第二部・夏のペンタグラム




 シンジ達と別れた後、アパートに帰って来たレイは一人でベッドに座っていた。

(いいなあ、アスカは……。シンちゃんといつも一緒で……。わたし、これから、どんな人生を送るのかな……)

 普段は精一杯明るく振る舞っていても、いざ一人になると寂しさが込み上げて来る。以前のレイだったら考えられない事であるが、「人としての心」を自覚した今のレイにとっては当然の感情であった。

(あ、……雨だわ……)

 窓の外を見ると、急に雨が降り出して来ている。レイは何となく空を見ていた。

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第四話・暗夜行路

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(サトシくん、どうしてるかな……。元気でいるのかな……)

 レイはふとサトシの事を思い出した。毎日の生活では思い出す事などはないのだが、今日は妙に寂しくなったせいか、突然考えてしまったのである。しかし、会う手立てなどがある筈も無く、「暗黒の次元」での思い出に心を傾ける以外にはなかった。

(「……そうだったのか。……いとこ同士ねえ……。でも、考えてみたら、碇君のことはしかたないとしてもさ、僕らまだ14歳なんだし、これから運命がどうなるかなんてわからないよ。レイも明るくがんばりなよ」)

 レイはあの時サトシに言われた言葉を思い出した。今のレイにとっては大切な言葉である。

(そうよね。……がんばらないとね……)

 最後に会ったのは「この世界の時間で2週間程前」の事である。しかし、「異次元世界」では時間の観念が違うせいか、とても前の事に思えてしまった。

(わたし、あそこでサトシくんとあんなことしちゃったのよね。……いまだったら、はずかしくて、とても考えられないわ。……どうして、あんな大胆なことしちゃったのかな……)

 サトシの事を思い出すと、当然、「暗黒の次元でサトシと交わしたキス」の事も思い出してしまう。レイは思わず顔を赤らめていた。

「あ、そう言えば……」

 レイは思わず呟き、

(わたし、……戸籍の訂正が認められた、って、加持さんが言ってたけど、わたしの誕生日、って、いつなんだろ……)

と、自分の「誕生日」に思いを馳せた時、

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

「はい、綾波です」

『加持だ』

「あ、加持さん。こんにちは」

『急で申し訳ないが、今夜も集まる事になった。19時半に葛城のマンションに集合だ。迎えに行こうか』

「いえ、自分で行けます。ありがとうございます」

『よし、わかった。じゃ、よろしく』

「はい、では……」

 電話を切った後、

(なんだろ急に……。なにかあったのかな……)

 レイは少々不安を感じながら、再び窓の外を見ていた。

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 玄関から中に入るや否や、アスカは安堵の溜息を漏らしつつ、

「あーあ、ひどい目にあっちゃった。急にふりだしてくるんだもん」

 土砂降りの雨の中を走って帰って来たので二人ともずぶ濡れである。

「……まいったよねえ。……あ、アスカ、先にシャワーあびたら」

「ありがと。じゃ、おことばにあまえてそうさせてもらうわ」

 アスカは自室に戻り、着替えを取ると風呂場に向かった。

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 自室で取り敢えず着替えだけを済ませたシンジが、リビングに出て来ると、

「ごめんシンジー、バスタオルわすれちゃったー。とってよー♪」

と、風呂場からアスカの声が聞こえて来る。シンジは慌ててバスタオルを取って脱衣場に向かった。

「ここにおいとくよ」

「ありがとー♪」

 その時、脱ぎ散らかしてあるアスカの服がシンジの目に触れた。雨に濡れた制服の上に、これまた濡れた下着が乱雑に置かれている。シンジは思わずドキリとした。

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 リビングに戻って来たシンジは、まだ顔を少々紅潮させていた。いくらアスカと「相思相愛」の仲になったとは言え、濡れた下着を直視したらやはり少々照れくさい。シンジは台所へ行って冷蔵庫を開けると麦茶を取り出し、コップに注ぐと、

「んぐ、んぐ、んぐ、んぐ……」

と、一気に飲み干した。丁度その時、

「おさきにー♪」

 アスカがバスタオルで頭を拭きながら出て来た。タンクトップにショートパンツのいでたちである。以前に何度も見ているスタイルの筈なのに、今日のシンジには何故か妙に眩しく思えた。

