第二部・夏のペンタグラム




 さて今日は2月3日。アスカもスランプを脱して1週間経った。この間実験は順調に進み、チルドレンは全員そこそこ『戦闘シミュレーション』をこなせるようになって来た。

 みんな多少の疑問は持っていたものの、やはり「慣れ」と言うのは恐ろしいもので、ナツミやヒカリですらちゃんと「戦闘」をこなしている。

 中央制御室で実験の様子を見ながら、ミサトは、

(みんな上達したわね。……でも、こんな事ばっかりやらせるなんて……)

と、ずっと心に引っ掛かりを持ち続けていた。

 +  +  +  +  +

第三十五話・修羅鬼畜

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 その頃加持は本部長室に呼び出され、五大から指示を受けていた。

「……と、言う訳でな、松代の実験場はIBOに変わってからはまともに動いていないし、現在ビル管理会社に管理が委託されてしまっているんだが、今後の事も考えて、一度視察して来てくれないかね」

「と、仰いますと、またあそこを使用するかも知れない、と言う事なんですか?」

「いや、大体あそこは『エヴァンゲリオンのドック』みたいなものだったから、その意味では使用する事もないのだろうが、あれだけの設備だからなあ、使わないのなら売却する事も視野に入れておかねばならん。その意味で、現在どの程度の設備が運転可能か、と言う事に関しても、ざっとでいいから見て来て欲しいんだ」

「了解致しました。しかし私は技術が専門ではありませんが、それでも構わないのでしょうか」

「構わんよ。いや、寧ろ、あくまでも君の眼で見て来て欲しいんだ」

「わかりました。それで日程の方はどうさせて戴きましょう」

「それも任せる。出来るだけ早い時期が望ましいが、君の都合のいい時で構わん」

「了解致しました。では失礼致します」

と、加持が出て行こうとした時、五大が、

「……おっとそうだ。加持君」

 加持は振り向き、

「は、なんでしょう?」

「今年の仕事始めの関係で出勤してもらった6、7日の代休なんだが、まだ取っていないんじゃないのか?」

「はあ、この所バタバタしておりましたもので……」

「服部君も来てくれた事だ。適当に取ってくれよ」

「は、どうもお気遣い戴きましてありがとうございます。ではこれにて」

「うむ。頼んだぞ」

 加持が退室した後、五大は微かな笑いを浮かべていた。

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 実験を終えてチルドレンが全員帰った後、総務部室に戻って来たミサトは、

「レナちゃん、今日の処理は全部終わった?」

「はい、全て完了しました」

「そう、じゃ、もう定時だから先に上がってちょうだい。私はもう少しやっておく事があるから」

「はい。ではお先に失礼いたします」

 机を片付け、レナは部室を出て行った。その後ミサトは、

「さて、と、もうちょっちがんばっかな……。ふう……」

と、机に山積みされている書類の山を見て溜息を漏らし、

(あ、そうだ、メールは……)

 パソコンを操作すると「メール到着」のメッセージが現れた。加持からである。

(「午後20時、いつもの所で」)

 即座にメールを削除し、時計を見る。

(今17時過ぎか……。ま、ちょうどいい時間かな……)

 +  +  +  +  +

 さてこちらはシンジとアスカ、実験を終え、途中で買い物を済ませてからマンションに帰って来た。今日の夕食の当番はミサトだが、帰って来る時間がずっと不規則であるため、二人とも買い物ぐらいはしておくようにしてる。

「ねえシンジ、今日のばんごはんの当番はミサトだけどさ、またおそくなるのかなあ」

「どうだろ。たしかにミサトさん、このごろ帰りがおそいもんねえ……」

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

「あ、電話だ。ミサトかもね。……はい、葛城です」

『あ、アスカ、ミサトです』

「あ、ミサトかな、って言ってたとこよ♪」

『わるいけどさ、今日もおそくなるのよ。私は食べて帰るから、そっちも晩ご飯適当にやっといてよ』

「オッケー♪ やっとくわ。……そっちもがんばってね♪」

『え?! な、なによ、がんばる、って……』

「え?♪ そんなの、仕事にきまってんじゃない♪」

『え? あ、そっか、そうよね……。あはは……;』

「じゃ、がんばってね♪」
(へへっ、ミサトったら、あわてちゃって……♪)

