第一部・原初の光




 その時、モニタに一斉に複数のウインドウが開き、警報が鳴り響いた。オペレータの末川真由美の悲痛な声が中央制御室にこだまする。

「世界中から警報が入って来ました! 急にノイズが強くなったようですっ!!情報を分析しますっ!!」

 +  +  +  +  +

第三十一話・報復

 +  +  +  +  +

 集中治療室でも変化が起きた。

「木原先生! 変化がありましたっ!! 三人の脳波におかしな波形が出ています!! まるで複数の脳が存在しているような波形ですっ!!」

「なんですって!!?? 心拍数と血圧はっ!?」

「心拍数も血圧も上昇していますっ!!」

 +  +  +  +  +

 光の球は、静かだが力強い声で、

「もっと強く心に描け。もっと強くだ。しかし、力んではだめだ。……よし、今だ」

アヴァラハカッ!!


「あああああっ!!!」
「うわあああああっ!!!」
「きゃあああああっ!!!」
「きゃあああっ!!!」
「わあああああっ!!!」
「きゃあああああっ!!!」

 光の球が強くマントラを響かせた瞬間、六人の脳裏に一斉に極めて強い青い光が閃き、周囲は青い光に包まれた。

 +  +  +  +  +

「世界中から通信が入って来ましたっ!! 魔物が多数出現し、各地で襲撃を開始していますっ!! 日本各地からも同様の通信が入って来ていますっ!! 映像出ますっ!!」

 真由美の叫びと同時にメインモニタに映像が映り、伊集院は戦慄した。

「鵺だっ!! 何だあれはっ!? ドラゴンのような奴もいるっ!! 鬼みたいな奴もっ!!……」

 その映像はまさに百鬼夜行のありさまだった。ありとあらゆる「伝説上の怪物」が実体化して世界中で暴れ出したのである。体の大きさこそ人間より少し大きいぐらいだったが、何しろ数が凄かった。

 伊集院は、真由美に向かい、

「市民の避難はどうなってるっ!!」

「近畿地方ではまだ避難命令は解除されていませんっ!! 今朝からずっとシェルターの中ですっ! 日本全国に避難警報が出ていますっ!」

 その時だった。突然、由美子と山之内の脳裏に、

アヴァラハカッ!!


 二人は頭を抱えてうずくまる。

「ああっ!……、きゃあああああっ!!!」
「うわあああああっ!!」

 伊集院は血相を変え、

「中畑君! どうしたっ!? 山之内君っ!!」

「ああああっ!!! 頭の中に光がっ!!!」

「何だっ!? 光の球?!!!」

 由美子と山之内の前にそれぞれ青い光の球が出現し、強く輝き始めた。

 +  +  +  +  +

「きゃああああっ!!! なによおおっ!!??」

 集中治療室の木原美由紀の前にも突然青い光の球が三つ出現し、強く輝き始めた。

 +  +  +  +  +

 世界中で出現した怪物は次々と人間に対して襲撃を始めた。それに対し各国の軍隊と警察は緊急出動し反撃を開始。ここに人類史上初めての、魔物と人間の全面戦争の火蓋が切って落とされたのである。

 +  +  +  +  +

「ああああああっ!!……」
「ううっ! くくっ!!……」

 由美子と山之内の前に突如出現した二つの青い光の球は徐々に大きくなり、床に伏せた人間の形となって行く。そして輝きが段々収まって来るに連れ、はっきりとした人間の姿に変わったのである。伊集院は余りの状況に、思わず、

