第二部・夏のペンタグラム
「早く! あの車を、あの白いワゴンを追いかけて!!」
ミサトは血相を変えて叫んだ。しかしここは片側4車線のバイパスであり、中央分離帯もあるために、簡単にはUターン出来ない。この車は幸いにして一番右側の車線を走っていたため、渡は分離帯の切れ目を探し始めた。
やや焦り気味に見えた渡に、加持は、
「渡、焦るなよ。こんな所で事故を起こしたら元も子もない」
「わかってる」
加持も本心ではジリジリしているが、今は無理は出来ない。暫く走り、ようやくUターン出来る場所に辿り着くと、渡は、
「飛ばすぞ!! しっかりつかまってろ!!」
と、怒鳴り声を上げ、車をターンさせた。
+ + + + +
第三十七話・大死一番
+ + + + +
こちらはゲンドウ達が乗っている車。
祇園寺が眉を顰め、
「赤木博士、車を左に寄せて脇道に入れ」
リツコは、訝しげに、
「どうなさいましたの?」
「妙な波動を感じた。誰かに見られたらしい」
「なんだと?」
と、顔を顰めたゲンドウに、祇園寺は、
「この波動は……、中畑由美子だ」
「バカな。あいつがここにいる訳が──」
と、ゲンドウは苦笑したが、その直後、
「なにっ!? もしかして葛城三佐!?」
リツコも、顔色を変え、
「ミサトが!?」
祇園寺は真顔で頷き、
「そうだ。多分葛城ミサトだ。あいつの波動は中畑と同じだからな」
すかさずゲンドウが、
「リツコ君、早くこの道から離れろ。すぐに追って来るぞ」
「了解」
+ + + + +
ミサト達の乗った車はバイパスを疾走し、先行する車を次々と追い抜いて行く。
渡が、眼を血走らせ、
「どの車だ!」
しかしミサトは、悲痛な声で、
「ないわ!! どこにもない!」
加持も言葉を荒げ、
「白いワゴンだったな! ナンバーは見ていないのか?!」
「はっきり見てないのよ! でも、下2桁だけは見たわ! 30だったわよ!」
「地域は覚えてないのか?!」
「それが……、松代ナンバーだったような……」
それを聞いた渡は頷き、
「松代ナンバーで下2桁が30の白いワゴン車だな!」
ミサトは、一瞬考えた後、
「……そうです! 多分そうだと思うわ!」
(リツコ………)
+ + + + +
車はその後も暫く走ったが、目指す相手は見つからない、
「だめだ! どこにもいない!」
と、吐き捨てた渡に、加持も舌打ちし、
「どこかで曲がったな」
「多分そうだろう。……加持、作戦を変えよう。すぐに上に連絡して手配する」
「その方がよさそうだな」
「とにかくちょっと停まるぞ。電話をかける」
「わかった」
ミサトは無言のまま苦悩している。
「…………」
(リツコ……)
やがて車は左に寄って停止した。渡は、スマートフォンを取り出し、内務省にかけて説明を終えると、
「……そう言う事です。すぐに緊急配備を願います。では」
電話が終わると、すかさず加持が、
「で、これからどうする?」
「とにかく俺のマンションに行って今後の作戦を立てよう」
「うむ、わかった」
+ + + + +
さて、こちらはゲンドウ達。
祇園寺が、ほっとした顔で、
「どうやら追っ手はまいたようだ。しかしうかうかしておれん。糸魚川へ急ごう」
ゲンドウは、やや心配そうに、
「ナンバーは見られていないか?」
「完全には見られていないだろう。しかしこの車はもう使えんぞ」
「しかし今は別の車に乗り換えるだけのヒマはないな」
リツコも不安気に、
「どうします?」
祇園寺は軽く頷いて、
「ナンバーだけ付け換えるか。ニセナンバーはいくらでもある」
ゲンドウも同意し、
「それがよかろう。どうせこの車も糸魚川までだ」
「ではどこかで少し停まりますわ」
と、リツコが言うのへ、祇園寺は、
「どこか人気のない所を探せ」
「はい」
+ + + + +
こちらは渡のマンションにやって来たミサト達三人。
再度電話をかけた後、ソファにいる加持とミサトの所に戻って来た渡が、
「調査室の方が今動いている。とにかく連絡を待とう」
すると加持が、
「渡、その事なんだが」
「なんだ?」
「今考えたんだが、俺達は予定を変更してこれからすぐ京都へ行く」
「どう言う事だ?」
「この際だから、お前には事情を全て話そう」
流石にミサトは顔色を変え、
「加持君!」
しかし加持は、
「葛城、もうここまで来たら、渡には全て話すべきだ。俺の判断を信用してくれ」
ミサトもやむなく、
