第一部・原初の光




「驚いたようだな。まあ無理もない」

 頭上から響く声に六人は絶句したままである。

「このままでは話し辛い。私には決まった姿はないが、お前達に判り易い姿になろう」

 声がそう言ったとか思うと、頭上から美しく光るピンポン球ぐらいの大きさの青い球が降りて来たではないか。六人は絶句したままそれを見詰めた。

「お前達もそのままでは話しにくいだろう。座ったらどうだ」

 +  +  +  +  +

第三十話・転回

 +  +  +  +  +

 六人は言われるままその場に腰を下ろし、光の球を中心に車座になった。右回りに、サトシ、リョウコ、アキコ、シンジ、レイ、アスカの順である。丁度自分の正面にそっくりな顔がある。みんな複雑な気持ちだったが、この事態の中で、その気持ちに思いを馳せている余裕はなかった。

 光の球は静かな声で、

「さて、お前達はこうしてここで巡り合ったが、それぞれ自分の世界の仲間以外の事は良く知らないだろう。まずは自己紹介でもしたらどうだ。私の話はそれからの方が良かろう。サトシよ、お前から話せ」

 サトシは慌てて顔を上げ、

「は、はいっ! 僕は沢田サトシ。さんずいへんの沢にたんぼの田、サトシはカタカナです。ジェネシスのオクタヘドロン・ガルーダのパイロットで、国立京都第三中学校二年一組の生徒です」

 それを受け、光の球は、

「よろしい。では次はリョウコだ。そして次はアキコ、と言うように、右回りに進めて行け」

「わたしは北原リョウコです。方角の北に原っぱの原、リョウコはカタカナです。沢田くんと同じく、ジェネシスのオクタヘドロン・ディーヴァのパイロットです。学校も同じで、国立京都第三中学校二年一組の生徒です」

「わたしは形代アキコ、言います。山形の形に代理の代と書いて形代と読みます。アキコはカタカナ。私も沢田くんや北原さんと同じ、オクタヘドロンのパイロットで、ガンダルヴァに乗ってます。学校も二人と同じです」

「僕は碇シンジ。石へんに定める、と書いて碇。シンジはカタカナです。特務機関ネルフのエヴァンゲリオン初号機パイロットで、第3新東京市立第壱中学校二年A組にいました」

「わたしは綾波レイです。糸へんの綾にさんずいへんの波、レイはカタカナです。碇くんと同じく、ネルフでエヴァンゲリオン零号機のパイロットでした。学校も碇くんと同じクラスでした」

「あたしはアスカ。惣流アスカ・ラングレーです。惣流の惣は物と言う字の下に心と書きます。流は流れる、です。アスカ・ラングレーはカタカナで書いています。母は日本人ですが、父はドイツ系アメリカ人です。それで、このように名乗っています。ネルフではエヴァンゲリオン弐号機のパイロットで、学校もシンジやファースト、いえ、碇くんや綾波さんと同じクラスでした」

 一通りの自己紹介が終わった後、光の球は、

「……うむ、よかろう。では、私の事を話そう。……私は、お前達に、『神』と呼ばれているものだ」

「!!!……」
「!!!……」
「!!!……」
「!!!……」
「!!!……」
「!!!……」

 或いは、との思いはなきにしもあらずだったとは言うものの、流石に六人は絶句するしかなかった。一呼吸置き、光の球は続けた。

「……ある時は『神』と呼ばれた。ある時は『仏』と呼ばれた。正確な表現ではないが『宇宙の心』と呼んだ者もいる。『法則』と呼んだ者もいたな……。しかし、一番近い表現をすると、やはり、『神』と言う事になるだろうかな……」

 流石にアスカが血相を変えて立ち上がった。

「ちょっとまってよ! 勝手に神様だなんて言われてもなっとくできないわ! 悪魔かもしれないじゃない!!」

「アスカよ。お前の言う事は尤もだ。確かにこの状況において、いきなり出て来た者が『神』を名乗っても信じられる訳がない。それに、ある者は私の事を、『悪魔』と呼んだ事も事実だ。……しかしな、この状況下で今それを論じるより、取り敢えず私の話を聞いてから判断して欲しいのだが、判ってくれないだろうか」

