第二部・夏のペンタグラム




 アスカの誕生日である4日も過ぎ、時は流れて12月も20日となった。

 この半月の間、ようやく心配もなくなったため、シンジ達はカヲルとも徐々に打ち解けて行った。カヲルもクラスの雰囲気に慣れたらしく、特にシンジに拘る事もなく、級友達と仲良くしている。レイも明るくなったせいでみんなに融け込んで行った。

 そしてIBOではいよいよ近い内に機械制御の研究が開始される事になり、ミサトを始めとするスタッフはその準備に多忙を極めていた。

 この間、IBOには特に大きな動きはなかった。本部長のポストもまだ空席のままであり、シクスチルドレンもまだ配属されていなかった。

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第十話・権謀術数

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 総務部室に日向マコトが現れた。

「葛城部長、今日の定期メールです」

「ああ日向君、ありがとう。そこにおいといてちょうだい」

 総務部長としてのミサトは相変わらず書類整理に追われている。

「部長、あんまり根をつめられると体に毒ですよ。少し休憩でもなさったらいかがですか」

「ありがとう。……でもさ、早くやってしまわないと書類がたまる一方なのよね。……使徒が来なくなって事件が解決したと思ったら、今度は書類と格闘なんてねえ……。こんなことになるなんて思ってもいなかったわ……」

と、苦笑したミサトに、日向は、

「……ところで、こんな時に申し上げるのもなんなのですが、……部長、……加持さんとの御婚約、おめでとうございます……」

と、少し寂しそうに言った。しかしミサトは努めて淡々と、

「ありがとう。……でも、この状態じゃ式は当分おあずけね……。ま、仕方ないけどさ……。でも私もこれでやっと落ち着けるわ」

「はい、一日も早く部長が安心して御結婚戴けるよう、僕も仕事がんばります。……では失礼します」

と、言うと、日向は総務部長室を出て行った。

 「前の歴史」で、「使徒・渚カヲル」が出現した時、日向はミサトに恋心を持っていた事を告白している。無論、「今の歴史」ではそれを言う訳もないのだが、日向の心を知っているミサトとしては、敢えて淡々と接する事だけが「日向に対する真心」となると考えてそうするしかなかったのだ。

「さて、と、今日はなにかな……」

と、呟きながら、ミサトは日向が持って来た書類を手にした。

「!!……。ついに本部長の就任か……」

 その書類は国連本部からのものだった。

「五大アキラ……、これが新任の本部長……。経歴は……、国立京都工業大学教授、か……。現在45歳、思ったより若いわね……。生体工学、遺伝子工学の権威……。そしてこっちは……、シクスの正式配属!」

 驚いたミサトは食い入るように書類を見詰めた。

「……名前は八雲ナツミ、14歳の女子、生年月日は2001年5月5日生まれ、新出雲市出身……」

 新本部長の就任とシクスの正式配属の情報は当然加持の所にも伝わっているだろう。ミサトは早急に加持と話し合う必要があると判断し、電話に手を伸ばした。

「……もしもし、加持君。わたしだけど、式のことでさ……」

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「起立! 礼! 着席!」

 第壱中学校も今日の授業は終わりである。トウジとケンスケは相変わらず、

「あー今日も終わった終わった。……おうケンスケ、帰りになんか食うて行こうやないけ」

「いいねえ。……今日はラーメンにするか」

 ヒカリが微笑みながら、帰り支度をしているアスカの所にやって来た。

「ねえねえ、アスカ、ちょっと話があるんだけど」

「なに? ヒカリ」

「うん、クリスマスパーティーのことなんだけどさ……」

「あ、そう言えばまだなにもきめてなかったわね。どうするの?」

「うん、ばたばたしてて、結局アスカの誕生日のパーティーもやらなかったでしょ。それで、ついでと言っちゃなんなんだけど、それも含めてさ、クリスマスはみんなでパーッとやらない?♪」

「いいわねえ……♪」

 そう言えばもうすぐクリスマスである。今年は25日が月曜なので、24日のイブは日曜なのだが、こう言う場合、世間では「イブのイブであっても23日の夜」が一番盛り上がる。そして今の時代は中学校も第1と第3土曜日、そして5回ある月は第5土曜日も休みであり、12月23日は元々休日だから、今年は23日が一番にぎやかである事は間違いない。

 12月4日は月曜だった事もあり、結局、クラスメイト達とは特にパーティーのような事はやらなかった。元々アスカは学校の男子には人気の的だったが、最近はシンジと仲良くしている事をみんなも薄々知っていたので、それほど大騒ぎになる事もなく、ヒカリを始めとする数人のクラスメイトからプレゼントを貰うにとどまっていたのである。しかしアスカとしては「シンジが選んでくれて、シンジ、レイ、ミサト、加持のカンパで買ってもらった」真珠のペンダントが一番嬉しいプレゼントであったから、大騒ぎされない事そのものには特に何とも感じていなかった。言ってみれば、アスカもそれだけ「大人になった」と言う事であろう。

