第二部・夏のペンタグラム
12月26日の朝が来て、シンジとアスカはいつも通りに登校である。
「いってきまーす」
「いってきまーす」
「行ってらっさいっ!」
「キュゥッ! クゥゥッ!」
+ + + + +
第十六話・天真爛漫
+ + + + +
シンジとアスカが表通りに出ると、そこにナツミが立っていた。
「おはようございまーす♪」
「あ、ナツミ、おはよう」
「八雲さん、おはよう」
どうやらナツミは二人を待っていたらしい。三人は連れ立って歩き出した。
「ねえねえ、碇さんとアスカさんはいつもいっしょなんですか?♪」
と、ナツミに言われ、思わずシンジは、
「えっ? う、うん。……僕ら二人とも、ミサトさん、いや、葛城部長のところでお世話になってるんだ、それで……」
ナツミは仰天し、
「えええーーっ!! いっしょにくらしてるんですかあ?」
すかさずアスカが、
「やーねーナツミ、仕事だからミサト、いえ、部長のところにいるのよお。いっしょにくらしてる、なんて言うほどのことなんかないわよお、あはは」
とは言え、アスカは少々自慢気だ。シンジもそれに合わせて、
「そうそう、そうなんだよ。……あはは、仕事の関係なんだ。あはは」
「そうなんですか。……でも、アスカさん、うらやましいなあ……」
「えっ? なんでなの?」
きょとんとするアスカに、ナツミは、眼をキラキラと輝かせ、
「だって、碇さんといつもいっしょにいてなかよくできるじゃないですかあ。いいなあ」
流石のアスカも、
「ちょ、ちょっとまってよ、あはは……、シンジといっしょにいたってさ、べつになんてことないわよお」
「そうそう、別になんてことないよねえ、……アスカ」
「ふーん。……じゃ、お二人はなにもないんですかあ?」
ここに来てシンジは、うっかりと、
「えっ!? いやその、……一応、……僕とアスカは、……つきあってるんだけど……」
「!………」
(あっ! シンジったら、よけいなこと言って! ……いま言ったらまずいじゃないの)
と、アスカは顔色を変えたが、意外にもナツミは、
「あーっ、やっぱりそうなんだあ♪ へんにかくさなくってもいいじゃないですかあ♪ ……うん、きーめたっ♪ これからわたし、お二人の縁結び役になります♪」
「縁結び役う??!!」
「縁結び役う??!!」
「はい♪ お二人がずっとなかよくやって行けるように、ナツミ、縁結びしますよ~♪
と、笑った後、ナツミは、
「かけまくもあやにかしこきおおなむぢのみことのおんまへに~ふたりがとはになかむつまじくあらむことをねがひて~おそれかしこみつつしみまおさく~♪」
と、笑顔で唱えた。これには流石にアスカとシンジも驚天し、
「ちょ、ちょっと、ナツミ、なによそれ!」
「?!?!?!」
「あ、これはわたしが考えた祝詞ですよ~♪」
「のりとお!?」
「のりとお!?」
「はい、祝詞です♪ この祝詞を唱えると、二人が仲良くなるんですよ~♪」
「は、はあ…」
「は、はあ…」
「これでお二人はもっと仲良くなれることまちがいなしですよ~♪」
想像を絶するナツミの言動に、二人は言葉をなくしてしまった。
「…………;」
「…………;」
その時、
「あっ、レイさんだー♪ おはようございまーす♪」
前方の道から出て来たレイを見つけたナツミは笑いながら駆け寄って行った。それを見たシンジはアスカにそっと囁き、
「ねえアスカ……、八雲さんって変わった子だねえ……;」
「ほんと……。きのうあたしたちさ、ケンカしたでしょ……。なんだかバカみたい……;」
+ + + + +
レイの所に駆け寄ったナツミは、
「ねえねえ、レイさん♪ レイさんは好きな人いますかあ♪?」
「えっ!?」
と、流石のレイもぎょっとして、
「……そ、そんな人いないわよ。……でも、いきなりなんでそんなこと……」
しかしナツミはとにかく明るく、
