、と言う事になりますよ……」
「その通りだな。こっちとしてはそんな事は望んじゃいないんだがなあ……」
「いずれにせよ、私としてはパイロットに不慮の事故が起こらないよう、万全を尽くします」
「今はそれしかないな」
と、言った後、マヤの方を向き、
「やむを得ん。取り敢えず今日の実験は終了する」
マヤは頷いて、
「了解しました。レイ、アスカ、シンジ君、お疲れさま。テスト終了よ」
続く
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'夜明け -Short Version- ' composed by Aoi Ryu (tetsu25@indigo.plala.or.jp)
夏のペンタグラム 第四十五話・失意懊悩
夏のペンタグラム 第四十七話・紆余曲折
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