「……わかったわ」
「?? どう言う事なんだ……」
と、狐につままれたような顔の渡に、加持は、
「聞いてくれ。実は……」
と、一連の出来事を話し始めた。その話の余りの荒唐無稽さに、渡は呆れ顔で聞くしかなかった。
そして、一通りの説明を終えた加持は、
「……と、言う訳だ」
と、締め括ったが、渡は、大きく溜息をつき、
「……おい、加持。……昔のよしみもあるから、一応お前の話は聞くだけ聞いたが、そんなバカげた話、信用出来ると思うか? お前、どうかしたんじゃないのか?」
「信じてもらえないのも無理はない。しかし、俺達はこの本の中に書かれた世界を、実際に体験して来たんだ」
「『原初の光』か……。しかし、そんなバカな事が……」
ミサトも真顔で、
「渡さん、信じてもらえないのは当たり前です。私も、もし聞く立場だったら絶対に信じられないでしょう。でも、これは事実なんです」
「しかしなあ。……何か証拠はないのか? これだけじゃとても上は説得出来んぞ。俺まで狂ったと思われるのがオチだ」
と、うんざり顔の渡に、加持は、尚も食い下がり、
「その物的証拠を掴むために京都に行くんだ。今話した中河原と言う男は必ず何かを知っている。絶対に間違いない」
「しかしなあ……」
その時、
トゥルルル トゥルルル トゥルルル
「お、電話だ」
と、渡が立ち上がる。
「はい、渡です。……はい、……はい、……わかりました。ではまた後ほど」
戻って来た渡に、加持は急き込み、
「何かわかったのか?」
「例の車の調査を進めているんだが、あれだけの情報ではなかなか絞り込めなくてな。怪しそうな所に警察が出張る事になった。しかし、まだしばらくかかる見通しだ」
「そうか。……ならこっちの件は任す。俺達は京都に行くから、武器と道具だけを何とかしてくれ。頼む」
暫しの沈黙の後、渡は、
「ちょっと待ってろ」
と、ゆっくり立ち上がり、壁の所へ行って隠し金庫を開け、中から何やら取り出した。
「…………」
「…………」
そして、無言で待つ二人の所に戻って来ると、
「これを使え」
と、言って、銃のような物とコードの付いた短い警棒のような物を差し出した。
それを見た加持は、
「これは何だ?」
「まずこれは最新式のレーザーガンだ。電源は外部供給式になっている。腰に電池パックを着けて、本体にはケーブルで電気を送る。一撃で人を殺すほどの威力はないが、肌に直接レーザーが当たれば大火傷をさせられるぐらいの力はあるし、服の上からでも充分効果はある。眼に当たれば確実に失明するぞ」
「ペンライトみたいな形だな」
「そうだ。これは拳銃のように使うのではなく、光線で相手を斬るように使うんだ。それから、こっちは麻酔銃だ。クロロホルムのカプセルをガスで発射する。顔に当たれば確実に眠らせられる。2丁ずつ貸してやるから注意して使え」
加持は深く頷き、
「すまん。恩に着るぞ」
ミサトも深々と頭を下げ、
「渡さん、ありがとうございます」
渡は頷くと立ち上がった。
「駅まで送ろう。気を付けてな」
+ + + + +
さてこちらはゲンドウ達。脇道に入って人気のない高架道路の下でナンバーを付け替えた後、祇園寺の「透視能力」でまんまと検問を逃れ、国道を順調に走って糸魚川へと向かっていた。
祇園寺が、会心の笑みを浮かべ、
「もう半分以上来た。ここまで来れば大丈夫だ」
ゲンドウも、
「流石は祇園寺だな。検問なんぞチョロいもんだ。ふふふふ」
と、笑った時、リツコが、
「使徒もだいぶ大きくなったのではありませんか? あまりうかうかはしていられませんわよ」
ゲンドウは後を振り向き、ビンを一瞥した後、改めてリツコに、
「そうだな。育ち過ぎてビンが割れない内に海に辿り着かねばならん。急げ」
「はい」
+ + + + +
ミサトと加持はリニア新幹線で京都へと向かっていた。
「加持君、これでよかったのかしら……」
「……わからんさ。……しかし、俺としては間違っていないと思ってるよ」
「……わかったわ……」
+ + + + +
こちらはシンジとアスカ。流石に今日は二人とも外に出ず、ずっとリビングで待機している。
「……ねえシンジ、ミサトと加持さん、だいじょうぶよね」
「うん、だいじょうぶだよ。……信じよう」
+ + + + +
レイも自室でずっとミサトと加持の無事を祈っていた。
(神様、部長と加持さんをお守り下さい。……あ、そうだわ!)
