第二部・夏のペンタグラム
さてこちらはミサトのマンション。大騒ぎした元日の夜も更け、みんな瞼が重くなって来た。
ミサトも意識がやや朦朧とし始め、
「じゃ、もう2時過ぎだからそろそろ寝ましょうか。ええと、アスカ、八雲さんと一緒に寝てくれるかな♪」
「オッケー♪」
「よろしくおねがいしますね♪ アスカさん♪」
「うん♪」
「レイは私の部屋よ♪」
「はい」
「それから、渚君はシンちゃんの部屋で一緒に寝てよね♪」
「はい」
(えっ?!……)
にこやかに答えるカヲルの言葉に、シンジは心にチクリとする小さな痛みを覚えた。
(渚君と一緒か……)
無理もない。このカヲルはかつての「使徒・渚カヲル」ではないとは言うものの、シンジにとっては「苦い思い出」に触れる事には違いなかったからだ。
「シンちゃん、いいわよね♪?」
「え? は、はい。もちろんです」
「じゃ、みんな、おやすみなさい♪」
ミサトの言葉に全員がゆっくり立ち上がって部屋に向かった。
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第二十四話・以心伝心
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シンジとカヲルは電気を消した部屋の中で天井を見ていた。さっきまで眠かった筈なのに、今は妙に目が冴えている。
「渚君、下で寝てもらってなんだか悪いね……」
「ううん、泊めてもらってるんだから当然だよ」
ベッドの下で横になっているカヲルの声を聞くと、かつての「苦い思い出」が心に蘇って来る。
(「僕は君に会うために生まれて来たのかも知れない……」)
(カヲル君……)
思い出すまいとしながらも、シンジにはそれを止める事が出来なかった。
「ねえ、渚君」
「なんだい?」
「日本に帰って来て、どう?」
「うん、よかったと思ってるよ。みんなとも仲良くなれたしね」
「そう、よかったね」
「うん、みんなのおかげだよ」
(やっぱりこの渚君はあの時の「カヲル君」じゃないんだ。僕も昔の僕じゃないんだし……)
過去とは決別すべきだ、と、自分に言い聞かせた事で、小さな思い切りが生まれたシンジは、
「ところでさ」
「なんだい?」
「渚君さ、転校して来てすぐの時に、僕に、『IBOで一緒に仕事をするようになったのは縁だ』なんて言ってただろ。あれ、どう言う意味で言ったの?」
「あ、それかい。………それがさ、なんであんなことを言ったのか、今となったら、実は僕にもよくわからないんだ」
「そうなの……」
「うん。……前にも言ったように、僕、ずっと全寮制の男子校だったろ。それで、女の子との付き合い方がわからなかった、ってこともあったし、日本に帰って来たばかりで、どうしていいかわからなかった時に、君を一目見て、なにか昔から知っているようななつかしい気持ちがしてさ、気が合いそうだな、って思ったんだ」
「ふうん……」
(なつかしい気持ち、だって?……。まさか……)
「それでIBOの話になった時、つい、あんなことを言ってしまったんだよ」
「そう……」
(やっぱり、聞くんじゃなかったかな……)
シンジはカヲルの言葉を聞き、少々驚くと同時に後悔した。確かにこのカヲルは「かつての渚カヲル」ではないとは言うものの、「懐かしい気持ち」等と言われたら心穏やかでいられる筈がない。
ところが、一呼吸置き、カヲルが、
「でもさ、よく考えてみたら、単にそう思っただけなんじゃないかな、って気がするよ。事実さ、こうやって仲良くなれたのは『縁』があったからなんだしね」
「そう、そうだよね。……うん、まあ、これからもよろしくたのむよ。あはは」
(そうだよな……。単なる偶然だよな……)
「うん、こっちこそよろしくね」
「ところでさ、話は変わるけど、渚君はいつごろドイツに行ったの?」
「物心ついた時はもうドイツだったよ。僕の両親は日本人だけど、僕が生まれてしばらくしたら三人でドイツに渡ったんだ。……僕は知らないけど、セカンド・インパクトの混乱の最中だったんだ。……でも、両親ともその後すぐ死んじゃってね……。それで、前にも言ったと思うけど、昔のネルフの関係者の人に預けられて、ずっとお世話になってたんだ……」
「そうか、……なんだか悪いこと聞いちゃったな。……ごめんね」
「そんなことないよ。……ところで碇君の方はどうなんだい? 君も今は一人なんだろ……」
「うん。……僕も小さい時に母さんと死に別れてね……。父さんは仕事で忙しかったから、僕は先生のところにあずけられてたんだ……。それが、エヴァに乗るために急に呼ばれてここに来たんだけど、……ずっといいことなんかなかったな……。父さんはこの前の『最終決戦』で死んじゃったしね……」
「そうなのか……。僕と同じなんだね……」
「うん、そうなんだ。……でもさ、今はほんとに幸せだ、って思えるようになったよ。……あ、遅くまでごめんね。もう寝ようか」
「そうだね。おやすみ」
「おやすみ」
(もう昔のことは考えないようにしよう。みんな生まれ変わったんだしな……)
シンジは自分にそう言い聞かせていた。
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「悪いわねレイ、下で寝てもらっちゃってさ」
