第二部・夏のペンタグラム




 ゲンドウは、アダムとリリスに、

「よく目覚めたな。では早速使徒どもに霊波を送り出してくれ」

「……そうだね。それが僕の宿命だからね。ここにいるリリスと共に」

と、アダムは苦笑したが、訳が判らないリリスは、

「……碇司令。……どうしてわたしはここにいるんですか……」

「お前は最早レイではない。リリスだ。全てを宿命に委ねるのだ」

「はい……」

 ここで祇園寺が、

「アダムよ、リリスよ、それぞれ10体ずつの使徒が待っている。アダムは『こちらの世界』の分を受け持て。リリスは『向こうの世界』の分だ。何をすればいいかは、さっき私が私の意思をお前達に霊波で送り込んでおいたからわかるはずだな?」

「わかってるよ。祇園寺さん……」

「……はい、わかっています……」

 アダムとリリスは手を組んで瞑目した。

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 自宅で安倍からの緊急連絡を聞き、愕然とした五大は、

「なんですと!!」

『そうだ。信じられない話だが、あの二人は「向こうの世界」に行っていたらしいのだ。それだけではない。エヴァンゲリオンのパイロットだった三人も同じだそうだ』

「……そんなバカな……」

『更に、「向こうの世界」から「祇園寺羯磨」がやって来ている可能性すらある』

「!!!!! まさか!!!」

『もう一つ。襲来するのは「マーラ」ではなく「使徒」かも知れない』

「!! そんな!!……」

『詳しくは電子メールを送っておいたからそれを見てくれ』

「了解しました」

『我々は甘過ぎた。最早一刻の猶予もならん。既に加納には連絡してある。燃料電池の実戦配備とエヴァンゲリオンの再起動実験にすぐ取りかかれ』

「はっ!!」

(クソっ!! なんて事だ!!……)

 五大は大急ぎでパソコンを起動した。

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第三十八話・滅私奉公

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 ……これは、涙。……泣いてるのは、わたし……

 ……これはわたしの心。……碇くんと一緒になりたい……

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 ……零号機を捨ててまで、助けてくれたんじゃないか。綾波が……

 ……そう、あなたを、助けたの……

 ……おぼえてないの?……

 ……いえ、知らないの。……多分、わたしは、三人目だと思うから……

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 ……君がファーストチルドレンだね? 綾波レイ……

 ……君は僕と同じだね……

 ……あなた、だれ?……

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「はっ!!!!!」

 レイはベッドから飛び起きた。汗びっしょりである。

「今の、なに?……。夢?……」

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 ……歌はいいねえ。歌は心を潤してくれる……

 ……リリンの生み出した文化の極みだよ。そう感じないか? 碇シンジ君?……

 ……あの、君は?……

 ……僕はカヲル。渚カヲル……

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 ……ガラスのように繊細だね。特に、君の心は……

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 ……好意に値するよ……

 ……好意?……

 ……好き、って事さ……

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 ……僕は君に会うために生まれて来たのかも知れない……

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 ……遅いな。……シンジ君……

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 ……裏切ったな!! 僕の気持ちを裏切ったな!! 父さんと同じに裏切ったんだ!!!……

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 ……待っていたよ。シンジ君……

 ……カヲル君!!……

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 ……そんなのわからないよ! カヲル君!!……

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 ……生と死は等価値なんだ。僕にとってはね……

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 ……ありがとう。君に会えてうれしかったよ……

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「わあああっ!!」

 カヲルも汗びっしょりになってベッドから飛び起きた。

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「…………」
「…………」

 アダムとリリスは無言で祈り続けている。それを見た祇園寺は、

「ふふふ、感じるぞ。この上もない霊波だ。宇宙で最高の魔力だ。わははははは」

と、高らかに笑った。ゲンドウも会心の笑みを浮かべ、

「祇園寺、私達も手伝うかね?」

「無用の事だ。全てアダムとリリスにまかせておけ。わははははは」

「そうか、それもまたよかろう。ふふふふふふ」

「…………」

 リツコは何故か無言のままだった。

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 船の周囲に集まっていた20体の使徒は、それぞれ10体ずつのグループに分かれて集合し始めた。そして驚くべき事に、片側のグループは、「ディラックの海」を持つ使徒レリエルの球体の中に吸収されて行ったのである。もう一方のグループは一旦集合したのだが、暫く経つと徐々に散開し始め、やがて海の中をいずこへともなく消え去って行った。

