第一部・原初の光




 由美子はコーヒーを飲み干すと、席から立ち上がった。

(もう、こんな時間……。明日はどうなるのかしら……)

 壁の時計を見ると、もう12:30だった。伊集院に指摘された「マーラ襲来の可能性」に関しては、「あれこれ考えても仕方ない」とは思うのだが、ついつい考えてしまう。

(もし明日来たら、2週間の間に3回もマーラが来ることになる……。あの子たちの健康も心配だわ……)

 その時由美子はある事を思い出し、愕然となった。

「ドッキングして直接戦闘になったら……、リョウコちゃん……、あの子……、失神してしまうんじゃ……!!」

 由美子は慌ててスマートフォンを取り出し、

「……もしもし、美由紀? わたし。由美子。うん。……ちょっと大事な用があるの。時間取れる?」

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第十五話・不安

 +  +  +  +  +

 その頃、松下一郎と機関部長の山上博也は、格納庫でオクタヘドロンのプログラムを再点検していた。

「山上君、システムチェックの方はどうだね」

「今の所、特におかしな部分はみつかっていませんが、何しろオクタのプログラムも結構大きいですからねえ。チェック漏れが心配でないと言ったら嘘になりますよ」

「それより、今回の戦闘ではプログラムは書き変わっていなかったのかねえ。私としては寧ろその方が気になるよ」

「帰還直後のチェックでは発見されていませんでしたよ。その後は戦闘していませんからねえ……。でも、そう言えば、シミュレーション戦闘は散々やっていますけどねえ」

「一応、レベル4のチェックをしてみるか……。オモイカネとリンクさせてだな。……よし、チェック開始。…………ああっ! 何だこれは!?」

 モニタを見ていた松下の顔色が変わった。山上が思わずモニタを覗き込む。

「また変更されているじゃないですか! しかも、これは、反重力システムの部分ですよ!」

「信じられん……。もしこれが間違いでないとすると……。オモイカネにシミュレーションさせてみよう。 …………!!!!」

 松下は絶句した。

「先生。……これは、……質量と慣性を中和する、と言う事になりますが……。まさか、……そんな馬鹿な!!」

 山上も驚きの余り、それ以上の事は言えなかった。

「……本部長と中畑君を呼んでくれ」

 松下もそれだけ言うのが精一杯だった。

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 医務室へ駆けつけた由美子を見て、医療部長の木原美由紀は苦笑した。

「一体なに? 慌てて。ふふ」

「北原リョウコちゃんの事なんだけど、この前の精密検査で、血圧の方はどうだったの?!」

「ああ、『失神の恐れ』の件ね。特に変化はなかったわよ」

「でも、この前のマーラとの戦闘の時はドッキングしたでしょ。あの子大丈夫だった、て言う事?」

「うん。……少なくともこの前の時は大丈夫だったと言う事になるわね。念のため、オモイカネに入っている戦闘中のデータと突き合わせてみましょうか」

「お願い。今後ドッキング戦闘が増えるのよ。心配だから」

「じゃあちょっと待ってね……。フライトレコーダのデータと、脳神経スキャンのデータを同期させて…………、あら、変ねえ?」

「なに?」

「ここね。オクタがメーザーを照射した後にマーラが光った時なんだけど、この時、彼女の血圧が下がって、意識レベルが低下しているわ。ところがね。その後すぐに、パルスのような軽い刺激が発生して、意識レベルが元に戻っているのよ。……そう、まるで、『眠りかけた時に誰かが起こしてくれた』みたいな感じね」