ある事を思い出したレイは、改めて姿勢を正し、手を組んで、
「オーム・アヴァラハカッ!」
(
□
○
△
∪
∩
□
○
△
∪
∩
□
○
△
∪
∩
□
○
△
∪
∩
………)
+ + + + +
加持とミサトは京都に着くと即刻タクシーに乗り込み、「中河原心理学研究所」の名刺を差し出した。
「この場所に頼む」
「はい、ありがとうございます」
+ + + + +
こちらは嵐山の中河原。
(感じる……。いよいよだな……)
中河原は電話機に手をかけると五大のマンションの電話番号を押した。
『五大です』
「中河原だ」
『かけ直す』
トゥルルル
「もしもし」
『聞こえるか?』
「聞こえるぞ。今さっき波動を感じた。いよいよあいつがこっちに来たようだ」
『そうか。後の判断は任せる』
「わかった」
+ + + + +
ここは「中河原心理学研究所」の前。
加持が小声で、
「武器は大丈夫か」
ミサトは小さく頷き、
「だいじょうぶよ」
「では行くぞ」
+ + + + +
ピンポーン
「来たか」
中河原はゆっくり立ちあがると、インタホンを手にし、
「はい」
『突然申し訳ありません。この前お世話になりました加持と申します』
「今参ります。しばらくお待ち下さい」
+ + + + +
さて、こちらはゲンドウ達である。見事に糸魚川郊外に辿り着いた三人は早速港でクルーザーに「荷物」を積み込んでいた。
「さて、後はアダムとリリスだけだ。祇園寺、頼む」
「おう」
ゲンドウと祇園寺は眠ったままのアダムとリリスを背負って船室に乗り込む。
「よし、これで完了だ。祇園寺、船を出してくれ」
「任せろ」
流石のリツコも呆れ顔で、
「祇園寺さんはクルーザーの操縦まで出来ますの?」
「ふふふ、私は『社長』だからな。何でも出来るぞ」
「そうでしたわね」
やがてクルーザーは沖へ向かって出航して行った。
+ + + + +
中河原は、加持とミサトを応接室に通すと、いきなり、
「率直に申し上げましょう。お待ち致しておりました。武器は不要です」
「!!!!!!!!」
「!!!!!!!!」
絶句する二人の眼を確と見詰め、中河原は、
「驚かれましたか? しかしあなた達もそれなりの覚悟を持ってここにおいでになったはず。ストレートに話し合いましょう」
一瞬の沈黙の後、加持は静かに、
「わかりました。武器はこれです。ここに置きます」
と、レーザーガンと麻酔銃を前のテーブルに置くや、ミサトに、
「葛城、君も出せ」
「……はい」
ミサトが頷き、武器を置いたのを確認した中河原は、再度姿勢を正すと、
「ありがとうございます。まず私から申し上げましょう。『原初の光』の事ですね」
加持は頷くと、中河原の眼を見据え、
「そうです。あの本に関してあなたは何かご存知のはず。それをお聞かせ願えませんか」
「わかりました。申し上げましょう。……あの本の内容は、『もう一つの真実』なのです」
「!! やはり!!」
「!!!!」
驚いた二人に、中河原は、
「では私からも伺いたいのですが、あなた達は何をご存知なのですか?」
加持が、ゆっくりと、
「私達は、あの本に書かれた世界を実際に体験しました」
「何ですと!!!」
と、仰天する中河原に、加持は続けて、
「本当です。信じられない話でしょうが真実です」
中河原は、大きな呼吸を一つすると、
「……そうでしたか。あるいはある程度の事はご存知ではないかとは思っておりましたが、そこまでとは思いませんでした」
ここでミサトが、
「率直に伺います。私達はIBOの関係者ですが、IBO本部長の五大アキラとあなたには何かご関係がおありなのではありませんか?」
「その通りです。五大は我々の同志です」
「やはり!」
ここで中河原はゆっくりと立ち上がり、
「……しかし、事、ここに至れば、後は上の判断を仰ぐべきでしょう。すぐに連絡します」
すかさず加持が、
「ちょっと待って下さい。私達を『敵』だとはお考えにならかったのですか?」
しかし、中河原は軽く微笑むと、
「私もそれぐらいの『透視能力』は持っています。あなた達は私達の敵ではないと判断しました。少しお待ち下さい。電話をかけます」
「はい」
「…………」
中河原は、受話器を手にすると、
「……もしもし、中河原です。安倍理事長をお願いします」
それを聞いた加持は、
「!!……」
(安倍ハルアキか!!)