「ああっ!! 何だあああっ!!??」

 その時由美子と山之内の脳裏の光が消え、二人は全てを悟った。

「あ、あなたは……。そう、そうだったの!!……」
「そうか……。そうだったのか!……」

「中畑君! これはどう言う事だ!!??」

 それだけしか言えない伊集院を差し置き、由美子は、

「しっかりして、ミサト!! 起きるのよ!!」

と、言いつつ、うつ伏せになったその人物を抱き起こした。それは由美子に瓜二つの女性、葛城ミサトだったのだ。

「加持、しっかりしろ!!」

 山之内も同様に、前に伏せている「自分にそっくりな男性」を抱き起こした。その人物は加持リョウジだった。

「中畑君が二人!? 山之内君も!? どう言う事なんだっ!!??」

 伊集院はそれだけ言うのがやっとだった。

 +  +  +  +  +

「きゃあああああっ!!」

 集中治療室に現れた三つの光の球は人の姿に変わり、そこに三人の少年少女が姿を現した。

「ああっ!! あなたたちはいったいっ!?」

 美由紀は叫んだ。無理もない。現れた三人は中学校の制服らしい服を着た少年一人と少女二人だったが、サトシ、リョウコ、アキコにそっくりだったのだ。

「だいじょうぶです! その人たちは僕たちの味方です!」

 後から聞こえたサトシの声に美由紀は振り向いた。何と、意識不明で寝ていた三人ともベッドから起き上がっている。

「えっ!? みんな気付いたの!? 沢田君! どう言うことなの!?」

「木原先生! この人たちは味方です! 今くわしく話している余裕はありませんが、信じて下さい!」

「それはいいけど……。とにかく由美子を呼ぶわ!」

トゥル トゥル トゥル

 丁度その時電話が鳴った。美由紀は急いで受話器を取り上げ、

「はい! 医療部です!」

『もしもし! 中畑です! 急患を二人運ぶわ! とんでもない二人だけど驚かないでね!』

「こっちでもとんでもない——」

『ツー ツー ツー……』

「……もしもし! 由美子! もしもし!」

 医療部員も眼を白黒させて六人を見詰めていた。

 +  +  +  +  +

 ジェネシスの機関部では全員がかつてない激務でオクタヘドロンの整備を進めている最中、陣頭指揮に立つ松下の所へ蒼白な顔の山上が駆け寄って来た。

「松下先生! 大変です! ガルーダ、ヤキシャ、ガンダルヴァのフライトレコーダを分析した所、マーラがマントラウエーブを無力化していた事が判りました!」

「何だと!? とうとうマントラウエーブまでやられたのか! しかし、それなら何故ガルーダは最後の止めを刺せたんだ!?」

「良く判らないんですが、パイロットの沢田君が最後に叫んだ時、ガルーダがそれに反応して未知のエネルギーを放出したような記録が残っています!」

「しかし、装備以外の力をどうやって出せるんだ。まさか、ガルーダ自身が『霊的能力』まで身に着けたと言うのか?!」

「そうとしか考えられません!」

 その時機関部員の一人が走って来た。

「山上部長! 松下先生! 処理班のヘリが何とか帰って来ました。幸いにして宝池付近にはマーラが殆ど出現していなかったので、全ての回収は無理でしたが、本体は回収して地下倉庫に収納したそうです!」

「わかった!!」

 そう言いつつ、松下は山上の方を向き、

「山上君!! 地下倉庫には、今までのマーラの残骸が全て収納されている筈だな!?」

「はい。何か変化がないか、24時間態勢で監視していますが、これまでの所は特に変わった事は起きていません」

「何か胸騒ぎがする。……今回のマーラはまさに『百鬼夜行』だ。本部に襲撃して来ない方がおかしい。倉庫に魔物が襲って来たら何か起こるような気がしてならん……。本部の守りは万全だろうな?」

「保安部を中心として第一種戦闘態勢には入っていますから、大丈夫だとは思うんですが……」

 +  +  +  +  +

 由美子は興奮冷め遣らぬ顔で、

「本部長! この二人を医療部に運びます! 詳しい事情は後でまとめて説明しますが、今は時間がありません! 後はよろしくお願いします! ……山之内君! 行くわよ!」

 山之内は軽く頷き、

「よしっ! 行こう!」

 伊集院は、不安を完全に払拭する事は出来なかったが、

「うーむ、しかし……。よし! わかった! 君を信じよう! オクタ3機の指揮は私が執っておく!」

 由美子は頭を下げた。

「ありがとうございます。……今回のマーラにはオクタは大き過ぎて使いづらいと思います。自衛隊や警察との協議をよろしくお願いします!」

「わかった! 早く行け!」

 そこに岩城が歩み寄り、

「私も手伝いましょう。……女性の方! 一人手を貸して下さい!」

 それを受け、一人の女性スタッフが、

「私が行きます!」

と、言いつつ駆け寄って来た。岩城はそのスタッフに、

「私は山之内さんとこちらの男性を運びます。あなたは中畑主任を手伝って下さい」

「はい」

「……よし、いいですか。じゃ、行きますよ」

 六人が出て行った後、中之島が伊集院の所にやって来た。

「伊集院君。どうやら緊急事態のようぢゃな。すまんが、オモイカネを使う許可をくれるかの」

「はい……。博士でしたら……。しかし、どうなさるんです?」

「まあ、儂に任せておけ。悪いようにはせん。ふぉっふぉっふぉっ」

 +  +  +  +  +

 医療部では、訳が判らないと言う顔の美由紀に、サトシが、

「この人たちは僕たちの仲間です。なぜそっくりなのかを話すと長くなるんですが……」

「……まあ、今由美子が来るから詳しい話はそれからにしましょう。……ところで、あんたたち三人は大丈夫なの? 一時は血圧低下や脈拍が弱ったりして大変だったのよ。……とにかく検査をするわ。……この三人の状態を調べて」