「それ、どう言うこと?!」

「わからないわ。私はシステムの専門じゃないから。脳神経スキャンインタフェースにそんな機能があるのかしら」

「わたしはそんなこと聞いてないわよ!」

「だとしたら、松下顧問と山上機関部長にすぐ確認すべきね。これは結構重大よ」

 その時、

トゥル トゥル トゥル

 由美子のスマートフォンが鳴った。

「はい。中畑です。……あ、山上部長。……はい、すぐ行きます。……タイミングがよすぎるわ。山上部長から呼び出しよ。すぐ格納庫に来い、だって」

「ちょうどいいじゃない。私もデータを持って一緒に行くわ」

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「ああ、中畑主任。おや、木原医療部長も」

 山上は少し驚いたようである。そこへ伊集院が現れた。

「山上君、何だね。……木原君もか。……どうしたんだ」

 美由紀は由美子を見て軽く頷き、

「じゃ、とにかく私から言います。実は、脳神経スキャンインタフェースの事で山上部長と松下顧問に質問がありまして」

「何でしょう?」

と、山上が訊き返す。美由紀は、

「先日のマーラとの戦闘中、ディーヴァに搭乗した北原さんのデータに疑問が生じまして、それで確認を、と」

 それを聞き、松下は、

「データに何かおかしな事があったのか?」

と、怪訝そうな顔をした。美由紀は、

「これをごらんになって下さい」

と、持参したデータディスクをコンピュータにセットし、

「ここの部分です。パイロットの意識レベル低下に対し、まるで『眠りかけたので起こした』としか言いようのないパルスが発生しています。オクタの脳神経スキャンインタフェースにそんな機能があるんですか?」

 松下は顔色を変え、

「いや、そんな機能はないぞ! 無論、インタフェースを使えば技術的には可能だが、そんなプログラムは作っていない! ……山上君! これもか! プログラムを再確認してみろ!」

 伊集院も深刻な表情で、

「松下先生! どう言う事です!? システムに何か問題があったんですか?!」

「いや、それがねえ……。山上君、どうだ!?」

「まさか……。でも、そうとしか考えられませんね……。わかりました。プログラムそのものは変更されていませんが、インタフェースの、ここのパラメータを変更すればさっき医療部長がおっしゃったような現象は起きますね。

 つまり、脳神経に対するフィードバック機能を応用したんですよ。それを使えば低下した意識レベルを上げる事が可能です。現在のパラメータは初期値にリセットされていますが、おそらく戦闘中は変更されていたんでしょう。例えて言えば、『テレビを見ながら眠ってしまった人がいたので、音量を上げてやったら目が醒めた』と言うような事ですね」

 由美子は心配顔で、

「山上部長。それは一体どう言うことなんです?」

 伊集院も、

「私にもよくわからない。最初から説明してくれ」

と、言うのへ、山上は頷き、

「順番に説明しましょう。まず私と松下先生がみつけた事実からいいます。実は……」

と、伊集院、由美子、美由紀の三人に今までの経緯を話した。そして、

「つまり、結論として、このプログラムが動作すると、例えどんな激しい戦闘をやっても、オクタの操縦カプセル内部では、搭乗者は、加速も振動も衝撃も感じなくなる、と言う事なんですよ」

 それを聞いた由美子は驚愕の余り、

「なんですって! そんな事が可能なんですか!」
「!!!!!」

 伊集院は絶句している。山上は続けて、

「そうです。しかも、一番の問題点は、さっきのパラメータの変更の話と同じなんですが、これらの変更と改良を、オクタ自身が自分で行った、としか考えられない事なんです。しかも、その変化は、『自分自身の戦闘能力の向上』と言うよりも、『パイロットを守る』と言う方向なんです」

「つまり、北原さんが目を醒ましたのはオクタが起こしてくれたからだ、とおっしゃるんですか!」

と、美由紀も驚きを隠せないようである。ここで伊集院が口を開き、

「うーむ。……オクタがそれほどの事を……。松下先生。中之島博士はそこまで考えておられたんですかね?」

「いや……。私が先日聞いた範囲では、そこまでは考えていらっしゃらなかっただろうと思う。……但し……」

「何です?」

「オモイカネと同じように、オクタ本体と操縦カプセルのコンピュータも、『ものを考えるコンピュータ』だ。その意味では『コンピュータ自身が進化を続ける』と言う事は充分考えられるんだが、しかし、『パイロットを守る』と言う方向の進化、となると。……本部長……、技術屋として、決して言いたくない事なんだが……、オクタは……、機械なのに……、人の『心』が判るのか?」

 松下は声を震わせている。伊集院は頷き、

「いずれにせよ、『パイロットの安全を守る』と言う方向で見る限り、この『進化』は我々には有り難い事です。松下先生、事実は素直に受け取りましょう。

 ……山上君、今後、プログラムのチェックは最重要課題としてくれ。中畑君、発見された『変化』は充分に把握し、パイロットへの伝達を徹底するように。頼んだぞ」

「了解しました」

と、由美子も真剣な顔で言った。そこに美由紀が割り込み、

「ちょっとよろしいですか」

「今、前に中畑主任から聞いた話を思い出しました。ヤマタノオロチとの戦闘で北原さんが失神した時の事ですが、何故あの時彼女はカプセルを分離しなかったのかに関しての確認は済んでいるんですか?」