 最後に1体だけ残ったレリエルは、同グループの他の使徒を完全に吸収した後、暫くそこに停止していたが、やがて強い光を一瞬放った後、突然消滅してしまった。

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 アダムは、大きく息を吐き、

「……はうっ、……終わった。『こっちの世界』の分の使徒は、全て海の中を散って行ったよ……」

 リリスも顔を上げ、

「……終わりました。……レリエルは他の使徒をすべて飲み込んだ後、自ら『ディラックの海』の中に消えました……」

 それを聞き、祇園寺は、

「そうか、よくやった。これで全て完了だ。後は連中の『性欲』がピークに達するのを待つだけだな。それももうすぐだ。わはははははは」

 ゲンドウも、

「ようやくここまで漕ぎ着けたか。ふふふふふふ。……では祇園寺、私達もそろそろ退散するとしようか。……どうする? 新潟あたりにでも行くか?」

「そうだな。取り敢えず新潟にでも行くか。船を出そう」

「そうしよう」

「…………」

 しかし、相変わらずリツコは無言であった。

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(なんで、あんな夢見たの……。シンちゃん……、渚くん……)

 レイは暫くの間呆然としていたが、やがてベッドから降りてタオルを手にすると風呂場に向かった。

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 カヲルは洗面所で顔を洗いながら微かに震えていた。

「……どうしてあんな夢を……。あの夢は一体何なんだ……」

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 加持とミサトは第2新東京に着いた。駅構内を駆け、改札を通り抜けた所に渡が待っていて、

「加持! こっちだ!」

「すまん! 頼むぞ!」

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 三人が乗り込んだ渡の車は深夜の第2新東京市内を疾走している。

 渡が、何とも真剣な顔で、

「……加持、驚くなよ。とんでもない話だ」

「なんだ?」

「冬月が話した事なんだが……」

と、ここで渡は一瞬言葉を止めた後、改めて、

「碇ゲンドウが生きていた」

「なんだと!!!!!」
「そんな!!!!!」

 流石の加持とミサトもこれしか言えなかった。渡は続けて、

「冬月は内務省調査室の責任の下、警察で保護している。詳しくは直接聞け」

 加持は、

「……わかった……」

と、大きく溜息をついたが、ミサトは、

「……そんな、……そんな……」

と、悲痛な顔で繰り返すだけだった。

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 警察署の一室。

 警官が冬月に、

「連絡が入りました。今こちらにいらっしゃるそうです」

 冬月は一礼し、

「ありがとうございます」

 その時、

コンコン

「どうぞ」

と、警官が言うや否や、加持とミサトが飛び込んで来た。渡がその後に続く。

「冬月副司令!」
「副司令!!」

 勢い込んだ二人に、冬月は暗い顔で、

「加持君、葛城君、よく来てくれたな……」

 その時渡が、警官に、

「君」

「はっ!」

「すまないが、ここは我々だけにしてくれないかね」

「了解致しました」

と、警官が出て行った後、渡は改めて冬月に、

「……さて、これで我々だけです。冬月さん、もう一度詳しくお話し願えませんか」

「ええ、もちろんです」

 渡が、

「加持も葛城さんも取り敢えず座ったらどうだ?」

と、言ったのへ、加持も、

「うむ、そうさせてもらうか。……葛城、そこの椅子を取ってくれないか」

「はい」

 二人が座った後、冬月が、

「加持君、葛城君……」

「はい」
「はい」

「……もう聞いてもらったな。碇は死んでいなかったんだよ……」

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 話が進むに連れ、加持、ミサト、渡の額には脂汗が浮き出していた。

「……と、言う訳だ。……まさか君達があんな体験をしていたとはな。……それに、この世界が一度は滅んで、再生していたのだとは。……私達のかつての行いの罪深さをひしひしと感じるよ……」

と、言った冬月に、ミサトは、

「……じゃ、……じゃ、『サード・インパクト』を起こそうとしているのは、やっぱり、碇司令、なんです、か……」

「そうだ。それも、『人類補完計画』などと言う生易しいもんじゃない。この地球上の全ての生命を破滅させ、地球を『永遠の冬の星』にしようと言う計画なんだよ……」

「……そんな……、まさかそんな……」

 ここで加持が、

「冬月副司令、いや、冬月先生」

「なんだね」

「冬月先生は、俺達が『向こうの世界』に行って来た、と言う事を信じて下さるんですか?」

「正直言って、今でも信じ難い事には違いない。……しかし、少なくとも私が碇に見せられた『映像』と、君達の話は一致している。それに、祇園寺と言う男の意識が他人の肉体に宿る所を私は実際に見た。……信じられないが、信じるしかあるまい……」