 美由紀の指示に、医療部員が、

「はい」

「……ところで、そちらのお三人さん、私は医療部長の木原美由紀。あなたたちのお名前を聞かせてもらえるかな」

「あたしは惣流アスカ・ラングレーです」

「僕は碇シンジです」

「わたしは綾波レイです」

 美由紀は、首を傾げ、

「どこかで聞いたことある名前ねえ……。あっ! 由美子!!」

 入って来たのは由美子達六人であった。ミサトと加持を見た美由紀は、

「ええっ??!!  今度は由美子と山之内さんなの!! どう言うことよ!?」

 由美子と山之内を見たシンジも、

「ああっ!! ミサトさんっ!? あっ! そうか、この人たちも……」

 由美子は美由紀に向かって、

「とにかくこの二人の意識を回復させて! 話はそれからよ!」

「わかったわ。二人をベッドに運んで」

 ミサトと加持がベッドに運ばれた後、由美子は岩城に、

「岩城先生。どうもすみません。後で作戦室の方で事情を説明しますので、中央の方で本部長のサポートをお願いしたいのですが」

「わかりました。では後で」

 そう言って、岩城は出て行った。由美子はシンジ達の方を向き、

「あなたたちが碇シンジ君、惣流アスカ・ラングレーさん、綾波レイさんね。私は中畑由美子。よろしくね。こっちは山之内豊君」

「山之内です。よろしくな」

 ニヤリと笑った山之内に、シンジ、レイ、アスカは、

「は、はい……」
「はい……」
「はい……」

 特に、アスカの眼は山之内の顔にクギ付けになっていた。

「加持さんそっくり……」

 一呼吸の後、由美子が口を開いた。

「……さて、と、……ミサトと加持さんが実体化した時、私の頭の中に青い光が光ってね。その時、あなた達六人の意識がすごいスピードの映像として見えたのよ。だから事情は全てわかっているわ。シンジ君たち三人には色々と手伝ってもらいたいけど、いいかな」

