第二部・夏のペンタグラム




「渚カヲルです。よろしく」

「「「「「キャアーーッ♪」」」」」

 教室内の女子生徒から黄色い歓声が上がった。無理もない。銀色がかった髪の美少年が微笑を含んで現れたのである。相田ケンスケや鈴原トウジも内心穏やかではないような雰囲気だ。

「おや? 碇君、惣流さん、綾波さん、どうかしましたか? 座って下さいね」

 渚カヲルを見て驚きの余り腰を浮かしたままだった碇シンジ、惣流アスカ・ラングレー、綾波レイの三人は老教師の言葉に慌てて座った。しかし、三人とも顔面は蒼白のままである。

「渚君はドイツから帰国したばかりです。色々と判らない事もあるでしょうから、みんな仲良くしてあげて下さいね。それから、これは渚君の希望なので言いますが、渚君は君達より一つ年上です。病気で暫く入院していまして、出席日数が足りなくなったのでもう一度二年生に編入される事になりました。席は、そこの、碇君の隣りの窓側が空いていますから、そこに座って下さい」

 カヲルは微笑しながらシンジの隣りに座り、

「いかり君、だね。僕は渚カヲル。よろしくね」

「……う、……うん。……よろしく……」

 シンジは何とか平静を保とうと努力していた。どうやら「このカヲル」はシンジの事を知らないようである。そっとアスカやレイの方を窺うと、二人とも蒼白な顔をしたままこっちをチラチラと見ている。とてもではないがまともに授業を受けられる状態ではなさそうである。

「さて、では授業を始めます。教科書の66頁を開いて下さい。西暦2000年、南極に巨大な隕石が墜落しました……」

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第一話・疑心暗鬼

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キーンコーンカーンコーン

 1時間目の終業を継げるチャイムが鳴った。

「……では、これで1時間目の授業を終わります」

 委員長の洞木ヒカリの号令がかかる。

「起立! 礼! 着席!」

 シンジの隣でカヲルは相変わらず魅力的な微笑を浮かべ、

「いかり君、もしよかったら色々と教えてくれないかな。日本に帰って来たばかりで何も判らないんだ」

「いや、その……。ごめん、ちょっと急用があって。また後で教えるから……。アスカ、綾波、ちょっと……」

 シンジは立ち上がって出入口の方に向かった。無論、アスカもレイも否やがあろうはずがない。二人はシンジに続いた。

 三人が出て行くと同時にクラスの女子生徒達が一斉にカヲルの所にやって来て、口々にカヲルに話しかけている。

「なんや。いけすかん奴っちゃなあ……」

「…………」

 トウジもケンスケも少々憮然としていた。

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 大急ぎで校舎の裏に出た三人は相変わらず蒼白な顔をしていた。特にアスカの狼狽振りは尋常ではなく、

「どう言うことよ! これ! なんであいつが!」

 比較的冷静さを取り戻したレイは、

「とにかく葛城部長に電話しましょうよ。あの本のこともあるし……」

「そうだね。とにかく電話しよう」

 シンジは頷き、急いでスマートフォンを取り出すと、

『はい、IBO総務部葛城です』

「ミサトさんっ! シンジです! 実は今大変なことが!……」

『わかってるわ。渚カヲルのことでしょ』

「ええっ!! なんで知ってるんです!!??」

『わたしも今、加持君から聞いてびっくりしてたとこなのよ。彼のことに関しては今晩マンションで「作戦会議」をやるわ。加持君も来るからレイも連れて来てちょうだい。……あ、それから、心配しなくていいわよ。その渚君は怪しい人じゃないみたいだから』

「はあ……、でも……」

『まあ心配しないで。くわしいことは今晩話すから。くれぐれも余計なことは言わないようにね』

「はい、わかりました。……あ、それからもう一つ、大変なことがあったんですけど!」

『なに? 大変なこと、って?』

「実は、トウジが変な本を持って来たんです! その本は『向こうの世界』のことを書いた本なんです!」

『「向こうの世界」!? それ、どう言うこと!? ……わかったわ。それも今夜話し合いましょ。鈴原君に頼んでその本借りて来てちょうだい』

「わかりました。じゃ一応これで……」

 シンジが電話を切るや否や、アスカが身を乗り出し、

「どう言うこと?! ミサトもあいつのこと知ってたの!?」

「そうらしいよ。加持さんから聞いたんだって。怪しい人じゃなさそうだから、一応心配するな、って。ただ、余計なことは言わないようにしろ、って。それで今晩マンションで『作戦会議』するから綾波にも来てほしい、って」

 アスカは首を捻り、

「……どう言うことなんでしょねえ。……ま、いいわ。今晩ゆっくりやりましょうよ。二人とも、くれぐれも注意してね。特にシンジ、あんたよけいなことを言っちゃだめよ」

「うん……、わかったよ。……綾波、そう言うわけだから、来てよね」

 レイも真顔で頷き、

「うん、わかった。じっくりやりましょ」

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キーンコーンカーンコーン

 三人が教室に入ると同時に2時間目の始業のチャイムが鳴った。カヲルの周りにたかっていた女生徒達も各々の席に戻って行く。シンジが自分の席に着くと、早速カヲルが笑って話し掛けて来た。

