第一部・原初の光




 ジェネシス本部長室。

トントン

「どうぞ」

 伊集院の言葉に応じ、ドアが開いて入って来たのは由美子である。

「失礼します」

「ああ。中畑君。パイロットへの連絡と、北原君の件の確認は終わったかね」

「はい。その報告に参りました。パイロット全員には、『大安の日』の件と、システム変更に関しては連絡済です。北原の件も確認しました」

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第十六話・接触

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「で、彼女は何だと?」

「あの時、北原はカプセルを分離しようとしたそうです。ところが、マーラの姿が目に入ってちょっと迷った瞬間にオクタが急上昇し、気を失いかけ、その後、いけないと思って分離しようとした時にはマーラの攻撃を受けて失神してしまった、と言う事でした」

「成程、そう言う事か……。今となっては仕方ないが、我々の不手際には違いないな……。まあ、今後はシステムの改善でそんな事もなくなるだろうし、これからは充分注意しよう……。ああ、それからな。さっき松下先生から連絡があってな。改善の結果、カプセル単体の攻撃、防御能力が格段に向上したそうだ。オクタとドッキングしなくても、カプセルだけでも相当戦えるそうだよ。極論すれば、オクタは完全自動戦闘モードにしてしまって、カプセルを戦闘機として使う事すら出来るそうだ。……まあ、有り難い事だよ」

「そうですか。ありがとうございます。松下先生にも御礼を申し上げておきます」

と、何ともバツが悪そうな顔の由美子に、伊集院は苦笑し、

「うむ、そうしておいてくれたまえ」

「本部長、一つ申し上げて宜しいでしょうか」

「何だね」

「システムの改善は確かにありがたい事なんですが、何か話がうま過ぎませんでしょうか。いえ、これはもちろん松下先生がどうとか言うのではなくて、物事の流れが余りにうまく行き過ぎる、と言うか、こんなに簡単に物事が進むのは、どうもおかしいような気がするんですが」

「君もそう思うか……。実は私もその点に関しては、ずっと心に引っかかっているんだよ……。例の『シナリオ』の事を考え合わせると、余計にそうなんだ。

……まあしかし、何度も言うようだが、一歩一歩注意しながら進むより他に仕方あるまい。……それに、君は戦術主任だ。パイロット達に余計な不安を与えてはいかんよ。それを肝に銘じておいてくれ」

「はい。了解致しました。では失礼します」

 由美子は退室して行った。

(どうも気になる……。祇園寺の奴、怨霊となって存在しているのか……。まさかな……)

 伊集院も不安を打ち消せなかった。

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「きたはらりょうこ?! 綾波じゃないの?! 君は……」

「ええ、わたしは『あやなみ』って言う人じゃないわ。あなたこそだれなの? わたしの知っている沢田サトシくんと言う人にそっくりだけど……。それに、ここはどこなの?……」

 シンジもリョウコも驚きの余り混乱している。

「ここがどこなのか、僕にもわからないんだ。気がついたらここにいたんだよ。……僕は碇シンジ、って言うんだけど。……君は、僕の知っている綾波レイと言う人にそっくりなんだ……。でも、……よく見ると、確かに髪の色とか目の色が違うよ……。やっぱり別の人なのか……」

「そう言えば、あなたも沢田くんとよく似ているけど、感じがなんとなく違うわ……。別の人なのね……」

 全くの孤独の世界に突然現れたリョウコに、シンジは戸惑いながらもほっとしていた。しかもその少女はレイに「瓜二つ」だし、自分がその少女の知人によく似ていると言う話も何かの縁を感じさせ、シンジにとっては勇気付けられる事には違いなかったのである。

「とにかく、よかったら話を聞かせてよ。君がどうしてここへ来られたのかも教えて欲しいんだ」

 シンジとリョウコは腰を下ろし、並んで座った。

「うん……。わたし、占いの練習をしていて、……気が遠くなったように思って、……気がついたらここにいたの……」

「えっ?! 占いの練習? ちょっと待ってよ。……人類は滅びたはずなのに、君はどうして??……」

「滅びた?! ……なんのこと? ……そうならないように、わたしたちはマーラと戦ってるのよ」

「まーら? なにそれ?」

「魔界から来る、実体化した悪魔だ、って聞いてるけど……。知らないの?」

「聞いたことないな……。使徒みたいなものなのかな……」

「しと? ……知らないわ」

「特殊な能力を持った、人間に近い一種の生物らしいんだけど……。使徒とのほかにそんな戦いがあったなんて初めて聞いたよ。……それに、生き残った人は君のほかにもいるの?」