「たしかに……、そうですね。……わかりました。ききます」

 一応納得した表情で、アスカは腰を下ろした。その時サトシが、

「そうだ! もしかして!…… あなたは『開放系の神様』ですか!?」

「うむ。私の事をそう呼んだ者もいる。その呼び方は割合正確だ」

「!!!!!……」

 絶句したサトシを尻目に、光の球は、

「お前達は何故ここに来たのか、そしてこれからどうなるのか、全く判らないだろう。私がここで話せる限りにおいて順番に説明しよう。

 まず、お前達の世界の事だが、サトシ、リョウコ、アキコのいた世界、これを仮に『オクタの世界』と呼ぼう。そして、シンジ、レイ、アスカのいた世界、これを仮に『エヴァの世界』と呼ぼう。

 この二つの世界は、次元を異にしながら二重に存在する、言わば『双子の世界』だったのだ。

 そして、命が生まれ、カルマを作って死んで行く。……それを無限の過去から繰り返して来たのだが、その中で、命によって作られたカルマはお互いの世界を行き来しながら転生を繰り返して来た。

 ある時は一つのカルマが分裂して複数の命を産み、またある時は、複数のカルマが纏まって一つの命を産んだ。……そして命は進化を続け、色々な生物に分かれて進化して行った……」

 話がここまで来た時、シンジが、

「ちょっと待ってください。かるま、ってなんですか? 霊魂みたいなものなんですか?」

「カルマは霊魂ではない。『命が生きて行動した記録』だ。その記録は保存され、次々と受け継がれて行く。……カルマがないと命は生まれない。丁度、プログラムがないとコンピュータが動かないようにな……。

 命と言うのは、必ずしも『生物』だけが持っているものではないのだ。……正確な表現ではないが、お前達が考える『霊的存在』もやはり『命』には違いないのだよ。それをゴータマ・ブッダは『六趣』と呼んだ。……地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六つだ。

 そして、お前達六人、サトシとシンジ、リョウコとレイ、アキコとアスカ……、もう気付いたと思うが、それぞれ同じカルマが二つに分かれて別次元の人間界に生まれた『異次元の双子』なのだ」

「!!!……」
「!!!……」
「!!!……」
「!!!……」
「!!!……」
「!!!……」

 六人はまたもや絶句する他なかった。

「私は、オクタの世界の神だ。直接エヴァの世界には関わらなかった。しかし、さっきも言ったように、私はエヴァの世界の神の、言わば双子の兄弟だ。そして、その、私の双子の兄弟たる、エヴァの世界の神は、今、死に瀕している」

 アスカは思わず身を乗り出し、

「それ、どう言うことですか!!? もしかして、サード・インパクトのせいで神様まで死んでしまう、って、言うんですか!!??」

 光の球は、静かに、

「……サトシよ。お前は山之内から『開放系の神』の話を聞いたな。……その、『開放系の神』とは、どう言う存在だと聞いたかね」

「確か……、不条理を乗り越えようとする人間の努力によって生かされる神様、だと……。ああっ!!」

「そうだ。判っただろう。我々『神』は決して全知全能の存在ではない。人間は言わば我々の細胞なのだ。我々『神』は、人間の存在なくして生きる事は出来ないのだ」

 シンジは顔色を変え、思わず、

「すると、僕達の世界で生き残ったのはアスカと僕と綾波だけ! 僕達三人が死んだら、僕達の世界の神様も死んでしまうんですか!!??」

「いや、違う。ここにいるレイは無関係だ。これもお前達が背負っているカルマのせいだった、と言えばそれまでだが、サード・インパクトのせいで、お前達の世界の全てのカルマは、お前とアスカが背負ってしまったのだよ」