「……あ、そうだ。ちょっとまってね。……シンジ、レイ、ちょっと来てよ」

 シンジとレイは既に帰り支度を済ませて戸口の所でアスカとヒカリの様子を窺っていた。カヲルもそこに立っている。

 アスカに呼ばれてやって来た二人は、

「なんだい?」
「なに?」

「ヒカリが、みんなでクリスマスパーティーやろう、って言ってるのよ。シンジはだいじょうぶだと思うけど、レイはつごうわるくない?」

「うん、わたしはだいじょうぶだけど、24日にやるの?」

と、言ったレイに、ヒカリは、

「それが、どうしようか、って迷ってるのよ。24日は日曜日だしね。できれば23日のほうがいいと思うんだけどな」

 レイは頷き、

「23日でもわたしはかまわないわよ。シンちゃんもだいじょうぶでしょ?」

「うん、僕はだいじょうぶだよ。……それで、ほかのメンバーはどうするの?」

「うん、今かんがえてるのは、わたしたち四人と、あと、鈴原と相田くんでしょ。それから渚くんも誘おうかな、って思ってるんだけど」

と、言ったヒカリの言葉に、

「渚君もねえ……」
「…………」
「…………」

 シンジ、アスカ、レイの三人は少々驚いた。一応、カヲルの事では心配はなくなり、学校レベルでは打ち解けて来たとは言うものの、まだカヲルとは学校やIBOでの検査の時以外にはまともに接していない。それが少々不安であったのだ。

 三人の表情の変化に気付いたヒカリは少し怪訝そうに、

「どうしたの? クラスメイトだし、同じIBOの仲間なんでしょ?」

 シンジは少々慌て、

「いや、別にその通りなんだけど、渚君がどう思うか、って、考えちゃってさ」

「なあんだ。じゃあ、今きけばいいじゃない♪ ……ねえ、渚くん、ちょっと来てよ♪」

と、笑いながら、ヒカリは戸口の所にいるカヲルに声をかけた。カヲルは微笑しながらこっちへやって来て、

「なんだい」

「こんどみんなでクリスマスパーティーやろう、って言ってるんだけど、渚くんも来てくれる?」

「うん、いいね。誘ってくれてありがとう」

 カヲルは相変わらず微笑している。

「これで決まりね。……あ、それから鈴原の妹さんのサクラちゃんも明日退院なのよ。まだ小学二年生だし、退院したばかりだから夜ふかかししちゃいけないけど、そんなにおそくならない時間までならいいと思うから、来てもらいたいし、一緒に退院祝いもできる、って思ってるんだけど」

「トウジの妹、退院なの……。よかった……」

「そうなのよ。これで碇くんも安心でしょ。うふふ♪」

 ヒカリの話を聞いたシンジはほっとした。かつて自分が使徒サキエルと戦った際の事故でサクラが大怪我をした事は、直接自分の責任ではないとは言うものの、ずっと心に引っかかっていたからだ。

 その時、アスカが、

「ところでさあ、トウジとケンスケはだいじょうぶなの? つごう聞いてないでしょ」

 ヒカリは笑って、

「あの二人ならだいじょうぶよお。どうせいつもヒマなんだしさ」

「聞いてたでえー。委員長。ワシらいつもヒマで悪かったな」

「そうそう。ま、ヒマなのは事実だからしかたないけどさ」

と、言いながらトウジとケンスケもやって来た。二人とも苦笑している。アスカはすっかり乗り気で、

「ま、これでメンバーはそろったわね♪ あとは場所だけど、どこでする?♪」

と、言うのへ、ヒカリは笑って、

「うん、もしみんなよかったらうちでやらない? コダマ姉ちゃんとノゾミもいるからさ。みんなでにぎやかにやれるじゃない」

「でもいいの? お父さんもいるんでしょ?」

「それがちょうどその日、父さん夜勤なのよ。アスカも知ってると思うけど、IBOの研究所、今すごくいそがしいでしょ。それで交代で夜勤なんだってさ。だから気にしないで。……と、言うことなんだけど、みんな賛成してくれる?」