 アスカは、テーブルの上に置かれたコップに目を留め、

「あ、あたしもお茶ちょうだいよ」

 アスカに気を取られていたシンジは少々慌て、

「え? あ、うん、ちょっとまってね」

と、麦茶を取り出し、コップに注いだ。

「はい」

「ありがと♪ ……あ、ごめんね。シンジもシャワー行ってよ♪」

「うん、そうさせてもらうよ」

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(……あの時、アスカの胸のふくらみを感じちゃったんだよな……)

 シャワー浴びながら、シンジは、「サードインパクト後の世界で、アスカと二人きりになった時の事」を、突然思い出してしまった。二人とも自暴自棄になって抱き合い、アスカの胸のぬくもりをはっきりと感じた時の感覚が今も残っている。シンジは思わず下半身が熱くなるのを感じた。

(……あ、なに考えてんだ……。僕は……)

 シンジは慌ててシャワーの水流を強めた。

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 シンジがリビングに戻って来ると、アスカはテレビを見ていた。真顔で画面を見ているアスカの端正な横顔を見ているとやはり愛情を感じてしまう。シンジは暫くぼおっとアスカを見ていた。それに気付いたアスカが振り返り、

「あらシンジ、どうしたの? ぼおっとしちゃってさ」

「いやその、……こうして見ると、やっぱりアスカって、きれいなんだな、って、思っちゃってさ……」

 慌てて口走ったシンジに、アスカは思わず吹き出し、

「いきなりなに言ってんのよ♪ うふふふふっ♪」

「そ、そうだよね。……なに言ってんだろ、僕。あははは……」

 その時、

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

 アスカは電話の所に行き、

「はい、葛城です♪」

『アスカ? 私。ミサト』

「ああミサト。どうしたの」

『今夜19時半から加持とレイが来るのよ。それで、今日はアスカが当番だけど、早めにすませたいから、シンちゃんにも手伝ってもらって、夕食の準備しといてよ。私は18時過ぎには帰れると思うから』

「オッケーよ♪ やっとくわ」

『頼んだわよ。じゃ』

 電話を切ったアスカは、鼻歌混じりに、

「ごはん、ごはん、と♪……」

 テレビを見ていたシンジが振り返り、

「電話、ミサトさん?」

「うん。19時半に加持さんとレイが来るから、シンジとあたしで早めに食事用意しといて、って」

「えっ?! 今日もなの。……なにかあったのかな……」

 心配顔のシンジに、アスカはやや苦笑し、

「うん、どうなんでしょね。……ま、でも、クヨクヨ心配してもしかたないから、食事のしたくをしときましょうよ」

と、言いつつ、壁の時計に目をやった。

「17時前か。……いまからはじめる?」

「そうだね。……じゃ、どうしようか? 材料はあるかな。この雨だから、買い物に行くのもね……」

と、言いながら、シンジは立ち上がると冷蔵庫の所に行き、中を見た。

「うん、カレーライスなら出来るよ」

「オッケー。じゃ、そうしましょうよ♪ あたしは野菜切るから、シンジはお米あらってよ♪」

「うん、わかった」

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 やがて18時が過ぎ、食事の支度も終わった頃、

ピンポーン

 シンジはインタホンの所に行き、

「あ、ミサトさん。すぐ開けます」

 +  +  +  +  +

「ただいまー♪」

 ミサトは、ダイニングに入るや、顔をほころばせ、

「……あら、いいにおいねー♪」

「おかえりー♪ へへっ、惣流アスカ・ラングレー特製のカレーライスよ♪」

と、アスカは自信たっぷりである。

「あらそう♪ アスカもだいぶ腕を上げたみたいね。シンちゃんに手伝ってもらわなかったの?」

「シンジにはご飯をたいてもらったの。カレーはあたしがつくったのよ♪」

「へえ。じゃ、早速いただくかな。ちょっち待ってね。着がえて来るから」

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 程なくしてミサトが着替えて戻って来た。既にテーブルには盛り付けられたカレーが置いてある。

「おまたせー♪ じゃ、たべようか♪ ……いただきます」

「いただきます」
「いただきます」

 ミサトは、カレーを一匙、口に運ぶや、

「あら、おいしいじゃない。大したもんねー♪」

 シンジも驚き、

「ほんとだ。アスカ、すごくおいしいよ!」

 アスカは得意顔で、

「あたりまえよ。だって、あたしが作ったんだもん♪」

「ほめてつかわす♪」

と、ミサトも時代劇口調で返す。

 三人は談笑しながら食事を取った。

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 食後、全員で後片付けをしてから、三人はシンジが入れたコーヒーを飲んでいた。時計は19:20を指している。