 アスカは首を傾げ、

「ちょっと待ってよ。カルマが『行動の結果」だとしたら、サード・インパクトはシンジとファーストが起こしたんだから、あたしは関係ないじゃない!」

「確かにそうなのだが、ここにいるレイは、サード・インパクトを起こした三人目のレイではない。零号機で自爆した二人目のレイだ」

「ええっ!!!」
「ふたりめ!? なんのことよ!?」

 まさか、二人目が、と思ったシンジと、補完世界でも、レイの秘密に関する情報までは完全に得ていなかったアスカは、それぞれの立場で驚くしかなかった。

 そこに、訳が判らないリョウコが、

「あの……、綾波さんが二人目とか、三人目とか、どう言うことなんですか?」

 レイは、俯いたまま、

「わたし……、クローンだったのよ……」

「えええっ!!……」
「!!!……」
「!!!……」

 アスカは思わず叫んだ。リョウコ、アキコの二人は絶句している。またもや一瞬の沈黙の後、光の球は、相変わらず静かな声で、

「アスカよ、確かに滅亡の直接の原因はお前の行動ではない。しかし、気の毒だが、お前とシンジが残った事で、結果としてカルマを引き受けてしまったのだと理解して欲しい。……不条理だとは思うがな」

「……はい……」

 アスカはそう言うしかなかった。その時レイが、悲しみを満面に湛えた顔を上げ、

「あの、……わたしはいったい『なに』なのですか? こうして存在しているわたしはいったい……」

「レイよ、お前は現在、この場所でしか存在出来ない、言わば『カルマ』だけの存在だ。他の五人はそれぞれの世界にまだ肉体を持っている。本来、肉体を離れて心は存在出来ない。言わば、『霊魂』と言うものは存在しないのだ。

 しかし、お前の心は今ここに厳然と存在している。幸か不幸か、お前の心は碇ゲンドウと言う他人によって与えられたものだった。そして、ダミーシステムの研究に関わった事により、お前の心は一部デジタル化されてコンピュータの中に残った。そのため、お前は肉体こそ消滅したが、元の世界のコンピュータを恰も肉体の代わりにするような形で、お前のカルマは転生する事もなくここに残ったのだ。

 そして、オクタの世界で始まった『魔界と現実界の融合』がきっかけとなり、リョウコとサトシは魔法修行を開始する事になった。そして、その訓練によって、リョウコとサトシの意識レベルが拡大した結果、同じカルマを持っていたリョウコとお前は共鳴し、サトシとリョウコとお前の心のふれあいが、リョウコとお前の心を同時に変化させて育てて行ったのだ。恰も、サトシをインタフェースにして、リョウコとお前がデータを交換し合うようにな……。

 お前の姿はかつてのお前の姿ではない。髪の色も目の色も違う。それは、お前の現在の姿は、お前の心が作り出したものだからだ。……少しでも他の人間に近付きたい、と言うお前の心がな……」