「中河原です。重要な客人を二人お迎えしました。いかが致しましょう。……はい、……はい、……わかりました。では」
「…………」
「…………」
無言で待つ二人の所に戻って来た中河原は、
「お待たせ致しました。もしよろしければ、これから本部までご同行願えませんでしょうか」
加持は、努めて静かに、
「京都財団ですか」
中河原は頷き、
「そうです。もしお疑いならば、このままお帰り戴いても結構ですし、ご同行願えるのなら、武器はお持ちになって戴いても構いません」
それを聞き、加持は、
「わかりました。同行させて戴きます」
一瞬遅れて、ミサトが、
「私も同行させて戴きます」
中河原は立ち上がり、
「では、参りましょう。私の車でよろしいか? タクシーを呼びましょうか?」
すかさず加持が、
「出来れば私にタクシーを呼ばせて戴けますか?」
「結構です。お願い致します」
+ + + + +
クルーザーで沖に出たゲンドウ達三人は、周囲に船がいない事を確認してエンジンを止めた。
ビンを手にしたゲンドウは、一度深く頷くと、
「では使徒を海に放す」
リツコも頷き、
「はい」
祇園寺はニヤリと笑い、
「ふふふ、大きく育てよ」
もう既にビン一杯にまで育った20体の使徒は、三人の手で次々と海に放たれて行く。
+ + + + +
加持、ミサト、中河原の三人は、京都御所近くにある「京都財団本部」にやって来た。もう時刻も16:00を過ぎている。
ドアを開けた中河原が、二人に、
「では、参りましょう」
「はい」
「はい」
+ + + + +
三人は理事長室の前に来た。中河原がドアをノックする。
トントン
「どうぞ」
中河原がドアのノブに手をかけた。
「お待ち致しておりました」
部屋には、中肉中背で色白の、これと言って特徴のない、40過ぎと思われる男が一人、机の向こうに座っている。
「どうぞ、おかけ下さい」
男は立ち上がると部屋の中央に置かれたソファの所にやって来た。中河原はその男と並んで座り、加持とミサトはテーブルを挟んで反対側に座る。
男は、加持とミサトを見据えた後、一礼し、
「初めまして。私は京都財団理事長の安倍ハルアキです」
加持とミサトも、
「初めまして。加持リョウジと申します」
「初めまして。葛城ミサトと申します」
+ + + + +
ゲンドウ達の手で海に放たれた20体の使徒は、早速猛烈な勢いで周囲の魚やプランクトンを食らい始めていた。
+ + + + +
加持は、開口一番、
「率直にお聞き致します。あなた達の目的は何ですか?」
一瞬の沈黙の後、安倍が口を開き、
「……申し上げましょう。『サード・インパクト』の阻止です」
「なんですと!!」
「なんですって!!」
呆気に取られた二人に、安倍は、
「あなた達も何かご存知のようですな。私にはわかります。……我々は独自の方法で、何か尋常ならざる動きがある事をある程度察知しています。しかし、残念ながらそれを証明する手立てがありません。それでやむなく、我々の出来る全ての方策を駆使して、何とか最悪の事態を未然に防ごうとしているのです」
しかし、その時中河原が、
「理事長、このお二人は、『原初の光』に書かれた世界の事をご存知だそうです」
と、言った言葉に、安倍は、
「なんですと? どう言う事ですか?」
加持は、ゆっくりと、
「バカげているとしか思われないでしょうが、私達は『向こうの世界』に行った事があるのです」
流石の安倍も、顔色を一変させ、
「!!!!! まさか!!」
ミサトも静かに、
「信じられないような話とお思いでしょうが、真実なんです」
ここに来て安倍は、大きく呼吸した後、改めて姿勢を正し、
「……もしよろしければ、詳しくお聞かせ願えませんか」
+ + + + +
全ての使徒を海に放ち終わった後、ゲンドウは、腕時計を一瞥し、
「蛋白質は豊富にある。もう数時間もあれば充分に成熟する筈だ」
祇園寺は頷いて、
「ではそれまで一休みするか」
リツコはそれを聞き、
「コーヒーでも入れますわ」
と、クルーザーの台所に向かった。
+ + + + +