「ところで、鈴原君のことなんだけどさ、今日、彼に連絡を取ってね。引き続きIBOで手伝ってもらえることになったわ」

 ミサトの言葉にシンジとアスカは、

「そうですか。……なんかほっとしました」

「へえ、そうなの。でも、鈴原もよくたちなおったものよねえ」

「ほんとよ。もう危険な任務はないけど、普通だったら、わたしたちと関わるのもいやになったっておかしくないわ。鈴原君、って、ほんとにすごい子ね」

 その時、シンジは少々不安そうな顔になり、

「あ、ところでミサトさん。今日はなんで急に集まることになったんですか。きのうも集まったのに………」

「それが、わたしもくわしくは知らないのよ。加持君がいきなり『集まる』って言い出してね……。もうそろそろ来ると思うけど……」

 ミサトは「シクスチルドレンの配属」と「エヴァ解体の予算が下りなかった」話を二人に切り出す事について少々迷っていたが、最終的には加持が来てから話した方がよかろうと考え、敢えて何も言わなかった。

 丁度その時、

ピンポーン

 シンジは、インタホンを取り、

「あ、綾波。いま開けるね」

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 レイがシンジと一緒にダイニングに入って来た。流石に少々不安そうな顔をしている。

「こんばんは」

 ミサトとアスカは、レイの顔色を見るや、努めて明るく、

「こんばんは。悪いわねー、レイ」

「グッドイブニング、レイ」

 レイは、テーブルに着き、

「急にどうしたんですか? 加持さんからの連絡で来たんですけど……」

「それが、今も言ってたんだけど、わたしもよくわからないのよ。もうすぐ加持が来るから、話はそれからね」

 その時、シンジが、

「綾波、なにか飲む?」

「ありがとう。……じゃ、わたしもコーヒーを……」

ピンポーン

 ミサトが立ち上がり、

「あ、加持君。今開けるわ」

 シンジはコーヒーを入れながら、「かつての戦い」を思い出し、流石に不安になっていた。

(いったいどうしたんだろ。……もう二度とあんなことはいやだ……。いや、だいじょうぶだ。そんなことがあるはずがない……)

「よう、みんなお待たせ。急に集まってもらって申し訳ない」

 ダイニングに入って来た加持の口調は明るかったが、それでも表情は決して笑っていなかった。

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 全員がテーブルに着いた後、まずミサトが、

「じゃ、始めましょうか。シンちゃん、悪いけど、全員のコーヒー頼むわ」

「はい、用意してます」

「あら、どうもありがと。……さて、加持君、なにかあったの?」

 加持は、手にした封筒から書類を取り出しながら、

「実は今日、昔のコネで調べてもらった情報が少々入って来てね。ちょっと気になったもんだから、集まってもらったんだ。……まず、渚君の事なんだが、どうだった。なにか変わった様子はあったか?」

 アスカがまず、

「とくにへんには思わなかったわよ。ただ、あいつ、女ぎらいみたいだけどね」

 ミサトが、やや眉を顰め、

「女嫌い? じゃ、『前の渚カヲル』と共通してるのかな」

 レイは、

「わたしもとくに変には思いませんでした。女の子を苦手にしてる、って感じはしましたけど。……変と言えば、シンちゃんにやたらと近付こうとしているぐらいかな……」

 その時シンジがテーブルの所に来て、

「はい。コーヒー入りました。……あの、僕としては、ちょっと気になったことが一つ……」

 加持がすかさず、

「なにがあった?」

「いえ、大したことじゃないんですけど、カヲル君、いや、渚君が、『IBOでいっしょに仕事することになったのは、運命なんだ』、みたいなことを、僕に……」

 アスカは、少々驚き、

「あらシンジ、あのときあいつ、そんなこといったの」

「うん。『縁と言う名前の運命』、だとか言ってた」

 ミサトも少し唸り、

「ちょっと気になる言葉よねえ……。それで、加持君の方は?」

「うん。実は、俺達、こっちへ帰って来てから、日付の感覚がちゃんと戻ってないと思うんだ。

 それで、昨夜改めて整理したんだが、例の『こっちの最終決戦』は、2015年10月16日だった。それと、『向こうの世界』に行った時、医務室で知ったんだが、あちらの世界の『最終決戦』は2011年10月16日だ。4年ずれているが、月日は同じなんだな。そしてだ、こっちの世界の歴史が変わった日が、この日であるはずなんだ」