 シンジは納得した顔で、

「そうだったのか……。それで、綾波の髪の色も眼の色も、前とはちがってたのか……」

 リョウコも軽く頷き、

「それで、わたしも心境に変化が起こって行ったのね……」

 その時サトシが顔を上げ、

「すると、僕がヤマタノオロチと戦った時に語りかけて来てくれたのは、やっぱり綾波だったんですか!?」

「そうだ。レイの祈りが気絶したリョウコを通じてお前に語り掛けたのだ。但し、あれは、シンジに対するものではあったがな」

 サトシも納得した顔になり、

「そうだったのか……。じゃ、ドッキングして戦え、って言ったのもそうなんですか?」

「レイはエヴァで一体となって戦っていた。エヴァに心を感じながらな……。その時の記憶が意識に浮かび、声に出た。それが伝わったのだ」

 ここに来て、光の球は、話を区切り、

「……サトシ、リョウコ、アキコ。……お前達は、自分達三人の『愛と憎しみ』について、何か不自然に思わなかったか?」

 サトシは頷き、

「そう言えば……、なぜ北原を急に好きになったのか、よくわかりません……」

 リョウコも、

「……わたしもです……」

 アキコも、

「わたしもです。……なんでこんなふうになったのか……」

 光の球は、少し輝きを増し、

「それは、お前達の心が、シンジ、レイ、アスカの心と密接に結びついていたからなのだ。

 ……シンジ達三人には色々な経緯があり、愛と憎しみが複雑に絡み合っていた。その心に共鳴して、お前達三人の愛と憎しみも複雑に絡み合ったのだよ。サトシとレイの心の繋がりもそうだ。レイとリョウコは同じカルマを持っている。サトシとシンジも同じカルマを持っている。だからサトシとレイも、シンジとレイの関係に共鳴したのだ。全ては『縁』のなせる業だったのだよ」

「…………」
「…………」
「…………」

 シンジ、アスカ、レイの三人は、黙って聞いていた。光の球は続けた。

「そして、その逆も成立した。サトシ達の愛と憎しみが昇華されるに従って、シンジ達三人の愛と憎しみも昇華されて行った……。

そして、三人の心が徐々に解きほぐされて行ったのだよ」

 それを聞いたシンジは、表情を緩め、

「そうだったのか……」

 アスカとレイも、

「……そうだったの。……あたしの心が……」

「……なぜ、わたしの心が変わって行ったのか、わかったわ……」

 光の球は、更に、

「……しかし、お前達がそれぞれ愛と憎しみを複雑に絡め合ったとしても、それ自体は不自然な事ではない。愛も、憎しみも、所詮は『縁』のなせる業だ……。

お前達には、そう言う『縁』があったのだよ」

 その時突然、アキコが思い出したように、

「いったいここはどこなんですか!? わたしたち、どうなるんですか!!??」

 光の球は、同じ調子の声で、

「ここはカルマの記録場所、アカシックレコードを司る『識』の世界だ。本来ならお前達人間はこの場所を認識出来ないし、私と話をする事も出来ない。今まで何度もお前達に語り掛けては来たのだが、お前達は青い光を見るだけで、私の声を聞く事は出来なかっただろう。

 しかし、魔界と現実界が融合すると言う異常な事態に加え、お前達が魔法使いとしての修行を行った結果、お前達の認識能力が拡大し、やっと私と直接話をする事が出来るようになったのだ。これからのお前達のなすべき事は後で言おう。

 ……さて、話は前後するが、二つの世界の関わりについて話そう。

 本来、この二つの世界は、さっきも言ったように、異なる次元で、重なって存在していたのだ。そして、時間の流れも同一ではなかった。

 絶対的な時間軸を仮に想定した場合、ある時はオクタの世界がエヴァの世界を追い越し、ある時はエヴァの世界が逆に追い越していた。しかし、仮設定の時間軸を基準として見ると、オクタの世界とエヴァの世界で、同時に大災害が起こった。それがセカンド・インパクトとマハカーラだったのだ。

 マハカーラはオクタの世界の西暦1999年。セカンド・インパクトはエヴァの世界の西暦2000年だった。

 セカンド・インパクトは、『最初の人間』と言われているアダムを発見した人間が、同時に発見されたロンギヌスの槍と言う道具を使い、覚醒したアダムを胎児レベルにまで還元する事によって、リリスが生み出した他の使徒の覚醒を防ごうとした時に、アダムの細胞に融合されていたS2機関と言う生体エンジンが暴走したために起こったのだ。ロンギヌスの槍はS2機関の制御装置だったのだよ。

 そして、マハカーラは、魔界と現実界を融合する事により、全ての人間の顕在意識と集合的無意識とを混合してしまい、人間の自我を消し去って、一つ残った自分の自我で世界を支配しようとした祇園寺羯磨と言う人物が行った『魔法的儀式・原初の暗黒』がきっかけとなって起こったのだ」