と、ヒカリはにっこり笑った。アスカも笑って、

「あたしはもちろん大賛成よ♪ ね、シンジ」

「うん。僕も賛成」

 トウジも乗り気で、ヒカリに、

「ワシもかまへんで。で、さっきの話なんやけど、妹もつれて行ってかまへんのやな?」

「うん、もちろん大歓迎よ♪」

 ケンスケとレイカヲルも、

「俺もよろこんで賛成だな」

「わたしも………」

「僕も賛成するよ」

 ヒカリは笑って頷き、

「じゃ、これで決定。23日はお昼から準備はじめるから、みんなてきとうに来てよね。あ、それから、会費も気持ちだけでいいし、なにか持って来てくれるならそれでもいいわよ」

 トウジとケンスケは、

「よっしゃわかった。ほんならまたな。ケンスケ、行こか」

「そうだな。……じゃ、今日はこれで」

と、言いながら教室を出て行った。シンジも、

「じゃ、また明日。………アスカ、綾波、渚君、行こうか」

 アスカとレイも、

「うん。………じゃ、またね、ヒカリ♪」

「さよなら。また明日………」

 カヲルも、

「じゃ、また明日」

 ヒカリにそう言って、四人は教室を後にした。

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 四人が教室から出た時、

「あ、そうだ。……みんなちょっとごめん」

と、言って、シンジは先に教室から出て行ったトウジの後を追った。

「トウジ、ちょっと待ってよ」

「なんやシンジ」

 シンジに呼び止められて松葉杖を突きながら歩いていたトウジは振り返った。ケンスケも立ち止まっている。

「トウジ、……妹さんのことだけど、よかったね。……あの時はほんとにごめんね……」

「なに言うとるんや。……あん時のことを謝らなあかんのはワシの方や。……シンジ、もう気にすんなや。おかげさんで妹も治ったんやしな……」

 トウジも照れ臭そうに笑っている。シンジはその笑顔を見て心からほっとした。

「そう。……どうもありがと。……じゃ、ね」

「ああ、また明日な」

 その時、丁度アスカ、レイ、カヲルの三人が追い付いて来た。

「シンジ、もう気がすんだ?」

 アスカも事情が判っているだけに、多少からかい気味ながらもにこにこ笑っている。

「みんなごめんね。勝手して。……じゃ、行こうか」

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 シンジとアスカはマンションに帰って来た。ふとシンジが電話を見ると留守番電話にメッセージが入っている事を示すランプが点滅している。シンジはボタンを押した。

「1件です。ピィーッ。……『シンちゃん、アスカ、ミサトです。今夜加地君と打ち合わせするから少々遅くなります。内容は新本部長の就任と、シクスの配属のことなの。作戦会議やるほどじゃないと判断したから、くわしくは帰ってから言うわね。レイにはこっちから連絡するからそれは心配無用よ。悪いけど二人で晩ご飯すましといてちょうだい』……ピィーッ」

「聞いた? アスカ。いよいよシクスだってさ」

「ふーん、どんな子が来るのかなあ。……ま、この程度ならたしかに作戦会議やるほどのことはなさそうね。

……ところでさあ、シンジ、ばんごはんどうする? ミサトは加持さんとうちあわせで、またあたしたち二人だってさ。うふふ」

「うーん、そうだね……」

 少々考え込むシンジを見ながらアスカは苦笑している。ミサトと加持の事を想像したのであろうが、先日のシンジとの出来事も思い出したらしく、今日のアスカは比較的冷静、と言うか、結構機嫌が良かった。

「……たまには思い切って外へ食べに行こうか」

「あら、シンジもたまにはしゃれたこと言うじゃない。ちょっとみなおしたな♪」

「え? ……そうかな。……ははは」

 アスカの意外な言葉にシンジは少々照れていた。

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「真田本部長、お呼びでしょうか」

 その頃第2新東京にある日本重化学工業共同体の本部長室に時田シロウが呼び出されていた。部屋のソファには本部長の真田ユキオと、見知らぬ男が座っている。

「時田君。まあかけたまえ。……加納さん。彼がジェットアローンの責任者だった時田です」

「はじめまして。時田シロウと申します」

 時田が名刺を差し出すと、加納と呼ばれた男も微笑しながら名刺を差し出した。

「加納ケンイチと申します。よろしく」

 時田は名刺を受け取った。見ると、「京都財団理事 加納ケンイチ」と書かれている。

「JAの暴走事故」以来、時田は責任者の地位を外され、調査室の参与と言う閑職に甘んじていた。JAの暴走に関しては、内心どうにも納得行かなかったのだが、その後の調査でも結局原因は判らず、事後処理が終わった後はずっと一線から退いたままだったのである。

「京都財団の理事でいらっしゃる貴方が私に御用とは、どのような事なんでしょうか?」

と、訝しげに尋ねた時田に、加納は、

「結論から申し上げます。ジェットアローンを再製作願いたいのです」

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'A Sunny Day ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

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