第二部・夏のペンタグラム




 シンジ、アスカ、レイの三人を連れてラウンジにやって来た五大は、自販機で四人分のコーヒーを買うと、テーブルに移動した。そして、おずおずと着いて来た三人に、苦笑しながら、

「まあ、座ったらどうだ」

「はい……;」
「はい……;」
「はい……;」

 +  +  +  +  +

第二十六話・二世三世

 +  +  +  +  +

 三人を前に、五大はまたもや苦笑しながら、

「まあそんなに固くなるな、……と言っても無理かな。……ははは」

「…………;」
「…………;」
「…………;」

 三人は、紙コップのコーヒーを前にしたまま俯いているだけである。

「コーヒーが冷めてしまうぞ。飲んだらどうだ」

「はい……」
「はい……」
「はい……」

「悪いな。正月だからラウンジのコーヒーも自販機のものだけだ。そんなに美味くないかも知れんが遠慮するな。ははは」

 遠慮がちながらも、最初に紙コップに手を伸ばしたのはレイだった。

「……はい、じゃ、いただきます……」

 それに釣られて、シンジとアスカも、

「……い、いただきます……」

「……いただきます……」

と、おずおずとコップを手にした。

 +  +  +  +  +

 さてこちらは京都の加持。昨夜は明け方までオカルト関係の書物を調べていたので、ホテルのベッドメイクも断って昼過ぎまで寝ていたが、目を覚ましてシャワーを浴びた後、最上階のラウンジで軽食を取っていた。

(「原初の光」に関しては一応の情報は得た。後は京都財団絡みだが、こちらは正月休みの間はどっちにしても無理か……)

 窓から京都の街を見渡してみると、まだ1月2日と言う事もあり、やはり閑散としている。このホテルはビジネス街にあるだけに、それも当然と言えば当然だった。

(どうする……。古本屋回りはこれ以上やってもムダだろうし、とりあえず帰るかな……)

 +  +  +  +  +

 これまた意外な事に、レイはすっかり五大と打ち解け、

「……へえ、本部長はご結婚なさっておられないのですか……」

「ああそうだよ。女性にもてなくてね。この年まで独身だ。あはは」

「じゃ、ずっと研究一筋だったんですね」

「まあそう言えば聞こえはいいが、他にする事がなかっただけだろうな」

と、言った後、五大はコーヒーに手を伸ばした。何故かレイはその様子を、

「♪……」

と、微笑みながら見ている。そして、シンジとアスカの方はと言えば、ひやひやしながら二人の様子を窺っている。

「……;」
「……;」

 五大は、紙コップを机に置くと、

「……ところでどうだったね。エヴァに会ったのもしばらくぶりだろう。やはりなんとなく懐かしいか?」

 すかさずレイが、

「はい、わたしたち、エヴァにはそんなにいい思い出はありませんけど、こうして会ってみるとやっぱりなつかしいです……」

 五大は微笑んで、

「そうか……。まあそんなもんさ。まあ、君たちはもうエヴァに乗る事もないだろうが、その経験は必ずこれからの君たちの人生に役立つ事があるよ。その気持ちを持ってこれからも頑張ってくれたまえ。よろしく頼むよ」

「はい」
「はい」
「はい」

「じゃ、きょうはこれぐらいにしておこうか。今年は6日から実験も始まる。休み中で申し訳ないが、そっちの方もよろしくな」

「はい」
「はい」
「はい」

 +  +  +  +  +

 本部から帰る電車の中で、シンジ、アスカ、レイの三人は、何とも言えない表情をしていた。

 アスカが、溜息を一つつき、

「しっかしさあ、びっくりしたわねえ。『いきなり本部長』、なんだもんねえ」

 シンジも合わせて、

「ほんとだよねえ。……でもさ、ミサトさんが言ってた通りさ、本部長って、男前だよねえ……」

「うん、そうそう。とってもすてきなおじさまだったわよねえ。……あ、ところでさ、レイ、あんたずいぶん本部長とうちとけてたじゃない」

「そうだよねえ。いつもの綾波とは思えなかったよ」

と、アスカとシンジが言うのへ、レイは、一呼吸置き、

「……うん。………よくわからないけど、なんだかとっても親しみを感じちゃって……」

 アスカは軽く頷きながら、

「ふーん、そうなの。あたしはなんだか緊張しちゃって、ほとんどしゃべれなかったわよ」

 シンジも、

「僕もそうだよ。なんだか緊張しちゃった」

 しかしレイは微笑んで、

「わたしはそんなことなかったわ」

 その時シンジが、うっかりと、

「綾波にしては珍しいよねえ。まるで父さんと……」

「えっ!」
「!!」

 顔色を変えたアスカとレイに、シンジは慌てて、

「あっ! ごめん、……よけいなこと言っちゃって……」

 レイはすかさず笑って、

「……ううん、……気にしないで、シンちゃん……」

とは言ったが、アスカは、心の中で、

(シンジったら……、よけいなこと……)

