第二部・夏のペンタグラム




 テーブルに着いた加持は、

「まず結論から言おう。今日転校して来た渚カヲル、いや、渚君は、君達と同じく、IBOのメンバーなんだよ」

「!!!!……。そんな……」

「ええっ!!??」
「まさか!……」

 加持の言葉の意外さに、シンジは危うくコーヒーをこぼしそうになった。アスカとレイの驚きぶりも尋常でない。

 ミサトも真剣な顔で、

「驚きだけどそうなのよ。彼は、『フィフスチルドレン』なの」

 漸く少し落ち着きを取り戻したシンジは、コーヒーを並べながら、

「はい、コーヒー入りました。……でも、それってどう言うことなんです?」

 +  +  +  +  +

第二話・合縁奇縁

 +  +  +  +  +

 ミサトは一呼吸置いて口を開き、

「今日、正式に渚君のIBO本部への配属が決まったのよ。わたしもうかつだったんだけど、例えば、ネルフで鈴原君は『フォース』だったでしょ。彼の身分は現在のIBOでも継続されているわ。少なくとも怪我の治療とその間の生活の保証はネルフの義務だったし、現在でもその義務は存在しているの。それと同じで、渚君は、ネルフドイツ支部所属のフィフスであって、現在はIBOのメンバーだと言うことなのよ」

 それを聞いたアスカは、訝しげに、

「でも、あたしがドイツにいた時は、あいつのことは聞いてなかったわよ」

 加持は、書類を取り出すと、

「記録を見ると、彼がフィフスに抜擢されたのは、わずか2ヶ月前の事なんだ。アスカが知らないのも無理ないさ」

 その時シンジが、ミサトの方を向いて、

「そう言えば、ミサトさん。トウジのことなんですけど、なんで、もっと早く、IBOに所属しているってことを教えてくれなかったんですか」

「ごめんなさい。わたしもバタバタしてて、彼がそのままIBOに移籍していたことを、今日まで知らなかったのよ。特に、鈴原君は疎開して治療を続けてたでしょ……。それに、こんなこと言っちゃいけないんだけど、この世界に戻って来て、歴史が変わったことにきちんと対応できてないのよね」

 加持も、一つ溜息をつき、

「俺も迂闊だったのさ。『サード・インパクト』の阻止と、その後始末に追われて、人事の事は考えてもいなかったんだ。鈴原君や渚君の事もな……。特に、鈴原君は全く意識していないだろうけど、出来るだけ早く本人には事情を話して、彼の身分について彼自身の意思を確認する必要があるな」

 ミサトが、それを受け、

「シンジ君は覚えていると思うけど、あなた達のクラスの全員は、フォースの候補生だったでしょ。その意味では、クラスの子はみんな間接的にはまだIBOと関わりがあるのよ。無論、彼等が拒否すれば無関係になるけどね……」

 その時、腹をすかせたらしく、ペンペンが、

「クエエッ! キュウウッ!!」

 シンジは慌てて、

「あ、ペンペン。ごめんよ。ごはんの時間だったね。ちょっと待ってね。……はい、おまたせ。イワシの缶詰だけど、今日はこれでカンベンしてよね」

「キュウウウウッ♪!! コツコツ♪…… キュキュッ♪」

 加持は、ペンペンの様子に苦笑したが、すぐに真顔で、

「それで、渚君の事なんだが、少なくとも、IBOドイツ支部から送られて来た彼の個人データを見る限りでは、彼が『使徒』である様子は窺えない。無論、ゼーレの残党がまだ残っていて、何か企んでいるとしたら別なんだが、その可能性もないと思うし、身体検査データなんかを見る限りでは、彼は普通の中学生の男の子なんだ」

 その時レイが、心配そうに、

「あの、わたしのこともそうだったんですけど、彼の経歴はどうなっているんですか?」

 レイの言葉にミサトはやや眉を顰め、

「それよ。……驚いたことに、彼は、人工受精で生まれた体外受精児なの」

「!!!!……」
「えっ! それじゃ……」
「えっ! まさか……」

 レイ、シンジ、アスカの三人は言葉をなくした。加持が続けて、

「そうなんだ。ちょっとショッキングな話だけど、レイと似てるんだな。しかも、これは俺が独自のルートで入手した極秘情報なんだが、彼の母親は、どうも、他人の受精卵を受胎して出産したらしいんだ」

