第二部・夏のペンタグラム




 1月6日の早朝、加持のマンションの電話が鳴った。

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

「……ん、うーん、……なんだこんな時間に……。はい、加持ですが……」

『加持か。渡だ。早くからすまん』

「なんだ、渡か……。どうした……」

『明けましておめでとう、と言ってやりたい所なんだが、そうも行かなくなった。冬月前副司令と赤木博士が行方不明になったぞ』

 +  +  +  +  +

第二十九話・無間地獄

 +  +  +  +  +

 加持は渡の言葉に驚いて飛び起きた。

「なにっ!!! どう言う事だ!!」

『今、調査室の方が全力で行方を追っている。そっちには何かおかしな動きはないか?』

「いや、今の所何もない。しかし、どう言う事だ。あの二人、また何かやらかそうと言うのか?」

『いや、こっちではそうは見ていない。何者かによって拉致されたと考えている。あの二人の今までの行動の監視記録では、何かをやらかすような気配は全くなかったそうだ』

「そっちの目を盗んで何かやっていたとは考えられないか?」

『それはまずないだろう。大体、あの二人が出家したのはお前のはからいだ。その手筈もお前の知り合いの寺院が一枚噛んだ。しかし、何で最終的に関西の寺に預けられたのか考えた事があるのか』

「え? ……確か、あの寺は二つとも内務省関係者に縁があるから、と言う事だったと思っていたんだが」

『確かにそれもある。しかし、本当の理由は、あれらの寺は両方とも実は皇室に関係していると言う事なんだ』

「なんだと?! それは知らなかったぞ」

『関西には皇室ゆかりの寺や神社が非常に多い。小さくてもそう言う所は沢山あるんだ。皇室が京都に移転してからは、宮内庁はそう言う寺や神社とのネットワークを強化している。だから目が届きやすく情報収集がたやすい、と言う意味で選ばれたんだ』

「そうだったのか。確かに、宮内庁が一枚噛んでいるとすれば、目は充分行き届いていたと考えるべきだな」

『いずれにせよ、この件はこのままにはしておけない。かなりキナ臭い動きがあると考えて間違いないだろう』

「わかった。こっちも充分に注意しておく。連絡を緊密にしよう。セキュリティの事もあるから以後は携帯の専用回線を使うようにすべきだな」

『そうしよう。では頼んだぞ』

(………何かある。この一連の動きには必ず何かある………)

 電話の後、加持は何とも言えない嫌な思いを噛み締めながら着替えを始めた。

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 その頃、関西空港の国際線到着ゲートに、黒いスーツに身を包み、大きなトランクを手にした一人の男の姿があった。

 背は高く、頬から口の回りにかけて、実に立派な髭を生やしたその男は、これで見えるのか、と思う程の黒いサングラスをかけ、帽子を目深にかぶっている。

 男は混み始めた入国手続のゲートに並んで順番を待った。行列は順調に捌かれ、やがて男の番となった。

「ドイツから帰国ですか」

「そうです」

「手荷物を拝見致します」

「どうぞ」

「……はい、結構です。お疲れ様でした」

「どうも」

 男はトランクを閉じ、無表情のまま出口に向かって行った。

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 こちらはIBO本部。今日は今年の仕事始めと言う事もあり、8:30に本部長以下の幹部が中央制御室(旧発令室)に集まって新年の挨拶をした。そして全館放送による本部長の挨拶と訓示の後、スタッフはそれぞれの持ち場に戻って仕事の準備を始めた。

 ミサトは総務部室に戻って来たが、特に今の所する事はない。チルドレンの到着を待つだけである。

トゥルル トゥルル トゥルル

「はい、総務部葛城です」

『俺だ』

「あ、加持君」

『電子メールを入れておいた。見てくれ』

「わかったわ」

 何かあった、と感じたミサトは、電話を切って早速パソコンを操作した。

(!!!!!! 冬月副司令とリツコが!!……)

 メールを読み終えたミサトは即刻ファイルを削除した。

(……とりあえずあの子たちにはまだ言うのを控えておけ、と言うことね……)

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 さて、時刻も9:00前となり、IBO本部にチルドレンが集まって来た。シンジとアスカが待機室に入ると既にトウジ、ケンスケ、ヒカリ、レイ、ナツミがいた。

