第二部・夏のペンタグラム




 シンジは顔を洗ってリビングに戻って来た。アスカは音量を絞ってテレビを見ている。

 朝日の射し込むリビングにいるアスカを見て、シンジは昨夜の事を思い出してしまい、少し赤面した。

(「なに言ってんだ。お前は綾波といとこ同士でそれなりになかよくできるし、しかもアスカともなんかなかよくなったみたいじゃないか。おまけにミサトさんとも同居してんだぞ。こんなにうらやましい奴がほかにいるか?」)

 昨日のケンスケの言葉が改めて心に蘇って来る。

(僕はアスカといつもいっしょ……。これって、やっぱり、幸せなのかな……)

「どうしたの? ぼおっとして」

 シンジの様子に気付いたアスカが微笑む。

「ん……。いや、なんでもないよ」

「このごろのシンジ、なんかへんよ。ときどき、遠い目しちゃってさ」

「そ、そうかな」

「そうよ。……ま、シンジらしい、って言ってしまえばそれまでなのかもしんないけどね。うふふ」

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第九話・杯酒談笑

 +  +  +  +  +

 シンジは台所で朝食の支度を始めた。アスカもテーブルでお茶を飲んでいる。そうこうしている内にミサトが起きて来て、

「……あ、おはよう……」

 何のためらいもなく冷蔵庫を開け、「エビチュビール」を取り出すと、テーブルに着いて、

「ぷしゅうううっ!」

「……んぐ、んぐ、んぐ、……ぷはああああっ!! かああああっ!! ……きくうううっ!!」

「……あらためておはよう。ミサト♪」

 アスカは苦笑しながらミサトの様子を見ている。どうやらアスカも「昨夜のシンジとの一件」で、「ミサトに対する変な対抗心」から何とか「脱却」出来たようである。

「ミサトさん、おはようございます」

 ミサトはまだ目が完全に覚めていないようで、

「ん、おはよう。……今日9時から検査やるから、二人ともそのつもりでね……。ふああああ……」

「はい」

「オッケーミサト。……ところでだいじょうぶ? あんまりおそくまで根つめると体にどくよ。……もう年なんだから。ふふっ♪」

「こらっアスカ! よけいなおせわじゃ!」

 アスカの「皮肉」にミサトは即座に反応したが、声は笑っていた。リビングに温かい空気が流れる。

「さて、と、次は朝シャン朝シャン♪ ブラとパンツはどっこかいな♪……」

 ミサトは笑いながら風呂場へ向かう。それを見たシンジとアスカも微笑した。

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 朝食を取りながら、シンジはミサトに、

「ミサトさん。実は、きのうケンスケからたのまれたことがあるんですけど」

「相田君から? なに?」

「ケンスケは前から、エヴァに乗りたい、って言ってたでしょ。それで、IBOになったから、もうエヴァに乗ることもないとは思うんですけど、もし機械制御の研究で人手がいるならぜひお手伝いさせてほしい、って、言ってるんです。それで、ミサトさんにそのこと伝えといてくれ、って、たのまれたんです」

 アスカも意外そうな顔で、

「へー、ケンスケのやつ、そんなこといってたの」

 ミサトは軽く頷き、

「ふーん、相田君らしいわねえ……。

 前にも言ったように、あんたたちのクラスの全員はまだIBOとは間接的に関係あるしね。それに相田君のお父さんもIBOの職員だから、それは無理な相談じゃないとは思うわよ。それぐらいのことは私の権限の範囲だから。

 ……ま、渚君や今度のシクスみたいに、チルドレンの立場と言うわけにはいかないでしょうけど、臨時職員みたいな立場ならなんとでもなるわ。今の所、危険な仕事もないし、もし必要ならお願いするかも知れない、ってことにしといてよ」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

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 9:00からIBO本部で「身体検査」が始まった。名目こそ「身体検査」であるが、その実は「カヲルの検査」である。シンジ、アスカ、レイの三人は、顔にこそ出さないが多少緊張しているようだ。特にシンジとレイは自分達の「遺伝子検査」も兼ねている。気にならない方がおかしいだろう。