「おお。そう言えば確認が済んでいないな。中畑君、ちょうどいい機会だ。出来れば今日中にでも北原君に話を聞いておいてくれ。それから、今回のシステムの変化についてもパイロット全員に連絡しておいてくれ」

 由美子は、頷いて、

「了解しました。……それで、ついでと言っては何ですが、私も今思い出しましたので伺います。マーラが2度連続して大安の日に出現した件に関して分析した結果には、『鵺』の出現も考慮に入っているのですか?」

「うむ。一応、オモイカネに分析させた時のデータの一つには入れてあるが、オモイカネの判断としては、『大安の日』に関してはあまり参考にならなかったようだ」

「なぜです?」

「鵺が出現したのは約半年前、2月11日の『先負』の日だったのだよ。しかも、『ただ出現しただけ』と言うような感じだったし、その後は何もなかったからねえ。それで、オモイカネもこれに関しては参考程度にしかしなかったようだ」

「しかし、2月11日と言えば、旧『建国記念日』ですね。しかも、その日に皇居に出現、ですか……。何か意図的なものを感じますね」

「うむ。それでオモイカネも、『意図的ト推定サルル』ぐらいの判断は出したが、『大安』とはリンクさせていないのだと思う。……まあ、いずれにせよ、今それで疑心暗鬼を生じさせても仕方ないから、我々としては現在出来る事をやるだけだ」

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「とうとうこんなことになってしまった……」

 暗黒の次元の中で、シンジは一人苦悩していた。

「ほかの人とちゃんと付き合うことをきらって……、自分勝手なことばかりやってて……、そのくせ、自分が困った時は人に助けばかり求めて……、結局、最後は一人になってしまったんだ……」

 あれからレイの姿が脳裏に浮かぶ訳でもなく、何を考えても、何も纏まらないまま、シンジは一人で苦しんでいたのである。

「のどもかわかない……。腹もすかない……。トイレにも行きたくならない……。ここは地獄なのかな……。こうやって、ずっと一人で苦しむのかな……。

 こんなことなら……、こんなことなら……、もっと素直になっておけばよかった……。アスカにぽんぽん言われて、バカにされた時、もっと怒っておいたらよかったんだ……。きらわれてもよかったんだ……。素直に自分の気持ちを出しておいたらよかったんだ……。

 人にきらわれることをこわがって……、人のごきげんばっかりうかがって……、結局、人をきらうことも、人からきらわれることもない、でも、ずっと一人だけの、こんなところに来てしまったんだ……。

 人とちゃんと付き合うことから逃げてばっかりで……、それも、本当に人との付き合いを自分の意思で拒否していたんじゃなかったんだ。ただ、すねていただけだったんだ……。人からやさしくされていない、って思い込んでいただけだったんだ……。

 僕は人にやさしくしてあげたことがあったのか……。そんなことはなにもしてなかった……。人にやさしくしてあげたこともないのに、人にやさしさだけを求めてたんだ……」

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「あたし……、今まで、だれにもたよらないで一人で生きる、って思いこんでた……。でも、たった一人になって……、なんてさびしいの……、なんてかなしいの……」

 アスカも、暗黒の次元の中で苦悩していた。

「ママが死んでから、自分の意地とプライドだけをたよりに生きてきて、けっきょく、なんにもならなかった……。さびしさはなくならなかった……。意地なんて、プライドなんて、なんの役にもたたなかった……」

 シンジとレイが仲良く寄り添う映像を見てしまった事が、アスカの心理に少なからぬ影響を与えていた事は否定出来ない。

「意地をはって……、プライドばっかり高くして……、人をバカにして……、自分のきもちをすなおに言わないで……、カッコばっかりつけて……、もし、自分が男の子だったら……、こんな女の子なんかぜったいに好きにならない……。加持さんにも、シンジにも、きらわれて当然よ……。