「電話、ミサトさん?」

「そ、おそくなるからばんごはんてきとうにたべといて、だってさ♪」

「そうなの。じゃ、僕らだけでまた適当に作ろっか」

「そうね♪」

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 アパートに帰って来たレイは、シャワーを浴びた後、いつも通りに支度をして簡素な夕食を取っていた。

(……渚くん。……今日もいっしょにがんばったのよね。……二人で実験するようになって、なんだかわたしもまたちょっと変わったのかな……)

 一人で部屋にいると、以前はシンジの事を考えたりやサトシの事を思い出したりする事が多かったが、この所は妙にカヲルの事を考えしまう。無論、レイの事だから、それが即座に「愛情」に結び付く訳ではないが、「相手の事を思うと心が温まる」と言うのは、レイにとっても初めての感情であり、多少の戸惑いはあるとは言うものの、やはり楽しい事には違いなかった。

(……こんな気持ち、ほんとに初めて……。このこと、シンちゃんやサトシくんに相談したら、なんて言ってくれるだろ……)

 レイは、まるでテーブルの向こうにカヲルがいて、一緒に食事をしているかのような気持ちになり、

(……おいしいね。……渚くん……)

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 こちらはカヲル。今日は面倒だからと、帰りに弁当を買って来た。一人で食事をしているのに、レイの事を思うとまるで前に彼女がいるような気持ちになる。

(……おいしいよ、綾波さん。……これって、好き、ってこと、なんだろか……)

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 こちらはマンションに帰って来た五大。

(……中河原に電話しておくか)

 受話器を取り上げ、ボタンを押す。

『中河原ですが』

「五大だ。かけ直してくれ」

『わかった』

トゥルルル

「もしもし」

『聞こえるか?』

「ああ、聞こえるぞ。……あれ以降は、結局わからんのか?」

『だめだ。8日に最初の波動が感知されて以降、私の占断では何もわからん』

「松代の『霊的波動』はどうなんだ」

『私が、「霊的波動の発生源は第2新東京付近」と占断した事を受けて、本部が陰陽道を駆使して調べた所、「松代」と言うキーワードは出て来たんだが、それ以降は何も感知されていないんだ。私の占断でも変化はない。もしかしたら敵さん感付いたか、と言う不安もなきにしもあらずだ』

「お前ほどの腕の持ち主が何を言う。結界は張っているんだろう」

『無論だ。こっちの「波動」はまず感知されていないはずだ』

「上の判断はどうなんだ?」

『こればかりはなあ、敵の能力が未知数だけに、相手の結界の強さがわからんのだ。もし相手がこっちと互角だったら、感知は困難だと言う事は間違いない、と見ている。……ところでそっちはどうなんだ?』