「え? 生き残った、って……。マーラとの戦いではだれも死んでないわよ。……今のところ」

 訥々とではあるが、リョウコは割合よく語っていた。普段の彼女は寡黙で冷静な少女であるのに、この空間ではそれも多少変化するのか、言葉も普段よりは比較的自然に出るようだ。

「どうも話が合わないな……。君はどこから来たの?」

「京都よ。……あなたは?」

「もうなくなってしまったけど、第3新東京市にいたんだ」

「だいさんしんとうきょうし?! ……なんのこと?」

「第3新東京市のネルフ本部にいて、エヴァ初号機のパイロットをしていたんだよ……。エヴァのことは知らないよね。……秘密だったみたいだから」

「ねるふ? ……えば? ……エヴァ?! ……ええっ! もしかして、エヴァンゲリオンのことなの?!」

 リョウコは愕然となった。

「えっ? エヴァンゲリオンを知ってるの? 京都の人は知らないと思ってたんだけど……」

「あの……、変な話なんだけど……、わたしの知っている『エヴァンゲリオン』は、わたしは見てないんだけど、昔、テレビでやってた、アニメ番組よ……」

「えええっ!!?? どう言うこと?! それ!」

「さっき少し言ったけど、マーラと言う魔物と戦うために作られたロボットがあって、……オクタヘドロン、って言うんだけど、……その、オクタヘドロンのパイロットなの。わたしは。……それで、そのロボットのモデルが、……昔のアニメ番組、『新世紀エヴァンゲリオン』に出て来たロボットだ、って……、聞いてるわ……」

「!!!!!!!!!!!!!」

 シンジは驚きの余り声も出ない。

「そうだとすると……、あなた……、アニメの…世界から…来た、って言うこと…なの……?」

 普段は冷静なリョウコも、流石にこの事態にはうろたえていた。

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「かたしろ…あきこ…さん…て、言うの? あなた……」

 アスカは目の前にあらわれた、「自分にそっくりな少女」を凝視した。しかし、良く見てみると、アキコは髪も眼も黒い。栗色の髪にブルーがかった瞳の自分とは明らかに違う。顔こそそっくりだが、彼女は日本人だと認識した。

「ええ、形代アキコ、って言うんじゃけど……、あなたは……?」

「あたし、アスカ……、惣流アスカ・ラングレー、って言うの……。ま、すわりましょ……」

 二人は並んで座った。

「こんなこと言って失礼なんじゃけど、あなた、日本の人じゃないんね? ……髪はきれいな栗色じゃし、眼も青っぽいけん……」

「ええ。母は日本人だけど、父はドイツ系アメリカ人よ……。あたしはアメリカ籍……。あなたは日本人ね」

「うん。広島出身なんよ……。今は京都……。でも、あなた、……そうりゅう、さん? 日本語、とても上手なんね。……それから、こんなこと言うのもなんじゃけど、わたしたち、よく似てるね……」

「うん、あたしもそう思っておどろいちゃった。……でも、そんなことよりさ、かたしろ、さん? どこからきたの? どうやってここへこられたの? ……あたしは、わけのわからないうちにここへ来ちゃったんだけど……」

「わたしもわからんのよ……。部屋で占いしてたら、なんかすごく眠くなったみたいで、……気がついたらここにいたんよ。……夢なんじゃろか」

「夢?! ……あたし、はっきり自分の意識はあるわよ……。でも、だとしたら……あたしも夢を見てるの……?」

「もしかしたら、わたしの方は、魔法の訓練で占いしてたから、それがなにか関係あるんかなあ……」

「まほう?! それなんのこと? ……そう言えば、みんな死んじゃったはずなのに、あなたが生きのこれたのは、その魔法のおかげなの?」

「みんな死んだ??!! なんのこと? ……たしかに今大変なことになっているけども、マーラとの戦いじゃ、まだだれも死んでおらん、て聞いとるよ。そうならんように、わたしたち、オクタでマーラと戦ってるんじゃけど………」

「おくた? それなに? まーらとたたかってる、って、どう言うことなの?」

「どうも話が合わんね……。わたしは、ジェネシスの、オクタヘドロンのパイロットなんよ。……それで魔法の訓練を受けとるんじゃけど………」

「じぇねしす……、ああ、ジェネシス、『起源』、ね。それなに? ネルフみたいな組織がほかにもあるの? おくたへどろんのパイロット……、ああ、オクタヘドロン、『八面体』、ね。パイロット、と言うことは、それ、エヴァみたいなものなの? 使徒以外にそんなことがあったなんて………。しらなかったなあ……。情報操作かしら……。しかも京都で、なんて……。でも、なんで京都はサード・インパクトをまぬがれたの?」