「ごめんなさいねー♪ きのう、アスカさんと碇さんに、『クラスに好みのタイプいる?』って聞かれたんですよお。それで、まだ転校してきたばかりだからわからないけど、ぱっと見た感じなら、碇さんがタイプかな、って答えたんですう♪ それで、なんとなくレイさんにも聞きたくなったんですう♪」
「!? ……へえー、シンちゃんを……」
と、言いながら、レイはシンジとアスカをちらりと見た。二人とも苦笑している。
「だけど、けさ、お二人がお付き合いしてる、って聞いたんで、わたし、お二人の縁結び役になったんですよお♪」
「縁結び役??!!」
「はーい♪ アスカさんと碇さんがずっとなかよくできるように、わたし縁結びしちゃいまーす♪」
「!? ……そ、そう……;」
「レイさんも好きな人ができたら言ってくださいね♪ 新出雲にいたときね、わたしが縁結びしたカップルはみんななかよく幸せになったんですよ♪」
「え!?」
「わたし、なんだか縁結びの才能があるみたいで、ともだちから、『好きな人ができたけど、なんとかならないか』って頼まれて、わたしが縁結びしたら、ほとんどうまく行ったんです♪ だから、レイさんも、もしよかったら言ってくださいねえ♪」
「そう……、すごいわねえ……」
(どう言うことなの……。この子……)
「それとねえ、わたしが、『この二人はお似合いかな』って思ったら、そのあとふしぎとその二人はなかよくなるんですよ♪ ……あ、渚さんだ♪ おはようございまーす♪」
ナツミはカヲルに駆け寄って行った。レイはすかさずシンジとアスカに耳打ちし、
「どうなってんの?」
しかし、シンジとアスカも、
「それが僕にもさっぱり……」
「あたしにもなにがなんだか……」
「今のナツミちゃんの話聞いた? あの子、自分で『縁結びの才能がある』って、言ってるわよ」
「きこえたわ。……そんな才能、ってあるのかなあ」
と、アスカが首を傾げた時、前方からナツミの素っ頓狂な声が聞こえて来た。
「えーっ♪! 渚さん、って、好きな子いないんですかあ♪ こんなにステキなのにもったいないなあ……。そうだ♪ ちょうどレイさんも、好きな人いない、って言ってたから、お二人、なかよくしてくださいよお♪」
「!!! ……ちょ、ちょっと、ナツミちゃん。なに言ってんだよ……」
カヲルの声に、三人は慌てて駆け寄った。
「わたし、縁結びの才能あるんで~す♪ お二人はバッチリお似合いだと思いますよお~♪ ……あ、レイさーん♪ 今思ったんですけど、レイさんと渚さん、ピッタリお似合いなんじゃないですかあ~♪」
「!! ……ナツミちゃん、なに言ってんのよ!」
「てれちゃだめですよお♪ 恋には勇気が必要なんですっ♪ かけまくもあやにかしこきおおなむぢのみことのおんまへに~ふたりがとはになかむつまじくあらむことをねがひて~おそれかしこみつつしみまおさく~♪」
「ちょ、ちょっと、ナツミちゃん、それなに?!」
と、驚いたレイに、ナツミは、
「わたしが考えた祝詞で~す♪ この祝詞を唱えると、二人が仲良くなるんですよ~♪ これでお二人は理想のカップルになれること間違いなしで~す♪」
「そ、そうなの……;」
「まいったなあ……;」
突然ナツミに「縁結び」されてしまったレイとカヲルは呆気に取られるだけだった。
「…………;」
「…………;」
その様子を見ながら、シンジとアスカもただただ苦笑するしかなかった。
+ + + + +
「おはようございまーす♪」
ナツミは明るく笑って教室に入って行った。既に教室にいたクラスの男子の目付きが変わる。無論ケンスケも例外ではない。
「……おはよう。……八雲さん」
「あ、相田さんですね♪ おはようございまーす♪」
「え? もう僕の名前覚えてくれたの!! 感激だなあ!」
