第二部・夏のペンタグラム




「そんな! 父さんは死んでいなかった、って、どう言うことなんですかっ!!」

と、顔色をなくしたシンジに、ミサトは、

「碇司令は自分のクローンをこっそり作っていたのよ。それを殺してダミーにしたの。それがあの時の死体よ」

「……そ、そんな……」

「!!!!!」
「!!!!!」

 横で聞くアスカとレイも、余りの話に絶句するだけである。ミサトは続けて、

「そしてね、姿をくらまして、使徒の再生計画を進めていたのよ」

「!!!!!」
「!!!!!」
「!!!!!」

と、またもや絶句した三人に、一呼吸置いて、ミサトは、

「……そのためにね、碇司令はアダムとリリスを復活させたわ」

「ええっ!!??」
「ええっ!!??」
「!!!!!!!」

 シンジとアスカは驚きの声を上げたが、今度はレイが愕然として絶句する。一瞬の後、シンジは、声を震わせ、

「あ、アダムとリリス!? ……そ、それは、もしかして……」

 ミサトは頷き、

「そう。渚君とレイの『クローン』よ……」

「!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!」

 三人は最早何も言えなかった。ややあってミサトが、

「順番に話すわ。まず、わたしたちが松代に行ったところから言うわね……」

 +  +  +  +  +

第四十五話・失意懊悩

 +  +  +  +  +

(……そうだ。あの写真、まだみんなに渡してなかったよな……)

 自室で目覚めたケンスケは、ベッドから起き上がると、机の引き出しに仕舞っていた「ハイキングの写真」を取り出して整理を始めた。

(……ずいぶん遅くなっちゃったけど、明日学校で渡そう……)

 そもそも、いつものケンスケならば、「まず写真ありき」であり、「それ自体が楽しみ」だから、さっさと整理してみんなに渡していたであろう。しかし、ハイキングにしても、その後の「芦ノ湖デート」にしても、結局は「ナツミがお目当て」だったから、「ナツミ中心」に考えていた結果、「みんなに写真を渡す」と言う事が疎かになってしまっていた事は否定出来ない。それが、「忘却」に繋がっていたのである。

(……でも、みんな来るかな……)

 今日は月曜だが、使徒の襲来で休校になっていた。一応明日は授業があるが、この状態では全員出席するかどうかは判らない。もっと早く整理して渡しておくべきだった、と言う後悔の念が心をよぎるが、今更言っても仕方がなかった。

(……何にもなかった時は、こんな事考えなかったよな……。俺、「戦争マニア」だったもんな……。でも、自分がこんな立場になって、平和な時のありがたみをつくづく知るなんて……)

 写真の中で微笑むみんなの笑顔が妙に堪える。ケンスケは複雑な思いを抱きながら整理を続けていた。

 +  +  +  +  +

(……使徒のデータは、と……)

 ナツミは自室でパソコンに向かっていた。本部から帰る時、ミサトに頼んで、過去の戦闘データをメモリカードにコピーして貰って来たのである。無論、公開されているデータとそれほど大差がある訳ではないが、それでも、少しでも「勉強」したいと言う強い思いから、「自分が貰っても構わないデータは全て欲しい」とせがみ、IBOが独自に持っていたデータも幾つかコピーして貰っていたのであった。

カタカタカタカタ……

 静かな室内にキーボードを打つ音だけが響く。

 +  +  +  +  +

「ヒカリ、ペンペンちゃんにエサやっとくわよ」

「あ、ありがとう、お姉ちゃん」

「はい、ペンペンちゃん、おあがり♪」

「キュウッ!!♪ クククッ!!♪」

 こちらは洞木家である。ヒカリは会議が終わるまで本部にいたため、姉のコダマと妹のノゾミは、預かったペンペンを連れて一足先に家に帰っていた。ヒカリは帰るとすぐに寝てしまったので、ペンペンは今日は「客人」としてずっと洞木家にいたのである。イワシの缶詰を黙々と食べるペンペンを見ながら、コダマが眼を細め、