「!!!……」
「!!!……」
「!!!……」

 三人はまたもや絶句するしかなかったが、ミサトがすかさず、

「近々、彼が正式にIBO本部に来るわ。その時、徹底的に遺伝子検査なんかも含めた調査をする必要があると思うけど、今はジタバタしない方が得策ね。名目は『身体検査』と言うことにするから、あんたたちも一緒に受けて欲しいのよ。……そうだわ。ちょうどいい機会だから、鈴原君にも明日正式に連絡して、彼の意思を確認するわ」

 加持も、続けて、

「それから、ついでと言っちゃなんなんだが、レイの経歴に関しては、今日正式に訂正が認められたよ。母は碇マイ。父は不明。戸籍にも記載されたよ」

 それを聞いたレイは、表情を和らげ、

「そうですか。……どうもありがとうございました。……なんだか、ちょっと、ほっとしたわ……」

 しかしシンジは、不安気な顔で、

「あの、ミサトさん。僕たち、明日からカヲル君、いえ、渚君と、どうやって接したら……」

「変に構えない方がいいと思うわ。彼は正式にIBOの一員なんだし、彼自身はそれを知っているから、もしあなたたちがIBOのメンバーだと言うことを知ったら、当然、そのつもりで接して来ると思うの。だから、クラスメイトとして、IBOの仲間として、『普通』に接してあげてちょうだい。やりにくいかも知れないけど、お願いね」

「はい、わかりました」

と、シンジが答えた後、ミサトは、

「あ、それとさ、これも無関係とは言えないけど、今日はレイの眼の色とか髪の毛のことで、なにも聞かれてない?」

 シンジは頷き、

「はい、僕はなにも。……綾波も、アスカも聞かれてないよね?」

 レイとアスカも、

「はい、なにも聞かれていません」

「あたしも聞かれてないわ」

 それを聞いたミサトは、軽く頷き、

「そう、前にも言ったと思うけど、もう一度念押ししておくわね。

レイの性格のことで他の人からなにか聞かれたら、最終決戦の反動で、性格が元にもどった、って言っておく。

髪の色と目の色も、反動が原因で色素が沈着し出した、って言っておく。

シンちゃんとレイがいとこ同士だった、ってことは、レイの戸籍の件で、学校に連絡が行くから、言ってもいい。

勘違いしてないわね?」

 シンジ、レイ、アスカの三人は、大きく頷き、

「はい、だいじょうぶです」

「わたしもだいじょうぶです」

「あたしもだいじょうぶよ。かんちがいしてないから」

 三人の言葉に、ミサトも、

「うん、だいじょうぶね。わかったわ」

と、安心した顔で頷いた。

 その時加持が、一同を見渡し、

「この際だから、折り入って提案があるんだ。みんなには辛い事だと思うけど、一度、俺達が知っている『情報』を整理しておいた方がいいと思う。……この世界は今でこそ破滅を免れたけど、一度は破滅への道を進んでしまったんだ。その時の状況を知っているのは俺達五人だけ。……もう考えたくもない事だと思うけど、これはきちっとまとめておいた方がいいような気がする。……確かに、ネルフは組織解体されてIBOになったけど、今まで蓄積した技術や情報はそっくりそのまま残っている。これを悪用させないようにするのは俺達の役目だ。その意味でも、情報の整理は不可欠だと思うんだ。渚君の調査が済み次第、また集まって情報を整理しようと思うんだが、みんな同意してくれるかな」

 シンジは頷いた。

「はい、わかりました。思い出して整理しておきます」

 アスカも同じく、

「オッケーよ。いやな思い出だけど、しかたないわね。……もう二度とあんな目にはあいたくないもの」

 レイも、

「はい、わかりました」

 ここで話が一段落したと見たミサトが口を開いた。

「さてと、渚君の件は一応これぐらいにして、と……。次はこの本ね」

 アスカは溜息をつき、

「まったく驚きよ。その本の内容はそのまんま向こうの世界の話なの。もちろん、あたしたちは出てこないけどね」

 ミサトと加持は、本を広げた。

「じゃ、ちょっち見るかな。……!!!」
「どれどれ。……!!!」

 +  +  +  +  +

 ざっと内容を把握した加持とミサトは、

「……ふう。……まいったわね……」

「うーむ。……全くだ。……どう言う事なんだ……」

 レイは、真剣な表情で、

「確か、向こうの世界には、わたしたちの世界を描いたアニメがあった、って、聞いてましたけど、こっちにもこんな本があったなんて……」

「まあ、なんとなく理解出来ない事もないな。俺達の世界と向こうの世界は『双子の異次元世界』なんだろ。だったら、こう言う事になっていても不思議じゃないのかも知れないな……」