「いえそんな。……わたしも部長とご一緒できて、なんだかうれしいです……」
「……ねえレイ、考えてみたらさ、わたしたち、こうやって仲良くやってるなんて、まだなんだか夢みたいよね……」
「はい。……そうですね……」
「あの時はいろいろあったとは言ってもさ、みんなギスギスしてたし、わたしもほんとにどうかしてたわ。……結局、自分のことだけしか考えてなかったしね」
「いえ、そんな……」
「あんたもわたしも、一回死んで生まれ変わったのよね……」
「……はい……」
「この幸せ、絶対に壊させないわ。……誰にもね。……だからさ、これからも一緒にがんばってよね……」
「はい」
ミサトもレイも、「かつての歴史」では一度「苦しみの中で死んで」いる。それを考えると、改めて今の幸せが身に染みるのだった。
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「ねえナツミ、背中痛くない?」
「だいじょうぶですよ。ちゃんとおふとんひいてありますから♪」
「そう、よかった。……ところでさ、前にも言ったけど、あんたどうしてそんなにみんなとすぐなじめるの? それにどうしていつもそんなに明るくしてられるの?」
「うーん……、アスカさんだからほんとのこと言っちゃいますけど……、わたしもいつも明るくばっかりしていられるわけじゃないですよ。それに、昔は暗かったんです」
「へえ……、そうなの……。意外ね……」
「はい。……両親と死に別れた時は、ずっと自分のカラにとじこもってたし、悲しくて毎日泣いてたんです。……いまでも、たまに昔のことを思い出して、悲しくなることもあるんですよ」
「ふうん、……でも、そんなとこちっとも見せないわね」
「悲しんだり苦しんだりしてわたしがしあわせになるんなら、いくらでもそうしますよ。でも、そんなことしても、かえってよけいにつらくなるだけでしょ」
「えっ!」
このナツミの一言は、アスカには実に堪えた。一瞬沈黙した後、
「……ま、そうよね……」
「それに、わたしが悲しんでるとこ人に見せても、その人にしたらめいわくなだけじゃないですか。それなら、から元気でも明るくしたほうがわたしもみんなも楽しいでしょ」
「うん、……たしかにね……」
「わたしね、小さい時、まだその時は暗かったんですけど、大きな病気で死にかけたことがあったんです。でも、お世話になってたおじさんもおばさんも、わたしのことを自分の子供のように思っていっしょけんめい看病してくれたんです。……入院してた時のことなんですけど、わたし、ある時、危篤になったんです。それでね、その時に死んだ両親の夢を見たんです」
「…………」
「その夢でね、わたし、両親に会えたうれしさで、『いっしょにつれてって』、って、言ったんです。でも母親が、『私たちはいつもおまえの心の中にいるのよ。おまえが明るく元気に生きることが、私たちの命をうけつぐことなのよ』、って、言ったんですね。そこで目がさめたんですけど、その時、おじさんとおばさんが、ベッドのそばで寝ないで看病してくれてて、わたしの意識がもどった時に、大声をあげて泣いてくれたんです。それがね、わたしね……、すごくうれしかったんです……」
「…………」
「ふしぎなことにね、そのあと、わたしどんどん回復してって、それからしばらくして退院したんです。……その時わたし思ったんです。……わたしが暗くウジウジしてても、わたしも、だれもしあわせにならない、だったら、明るく元気にしよう、って……。それだけのことなんですよ……」
「そっかあ……、うん、わかった。あたしもナツミをみならって明るく元気にがんばるわ」
「アスカさん、いつも元気じゃないですか♪」
ここに来て、流石のアスカも苦笑し、
「……それがさ、あたしの場合は、むかしはなんかいつも怒ってばっかだったのよね。それで元気にみせてたんだけど、かんがえてみたらさ、ナツミの言うとおり、あたしが怒ってても、あたしもみんなもたのしくないわよね。ま、今はそんなこともへったけど、もっとがんばって怒らないようにするわ♪」
「そうですよ♪ アスカさん、そんなに美人なんだから、怒ったらきれいな顔がだいなしですよ♪」
と、ナツミに言われたアスカは、妙に嬉しくなり、
「えっ? あはは、そうかな♪ ナツミにそんなこと言われたら世話ないわ♪」
「え? なんでですか?」
「だって、あんたもすごくかわいいじゃない♪」
と、思わず言ってしまっていた。
「そんなことないですよお♪ アスカさんはほんとに美人じゃないですかあ♪ わたしとはぜんぜんちがいますよお♪」
「そっかな♪ ……じゃさ、『タイプがちがう』、ってことにしとこうか♪」
「はーい♪」
「あ、おそくまでごめんね。もうねよ♪」
「はーい、おやすみなさい♪」
「おやすみ」
(あたし、ナツミのこと、かわいい、って、みとめちゃったな。なんでだろ……。でも、美人だ、なんて言ってくれたのはなんだかうれしいな。うふふ……)
アスカは、かつての自分からは考えられない「素直な喜び」をかみしめていた。
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さてこちらは京都の加持。