「こっちは上からの連絡を受けて、加持に誘い水をやっておいた。松代に行かせる。恐らく続いてそちらに行くだろう」

『わかった。こっちにも上から連絡が来たが、確かにそろそろ潮時だろうな。服部と田沢は上手くやっているか?』

「うむ。大丈夫だ。……それから、今の状況ならエヴァを奪われる心配はない。その点は安心しておいてくれ」

『なるほど。ではその件は上にも伝えておこう』

「ではまた連絡する」

 +  +  +  +  +

 さてこちらは松代の例の会社の倉庫。

 水槽の方を向いたままのリツコが、ゲンドウと祇園寺に、

「もう2体とも充分に育ちましたわ。出します?」

 ゲンドウは頷き、

「よかろう。始めてくれ」

「はい、ではLCLを抜きます」

 祇園寺はニヤリと笑い、

「ようやくここまで漕ぎ着けたか。ふふふふ」

 その時、リツコがゲンドウの方を向き、

「……ところで、碇司令」

「なんだね?」

「ドイツにいらしてからの事は伺いました。でも、日本にいらした時の事はお聞きしていませんわね」

「……第3を抜け出した後、暫くは第2新東京にいた」

「そうですの。……で、この会社はどうして見つけられましたの?」

「旧ネルフの保安諜報部がどうなったかは知っているな」

「ええ、全員が公職追放。ほとんどの部員は内務省の保護観察下に入れられたと聞いていますわ」

「ところがだ、松代実験場の保安要員の内三人だけが、クビになっただけで保護観察を免れた。私はその三人を探し出して『洗脳』した」

 ここで祇園寺が笑い、

「無論、私の『魔法』を駆使したがね。ふふふ」

「…………」

 リツコは無言のままだ。ゲンドウは続けて、

「それからその内の一人のパスポートを変造してドイツに渡ったのだ。そして、その三人を使ってこの会社に渡りをつけた。この会社は元々保安諜報部が『汚れ仕事』をやる時に使っていた会社だ」

「そうでしたの」

「ネルフがIBOに変わってからはこの会社も仕事にあぶれていたからな。簡単に落ちた」

「それで、その三人はどうしましたの?」

 祇園寺が、平然と、

「無論、用済みだから、この前、社員に始末させたよ」

「!!!!!……」

 絶句したリツコに、祇園寺は続けて、

「今頃はコンクリートに詰まって日本海の底だ。ふふふふふ」

 ゲンドウも薄笑いを浮かべ、

「まあ、そう言う事だ。……LCLが抜けたな。外へ出すぞ」

「はい」

と、リツコはそばに置かれた手術用のベッドに向かった。

 ゲンドウは、祇園寺に向かって、

「祇園寺、手伝ってくれ。アダムの方からだ。そこの手術用ベッドに載せる」

「うむ」

 二人は、アダムを抱え上げ、

「……よっ、と……」
「……よっ、と……」

 運びながら、ゲンドウは、

「濡れているから慎重にやれ」

 二人でベッドにアダムを乗せつつ、祇園寺も、

「うむ。……こんなものか?」

「うむ、それでいい。次はリリスだ」

 二人はリリスも同じように、

「……よっ、と……」
「……よっ、と……」

 また祇園寺が、

「……よし、これでいいな」

 ゲンドウは頷き、

「うむ、こんなもんだ」

と、言った後、リツコにも

「ではリツコ君、早速アダムの精子とリリスの卵子を採取してくれたまえ」

「はい」

と、頷いた後、リツコは呆れ顔で、

「でも、碇司令、よくこんな強力な『排卵誘発剤』が手に入りましたね」

 ゲンドウはニヤリと笑い、

「ドイツで手に入れた。注射すれば2、3時間で十数個排卵させられるヤツだ。ゼーレは色々な物を残しておいてくれたからな」

と、言った後、今度は苦笑を浮かべ、

「ところで、アダムの精子はどうやって取る?」

 一瞬の沈黙の後、

「……私が手で取りますわ」

と、言ったリツコに、祇園寺も、

「ふふ、大したものだな……」

 ゲンドウは更に苦笑して、

「ふふふ、そうか。では頼むぞ。私と祇園寺は社長室にいる」

「……はい」

 リツコはやや暗い顔のまま頷き、ベッドに向かう。

 手術用のベッドに載せられた「2体」の姿は、紛れもなく、「使徒・渚カヲル」と「クローン・綾波レイ」である。その「2体」は、まるで「死んでいる」かのように「眠って」いた。

 +  +  +  +  +

 こちらは加持とミサトである。二人は落ち合ってからコンビニに寄って弁当を買い、即座にホテルに移動した。ベッドに腰掛けて服を脱いでいる時、加持のスマートフォンが振動した。