と、加持が言うのに続き、ミサトが、

「この本の結末は……、ふーん。ありきたりに、『最終決戦』やって、勝って終わり、か。……なるほどねえ」

 その時、シンジが、思い出したように、

「そう言えば、沢田くんたち、あれからどうなったんでしょうね。この本みたいにちゃんと事件が解決したんでしょうか……」

 それを聞いたレイは、サトシの事を思い出した。

(サトシくん……。今も元気なのかな……。あの時は、事件は解決した、って言ってたけど……)

 しかしそれを言う訳にはいかない。黙っていると、アスカが、

「だいじょうぶなんじゃないの。だって、こっちも解決したんだし、同じようにむこうも解決したと思うわ」

 加持がそれを受け、

「まあ、アスカの言う通りだと思うよ。しかし、こればっかりは、いくら俺達がここで心配してもどうにもならん事だ。解決した、と信じようじゃないか。

 ……ところでシンジ君。この本、しばらく俺に預からせてもらえないかな。一応、出版社や作者について調べておきたいんだ」

 すかさずミサトが、

「でも、その本は鈴原君のでしょ。返さないとだめなんじゃない?」

 しかしシンジは、

「いえ、トウジがその本くれたんです。だから、持って行ってください。それから、さっきその本の出版社に電話したんですが、使われてませんでした。番号案内に聞いても、届け出がない、ってことでした」

 それを聞いたミサトは、少々驚いた顔で、

「あら、シンちゃん、なかなか手回しがいいじゃない。ちょっち見直したわ」

 シンジは慌てて、

「いえ、番号案内に聞いたら、って言ってくれたのは綾波なんです」

 ミサトは、意外、と言う顔で、

「あらそう、うふふ、あんたたちもなかなかすみに置けなくなったわね。……わかったわ。じゃ、この本のことは加持君にまかせるとして、せっかく五人集まったんだから、食事しましょうよ」

 そこでアスカが、明るく、

「じゃ、レイもいるから、ラーメン食べに行こ♪」

 ミサトも微笑み、

「流石はアスカ、グッドアイデアね♪ わたし賛成♪」

 シンジとレイも、

「僕も賛成です」

「わたしも」

 加持が頷いて、

「よし決まりだな。ちょうど俺の車に五人乗れるから、みんなで行こう。旨いラーメン屋を知ってるんだ」

 またもアスカが、楽しげに、

「あたし、フカヒレチャーシュー大盛りっ♪!」

 それを受け、ミサトは笑った。

「オッケーよ♪ じゃ、行きましょ♪ ペンペン、お留守番お願いね♪」

「キュウウウッ♪!」

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 翌朝、シンジもアスカもミサトも妙に早く目覚めてしまった。昨日の事が少々気になっていた事も一因であろう。今日の朝食当番はシンジだったので、シンジはさっさと準備をしてしまった。

「ミサトさん、アスカ、朝ごはん出来たよ」

「はーい、ありがとう、ちょーっちまってねー。すぐ行くわー」

「あたしも行くわねー」

 いつもは朝に弱いミサトも今日は変に寝起きが良いようである。

「ミサトさん、ビールはいいんですか」

「今朝はやめとくわ。食事をちゃんととって、しっかり仕事しなくちゃね」

 三人は朝食を済ませ、支度をした。

「じゃ、いってきます」
「いってきまーす」

「行ってらっしゃい。渚君のこと、くれぐれもよろしくね」

「はい」

「まかせといてよ」

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 二人が通りに出ると、丁度レイがやって来た。

「おはよう。シンちゃん、アスカ」

「おはよう綾波」

「おはようレイ」

 レイは二人に、

「なんだか今日は早く目がさめちゃった」

 シンジも、

「綾波もなの。僕たちもそうなんだ」

「やっぱりなんだか気になるよねえ……」

と、アスカも頷いたものの、すぐに、

「……ま、でもしかたないか。気をつけて、『ふつう』にしてましょうよ」

と、このあたり、流石に気持ちの切り換えが速い。シンジもそれに同意し、

「そうだね。……それにしても今日は暑いね。昨日とはえらいちがいだ……」

 昨日とは打って変わって今朝は非常に蒸し暑い。セミも盛んに鳴いている。三人は学校への道を歩いた。

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 かなり早めに来たと思ったのだが、三人が教室に入ると、相田ケンスケがもう来ている。早速ケンスケはシンジの所へやって来て、