 会議室に集められた五人の「チルドレン」はミサトから説明を受けていた。技術担当として伊吹マヤ主任研究員も同席している。

 一通りの説明を終えた後、ミサトは全員を見回し、

「……と、言うことで、これから検査を始めます。ファーストのレイから始めて、次はセカンドのアスカ、と言うように、少しずつずらして順番に行うからよろしくね」

「はい……」
「オッケー♪」
「はい。わかりました」
「はいなっ!」
「はい」

「じゃ、マヤちゃん。お願いね。行きましょうか」

とのミサトの言葉に、マヤが立ち上がり、

「はい。……じゃ、レイからね」

「はい」

 レイはミサトとマヤに連れられて部屋を出て行った。

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 検査は順調に進み、「フォース」のトウジが会議室に帰って来た。現在カヲルが検査を受けている。

「あーおわったおわった。そやけどシンジ、IBOの身体検査、ちゅうても、病院の検査と変わらへんなあ。時間はやたらとかかったけど」

「そうだね。アスカと綾波も特別なことはなかっただろ」

 シンジの言葉にアスカとレイは、

「うん。採血したり脳波をはかったり、MRIに入ったりだから、病院の検査とおなじよねえ」

「わたしもべつに、なにもかわったことはしなかったわ」

 その時、ミサトとカヲルが部屋に入ってきた。カヲルが席に着いた後、ミサトが、

「みんなおつかれさま。これで検査は全て終わりです。少なくとも今の時点ではなにも異状は見つからなかったわ。全員健康です。鈴原君は脚がまだ完全に回復していないけど、移植された脚はちゃんとくっついてるし、拒絶反応もありません。続いてリハビリに励んで下さい。では今日はこれで解散します。上にタクシー呼んであるから乗ってってね」

「おつかれさまでした……」
「おつかれー♪」
「おつかれさまでした」
「おつかれさん」
「おつかれさまでした」

 五人は口々に挨拶をすると席を立った。トウジも松葉杖を突いて部屋を出て行く。壁の時計は15:00を指していた。

 +  +  +  +  +

 五人が地上に出るとタクシーが4台止まっていた。シンジとアスカは同乗したが、他の三人はそれぞれ1台ずつに乗り込んで自宅に帰って行った。

 +  +  +  +  +

「あーこれでいちだんらくねえ。……ねえシンジ、解散前のミサトの顔みた?」

 マンションに帰って来るなり、早速アスカはシンジに話し掛けた。タクシーの中では余計な事を言わないようにしていたらしい。

「うん、とくにかわった顔してなかったね」

「そうよ。つまり、すくなくとも今の時点では、心配なし、ってことなんじゃないかしら」

「あ、なるほどね」

と、その時、

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

 シンジがそそくさと電話の所に向かう。無論アスカもついて来た。

「はい、葛城です」

『ああシンちゃん、ミサトです』

「あ、はい。なんでしょう」

『今日の検査の結果に関して、これから作戦会議やるわ。レイにも連絡しておいたからもうすぐ来ると思うし、よろしくね』

「はい、わかりました。……急ですね。なにかあったんですか?」

『あ、それはだいじょうぶよ。特に変わったことはないわよ。でもみんな早く結果を知りたいだろうと思ってね。すぐに加持君と帰るから』

「はい、わかりました」

 シンジが電話を切るとすぐ、アスカが心配そうに、

「どうだったの?」

「ミサトさんから。これから作戦会議やるって。でも、とくにかわったことはないから心配するな、って」

 それを聞いたアスカは、安心し、

「あらそう。……ほっとしたわ」

と、その時、

ピンポーン

 アスカはインタホンを取り上げた。

「ああレイ。今あけるわ」

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 五人がいつものようにテーブルに着いた後、まずミサトが、シンジ、アスカ、レイの三人を見回し、口を開いた。

「さて、と。全員集まったから始めるわね。結論から言うと、渚君は全く普通の男の子だったわ。使徒じゃありません」

 三人は一様に安堵の溜め息を漏らし、

「……よかった……」
「……ほっとしたわ……」
「……よかった……」

 それを受け、加持が、

「まあ考えてみりゃ、今更、『使徒・渚カヲル』を送り込んで来ても仕方ないのは事実だ。用心するに越した事はない、と言う意味で検査もしたが、結果としては思った通りだったな」