 開口一番、アスカは、

「おはよう♪」

 シンジも同じく、

「おはよう」

 トウジとケンスケがこちらを向いて、

「お、来よった来よった。おはようさん」

「おはようシンジ、惣流」

 ヒカリ、レイ、ナツミの三人が声を揃え、

「おはよう、碇くん、アスカ」

「おはよう、シンちゃん、アスカ……」

「おはようございまーす♪」

 アスカが、元気よく、

「いよいよねえ。みんな、がんばろうね♪ ……あ、トウジ、もう足のほうはいいの?」

「おお、おかげさんでな、松葉杖とはおらばして普通の杖にしとるで」

 シンジもほっとした顔で、

「そうか、よかったね、トウジ。……後は渚君だけか。あ、来た来た」

 入って来たカヲルは、にこやかに、

「みんなおはよう」

 トウジとケンスケが、

「お、渚、おはよう。これで全員やな」

「おはよう渚」

 ヒカリ、ナツミ、レイが、

「おはよう渚くん」

「渚さん、おはようございまーす♪」

「おはよう、渚くん……」

 シンジとアスカも、

「おはよう渚君」

「おはよう、渚くん♪」

 と、その時、ドアが開き、ミサトとマヤが入って来た。ミサトは、開口一番、

「おはよう。みんな揃ったわね。いよいよ今日からだから、みんな頑張ってね♪」

 マヤも笑って、

「みんなおはよう♪ あ、八雲さん、相田君、洞木さんは初めてだったわね。初めまして、技術部長代行の伊吹です♪」

「はじめまして、八雲ナツミです。よろしく♪」

「相田ケンスケです。初めまして」

「初めまして、洞木ヒカリです」

 と、その時マヤが、

「そう言えばみんな今年は初めてだったわね。明けましておめでとうございます♪」

「明けましておめでとうさんです」
「明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます♪」
「明けましておめでとうございます……」
「明けましておめでとうございまーす♪」
「あけましておめでとうございます♪」
「明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます」

 挨拶も一段落した、と見たミサトは、

「じゃ、早速説明を始めるわ。マヤちゃん、お願いね」

 マヤは、手にした資料を見ながら、

「はい。じゃ、みんな、説明を始めるからよく聞いてね。実験室の方に、八人分の椅子が用意してあるの。それに座ってから、モニタ内蔵バイザーをメガネのようにかけて、インカム付きのヘッドホンを着けます。椅子の両側の肘掛には操縦桿のようなものがあるから、それを握れば準備は完了です。後はこちらからの指示に従って、いろいろと頭で考えてちょうだいね」