ブルブルブルブルブル

「お、メールみたいだ。ちょっと待ってくれ。……渡かな」

 ボタンを操作して確認してみると、案の定、

「やっぱり渡からだぜ。……出来るだけ早く電話して来い、だと。構わないか?」

「もちろんよ」

 加持は真顔のミサトに軽く頷くと再度ボタンを操作し、

「……もしもし、加持だ」

『お、待っていたぞ。例の二人の件の絡みでな、直接は関係ないかも知れないが、ちょっとした情報が入って来たぞ』

「どんな情報だ?」

『旧ネルフの元保安諜報部員が三人、行方不明になっているんだ』

「ふむ、それで」

『そしてな、その三人ともが松代に関係していた事が判った』

「うーむ、松代か。……いやな暗合だな」

『何かあったのか?』

「いや、上からの命令でな、松代の実験場を視察に行く事になった、と言うだけの事なんだがな」

『うーん、なるほど……。まあしかし、それは偶然と考えた方がいいんじゃないか』

「そうだろうな。……で、その三人の件は?」

『それがだ、行方不明になった時期がどうも嫌な感じなんだ。三人とも大体この1ヶ月の間、もっと正確に言うと、1月の中旬から末までぐらいの間に行方不明になっているんだ』

「あの二人が行方不明になってからか」

『そうだ。認識を合わせておこう。旧ネルフの保安諜報部が廃止された時、部員の殆どは何らかの処分を受けた。基本的に全員公職追放。中には刑事処分を受けた者もいるし、殆ど全員が保護観察処分だ。そうだな?』

「うむ、その通りだ」

『ところが、その三人だけはネルフを辞職させられただけで済んだ。その理由と言うのが、その三人は松代で保安と警備の仕事をやっていただけで、碇ゲンドウとの直接の関係がなかった、と判断されたからなんだ』

「なるほど」

『しかし、こうやって旧ネルフ関係者三人、それも元保安諜報部員が、例の二人に引き続いて行方不明になった、となると、偶然にしては出来過ぎている、と考えたくなるのが人情と言うもんだろ』