 ミサトは続けて、

「それからねえ。シンちゃんとレイの遺伝子検査の結果なんだけど、やっぱりふたりはいとこに間違いないわ。それも母方のね」

 加持も、笑顔で、

「つまり、今までの情報通りだった、って事だ。それとレイの事では、アダムのサンプルなんかの件で多少心配してたんだが、今回の検査の結果では、レイの遺伝子構造には特に変わった点は見つからなかった。つまり、全く普通の女の子、って事だな」

 それを聞いたレイは、心から嬉しそうな顔で、

「そうですか。……ありがとうございました」

 アスカとシンジも、

「よかったね。レイ」

「綾波、よかったね」

と、言ってくれたので、レイは、何とも言えない微笑みを浮かべ、

「ありがとう。アスカ、シンちゃん」

 ミサトも、微笑みながら、

「ま、これで一応心配はなくなったわ。もちろん、歴史が変わったことを知っているのはわたしたちだけだから、その意味で充分注意しなけりゃならないのは当然よ。でも、渚君は、フォースの鈴原君と立場上は同じだから、これからは安心してちょうだい。歴史以外のことは全く心配しなくていいから」

「はい」
「オッケー」
「わかりました」

と、ここまで来た時、ミサトが、急に神妙な顔になり、

「ところで、全く話は変わるんだけど、……シンちゃん、あのこと言っちゃうわよ」

「え? あのこと、って。……あ、はい」

 アスカとレイが、やや心配そうに、

「あのこと、って、なによ?」

「あのこと、って?……」

と、言った後、一瞬置いて突然ミサトは破顔一笑し、

「じゃーん。今晩、アスカの14歳の祝賀パーティーを開きまーす♪」

 アスカは驚き、

「ええっ!! あたしの?

と、素っ頓狂な声を上げた後、

「あ、そうか! 4日はあたしの誕生日だったんだ! ぜんぜん考えてなかったわ……。そう言えば、今の歴史じゃ、あたしまだ13歳だったのよねえ。あーあ、あはは。……前のときはそれどころじゃなかったし……。でも今日はまだ2日よ」

 ミサトは笑いながら、

「うん、確かにそうなんだけど、民法上はね、誕生日の前の日に1つ歳を取るのよ。で、アスカは12月3日の午前0時に14歳になるの。それに、どうせやるんなら休みの前の日がいいでしょ。それで、今晩パーッとやって、午前0時にみんなでアスカの14歳をお祝いしたい、って思うんだけど、どう?♪」

 ここへ来て、アスカは大喜びで、

「そうなの!♪ うれしいわ! ミサト、ありがとう!♪」

 しかしミサトは、シンジを指し、

「お礼はシンちゃんに言いなさい。最初に気付いて言ってくれたのはシンちゃんなのよ♪」

 アスカはやや驚き、

「え? シンジが……」

 シンジは、少し照れ臭そうに笑った。

「……きのう、かいものに行ったとき気付いたんだ……。だまっててごめんね」

「ううん。……そんな。……うれしいわ。シンジ、ありがと……」

 ミサトは、アスカの方に向き直り、続けた。

「それでさ、メンバーなんだけど、この五人は当然として、出来ればクラスのお友達もさ、これから呼んで来てもらえる人は呼ぼうかな、とも思ってるんだけど……。だいじょうぶかな。ついつい、気が緩んで、歴史のこと口走ったりしないか、ってのが心配なのよね」

 アスカも一呼吸考えた後、

「そうね、……みんなきてくれたらうれしいんだけど、そのことをかんがえたら、あたしもちょっと心配だな。……うん、きめたわ。今日はこの五人だけにしてよ。それでさ、1年たったらもうだいじょうぶだろうし、来年はみんなをよんでパーッとやってよね♪」