「ねるふ?…… えば?…… さーどいんぱくと……? それなに? わたし、知らんよ……」

「エヴァ、って言うのは、エヴァンゲリオンのことよ。あたしはエヴァ弐号機のパイロットだったんだけど……。京都の人はしらないかなあ。あたしも京都のことはしらなかったもんねえ……」

「えばんげりおん……? エヴァンゲリオン??!! ちょっと待たんね! エヴァンゲリオン、言うたら、オクタのモデルになったロボットのことじゃないんね!!!」

「えっ!! エヴァのことはしってるの!? オクタのモデル、って、それ、どう言うこと?!」

「あの……。信じられん話なんじゃけど、……わたしが乗ってる、……オクタヘドロン、って言うロボットの……モデルになったんが、……エヴァンゲリオンだ、って聞いてるんじゃけど……、それ、……昔の……、テレビアニメのロボットなんよ……」

「ええっ!!!!……」

 アスカは驚愕の余り絶句した。アキコは震えが止まらなかった。

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「沢田くん……」

 レイはそれだけ言うと、眼を潤ませてサトシを見つめた。

「綾波……、だいじょうぶだった?」

「ええ……。わたしはあれからずっとここにいただけだから……。あなたはどうやって来られたの?……」

「うん……。順番に話すけど、なんとかここに来る方法がみつかったみたいなんだ……。帰る方法はよくわからないけど、たぶん、帰れると思うよ」

「そう……。よかった……」

「まずね、僕の世界のテレビアニメね。内容がわかったんだ。その話からするよ」

「ほんと……。ありがとう……。聞かせて……」

 二人は並んで腰を下ろした。

「うん、まずね……」

 サトシは動画の内容を順番にレイに語った。レイは黙ったままサトシの話を聞いている。

「……大体、こんな話だったよ……」

「ふしぎね……。そのとおりよ……。なぜあなたの世界のテレビアニメの話が、わたしのいた世界のできごとと同じなのかしら……」

 その時、不思議な事に、サトシの頭の中に一つの考えが閃いた。

「僕にもわからないよ……。でも、一つ言えることがあるよ。今、思い付いた僕の想像なんだけど、君のいた世界と、僕たちの世界は、もともと別の次元に独立して存在していたんだよ。……そして、僕たちの世界に、なにかの方法を使って君たちの世界の事を透視できた人がいたんだよ。それで、そのイメージを元にして、このアニメを作ったんじゃないかな……。もちろん、その人はその時はそんなことは考えていなかっただろうと思うけどね」

「うん……。そうかもしれないわね」

「まあ、どっちにしても、こうやって違う世界から来た僕と君とが話をしている、って言うことだろ。ふしぎだよね……。まあ、前に言ったと思うけど、僕たちの世界は、『魔界』と『現実界』の融合が始まっているだろ。だから、こうやって、僕なんかでも、この世界にやって来られるんだと思うよ」

「うん……。それはあなたたちの世界にとっては大変なことよね……。でも……」

 レイは言葉を切り、その澄んだつぶらな瞳でサトシをじっと見つめている。サトシは思わず、

「でも? ……なに?」

「こんなこと言っちゃいけないんだけど……、あなたの世界で起こったできごとがきっかけで、わたし、沢田くんとおともだちになれたことは……、うれしいの……」

 レイの言葉にサトシは心を動かされた。しかし、前回と違って、今回はリョウコの事がある。サトシはリョウコに対する自分の気持ちを考えると、レイに対して愛情を感じる事に、強い罪悪感を持ってしまうのは当然である。

