第一部・原初の光




 9月26日。サトシ、リョウコ、アキコの三人は、クラスメイトと共に関西空港から沖縄へ向けて飛び立った。

 約2時間のフライトで沖縄上空に差し掛かり、高度を下げて行くとエメラルドグリーンとサファイアブルーに輝く海が見える。程なくして飛行機は新那覇国際空港に着陸した。空港から外へ出ると、南国の太陽が燦燦と輝いている。

「わあ。やっぱり沖縄じゃねえ。暑いわあ」

 暑い暑いと言いながらもアキコは大喜びである。サトシは眼を細め、

「ねえ北原。前に、今は季節がないから寂しい、って言ってたけど、夏ってこんな感じなのかな」

「うん、きっとそうね」

 リョウコも眼を輝かせている。

「はい、みんな、バスに乗って下さい」

 引率の教師の号令で一行はバスに乗り込んだ。

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第十九話・意地

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 初日、一行はそのまま沖縄南部の、復元された首里城や玉泉洞、ひめゆりの塔などを見学して回った。沖縄もマハカーラでは大きな被害を受けたが、幸か不幸か米軍基地が多かった事もあり、基地を中心にして比較的早く復興したのである。

 2日目は沖縄中部を満喫した。みんな普段海を見た事があまりないので、平安座島への海中道路を通った時などは、美しい海の上をバスで走っているのだから大感激である。

 アキコなど、

「うわあ、すごいわあ」

と、大喜びではしゃいでいる。

 3日目は中部の熱帯植物園を見学した後、本部半島へ回って沖縄海洋博記念公園へ行った。やはり水族館は素晴らしく、みんな感激していた。

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「ねえねえ沢田くーん、北原さーん、すごくきれいじゃけん、一緒に見ようよ」

 4日目は移動せず、万座ビーチで一日海水浴である。スケジュールにはシュノーケリングも入っているので、午前中にインストラクターから講習を受け、午後からはみんな浜辺で思い思いに水中光景を楽しんだ。

 海育ちのアキコは流石になれたもので、すぐに潜れるようになったが、サトシは山育ちのせいもあってなかなか上手く行かない。しかし折角来たのだから、と言う事で、せめて水面からだけでも沖縄の海を見よう、とばかりに頑張って練習した。その甲斐あってか、取り敢えず水面から海の中を見るぐらいの事は出来るようになっていた。

「わかったー。今行くよー。……ねえ北原、せっかく沖縄まで来たんだから行こうよ」

「……うん。……じゃ、せっかくだしね」

 リョウコの返答を聞いて、サトシはリョウコに出会った当初の事を思い出した。最初にジェネシスで出会った時は、冷たい感じすらするほど物静かな少女であったが、最近は結構明るくなったように思える。

(北原もずいぶん明るくなったな……。僕ももっと積極的にならなくちゃ……)

 サトシとリョウコはアキコを追いかけて海へ出た。マスク越しに見る沖縄の海はとても美しい。ここは海水浴場だからそれほど大きなサンゴ礁はないが、点在する岩に着いている小さな枝サンゴに色とりどりの熱帯魚の稚魚が群れている。時折出現するやや大きな魚もサトシの目を楽しませてくれた。

(すごいな……。海の中はきれいだな……)

 不意にアキコが頭を下にしたかと思うと垂直に潜水した。ロングヘアーが水中で美しく舞い、そのまま海底でターンして浮上して来る。

「形代、もぐれるんだ……。すごいね……」

「うん。広島ではけっこう泳いでいたけんね。……でもここはほんとにきれいじゃけん。もぐっててもたのしいよ」

「わたしももぐってみようかな……」

 不意にリョウコが頭を下にしたかと思うと潜水した。リョウコは山梨育ちの筈なのに、どうしてどうして、なかなか大したものである。

「よーし、もっかい行くけんね」

 アキコはリョウコを追うように潜水した。サトシは思わず目を見張り、

(二人とも、すごいな……)

 水中を舞う水着姿の二人の美少女は、さながら人魚のようである。サトシは少し赤面した。

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 4泊5日の修学旅行もいよいよ最終夜となった。今夜はホテルの宴会場を借り切ってパーティーである。昔と違って中学校の修学旅行もずいぶんオープンになった。抜け出して悪さをするような子は変に管理してもどうせ抜け出すので、学校側も思い切って「打ち上げパーティー」を開こうと言う方針になって来たのである。無論アルコールはないが、みんなでわいわい騒がせておけば疲れて寝てしまうだろうと言うホンネもあったには違いない。第一、教師自身が昔の自分達の事を考えれば、余り偉そうな事も言えなかったのだろう。