 シンジも、

(ごめんね、綾波……)

 つい余計な事を口走ってしまい、レイを傷つけてしまった、と心から後悔していた。

 +  +  +  +  +

(……やはりマイによく似ている。……写真では気が付かなかったが……)

 シンジ達と別れた後、五大は本部長室でずっとレイの事を考えていた。

(……しかし、とにかく今はあれこれ言うべきではない。……全てはこの件が解決してからだ……)

 机の上のパソコンのモニタにはレイのデータが映っていた。

 +  +  +  +  +

 さてこちらは旧東京都放置近くの日本重化学工業共同体の工場。年末年始の休みも返上して突貫工事で進められていたジェットアローンの再製作プロジェクトは大詰めを迎えていた。

「……ついにここまで漕ぎ着けたか……。よくこんなに早く出来たものだ……」

 最終段階に入ったエンジン換装作業を見ながら、時田は思わず呟いていた。

「時田担当、いよいよ完成ですね」

 声に振り返ると、そこにいるのは加納である。

「あ、加納さん。……ええ、エンジン換装作業だけでしたからね。……しかし、そちらの研究所の皆さんの技術力の高さには驚きました。ウチのメンバーだけではこれだけの短期間にエンジンの換装を終える事は出来なかったと思いますよ」

「いやいや、お褒めに預かって光栄ですが、まあそれもエンジンがちゃんと動いてくれての話ですからな。……ところで、この状況ですと、いつごろ起動テストを行えますかな」

「今日が2日ですから、……海への輸送も含めまして、まあ、あと3、4日もあれば何とか、と思います」

「では6日に行いましょう。旧東京湾までの輸送車の手配はこちらで行います」

「了解致しました」

 +  +  +  +  +

 シンジとアスカはマンションに帰って来た。リビングに入るとミサトがお茶を飲みながらテレビを見ている。

「ただいま」
「ただいま」

 ミサトは振り向き、

「あら、どこ行ってたの?」

 すかさずアスカが、

「ちょっと本部にね」

「本部? どうして?」

 シンジが、少し恥かし気に、

「いやその、……ちょっとエヴァを見に……」

 流石にミサトは驚いた。

「えっ!? エヴァを見に行ってたの? ……なんでまた?……」

 アスカは苦笑し、

「ほかにすることもないしさ、ひさしぶりにちょっとエヴァを見ようかな、なんて思ったのよ」

「ふーん……。まあ別にエヴァを見に行っても悪くはないけどさ、どう言う風の吹き回しよ。……あんたたち二人で?」

と、興味深そうなミサトに、シンジが、

「いやそれが、たまたま綾波も来てました」

 ミサトはまたも驚き、

「レイもなの? ……やっぱ、なんのかんの言っても、あんたたち、『エヴァパイロット』なのかな………。で、どうだった? 久し振りにエヴァを見たご感想は?」

 アスカとシンジは、

「うーん、……やっぱり、なつかしかったような気もしたわね……」

「……つい、母さんのことなんか、思い出しちゃって……」

「えっ、……そっか、……そうなのよね……」

と、ミサトが何度か軽く頷いた時、アスカが、

「ところでさ、零号機のケージで、たまたま本部長にあったわよ」

「あら、そうなの。……で、なにか言われた?」

 今度はシンジが、

「いえ、本部長は僕たちのことをごぞんじでしたから、ラウンジでコーヒーをおごってもらいました」

「へえー、そうなの」

 アスカが続けて、

「それがさ、ちょっとおどろいたことにさ、レイったら、本部長とすっかりうちとけちゃってさ、けっこう、世間話なんかしちゃってんのよ」

 流石のミサトもまた驚き、

「レイが? へえー、あの子が本部長と……。ちょっち驚きねえ……。で、あんたたちはどうだったの? なにか話したの?」

 シンジが苦笑し、

「いや、僕らはほとんど話さなかったんです。……緊張しちゃって……」

 ミサトは頷いて、

「そっか。……ま、そうよねえ。……いきなりだもんねえ。……あ、ところでさ、どうだった? 本部長って、とても素敵なおじさまだったでしょ♪」

 シンジとアスカも少し笑い、

「はい、とても男前だな、って、思いました」

「そうそう。とってもすてきなおじさまだったわよ。……ま、本人は、女にもてなくて、ずっと独身だ、なんて、言ってたけどね」

 ミサトはまたまた驚き、

「そんな話してたの」

と、言うのへ、アスカが苦笑し、

「いやそれがさ、それも、レイと話をしてて、でてきた話なのよ」

「へえー、本部長がレイとそんな話をねえ。……こりゃ意外だわ」

 その時、

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

 ミサトが受話器を取り上げ、

「はい、葛城です」

『あ、葛城か。俺だ』

「あ、加持君。まだ京都?」