 シンジ、アスカ、レイの三人は、頭を下げ、

「はい! おねがいします!」
「よろしくおねがいします!」
「わたしもよろしくおねがいします!」

 その時、医療部員が美由紀に言った。

「沢田君、形代さん、北原さんの三人には異状ありません。正常です」

「わかったわ。……じゃ、由美子、事情とやらを聞かせてもらいましょうか」

 由美子は、憑き物が落ちたような顔で話し始めた。

「この人たち五人は、別次元の世界の人なのよ。私たち五人の『異次元の双子』なの。言わば『別次元の自分たち』ね」

「どう言うことよ! マーラとは関係ないの? 安全なの?」

「大丈夫よ。この人たちも、言わば、マハカーラの被害者なのよ。私を信じて」

 今度は、別の医療部員が歩み寄って来た。

「二人の意識が回復しました」

 それを聞いた由美子はベッドに行き、

「気がついた? ……ミサト、しっかりして。私がわかる?」

「……う、うーん。……ここは……、あっ……」

「そうよ。わかるでしょ。私が由美子よ。……手を貸すわ。さ、起きて」

「わかるわ。……シンジ君たちもいるのね。……あ、一人で起きられるわ……。……ありがと」

 そこにシンジ達三人がやって来た。

「ミサトさん! シンジです!」
「ミサト!! わかる!? アスカよ!」
「葛城三佐!」

 加持も目を覚まし、

「葛城……、俺達……、生きてるのか……」

 アスカは思わず泣き出し、

「加持さん!! よかった!! うううっ!!」

「アスカか……。また会えるとは思わなかったよ……。シンジ君も、レイも、よく頑張ったな……。大丈夫だ。……起きられるよ」

 由美子は真剣な顔で口を開いた。

「二人とも事情は理解してもらってると思うけど、やってくれるわね」

 ミサトと加持は頷き、

「もちろんよ。やるわ!」

「俺もやるぜ」

 その時、美由紀が驚いた顔で、

「由美子、思い出したわ! これ、シャレにならない話よ。まさか、アニメの世界が実際に存在していたなんて……」

「魔界と現実界の融合が起こったからとは言え、これは事実なのよ。……全員、作戦室に連れて行ってもいいかしら」

「いいわよ。……でも、医者として私も行くわ」

 +  +  +  +  +

 部屋を出る時、山之内がサトシに近寄って耳打ちした。

「サトシ君、ちょっと」

「はい」

「例の女の子は綾波君だったんだな」

 サトシは観念し、

「はい……」

「複雑な心境だと思うが、ここは一番、私情抜きできっちり極めろ。男としてな。最終的な決着は事件が解決してからだ。わかったな」

「はいっ!」

 +  +  +  +  +

 自衛隊統幕本部司令室はかつてない混乱の中にあった。幹部が操作員に怒鳴る声が響き渡る。

「戦闘状況を分析しろっ!! 全国の全隊員を出動させるんだっ!! 今回のマーラは小さい上に数が多過ぎるっ!! ジェネシスのロボットの8機程度では間に合わんから白兵戦で倒すしかないぞっ!!」

「特殊部隊の全隊員がマントラレーザーガンを持って出撃の予定ですっ! 尚、今回のマーラには通常兵器でも有効と言う報告が次々と入って来ていますっ!」

「マントラレーザーガンは必ず効果を上げます! 出来るだけ持たせて下さいっ!防護服も着用させて下さいっ!」

 川島主任研究員も声を限りに怒鳴っていた。

「マーラは人間の多い都市部に集中して出現していると言う連絡が入って来ていますっ!!」

「ゲリラ戦か……。クソっ!!」

 +  +  +  +  +

 世界中で同時に開始されたマーラの侵攻に対し、各国の軍隊はそれぞれ全面戦争を展開していた。

 不思議な事に、これらのマーラに対しては、通常兵器も一定の効果を上げたし、更に各国軍隊で研究されていた『霊的兵器や霊的戦士』が活躍して次々とマーラを仕留めて行ったのである。しかし、何しろマーラは次々と出現するので切りがない。完全に消耗戦の様相を呈していた。

 日本でも自衛隊と警察の機動隊が次々とマーラを倒して行った。その様子はまるで『魔物狩り』であった。

 +  +  +  +  +

 ジェネシス中央制御室では情報の収集と分析が続いていた。末川真由美が振り向いて叫ぶ。

「現在、自衛隊と警察の機動隊が全国の市街地で戦闘を展開しています! このマーラには通常兵器が有効なようです! 次々と戦果を挙げています! しかし、何しろ数が多いため、戦闘は長引きそうです!」

 伊集院は訝しげに、

「何っ!? 通常兵器が!? どう言う事だ?」

 岩城も怪訝そうに、

「本部長! おかしいですね。確か一番初めに出現した鵺には通常兵器が効かなかったのでは?!」

「そうなんです。……何か裏があるのか。……末川君! 自衛隊や警察からはオクタの出撃依頼は来ていないのか!?」

「現在のところ来ていません!」

 岩城は、やや思案顔で、

「本部長。市街戦ではオクタは却って不利なのでは?」

「ええ。体長2メートルそこそこのマーラが街の中を走りまわったら、却ってオクタでは戦い辛いですからねえ……。カプセルを6機出しても、通常兵器が有効な限りは、大して自衛隊の助けにもならないですし……。出撃させるべきか否か、判断に迷う所です」

 その時、中之島が声を上げた。

「よし、これで完了ぢゃ。……伊集院君。これを見給え」

 メインモニタに開いたウィンドウを見た伊集院は、

「……何ですか? ……あっ! これは!?」

「そうぢゃ。全世界から入って来る戦況を分析したんぢゃが、魔物は順調に撃退されておる。余りに順調過ぎる程ぢゃ。人間側の被害が余りに少なさ過ぎるのぢゃ。おまけに通常兵器がこれほど有効とは……。これは何かあると考えるべきぢゃな」