「……で、いつ返しに行くの?」

「うん、明日か明後日にでも返しに行こうと思ってるんだけど……。世話かけてごめんね」

「なに言ってんのよ。これぐらいなんでもないわよ。……こんな時だし、わたしなんか、なんにもできないから、せめてみんなの負担をちょっとでもへらしてあげたいもの……。ね、よかったらさ、しばらくわたしたちのとこであずかってあげようか。葛城さんのとこもこれから大変だろうからさ」

「そうか、部長もこれからいそがしくなるもんね。一応聞いとくわ。……お姉ちゃん、ありがと。いろいろと気をつかってくれて……」

「うん、じゃ、聞いといてね。……ねー、ペンペンちゃん、これからしばらく、お姉ちゃんのところにいる?♪」

「キュウッ!!♪ クククッ!!♪」

 +  +  +  +  +

カタカタカタカタ……

 カヲルも自室でずっと机の前に座ってパソコンに向かっていた。今日ナツミがミサトから貰ったメモリカードと同じものを自分もコピーして貰い、帰って来るとそのまま寝もしないでずっと「勉強」している。

「……さて、ちょっと休憩するかな……」

 冷蔵庫から取り出したジュースをコップに注ぐと、一気に喉の奥に流し込む。

「んぐ、んぐ、んぐ……、ふうーーっ……」

 コップを流しに置き、水を張った後、カヲルは再び机に向かった。

 +  +  +  +  +

「ごちそうさまでした」

「サクラ、今日は疲れたやろ。風呂入って早う寝ろや」

「うん。じゃ、おふろにはいってくるね」

 トウジは、食器を流しに運んで洗い始め、

(……また、こんなことになってしもうた……。そやけど、とにかくがんばらんとしゃあないわな……)

 ふと気付くと左脚の付け根が軽く痛む。昨夜無理して走ったのが少し堪えたようだ。

「……やるしか、あらへんわな……」

 父も祖父も本部で引き続き仕事を続けている。今何かあれば妹を守ってやれるのは自分しかいない。今は頑張るしかないのだ。そう思いながらトウジは食器を洗っていた。

 +  +  +  +  +

「……と、言うわけなのよ。……今回の使徒の襲来は、碇司令と祇園寺が仕組んだ物だったの……」

と、暗い顔で語り終えたミサトの話に、シンジは、ただ青い顔で、

「……そんな、……そんな……」

 アスカとレイも、

「……そんな、ことって……」

「……まさか、……そんな……」

 ここでミサトがすかさず、

「シンジ君、あなたの気持ちはわかるわ。でも、このままにしておくことは絶対にできないのよ。なんとしてでも碇司令の計画は阻止しないといけないわ。それはわかるでしょ」

 シンジは頷き、

「……はい、わかります。……僕は、『向こうの世界』で父さんと戦いました。

 ……あの時は、心から父さんが憎かった。……でも、こっちに 帰って来て、歴史が変わって、あんな形で父さんが死んだと思ってましたから、僕はただ、父さんと、母さんが、……安らかに眠ってくれるんだったら、もうそれでいいって、思ってたのに、ううっ、……ぐすっ……」

 シンジの涙声に、アスカは思わず、

「……シンジ……」

「……でも、……でも、まさか、ううっ……、父さんが生きてたなんて、ぐすっ、……姿をくらまして、こんなこと、やってたなんて……」

 レイも、哀し気に、

「……シンちゃん……」

「……僕は、……僕は、父さんが憎い!! 絶対に許せない!! あんな父親の子供だなんて、自分が憎くてたまらないよ!! ……ううっ」

 しかし、ここで加持が、努めて冷静に、

「シンジ君、冷たいようだが、余計な感情を抜きにして考えるんだ」

「……加持さん」

と、思わず顔を上げたシンジに、加持は続けて、

「今回の件に関しては、君には何の責任もない。無論、他人が君をいくらか白い目で見るかも知れないと言う事は否定出来ないがね」

「!!!!」

 シンジは思わず言葉を呑み込んだ。すかさずミサトが、

「加持君! なんてこと言うのよ!」

 しかし加持は真顔で、

「葛城、この際、俺達に感情論は無用だ。冷徹に、論理的に考えるんだ。それが一番シンジ君のためになる」

 加持の指摘に、ミサトは頷き、

「加持君……。そうね、わかったわ……」

 ここで、加持は改めて、

「シンジ君、こうなった以上、君が他人から『碇ゲンドウの息子』として見られる事は、いくら『道義』的には間違っている事だとしても、実際問題としての人間の感情からは否定しようがない。それはわかるな?」