 ミサトは笑って、

「簡単でしょ。じゃ、全員実験室に移動するわね。マヤちゃん、私がみんなを連れて行くからさ、発令室、おっと、今は中央制御室だったわね。そっちに戻っててよ」

「はい、了解しました」

と、マヤが出て行った後、ミサトが、

「あ、それからさ、相田君と洞木さん」

「はい」
「はい」

「あなた達はテンポラリスタッフなんだけど、一応、相田君がセブンスチルドレン、洞木さんがエイスチルドレンと言うことになってるからよろしくね」

「はい」
「はい」

 +  +  +  +  +

 こちらは中央制御室。

 全ての準備を終え、スタッフはチルドレンの準備が整うのを待っていた。

 やや緊張した顔の日向が、

「いよいよだな」

 青葉も、

「うん、やっとここまで漕ぎ着けたか……。あ、マヤちゃん。どうだった、チルドレンの様子は?」

 戻って来たマヤは、椅子に座りながら、

「みんな元気よ。葛城部長に連れられて実験室に入ったわ。もうすぐ連絡があると思うけど」

 日向が頷き、

「そうか。ま、みんな元気で何よりだよ。……あ、本部長」

 五大は、三人に、

「どうだね、状況は?」

 青葉が応え、

「はい、チルドレンの準備完了待ちの状態です」

「そうか、よろしく頼むぞ」

「はい」
「はい」
「はい」

 その時、スピーカーからミサトの声が、

『マヤちゃん、チルドレンの準備が整ったわ。わたしもそっちへ行くから実験を開始してちょうだい』

「了解。実験開始します。脳神経スキャンインタフェース接続開始」

「……♪」

 メインモニタに映る8個のウインドウを見て、五大はニヤリと笑いを浮かべた。

 +  +  +  +  +

 シンジは薄暗い実験室の椅子で何も映っていないバイザーの中を凝視していた。その時ヘッドホンからマヤの声が聞こえて来た。

『じゃ、実験を開始するわね。みんな、バイザーの中をよく見てちょうだい。向こうを向いたポリゴンの人形が見えるわね。もし見えなかったら言ってね』

 バイザーのスクリーンに白っぽいマネキンのような映像が浮かんだ。

「はい、見えます」

『その人形が前に向かって走るイメージを頭に浮かべてみて』

(………走らせればいいんだな………)

 シンジは無意識に眼を閉じて頭に映像を浮かべた。

『シンジ君、目を開けてやってみて』

「あ、はい」

 眼を開けてみると、確かに人形が走っている。しかし、その映像を見た瞬間、人形は止まってしまった。

(あれ、けっこうむずかしいな。……目をあけたまま想像するって……)

 シンジは気を取り直してもう一度やってみた。人形は再び動き出したが、何となく動きがぎこちない。だからと言って、変に意識すると人形は止まってしまう。何度かやってみるが上手く行かない。

『シンジ君、肩の力を抜いて、リラックスしてやってみて。どうしてもだめなら、一度目を閉じてしっかり想像してから、そっと目を開けてみて』

「は、はい、わかりました」

 シンジは眼を閉じて人形が走るイメージを頭に描き始めた。ある程度しっかり想像出来た所で眼をそっと開けてそのままリラックスしていると、何とか人形は止まらずに走り続けている。

(よし、こんな感じかな……)

 +  +  +  +  +

 中央制御室にミサトが戻って来た。五大が、

「お、葛城君、ご苦労だったな」

「あ、どうも本部長。……みんなはどうですか?」

「こんな実験はみんな初めてだからねえ。ちょっと苦労しているみたいだよ。どうだね日向君。エヴァのシンクロ率に換算した成績は?」

「マギによるシミュレーションでは、エヴァのシンクロ率に換算しますと、今の所セカンドが37%でトップです。以下、ファーストとシクスが35%、フィフスが32%です。残りは全員20%前後をウロウロしていますね」

 ミサトは、軽く頷き、

「へえー、アスカがトップか。……マヤちゃん、各チルドレンには個別に指示を出してるの?」

「はい、音声チャンネルは個別ですから、つまづいたりひっかかったりした時には個別に指示しています」

「でも、こうしてみると、レイの35%はわかるとしても、八雲さんがいいわねえ。いきなりレイと同じでしょ。渚君もいきなりにしては上々ね。シンちゃん、いえ、シンジ君がちょっととまどってるのかな」

 青葉が振り返り、

「やっぱり、眼を開けたまま想像する、ってのは難しいんでしょうか」

 五大が頷き、

「そうだ。眼を開けたまま想像するのは最初は非常に難しい。まあ、慣れて来たら何てことはないんだがね」

 ミサトは、やや意外そうに、

「へえ、眼を開けたままねえ。……本部長、どうしてなんです?」

「うむ、機械制御の場合、目の前にあるロボットアームなどの動きを見ながら頭にイメージを浮かべないとだめなんだ。そうしないと、作業をさせられない」

「あ、なるほど。そうですね」

「セカンドの惣流君の成績がいいのも頷ける事だ。彼女の母親は日本人だが父親がドイツ系アメリカ人で西洋人の血を引いているし、ドイツ育ちだろう。西洋人は頭にイメージを浮かべるのが日本人に比べて上手いと言われているんだ」

「へえ、そうなんですか。じゃ、渚君の成績がいいのは?」

「彼は血統的には日本人だが、ドイツ育ちだからな。やはり育った環境の差があるんだろうな」

「なるほど。じゃ、レイや八雲さんの成績がいいのは?」

「後で本人に聞いてみないと詳しくはわからんが、思うに、綾波君や八雲君は、今まで一人であれこれ空想したりする事が多かったんじゃないかな」

「なるほど。……では、日本人が頭にイメージを描くのが苦手だとしますと、それをどうやってカバーするんですか?」

「『言葉』を使うんだ」

「『言葉』を?」

「そうだ。それは午後の実験でわかるよ」

「はあ、そうですか……」

と、訳の判らない顔をしているミサトに、五大はニヤリと笑うだけだった。

 +  +  +  +  +

(へへっ、かんたんじゃない。あれこれ考えることなかったな……♪)