 一人がこんなにさびしいなんて……。ううっ……。ぐすっ……」

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「沢田くん……。もう会えないのかな……」

 レイは暗黒の次元の中で自分の『心』を見つめていた。

「あの人のことを……、わたし、シンジ君だと思っていた……。でも、あの人は、シンジ君じゃなかった……。別の人だった……。

 でも、あの人といると、とても楽しかった……。あの人に会えたのはうれしかった……。

 わたし、シンジ君のことが好きだったはずなのに……、シンジ君に会いたいと思っていたはずなのに……。いまは沢田くんに会いたいと思ってる……。

 でも、それは、わたしが沢田くんにシンジ君の心を感じているからなの…? わからない……。

 沢田くんとシンジくん……、なにか関係があるのかしら……。わたしと沢田くん……、なにかつながりがあるのかしら……」

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 マサキ、ひなた、アキコの三人は、三年坂の喫茶店で昼食を済ませた後、「清水の舞台」に来ていた。

「形代ちゃん。ここが『清水の舞台』や。昔の流行語で言うと、『キヨブタ』ちゅうやっちゃな」

 アキコは微笑み、

「きよぶた? ああ、『清水の舞台』を縮めて言うとるんじゃね」

「そやそや。昔の女子高生の間ではやった言葉らしいけどな。『清水の舞台から飛びおりるつもりで、思い切ってやる』と言う使い方をするんやけど、それを縮めて『キヨブタ』や。なんでも縮めて言いよった昔の女子高生らしい言葉やな」

「あんたなあ……。もっちょっとマシなこと言えへんのかあ。なにしょうもないことを言うとんねんな。こっちがはずかしいわ」

 ひなたは苦笑していた。

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「ねえ北原、ここが『清水の舞台』だって」

「『清水の舞台から飛びおりるつもりで』、って言う、あの、『清水の舞台』ね」

 サトシとリョウコも二年坂の茶店で軽食を取った後、清水の舞台に来ていた。リョウコは手すりの所から下を見ている。

「わあ。けっこう高いのねえ」

 その時、サトシが何気なく後を振り返ると、

(あれっ……。形代と四条さん!)

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 アキコも何気なく横を見て、

(あれっ……。沢田くんと北原さん!)

 アキコはサトシと一緒にいる女の子の後姿を見て、その女の子が北原リョウコである事を直感した。

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 ほんの一瞬であるが、サトシとアキコは視線を合わせてしまった。アキコは慌てて視線をそらし、マサキやひなたに感付かれないようにしながら歩を進めたが、視線をそらせた時に自分の表情が一瞬険しくなってしまった事は気付いている。サトシもアキコの表情の変化を確と見て取っていた。

(形代……、四条さんと付き合ってるのかな……。でも、なんであんなに怒ったみたいな顔したんだろ……)

 その時サトシはこの前アキコがかけてきてくれた電話の事をふと思い出し、

(『なに言うとるんよ。仲間じゃないの。うふふ。それに沢田君は実戦では先輩じゃけんねえ。もっと元気にせんと。男でしょ。うふふ』)

(『あーあ。沢田君らしいなあ。うふふ。ま、いっか。じゃ、また電話するけんね。沢田君も電話して来てよ。待っとるけんね』)

(そう言えば、あれから形代とはほとんど話もしていないな……。あ……、もしかして、あの時、電話くれたのは……!!!)

 サトシは、アキコがもしかして自分に好意を持っていてくれたのかも知れない、と、初めて意識した。しかし、その当時はアキコの事は無論意識していなかったし、その後リョウコと仲良くなってからは、そんな事は考えもしなかったのである。リョウコも美少女だが、アキコも、リョウコとは全く違うタイプではあると言うものの、とても可愛い女の子である。自分がそんな可愛い女の子から好意を持たれる、などと言う事を考えた事もないサトシにとっては、アキコの気持ちを考える事など「全く思いもよらない事」だったのだ。

 その時、サトシの様子に気付いたのか、リョウコが怪訝そうに、

「どうしたの。沢田くん」

 サトシは慌てて、

「いや、なんでもないよ……。なんでもない……」

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(やっぱり……、あの二人……、付き合っとったんじゃね……)

 アキコは、「サトシとリョウコが二人でデートしている現場」を目撃してしまった事について考えたくはなかったが、自分の心に一点のシミが出来てしまった事は認めざるを得なかった。

(せっかく、ちょっと元気が出たと思うとったのに……。なんで、わたし、沢田くんのことが好きじゃのに、なかよくなれんのかな……。もしかして、わたしが広島の子だからじゃろか……。使うとる言葉も広島弁じゃから、好かれんのじゃろか……。北原さんは元々は東京の子じゃけに……。それともわたしがきれいでないからじゃろか……。北原さん……、たしかにきれいじゃもんね……)