 その時、真由美が振り返りつつ言った。

「本部長。中畑主任から電話です。音声出します」

『本部長。真に勝手で申し訳ないのですが、もし事態に時間的余裕があれば、ぜひ緊急会議をお願いしたいのですが』

「判った。現在は状況の分析中で、特にオクタの出撃の必要は認めないから、すぐに作戦室に行こう。岩城先生にもお願いするんだな」

『はい。それから、もし差し支えなかったら、松下顧問とパイロット全員の他に、中之島博士にも御出席をお願いしたいのですが』

「そうか。ちょっと待て。……博士、お願い出来ますか」

「無論ぢゃ。ふぉっふぉっふぉっふぉっ」

「有り難う御座います。……機関部! 状況はどうだ!?」

『こちら山上です! 整備は完了しています! ディーヴァの最終調整も完了しました! いつでも出撃出来ます!』

「よし! では、松下顧問と一緒に作戦室に来てくれ! パイロット全員も連れて来るんだ! わかったな!」

『了解しました!』

「中畑君! 聞いた通りだ!」

『ありがとうございます。では作戦室で』

 伊集院は真由美の方を向き、

「末川君。状況を逐一監視し、何かあったらすぐに連絡してくれ」

「了解しました」

 +  +  +  +  +

 松下と山上がマサキ達パイロット三人を連れて作戦室に入った時、その状況に流石の五人も絶句するしかなかった。

 由美子が立ち上がり、静かに言った。

「皆さん。お忙しい所をすみません。現在の緊急事態に関する説明をさせて戴きます」

 +  +  +  +  +

 京都市内でもマーラ対自衛隊の白兵戦は続いていた。小隊長の怒鳴り声が響く。

「各自散開してマーラを攻撃!! 敵味方の識別をしっかりやれっ!!」

ダダダダダダッ!! ドガガガガッ!!

「グェェェェェェェェェェェッ!!!」

 隊員の自動小銃が火を噴き、次々とマーラは殺されて行く。周囲にはマーラの血飛沫と肉片が飛び散り、蛋白質の焼ける嫌な臭いが漂う。

「うおうりゃああああっ!! 食らえええっ!!」

ズダダダダダダダッ!!!

「ギャアアアアアアアッ!!」

「怪物のクソ野郎っ!!! 死ねええええっ!!」

バリバリバリバリバリッ!!!

「グゥオオオオオウッ!!」

「ぎゃはははははっ!! ザマあ見ろっ!!!」

「おっ、いたいたっ!! 貰ったぜっ!!」

 隊員がビルの壁にマーラを追い詰めた。何故かマーラは脅えているかのようにうずくまって震えている。

「こいつ!! 震えてやがるぜ!! わはははっ!! 死ねええっ!!」

ダダダダダダダッ!!!

「ウギャアアアアアアッ!!!」

「小隊長殿!! この付近のマーラは全て殲滅しましたっ!」

「うむ。よかろう。……本部か。こちら第三小隊だ。四条河原町付近でマーラを12体殲滅した。引き続き作戦行動を続ける」

『了解』

「いやあ。小隊長殿。マーラがこんなに弱かったら、何か張り合いがありませんなあ。わっはっはっ」

「全くだ。どんどん行こうぜ。俺達ゃ魔物を狩る『マーラバスター』だな。わっはっはっ」

 全国各地で戦闘を続ける自衛隊員の精神状態が何故か異様に高揚している事に誰も気付かなかった。

 +  +  +  +  +

 一通りの説明を終えた後、由美子は全員を見渡し、

「……説明は以上です。信じ難い状況だとは思いますが、私たち十人が生きた証拠だとお考え下さい」

 伊集院は深く頷き、

「話はわかった。……しかし、葛城君を、敢えてこう呼ばせて貰うが、葛城君を始めとする五人の諸君にはどうして貰うつもりなんだ? 特に、碇君達、エヴァンゲリオンのパイロット諸君には、仮にオクタに乗って貰えるとしても、予備は2機しかないんだぞ」

「カプセルの予備が4機あります。それに乗ってもらってもかまわないでしょう。しかしですね……」

「しかし……、何だね?」

「ミサト、いえ、葛城さんたちがこちらの世界へ来たと言うことは、単に予備のオクタに乗ってもらう、と言うような事ではなく、何か必ず『使命』があるはずです! それが何かは今はわかりませんが、必ず何かがあります!」

 中之島が手を上げ、言った。

「伊集院君、構わんかの」

「どうぞ」

「儂は中畑君に賛成ぢゃ。この一連の流れには必ず何かがある筈ぢゃ。それを待つのぢゃ」

 その時、話が一段落したと見て取った松下が口を開いた。

「本部長、話の腰を折って申し訳ないが、重大な事実が判明したので報告したい」

「はい、どうぞ」

「オクタのマントラウエーブシステムがバグマーラの本体に破られた。あくまでも直接の接触時だけのようだがな。しかし、それに対して、ガルーダが未知の力としか思えない力を発揮してマーラを倒した事が判明したのだ。しかし、その力の原因はプログラムを調べてもどうしてもわからなかった。……沢田君、君が最後に叫んだ時、何があったんだね?」

「はい。……あの時、気絶する寸前にさけんだんですが……、その前に……、そうだ! なにか声が聞こえたんです! ……そうです! マントラが頭にひびきました! ……あれは、……そうだ! 綾波の声でした!」

