第二部・夏のペンタグラム




 カヲルがいきなり出した、「運命」、「縁」と言う言葉に、シンジは一瞬絶句してしまった。カヲルは少し苦笑しながら、

「どうしたんだい? だまりこくって」

「いや……、運命、って、言われても……」

(『シンジ君。これが僕たちの宿命なのさ。もうすぐみんな一つになるよ』)

 シンジは、「向こうの世界で戦った時、最後の敵としてシンジ達の前に立ち塞がったカヲル」が言った言葉を思わず連想してしまっていたのである。

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第三話・有為転変

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 シンジとカヲルの様子を見ていたアスカは、レイに目配せをすると、立ち上がって二人の所へとやって来た。その意味を察知したレイも後に続く。

 アスカは、カヲルのそばに来ると、にっこり微笑み、

「ねえねえ、渚くん、あたし、アスカ。惣流アスカ・ラングレー。シンジやあなたと同じIBO所属で、ネルフ時代からのセカンドチルドレンなの。よろしくね♪」

 続いて、レイも微笑しながら、

「わたしは綾波レイ。わたしもあなたやシンちゃんやアスカと同じで、ネルフ時代からのファーストチルドレンよ。もちろん今はIBOに所属してるの。なかよくしてね」

 二人の「助け舟」に、シンジは、引きつりながらもほっとした顔で、

「そ、そうなんだよ。この二人は僕やカヲル……、いや、渚君と同じ、ネルフ時代からの仲間なんだ。みんなでなかよくしてよね。あは……、あははは……」

「……そう。……よろしくね」

 カヲルはあからさまに嫌な表情こそしなかったが、「二人の女の子」がやって来た事には少々迷惑そうである。

 その時教室に入って来たヒカリが四人の所へやって来て、

「おはよう。……あ、渚くん。ちょうどいいわ♪」

「おはよう……」

「ねえねえ、週番の話なんだけど、渚くん、転校したばかりで悪いんだけど、明日から順番に入ってほしいのよ♪ それでね……」

 ヒカリに割り込まれて、カヲルは少々戸惑っているようである。そこへトウジが声をかけた。

「委員長、ワシはしばらく週番カンベンしてもらえるんやろな。なんせ、こんな体やさかいな」

「そうねえ。鈴原はまだ病み上がりなんだし、しばらくはしょうがないわね。そのかわり、体がもとにもどったら、バッチリやってもらうからね」

「なんや、『週番のツケ』かいな。カンベンしてーな……」

 ヒカリとトウジに挟まれ、カヲルは「鳩が豆鉄砲を食らったような顔」をしている。これ幸いとばかりにシンジ達はそっと席を立って廊下に出た。

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 廊下に出るや否や、アスカとレイは、

「シンジ、しっかりしてよ。あんな態度とったらあやしまれるでしょ」

「そうよ、シンちゃん。もっと自然にしなくっちゃ」

「う、うん……。わかってるんだけど……」

 二人に責め立てられ、シンジも困り顔である。しかしアスカは容赦なく、

「とにかく、精密検査がおわるまではじゅうぶん注意するのよ。わかったわね、シンジ」

「うん。……気をつけるよ……」

と、シンジが神妙な顔で言った時、レイが、

「あ、先生だわ。もどりましょ」

 廊下を歩いて来る老教師の姿を見て、三人は慌てて教室に戻った。

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キーンコーンカーンコーン

「起立! 礼! 着席!」

 ヒカリの号令が終わると、早速トウジは元気になり、

「あー、おわったおわった。おいケンスケ、帰りにちょっとなんか食うていかへんかあ」

 ケンスケも顔をほころばせ、

「いいねえ。どこにする?……」

と、みんな思い思いに帰り支度をしている中、シンジもそそくさと支度を始めた。

 そこにカヲルが、相変わらず微笑を絶やさずに、

「ねえ、碇君。今日は一緒に帰れるかい?」

「う、うん……。ちょっと待ってね」

 シンジがそっとアスカとレイを窺うと、二人は軽く頷き、こちらにやって来た。意外なほど明るく自然な表情で、アスカが、

「ねえねえ。みんなでいっしょにかえろうよ♪」

 レイも合わせて、

「そうそう。みんな仲間なんだしさ」

 シンジは、これ幸いとばかりに、

「そ、そうだね。……みんなで帰ろうよ。あははは……」

「うん……。そうしようか……」

 カヲルは「仕方ない」と言うような表情を少し浮かべていた。

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 IBO総務部長室。

コンコン

「どうぞ」

 デスクに山積みになった書類の向こうから、少し面倒臭そうなミサトの声が流れて来た後、ドアが開いて入って来たのは伊吹マヤである。

「葛城総務部長、この書類に捺印をお願いします」

「ああマヤちゃん。すぐに処理するからそこにおいといて」

「はい、わかりました。……でも、部長も毎日大変ですね」

 ミサトは顔一杯に苦笑を浮かべ、

「まあしかたないわよ。……IBOになってから、加持は情報処理の方で手一杯だし、雑務は全て私の所に来るからね。……でも、ま、使徒がやって来ないんなら、こんな書類ぐらい、いっくらでも引き受けてやるわ、って、とこね♪」