「ありがとう……。僕も君となかよくなれたことはうれしいよ。……だけど……」

「だけど? ……なに?」

「正直に言うよ……。実はね。僕のパイロット仲間で、北原リョウコ、って女の子がいてね。……実は、…その子は君とそっくりなんだ」

「えっ……? それじゃまるで………」

「そうなんだ……。碇君と僕はそっくりなんだろ……。それと同じなんだよ。この前、ちゃんと言わなかっただろ。……ごめんね」

「ううん……。言ってくれてうれしいわ……。あ、じゃ、もしかしたら……」

「うん、この前さ、君が、機械にかこまれた自分を見た、って、言ったろ。もしかしたら、碇君じゃなくて、僕を見てたようにさ、その映像、北原なのかも知れないね……」

「うん、そうなのかもしれないわね。……あ、でも……」

 レイは、自分がシンジに愛情を感じているのと同じく、サトシがリョウコの事を好きなのではないかと言う考えに辿り着いてしまい、少し寂しそうな顔で、

「……そうだとすると……、沢田くん、その子のこと、好きなのね……」

「うん……。でも、いいわけするつもりはないけど、この前君に会った時点ではさ、その子とはほんとにまだなにもなかったんだ……。ただの仲間だったし、きれいな子だな、って思ってただけだったんだ……。それが、……この前君と会った時、……あの時、マーラとの戦いの後でね、僕、死にそうになってたらしいんだ。……それで、なんとか助かって、意識を取り戻したんだけど、……その時、ここから帰ることができたんだ。……それでね、それから後、ちょっとしたきっかけで、その子となかよくなったんだよ……」

 サトシは何を言っていいか判らないなりに一所懸命になって説明した。自分自身でも、言い訳じみている、とは感じたものの、今のサトシにはそうするしかない。

「でも、正直言って、ほんと、ふしぎな気持ちなんだ……。僕はその子のことは好きだけど……。その子を見ていると、君のことを考えてしまうんだ……。どうしても重ねてしまうんだ……。まるで、君と、その子が、同じ人じゃないか、って……、思ってしまうんだ……」

「わかるわ……。わたしも、シンジ君のことが好きだったはずなのに、あなたを重ねてしまっているもの……。ねえ……、わたしたち四人ね、なにかつながりがあるのかしら……」

「わからないよ……。でも、ほかにもそんなことがあるよ。アスカ、って子は僕らの世界では、形代アキコ、って言う女の子に似てる気がする。ミサト、いや、葛城さんは、ぼくの上司の中畑由美子さんみたいだし、加持さんは、山之内さん、って言う人に似てるように思うよ。……もちろん、これはアニメだし、あくまでも、ふんいき、っていうか、感じが似ている、ってだけのことだけどね……」

「うん……」

「でも、これだけは言えるよ……。そのアニメがどうであっても、君は君だよ。……アニメのキャラクターなんかじゃないよ…」

「うん……。ありがとう……。そう思ってくれて、うれしいわ……」

「それから……、これは君にぜひ聞いておきたいんだけど、前に、『あなたならみんなを救える』、って言ってただろ。あれ、どう言うことなの?」

「それはね……。前にも言ったと思うんだけど、前の世界の色々な映像が見えた時ね、わたしが知ってる歴史とはちがう映像が時々見えたのよ。それも、全部、シンジくんが前とちがった行動をとって、みんなを助けてくれたみたいに見えたの……」

「うん、それで?」

「それで、その時思ったのよ。なんの根拠もないんだけど、もしかしたら、シンジくん、こんなふうに活躍して、みんなを助けて、世界を再生してくれるきっかけになるんじゃないかな、って……」

「なるほどね……。再生のきっかけか……。それで、そのあとしばらくしてから、僕の心を感じて、碇君だと思った、って言う話だったよね」

「うん……。それで、『シンジ君は生きているんだ』、って思って、とてもうれしかったの……。その時ね、とつぜんあの『ちがう歴史の映像』を思い出したの。……それでね、『シンジ君がみんなを助けてくれるんだ』、って言う考えが、急に心にうかんで来たのよ」

「そう言うことだったのか……」

「でも、わたしにもそれ以上のことはわからなかったわ……。でも、こうしてあなたと会えたでしょ……。そして、あなたの世界でのできごと……。もしかしたら、これがきっかけになって、なにかが起こるのかしら……」

「わからないけど……。もしそうならすごいことだね……。なにかが起こって君のいた世界が再生するんだとしたら……。ほんとに、すごいよ……」

「わたし……、ここにいるだけで、なにもできない……。かなしいわ……」

「そんなことないよ……。きっとなにかできることがあるよ。がんばらなきゃ」

「うん……。ありがとう……。どうしたらいいかわからないけど、もしなにかできることがあるのなら、がんばるわ」

 レイは瞳を潤ませながらも、にっこり微笑んだ。

「あ、それとさ、こうやって話してると、君って、普通にしゃべってるよね。でも、前に心の中に話しかけてきてくれた時はさ、なんだか、機械みたいな話し方みたいに思ったんだけど」