 レイは驚いて刮目した。

「えっ!? わたしの?」

「そうだ!! その後にもう一度、もっと強く別の声のマントラが響きました! 綾波の声は『オーム! アヴァラハカッ!!』でしたが、もう一度響いたマントラは『アヴァラハカッ』だけでした!!」

 松下はレイの方を向き、

「綾波君、その時君はマントラを唱えたのかね?」

「そう言えば……、そうです! 思わず口走ってました! なにもかんがえずに口走ってたんです! でも、『オーム! アヴァラハカッ!!』の1回だけでした!」

「綾波君のマントラに呼応するようにガルーダが青く光り、更にもう一度マントラが、か……」

 その時サトシが顔色を変えた。

「まって下さい! ガルーダが青く光ったんですか!?」

「そうだ。本部のモニタでも確認したが、それがどうかしたのか!?」

「僕たちを導いてくれた『開放系の神様』は青い光の球だったんです!」

「何だと!? ……まさか、ガルーダが神の力を得たと言うのか!? もしや、2回目のマントラはガルーダ自身がっ!?」

 それを聞いた中之島は、ニヤリと笑い、

「ふぉっふぉっふぉっ。松下よ、何を言っておるのぢゃ。オクタヘドロン各機の名前を忘れたのか」

「えっ? 名前? ……あっ! そう言えば、オクタの名前は、全て仏法の守護神、『八部衆』から戴いたんでしたね!」

「そうぢゃ。その通りぢゃ。ふぉっふぉっふおっ。……伊集院君。いよいよこれは最終決戦が近付いた証拠ぢゃの。ふぉっふぉっふぉっふぉっ。オクタ各機がとうとう神格を得たのぢゃ。これで判ったぢゃろう。何故オクタが人型ロボットなのか。オクタは『神像』なのぢゃよ。マントラを通じてその像にとうとう神の心が宿ったのぢゃ。この段階に至れば最早小手先の細工は不要ぢゃよ。後は『導き』を待つだけぢゃ」

 だが、伊集院は眉を顰め、

「しかし博士、『導き』とおっしゃいますが……」

 その時だった。

ジリジリジリジリジリッ!!!!

 非常ベルの音に、伊集院は顔色を変えてインカムに叫んだ。

「何だ!? 末川君! 変化があったのか!?」

 末川真由美の声が、スピーカーから鳴り響く。

『大変ですっ!! 本部周辺にマーラの大群が出現しましたっ! 現在保安部を中心に応戦中ですっ! 更に、地下倉庫のマーラの残骸に変化が起こっていますっ!!』

「何だとおおおっ!!!」

『今、連絡が入りましたっ!! 体高約30メートルの巨大なマーラが桃山御陵付近上空に出現しましたっ!! 映像出しますっ!!!』

 作戦室のモニタに映った映像に、シンジとミサトは思わず腰を浮かした。

「あああっ!!!!!」
「あれはっ!! 使徒!!!!」

「全員中央へ移動!!!」

 伊集院の叫びと共に、全員が一斉に立ち上がる。

 モニタに映った映像は紛れもない、最強の使徒、ゼルエルの姿だったのだ。

 +  +  +  +  +

 京都に使徒ゼルエルが出現したと同時に、世界中でマーラの猛反撃が始まった。今まで簡単に軍隊に殺されていた魔物が突然狂暴化し、軍隊に激しく襲い掛かって来たのである。各国軍隊は驚いて反撃したが、何故か強力になったマーラは簡単に死ななくなり、軍隊にも次々と戦死者が出た。そして更に、避難施設が完備していない国では一般人にも次々と犠牲者が出始めた。