 一瞬置いて、シンジは、

「……はい……」

「しかし、少なくともここにいる俺達四人は、絶対にそんな目で君を見たりしない。俺達の『秘密』を知っている本部長も同じだ。それは保証する」

 ここで、ミサトも、

「その通りよ。ね、アスカ、レイ」

 アスカとレイも頷き、

「うん、あたしはシンジのこと、ぜったいにそんなふうには思わないわよ」

「はい。……もし、そんなことを言うのなら、わたしだって『同罪』です……」

「…………」

 しかし、シンジは無言のままである。加持は続けて、

「レイの言う通りだ。もし、シンジ君に何らかの罪があると言うのなら、少なくとも俺と葛城にはそれ以上の罪がある。旧ネルフのスタッフも同じだ。

 ……しかし、人間と言う生き物は、情けないと言うか、哀しいもんでな、こんな時になると、自分の事は棚に上げて、『血縁関係』を強く意識してしまうものなんだ。それは否定出来ない」

 ここに来て、シンジも頷き、

「……はい……」

「だからこそだ、絶対にそんな事考えるべきではないし、思ってはならないんだ。無論、今日会議に出たスタッフはこの事を知っているが、君を責めたりは絶対にしないだろうし、他のパイロットのみんなにしても、もし、知ったとしても、君を白い目で見たりはしないだろう。

 ……しかし、さっきも言ったように、シンジ君に対して、『腫れ物に触るような態度』を見せないとも限らない。君に気を使う分、かえってそうなりかねないだろう。……昔誰かが言っていたんだが、『百の論理、一の感情に及ばず』、なんだよ」

「……わかります……」

「それでだ、この事実をふまえた上で考えて欲しいんだが、この件は、他のパイロットのみんなにも、いずれ話さねばならん事だ。その際は、俺と葛城が責任を持って、感情論を抜きにした事実だけを伝ねばならんと思っている。しかしだ、その結果、誰かがそんな態度を取ったとしても、それを君自身の『運命』として受け止められるか?」

 シンジは暫く考えた後、力なく、

「……それは、……正直に言います。……わかりません……」

 それを聞き、加持は頷いたが、

「……そうか……」

と、言った後、また一呼吸置き、

「しかしな、シンジ君、君が納得しようがしまいが、どっちにせよ、この話はみんなにせねばならんのだよ」

「!!!」

 説明はしても、自分の気持ちは全く考慮してくれないのか、と思ったシンジは、思わず顔を上げた。アスカとレイも、

「加持さん!」
「!!……」

 ここに来てミサトも、

「加持君! ちょっと待ちなさいよ!」

 しかし加持は、相変わらず冷静に、

「葛城、これに関しては黙っていてくれ」

「加持君……」

と、ミサトが引き下がった後、加持は続けて、

「シンジ君、逆の立場で考えてくれ。例として出して申し訳ないが、もしアスカのお父さんがこの事件の首謀者だったとしたら、君は、それを知らないまま一緒に戦う事になっても構わないのか」

「!!!!!……」

 意外な加持の指摘に、シンジは愕然となった。アスカも、

「加持さん……」

 加持は再び続けて、

「今度の敵は『使徒』じゃないんだ。『人間』なんだ。しかも、君のお父さんなんだ。それを知らせないまま、みんなに戦わせていいのか」

 流石にここに来て、

「……いえ、知らせないで一緒に戦ってもらうなんて、できません……」

と、首を横に振ったシンジに、アスカはまたもや思わず、

「……シンジ……」

 加持は頷き、

「そうだろう。それはわかってもらえると思う。事は君個人の問題だけじゃなくなっているんだ。それを理解した上で、君自身の『運命』に関して考えておいてくれ。俺の言いたい事は以上だ」