「あ、わたしもそう思ったわ。あなたが、シンジくんだと思ってた時ね、なんだか、抑揚がなくて、小さな声に思ったわよ」

「そうかあ、光を通して話すと、そんな風になるのかなあ……」

「そうかも知れないいわね……」

「それに、なんかおかしいんだよな……。ここに来ると、いつもの自分じゃないみたいなんだ……。なんか、うまく言えないけど、積極的になるって言うか、自信がつくって言うか……。ふだんの僕じゃないみたいだよ……」

「そうなの……。ふしぎね……。わたしも、前にも言ったと思うけど、ここに来てから……、あなたと会ってから……、自分の心に浮かぶ思いが、自然と言葉になるの……。なぜかしら……。ねえ、教えてほしいんだけど、どうやったらここに来られたの?」

「うん。それはね……」

 サトシは五大元素のシンボルの事も含め、マントラ瞑想の事をレイに説明した。

「……つまり、こうやって、ひたすらマントラの波動を心に感じなさい、って言う訓練なんだけどね。この訓練をしたら、ここへ来られたんだよ……。前にね、君と初めて話をした時、この訓練をしてたんだ。だから、もしかしたら、と思ってさ」

「マントラ……、オーム・アヴァラハカッ……、祈りの言葉なのね」

「うん。どんな時でも使える万能のマントラだ、って、教えてもらったよ」

「わたしもこのマントラを心に感じたら、……あなたに会いたい時には、会えるのかな……」

 サトシはレイの言葉にドキッとなった。

「え……、まあ、それは……、どうだろ……。会える…かも…知れない…ね」

 レイを見ると、何とも柔らかい微笑みを浮かべている。サトシは思わず赤面してしまった。レイは、改めてサトシに、

「ねえ……。こんなこと言ったらいけないのかも知れないけど……、わたしね。今でもシンジ君のことは好きよ。気になっているし、心配もしているわ……。

……でも、シンジ君のこととは別に、あなたと会えたことも、あなたの力になれたかも知れないことも、すごくうれしいの……。

それと、きたはら、さん?、その人に対する、あなたの気持ちもよくわかるわ……。でも、どう言えばいいのかよくわからないけど、もし、運命と言うものがあって、わたしがシンジ君に会えなかったことも、こうしてあなたと会えたことも、運命だったのなら、……わたし、その運命に感謝するわ……。わたし、あなたの力になりたい……。あなたといっしょに戦いたいの……。おねがい。わたしをあなたの世界へつれて行って」

 サトシは驚いてレイを見た。レイはそのつぶらな眼を涙で一杯にしてサトシを見つめている。サトシは、リョウコに対する後ろめたさを感じながらも、レイに対する気持ちが熱く込み上げて来る事を止められなかった。

「綾波……」

 サトシは何も考えられなくなって、夢中でレイを抱きしめた。レイも固くサトシに抱き着き、

「レイ、って、よんで……」

「レイ……」

「サトシくん……。好きよ……」

 ここに至って、サトシの「うしろめたさ」はカケラもなく消し飛んでしまった。サトシが無我夢中でレイの唇に自分の唇を重ねると、レイは一層強くサトシに抱き着いて来る。サトシは自分の全身の血が熱く流れ、下半身に集中するのをはっきりと感じた。

「…………」
「…………」

 二人はそのまま倒れ込んで横になった。サトシはレイの髪に右手をやり、夢中で愛撫し続けた。サトシは全身が下半身になったような興奮を覚えた。

「レイ……」

「サトシくん……」

(なんて、きれいなんだ……)

 レイの横顔はこの上もなく美しかった。サトシはレイに覆い被さるようにして、体を密着させた。サトシの胸にレイの胸のふくらみの感覚が伝わって来る。

「…………」
「…………」

 サトシはレイの唇に再度自分の唇を重ねた。唇にあの甘い感覚が伝わる。

「…………」
「…………」

 レイは体を少し動かした。その時、レイの太腿がちょうどサトシの股間に密着するような姿勢になってしまった。サトシの下半身は完全にオーバーヒートしてしまった。

「!!!!……」

 サトシは自分の全身が欲望の固まりになってしまったように感じた。無理もない。サトシはレイと出会うまで、セックスは勿論の事、キスの経験もなかったのである。夢か現実か全く判らないとは言え、これほどの美少女と抱き合っていると言う事は、彼にとっては想像を絶する「興奮そのもの」だった。