「ケンスケおはよう」

「おはよう。……シンジ、昨日の話なんだけどな」

「なんだい」

「あの転校生、なにかおかしな奴だぜ。気を付けた方がいいよ」

「どう言うことなの」

「あいつ、女の子にきゃあきゃあ騒がれてただろ。それで、一応はにこにこ受け答えしてたんだけど、どうも女の子に騒がれるのがうっとうしくて仕方ない、って感じなんだ。それだけじゃないぜ。昨日、シンジとアスカと綾波が1時間目のあと出てっただろ。それから放課後さっさと帰っただろ。その時、あいつ、なに言ってたと思う?」

「なんて言ったの?」

「あきれたことにさ、あいつ、シンジのことばっかり聞いてるんだ。それも、俺やトウジに聞くだけじゃなく、委員長や他の女の子にも聞いて回っているんだぜ。しかもだ、シンジの話を聞いてる時のあいつの表情と言ったらなかったよ。変にうっとりしてやがるんだ」

 ケンスケに言われるまでもなく、シンジはカヲルの事を「まともな転校生」と思える訳がなかった。幾ら歴史が変わったと言っても、かつて二度も戦った相手の事を、何のわだかまりも無く割り切れる筈がない。

「……それ、どう言うことなんだろ……」

「ここだけの話だけどな……」

 ケンスケはシンジにそっと耳打ちし、

「あいつ、ホモなんじゃないか、って、思うんだ」

「えっ!! ホモ……」

「しっ! 声が大きいよ。……まあ、俺があれこれ言うことじゃないとは思うけど、気を付けた方がいいぜ」

「……そ、そうなの……。わかったよ。どうもありがと……」

 ケンスケの気持ちには、転校してきた美少年がいきなりクラスの女の子の注目の的となった事に対するやっかみも多少含まれてはいたのであろうが、それを割り引いてもカヲルの行動に不可解な気持ちを抱いていた事には違いなかった。その時、鈴原トウジが松葉杖を突いて教室に入って来た。

「おはようさん」

「おっ、トウジおはよう」
「おはよう鈴原♪」
「鈴原くん、おはよう……」

「おはようトウジ」

 トウジはシンジの横で立ち止まり、

「おおシンジ、昨日の本どうやった。しょーもなかったやろ」

「う、ううん。けっこう面白かったけど……」

「そうか? お前も変わった奴っちゃなあ。あんな小説おもろがるやて。ま、エヴァパイロットは変わりもんが選ばれるんやさかい、しゃあないわな。……あれっ? そうか、ワシもそうやったんや。わははははは」

 トウジは屈託なく笑っている。かつての惨劇の事を思い出すと、自分がフォースチルドレンだった事など考えたくもない筈だろうに、そんな気配は微塵も見せていなかった。

(トウジって、すごい奴だな。ほんとなら、エヴァのことなんか口にするのもいやなはずなのに……。これなら、IBOの件もだいじょうぶかな)

 シンジがトウジの明るさと強さに少々感嘆していた時、カヲルが教室に入って来た。

「おはよう」

 シンジ達は一斉に視線を向けた。相変わらずカヲルは魅力的な微笑を浮かべている。

「おっ、おはよう」
「おはよう♪」
「おはようさん」
「渚くん、おはよう……」
「おはよう、カヲ、……渚君」

 カヲルはシンジの隣りの自分の机にやって来てカバンを置くと、早速シンジに話しかけて来た。

「碇君、IBOの方はどうだった?」

「えっ?! なんで知ってるの?」

 いきなりカヲルに「IBO」と言う言葉を出され、シンジは少々うろたえた。

「君が昨日相田君と話している時に、『IBO』って言ったのが聞こえたのさ。だから知っているんだよ」

 カヲルは微笑を浮かべたままシンジを見ている。

「そ、そうなの。なあんだ。あははは」

「実は、僕もIBOのメンバーなんだよ。ネルフ時代からのね。フィフスチルドレンだったんだ」

「えっ! そ、そうなの。知らなかったなあ。偶然だなあ。あはは」

 シンジは冷汗の出る思いでカヲルに応対していた。その様子をハラハラしながらアスカとレイが見ている。

(シンジ……、だいじょうぶかな)

(シンちゃん……、気をつけて……)

 カヲルはまるでシンジの心中を見透かしたかのように畳みかけて来た。

「偶然なんかじゃないよ。これはきっと運命なのさ。『縁』と言う名前のね」

「!!!!……」

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'A Sunny Day ' composed by VIA MEDIA
(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

夏のペンタグラム 第一話・疑心暗鬼
夏のペンタグラム 第三話・有為転変
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