「確かにな。で、その三人には身内はいないのか?」

『いるにはいるが、同居はしていない。三人とも松代で一人暮しだった』

「その三人が松代からいなくなった、と言う事だな?」

『そう言う事だ。現在の所、足取りは全く掴めていない』

「わかった。ではその三人の個人データをメールで送っておいてくれ。松代に行った時に一緒に調べて来るよ」

『頼む。あ、それからな、例の京都財団の件だが』

「京都財団!? 何かあったのか?!」

と、色めき立った加持に、渡は、

『え? JAが完成した、と言う話なんだが。……えらく勢い込んでいるじゃないか。京都財団絡みで何かあるのか?』

 それを聞いた加持はほっとして、

「いや、そうじゃないんだ。JAの事となると、こっちも多少神経を使ってしまってな。……そうか、JAが完成したか……」

『うむ。「深海開発用」と言う名目だが、性能は以前の物を遥かに上回るそうだ。まあ、今更「使徒迎撃用」と言う訳でもないだろうけどな』

「そうか。……わかった。いずれにしても注意しておくよ」

『ではまた連絡する』

「頼む」

 真顔で電話を切った加持の様子を見ながら、ミサトも不安を隠せない様子である。

「……なにかあったの?」

「いや、聞いていたと思うが、あの二人に続いて、今度は旧保安諜報部員が三人行方不明になった。嫌な偶然なんだが、三人とも松代の人間だそうだ」

「松代の……」

「そうだ。ちょうど本部長からは松代視察を命じられているしな。……シナリオでもあるのか、と言いたくなるよ……」

「それと、JAが完成したのね」

「うん、前のタイプを上回る性能を持っているそうだ。……京都か……」

「あ、そう言えば加持君、今日の『本題』は何だったの?」

「あ、それはつまり『松代出張』の事だよ。それがな、本部長が、まるで俺を挑発するみたいに、出張を命じた後で、『6、7日の代休を取ってくれよ』と言って来たんだ」

「なんだかまるで、外で好きにやって来てくれ、と言わんばかりね」

「そうなんだな。……しかし、だからこそなのかも知れんが、この際思い切って、松代経由でもう一度京都に乗り込もうかと思ってるんだ」

「京都財団を調べに行くの?」

「それもある。しかし、今回の本命はあの『中河原』と言う男だ」

「どうやって調べるの?」

「この際だから、少々ムチャな手も使わないと仕方ない、と思ってる。電話の盗聴なんかも含めてな」

「……わかったわ。……わたしも行く」

「うん、今回はそうしてもらう必要がある、と、俺も思ってる」

「……でも、武器はどうするの? 今はネルフじゃないから、拳銃は御法度よ」

「何とか考えるさ。そのあたりは渡に頼まないとだめだろうがな」

 加持はニヤリと笑うと突然「下着姿のミサト」に「襲いかかって」行った。

「えっ?! なに?! ……う……、あ……、いや……、あン……」

 +  +  +  +  +

 シンジとアスカは食事の後片付けも済ませ、リビングでずっとテレビを見ていた。コーヒーを飲んだり、何だかんだとしている内に、壁の時計は21:30を指している。

(……おちつかないな、……こうやってアスカと二人でいると、また……)

 シンジはそっとアスカの横顔に視線を送ってみた。こうやって改めて見るとやはり愛しくなってしまう。

(……でも、またあんなことになったら……)

 シンジは少し戸惑った。この前アスカと「愛撫」した時に、シンジのせいではなかったとは言うものの、アスカが「拒否反応」を起こした事があったため、それ以来キスはしていなかったのだ。しかし、一度「体が覚えてしまった味」を忘れる訳もなく、殆ど毎夜の如くアスカの事を考えながら「ソロ活動」に勤しんでいる。無論、アスカも同じようなもので、毎日とは言わぬまでも週に3回以上は「自分でして」いたのだった。そう言う訳で、何となく体の方は不満を感じているが、お互いにまた「愛撫」まで踏み込む勇気もなく、さりとてキスだけで満足出来るとも思えなかったため、ずっとウヤムヤになっていたのである。

 その時シンジの視線に気付いたのか、アスカがこっちを振り向き、

「どうしたの?」

「……いや、その、……別になんでもないんだ。あはは……」

と、シンジは、笑って誤魔化そうとしたが、アスカは、やや俯いたまま、

「……ねえシンジ、……キス、しようか……」

「え?」

 シンジは一瞬ドキリとして、

「……でも、いいの?……」

「いいの、って?」

「この前さ、アスカ、なんか、いやなことを、思い出したみたい、だから……」

「えっ?!」

 今度はアスカがドキリとして、

「……う、うん。……だいじょうぶよ……」
(……もうだいじょうぶよね。……思い出さないわよね……)

と、少し言葉を濁らせた。一瞬の沈黙の後、シンジは、

「……じゃ、今日は、キス、だけに、……しとこか……」

 アスカも軽く頷き、

「う、うん……。そうね……」

 シンジはゆっくり立ち上がるとリビングの電気を消した。アスカはテレビを消してゆっくりソファに向う。二人はいつものようにソファに腰を降ろし、そっと抱き合って唇を重ねた。

「…………」
「…………」

 相手の体のぬくもりが自分に伝わり、心臓の鼓動は高鳴る。相手の舌の甘さはまるで蜂蜜のように自分の舌を刺激し、えも言われぬ感覚を惹き起こす。二人は少し息遣いを荒げながら、まるで初めての経験のようにその感触を味わっていた。