「オッケー♪ みんな、それでいいかな?♪」

との、ミサトの言葉に、シンジとレイは、

「はい、いいです」

「はい、もちろんです」

 その様子を見て、加持も、

「アスカ、よかったな」

 アスカは心から嬉しそうに微笑み、

「加持さん……、みんな、ありがとう。……ほんとにありがとう」

「さて、と。じゃ、早速お買い物に行こうかな。レイ、付き合ってよ」

と、ミサトが立ち上がり、

「はい」

と、レイが続く。ミサトが振り返り、

「……ああ、それから加持君は着替え持って来てるわね。わたしとレイは、帰りにレイのアパートに寄ってレイの着替え取って来るから」

「わかった」

 その時、突然シンジが顔を上げ、

「あっ、そう言えば、ミサトさんもすぐに誕生日じゃないですか。たしか8日だったでしょ」

 ミサトは大声で、

「こらっ! シンちゃん! よけいなこと言わないの!」

と、言ったが、加持が苦笑しながらシンジをフォローする。

「あ、そう言やそうだったな。葛城もついに大台か……」

 ミサトは加持を睨み付け、

「加持君!」

と、怒鳴ったものの、無論、眼は怒っていない。それを見た加持は、

「わははははは」

 三人もつられて、

「うふふふふっ♪」
「あは、ははは」
「うふふっ……」

 最後にはミサトも笑い出した。

「あーあ。……うふふふっ♪」

  +  +  +  +  +

ガーーーッ!!!