 ミサトはIBOに移籍後、総務部長を命じられて現在に至っている。まだ正式に本部長が就任していないので、その代行もしなければならない。更には、ネルフ副司令だった冬月コウゾウと技術担当だった赤木リツコが「出家」して隠棲してからは、その分の書類処理もミサトの所に回って来るので、毎日目の回るような忙しさであった。

「……あの……、こんなこと、部長にお聞きする筋じゃないのかも知れないんですけど、……私、どうしてもわからないんです。……先輩、いえ、赤木博士と、冬月副司令は、なんであんなに急にネルフをお辞めになられたんですか? しかも、御出家なさった、って……」

「……それはね……。本来、プライベートな事だから、ここで言うべきじゃないとは思うけど、マヤちゃんだからあえて言うわね………。実はね、……リツコは、亡くなられた碇司令を深く愛していたのよ」

と、ミサトは「既に用意していた答」をすんなり告げた。

「えっ!!!…… そんな……」

「信じられないかも知れないけど、ほんとの事よ。……でね、事件も解決したし、碇司令の菩提を弔う生活に入りたい、って言ってね。……それから、副司令は、あの『最終決戦』で、碇司令を殉職させてしまったのは自分の責任だ、それに、もう歳だから、これから後は、この事件で亡くなった全ての人と、それから、敵とは言え、殺し合わざるを得なかった使徒の菩提を弔いたい、って、そうおっしゃってね。……それであんな形になったのよ」

「そうだったんですか……。全然知りませんでした……」

「まあ、これもみんな『宿命』だったのかも知れないわね。……私たちの仕事は、ネルフ時代に培った技術を、みんなの幸せのために役立てる事、そう思って私もがんばってるわ。だから、マヤちゃんも元気出してがんばってね。……あ、リツコの事と冬月副司令の事は他言無用よ。お願いね」

「はい。わかりました。……失礼致します」

 マヤが退室した後、ミサトはマヤが持って来た書類を一瞥し、

「なにこれ……。また解体のための特別予算の稟議が通らなかったの。……どう言う事なのよ。……それからこっちは、……なによこれは! シクスチルドレン!? どうして今ごろ!……」

 どうしても起動しなくなったエヴァンゲリオンは全て廃棄処分となったが、解体のための予算が何故か下りずに、3機ともずっと地下格納庫に置かれたままになっている。「真実」を知る立場にあるミサトとしては、一日も早く解体したかったのだが、予算が下りなければ作業もままならない。ずっと気にはかかっているが、現実問題としてはどうしようもなかった。おまけに「シクスチルドレン」の配属まで決まったとなると、この一連の動きに対し、ミサトとしては軽い不安を覚えずにはいられなかった。

 その時、

トゥルルル トゥルルル

「はい、葛城です」

『俺だ』

「ああ、加持君。どうしたの」

『いや、式場の予約なんかの段取りの話をしたいんだ。今夜行ってもいいか?』

 ミサトはすぐに「何かある」と察した。

「いいわよ。旅行先の相談もしたいし、何時にする?」

『そうか、ありがとう。じゃ、19時半に行くよ』

「オッケー、じゃ19時半に」

 電話を切った後、ミサトは再度、「山積みの書類」に眼を通し始めた。

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 シンジ、アスカ、レイ、カヲルの四人は、学校からの帰り道だった。アスカは結構積極的にカヲルに話しかけている。

「ねえねえ、渚くんはどこに住んでるの♪」

「本町三丁目だよ……」

 それを聞いたレイは、

「へえ、じゃ、わたしたちともあんがい近所なんだ。わたしは本町二丁目だし、シンちゃんとアスカは本町一丁目の葛城部長のマンションに同居だもんね」

と、上手く話を合わせている。それを聞いたカヲルは、やや暗い顔になり、

「碇君、惣流さんと同居なのかい」

「う、うん。……まあ、同居、って言っても、ミサトさん、その、葛城部長のところでお世話になってるだけなんだ。……ネルフ時代からずっとね。まあ、だから、同居、って言ったって、単にそれだけのことなんだ。………あは、あははは」