「はい、きのう先生からもらったデータメモリカードの中に写真入りのクラス名簿があったんです♪ それで、ゆうべのうちにみなさんのお名前とお顔は全部おぼえまちゃいました♪」
「えっ!? 一晩で覚えたの?」
「そんなあ、ひとばんもかかりませんよお♪ 2時間ぐらいかな♪」
「たった2時間で?!」
「はーい♪ そうでーす♪」
「すごいなあ……」
「やだあ♪ そんなにほめないでくださいよお♪ はずかしくて、てれちゃうじゃないですかあ♪ ……もう、相田さんたらあ♪」
と、言いながらナツミは通りざまにケンスケの肩をぽーんと叩いた。すると、
「おわっ!! ……♪♪♪」
いきなりナツミに「スキンシップ」をされたケンスケは眼が完全に宙を向いてしまい、最早「人事不省」の有様である。シンジ、アスカ、レイ、カヲルの四人はその様子をまたまた呆気に取られながら見ていた。
「ねえアスカ、……なんて言ったらいいんだろ……」
「あたしの理解力をこえてるわ……」
「……楽しすぎる子よねえ……」
「……やっぱり、チルドレンって、変わり者が選ばれるんだ……」
席に着いたナツミの周囲には早速男子が群がり始めた。しかしケンスケは自分の席に座ったままである。「幸せの極致」にいるようだ。
「ケンスケ、ちょっとちょっと」
「なんだい♪ シンジい♪」
「あのさあ、IBOの手伝いをする話なんだけど、ちょっと廊下で……」
「いいぜ♪ 行こう行こう♪……」
「うん。……アスカ、ちょっと来てよ」
(だめだこりゃ……。完全にメロメロになってる……)
+ + + + +
「そおかあ♪ ミサトさんがOKしてくれたかあ♪ シンジい、アスカさまあ、どうもありがとお♪」
ケンスケのこの体たらくに、アスカは呆れて、
「ちょっとケンスケ、しっかりしなさいよ。たかがナツミに肩たたかれたぐらいでそんなにメロメロになってどうすんのよ。しゃんとしないとナツミにきらわれるわよ」
「ああ、俺は幸せだあ♪ ……あの、八雲ちゃんの、白くて柔らかい手が、俺の肩に♪ ……まだ、あたたかみが、残ってるよお♪」
「だめだわこりゃ……。シンジ、とにかくさあ、教室にもどろ」
「そうだね。……おいケンスケ、しっかりしろよ、ほら」
無論、ケンスケがその日の授業に身が入る訳などあろう筈もなかった。
+ + + + +
キーンコーンカーンコーン
「起立! 礼! 着席!」
「あーメシやメシや。さて、今日は、と……。委員長、今日も弁当持って来てくれたんかあ?」
「はい鈴原♪」
「おおっ♪ おおきにおおきに、いつもすまんなあ」
「ううんそんな……。余り物で悪いけど……」
「なに言うとんねん、とても余りもんとは思えへんでえ。……そうや、いつも委員長には世話になりっぱなしやし、今度なんか恩返しするさかいな」
「え? そんな……、気をつかってくれなくてもいいわよ……」
「いやいや、いつもの感謝をこめてやな、なんかさせてもらうでえ」
「……ありがと、それよりさあ、お弁当、ここでいっしょに食べていい?」
「おお、そんなんもちろんやがな。……今日のおかずは、と、お、ワシの大好物のエビフライやないけ♪」
「うん、この前のパーティーの時、鈴原、おいしそうに食べてくれたから……」
「ほならさっそく……、おお、うまいっ♪」
「……よかった♪ じゃ、わたしも……♪」
+ + + + +
シンジは、メロメロになったケンスケに、
「おいケンスケ、しっかりしろよ。ひるごはんどうすんだよ」
「シンジい♪ 俺今日はだめだ……♪ 胸がいっぱいで……」
「しょうがないなあ……。じゃさ、IBOの手伝いの件はまたミサトさんから連絡が来ることになってるからよろしくね。伝えたよ」
「ああ、わかったよ……♪」
「…………」
(だいじょうぶかなあ……)
+ + + + +
ナツミはアスカに、
「アスカさん♪ いっしょにお弁当たべましょうよ♪」