 一呼吸の後、シンジは顔を上げ、

「……はい。わかりました。……よく考えておきます……」

「シンジ君。……辛いのは君だけじゃない。考えてみろ。レイも、渚君も、君と同じような運命を背負っているんだ。言わば、自分の『分身』と戦わなければならんのだぜ……」

「!!!! ……はい。……確かに、そう、ですよね……。考えてみたら、綾波は、僕以上につらいんですよね……」

 ここに来てレイも、俯き気味に、

「……シンちゃん……」

「…………」

 アスカは何も言えない。加持は続けた。

「俺も葛城もそうだ。確かに色々あったとは言うものの、心の一番奥底では無二の親友だと思っていたリッちゃんと戦わねばならないんだ」

「…………」

 ミサトも黙ったままだ。加持は、しみじみと、

「……結局、これもみんな俺達が背負った『カルマ』なんだよ……」

 シンジは、ゆっくりと顔を上げ、

「……カルマ……」

「そうだ。よくも悪くも、俺達はこの『カルマ』を背負ってしまっているんだ。それは冷徹に受け止めねばならん……」

 ここに来て、ようやくシンジは吹っ切れた顔で、

「……加持さん、……よくわかりました。……みんなにはすべて話してください。……みんなからどんなふうに思われても、それを僕自身のカルマとして受け止めます……」

 その様子に、アスカとレイも、

「シンジ……」

「シンちゃん……」

 加持はシンジに頷き、

「わかった。余計な感情論は一切混ぜないで、事実だけを伝える事を約束するよ」

と、淡々と告げた。ここでシンジが、

「……でも、加持さん……」

「なんだい」

「今、思ったんですけど、綾波のことと、渚君のことは、本人以外には言わない方がいいんじゃないんですか。僕の場合は父親の話、と言うだけのことです。でも、綾波と渚君の場合は、本人の、一番つらいことを、みんなに言ってしまうことになりますよ……」

「!! ……シンちゃん……」

 レイは息を飲み込んだが、意外にも、加持はやや苦笑して、

「……なあ、シンジ君、今君は、レイと渚君を『腫れ物に触るように』扱わなかったか?」

「!!!……」

 加持の指摘にレイは絶句した。シンジも愕然となり、

「!!! ……は、はい……」

 続けて、加持は、

「そうだろう。結局、人間なんて物はその程度なんだよ。自分の事に関してはどうしようもなく気になるくせに、他人の事となると無神経に扱ってしまう……。

 俺だって同じなんだ。結局は、他人を『腫れ物に触るように扱う』、なんてのは、自分の本音を隠しているに過ぎないんだ。本音で相手に対した時、相手が反発して自分が傷付く事が恐いだけなんだ。だから、一見相手を思いやっているような態度をとっているだけなんだよ」

「…………」

 シンジは何も反論出来ない。

「無論、この件も、まず本人に告げてからみんなに伝える事になるだろう。レイに対しては今ここで言ったが、渚君に対しても、まず彼に言ってから、その後でみんなに言う事になる。どっちにしても、情報を隠したまま、みんなに戦わせる事は出来ない。それは碇司令の話と同じ事だよ」

 ここでレイが、しっかりした口調で、

「加持さん、わたしのことに関しては、みんなに話してください」

「!! レイ……」
「!! 綾波……」

 アスカとシンジは驚いたが、レイは続けて、

「たとえどんな目で見られることがあっても、それもわたしのカルマです。覚悟して受け止めます」

 真剣なレイの様子に、加持はしっかりと頷き、

「わかった。それも俺と葛城が責任を持って事実だけを伝える」

「よろしくお願いします」

と、レイは頭を下げた。その時、ずっと聞き役に回っていたミサトが、

「加持君、今思ったんだけど、アダムとリリスの事をパイロットのみんなに話すと言ってもさ、よく考えてみたら、結局は、『アダムとリリスを人間の形にするために、渚君とレイの遺伝子データを使った』と言う話しかしようがないんじゃないかしら。それ以上の事を言っても、かえって話をややこしくするだけよ」

 今度はミサトに指摘され、加持は、

「そうか……」

と、呟いた後、頷き、

「うむ、確かにその通りだな。『事実のみを淡々と伝える』となれば、結局はそのレベルの話しか出来ないよな……」

「そうよ。碇司令の事に関しては、シンジ君には一切責任はないわ。同じように、アダムとリリスの事に関しても、渚君にもレイにも責任はないわよ。むしろ、『被害者』じゃないの」