 パーティーは盛り上がり、みんな大いに楽しんだ。サトシ、リョウコ、アキコの三人は、隅の方で適当に食べていたが、そこへクラスの委員長、河野エリがやって来て、

「ねえねえ、こっちへおいでよ。みんなで楽しみましょうよ」

 エリは京都出身ではないらしく、標準語を話している。

「ありがとお。ねえねえ、いこいこ」

 アキコが笑ってサトシとリョウコを促す。リョウコも微笑んで立ち上がり、サトシも後に続いた。

 中央部に行くと、クラスの女の子達がリョウコとアキコに口々に話しかけている。今までは、オクタヘドロンのパイロットであると言う事もあってか、多少敬遠されていたようなフシもあったのだが、こうやって打ち解けてみるとやはり楽しいものである。

「ねえねえ、沢田くん。いろいろ聞かせてーな……」

と、話しかけてきたのは中田浩介である。

「そやそや、北原や形代とばっかり仲良うすんのはこすいぞ」

 黒沢正も笑っている。

「いや……、そんな、べつに、北原や形代とばっかり、……なんて」

 サトシは思わず赤面してしまった。

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 暫くみんなでわいわいやっていたが、

「ごめん、わたしちょっと、お手洗いに行ってくる」

と、リョウコが席を外した時、浩介が耳打ちして来て、

「なあなあ、沢田くん」

「なに?」

「沢田くんなあ、北原と付き合うとるんか。けっこうウワサになっとるで」

「え?……、いや、そんな……、パイロット仲間でなかよくはしてるけどさ、付き合ってると言うほどのことは……」

「あ、そんなこと言うてもあかんで。白状せんかい」

 浩介はニヤニヤ笑っている。サトシはやむなく、

「いや、その……、ま、一緒に遊びに行くぐらいは……」

「あー、やっぱりそうやったんか。くそー、うらやましいなあ。あんなかわいい子と付き合うてるやなんて、許せへんなあ」

「そやそや、おまけに形代ともなかよさそうやしなあ。悪いやっちゃ」

と、正も苦笑している。

「いや……、その、形代とはべつになにも……」

 サトシは恐々アキコの方を窺った。アキコはエリや他の女の子と明るく喋っている。

「ふーん、そーかー。ほんなら、僕、形代に、付き合うて、ゆうてみようかなあ。あの子、すっごいかわいいしなあ」

と、俄然張り切り出した正に、浩介も眼を輝かせて、

「あ、こすいぞ。ぬけがけは許さへんさかいな」

 その時、サトシは、

(そう言えば、北原、おそいな……)

「ごめん、ちょっとトイレに行ってくる」

と、言って立ち上がった。

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 廊下に出てトイレ付近を見てみたが、リョウコの姿は見当たらない。

(もしかして……)

 サトシはその時、リョウコは屋上かも知れない、と思った。星の好きな彼女の事である。沖縄へ来たのだから、沖縄の夜空を見たがる筈だ、と考えたのである。

(屋上に行ってみよう)

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 ホテルの屋上に来てみると、天気が良い事もあって満天の星空である。

(すごいなあ。銀河もはっきり見える……。北原は、と……)

 周りを見ると、海に面したフェンスの所に人影が見える。よく見ると、案の定、リョウコだ。

(あ、やっぱり……)

 サトシは近寄って、

「こんなところにいたの」

「あ、……沢田くん」

 リョウコは微笑んだ。暗闇ではあるがこちらを向いたので、街の明かりがリョウコの横顔をかすかに照らす。

「星、見てたの?」

「うん、せっかくだから……。沖縄の星空なんて、めったに見られないもの。みんなには悪いけどこっそり来ちゃった」

 サトシはリョウコと一緒に空を見た。本当に素晴らしい眺めである。

「すごいな……。長野の星空もそんなに悪くなかったけど、ここはほんとにきれいだ……」

「うん。海も星もきれいよね……。沖縄の人がうらやましくなっちゃった。こんどこられるのはいつのことかな……」

「またきっとこられるよ。……事件が解決したら、みんなでこようよ」

「うん。そうね。……そのためにもがんばらなきゃね……」

 暫く二人は無言で星空を見ていたが、リョウコが口を開き、

「ねえ、沢田くん……。ちょっと前の話なんだけど、『大安の日』にマーラが来るかも知れない、っていってたことがあったでしょ……」

「うん。そうだったね」

「あの次の日ね、学校からかえるとき、沢田くんが、いっしょにかえろう、ってさそってくれたこと、おぼえてる?」

「うん。おぼえてるよ。……たしか、北原は用事がある、って言ってた時だろ」

「あのときね。……べつに用事なんかなかったの……。ウソついちゃってごめんね……」

 サトシは思わずドキリとした。修学旅行中に「レイの件」に決着をつける、と決心した筈だが、その事はしっかり考えずにウヤムヤになっている。しかし今、リョウコにその時の事を言われ、急に思い出したが、