 その時シンジが、

「あの、割り込んですみませんけど、集合的無意識、って何ですか?」

 アスカがそれを受け、

「ユング心理学で唱えられた概念で、人間の心の奥底には共通する部分がある、って言う考え方よ。大学で習ったわ」

「へえ……、アスカ、すごいんだ……」

 シンジの言葉に、アスカは少し照れた顔で、

「ありがと……。わりこんですみませんでした」

 光の球は、優しく、

「いやいや、解説感謝するよ。

 ……これも縁と言う物だったのだろうが、セカンド・インパクトの際発生した膨大なエネルギーは次元の壁を一瞬突き破った。それがオクタの世界に流れ込み、地軸を傾けるほどの大災害、マハカーラを引き起こしたのだ。

 そして、不幸な事に、そのエネルギーは祇園寺の儀式を手助けした。本来なら魔界と現実界を融合させる等と言う事は不可能だが、マハカーラの原因は異次元世界からの干渉だったため、同時にオクタの世界で魔界と現実界の融合が始まってしまった。そしてその種はエヴァの世界にも流れ込み、使徒を覚醒させ、その力を拡大させるきっかけとなった。使徒が『生物』でありながら、『魔物』としか思えない力を持っていたのはそのためだ。

 しかし、幸いにしてその接触は一時的な物だったため、それ以上の被害は出なかった。もしそれ以上長時間接触していたら、恐らく二つの地球は完全に破壊されていただろう。

 それから後の時間の流れはお前達も知っている通りだ。エヴァの世界は、ゼーレと言う組織、そして、シンジの父、碇ゲンドウによって仕組まれた人類補完計画、即ち、サード・インパクトによって破滅してしまった。シンジとアスカの二人を残してな……。

 そしてオクタの世界では、魔界と現実界の融合が最終段階に入り、全ての人間の自我が破壊されようとしている。これは私にとっては、『病気』のようなものだ。我々は人間が不条理を乗り越えようとするエネルギーで生きているとは言うものの、不条理が過ぎて人間が暴走してしまい、破滅に至れば、それは我々の消滅を意味する。……エヴァの世界の神はそれを止められなかった。

 私も自分の消滅は望まないから、人間達にメッセージを送り続けて、何とか破滅だけは阻止しようとして来た。そして、お前達の意識が一時的に拡大した時、私が送ったメッセージを青い光として受け取ったのだ。そうして、何とかお前達とこうして会う事が出来た訳だ」

 リョウコは真顔で身を乗り出し、

「おしえて下さい! 魔界、ってなんですか?! この世界と魔界の関係はどうなってるんですか!」

「魔界とは、人間の集合的無意識と重なって存在する異次元の世界だ。そして魔界と集合的無意識は繋がっている。祇園寺は魔界と現実界を直接繋いだのだ。この世界も集合的無意識に重なる異次元の世界であり、我々神の世界も同じように重なって存在している。集合的無意識を通じて人間はこれらの世界と間接的に交信出来るのだよ。私がお前達の意識や深層記憶まで読み取れるのはそのためだ」

 続いてサトシが、

「僕にも教えて下さい! 最初におっしゃった、『原初の光より生まれし我がチルドレンよ』、と言うのはどう言う意味なんですか! まさか、僕達全員があなたの子供だ、とおっしゃるんですか?!」

「ある意味においてはそうだ。お前達人間は全て私の細胞だからな。しかし、やはりそれにも縁と言うものはある。私達がこうして巡り合えたと言う事は、お前達と私の間に何か深い縁があったからだ。そして、人類の中で最も私に近付く事が出来たお前達を、私は親愛を込めて、『チルドレン』と呼んだのだ」

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 ジェネシスの医療部の集中治療室では、担ぎ込まれた三人の治療が懸命に続けられていた。