 アスカもここで、

「いま思ったんだけどさ、それに関連して、あたしたちが『向こうの世界』に行っていたことは、どのへんまで話すの? これもさ、必要でないことまで言っちゃったら、かえって話がややこしくなるわよ」

 加持は、改めて頷き、

「アスカの言う通りだな。さっき葛城が言ったように、今の所、こっちの関係者でそれを知っているのは冬月先生と五大本部長だけだ。京都財団の絡みで、いずれ田沢君と服部は知る事になるだろうが、こっちのスタッフと他のパイロットには、いつ、どの程度伝えるかは、本部長と相談する事になっている。

 しかし、厄介な問題だよな。アダムとリリスの事に関して話すとなれば、かつての人類補完計画の暗部まで話さなきゃならなくなる。どうしたものか……」

 それを聞き、ミサトは、

「それに関してはさ、公表されている事実をベースにするしか仕方ないんじゃないかしら。結局のところ、碇司令やゼーレが何を考えていたのかは、わたしたちにもよくわからない部分もあるんだし……」

「そうだな。……確かに、俺達の憶測をむやみやたらと話しても混乱するだけだ。あくまでもわかっている事実だけに絞るか」

「そうよ。それで行きましょうよ」

と、頷いたミサトに、加持も、

「よし。じゃ、一応この話はこれで終わりだ。みんな、辛いだろうが、頑張ってくれ。頼んだぞ」

「はい」

「わかったわ」

「わかりました」

 シンジ、アスカ、レイはしっかり頷いた。

 ここに来て話が一段落したので、加持は話題を変え、

「ところで、話は変わるんだが、外国に現れた使徒の件だ」

 ミサトが身を乗り出し、

「アメリカは核を使ったんでしょ。結局どうなったの?」

「ここに来る直前に詳しい連絡が入ったよ。驚いた事にな、中性子爆弾は使徒に対して一定の効果を上げたんだ」

「えっ?! そうなの」

と、驚いたミサトに、加持は、

「順番に話そう。アメリカ西海岸に使徒が上陸したんだが——」

 +  +  +  +  +

 時間は少し遡った、日本時間の6:30頃のアメリカ西海岸。小型中性子爆弾を搭載した空軍機が使徒サキエルに迫る。

ゴオオオオオオオオッ!!!

「コチラ963。目標上空ニ到達。投下」

ドオオオオオオンッ!!

 サキエルの頭上で中性子爆弾が炸裂する。

「グワアアアアアアアアアッ!! グワアアアアアアアッ!!」

 驚いた事に、通常兵器は寄せ付けなかったサキエルは、大量の放射線を浴びたためか、頭を抱えて悶え苦しみ出した。

「グワアアアアアアアアアッ!! グワアアアアアアアッ!!」

ドッドッドッドッドッドッ!!

「目標ハ悶絶セリ。現在海ニ向カッテ移動ヲ開始」

『第2弾ヲ投下セヨ』

「了解」

 +  +  +  +  +

 加持は、全員を見回し、

「……と、言う事らしい。2発目の中性子爆弾を食らった使徒は、更に苦しみながら海に逃げたそうだ」

 ミサトは唸って、

「なんとねえ。核兵器は使徒に対して効果を上げたの」

「そうなんだ。それでその情報が国連を通じて各国に流れてだな、核を保有している国はもちろんの事、保有していない国も、依頼を受けた国連軍が出撃して核攻撃を行った結果、全ての使徒の撃退に成功したそうだ。これは意外だったよ」

「でも、撃退には成功したけど、殲滅には至らなかった、と言うわけね」

「そうだ。しかし、これで自信を持ったアメリカは、使徒との全面核戦争の準備を進めているらしい」

「!!!」
「!!!」
「!!!」

 シンジ、アスカ、レイの三人は思わず息を飲んだが、ややあって、アスカが少し震える声でポツリと、

「……全面核戦争……」

 加持も深刻な表情を崩さず、

「そうなんだ。考えてみりゃ、恐ろしい話だよ。……でも、今の流れなら当然だろうな……」

 その時、ミサトが不安そうに、

「……加持君、今思ったんだけどさ。こっちのエヴァは一応動いたでしょ。だったら、他の支部が持っている量産型を動かそうと言うような流れにはならないかしら」

「今の所はその連絡は入っていない。でも、各支部のある国の政府は、そうしろとの命令を出しかねないな。何と言っても、エヴァは元々使徒撃退用の名目で作られたんだからな」