「え?……。べつにウソだなんて思ってなかったけど……。どうして……?」

と、努めて平静を装った。本当はあの時、「リョウコに嫌われたのではないか」、と少し心配していたのだ。

「あのときね。……朝、沢田くんをさそいに行って、沢田くん、寝坊した、って言ってたでしょ……」

「うん……。ごめんね。せっかく来てくれたのに……」

「ううん。それはいいんだけど……。あのあとね、沢田くんが形代さんといっしょに登校して来たのを見ちゃったの……。それで、こんなこと言っちゃいけないんだけど、ちょっと……気になっちゃって……」

 リョウコは少し俯いて小声で話した。サトシは大いに慌てて、

「いや、あれは違うんだよ。たまたまコンビニでいっしょになっちゃって、それでいっしょに行っただけで、べつに、なんでもないんだ」

「うん。……あとで、そうじゃないかな、って思ったの。へんにうたがってごめんね」

「そんな……。こっちこそごめんね。ほんとにべつになんでもないから……」

 サトシは冷汗が出る思いだった。

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「なんや、沢田もおそいなあ……。なにしとんのや」

 中田浩介がいぶかしげに言った。アキコはその言葉をたまたま耳にしてしまった。

「あれ……、そういうたら、北原さんもどうしたんじゃろ……。わたし、ちょっと見て来るけんね」

 アキコは何とも言えない小さな不安を胸に抱いて宴会場を出た。

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 廊下やトイレ付近を見渡したがサトシの姿もリョウコの姿も見えない。アキコの不安は大きくなって行った。

「どうしたんじゃろ……」

 二人はどこに行ったのかと思いながら歩いているとエレベータホールに来てしまった。ふとエレベータのインジケータを見ると、「R」のランプが点灯しているではないか。

(まさか……)

 アキコは一瞬迷ったが、次の瞬間エレベータの呼出ボタンを押していた。

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 サトシはリョウコに事情を打ち明けられて少し自己嫌悪に陥り、

(北原は、こんなに率直に言ってくれたのに、僕は綾波の「夢」のことでウジウジなやんでる……。やっぱり僕は北原が好きだ。北原の気持ちを裏切っちゃいけない。綾波をもてあそんでもいけない。……よし、決めた!)

と、山之内に言われた言葉を自分に再度言い聞かせると、

「ねえ北原、ぼくの方も言いたいことがあるんだ。聞いてくれる?」

「うん、なに?」

「実はね……、あの寝坊した朝、北原が来てくれた時にね。ほんと言うと、着替えも終わってたんだけど、どうしても出られなかったんだ……」

「どうして?」

「うん……。それがね……。正直に言うよ……。じつは、前の日、へんな夢見ちゃってさ……。それが、……ほんとに北原にうりふたつの女の子が出て来たんだよ……」

「へえ……」

 この時サトシは「レイとの出来事」を、「あれは絶対に夢だったんだ」と自分に無理矢理言い聞かせていた。「髪の毛」の事は無視出来ないが、それも、「魔界と現実界の融合が始まっているし、ましてや、自分は今『魔法』の訓練をしているのだから、そんな事も有り得る」と「強弁」する事で納得しようとしていたのである。

「それで……、その子は、『自分は北原じゃない』、って言うんだけど、僕はどうしてもその子を北原と重ねてしまっていたんだ……。同じ人じゃないか、って、思ってしまったんだ……。それで、……結局……、その子と……、夢の中で……、キス……、しちゃったんだ」

「!!!……」

「ごめん。ほんとにごめん。……で、そんな夢見ただろ……。だから……、恥ずかしくて、……北原の顔、……照れくさくて、……見られなかったんだ……。ごめん。ほんとにごめん!」