「だめです!! 三人ともどうしても意識が戻りません!! 血圧、心拍数共に低下しています!!」

 蒼白な顔で叫ぶ医療部員に、美由紀は声を荒げ、

「ジギタリス注射して!! 酸素流量も増やして!! 絶対に死なせちゃ駄目よっ!!」

 由美子もこの上ない真剣な顔で叫んだ。

「美由紀!! 絶対に助けてよっ!! 絶対にっ!!」

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 中央制御室は騒然としていた。ようやくバグマーラを撃退したと思う間もなく、世界中でマーラのものと思われるノイズが観測され始めたのだ。伊集院の怒鳴り声が室内に響く。

「処理班!! マーラの残骸の処理を急げっ!! 微弱だが世界的レベルでマーラのノイズが観測されているっ!! 連続して来るかも知れんぞっ!!」

『バグマーラの残骸は極めて多量のため、全ての回収は不可能ですっ!全力を挙げて出来る限り回収しますっ!!』

「機関部!! オクタ全機の整備をフルピッチで進めろっ!! ディーヴァの修理はどうなってるっ!!?」

『こちら山上! オクタ全機とも整備に全力をかけていますっ!! ディーヴァは後数時間で動かせるレベルになりますっ!!』

「パイロットは全員待機しておけ! いつマーラが来るかわからんぞっ!」

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 暗黒の次元では、光の球が一段と輝きを増し、

「……さて、必要な事は一通り話したと思う。いよいよ次に、これからのお前達の事について話そう。

 結論から言うと、お前達がこれからどうするかは、お前達一人一人の考えにかかっている。

 サトシとリョウコとアキコは、これから元の世界へ帰って最後の仕事をせねばならない。しかし、それが嫌ならしなくてもよい。その結果、人間が滅び、私が消滅したとしても、それも全ては宿命だったと言う事だ。

 シンジとアスカは滅びた世界へ帰って二人で生きるもよし、このまま肉体が滅びるのを待って他の世界へ転生するもよし、お前達の自由だ。

 レイも同じだが、レイは今肉体を持っていない。元の世界のコンピュータが停止した時、お前のカルマが転生する。それまでここにいるしかないだろう。

 ……しかし、もう一つだけ別の道がある。……そうだな。それを話す前に、お前達に一つ示唆しておこうか……。

 人間には免疫機能がある事は知っているな。その機能は、体に侵入した異物を撃退する事によって鍛えられて行く。そして、その繰り返しが健康な肉体を作り上げて行くのだ。

 精神的にも同じ事が言える。不条理から逃げないで自ら克服する努力をする所に人間の尊厳があり、運命の転回への道となる。

 そして、その運命の転回を成し遂げた時、人間は己の人生を一歩前進させる事が出来る。その時生まれる力が、我々神の血となり肉となる。それこそが、神と共に生きると言う事であり、お前達人間が、苦しみから逃れる唯一の方法なのだ」

 その時シンジが身を乗り出し、

「教えて下さい! 僕は今までずっと、自分は必要のない人間だと思って生きて来ました! 誰も僕を必要としてくれないと思っていました! それで、苦しい事から逃げてばかりいました! でも。結局は逃げられませんでした! こんな僕でも必要なんですか!!??」

「神はお前達一人一人を必要としている」

「ええっ!!!!!」

「神はお前達一人一人のために存在している。そして、お前達一人一人は神のために存在しているのだ」

「!!!!!!!!!……」

 余りの衝撃に、シンジは絶句した。

「さて、さっき言った、もう一つの方法だが、これはあくまでも私の勝手な望みだと言う事を判った上で聞いて欲しい。

 さっきも言ったように、サトシ達は元の世界へ帰らねばならない。それは当然だ。その後どうするかは自由だがね。

 シンジ達に関しては、私があれこれ言う事ではない。しかし、元の世界へ帰っても、特に何も出来ないだろう。シンジとアスカの二人で生きて行くしかない。レイはここにいるしかないだろう。