 レイが、呟くように、

「おなじ日……」

 ミサトは、真顔で、

「ぜんぜん意識してなかったわ。でも、歴史が変わる前の時、使徒がジオフロントに入って来て、シンちゃんが初号機で戦った日は、まちがいなくその日よ」

 加持は、全員を見渡し、

「それがだな。昨日、渚君の配属が決まったのは2ヶ月前、って言っただろ。日付は10月1日なんだ。と、するとだ……」

「加持さん! それじゃ……」
「えっ! ちょっとまってよ! それって!……」
「加持君。まさか……」
「まさかそんな……」

 一斉に驚いた四人に、加持は、

「まあ待て待て。最後まで聞け。……今日は11月30日で、あれから2ヶ月経ってない。だから、もし渚君が、記録の通り10月1日に配属になっていたとしたら、彼は『歴史が変わる前』に配属になった事になる。それに気付いて心配になったんだ。

 ところがだな、どうもそれが怪しいんだ。正式の書類では確かにそうなってるんだが、今日俺の独自ルートで入手したデータでは、彼は、どうもほんの2週間ほど前に配属になったのが真実みたいなんだ」

 ミサトは、更に神妙な顔になり、

「ますます謎ねえ。……まさか、彼はやっぱり、使徒、だって言うの?」

「いや、そうとは言わない。彼の身体検査データは信用出来そうなんだ。ただ、どうも配属の日付が気になるんだよなあ。なんでわざわざ日付を『最終決戦より前』の日にしたのか。誰が、そんな事をしたのか、不思議なんだよ」

「わからないわねえ……」

 その時シンジが、

「直接、渚君に聞いてみたらどうでしょう?」

 しかしアスカはすかさず、

「だめよシンジ、もしあいつがわかっててやってるなら、かえってまずいことになるわよ」

「そうか……」

 ミサトも頷き、

「そうよねえ。今、直接聞くのはちょっとねえ……」

 ここで一区切り付いた、と見た加持は、

「それからもう一つ。葛城のところにも書類が回ったろ。今日、『シクスチルドレン』の配属が正式に決まったんだ」

「えっ!?」
「シクスですって!?」
「ええっ!?」

 シンジ、アスカ、レイの三人は、流石に驚いた。ミサトはすまなさそうに、

「そうなのよ。だまってて悪かったけど、加持君が来てからの方がいいか、って思ってね。……ごめんなさい」

 頭を下げたミサトに、アスカは、

「いや、まあ、ミサトがあやまることじゃないと思うけど、……なんでいまごろになって……」

 ミサトは、更に、

「それだけじゃないのよ。エヴァの解体のための特別予算も下りないの。何度も申請してるんだけどね……」

 シンジは顔色を変え、

「まさか! またエヴァを使おう、って言うんですか?!」

 すかさず加持は、軽く首を振り、

「いや、それはないだろう。現実問題としてエヴァは現在起動不能だからな。しかしだ、生体工学の研究のためだけに、なんでわざわざ今頃になってシクスを配属したのか。そして、なんでエヴァを解体させないのか。そのあたり、どうも嫌な感じがするんだよなあ……」

 その時、レイが、

「あ、もしかして……」

 ミサトが、

「どうしたの? レイ」

「いえ、いまふと思ったんですけど、もし渚くんの配属日が変えられていたんだとしたら、わざと以前の日付にした、と言うことは、『前から決まっていたんだ』、と思わせるためなんじゃないか、と……」

 アスカが、納得顔で、

「あ! なるほどねえ。かんがえられるわよ!」

 加持も、

「なるほど! そう言う見方もあるなあ。本人には、『実は以前から決まっていたんだ』と言っておけばいいんだからな。……なるほどなあ」

 ミサトも、

「そうしておけば、シクスを配属しても、『あまりに連続している』と思わせることを少しでも防げる、と言うわけね。……なるほどねえ」

 加持は、頷きながら、

「いずれにしても、もう二度とエヴァを悪用されるのはごめんだ。その意味からも、これからも充分気を付けて、なにかおかしな事に気付いたら、情報交換を密にする事だな。今回の件に関しては引き続き調査を続けるよ。……それから次に、レイの事でちょっと妙な情報が入って来たんだ」