 流石に、アスカも不安を隠さず、

「だいじょうぶなの? あいつら、かってに動いたりしないかな……」

 しかし、加持は、

「アスカの心配はわかる。しかし、前にも言ったようにな。今のIBOの各支部を実質的に仕切っているのはその国の政府なんだ。もし、動かせと言う命令が下ったら、こっちではどうする事も出来ない事になりかねんよ。……第一、量産型に関しては、今の歴史じゃ、『まだ使われていない』んだからな……」

 ミサトも頷き、

「まあとにかくさ、本部長は『前の歴史』も含めてそのあたりの事情もご存知だし、これからの話し合いの中でこっちが出来る限りのことをやるしかないんじゃないかしら」

「そう言う事だな。……それから、シンジ君とアスカとレイに言っておかなきゃならんのだが、今日本部長と話し合ってね。近い内に、俺達五人と本部長で情報交換をする事になったから、よろしく頼むよ」

「はい」

「わかったわ」

「わかりました」

と、三人が頷いたのへ、加持は、

「じゃ、今日はこれぐらいにしておこう。本部長に報告してから、渚君と話し合う事になるから、そのつもりでいてくれ」

 その時、レイが顔を上げ、

「……あ、ちょっと待って下さい」

 すかさずミサトが、

「どうしたの? レイ」

「今度の件には直接関係はないと思うんですけど、わたし、みんなに隠していたことが一つあるんです……」

 流石にミサトは驚き、

「えっ?! どう言うこと?」

 全員が驚きの表情を隠さない中、レイは、

「……実は、去年の『最終決戦』の後のことなんですけど、わたし、一度だけ、サトシくん、いえ、沢田くんに会っているんです……」

「えっ!?」
「えっ!?」

 シンジとアスカは顔色を変えた。ミサトも身を乗り出し、

「どう言うことよ! レイ!」

 ここで加持が、努めて冷静に、

「レイ、話してくれ」

「はい。……順に話します……」

 レイは頷き、語り始めた。

 +  +  +  +  +

 日重共の工場では、JAの修理作業が続いていた。

 陣頭指揮に立つ時田の所に、加納がやって来て、

「時田担当、如何でしょうか?」

 時田が振り向き、

「あ、加納さん。もうすぐ修理は終わります」

「そうですか。色々とご負担をおかけしますが、宜しくお願い致します」

 頭を下げた加納に、時田は、

「はい。全力を尽くします」

と、言った後、改めて、

「所で、加納さん、例の燃料電池はエヴァンゲリオン用だったのですね」

 加納は真顔で、

「事情を隠していた事はお詫び致します。あの時点ではあのようにする以外ありませんでした」

 しかし時田は首を振り、

「いえ、それはよく理解出来ます。こうなった以上、つまらぬセクト主義は『百害あって一利なし』ですからな。何とか活用してもらえるよう望むだけですよ」

 加納は、

「ありがとうございます」

と、頭を下げた後、顔を上げ、改めて、

「……ところで、実は操縦方法に関してなんですが、今のシステムに加えて、京都財団で開発したシステムを並列で使わせて戴きたいのです」

「どのようなシステムですか?」

「この資料をご覧下さい」

「脳神経スキャンインタフェース、何ですか? これは……」

 時田はその資料を食い入るように見た。

 +  +  +  +  +

「……と、言うわけなんです」

と、一応の話を終えたレイが、

「もちろん、この話は、今回のことと直接は関係ないと思いますけど、祇園寺がこっちに来た、と言うことは、なにか『向こうの世界』がかかわっているんじゃないかと思って……。今までだまっていてごめんなさい……」