 その時ミサトが、辛抱たまらず、

「副司令!」

「ん?」

「リツコが、……リツコが碇司令に荷担しているのはほんとに間違いないんですか?! 脅かされて、とか言うことではないんですか?!」

 冬月は、ゆっくりと首を振り、

「……赤木君は自主的に碇に荷担した。……悲しい事だが、それが現実だ……」

 それを聞いたミサトは、更に悲痛な顔で、

「……そんな……、リツコ……」

 ここで渡が、

「加持」

「なんだ?」

「この話の真偽は最早どうでもいい。いずれにせよ、碇ゲンドウと赤木リツコ、そしてその祇園寺と言う男の三人は絶対に捕まえねばならん。三人が例え何を企んでいようと、そんな事は無関係にだ」

「うむ」

「とにかくこの件はすぐに内務省に報告する。可及的速やかに手を打つ」

「頼む。そうしてくれ」

「警察署の署長には俺から言っておく。とにかくお前達三人は明日一番に第3に戻れ。ホテルの手配はしてある」

 加持は、改めて頭を下げ、

「すまん。恩に着るぞ」

「但し、申し訳ないが、加持と冬月さんは同室にしてもらう。それから、ホテルには頼んであるが、私服警官を配備させるぞ」

「ああ、わかった。その方がありがたいよ」

「では俺は行く。後は警察の車でホテルに送ってもらってくれ」

「わかった」

 +  +  +  +  +

 加持、ミサト、冬月の三人は、渡が手配したホテルの一室に入り、ソファに座った。ミサトには別室が用意されてあったが、今夜は到底寝られるような状態ではない。外の廊下には確かに私服警官がいるようだ。

 まず、加持が、

「冬月先生」

「なんだね?」

「碇司令が使徒を再生しようとしているのは間違いありませんか」

「間違いない。……碇はアダムとリリスを復活させようとしていた。その精子と卵子を使って使徒の胎児を作り、ネルフ本部から持ち出した使徒の遺伝子のサンプルを組み込むと言っていた」

「……葛城、警察では話の流れの都合上、俺達が京都でしていた話は出しようがなかったが、こうしてみると、アダムには『使徒・渚カヲルの意識』を宿らせている事は間違いないな」

 ミサトは頷き、

「そうね。それも祇園寺の『魔法』を使ってでしょ。それにリツコが荷担しているとなれば、リリスには『ダミーシステムに使ったレイの意識』を宿らせているのもまず間違いないわよ」

 冬月も、

「さもありなん、だな。アダムにはドイツで手に入れた渚カヲルの遺伝子を、リリスにはレイの遺伝子を組み込んだと言っていたからな。それもウイルスを使ってだ……」

 加持は、再び冬月に、

「冬月先生、他には何か聞いておられませんでしたか?」

「私が碇の話を聞いたのは1回、それも倉庫にいた時だけだ。後はずっと地下に閉じ込められていたから、その間、碇や赤木君が何を話していたかは知らんのだよ。……申し訳ないが……」

「そうですか。……仕方ありませんね……」

 と、ここまで言った後、加持は一瞬言葉を切り、改めて、

「ところで、冬月先生」

「ん?」

「僕らは今日、朝にここに来た後、京都に行っていました」

「うむ、さっき言っていたな。……京都か。……懐かしい街だ……」

「京都時代、五大アキラと言う人物をご存知ではありませんでしたか?」

「ああ、名前は知っているよ。当時はまだ若かったが、大した研究者だった」

「ネルフは組織解体されてIBOに変わりました。そして、今IBOの本部長をやっているのはその五大さんです」

 それを聞いた冬月は、

「なんだと?!」

と、驚いた後、大きく頷き、

「なんと、そうだったのか……」

 加持は続けて、

「そして、その五大本部長がIBOに来た経緯を、今日僕らは聞いて来ました。五大本部長が関わっている組織が、『サード・インパクト』の阻止のために動いています」

 冬月はまたも驚き、

「なんだと!! そんな組織があるのか?」

「はい。……その組織は、財力でJAを再製作させました」

「JAをか! ……では、五大がIBOに来た目的は、もしかして……」

 加持は大きく頷いた。そして、

「そうです。エヴァを確保するためです」

「!! ……そうか、またエヴァを使おうと言うのか……」

 +  +  +  +  +

「こちらの世界」の海の中に散った10体の使徒は、更に魚やプランクトンを大量に食らい、順調に生育していた。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'たとえ、君を抱いても ' composed by QUINCY (QUINCY@po.icn.ne.jp)

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