「ノーマクサーマンダバーザラダンカン、ノーマクサーマンダバーザラダンカン、ノーマクサーマンダバーザラダンカン、ノーマクサーマンダバーザラダンカン、ノーマクサーマンダバーザラダンカン、ノーマクサーマンダバーザラダンカン、ノーマクサーマンダ……」
冬月はベッドの上でひたすらマントラを唱え続けている。
+ + + + +
京都財団本部での加持の話は3時間近くにも及んでいた。
一区切り付いたと見た加持は、
「……話は以上です」
すっかり顔色なからしめられた安倍は、
「しかし、まさか……」
だが、加持は淡々と、
「本当の事です。……次はそちらの事情もお聞かせ願えませんか」
安倍は、深く頷くと、
「お話致しましょう。……まず、『原初の光』ですが、あれを書いたのは私です」
「やはり、そうでしたか」
「まず我々の事について話しましょう。我々は『京都財団』と言う財団法人を組織しておりますが、その母体となっているのは、オカルティストの集団です。『晴明桔梗』と言います」
「せいめいぎきょう?」
「そうです。我々は平安時代の陰陽師、安倍晴明の霊的伝統を受け継ぐ者です。『晴明桔梗』とは、晴明神社の提灯にも描かれている星印の事です。セカンド・インパクト以降、我々は陰陽道を駆使して情報を透視し、密教の呪術等も加味して経済的混乱の中を生き抜き、巨万の富を成しました。今では小さな国の生殺与奪を握るぐらいの経済力を隠し持っています」
「……………」
「……………」
無言のままの加持とミサトに、安倍は続けて、
「しかし、その財産を独り占めする事は本意ではありません。そのためこのような財団を作って、あちこちに援助を行って来たのです」
ここで加持が、
「ですが、それだけの力をお持ちなのに、セカンド・インパクトは阻止出来なかったのですか?」
「残念ながら、当時は我々はそれだけの力は持っておりませんでした。あの時もただならぬ霊的波動は察知致しましたが、単なる『占い師』の言う事など誰が聞きましょう。現に、今でさえも、『占いでこんな事が出た』と言っても誰も信じません。それはあなた達もよくおわかりではありませんか?」
「……確かに……」
「……はい……」
と、頷く加持とミサトに、安倍はまた続けて、
「『原初の光』の元原稿ですが、10年以上前に、私がある人から聞いた話を元にして膨らませ、趣味で書いたものです。そしてその事は、それ以降はすっかり忘れておりました。使徒の出現は、私にとっては嫌な暗合でしたが、それでもまさか、あの小説と何かの関連があるなどとは全く考えてもおりませんでした。
ところが、去年の10月16日、この日はあなた達にも深い関係がある日ですが、その明け方、私はこの小説の内容そのものの夢を見たのです。とてもではありませんが夢とは思えないほどのリアルな映像でした。しかも、私が不得手である筈の、密教に関する内容が大量に出て来たのです。私はそれを単なる夢だとはどうしても思えませんでした。それで、早速陰陽道の占いを使って占断した所、やはりこれは『強い霊的波動』が影響した物だ、と判定するに至りました。そこで私は同志の中河原に相談し、彼の密教の知識を加味してあの小説を書き直したのです」
加持が、やや訝しげに、
「ですが、どうしてあの本をバラ撒かれたのですか?」
「これだけ強い霊的波動が発生しているとすれば、私の他にもどこかにこの波動を受けた者がいる筈だ、と考えたのです。それで、他の同志とも相談した上で、何とかそう言う人物との連絡を取りたいと考え、急遽古い紙を集めて本に仕立てました。一見、古本であるように思わせようとした訳です。そしてそれを全国の古書店にバラ撒いたのです。我々の連絡所である『喫茶・式神』以外は、敢えて京都には置きませんでしたが」
「なるほど、そうでしたか。……しかし、もしそれがあなた達に敵対する人物の手に渡ったら、とはお考えにならなかったのですか?」
「その危険は承知の上でした。もし万が一敵の手に渡る事があっても、出所さえ不明にしておけば、敵が動いた時、その波動を察知出来るだろう、と考えたのです。しかし、全く反響はありませんでした。あの本に関する動きは、あなた達が最初です」