 サトシは真っ赤になっていた。リョウコは暫く黙っていたが、急にクスクスと笑い始め、

「うふふふっ。……あーおかしい。うふふふ。なに言いだすかと思ったら……」

「え?……」

 サトシは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。リョウコは笑ったまま、

「だって……。夢なんでしょ。……うふふふっ。しょうがないじゃないの……」

 ここに来て、ようやくサトシもオドオドと笑い、

「そ、そうかな……。はは……」

「そうよ……。あーおかしい。こんなに笑ったのって、何年ぶりかな……。生まれて初めてかも知れないわ……」

「そ、そうなの……」

 サトシは恥ずかしさの余り、完全に赤面してしまった。

 その時、急に、リョウコは真顔になって、

「……でもね……。ひとつ聞いていい?」

「え……? なに?」

「夢の中のその女の子ね。……わたしとちがう、って言ってたんでしょ」

「う、うん」

「じゃあ、わたしと別人なんだ」

「え?……、いや……、その……」

「沢田くん、べつの女の子とキスしちゃったんだ」

「そ、そんな!……」

と、反論出来なくなったサトシに、リョウコは、一呼吸おいてから、

「沢田くん、……わたしとその子と、……どっちが好き?」

 それを聞いたサトシは、全身の血が逆流するのを感じ、

「そ、それは……」

と、真顔でドギマギしている。リョウコはその様子を見て、

(なんでわたし、こんなこと言ってるんだろう……。前だったら男の人にこんなこと絶対に言えなかったのに……。なんでなの……)

 自分で挑発的な事を言っておきながら、その時リョウコは自分で自分の言動を不思議に思っていた。

(ど、どうしよう……。なんて言えば……)

 サトシはその時、頭に血が上って何も考えられなくなっていた。まさかこう言う形になるとは考えもしていなかったので、リョウコにどう言えばいいのか判らない。しかしとにかく勇気を振り絞ってリョウコを見ると、薄明かりに照らされたリョウコの顔は、その時のサトシにはまるで天使に見え、サトシは全身が心臓になったような気がした。

 無理もない。「レイとの出来事」は、何と言おうと一応は「夢の中」である。しかしこれは紛れもない「地に足を着けた現実」なのだ。普段の「引込み思案のサトシ」にとっては、「全く考えの外にある出来事」である。想像の中ではリョウコとのキスも考えた事はあったが、これは「目の前にある現実」なのである。

(どうしよう……。へんなこと言って嫌われたら……。ええい! 言っちゃえ!)

 サトシは大きく息を吸い込むと、思い切って口を開き、

「そんな……。僕が好きなのは北原だけだよ……」

 リョウコは眼を輝かせ、

「ほんと?」

 サトシは再度、力強く、

「ほんとだよ」

「うれしい……」

と、言うと、リョウコはサトシに寄り添って来た。

「!!!!……」

 ここに至ってサトシは完全に思考能力を失ってしまい、思わずリョウコの肩に手を置いてしまった。リョウコを見るとこちらを向いて眼を閉じている。サトシは頭の中が完全に真っ白になり、無意識的にリョウコをそっと抱き寄せてその端正な唇を奪った。

「…………」
「…………」

 リョウコとのキスはまるでマシュマロのような感じで、レイとの時とは全く違うように思えた。いや、実際には今のサトシにそんな事を区別出来る筈もないのだが、その時のサトシには、リョウコの唇はレイの唇のような「まとわりつく感じ」ではなく、「マシュマロのようにふわりとした感じ」に思えたのである。

「…………」
「…………」

 サトシは暫くその「至福の時」を過ごした後、唇を離した。改めてリョウコの顔を覗き込んでみると、素晴らしく美しい微笑を浮かべている。サトシはリョウコがこの上もなく愛しくなり、リョウコを抱きしめて再度唇を重ねた。

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 丁度その時だった。

 エレベータを降りて屋上に出たるドアを開けたアキコは、街から射す薄明かりの中でサトシとリョウコが抱き合っている所を見てしまった。

「!!!!!!………」

 アキコは強いショックを受けたが、騒ぐ訳にも行かず、そのままそっとドアを閉め、エレベータホールに戻り、

「…………」

 そのまま無言でボタンを押し、エレベータに乗る。

フォーーーーーッ!!