「レイ……、レイ……」

「サトシくん……」

 サトシは何も考えられずにただただレイに体を密着させていた。その時、サトシは今まで経験した事もないような快感が背筋を走るのを感じ、

「うっ!!!!!!!!」

 思わず声を出した時、サトシの脳裏で青い光が爆発した。

「!!??……」

 サトシがレイの髪を一瞬強くつかんでしまった次の瞬間、サトシの意識は遠のいて行った。

 +  +  +  +  +

「エヴァがテレビアニメだったなんて……。どう言うことなんだろう」

 シンジは混乱の余り、どうしたらいいのか全く判らなくなっていた。リョウコも青い顔で、

「わたしにもよくわからないけど、もしかしたら……、今、わたしたちの世界では、魔界と現実界の融合が始まっている、って、言われてるのよ。それがなにか関係しているのかしら……」

「ただ、どっちにしても、今、その事をあれこれ考えてもしかたないよね……。とにかくなんとかここから出る方法をみつけなくちゃ……。アスカの事も心配だし……」

「あすか、って、だれのこと?」

「僕の仲間のパイロットだった子でね。惣流アスカ・ラングレー、って女の子なんだ……。さっき言った、綾波レイ、君にそっくりな子ね、その子もパイロット仲間だったんだよ……」

 流石に、シンジにはリョウコに対してレイの事を詳しく話すだけの勇気は起きなかった。

「その、そうりゅうさん、って人はどうなったの?」

「ここに来るまでは一緒だったんだ……。僕たちの世界が滅びたあとにね……。その子と僕だけが残ったんだ。……変な話なんだけど……、僕とアスカが二人残った時にね、強い青い光が光って、それからあと、僕は一人ここに来てしまったんだ……。アスカは一人残ってるのか、それとも、別のところへ一人行ってるのか、わからないんだ……。

 ……それよりも、君は、占いの練習をしていたら、ここに来てしまった、って言ってたよね」

「ええ。……占いの練習をしていて、タロットカードなんだけど……、あれっ?! ちょっと待って!」

 リョウコは慌ててトレーナーのスボンのポケットに手を入れた。何と、そこにはタロットの大アルカナ22枚が入っている。

「どうして、ポケットにこれが……」

 その様子をシンジもやや心配そうに見ている。リョウコはシンジの方に向き直ると、

「これがそのタロットよ。で、このカードを見ていたのよ」

と、シンジに「17:星」のカードを差し出した。

「これをじっと見つめて、心に浮かぶイメージを見ていたら、急に気が遠くなったように思って……、それから、あとはここに来ていたのよ……」

「どんなイメージが見えたの?」

「なんだか、とりとめのないイメージだったけど……。そう言えば、すごくきれいな星空のイメージがあったような気がするわ。これ、星のカードだから……。星は……、そう、青く光ってたわ!」

 それを聞いたシンジは、

「えっ! 青い光!?」

と、叫んだ後、勢い込んで、

「ねえ、もう一度そのイメージを思い出せない? 僕も青い光を見て、ここに来てしまったんだけど、『青い光』が関係してないかな」

「わからないけど……、やってみましょう。カードを前に置くから、一緒に見ましょう」

「わかった。カードを見ながらその青い光を思い出すんだ……。しっかり心に浮かべて……」

「星の光……。青い光……」

 その時、二人の脳裏に青い光が強く閃いた。

「あああっ! 何だっ!」
「あっ!……」

 シンジが慌てて眼を開くと、リョウコの姿は青い光に包まれながら徐々に消えて行く。

「君っ!」

 22枚のタロットカードを残したまま、リョウコは消えてしまった。

 +  +  +  +  +

「それ、……どう言うこと?! エヴァがアニメだった、って……。いったい、どう言うことなのよ!」

 アスカは思わず叫んでいた。アキコも青い顔をしたまま、震え声で、

「わたしもくわしいことは知らんのよ……。ただ、そう言う説明を聞いただけなんじゃけん……」

と、言うのが精一杯である。アスカは気を取り直し、

「そう……。ごめんね……。どなったりして……。でも……、これは、どう言うことなの……。こんな時にバカシンジがいてくれたら、少しは……。ええいっ、あんなやついても、なんのやくにもたたないわっ!