 好調のアスカは楽に人形を走らせていた。

『アスカ、あなたは好調だから、次の段階に進むわね』

「オッケー♪ どうするの」

 アスカのバイザーの中に街の光景が映った。その中に人形が立っている。

『道に沿って人形を走らせてみて。色々と障害物が出て来るから、よけながら進むのよ』

「了解よ♪」

 アスカはイメージを思い浮かべた。人形は街の中を走り出す。

(……ちょっとしたジョギング気分ね♪……)

 その時突然、脇道から車が出て来た。

「わわっ!」

 アスカは思わず眼を閉じた。

『アスカ、びっくりしたと思うけど、眼は閉じないでね』

「へへっ、ドンマイドンマイ……」

 眼を開けると人形は止まってる。アスカは再び人形をスタートさせた。

 +  +  +  +  +

(……こんなものかな……)

 レイは淡々と実験をこなしていた。割合順調だった事もあり、アスカに続いて障害物コースで人形を走らせている。

『レイ、その調子よ。力まずにやってね』

「はい」

 焦らずに比較的ゆっくりとした速度で人形を走らせ、バイザーの中に現れる障害物を淡々と躱す。如何にもレイらしい、と言った所だった。

 +  +  +  +  +

 コンソールを操作しながら、青葉が、

「シンクロ率は全員30%を越えました。セカンドは現在の所、43%付近で安定しています。ファースト、フィフス、シクスは40%前後。他も35%を越えて安定して来ました」

 五大は満足気に、

「順調だな。流石なもんだ」

 ミサトも頷いて、

「みんな、かつてはエヴァパイロットであり、候補生でしたからね」

「そうだな」

 日向が振り返り、

「全員、脳神経データ伝送状態に異状はありません」

 マヤが、前を見たまま、

「では、次の段階に進みます」

 いつしか時刻は11:00を過ぎていた。

 +  +  +  +  +

 さてこちらは松代の例の会社である。冬月と律照はずっとコンテナのなかに閉じ込められたままだった。

「…………」

「…………」

 二人ともハラを括ったのか、無言で横になっている。今更ジタバタしても始まらないし、体力も温存しておきたかった。

「こちらです」

「!!」
「!!」

 倉庫に響く声に二人ははっとして起き上がり、檻の所から外を見た。格子越しに二人の人物の影が見える。さっきの声からして、一人は「社長」であるが、もう一人は背の高い人物である。明かに昨夜見た男達の内の一人ではない。

「…………」
「…………」

「今電気をつけます」

「うむ」

「社長」が壁のスイッチを操作すると、倉庫内に明るい光が満ち、二人はゆっくりとコンテナの方にやって来た。この背の高い人物は、服装から見て、間違いなく今朝関西空港にいた「あの男」である。「社長」は、背の高い男に、