 だが、現在の状況においては、変則的ではあるが、一つだけ方法がある。シンジ、レイ、アスカの三人が、サトシ達の世界へ行く事だ」

「えええええっ!!!!!」
「えええええっ!!!!!」
「えええええっ!!!!!」
「えええええっ!!!!!」
「えええええっ!!!!!」
「えええええっ!!!!!」

 六人は叫んで一斉に立ち上がった。そして、まずアスカが、

「でも、どうやって行くんですか!? あたしたちのからだは元の世界にあるんですよ!! それに、ファースト、いえ、綾波さんは肉体をもってないんでしょ!!」

 光の球は、静かに、

「……サトシよ、今、お前達の世界では何が起こっている?」

「それは……、魔界と現実界が融合して、魔界から来たマーラが実体化して……、あああっ!!! そうかっ!!」

 サトシは思わず叫んでいた。

「そうだ。現在の状況においては、シンジ達がサトシ達の世界へ行けば、実体化して肉体を持つ事が出来る。この状況を逆用するのだ。

 無論、サトシ達の世界へ行っても、そこには困難が待ち受けているだけだ。しかし、シンジ達三人がサトシ達の世界を救う手助けをする事により、その行為の結果は新しいカルマとして三人に蓄積される。それがシンジ達三人の運命を転回させる道となるではないか。そして、運命の転回は必ず何かを生む。これだけは保証する」

 アスカは、不安そうな顔で、

「でも、あたしたちがその世界へいったとして、なにができるんですか!? それに、それからあとはどうなるんですか!!??」

「それに関しては詳しくは言えない。しかし、さっき私が言った、『二つの世界は時間の進み方が違う』と言う事を忘れなければよい。後はお前達の考えで行動すればよい」

 六人は黙り込んだが、一瞬の沈黙の後、サトシが口を開いた。

「……どちらにしても僕は元の世界へ帰ります。どうなるかはわからないけど最後まで戦います」

 リョウコとアキコも、

「わたしも帰ります」

「わたしもです」

 その時、シンジが右手をぐっと握り締め、

「……僕も行きます!! どうなるかわからないけど、少しでもみんなの役に立って、自分の運命をかえる可能性があるのなら、やってみます!!」

 アスカも大声で、

「シンジ!! あんた一人いいかっこさせないわよ!! あたしも行くわ!! ファースト、あんたも来るのよ!!」

 レイは大きく頷き、

「もちろん行くわ! わたしは最初からそのつもりだったもの!!」

 それを聞いた光の球は、

「よし、判った。では私も全力でお前達を送り出そう。しかしその前にお前達に言っておかねばならない事がある。それは、お前達の他に四人、鍵を握る人物がいる。その四人もお前達と同じく、同じカルマを持つ二人の組み合わせだ」

 サトシは思わず叫んだ。

「それはもしかして葛城ミサトさんと由美子さん!! そして加持リョウジさんと山之内さんのことですか!!??」

「そうだ。これでお前も、何故由美子が当初からお前達を親しげに名前で呼んでいたか、理由の一つが判っただろう。無論、由美子自身が置かれた状況も無関係ではないが、ミサトと由美子は異次元の双子だから、ミサトとシンジ達の関わりがお前達に影響を及ぼしていたのだよ。

 さて、ミサトと加持だが、幸か不幸か二人はサード・インパクトの前に死に、カルマのままここにいる。そしてまだ転生はしていないが、生きた肉体がないため意識を持っていない。

 シンジ、レイ、アスカの三人で二人の事を頭に描け。後の三人は由美子と山之内の事を頭に描け。そして全員で手を繋いで祈るのだ」

 サトシは、やや不安そうに、

「どうやって祈るんですか? マントラを唱えるんですか?」

「唱えても良いし、唱えなくても良い。マントラも一つの方法に過ぎないのだ。……ただ、一つ言っておこう。サトシよ、お前が学んだマントラを言ってみろ」

「はい。大日如来のマントラの原型、『オーム・アヴァラハカッ』です」

「うむ、よろしい。そのマントラは私とリンクするためには最適なマントラだ。そして、なぜ『オーム』が付いているのか、付いていない場合はどうなるかも学んだな?」

「はい、『オーム』は自分から働きかける場合に付ける、『オーム』が付かない場合は大日如来と一体化している状態だと聞きました」

「そうだ。そしてそれに少し補足しておこう。何もしていない状態でいきなり『オーム』の付かないマントラが心に響いた場合、それは神からの働きかけだと素直に受け取るのだ。これをしっかり覚えておけ」