 レイは驚き、

「わたしの?」

「うん。昨日、レイの戸籍の訂正が認められた、って言ったろ。それに関しての事なんだが、訂正の申請を出した時は、レイの誕生日は不明と言う事にしてあった。碇司令のメモリカードにもそのへんの事は詳しくは書いていなかったんだ。あれはあくまでも、『人類補完計画』がらみのものだったからな。

 ところが、レイのお母さんにあたる、碇マイさんの事で、今日少々情報が来てね。実は、マイさんは未婚のまま亡くなったんだが、父親不明の女の子を一人産んでいた事がわかったんだ」

「えっ!? じゃ、わたしの姉ですか?!」

「それが、驚くべき事にな、……その子は生後間もなくして行方不明になったらしいんだが、……名前が、『レイ』と言うんだ」

「えええっ!!」

「そんな!……」
「ええっ!!」
「どう言うことよ!……」

 流石のレイも、顔色を一変させた。他の三人は、言うまでもない。加持は、手元の文書を見ながら、

「レイは戸籍上、14歳と言う事になっている。しかし、よく考えてみると、もし碇司令のメモリカードに書いてあった通り、シンジ君のお母さんのユイさんが亡くなった2004年以降にクローンとして作ったとすれば、どう考えても、マギシステムが完成した時点の2010年では、9歳の子供として育て上げる事は不可能だ」

 シンジがやや首を傾げ、

「でも、ムリヤリ成長ホルモンなんかを与えたらどうなんです?」

 しかしアスカはシンジの方を向き、

「体はそだつかも知れないけど、精神がそだたないんじゃないかしら」

 加持が軽く頷きながら、

「アスカの言う通りだ。体はなんとかなっても、精神の方がついて来ない。しかし、記録を見る限りでは、2010年当時のレイは9歳児としての発育は充分窺える。考えたくないだろうが、一人目のレイが死んだあたりの記録では、充分な知性を持っていたと考えられるからな」

「……………」

 レイは無言でやや俯いていた。ミサトもやや暗い表情で、

「思い出したくない話よねえ……」

 加持は続けた。

「だから、レイが『卵細胞を使った単なるクローン』だった、とは考えにくいんだ……。それで、この女の子の事なんだが、誕生日がな、2001年6月6日だったんだ」

「ええええっ!!?」
「!!……」

 シンジは大声を上げ、レイは絶句した。一瞬遅れてミサトとアスカが、

「シンちゃんと同じ日?!」
「シンジと同じ日!……」

「まあ、シンジ君と同じ日だった、と言うのも『恐ろしい偶然』なのかも知れんが、レイの戸籍の事に関しては俺も納得出来たよ。なんで訂正がこんなに簡単に認められたのか、がね。

 つまり、この子の『行方不明による死亡認定』が取り消された、と言う事だったんだ。現在では、レイの誕生日は2001年6月6日になっている」

 レイは、何とも言えない表情になり、

「わたしの、誕生日……」

「そこで、さっきの話と組み合わせて考えてみると、この子がレイと全く無関係とは思えなくなって来たんだ。引き続き情報は集めるが、今度の身体検査の時にな、シンジ君と共に、遺伝子検査はしておいた方がいいだろうな」

「はい。……わかりました……」

「そうですね。……はい、わかりました」

と、言って、レイとシンジは頷いた。ミサトは、思いやり溢れる口調で、

「レイもつらいでしょうけど、もう少し辛抱してね。みんなあなたのことを考えてのことだから……」

「いえそんな……。みなさんのお気持ちはとってもうれしいです……。わたしなんかのために、こんなに親身になってくれて……」

 それを聞いたアスカはやや苦笑し、

「なにいってんのよ。あたしたち、『家族』みたいなもんじゃない」

「アスカ……。ありがと、……ぐすっ」

 レイは涙ぐんでいる。その時、加持がまた全員を見渡し、

「さて、じゃ、その事も引き続き調査するとしてだな。……一番嫌な話なんだが、ここまで嫌な話が続いた以上、今日、思い切って記憶の整理をしておこうと思うんだが、どうだろう」

 それを聞いたシンジは、暗い表情になり、

「記憶の整理、って言うと……、『歴史が変わる前のこと』ですね」

「そうだ。この際、はっきりさせておいた方がいいと思うんだ。二度とあんな事を起こさないためにもな……」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 加持の言葉に、四人は何も言えなかった。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'アヴェ・マリア(カッチーニ) オルゴールバージョン 'mixed by VIA MEDIA

夏のペンタグラム 第三話・有為転変
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