「この二人で間違いありませんな」

「……間違いない。よくやってくれた」

「??……」
「??……」

 冬月と律照は妙な感じを覚えた。その男の口調に何となく聞き覚えがあったのだ。その男はつかつかとコンテナのすぐ側まで歩み寄って来て、

「しばらくだな。二人とも」

「君は誰だ?……」

「誰なの?……」

「もう忘れたのかね。私だよ」

 男はゆっくりと帽子を取り、サングラスを外した。

「!!!!!! 碇!!!!!」
「!!!!!! 碇司令!!!」

 冬月と律照は余りの驚きにそれだけ言うのがやっとだった。何と、その男は死んだはずのネルフ司令、碇ゲンドウだったのだ。

 +  +  +  +  +

「午前中の実験メニューは一応全て終わりました」

と、マヤが言ったのへ、ミサトが、

「思ったより順調ね。まだ昼前じゃない」

 日向も振り向き、

「全員結構優秀でしたからね。思ったより早く終わりましたよ」

 ミサトは軽く頷いた後、五大に、

「本部長。少し早いですが、休憩と食事にしてもよろしいですか?」

「ああ、いいだろう。全員ゆっくり休憩させてやりたまえ」

「はい」

と、ミサトは頷くと、インカムを手にし、

「みんな、お疲れさま。午前の実験を終了するわ。バイザーとヘッドホンを外してちょうだい。休憩してからお昼にしましょ。今そっちに行くから♪」

 +  +  +  +  +

 不敵な笑みを浮かべ、ゲンドウは、

「どうした。私が生きていたのがそれほど不思議なのか。二人ともヤキが回ったようだな」

 興奮冷め遣らぬ律照は、

「でも! でも! ……あなたの死体は、確かに私が確認しました! ……あああっ!!!! まさか、そんな!!!」

「やっと気付いたか。その通りだ。あれはダミーのクローンだよ」

と、冷笑したゲンドウに、冬月は、

「碇、貴様……」

「私は元からゼーレなんぞ全く信用していなかった。いざと言う時に備えて『影武者』を用意しておくぐらいの事は当然だろう」

 しかし律照は、尚も、

「でも、レイの時でもあれほど苦心したのに……。あっ!!」

 ゲンドウは冷笑したまま、

「そうだよ。やっとわかったのかね、リツコ君。あのクローンはダミーとしての人形であるからこそ出来たのだ。単なる肉の塊だよ。しかし、生物学的に殺してしまえば立派な私の死体だ。『影武者』として、いや、『トカゲの尻尾』としては充分に役に立つ。それぐらいの事がわからなかったのかね」

 冬月は、ゲンドウを睨み付け、

「碇、貴様、何を企んでいる」

「冬月、お前もリツコ君も『真実』を知らない。今それを教えてやろう。そうすれば全てがわかる」

「『真実』だと? どう言う事だ」

「『論より証拠』、『百聞は一見に如かず』だ。……おい、この二人をここから出して椅子に縛り付けろ」

 ゲンドウの指示に、「社長」は、

「了解しました。今人手をよこします」

 +  +  +  +  +

 さてこちらはIBO本部。ミサトとチルドレン全員は食堂でコーヒーブレイクと洒落込んでいた。

 ミサトが笑いながら、

「……でもさ、みんなよくがんばったわよ。成績はなかなか優秀だったわ♪」

と、言うのへ、トウジが、

「へえ、そうでっか。一安心ですわ」

 アスカが勢い込み、

「ねえねえミサト、だれが一番よかったの?」

 ミサトはニヤリと笑い、

「へへっ♪ 知りたい♪?」

「もったいぶらないで早く言ってよ♪」

「みんなも聞きたい?」

と、一同を見回すと、まず、ケンスケが、

「はい、ぜひ」

 続いて、ヒカリとナツミが、

「やっぱり、今後のためにも聞きたいです」

「わたしもでーす♪」

 カヲル、トウジ、シンジは、やや控えめに、

「一応、ね」

「ま、成績なんかどうでもええんやけど、やっぱり気になるしな」

「……そうですね。……自信ないけど……」

 最後にレイが、

「……参考のためには……」

 全員が同意したので、ミサトは頷き、

「じゃ、言うわね。午前中の実験のトップはアスカよ♪」

「やった! へへっ♪」

と、大喜びのアスカに、ケンスケとナツミが、おおっ、と言う顔で、

「へえ、惣流がトップか」

「アスカさん、すごいですねえ♪」

 ミサトは、書類を取り出し、

「うん、まあ実験の性質の関係なんだけどね。アスカが一番で、八雲さんとレイと渚君がそれに続いて並んでたわ。後は相田君、鈴原君、洞木さん、シンジ君が大体同じなんだけど、それでもみんなアスカとの差はわずかよ」

 それを聞いたトウジが、

「お、そうでっか。よっしゃ、午後には逆転したるで」

と、言うのへ、アスカは、

「へへっ♪ どっからでもかかってらっしゃい♪」

 ミサトは、改めて資料を見て、

「まあさっきも言ったようにさ、実験の性質もあるのよ。ドイツ育ちのアスカや渚君には向いてる実験だったんだってさ。本部長の話では、一般的に日本人に比べて西洋人や西洋育ちの人はイメージを作る力が優れてるんだって」