 頭を下げたレイに、加持は、

「そうだったのか。話してくれてありがとう。……でもな、俺は、それに関しては、今回の件には関係ないと思うぞ」

 ミサトも頷き、

「そうよね。『向こうの世界』でも、こっちと同じように事件が解決した、ってことでしょ。それだけのことなんじゃないかしら……」

 しかしその時、シンジが、

「あっ! でも、もしかしたら、こっちに使徒がまた現れた、ってことは、『向こうの世界』にも『マーラ』がまた現れた、ってことも……」

 ここで加持が、少し唸って、

「うーむ、……シンジ君の言う事も一理あるな。……でも、仮にそうだったとしても、今の俺達にはどうする事も出来んよ。『向こうの世界』と連絡を取る事も出来ないし……」

 ミサトはまた頷き、

「そうよね。どうしようもない……、えっ!!?」

 突然顔色を変えたミサトに、加持は、

「どうした?!」

「もしかしたら、わたしたちは狭い見方をしていたんじゃないの?! こっちに現れた使徒は、本当に『使徒』なの?……」

 ここでアスカが、

「だって、碇司令が作った使徒なんでしょ。だったら……、ああっ!!」

 気付いて顔色を変えたアスカに、ミサトは、

「そうよ!! 祇園寺が関わっている、と言うことは、あれは単なる使徒じゃなくて、もしかしたら、『マーラ』としての能力も持っているんじゃないの!?」

「!!!!!」
「!!!!!」
「!!!!!」

 シンジ、アスカ、レイの三人は絶句した。ミサトは続けて、

「……だとしたら、あの使徒には、今までの私たちのデータは通用しない可能性がある、って、ことに……」

 その時、アスカが恐る恐る、

「……シンジ……、あの使徒、前とは、ちがってたわよね……」

 シンジも、声を震わせ、

「……そ、そうだよ。……確かに、前の時とちがってた……。そう言えば、アスカ、……なんで、あいつが『弐号機を食うつもりだ』、なんて、思ったの……」

「えっ? ……そ、それは、なんとなく、そう思っただけ、なんだけど……。あの感じ、あの目つき、……まるで獲物をねらうタカのようなふんいきが……」

 ミサトはまたもや驚き、

「アスカ、そんなこと感じたの?!」

「う、うん……。そう感じたわ……」

 しかし、ここで加持が、

「まあ待て。それはそれで大事だが、マーラの事は殆ど知らない俺達が今ここで大騒ぎしても仕方ない。それは京都財団の方が詳しいから、この件は本部長に相談しよう」

 ミサトは少し気を取り直して、

「そうよね。今のところは、その可能性もある、ってことで、充分注意するしかないわね……」

 加持は改めて頷き、

「とにかくだ、渚君の事もあるし、それも含めて明日本部長に相談するよ」

 +  +  +  +  +

 昨夜から昼過ぎまで勤務していたスタッフを帰した後、五大は一人で本部長室に篭って情報の分析をしていた。

(……さて、と、取り敢えずはこんなものか……)

 纏めたデータを電子メールに添付し、京都財団の本部に送信する。

「送信完了」

(やれやれ、やっと一段落だな……)

 椅子に凭れ掛かって背筋を伸ばした後、

「……連絡しておこう……」

 受話器に手を伸ばし、財団の番号を押す。

(……この時間なら直接繋がるか……)