「…………」
「…………」

 二人は暫くそのまま抱き合っていたが、やがてシンジがそっと唇を離し、

「……だいじょうぶ?……」

「……うん、なんともないわ……」

 二人とも「キス以上に進めない」のは不満であったが、今日はどちらもそれ以上の事を自分から切り出す勇気は起きなかった。

「……じゃ、ちょっと早いけど、もう寝ようか……」

と、シンジが言うのへ、アスカも頷き、

「……そうね……。じゃ、おやすみ……」

「……おやすみ……」

 二人はもう一度軽く唇を重ねた後、ソファを立った。

 +  +  +  +  +

 部屋に戻ったシンジは即刻ベッドに転がり込むと、

「……う、……あ……、アスカ……、はあっ、はあっ……」

 当然の事ながら、「もう寝よう」、等と言ったのは口実に過ぎない。本当は「我慢出来なくなった」だけの事である。シンジは何のためらいもなく快感に身を委ねていた。

「……はあっ、……はあっ、……はあっ、……うっ!……」

 +  +  +  +  +

「……あン、……う……、シンジ……」

 アスカの方も部屋に戻ると即座にベッドに滑り込んでいた。

 +  +  +  +  +

 例の会社の社長室。

 苦笑しながら、祇園寺がゲンドウに、

「……しかし、あの女センセイ、大したタマだな。いくらアダムだとは言え、御自身の『手』で精子を取るとは見上げたもんだ。ふふふふ」

「ふっ、それぐらいの女でないと、我々のパートナーは務まらんよ」

「確かにな。わははは」

 その時、

トントン

 祇園寺がドアに向かって、

「入れ」

 入って来たのは、無論リツコである。

「……失礼します。アダムの精子とリリスの卵子を採取しました」

 ゲンドウは頷くと、

「うむ、ご苦労。では早速倉庫に行って次の仕事にかかろう。材料は全て揃っているな」

「……はい」

 +  +  +  +  +

 三人は倉庫に戻って来た。アダムとリリスは相変わらず裸のままでシーツだけをかけられてベッドの上である。作業台に置かれたビーカーの中にはアダムの精子が、そしてシャーレの中にはリリスの卵子があった。

 訝しげな顔のリツコが、ゲンドウに、

「これからどうなさいますの? 今からこれを受精させても、使徒として育てる施設も時間もありませんわよ」

「問題ない。……リツコ君、君は肝心な事を忘れているな」

「肝心な事……。何ですの?」

「アダムとリリスはヒトの形にするために人間の遺伝子を組み込んだから、余り無茶な育成は出来なかった。しかし使徒となれば話は別だ。……リツコ君、君は魚類の受精卵の分裂速度を知っているかね」