 +  +  +  +  +

 日本各地で戦闘を続けていた自衛隊員にもマーラは次々と襲いかかっていた。

「うぎゃあああああああっ!!」

「全員撤退しろっ!! わああああああっ!!!」

「小隊長殿っ!!! うわああああっ!!!」

 +  +  +  +  +

 伊集院の怒鳴り声がジェネシス中央制御室に響き渡る。

「オクタ全機出撃態勢を取れっ!!! 北原君はディーヴァで出撃! ヤキシャとマホラーガは自動モードで出撃だ!!」

 由美子も大声で叫んだ。

「オクタのパイロットは全員出撃準備をして格納庫へ急いでっ!!」

「はいっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」

 +  +  +  +  +

 自衛隊統幕本部も大衝撃を受けていた。

「全国でマーラの猛反撃が始まりましたっ! 更に桃山に巨大マーラが出現していますっ!!」

「全国の戦闘機と戦闘ヘリを全機出動させろっ! 地上部隊も増強するんだっ!」

「レーダーに無数の飛行物体が映っていますっ!! ……分析出ましたっ!! ……こ、これはっ!! ……悪魔ですっ!!」

 モニタには空を飛ぶ無数の『悪魔』の姿が映っていた。自衛隊統幕本部に戦慄が走った。

 +  +  +  +  +

「本部長! 地下倉庫で変化がありましたっ!! 映像をモニタに映します!」

 真由美の叫びが消えると共に、メインモニタの映像が切り替わった。それを見た伊集院は顔色を変え、

「何だあれは!!」

 松下も大声で、

「マーラの残骸が動いている! 黒い球を中心に一塊になって行くぞ!」

 伊集院は戦慄し、

「まさか!! マーラが再生するのか!!?」

 その時、真由美が振り返り、

「マーラ特有のノイズは発生していませんっ! 代わりに未知の周波数のスピン波が発生していますっ!」

 それを聞いた伊集院は、

「スピン波だと!? オモイカネの分析はっ!?」

「分析出ませんっ!! 原因不明ですっ!!」

 そこに、中之島が割り込んだ。

「儂に見せろ。……おおっ!? 伊集院君! このスピン波はオモイカネが出しておるぞ!!!」

「何ですって!?」

 松下がモニタを指差し、

「ああっ!! マーラの残骸が変化をしているっ! 三つに分かれるぞ!!」

 岩城も刮目し、

「青く光っているっ!! 形が変わって行くぞ!!」

「おいっ!! 巨大な人型に変形して行くぞっ!!」

 松下の叫びがこだました時、固まりはみるみる変化し、驚いた事に水色、紫、赤の3体の、体高30メートルはあろうかと言う巨大な人型を形成して行ったのである。

「あああっ!!!」
「あああっ!!!」
「あああっ!!!」

 シンジ、アスカ、レイの三人の声が空気を切り裂いた直後、ミサトと岩城が叫んだ。

「あれは!! エヴァ!!!!」
「エヴァンゲリオンだっ!!!!」

「何いいいいっ!!!!」

 伊集院が振り向いて叫んだ直後、何と、3体の人型は、床に横たわるエヴァンゲリオン零号機、初号機、弐号機に姿を変え終えたのである。

「まさか、エヴァが……」

 ミサトは驚きの余り、それだけしか言えなかった。全員が呆気に取られてメインモニタを見ていると、突然スクリーンにウインドウが開いた。それを見た伊集院は余りの状況に戦慄した。

「貴様っ!!! 祇園寺っ!!!!」

『わははははははっ! 全ての生きとし生けるものに永遠の解脱をっ!』

 ウインドウに映ったのは、黒い法衣に身を包んだ、紛れもない祇園寺羯磨の姿だった。

「……祇園寺、貴様……、やっぱり貴様だったのか!」

 憎悪を顕にして吐き捨てる伊集院に、祇園寺は不敵な笑みを浮かべ、

『わはははははっ。諸君、今まで御苦労だった。なかなか楽しませて貰ったよ。どうだね。四種類のマーラとの「プロレスごっこ」は。楽しんで戴けたかな。今度は使徒だ。たっぷり楽しんでくれ。わはははははははっ』

 その時真由美が振り向いた。

「大変ですっ! また巨大マーラの出現ですっ! モニタに出しますっ!」

 メインモニタにウインドウが3つ開き、それぞれが巨大な魔物を映し出す。

「また使徒!? なんてことなのっ!!」

 ミサトが血相を変えた。3つのウインドウに映し出されたのは使徒サキエル、イスラフェル、マトリエルの姿だった。

 由美子はインカムを掴み、怒鳴った。

「オクタ全機出撃態勢のまま待機してっ! 全部で4つ来たわっ!! 通信部加藤さんっ! 中央で応援してっ!」

『こちら加藤! すぐ行きますっ!』

 コンソールを操作しながら真由美が叫ぶ。

「出現個所は鞍馬、大津、亀岡です! 京都に向かって極めてゆっくり進んでいますっ! 桃山のマーラも地上に降り、北に向かってゆっくり動き出しましたっ!」

 伊集院はモニタを睨み付け

「祇園寺! やはり全て貴様のシナリオだったんだな!」

『今更何を言う。私は魔界と現実界を支配する神となったのだぞ。全ての生命は私に隷属するのだ。もうすぐ全ての生命に解脱が訪れる。めでたいではないか。わはははははははっ』