『はい、京都財団です』

 受話器から流れて来たのは安倍の声だ。

「五大です」

『おお、その後はどうだ?』

「今日の夕方に連絡させて戴いた通りです。変化はありません。さっき詳細なデータを送信しておきました」

『わかった。すぐにダウンロードする。……しかし、まさか祇園寺と碇ゲンドウとはなあ……。未だに信じられんよ……』

「とにかくこっちはこっちで全力を尽くすのみですよ」

『そうだな。……ところでな、今回は事が事だから、「あの方」に御出馬を願う事にしたよ』

「えっ!? まさか、『元締』にですか?!」

『そうだ。今、中河原があっちに向かっている。詳しい情報が入ったらまた連絡する』

「了解しました。ではこれで」

 +  +  +  +  +

 加持とレイが帰った後、シンジ達三人はインスタントラーメンで軽く食事を取ったが、流石に三人とも気が重く、殆どしゃべっていない。

 全員が食べ終わった後、ミサトが、

「……じゃ、後片付けはやっとくからさ、あんた達はもう寝なさい」

 シンジとアスカは、少し驚き、

「いえ、僕が洗います……」

「あ、あたし洗うわよ……」

 しかしミサトは笑って、

「いーのいーの、たまにはわたしの言うこと聞いて早く寝なさい」

 それを聞き、アスカもやや申し訳なさそうな顔で笑ったが、

「……うん、わかった。……じゃ、おやすみ……」

 シンジも同じく、

「……すみません、ミサトさん。……おやすみなさい……」

「うん。おやすみ」

 二人が部屋に戻った後、ミサトはゆっくりと立ち上がって食器を洗い始めた。

 +  +  +  +  +

 シンジは部屋に戻ってベッドに潜り込んだが、無論、到底寝られるような状態ではない。無理に寝ようとすればするほど、ゲンドウの事が頭に浮かんで来る。

(「父さんは僕がいらないんじゃなかったの!」)

(「用があるから呼んだまでだ。他の者には無理だからな」)

(「そんな! 今ごろになってなんだよ! 勝手過ぎるよ!」)

(「乗るなら早くしろ。乗らないのなら帰れ」)

「……くそっ! ……くそっ! ……ぐすっ……」

 悔し涙が枕を濡らす。

「……ううっ! ……くそっ……」

シンジは毛布を抱いたまま、ひたすら寝ようと、自分に『苦行』を課していた。

 +  +  +  +  +

(……シンジ……。あたし、こんな時、どうしたらいいんだろ……)

 アスカも毛布をかぶったまま、寝られずにいる。

(シンジ、……あたし、これでもあんたの『彼女』なのよね……。どうしてあげたらいいの……)

 +  +  +  +  +

(……アダム、リリス……。渚くんとわたしのクローン……。碇司令……)

 アパートに帰って来たレイは、ずっとベッドの上に座ったまま考え込んでいる。しかし、幾ら考えたとてどうなるものでもなく、苦しみが心を覆い尽くすだけだった。

(……シンちゃん……、サトシくん……、わたし、どうしたらいいの……)

 +  +  +  +  +

 シンジはずっとベッドの上で毛布を抱えて寝返りばかり打っていた。少しウトウトしかけるとゲンドウの事が頭に浮かんで来てはっと目覚めてしまい、どうしても寝られない。ふと枕元の時計を見ると、2:00を指している。

(……少し外の空気でも吸うか……)

 +  +  +  +  +

 シンジはベランダに出て来た。今夜は月もなく、星が輝いている。

「……なんで、こんなことに……」

 フェンスに凭れて夜空を見上げていると、誰に言うともなく独り言がこぼれる。今のシンジにはただ苦しむだけしかない。

「……シンジ……」

 後からの声に振り返ると、

「あ、アスカ……」

 シンジのそばに来たアスカは、

「……ねえシンジ、元気だしてよ……」

「…………」

 アスカの気持ちは嬉しいが、今は何も言う気にならない。

「……あんたの気持ちはわかるけど、今おちこんでても、なんにもならないじゃない……」

「……僕の気持ちなんか、だれにもわからないよ……」

 甘えた言葉をこぼしたシンジの方を向き、アスカは、

「……シンジ、あんたさ、あたしがシミュレーションでトチったときさ、あたしに、『僕のために元気になってほしい』って、言ってくれたわよね……」

「! ……う、うん……」

 思わずドキリとしてそちらを見ると、アスカは真顔で、

「こんどはあたしが言う番よ。……あたしのために、元気になってよ……」

「……アスカ……」

「……あたしさ、あんたになんにもしてあげられないかも知んないけど、それでも、あんたの『彼女』のつもりよ。……もしあたしに甘えてすこしでも気持ちが楽になるんだったら、甘えてよ……」

「……アスカ……、ううっ……」

「……シンジ……」

 涙をこらえながら寄り添って来たシンジの背中に、アスカはそっと両手を回した。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'アヴェ・マリア(カッチーニ) ' mixed by VIA MEDIA

夏のペンタグラム 第四十四話・五蘊盛苦
夏のペンタグラム 第四十六話・不即不離
目次
メインページへ戻る