『いや、予定を切り上げて帰って来た。今、駅だ。急ですまないがこれからそっちへ行く。レイも呼んでおいてくれないか』

「なにかわかったの?」

『ああ少しな。後でまとめて言うよ』

「わかった。じゃ、レイを呼んでおくわ」

『頼む』

 +  +  +  +  +

(……本部長……。なんであんなに親しみを感じたのかな……)

 アパートに帰って来たレイは五大に感じた親しみについて改めて考えていた。

(……シンちゃんにはあんなこと言われたけど、碇司令に感じたのとはちょっとちがうみたい……。わたし、どうしたんだろ……)

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

「……はい、綾波です」

『ああレイ、葛城です』

「あ、どうも」

『急で悪いけどさ、加持君が帰って来たのよ。もうすぐこっちに来るから、今から来てくれないかな』

「はい、わかりました」

 +  +  +  +  +

「こんにちは」

「ああレイ、悪いわね」

と、言ったミサトに、レイは少し心配そうに、

「いえ、なにかわかったんですか?」

「加持君がなにかみつけたみたいよ。すぐ来るわ。……ところでさ、あんた本部長と仲良くなったらしいじゃない。意外だったわ」

「いえその、なんとなく親しみを感じたんです……」

 ここでアスカが、

「ま、今のレイならそれもふしぎじゃないわよね」

 ミサトも頷き、

「そうよね。レイも変わったしね」

ピンポーン

 シンジがインタホンを取った。

「はい。……あ、加持さん。今開けます」

 +  +  +  +  +

 加持は、開口一番、

「みんなすまないな。正月早々から。……あ、これは京都土産だ」

「あ、どうもありがと♪ ……あら、千枚漬けと八ツ橋ね♪」

と、嬉しそうなミサトに、加持はニヤリと笑い、

「まあ、京都だからな。みんなで分けてくれ」

 その時レイが、

「あ、加持さん。あけましておめでとうございます」

「おっと、レイとは今年初めてだったな。あけましておめでとう。さて、と、早速本題なんだが、『原初の光』に関してちょっと情報を掴んだんだ」

 ミサトは真顔になり、

「あの本の?」

「そうだ。順番に話そう。まずはだな……」

 +  +  +  +  +

 さてこちらは松代の例の会社の社長宅。

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

「もしもし」

『私だ』

「あ、これはどうも。明けましておめでとうございます」

『うむ。早速だが、6日にそっちに行く。そのつもりでいろ』

「はっ! 了解致しました」

『日本時間の6日の午後にはそちらに着く予定だ。例の物は大丈夫だな?』

「は、無論で御座います。順調に生育しております」

『わかった。では6日に』

「ははっ!」

 +  +  +  +  +

 加持は、一応の説明を終えた。

「……と、言う訳なんだ」

 ミサトが頷きながら、

「ふーん、その中河原って人、その本に一枚噛んでいそうね」

「まず間違いないだろうな。もっとも、もしその男があの本をバラ撒いたとしてもだ、目的はよくわからんけどな」

 その時アスカが、

「加持さん、京都財団のほうはどうだったの?」

「そっちは正月休みでなにもわからなかったんだが、今まで調べた限りでは、単なる財団法人みたいだったよ。『深海開発』の名目でJAを再製作させても、それ自体は理由としては通るように思えたな。……まあ、今日は申し訳ないが、この程度だな」

 シンジも、興味深そうに、

「本部長のことはなにかわかりましたか?」

「そっちは特に調べなかったよ。大学も休みだったしな」

「実は、今日僕ら、本部に行ったんですけど、そこでたまたま本部長にお会いしたんです」

「ほう、そうだったのか」

「はい、それで、僕とアスカはあまり話さなかったんですけど、綾波が妙に本部長と話が合ったみたいで」

「へえ、レイがなあ」

と、意外そうな加持に、レイは、

「はい。……なんとなく、親しみを感じました」

 加持は頷き、微笑んで、

「そうか。……まあ、それ自体は今どうこう言う事じゃないと思うが、まあどうせこれからしょっちゅう顔を合わすんだから、いい事なんじゃないかな」

 レイも微笑み、

「はい」

「ま、今日はこんなところかな」

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'Moon Beach ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

夏のペンタグラム 第二十五話・愛別離苦
夏のペンタグラム 第二十七話・拈華微笑
目次
メインページへ戻る