「分かりました」

 それを聞いたシンジは、

「僕たちもおぼえておくんですか?」

「そうだ。覚えておけ。……レイは既に『オーム・アヴァラハカッ』を覚えているだろう。シンジもアスカも覚えておけ」

「『オーム・アヴァラハカッ』ですか……。はい、わかりました。……そうだ。最後に一つだけ教えて下さい! 綾波は、僕の母さんの——」

「シンジよ。それ以上言うな。それに関しては私は詳しく語る事は出来ない。しかし、真実はやがて明らかになる。その時を待て」

 シンジは頷き、

「はい……。わかりました」

 +  +  +  +  +
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 医療部では三人の治療が続けられていた。医療部員が美由紀に告げる。

「今の所変化はありません!! 依然危険な状態です!!」

「了解したわ。監視を続けて。……由美子、こちらは私に任せて中央に行ってよ。大変な状況なんでしょ」

「でも……」

「私に任せて。絶対に助けてみせるから」

「わかったわ……。お願いね」

 由美子は医療部を後にした。

 +  +  +  +  +
 +  +  +  +  +

 六人は立ち上がって輪になり、手を繋いだ。

「準備はいいか。では、始めるぞ」

 六人は目を閉じて心にイメージを描く。シンジ達はミサトと加持の事を、サトシ達は由美子と山之内の事を強く思った。

 +  +  +  +  +
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 騒然としている中央制御室に戻って来た由美子に、伊集院が問いかけた。

「中畑君、三人の状態はどうだ」

「依然危険な状態です。神経破壊パルスメーザーをもろに受けましたから……」

「そうか……。とにかく彼等の事は木原君に任せよう。我々は情報の整理に全力を尽くそう」

 その時だった。

「様子はどうぢゃな?」

 由美子が振り返ると、そこに小柄な醜男の老人が立っている。

「えっ!? ここは部外者立ち入り禁止ですよっ!! すぐに出て行って下さいっ!!」

と、由美子は強い語気で言ったが、その老人は、

「まあそう硬い事を言うな。ふおっふおっふおっ」

と、ニヤニヤしている。

「博士!! いつの間にいらしたんですか!!??」

 伊集院が驚いて叫んだ。由美子は顔色を変え、

「ええっ!? この人が中之島博士っ!!?? でもここは部外者立入禁止じゃ……」

 中之島は、悪びれもせず、

「いやあすまんすまん。ちと気になる事があってのう。暇潰しに易などを立てておったら、坎為水の二爻変、危難に陥って苦労する、の卦が出おってな。それでどうしてもオモイカネの機嫌を見たくなったんぢゃよ。ほれ、この通り、入室許可証もあるぞ。総務省のお墨付きぢゃ。ふおっふおっふおっ」

 部屋の隅にいた岩城と山之内も驚いてやって来た。岩城は心配そうな顔で、

「博士! 急にどうなさったんです?!」

「いや、ちと気になる事があってのう。ふぉっふぉっふぉっ。オモイカネの機嫌を見にな。……ところで伊集院君。松下はどうしておるかの」

「松下先生にはオクタヘドロンの整備の陣頭指揮を取って戴いていますが……」

「そうかそうか。それは結構な事ぢゃ。ふぉっふぉっふぉっ」

「博士。何か問題でも……?」

 山之内も不安を隠せなかった。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'アヴェ・マリア(カッチーニ) ' mixed by VIA MEDIA

原初の光 第二十九話・認識
原初の光 第三十一話・報復
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