「はい、約30分から1時間で1回……、えっ! では、まさか……」

 顔色を変えたリツコに、ゲンドウはニヤリと笑い、

「その通りだ。ウイルスを使ってその速度を実現するようにしてやれば、遅くとも48時間、即ち2日もあれば、受精卵は立派な使徒となる」

「でも、それだけ大きくするにはそれだけの蛋白質が必要でしょう」

「ここで数時間置いてやってから海に放せばよい。後は本能の赴くままに海中の蛋白質を摂取し、大きく育つ、と言う訳だ」

「でも、最初の蛋白源はどうします?」

と、聞いたリツコに、ゲンドウは薄笑いを浮かべて、

「ここの社員を使えばよい」

「!!!!!」

 流石にリツコは絶句したが、ゲンドウは笑ったまま、

「ふっ、どうした。これしきの事で驚くとは君らしくないぞ。『前の歴史』ではレイのダミーを全て『壊した』くせに」

「!!!!」

 リツコは一瞬返す言葉を失ったが、すぐに、

「それで、後はどうなさいますの? 使徒はアダムかリリスとの融合を果たそうとして戻って来ますわよ」

「ふふふ、そうはさせない。……祇園寺、話してやれ」

 祇園寺は、「この上ない薄笑い」を浮かべ、

「うむ。……ふふふ、使徒を『兵器』として使うのだよ」

「!!!!!」

 愕然としたが、すぐさまリツコは祇園寺に、

「どうやって!!??」

「アダムとリリスがカギとなる。この2体はまだ覚醒していないが、使徒の成熟と回帰に合わせて覚醒させてやるのだ。『魔法』を使ってな」

 それを受け、ゲンドウが、

「無論、覚醒と同時にリリスにはダミーのレイの記憶を植え付ける。アダムは既に『使徒・渚カヲル』の記憶を持っているから覚醒させるだけでよい」

「…………」

 沈黙したままのリツコに、祇園寺は続けて、

「そしてだ、アダムとリリスを同時に霊的にも覚醒させ、2体の霊波を使徒に送り込めば、その時点で使徒は文字通り、『アダムとリリスの下僕』となるのだよ。後はアダムとリリスの意思の下に自由に動かせる、と言う訳だ」

「そんな事が……」

「可能だ。後は使徒を自由自在に使って世界中の人間を片っ端から食わせて回る」

「!!!!!!!!」

 またも絶句したリツコに、祇園寺は、

「最初に人間を食わせて味を覚えさせておけば、『大きくなった使徒』の『一番の御馳走』は、『人間』と言う訳だ。ふふふふ」

 ここでゲンドウが、またも薄笑いを浮かべ、

「そうして世界を恐怖のどん底に落とし、最後に纏めて『補完』してやる、と言う寸法だ」

「……まさか、そこまで考えていらしたとは……」

と、呆気に取られたリツコに、ゲンドウは、

「ふっ、今更何を言うのかね。『人類補完計画』も結局は同じだろう」

「……確かに、……そうですね……」

「まあ、そう言う事だ。受精させてしばらくしたら、社員を全員殺してLCL入りの水槽に順番に入れる。使徒がそこそこの大きさになったら、アダムとリリスを車に乗せ、使徒の幼生と必要な器材を持って海に出る。ここにはもう用はない」

と、自慢気に語るゲンドウに、リツコは恐る恐る、

「冬月副司令は……」

「冬月はここに残しておいてやろう。この3日以内に我々の目的は達成される。『食人鬼』と化した使徒に再会出来るのだから冬月も本望だろうて。ふふふふ」

 その時、祇園寺が、

「碇、その冬月と言う男の事なんだが」

「なんだ?」

「お前、気付かなかったか? あいつは少しだが霊的能力を持っているぞ」

「それはわかっている。あいつは今は僧侶だからな。しかし、その意味で言えばこのリツコ君も同じだろう」

「まあ、そう言えばそうだ。質は全く違うがな」

 リツコは、訳が判らず、

「どう言う事ですの?」

 祇園寺は、ニヤリと笑い、

「あいつはすっかり『諦めて』僧侶になり、真言密教 の修練を多少積んでいたらしいから、僅かだが仏の力を得ている。君はそこまで『悟って』いないから、簡単に我々の『魔力』に同調出来た。その違いだよ」

「……そうですの。……まあ、そうでしょうね……」

「まあ、ここには私が強力な結界を張っておいたから、霊波が外に漏れる心配はない。それに、この世界には私に匹敵する魔力の持ち主はそうそうおるまい。いずれにせよここまで来ればもう何も心配する事はないがな。わはは」

「…………」

 また黙ってしまったリツコに、ゲンドウは、

「では、作業を進めてくれ。使徒の遺伝子のサンプルは用意してあるな」

「はい。……サキエル、シャムシェル、ラミエル、イスラフェル、マトリエル、サハクィエル、イロウル、レリエル、バルディエル、それから、ゼルエルの血。……この10体ですね……」

「そうだ。ネルフ本部にあったサンプルはそれだけだったからな。……頼んだぞ」

「はい……」

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'夜明け -Short Version- ' composed by Aoi Ryu (tetsu25@indigo.plala.or.jp)

夏のペンタグラム 第三十四話・翻然大悟
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