 ミサトとレイが買い物に出ている間、残った三人は部屋を掃除していた。シンジがリビングに掃除機をかけ、アスカは拭き掃除、加持は風呂の掃除をしている。

 シンジが、

「さて、と、掃除機はかけおわったし、と……」

と、呟いた後、ベランダの所のガラス戸を拭いているアスカに向かって、

「アスカ、そっちはどう?」

 アスカは振り返り、

「もうおわりよ! そっちもおわったの!?」

「うん、おわったよ!」

「じゃ、そうじはこれぐらいね! 加持さんにそういっといて!」

 その時、

ピンポーン

「あ、帰ってきたかな」

 シンジはインタホンの所に向かった。

  +  +  +  +  +

 シンジとレイはキッチンで食事の支度をしていた。レイは家事などには全く縁がないと思っていたシンジだが、いざ手伝ってもらうと結構ソツなくこなしている。

 材料を切っていたシンジが、

「あ、綾波、そのお皿とってよ」

 レイは、洗い物籠に入っている皿を手際よく布巾で拭き、

「はい」

「へえー。綾波もけっこう家事できるようになったんだね。前はなにもしなかったのに」

「うん。わたしもこのごろはちょっとやってるから……」

  +  +  +  +  +

 リビングで、アスカと何か作っていた加持が、

「さて、これで横断幕も出来上がりだな。アスカ、そっち持ってくれ」

「オッケー、これでいい?」

「よしよし、壁に留めるぞ」

 リビングの壁に、「アスカ、14歳おめでとう!」の横断幕が張り出された。テーブルにはミサトとレイが買って来た花が飾られている。

 ミサトがこちらを向き、

「加持君、ちょっと手貸して、テープ張るから」

「よしきた」

  +  +  +  +  +

 全ての準備が整った後、ミサトが、

「さあてっ、と。これで準備完了ね。……みんな、よかったら順番にシャワー浴びる? レイも、ウチのお風呂でよかったら浴びてよ」

「ありがとうございます。じゃ、おことばに甘えて」

 加持も苦笑しながら、

「俺も浴びるぜ。汗びっしょりだ。……どうだ、シンジ君、一緒に浴びるか?」

 ミサトとシンジは、一瞬顔色を変え、

「加持君! なにバカなこと言ってんのよ!」
「え!? ……そ、そんな……;」

 しかし加持は大笑いしながら、

「わはははっ。男同士、ハダカとハダカの付き合いもいいぞ」

 それを見たミサトは、苦笑し、

「もう、加持君たら、しょうがないわねえ……。ふふっ」

 アスカとレイも笑っていた。

「加持さんたら……。うふふ」

「……うふふ」

  +  +  +  +  +

 パーティーが始まった。まずミサトが、

「じゃ、これからアスカの14歳の祝賀パーティーを始めまーす♪ 全員、コップ持った?」

と、言いつつ、テーブルを見渡し。無論、全員グラスを手にしているし、ペンペンもちょこんと座っている。

 それを見たミサトは、

「かんぱーい!」

「乾杯!」
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「キュゥゥゥッ!!」

パチパチパチパチ
パチパチパチパチ
パチパチパチパチ
パチパチパチパチ
パチパチパチパチ

 拍手の後、ミサトが、

「アスカ、これ、みんなからのプレゼントよ♪」

と、言って、小さな包みをアスカに手渡した。

 アスカは驚き、喜んで、

「えっ!? ありがとう。……あけていい?」

「どうぞどうぞ♪」

「なにかな……」

と、アスカが包みを開けると、

「あ、すてき!♪」

 出て来たのは小さな真珠のペンダントである。ミサトは、微笑んで、

「ちょーっち小さいけど、とっても可愛いでしょ♪ みんなからのカンパで買って来たのよ。選んだのはシンちゃんだけどね」

 アスカはまたもや驚いて、

「え!? そうなの? シンジ?」

 シンジは少し照れ臭そうに、

「うん。……きのう帰るのが少しおそかっただろ。……宝石売り場に寄ってたんだ……」

 ミサトがそれを受け、

「それでね、今日お買い物に行った時、シンちゃんから聞いていたから買って来た、ってわけなの♪」

 アスカは、少し呆気に取られた表情ながら、心から嬉しそうに、

「うれしいわ。……みんな、ほんとにありがとう」

と、言った時、加持が笑って、

「さあさあ、これでセレモニーは終わりだ。パーッと行こうぜ!」

 ミサトも笑い、

「賛成! もうおなかペコペコ」

 アスカ、シンジ、レイが同時に、

「いっただきまーす♪」

「いただきます」

「いただきます」

「キュゥゥッ!♪ コツコツ♪」

 みんな一斉に皿に盛られた料理に箸を伸ばす。ペンペンもゴキゲンで鯵の開きをつつき始めた。その時、加持が、

「おっと、そうだそうだ」

 ミサトが、エビフライを口にくわえたまま、

「どぅおひたの?」

「目覚し時計さ。23時57分にセットしておこう」

  +  +  +  +  +

 大量のワインとビールが効いたのか、珍しくすっかり出来上がったミサトが、

「おいっ! 加持! おまえなあ、ちょーっちあたしのことを粗末にしすぎじゃないのっ! もっと大事にせんかいっ! うーい」

「おいおい。いきなりなんだ。……まいったなあ。うふふ。……まあ、でも、こうやってみると、いろんな事があったよなあ。みんな、『向こうの世界』では大活躍だったもんなあ……」

 みんな大いに盛り上がり、思い出話に花を咲かせながら過ごしていた。ここにいるのは「歴史が変わった事を知っている」五人とペンペンだけなので、自然と気も緩んで「別世界での武勇伝」にも話が及んでいたのである。