「へえー」
「へえー」

と、興味深げなアスカとカヲル。

「レイと八雲さんの場合はさ、想像力が豊かなんじゃないか、って本部長が言ってたけどね。……どう、レイや八雲さんは今まで空想したりすることが多かったんじゃない?」

「あ、よくわかりましたねえ♪ わたしいろんな楽しいことを空想するのが大好きなんですう♪」

「わたしもよく空想してました……」

と、ナツミとレイ。ミサトは笑って、

「やっぱりね。ほら、頭の中にイメージを作るってさ、そう言うことじゃない」

 シンジは納得顔で、

「あ、そうか。……そう言えば、僕、空想ってそんなにしてないな……」

 ヒカリ、ケンスケ、トウジも、

「わたしもそうです。イメージを浮かべるのがなかなかむずかしかったです」

「俺も苦手なんだよなあ……」

「そやそや、ワシは現実主義者やさかい、空想なんかせえへんぞ」

「でもさ、午後からの実験は『言葉』を使うんだって。だから成績が同じとは限らないわよ」

と、フォローを入れたミサトに、シンジは、

「『言葉』ですか。どんなことするんです?」

「それがさ、わたしにもよくわからないのよ。ま、午後からのお楽しみ、ってことにしといてよ♪」

「はい、わかりました」

 トウジが腕撫して、

「よっしゃ、午後はワシがトップや!」

と、言ったのへ、アスカが、

「へへっ、返り討ちにしてあげるわ♪」

 ミサトは苦笑し、

「まーまー、二人とも、競争じゃないんだから♪」

「あ、そうでしたな、あはは」

「そうよね♪ うふふ♪」

と、二人も苦笑した。それを見たヒカリとケンスケが、

「くすっ♪」

「はははは」

 釣られてレイとシンジも、

「うふふ……」

「あはっ……」

 カヲルとナツミも、

「あはは……」

「うふふふっ♪」

 その時ミサトが時計を見て、

「じゃ、そろそろお昼にしましょうか♪」

 そこへ、

「よお、みんなどうだ。調子は?」

と、やって来た加持に、ミサトが、

「あ、加持君。おかげさまで順調よ♪ あ、そうだ。八雲さんと渚君は初めてよね。情報部長の加持リョウジ君よ♪」

「加持です。よろしくな」

 ナツミとカヲルは一礼し、

「はじめまして、八雲ナツミです♪」

「初めまして、渚カヲルです」

 加持は笑って頷き、

「よーし、今日は初対面の二人もいる事だし、挨拶代わりに昼食は俺のおごりだ。何でも好きな物を食っていいぞ」

 +  +  +  +  +

 冬月と律照はまたもや数人の男達によってコンテナから出され、椅子に縛り付けられていた。

 冬月は、

「……碇、私達をどうするつもりだ」

と、ゲンドウに詰め寄るが、律照は無言のままである。

 ゲンドウはまたもや冷笑し、

「心配するな。殺しはせんよ。寧ろその逆だ」

「どう言う事だ」

「すぐわかる。………おい、人払いを頼む」

 社長が振り向き、

「はっ! おい、全員外に出ろ。絶対にここには誰も入れるな。……では、私も」

 しかし、ゲンドウは、

「いや、お前はここにいろ」

「は? さようで。ではここにおります」

 数人の男達が出て行ったのを確認した後、おもむろにゲンドウは、

「……さて、と、これで四人だけだな。……社長、今まで色々とご苦労だった。で、報酬の件なのだが」

 社長は破顔一笑し、

「は! ありがとうございます!」

「今ここで最高の報酬をやろう」

「へ? さようで?」

「そうだ。右手を出せ」

「は、はい」

と、出された「社長」の右手を、ゲンドウが掴んだ時、

「うわああああああっ!! なんだあっ!! 頭の中にいいいっ!!」

「!!!!!!!」
「!!!!!!!」

 冬月と律照は言葉をなくした。驚いた事に、突然、「社長」は叫びながら残った左手で頭を抱えてうずくまったのである。しかしゲンドウは手を放そうとしない。

「うわああああああっ!! うわあああああっ!!」

 やがて「社長」は言葉さえ発しなくなり、低く唸るだけとなった。そんな状態が暫く続いたかと思うと、

「うむ。ふふふふふふふ」