 ……でも、あなたの言うとおりだとすると、いずれにしても、あたしたち、元は、べつべつの世界にいたことになるわね。……それから、そのアニメ……。ねえ、かたしろさん、そのアニメについて、なんとかもっと情報を手に入れられないかなあ!」

「うーん……。もとの世界に帰ることができたら、なんとかなるんじゃろうけど……。どうやって帰ればいいのかわからんし……」

「ねえ。そもそもあなた、どうやってここへきたのよ。……さっき、占いとか魔法とか言ってたでしょ。それ、どう言うこと?」

「うん。それはね。わたしたちの世界では、今、魔界と現実界の融合が始まっている、って言われていてね。それで、魔界から、マーラと言う魔物が攻めて来とるんよ。で、それに対抗するためにジェネシス、と言う組織が作られて、オクタヘドロン、って言うロボットで、マーラと戦うことになったんじゃけど、そのロボットを動かすためには、『魔法』の訓練をせんとあかん、と言うことなんよ。それで、わたしも訓練しとるんじゃけど、その訓練の一つが、タロット占いなんよ。で、さっき、タロットカードを見とったら、急に眠くなって、その時何かが見えたように思うて、はっと気付いたらここにおったんよ。

 ……あれ? ちょっと待ってね」

と、言うと、アキコはトレーナーのズボンに手を入れた。

「なんで、これを持って来とるのよ!」

 アキコは驚きの表情で手に持ったタロットカードの大アルカナ22枚を見つめていたが、気を取り直して「19:太陽」を抜き出すと、

「これよ! このカードを見ておったら、何かが見えて、ここに来たんよ!」

 それを聞いたアスカは、

「なにが見えたの?!!」

「そうじゃわ! 思い出した! 眠くなるちょっと前に、青い光が一瞬見えたんよ!」

「青い光! でも、このカードは"The sun"だから太陽よね? どうしてそれが青に……」

と、言った後アスカは、

「あっ! わかったわ! この絵は太陽でオレンジ色のイメージよね。オレンジ色の補色は青よ!!」

「え? ほしょく、って、なに?」

と、戸惑うアキコに、アスカは、

「補色っていうのは、その色をもっとも目立たせる色のことよ! 青と緑とか紫とかはわりと近いかんじがするでしょ。つまり、近い色よね。緑、青、紫、赤というような流れで進んで、正反対まで行った場所の色が補色なのよ。つまり、オレンジと青は正反対の場所にある色なのよ!」