「うん、そうしようか。……シンジい、レイい、渚くうん、屋上へ行こうよ」
+ + + + +
「この学校の屋上、とっても見晴らしいいですねえ♪ ……なんか感動しちゃうなあ♪」
と、喜んでいるナツミに、アスカは、
「ところでさあ、ナツミ、けさあんた『縁結びの才能があるみたい』って言ってたけど、どう言うことなの?」
「それがわたしにもよくわからないんですけど、なんか前から、『あ、この二人お似合いかな』って思うと、ふしぎにその二人がなかよくなっちゃうんですよお♪ それで、ともだちから恋の悩みを相談されたりしたときに、その話をしたりしてたら、いつのまにか、『ナツミは縁結びの神様だ』なんて言われちゃって♪」
「ふーん、じゃさ、きのうあんたに、好きなタイプいる、ってきいたときさ、シンジみたいなのが好みだ、って言ったじゃない、あれは?」
「べつに深い意味なんかないですよお♪ ただ、わたしどっちかって言うと世話好きだから、碇さんみたいな、ちょっとかまってあげたくなる感じの人がタイプかな、って言っただけなんです。でも、アスカさんと碇さんがお付き合いしてる、って聞いて、ああやっぱり、って思いましたけど」
シンジは、驚いて、
「へえー、そう見えたの?」
「はい。なんとなく、お二人お似合いなんじゃないかな、って思っただけですけどね」
アスカは、何とも言えない顔で、
「ふーん、じゃ、レイと渚くんのこともそう思ったの?」
「はい、なんとなくそう思ったんですよ♪」
カヲルとレイは、
「まいったなあ……。うふふ」
「そうよねえ、びっくりしちゃったわよ。うふふ」
と、苦笑するしかなかった。ナツミは続けて、
「でも、わたしが見た感じでは、お二人はなにかお互いに通じるものをもってるみたいに思いますよお♪ だから、お似合いなんじゃないかな、縁があるんじゃないかな、って♪」
「そ、そうかなあ……」
「え? そうなの?……」
(そう言えばわたしと渚くん、生まれたいきさつなんか、似てるわねえ……。でも、なんでナツミちゃんがそう感じたのかしら……)
その時ナツミが、
「あ、もしかしたら」
アスカが、身を乗り出し、
「なに?」
「わたしねえ、新出雲出身でしょ。そう言えばわたしの父方のひいおじいさんは出雲大社で神官してた、ってきいたことがあったような」
シンジも、何とも言えない顔で、
「出雲大社で?」
「ええ、出雲大社って言えば、縁結びで有名でしょ。……もしかしたら血筋なのかなあ」
アスカは、少し唸りながら、
「血筋ねえ……。ところでさあ、ナツミ、あんたに縁結びの才能があるのはいいとしてさあ、あんた自身はどうなのよ」
「えっ、わたし? あはは、そう言えばどうなんでしょうねえ♪ 縁があったらステキな人とめぐり合えるかなあ。あはは♪」
と、笑うナツミの言葉に、アスカ、レイ、カヲル、シンジの四人は、
「縁、ねえ……」
「……縁、ねえ……」
「縁、か……」
「縁、かあ……」
(あ、そう言えば渚君、前に、縁、って言葉つかってたよなあ……。最近はあのときみたいな感じじゃなくなって来たけど……)
+ + + + +
「えー、それでは今日の授業は終わります。明日は学期末テストですので、みなさん頑張ってくださいね」
「起立! 礼! 着席!」
ヒカリの号令の後、担任の老教師が出て行くと、クラスの中に少々「ブルーな空気」が流れた。今の時代、期末考査が成績の全てと言う訳ではないが、一応の目安として学期の最終日に簡単なテストが行われる。今年は28日が終業式なので、期末テストは明日の27日だった。
「あー終わった終わった。おいケンスケ、帰りにちょっとなんか食うていかへんかあ」
「ごめんトウジ、俺今日はまっすぐ帰るよ♪ 悪いな♪」
「そうか。……ほなしゃあないな。またな」
「またな♪」