 急に「社長」は、ケロリとした顔で立ち上がったのである。それを見たゲンドウはニヤリとしながら手を放した。

「???……」
「???……」

 驚き顔の冬月と律照を差し置いたまま、ゲンドウは、「社長」に、

「どうだ。新しい体は。……祇園寺」

「まあまあだな。恩に着るぞ」

「???……」
「???……」

 呆気に取られた二人を一瞥した後、ゲンドウは、

「……さて、次はこの二人だな。……祇園寺、手を貸せ。『例の物』はそのトランクに入っている」

 祇園寺と呼ばれた「社長」は、トランクを探り、

「……このビンだな。香水のビンとはまたシャレた事を。ふふふふ」

「そのビンだ。……さて、冬月、リツコ君、約束通り、『真実』を見せてやる……」

と、ビンを手に冷笑するゲンドウに、冬月は、

「何をするつもりだ」

「大した事ではない。この赤い液体をお前達の眼に垂らすだけだ」

「何だと?」

 ゲンドウが素早く冬月の眼を無理矢理開き、液体を垂らす。

「……やめろっ!! うわああああっ!!!」

 突然冬月は大声を上げた。続いて、律照も同じく、

「やめてっ!! ……あああああああああっ!!!」

 冷笑したまま、ゲンドウは、

「どうだね。『使徒の血』の味は………」

「うわああああっ!!! あああああああっ!!!」
「あああああっ!! あああああああっ!!!」

 冬月と律照はもがき苦しんだ。その時驚いた事に、苦痛と共に、極めて鮮烈な映像が猛スピードで二人の脳裏を駆け巡り始めたのである。その映像はまるで「地獄絵図」だった。

 ……使徒ゼルエルの侵攻。エヴァ初号機の覚醒と解放……

 ……シンクロ率400%。シンジの融解とサルベージ……

 ……冬月副司令の拉致と加持の死……

 ……使徒アラエルの襲来。エヴァ弐号機への精神攻撃……

 ……使徒アルミサエルの侵攻。エヴァ零号機の自爆とレイの死……

 ……アスカの出奔と精神崩壊……

 ……使徒カヲルのターミナルドグマへの侵攻。初号機と弐号機の激闘……

 ……戦自の急襲とネルフ本部の崩壊。量産型エヴァシリーズの侵攻……

 ……人類補完計画の発動と人類の終焉。宇宙を漂流する初号機……

 ……異次元世界でのマーラの侵攻。シンジ達五人の出現……

 ……異次元世界に現れた使徒。オクタヘドロン。その世界でのエヴァ……

 ……使徒カヲルとの最後の激闘と「青い光」……

 やがて冬月と律照の苦痛が収まり、脳裏の映像は消えた。しかし二人の脳裏にはその全ての映像が鮮烈に焼き付いていた。

「……まさか、……そんなバカな……」

「……そんな、……まさかそんな……」

と、呻くだけの冬月と律照に、ゲンドウは、

「……どうだ。わかったか。……それが『真実の歴史』だ……」

 やっとの事で、何とか言葉を発せられる程度に回復した冬月が、

「……碇、……どう言う事だ。何をしようとしている。……私達にこんなものを見せてどうしようと言うのだ」

 ゲンドウは、一瞬置いた後、「この上ない冷笑」を再び浮かべ、口を開いた。

「知れた事だ。『真実の歴史』を取り戻す。そのために、お前達にも手伝ってもらうと言う事だ」

「なんだと!!!!」
「なんですって!!」

 +  +  +  +  +

 昼食の後の和気藹々とした歓談が続く中、ミサトが時計を見て、

「さて、もうお昼休みも終わりね♪ みんな、実験室に戻ってちょうだい。午後からの実験を始めるわ」

 加持も笑って立ち上がり、

「じゃ、俺はこれで、みんな、頑張れよ」

「はい♪」
「はい」
「はい……」
「はい」
「はい♪」
「はい」
「はーい♪」
「はい」

 八人は、明るく応えていた。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'夜明け -Short Version- ' composed by Aoi Ryu (tetsu25@indigo.plala.or.jp)

夏のペンタグラム 第二十八話・明鏡止水
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