「と、いうことは、言わば、裏の色、ってことなんね?」

「そういうこと! だから、オレンジをずっと見つめていると、青い残像が見えることがあるのよ!」

 流石は大卒のアスカである。このあたりの事は素養として知っていた。

「それでね、あたしもここに来る直前に、青い光を見たのよ!」

「えっ! それ、なんかあるかも知れんね! うん、あるかも知れんよ!」

「でも、具体的にはどうやったらいいのかしら……。なんとかもう一度、その青い光を見ることはできないかな」

「このカードをまた見たら見えるかも知れんよ。でも、もし見えたとしても、わたしたち、どこへ行くかはわからんよ」

「それはしかたないわよ。どっちにしても、ここにいたってしかたないでしょ。だったらやってみるしかないんじゃない」

「うん。そうじゃね……。じゃ、やってみようよ!」

「で、具体的にはどうするの?」

「これを前においてね。絵柄を見ながら色々と連想するんよ」

「うん。わかったわ。やってみよう」

 二人は向かい合って座った。アスカも珍しく正座している。

「じゃ、はじめるわよ。いいわね」

「うん。よかよ」

 アスカとアキコはやや下を向くようにしてカードを見つめた。

「……みえる……」

 アスカは無意識に呟いた。オレンジの太陽の絵の辺縁部に青い色がチラチラする。

「…………」

 アキコは無言で絵を見つめている。その時、オレンジ色の太陽の光芒が青く変わり、

「!!!!!」
「!!!!!」

 アスカは思わず顔を上げた。見ると、アキコの姿は青い光に包まれて消えて行くではないか。アスカは驚いて立ち上がり、叫んだ。

「かたしろさんっ!」

 22枚のタロットカードを残したまま、アキコは消えてしまった。

 +  +  +  +  +

「ううううん……、あっ!」

 サトシは自室のベッドの上で意識を取り戻した。

「また……、夢か……?」

 時計を見ると、僅か10分しか時間が経っていない。サトシは今の出来事を完全に覚えていたが、あれがたった10分の間の出来事とは到底思えなかった。

「あれ……」

 サトシは自分の股間に妙な感覚を感じた。下着が汚れている。

「なにしてんだ……。僕は……。なさけない……」

 サトシは「夢の中の出来事」とは言うものの、自分の行為を思い出して自己嫌悪の固まりになってしまった。特に、リョウコに対する罪悪感がサトシの心を責め立てる。

「とにかく……、下着……、替えなくちゃ……」

 その時、ふと右手に感じた妙な感覚に、持ち上げて見ると、

「!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 サトシの全身は凍り付いた。

「髪の毛……。これは……」

 汗に濡れた右手には、数本の灰褐色の髪の毛がへばりついていた。

 +  +  +  +  +

「あれ?……。どうしたのかな……」

 リョウコは自室で意識を取り戻した。机の上には数枚のタロットが広げられたままになっており、時計を見ると、10分ほど経っている。

「わたし、どうしてたんだろ……」

 リョウコは全く何も覚えていなかった。

 +  +  +  +  +

「ううん……。あれ?」

 アキコは眼を覚ました。まだ半分眠っているようである。眼をこすりながら時計を見ると、10分ほどしか経っていない。

(なんか、へんな夢を見たような気がするんじゃけど……、思い出せんね……。なんじゃったんじゃろか……)

 机の上ではタロットカードの太陽の絵がオレンジに光っていた。

 +  +  +  +  +

「なんで……、髪の毛が……」

 全身に冷汗が吹き出るのを感じながら、サトシは右手をじっと見つめていた。

「そう言えば、綾波が……」

(「おねがい。わたしをあなたの世界へつれて行って」)

「夢じゃなかったのか……。そんな馬鹿な! そんなことがあるのか……。でも、どうしよう……」

 サトシは暫く考えていたが、やがて意を決したように枕元のティッシュペーパーを1枚抜き取り、左手でその髪の毛を1本ずつ丁寧に摘み取ってティッシュの上に置いた。そして、それを丁寧に畳むと、机の引き出しの中に仕舞い込んだ。

(考えてもどうにもならない。今は考えるのはよそう……。下着、洗わなくちゃ……)

 サトシは箪笥から新しい下着を取り出すと、服を脱ぎ、ユニットバスに入ってシャワーを浴び、下着を洗った。

(北原に会わせる顔がないな……。夢じゃなかったとしたら……。ええい。考えちゃだめだ……)

 心はずっと罪悪感に責め立てられている。しかし、レイに対する思いはどうにも否定出来なかった。

 +  +  +  +  +

 その日は何事もなく過ぎ、8月28日の朝が来た。

 由美子も伊集院も自分の机に向かい、イライラしながら、ただ時を過ごしていた。

 松下と山上はシステムのチェックを続け、岩城は訓練室で資料を整理していた。

 マサキとアキコは格納庫でシミュレーション戦闘に精を出していた。

 タカシとサリナは、「何があってもすぐに戻れるから」と言う訳で、前の川で釣りをしていた。

 リョウコは自室で勉強したり、本を読んだりしていた。

 サトシは自室に篭ってずっとテレビを見たり、音楽を聞いたりしていた。何もしていないと罪悪感で押しつぶされそうになる上に、レイの事も思い出してしまう。「髪の毛」の事を考え出したら、どうしていいか判らなくなってしまうのではないか、と恐れたのである。だが、「もし、リョウコに顔を会わせたりしたら、どんな顔をしてしまうか判らない」、と言う気持ちから、外へ出る気にもならなかったのである。

 そうして時間は過ぎて行った。

 +  +  +  +  +

「博士、お久し振りです」

「おお、山之内君か。久し振りぢゃな」

 山之内はある人物と共に、大津市雄琴の山中に隠棲する中之島博士の研究所を訪れていた。

「こちらが、先般お話しした、川島慶太郎さんです」

「はじめまして。自衛——」

 しかし中之島は川島の発言を遮り、

「まあまあ。ここでは堅苦しい肩書きは一切なしぢゃ。ふぉっふぉっふぉっ」

「失礼致しました。そうでしたね。一修行者として参りました。本日は博士のオカルト理論をお聞き出来ると言う事ですので……」

「まあ、そんなところに突っ立っておらずに、上がりたまえ。ふぉっふぉっふぉっ。山之内君も遠慮せずに。ふぉっふぉっふぉっ」

「はい。有り難う御座います。では、川島さん。お邪魔致しましょう」

 +  +  +  +  +

 28日も何事もなく過ぎて行った。結局、その日はマーラは出現しなかった。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'アヴェ・マリア(カッチーニ) オルゴールバージョン 'mixed by VIA MEDIA

原初の光 第十五話・不安
原初の光 第十七話・勇気
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