 その時岩城が、

「しかし、肉体を持たない筈なのにどうして意識を……」

 祇園寺はせせら笑い、

『ふん、そんな事も判らんのかね。わはははは。教えてやろう。それは私が神だからだ。わはははははっ』

 しかし、それを聞いた中之島は嘲笑を浮かべ、

「何を言うか。どうせ何か『依代』にカルマを記録しておき、魔界と現実界が融合して意識が回復出来るレベルになるまで待っておっただけの事ぢゃろうが。本来ならそんな事は不可能ぢゃが、今回はたまたまバクチが上手く行った、と言うだけの事ぢゃ。ふぉっふぉっふぉっ。祇園寺、いや、毒沼、久し振りぢゃのう」

『ふっ、死に損ないのジジイが。今更どうにも出来まい。わはははっ』

 伊集院は中之島の方に振り向き、

「博士! どう言う事です!?」

「本名は知らんが、こいつは大昔、毒沼金泥と名乗っておってな。儂の所へ弟子入りしに来た事があるんぢゃよ。しかし、明らかに儂の研究を盗むために来たのが丸判りぢゃったので追い返したのぢゃ。……しかし、まさかおぬしが祇園寺ぢゃったとはのう。儂も考えもせなんだわ」

『何でも好きな事をホザけ。どうせ何も出来んだろう。魔界と現実界の融合は最終段階に入った。すぐに魔物が地上を覆い尽くし、全ての生命を吸収する。わははははは。おまけにオモイカネは私が乗っ取った。お前達はもう何も出来ないぞ。わはははははは』

「ふぉっふぉっふぉっ。そう簡単に行くかな」

『ならば、今オモイカネを止めてやる。諸君! さらばだ! わはははははっ。……何だ!? どうなってるんだ!? 簡単に侵入出来たのにっ!!』

「ふぉっふぉっふぉっ。おぬしも迂闊ぢゃったのう。オモイカネを舐めてはいかんぞよ。儂の思考パターンを移植したオモイカネをおぬし如きが乗っ取ろうとは10年、いや、100年早いわ。ふぉっふぉっふぉっ。ダミープログラムに引っ掛かったんぢゃよ。顔は出せても手も足も出まい。ふぉっふぉっふぉっ」

『クソっ!! ジジイめが!! しかし、最早マーラの侵攻は止められん! それに、私には強い味方がいる! お前等如き、すぐに滅ぼしてくれるわ!』

 その時、伊集院が静かながらも力強く、

「祇園寺! 形勢は逆転したようだな」

『ふん! だからと言ってお前に何が出来る? ここでお前達の最期を見届けてやる。わははははははっ』

「そうはさせん。貴様は私が地獄に落としてやる」

『ふん。どうする積もりだ。お前に何が出来る』

「伊集院輝明とは仮の名。私は貴様によって家族を全員殺された、元ジャーナリストの鈴木弘だ!」

 それを聞いた由美子は驚愕した。

「本部長! まさかあなたがあのキャンペーンの……!」

『ほう。お前がしつこく我が神聖なる教団を誹謗中傷し続けた鈴木だっとはな。まあいい、冥土の土産に聞かせてやろう。お前の女房と娘は我が教団で私がたっぷりと「祝福」を与えた上、神聖なる儀式の生け贄としてやったぞ。今頃あの世でお前を待っているだろう。もうすぐ会えるな。わははははは』

「そうはいかん。どうしても貴様を地獄に落とす」

『どうやって落としてくれるのだね。わはははははは』

「貴様の理論が正しいとしたら、こうすればいい」

 そう言うや否や、伊集院は懐から拳銃を取り出し、銃口を口にくわえて引鉄を引いたのである。由美子は慌てて伊集院に飛びかかった。

「本部長!! やめてくだ——」

 しかし一瞬遅かった。

ズギューーーーーーーーーーンッ!

「キャアアアアアアアアアッ!!!!」

 女子職員の悲鳴が響き渡る中、伊集院は床に倒れた。慌てて駆け寄った美由紀が、蒼白な顔で、

「本部長!! ……延髄を直撃してる……」

 その時だった。真由美がモニタを指差し、

「きゃああああああっ!! モニタに本部長が!!!」

「本部長!!!!」

 由美子もそう叫ぶだけだった。モニタには、白い法衣を着た伊集院が、祇園時と共に映っている。

『……貴様……』

 憎しみを込めて吐き捨てた祇園時に、伊集院は、

『最早逃げられんぞ。ここで決着を付けてやる!』

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'祈り(Ver.4b) ' composed by VIA MEDIA

原初の光 第三十話・転回
原初の光 第三十二話・貫徹
目次
メインページへ戻る