今日のケンスケはトウジに誘われても全く反応しない。まだ今朝の「後遺症」が残っているようだ。完全に目が据わっているケンスケを不思議に思いながら、トウジは帰り支度をしているシンジに小声で聞いた。
「おいシンジ、ケンスケのやつどうしたんや? ちょっとおかしいで」
「それがさあ、ここだけの話なんだけど、ケンスケのやつ、八雲さんにメロメロなんだよ」
「なにっ!? ケンスケが八雲にやて?」
「そうなんだ。一目惚れだってさ」
「そうか……。まあ確かにあの子、可愛いさかいなあ……。そやけど、あのケンスケが八雲になあ……」
トウジはそう言いながらナツミの方を窺った。クラスの男子が群がる中、帰り支度をしながらにこにこと笑顔で応対している。
「うん。……それで、僕とアスカが縁結び頼まれちゃってさ……」
「なんやと! お前と惣流にか。……なんとなあ……。そうか、ま、なんとか力貸したってくれや。そんならワシはこれで。またな」
「うん、じゃまた。……あ、ところでトウジ、脚のほうはだいぶ回復したみたいだね」
「おお、そうやねん。おかげさんでな、そろそろ松葉杖ともおさらばや。リハビリの先生も、そろそろ普通の杖にせえ、言うとる。ま、休み明けには普通の杖で来とると思うで」
「そうか。がんばってね。じゃこれで」
+ + + + +
シンジとアスカはマンションに帰って来た。二人は自室で着替えた後、リビングでコーヒーを飲みながら今日の事を話し合った。
「ねえシンジ、ナツミってかわってるわねえ」
「ほんとだねえ。きのう、僕みたいなのがタイプだ、って言われたときはおどろいたけどさ、あれもまったく悪気はない、って言うか、僕とアスカに聞かれたからすなおに言っただけみたいだったね」
「そうみたいね。でもさ、けさ『縁結び』されたときはまいっちゃったわ。あはは」
「そうだよねえ……。あ、ところでさ、そうしてみると、綾波と渚君のことだけど、ちょっと気になるよねえ」
「うん。あたしもまさかナツミがあんなこと言うとは思わなかったわ。……でもさ、そう言われてみると、たしかにあの二人、おにあいかもね」
「えっ? アスカはそう思うの?」
「うん、ま、ここだけの話なんだけどさ、レイにしても渚くんにしても、生まれたいきさつが似てるじゃない。その意味で、あんがいわかりあえるかもね。それに今の渚くんは『前の渚カヲル』じゃないんだしさ」
「なるほどねえ……。じゃ、僕とアスカも似てる、ってこと?」
「あ、そう言われてみたらそうかもしれないわねえ。ま、いまさら言ってもしかたないけどさ、あんたにしてもあたしにしても、母親との境遇がよくにてるじゃない。……こんなことシンジに言うのははじめてだけどさ、思いきって言うとね、やっぱりあたしもあんたもおなじようなトラウマをもってるのかもね」
「とらうま?」
「うん。医学用語で、心の傷のことなんだけど、いますなおになってみたらさあ、あたしがシンジのことをだんだん好きになってったのは、それが理由かもしんないな、って、ふと思ったわ」
「そうかあ……。トラウマねえ……。あ、ところでさ、ケンスケと八雲さんのことだけど、どうしようか。この調子なら、少なくとも八雲さんはハイキングにさそったら来てくれると思うよ」
「そうね。じゃさ、さっそく計画をねろうか。日にちは29日がいいんじゃない……」
+ + + + +
(わたしと渚くんがお似合いだなんて……。おどろいちゃったな……。あ、わたし、もう「おどろき」、って感情をすっかりわかってるわ……)
アパートに帰って来たレイは今日の出来事を振り返っていた。今朝のナツミの言葉が心に蘇って来る。
(「あ、レイさーん♪ 今思ったんですけど、レイさんと渚さん、ピッタリお似合いなんじゃないですかあ♪」)
(わたしが渚くんと……。どう言うことなんだろ……。シンちゃん、わたし、どうしよう……)