 その時アスカが、

「ねーミサト、今日は特別な日だから、ワインちょっとだけいいでしょ♪」

「こらっアスカ、まだ14歳のくせになに言ってんのよっ! でも、まーいいわっ! うーい、今日はあんたが主役だから特別に一口だけ許す!」

 アスカは手を叩き、

「やった! そうこなくっちゃ!」

 加持は苦笑し、

「おいおいアスカ、無理するなよ。ふふ」

と、言ったが、すっかり気が乗ったアスカは、

「シンジ、レイ、今日は特別だから、ちょっとだけワイン付き合いなさいよ」

 突然言われたシンジとレイは、眼を丸くしたが、二人とも、

「えっ!? う、うん。……じゃ、一口だけね……」

「うん。……じゃ、わたしも一口だけ……」

と、言ったので、アスカは三つ、小さなグラスにワインを少しずつ注ぎ、ニヤリと笑って、

「じゃ、いくわよ。……かんぱーい♪」

 シンジとレイは、心細そうに、

「かんぱい……」

「かんぱい……」

 ほんの少しのワインだったが、シンジは一気に飲もうとして、

「うえっ! げほげほ。……でも、なんか、ちょっと大人になった気分だな……」

 アスカは苦笑して、

「なにいってんのよ。たかがワインぐらいで。うふふ♪」

 意外にも、レイは、

「おいしい……」

 それを見ていたミサトが、

「こらっ! 酒呑みにはロクな奴はいないのよっ! うーい」

と、言ったのへ、アスカがまた苦笑し、

「ミサトにいわれたらせわないわ……。うふふふっ♪」

 その時、

ピピピピピピピ

 加持が、時計を見た。

「おっ、時間だぜ」

 時計は23:57を指している。シンジが、

「ケーキの準備しなくちゃ。……ろうそくろうそく」

と、言って冷蔵庫からケーキを取り出し、蝋燭を並べ始めた。

 加持はレイに、

「レイ、すまないがそっちのキャンドルに火をつけてくれ」

「はい」

と、言いながら、手元の蝋燭に火をつけた。レイも順に蝋燭に点火し、テーブルの上の5本の蝋燭に全て火がともった。

 シンジが、火をつけた14本の蝋燭が並ぶケーキをテーブルに運び、

「ケーキ準備できましたよ」

「よし、じゃ、電気消すぞ」

 加持はリビングの電気を消した。暗い室内に、テーブルの上の5本とケーキの上の14本の蝋燭の火が柔らかく漂っている。アスカは、瞳を輝かせ、

「火がきれいね……。ケーキに14本、テーブルに5本……」

 その時、時計を見ていた加持が、

「……そろそろだな。じゃ、秒読み開始、56、57、58、59、60!」

「フウウウウウッ!!!」

 加持の「60」と言う声に合わせてアスカがケーキの14本の蝋燭を一斉に吹き消す。全員から拍手が上がった。

パチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチッ!!

 加持とミサトが、

「アスカ、14歳おめでとう!」

「アスカ、おめでとう!♪」

 シンジとレイも、

「アスカ、おめでとう」

「おめでとう……」

 ペンペンも、

「キュゥゥゥゥッ!」

 アスカは、全員を見渡した後、

「みんな、ほんとにありがとう……」

 僅かに潤んだアスカの瞳に五つの炎が揺れていた。

  +  +  +  +  +

 その頃、新横須賀(旧小田原)の海岸にある岩場のさる洞窟で、灰色の作業服を着た数人の男達が、なにやら「探し物」をしていた。

 リーダーと思しき男が奥にいる男に、

「おい、もっと注意して探せ。わかってるな。ニワトリの卵ぐらいの黒い石だぞ。蛍みたいな光を出すそうだ」

と、声をかけた。その男は下を向いたまま、

「了解」

 別の男がリーダーの男の所にやって来て、

「しかしほんとにこんな所にあるんですか。とても信じられませんが」

「俺もよくわからんが、上からの指示だ。なんでも今日ドイツから連絡が入ったらしい。場所はここに間違いない、と言う事だ」

「しかし、最近の社長、何か妙ですねえ。いや、これは別に社長の悪口じゃないんですが、例のドイツ絡みの仕事を請け負ってから、急に金回りは良くなったし、それに、時々部屋に篭って、何か妙な事をおやりになってるみたいじゃないですか。……まさか、変な宗教に絡んでる、ってな事は……」

 突然、リーダーが声を荒げ、

「おい、口の利き方に気を付けろ。最近はウチの会社も景気が凄く悪くて、資金繰りにも苦労してるんだ。第一キサマ、誰の御陰でメシが食えていると思ってるんだ!」

 その男は恐縮し、

「す、すみません。……気を付けます」

 その時、洞窟の一番奥から声が響いて来た。

「ありました!」

「見つかったか! 見せろ!」

 奥で探していた男がこちらにやって来る。

「これです! 奥の湧き水の所にありました!」

 リーダーの男は受け取った「黒い石」をヘッドランプで照らし、手にしたファックスのコピーと比較すると、

「おい、全員ライトを消せ!」

 全員がライトを消すと、リーダーの男が手にした「黒い石」は、驚いた事に、暗闇の中で蛍のような光を発したではないか。リーダーは色めき立ち、

「間違いない! これだ! おい、ライトをつけろ! 集合だ! 行くぞ!」

 全員がリーダーの所に集まり、リーダーが手にした「黒い石」を見た。一人の男が不審そうに尋ねる。

「これは一体何です?」

「俺もよく知らん。社長は『リリスの卵』とか仰ってたがな。凄い金目の物らしいぜ」

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'パッヘルベルのカノン ' mixed by VIA MEDIA

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