ここでミサトが、
「さっき、中河原さんからお聞きしたのですが、IBOの五大本部長も同志だそうですね。なぜIBOに送り込まれたのですか?」
安倍は、平然と、
「万が一の事態に備え、エヴァンゲリオンを奪われないように監視するためです」
「エヴァを!!!」
「エヴァを!!!」
と、驚くミサトと加持に、安倍は、
「そうです。もうご存知でしょうが、我々は万が一の事態に備えてJAを再製作させました。そして、エヴァンゲリオンも押さえておく必要があると考えて、国連を通じて五大を送り込んだのです。それから、服部と田沢も私の部下です」
ミサトはまたも驚き、
「えっ!? あの二人も!?」
「そうです。五大からあなた達に関して連絡を受けた我々は、もしかしたらあなた達が味方になってくれるかも知れないと考え、申し訳ありませんが、『監視役』として送り込ませて戴きました。二人からの報告でも、あなた達は『敵』ではなかろうと判断致しておりました」
「すると、もしかして、渚君や八雲さんもそうなんですか?!」
「そうです。あの二人、特に渚カヲル君は絶対に敵の手に渡す訳には参りません。八雲君は我々の情報網を駆使して調べた結果、霊的能力の素質が抜群だと判断したため、IBOに送り込んだのです。無論、二人とも何故送り込まれたかの理由は知りませんが」
ここで加持が、
「あなた達は一体どこまでご存知なのです? 旧ネルフの事や、この一連の動きに関して」
「我々は経済援助を通じて政府や国連とも縁が深く、その範囲で知る事が出来る情報は全て把握しています。しかし、結局はそのレベルでしかありません。渚君の場合は、彼がネルフドイツ支部でのチルドレンだったと言う事を知っているだけです。しかし、いざとなったらエヴァンゲリオンを動かせる人物は絶対に敵に渡す訳にはいかないと考え、日本に連れて来るように手を打ちました。八雲君の場合も、彼女の霊的素質を考えると、絶対に敵の手に渡す訳には参りませんからね」
「すみません。先程から、『万が一』と言う言葉と『敵』と言う言葉をよくお使いですが、具体的にはどのようにお考えなのです?」
「それは、『原初の光』で示した内容です。この世界で、『向こうの世界で起こった事』と同じ事をやろうとしている者がいると考えております」
「!!!!!!!」
「!!!!!!!」
二人はまたもや言葉を失ったが、一瞬の後、加持が、
「……『現実界と魔界の壁を破ろうとしている者がいる』、とお考えになっておられるのですか!?」
安倍は、深く頷き、
「その通りです。しかし今あなた達のお話を伺うまでは、あくまでもこれはこちらの事と考えておりました。『向こうの世界』で起こった事と同じ事をやろうとしている者がいる、としか思っていなかったのです。我々も『向こうの世界』と言う言葉を使っておりますが、それはあくまでも『透視レベルでわかるだけの、別次元の出来事』と考えておりました。事実、『原初の光』には、『こちらの世界』との融合の事は何も書いておりませんでしょう」
「確かに。……すると、JAを再製作なされたのも、使徒の襲来を予想してではなく、『マーラ』の襲来を予想されての事だったのですか」
「そうです。そのためにJAを再製作し、『霊的戦士の養成』も考えていたのです。さっき申しました八雲君の件は、彼女は霊的戦士として最適と考えたから、と言う事でもあるのです。そして、エヴァンゲリオンに関しては、今は動かないだろうとは思いますが、これも万が一に備えて、こちらの手の内に入れておきたい、と考えたからなのです」
ここでミサトが、
「すると、子供達に戦闘シミュレーションをやらせたのも……」
「そうです。あれは私が五大に命じていた事ですが、もし最悪の事態が生じた時、エヴァンゲリオンをもし動かせたら、とも考え、それも、出来れば遠隔操作で動かせないか、と考えてあのようにさせたのです。