(「でも、わたしが見た感じでは、お二人はなにかお互いに通じるものをもってるみたいに思いますよお♪ だから、お似合いなんじゃないかな、縁があるんじゃないかな、って♪」)
レイはシンジに対する想いに心を馳せながら今日のナツミの言葉を噛み締めてみた。
(わたし、シンちゃんのことが好き……。でも、シンちゃんとアスカがなかよくしてるの見ても、前みたいな強い感情は起きなくなった……。どうしてなんだろ……。なんだか、二人が幸せなら、それが一番いい、ってさえ心のどこかで思うようになってる……。どうしたんだろ……。それに、渚くん……。たしかに最近ちょっと変わったもんね……。あの人とわたし、生まれたいきさつはよく似てるし……。あの人は『前の渚カヲル』じゃないんだし、わたしも前のわたしじゃないんだし……)
+ + + + +
(僕と綾波さんがお似合い、か……)
(「でも、わたしが見た感じでは、お二人はなにかお互いに通じるものをもってるみたいに思いますよお♪ だから、お似合いなんじゃないかな、縁があるんじゃないかな、って♪」)
カヲルも自室で今日のナツミの言葉を思い出していた。かつては女性には興味を向けていなかったが、クラスに溶け込むようになってからは徐々に心の余裕も出来、女の子とも普通にやりとり出来るようになって来た。その眼で改めてレイの事を思ってみると、確かに心惹かれる部分がなくもない。
(綾波さんって、おとなしくて控えめだ。……それに確かに僕と雰囲気が似てる。……なんとなくぬくもりも感じる。……今までこんなこと考えたこともなかったのに……)
「縁、か……。あれっ? そう言えば……」
その時カヲルは転校して来た当初、シンジに言った言葉を思い出した。
(「偶然なんかじゃないよ。これはきっと運命なのさ。『縁』と言う名前のね」)
(あの時、なんであんな言葉を碇君に言ったんだ……。なにも考えてなかったけど、なんとなく気の合いそうな碇君が他人と思えなくて、ふっと言ってしまった……。なんでなんだ……)
+ + + + +
トゥルルル トゥルルル
「はい。IBO情報部加持です」
『おひさしぶり、内務省の渡だ』
「おお、渡か、久し振りだなあ」
『出張でな、第3に来てるんだ。今夜飲まないか』
「おお、大賛成だ。じゃ、仕事が終わり次第、携帯に連絡するよ」
『待ってるぜ。おお、そうだ、よかったら婚約者の彼女も連れて来いよ』
「なに? もう知ってるのか、わはは、流石だな。判った」
加持は一度電話を切り、改めてボタンを押した。
「……もしもし、葛城か? 俺だ……」
+ + + + +
「ねえアスカ、芦ノ湖ハイキングの計画はこんなもんだね」
「そうね。じゃ、みんなに電話しようかな」
トゥルルル トゥルルル
「あ、電話だ」
アスカは受話器を取り上げ、
「はい、葛城です♪」
『あ、アスカ、ミサトです』
「ああミサト、今日も遅くなるの?♪」
『うん。加持君の昔の友達がこっちへ来ててさ、三人で飲みに行く事になったから、悪いけどそっちは晩ご飯適当にすませといて』
「オッケー、わかった♪ じゃあね」
「ミサトさん、きょうも遅いの?」
「うん、加持さんのむかしのともだちがきたから、三人でのみに行くんだってさ」
「じゃ、ばんごはん、また二人で作ろうか」
「うん♪ あ、その前にみんなに電話しておくわ♪」
+ + + + +
「みんな29日オッケーだってさ。ナツミも大喜びだし、ケンスケなんか、なきだしそうに感激してたわよ♪」
「そう、よかった。……じゃ、いっしょにかいものに行こうか」
「うん♪」
+ + + + +
(みんなでハイキング……。渚くんも一緒……)
レイはアスカからの電話の後、奇妙にカヲルの事を意識している自分に気付いた。
(わたし、どうしたんだろ……)
+ + + + +
(ハイキングか……。綾波さんも一緒なんだよな……)