「どこへ行ってたんだい」

「い、いや、……ちょっとね。……あはは」

 その時2時間目の担当の教師が入って来た。

「起立! 礼! 着席!」

 無論の事、シンジ達三人がその日の授業に身が入る訳などあろう筈もなかった。

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キーンコーンカーンコーン

「起立! 礼! 着席!」

 その日の授業は全て終了し、シンジは大急ぎで帰り支度を始めた。カヲルは相変わらず魅力的な微笑を浮かべ、

「ねえ、いかり君、よかったら一緒に帰らないかい」

「えっ!? ……ご、ごめん。今日はどうしても行かなきゃならないところがあるんだ。よかったら明日にしてほしいんだけど」

「そう。……残念だけどしかたないね。……じゃ、明日よろしくね」

 カヲルは少し悲しそうに微笑んだ。シンジは何とも言えない微妙な心境になったが今日は仕方ない。アスカとレイの方を見ると、二人とも帰り支度を済ませてシンジを待っているようだ。

「あ、そうだ。……トウジ、悪いけど、この本しばらく貸してくれるかな」

 シンジは「原初の光」を手に持って後方の席にいるトウジに話しかけた。

「ああ、その本か。それやったらやるわ。持って行けや」

「ありがとう。じゃ、ありがたくもらっておくよ」

 その時、ケンスケがシンジの所にやって来て、

「シンジ、ちょっといいか」

「ごめん。ちょっと今日はIBOの関係で急いで行かなくちゃいけないところがあるんだ。また明日にしてくれないかな」

「……ふーん。……じゃ仕方ないな。明日たのむぜ」

「わかった。ごめんね。……アスカ、綾波、行こうか」

 その時のシンジは、カヲルが「IBO」と言う言葉に反応して微妙に笑った事に気付かなかった。

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 大急ぎでミサトのマンションに帰って来た三人は、早速ダイニングのテーブルに着いた。溜まっていた思いを吐き出すようにアスカが口を開く。

「いやー、今日はまいったわねえ。どう言うことなのかしら……」

「カヲル君のことと言い、この本のことと言い、一体どうなってんだろ……。ふう……」

 シンジはテーブルの上に置いた「原初の光」をみて溜め息を漏らした。レイも深刻そうな表情である。

「ほんとよねえ。……ねえ、葛城部長はまだしばらく帰ってこないでしょうから、この本を調べてみない?」

 時計を見るとまだ16:00にもなっていない。少なくともミサトは17:30ぐらいでないと帰って来ないだろう。

「そうだね。……とにかくあわててもしかたないから、コーヒーでも入れるよ。……アスカはエスプレッソだったよね。綾波はふつうのブレンドでいい?」

「うん、ありがと。それでいいわ」

「じゃ、とにかくコーヒー入れるから、二人でその本を見ててよ」

「わかった。……あ、エスプレッソ、こいめにしてね」

 シンジはキッチンに立ってコーヒーを入れ始めた。アスカとレイは本を開く。

「!!……」
「!!……」

 内容を追うに連れ、二人の表情が段々変わって行った。

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 暫くして、コーヒーをセットしたシンジがテーブルの所に来て、

「はい、コーヒー入ったよ。……どう? その本は?」

 アスカは真剣な顔で、

「……おどろきよ、と言うしかないわね……。あたしたちこそ出てこないけど、内容はまるまる『向こうの世界』のできごとよ……」

 レイも硬い表情のまま、

「サトシくん……、沢田くんも北原さんも、形代さんもちゃんと出てるわよ……。マーラやオクタヘドロンも、もちろん出てるわ」

「だれが書いたの? ……どこから出た本?」

 シンジの言葉に、レイは本の奥付を見た。

「著者は『式神ゴンゾウ』と言う人よ。発行日は1999年8月15日で、出版社は、京都の『バザラ書房』と言う会社ね」

 アスカは眉をひそめ、

「『マハカーラ』の日付にあわしたのね。……わるいシャレだわ」

 その時、シンジが冴えた表情で、

「そうだ。その出版社に電話してみようか」

 アスカも少し明るい顔になり、

「あら、シンジ、なかなかさえてるわね。電話してみましょうよ」

「うん、そうしよそうしよ」

と、言いながら、シンジはその本を持って電話の所に行った。アスカとレイもやって来る。

『おかけになった電話番号は、現在使用されておりません。もう一度……』

「だめだ。つながらないよ」

と、眉をしかめたシンジに、レイがすかさず、

「番号案内に聞いてみたら?」

「あ、そうだね」

 シンジは再び受話器を手にした。

「……もしもし、京都の『バザラ書房』と言う出版社をおねがいします。『バザラ』はカタカナです」

『はい。しばらくお待ち下さい。…………その名前の会社はお届けがありませんが……』

「そうですか。……すみませんでした。…………だめだ。わからない。……とにかくさ、コーヒーがさめないうちに飲もうよ」

 仕方なく三人はテーブルに戻ってコーヒーを飲んだ。

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 三人はどうしたらいいか判らないまま、本を見ながらミサトの帰りを待っていた。

「17時か……。もう少しかかるだろな……」

 その時、

ピンポーン

 シンジは反射的にインタホンの所へ行き、

「あ、ミサトさん。今開けます」

「ミサトかえってきたの。早いわね」

 アスカは少しほっとしたようだ。暫くしてミサトと加持がシンジと一緒に入って来て、

「みんな待たせわね」

「今日は大変だったようだな。……いやーこっちも参ったよ。お、レイも待っててくれたか」

「こんばんは」

「早目に仕事を切り上げて来たのよ。じゃ、早速始めましょうか」

「ミサトさん。ビールは?」

「後にするわ。わたしもコーヒーちょうだい」

「俺も頼むぜ」

「はい」

と、ミサトと加持はテーブルに着く。

 テーブルの上の「原初の光」に目を留めたミサトは、何とも言えない複雑な表情で、

「これが例の本ね」

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'A Sunny Day ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

夏のペンタグラム 序章
夏のペンタグラム 第二話・合縁奇縁
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