しかし、あなた達のお話を伺った今となっては、私も認識を変えねばならないでしょう。これは由々しき事態です。私は甘過ぎたのです。最悪の場合、使徒の再来、そして、『向こうの世界』からこちらに来ている者がいるのかも知れない、と言う事も考慮せねばならなくなったと思います」
「まさか、それはまさか……」
ここで、安倍は一段と真剣な顔になり、
「そうです。この件には、『祇園寺羯磨』が関わっているかも知れません」
ミサトは顔色を変え、
「まさかそんな!!」
と、叫んだ。加持は蒼白な顔のままである。
「!!!!!!」
安倍は続けて、
「しかし、事実、あなた達も『向こうの世界』を体験して、それからこちらに戻って来られたではありませんか。ならば、祇園寺が同じ事をやらないとどうして断定出来ましょう」
またもや一瞬の沈黙の後、加持は、
「……確かに」
ここに来て、ミサトも声を荒げ、
「……加持君、まさかとは思うけど、もしかして……」
「ああ、俺も今そう思った。碇司令だろう」
「まさかとは思うけど、もしかしたら、万が一そうだったとしたら……」
「それだけじゃないぞ。……『使徒・渚カヲル』もそうだ」
「!!! じゃ、渚君はやっぱり使徒だって言うの!!??」
しかし加持は首を振り、
「落ち着け。今の彼は違うだろう。しかし、『使徒・渚カヲル』の魂がどこかで再生していたとしたら……」
「!!!!!!」
と、ミサトが絶句した時、加持のスマートフォンが、
トゥルルル トゥルルル トゥルルル
「電話だ。ちょっと失礼します。……もしもし」
『渡だ』
「おお、どうなった?」
『どうやら例の車の持ち主ではないかと思われる会社を絞り込んだ。これから乗り込む』
「わかった。頼む」
ミサトは勢い込み、
「渡さんからなの?」
「そうだ」
安倍も真顔で、
「何かあったようですな。お戻りになられますか?」
しかし加持は、
「いえ、構いません。……で、これからどうなさるおつもりなのです?」
「最早、事ここに至れば、何としても我々の『透視能力』を駆使して手がかりを見つけるしかないでしょう。しかし、この中河原は占いのエキスパートですし、私もそうだと自負しておりますが、今の所、松代に何かが……」
それを聞いた加持とミサトは、
「えっ!! 松代にですか!!」
「!!!!!」
と、顔色を一変させた二人に、安倍も、
「松代に何かがあったのですか?!」
加持は、努めて冷静に、
「旧ネルフのスタッフ、冬月副司令と赤木博士が行方不明になっている事はご存知ですね」
「存じております。敵に拉致された、と考えておりますが」
「今日私達は、その赤木博士を松代で見たんです。車を運転していました」
それを聞いた安倍は、色めき立ち、
「なんですと!? じゃ、拉致されたのではなく……」
最早ミサトは、感情を抑えられなくなり、
「リツコがこの一件に関わってるって言うの!?」
加持も、暗い顔で、
「そうとしか思えんよ。……安倍さん、さっきの電話は、それに関する連絡だったんです」
「うーむ……」
と、一瞬考えた後、安倍は、顔を上げ、
「あなた達はすぐに松代に戻られた方がいいのではありませんか? 今なら最終に間に合います」
加持も大きく頷き、
「その方がよさそうですね。そうさせて戴きます」
すかさず安倍が、
「ではすぐ車を手配しましょう。中河原君、頼む」
「承知致しました」
と、中河原が立ち上がった後、安倍は二人に、
「それから、今回の件は五大にも連絡しておきます」
「ありがとうございます」
加持は深く頭を下げた。
+ + + + +
こちらは松代。
「例の会社」を突き止めた渡は、警察と共に乗り込んでいた。しかし中は「もぬけの殻」である。やむなくあちこち捜索して、倉庫に辿り着き、
「渡さん、これは何でしょう?」
「うーむ、何かの実験設備だとしか思えんが、一体、何をやっていたのか……」
+ + + + +
「ノーマクサーマンダバーザラダンカン、はっ!!!!」
ひたすらマントラを唱え続けていた冬月の心に閃く物があった。冬月はベッドから飛び降り、椅子を掴むと激しくドアを叩き始めた。
ドンドンドンドンドンドンドンッ!!!
+ + + + +
ドンドンドンドンドンドンドンッ!!!