 すかさずアスカも、

「そうそう。同居、ったって、あたしとシンジは兄弟みたいなもんだし、ミサト、いえ、葛城部長はあたしたちのおねえさんみたいなもんだし、それにレイはシンジのいとこだから、みんな家族みたいなものよ」

「そう……」

 どうもカヲルは女の子が苦手のようである。そうこうしている内に、別れ道に差し掛かった。

「じゃ、僕はここで、明日またね……」

と、カヲルが言うのへ、アスカとレイは、にこやかに、

「うん、あしたまたね。バイバイ」

「さよなら。あしたまたね」

 しかしシンジは、ややぎこちなく、

「明日またね」

 カヲルは一人で三丁目への道を歩いて行った。後姿がやや寂しそうである。三人は再び歩き出したが、シンジが、

「なんか、さびしそうだったな……。悪いことしちゃったかな……」

 しかしアスカは、

「なに言ってんのよ。今はしかたないじゃないの」

と、シンジを叱咤した。レイも、

「そうね。しかたないわよ……」

とは言ったものの、

「でも、今のところ、渚くん、あやしい人とは思えないわね……」

と、やはり少し罪悪感を感じているようだ。そんな二人に、アスカは、

「うん、それについてはあたしもそう思うわ。……でも、今はへんなことはできないわよ。なにしろ、あたしたち、いちど経験したはずの『過去』をもう一回やりなおしているんだもん。じゅうぶん注意しないとね」

 しかしシンジは、やはり割り切れない、と言った顔で、

「……そうなんだよね。……そうなんだけど……」

「そうなんだけど、って、なによ」

「うん。……よくわからないけど、あのカヲル君は、悪い人じゃないと思うんだ。前のカヲル君じゃないんだし……。なのに、こんなことして、だましてるみたいで……」

 シンジの気持ちも判るが、今はアスカの意見が正論である。そう思ったレイは、

「まあ、シンちゃんの気持ちはわかるけど、もう少しようすを見ましょうよ。葛城部長もそう言ってるんだし」

 ここにきて、ようやくシンジも、

「そうだね。……早く結論がでてほしいよ……」

と、言ったので、レイも安心して、

「じゃ、わたしはここで。あしたまたね」

「うん、またね」
「じゃ、またね。バイバイ」

 レイが去った後、シンジとアスカは二人で歩き出した。

「ねえシンジ、前のことは前のことなんだし、元気だしてわりきってよ。気持ちはわかるけどさ……」

「そうだね。……しっかりしなくちゃ。アスカのためにも……。ありがと、アスカ」

「うふふ。なに言ってんのよ。元気だしてね。……あら……♪」

 シンジが歩きながらそっとアスカの手を取ったのだ。アスカもその手をそっと握り返した。

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 その頃、ミサトは部長室からトウジに電話をかけていた。

「もしもし、葛城と申しますが、鈴原さんでしょうか」

『あ、ミサトさん、トウジです。感激やなあ』

「ああ鈴原君、おひさしぶり♪ 元気?」

『もちろんでんがな。おまけに、ミサトさんからお電話いただくやなんて、元気にならへん方がおかしいでっせ。おかげさんで足の方もかなり動くようになりましたし、妹もすっかり元気になりよって、もうすぐ退院ですわ。……ほんで、今日はなんです?』

「実はね、鈴原君にはつらい事だと思うし、思い出させたくないんだけど、大切な話があってね。あなたの身分、と言うか、『フォース』の件なのよ」

『フォース? ああ、エヴァのことですかいな。そやけど、エヴァはもう廃棄処分になりましたんやろ。おまけにワシが乗っとった参号機はバラバラになりましたがな。それが今ごろどうしたんです?』

「ネルフはIBOになったけど、フォースとしてのあなたの立場はまだ継続されてるのよ。シンジ君たちと同じなの。もちろん、今はエヴァに乗るわけじゃないけど、今、ウチでは神経接続による機械制御の研究なんかをやってるし、研究の態勢が整ったら、シンジ君たちにはそれを手伝ってもらうことになってるの。それで、危険な仕事は一切ないから、もしよかったら鈴原君にも手伝ってもらえると助かるんだけど、お願い出来るかな」

『そんなことやったらおやすい御用でんがな。べつにドンパチやるわけやないんでっしゃろ。ミサトさんのためやったら、よろこんでお手伝いさせてもらいまっせ』

「そう、どうもありがとう♪ じゃ、近々、身体検査をするから、まずそれに来てちょうだい。くわしい事はまた連絡するから」

『わかりましたっ! お電話お待ちしておりますっ!』

「ほんとにありがとね♪ じゃ、これで……」

 電話を切った後、ミサトは、

(鈴原君、って、すごい男の子ね。ほんとに見直したわ……)

と、トウジの「強さ」に感服していた。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'Moon Beach ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

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