カヲルも電話の後、妙にレイの事を意識していた。
+ + + + +
「おおっ♪ うれしいっ♪ うれしいっ♪ 八雲ちゃんと、あのナツミちゃんとハイキングうっ♪ シンジい♪ アスカさまあ♪ ありがとおっ♪」
ケンスケは自室で狂喜乱舞していた。
+ + + + +
「しあさってはみんなでハイキング、っと♪」
ナツミは自室で夕食の支度をしながら「天真爛漫」に喜んでいた。
+ + + + +
「ねえシンジ、あじつけこんなもんかなあ」
「えーとどうかな……、うん、とってもおいしいよ」
「そう、よかった♪」
+ + + + +
その頃加持とミサトはさる居酒屋の座敷にいた。
「ねえ加持君、渡さん、ってどんな人?」
「内務省時代の仲間なんだけどね。もうすぐ来ると思うぜ。……でも、なんであいつ、こんな居酒屋なんか指定したんだろうなあ。……おっ、来た来た。久し振りだなあ、渡」
「おお、お待たせお待たせ。久し振りだなあ。加持も元気そうでなによりだ」
「こいつが俺の婚約者の葛城だ」
「はじめまして、葛城ミサトです♪」
「はじめまして、渡リュウイチです」
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
やって来た店員の言葉に三人は顔を突き合わせてメニューを見た後、まず加持が口を開いた。
「取り敢えずビールかな。葛城は当然として、渡もそれでいいか?」
「おお、いいぞ。アテは、鶏の空揚げと肉のタタキを頼む」
「じゃ、私は冷奴と枝豆ね♪」
「じゃ、俺は、焼き鳥にしよう」
「承知致しました。しばらくお待ち下さい」
「……さて、と、渡、最近はどうだ?」
「ああ、相変わらずだよ。そっちはどうだ?」
「最近急に忙しくなってな、バタバタしてるぜ。とは言っても、ま、IBOになってからは前みたいな事はないがな」
「そうか。……ところでな、加持よ、京都財団、って知ってるか?」
「いや、知らんぞ。葛城、知ってるか?」
「いえ、知らないわ」
「京都にある財団法人なんだが、政府や国連とも結構縁が深い。そこがな、最近の事なんだが、日重共にJAを再製作させているんだ」
「なに!! JAをだと!」
「えっ!? JAを!」
「ああ、深海開発に使うそうだ。使徒の襲来の心配がなくなってJAもお払い箱だったんだが、それをまた利用する事を考えたらしい」
「深海開発か……。しかし、リアクターは大丈夫なのか?」
(また京都か……。これは絶対に何かある……。深海開発なんか名目だけだ……)
「ああ、リアクターは外して京都財団が開発した新型エンジンを積むらしいぜ」
「しかし、政府はどう見てるんだ」
「そんなもん、黙認だよ。元々JAの開発には政府も深く関わっていた。『あの件』では旧ネルフに対して疑いを持っていた政府関係者も多い。まあ、今はネルフもなくなってIBOになったし、政府との関係も修復されているが、政府にとってはIBOは相変わらず『客分』だって事は理解しておいた方がいいぜ」
「なるほど……、確かにな……」
(そうか、それでこいつわざと居酒屋なんか指定したのか。確かにここなら雑多だし、酒の上のヨタ話でしかないから、かえって周囲にも怪しまれずにすむと言う訳か……)
「ま、こんなヨタ話はこれぐらいにしておこう。今日は再会を祝してパーッと行こうぜ」
「お待たせ致しました」
「お、ビールが来た来た。じゃ、渡、早速一杯行こう」
続く
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'A Sunny Day ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))
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