「なんだ?!」
社内を捜索していた警官の一人が、地下の方から響いて来る物音を耳にした。
+ + + + +
加持とミサトが京都駅のリニア新幹線のホームで電車を待っていた時、
トゥルルル トゥルルル トゥルルル
「加持です」
『渡だ! 冬月副司令を発見したぞ!!』
「なにっ!! わかった。今そちらへ向かっているからよろしく頼む!」
「どうしたの?!」
「冬月副司令が見つかったそうだ」
「えっ!」
+ + + + +
こちらは海の上。
ゲンドウが時計を見て、
「もうそろそろよかろう。使徒も戻って来る頃だ。アダムとリリスを覚醒させよう。リツコ君、リリスの頭にセットした電極は大丈夫だな?」
「はい。大丈夫ですわ」
「コンピュータを動作させろ」
「はい。……これで準備完了です」
ここで祇園寺が、
「よし、では儀式を行うぞ。手を組んで私と一緒に呪文を唱えろ」
ゲンドウは頷き、
「うむ。リツコ君もやりたまえ」
「はい」
祇園寺は手を組むと、
「では開始するぞ。……AZI MARI KAM、AZI MARI KAM、AZI MARI KAM……」
ゲンドウとリツコも、同じように手を組み、
「AZI MARI KAM、AZI MARI KAM……」
「AZI MARI KAM、AZI MARI KAM……」
+ + + + +
海中で猛烈な勢いで育っていた20体の使徒は、突然何かに取り憑かれたかのように浮上し始めた。
+ + + + +
「AZI MARI KAM、AZI MARI KAM……」
「AZI MARI KAM、AZI MARI KAM……」
「AZI MARI KAM、AZI MARI KAM……」
三人がひたすら呪文を唱え続けて数分が経過した頃、船の周囲の海面がざわめき始めた。しかし三人が構わず呪文を唱え続けていると、驚くべき事に、ベッドに寝かされていたアダムとリリスがぼおっと光り始めたではないか。
「AZI MARI KAM、AZI MARI KAM……」
「AZI MARI KAM、AZI MARI KAM……」
「AZI MARI KAM、AZI MARI KAM……」
やがてアダムとリリスはゆっくりと眼を見開き、上半身を起こした。
「……やあ、みなさんおはよう。……長い眠りだったよ」
「……ここは、……どこ?……」
覚醒したアダムとリリスの姿を見て、ゲンドウと祇園寺は薄笑いを浮かべたが、リツコは無表情のままだった。
+ + + + +
加持とミサトはジリジリしながらリニア新幹線で第2新東京に向かっていた。その時ミサトが、
「そうだわ。シンちゃんとアスカに電話しなくちゃ」
「そうだったな。みんな心配している筈だ。俺はレイに電話するよ」
+ + + + +
こちらは第3新東京市。一日中ミサトと加持からの連絡を待っていたシンジとアスカも、流石に気疲れしたのかリビングの床の上で毛布をかけてウトウトしていた。
トゥルルル トゥルルル トゥルルル
「はっ!! 電話だ!」
シンジが飛び起きて電話の所に駆け付ける。アスカも起きて飛んで来た。
「はいっ、葛城です!」
『シンちゃん? ミサトです』
「あ! ミサトさん! どうですか!?」
『こっちはだいじょうぶよ。あんたたちも心配しないで寝てちょうだい』
「はいっ! わかりましたっ! あ、アスカに代わります!」
「もしもしミサト?! だいじょうぶ?!」
『うん、だいじょうぶだって♪ 心配しないで二人とも早く寝なさい♪』
「うん、わかった♪ じゃ、おやすみ♪」
「あー、安心したよね。……じゃ、アスカ、もうおそいし、寝ようか」
「うん♪ そうね♪ おやすみシンジ♪」
「おやすみアスカ♪」
二人は軽くキスを交わして部屋に戻って行った。
+ + + + +
『……そう言う訳でこっちは二人とも大丈夫だ。安心して早く寝てくれ』
「はい、どうもありがとうございました。加持さんも部長もお気をつけて」
『ありがとう。じゃな』
「はい。おやすみなさい……♪」
加持からの電話を切ったレイもほっとした気持ちでベッドに向かった。
続く
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'たとえ、君を抱いても ' composed by QUINCY (QUINCY@po.icn.ne.jp)
夏のペンタグラム 第三十六話・三界無安
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