(調べれば調べるほど、不思議な暗合にぶつかるなあ……)
もう3時を回ったと言うのに一向に眠くならない。買って来たオカルト関係の書物の調査に没頭していた事もあるのだろう。
(「五」と言う数字がどうも気にかかる。「五大」本部長の名前は「モロ」だし、向こうの世界に行った事のある俺達は五人。安倍晴明の紋章は「星」だが、これは五行の相生と相克の象徴……。どう言う事なんだ……)
元来オカルトに興味などなかった加持であるが、こうも奇妙な暗合にぶつかると、やはり調べずにはいられない。生来の「動物的なカン」がそうさせるのだろう。
(いずれにせよ、この一件にはオカルティズムに関わりを持つ連中が一枚噛んでいる事は間違いない。それに、俺達が「魔法」に多少なりとも関わった事は事実だ。それを踏まえて考えれば、バカバカしいようだが、オカルティズムを無視してこの件は探れないぞ。……オカルティズムに関係する連中……。さしづめ「秘密結社」と言う所か……。ん? そう言えば……)
(「ねえねえ。こんなことしてるとさ、なんか、あたしたち、『秘密結社』みたいね」)
加持はミサトのマンションでの「作戦会議」の際にアスカが言った言葉を思い出した。
(そうだ、あの時もこんな話が……、みんな、なんて言ってたんだっけ……)
加持は意識を集中してその時の事を思い出そうとした。
(「じゃ、加持さんが『首領』ですね」)
(「葛城部長が『副首領』で、シンちゃんは『お稚児さん』かな。うふふ」)
(「あたしが『女神』でレイは『巫女さん』だ。うふふ」)
(俺の名前は「真言密教の根本教義」、……葛城は「修験道の聖地」、……シンジ君は「神児」、……レイは「霊」、……アスカは「飛鳥」……)
加持はみんながさりげなく漏らした言葉の「暗合」が心に引っ掛かって仕方なかった。
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1月2日の朝が来た。ミサトのマンションでは全員での朝食の後、やって来た三人が帰り支度を済ませていた。
ミサトが笑いながら、
「みんなどうもおつかれさん♪ また来てよね」
カヲル、レイ、ナツミが一礼し、
「どうもお世話になりました。とっても楽しかったです」
「ほんとにどうもありがとうございました」
「ありがとうございました♪ またあそびに来ますね♪」
アスカとシンジもニコニコと、
「みんなまた来てよね♪」
「みんなおつかれさまでした」
と、ここでミサトが、
「あ、それからさ、機械制御の研究のことなんだけど、6日から始まることになってるの。お休み中で悪いんだけど、6日の朝9時に本部に集合してね。都合が悪くなったら早めに連絡してちょうだい」
「はい」
「はい」
「はーい♪」
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三人が帰った後、こっちの三人はリビングに戻ったが、アスカが大きな溜息をつき、
「あーあ、みんな帰っちゃったわねえ。……なんかさびしいなあ……」
ミサトは苦笑して、
「『宴の後の虚しさよ』ってやつよね。でもさ、またみんなでやればいいじゃない♪ 今度は鈴原君や相田君や洞木さんも呼んでさ♪ もちろん加持君も引っ張って来て♪」
「そうですね。またみんなでやりましょうよ」
と、シンジが言うのへ、アスカが、
「シンジもすっかりかわったわねえ。むかしやったミサトの昇進パーティーのときはぜんぜん元気なかったのにさ♪」
「あ、そうだよねえ。……でもさ、アスカも変わったよ。だって、前はなんか一人だけ張り切りすぎて浮いてたみたいだったし、すぐみんなとケンカしていたけど、今回はそんなことぜんぜんなかったもんね」
ここでミサトが、
「そうそう、あんたたちもちょっぴり大人になった、ってことよ♪」
「おとな、かあ……。うふふ……♪」
「大人、ねえ……。あはは……」
アスカとシンジは、照れ臭いながらも少々嬉しくなった。
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その頃五大はマンションの自室でパソコンを操作してマギに接続していた。
(チルドレンのデータはこんなものか……)
こちらに赴任する前に、既にチルドレンのデータには目を通してある。しかし、その後の事は判らないから、実験が始まる前に改めてもう一度確認しようと言うハラだった。
(特に変更はなさそうだ……。おや、ファーストの綾波君の個人データが更新されているな……)
レイの個人データの日付に目を留めた五大は改めて画面をスクロールさせた。
(!!!!!!!! これは!!!!!!)
レイの戸籍データが変更されている。その母親の名前に五大の眼はクギ付けになった。
「母親が碇マイだと!!! まさか!!!」
続く
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'パッヘルベルのカノン ' mixed by VIA MEDIA
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