 今は、軽い振動音までもが、アキコの心を苛む。

「……うっ……、ぐすっ……」

 何も考えられず、自然に涙が流れて来るだけだった。

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 その頃、サトシは自分の当初の目的を思い出して少々慌て、

「あっ、そうだ。もうそろそろ行かなくちゃ……。みんな心配してるかも知れないし……」

「そうね……。じゃ、行きましょ」

 二人は屋上を後にした。

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 アキコはそのままパーティー会場に戻る気にはとてもなれず、ホテルのロビーの片隅でしょんぼりしていた。

(どうしよう……。みんなに泣き顔見られとうないし……、でも、戻らんわけにいかんし……。とにかく洗面所にでも行って、顔洗ってこ……)

 洗面所に行って顔を洗い、鏡に映る自分の顔を見る。

(いやな顔しとるね……。こんな顔でみんなの前に出とうないよ。……でも、しかたないよね、とにかくちょっとでもしゃんとして、もどろ……)

 なかなか元気は出なかったが、なんとか自分に言い聞かせた。

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 アキコが会場に戻ると、既にサトシとリョウコは戻っている。しかし、嫌な顔をする訳にもいかず、無理矢理何とか表情を作ってみんなの所へ戻ると、

「形代さん、どうしてたの。おそかったじゃない」

 エリが心配そうに話しかけて来た。アキコは何とか平静を装い、

「うん。……あちこち探し回ってるうちに、道に迷うてしもうて……。ごめんね、心配かけて」

「そう。それならよかったわ。まあ、私たちはホテルから出ないように言われてたから、外じゃないだろうとは思ってたけど……。沢田くんと北原さんも道に迷った、って言ってたわよ。……まあ、このホテルは広いし、通路は迷路みたいだからしかたないけどね」

 エリの言葉を聞き、少々カチンと来たアキコは、

(なんよ、二人で屋上行ってキスしとったくせに……、ウソついて……。……まあ、でも、わたしでもそうなったらやっぱりほんとのことは言えんもんね……。しかたないか……)

 腹は立つが、さりとて自分もその立場だったらそう言うしかない。アキコが思わず苦笑した時、引率の教師が、

「はい、みなさん。充分楽しんだと思いますが、今日のパーティーはこれでお開きとします。それでは各自部屋に戻って下さい」

 拍手が起こり、やがて生徒は思い思いに部屋へ帰って行った。

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 アキコは部屋に帰ったが、やはりどうも落ち着かない。何となくこのまま眠る気にはならなかった。しかし、ツインルームだから同室の級友の手前、変な事も出来ず、

(そうじゃ……。ひなたさんに電話してこ……)

「わたし、ちょっと電話してくるけん……」

と、言って部屋を出た。

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 アキコはロビーに出てスマートフォンを取り出すと、ひなたの電話番号を押した。

『ああ、アキコちゃん。どう、沖縄は楽しい? うふふ』

「ええ。旅行はとっても楽しいんじゃけど……、ちょっと話があって……」

 アキコの声の調子がおかしいのを、ひなたは聞き逃さず、

『どないしたん?』

「実は……」

 アキコはひなたに事情を話した。泣かないようにしよう、とは思っていたが、話している途中で段々涙声になって行く事を止める事は出来なかった。

『……わかった。明日帰って来るんやろ。その話は帰ってからじっくり話あお。元気出して、気をしっかり持ってな。めげたらあかんよ』

「うん……、わかった……。ぐすっ」

『わたしはアキコちゃんの味方やさかい、絶対悪いようにはせえへんし、元気出してや。ええか』

「うん。ありがとう……。じゃ、これで。……おやすみなさい」

『うんうん。おやすみ』

(ひなたさん……、またわたしを助けてくれたんね……。ほんとにありがと……)

 アキコは少し救われた思いになり、ひなたに心の中で手を合わせた。

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 楽しかった修学旅行もいよいよ最終日となった。一行はホテルで朝食を済ませ、後はバスを待つのみだ。みんな思い思いにお土産をホテルの売店で買っている。アキコもひなたにお土産を買って行こうと思い、売店に行った。

 南国沖縄だけあって、売っている土産物も京都で見る物とは違う。尤も、実際に作っている場所が沖縄に限っている訳ではないのだが、それでも出来るだけ南国の雰囲気のある物を買って行こうと考え、売店の中を見て回り、

(あ、このハイビスカスの髪飾り、かわいいね。ひなたさんに似合うんじゃなかろか……。あ、この熱帯魚のブローチもいいね……。どれにしようかな……)

 その時だった。

『本日午前9時10分、沖縄県那覇市を中心とする沖縄県南部に、緊急避難警報が発令されました。住民の方々は、直ちに所定のシェルターに避難して下さい。繰り返します。本日午前9時10分、……』

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'Moon Beach ' composed by VIA MEDIA(arranged by Singer Song Writer(有限会社インターネット))

原初の光 第十八話・昇華
原初の光 第二十話・混乱
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