 全く意味のない事にまで連想が及ぶが、アキコにはどうする事も出来ない。

 その時、アキコの様子に気付いたひなたが心配そうに、

「アキコちゃん。どないしたん?」

 我に返ったアキコは、

「いや……、べつになんでもないんよ。……なんでもないです」

と、慌てて笑ったが、言葉が変に東京弁混じりになっている。

 その時、アキコとマサキのスマートフォンが同時に、

トゥルルル トゥルルル トゥルルル
トゥルルル トゥルルル トゥルルル

『中畑です。重要な連絡があるので、オクタのパイロットは本部に集合して下さい。もし都合が悪くて来られない状況なら言って』

「あ、由美子さん、ちょっと待って下さい」

 マサキは、耳から電話を離すと、ひなたに向かって申し訳なさそうに、

「本部からの呼出しや。僕らは戻るけど、かまへんかいな」

 それを聞いたひなたは屈託なく、

「そうかいな。そら大事なことやさかい。はよ行かなあかんやんか。すぐに出てタクシーで行きいな。私もウチに帰るさかい」

「そうか、かんにんな。……四条です。了解しました。すぐに行きます」

「形代です。すぐに行きます」

「ほんなら、形代ちゃん。行こか」

 マサキとアキコは早足でタクシー乗り場に向かった。

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「北原です。了解しました。すぐに行きます」

「沢田です。すぐに行きます……。本部からの呼出しだね。なにかあったのかな」

「マーラが出現したとは言っていなかったけど、大事なことでもあるんでしょう……。沢田くん、行きましょ」

 サトシとリョウコもタクシー乗り場に向かった。

 +  +  +  +  +

「おお。助かった助かった。一台おるで。さ、乗ろ乗ろ。……すんまへん。嵐山のジェネシス本部まで」

「はいっ。了解致しました。当車はこれより五条通を西に向かい、五条堀川を右折して堀川通りを北行し、堀川丸太町を左折して丸太町通りを西に進んで嵐山へ向かいます。宜しいでしょうか?」

「はいはい。おおきにおおきに。それで結構です」

 アキコは運転手の応対に驚いてマサキに耳打ちし、

「……四条さん……。京都のタクシーって、こんなにていねいなんですか?」

 マサキも苦笑して、そっとアキコに、

「いやな、これはこのタクシー会社のセールスポイントやねん。なんや、昔からこうしとるらしいで……」

 アキコは運転席後部に書いてある社名を見た。

『MMタクシーはお客様の下僕です』

 +  +  +  +  +

 サトシたちがタクシー乗り場に着いた時には、丁度マサキとアキコが乗った車が発車した後だった。

「ああ、行っちゃった……」

「だいじょうぶ。来たわ」

 サトシとリョウコもタクシーに乗り込んで本部に向かった。

 +  +  +  +  +

(おっ。玉置君は橋渡君と御同伴か……。ふふ)

 山之内は自分のデスク上にあるノートパソコンのモニタの片隅に開いたウインドウに映るメインゲートの監視カメラの映像を見ながら、キーボードを叩いていた。ウインドウには釣り道具を持って一緒に入って来るタカシとサリナの映像が映っている。

(この二人のデータは、これこれだ、と……)

 何やらデータに手を加えているようである。暫くして、ウインドウに、マサキとアキコが一緒に入ってくる映像が映ると、

(おや、これはデータにないな……。要調査だな、と……)

 その後、間もなくしてサトシとリョウコが一緒に入って来て、

(おお。これはデータ通り、だな……)

 山之内はデータ入力を終えると、ウエストバッグからメモリカードを取り出し、セーブした後、

(さて、と、この件はこれでよし、と……。次はあの件の処理、だな……)

 続いてスマートフォンを取り出すと、ノートパソコンに接続して何やら操作を始めた。どこかのホストコンピュータに接続しているようである。やがてモニタの一角にウインドウが開き、メッセージが、

「自衛隊総合研究所」

 +  +  +  +  +

 由美子は作戦室に集合した六人の少年少女達に今までの経緯を説明し、

「……と、言うわけなのよ。わかってもらえたかしら」

 マサキも流石に真剣な顔で、

「ほな、もしかしたら明日マーラが出るかも知れへんさかい、連絡だけは絶対に取れるようにしとけ、ちゅう事ですな」

「そうよ。外出禁止、とまでは言いません。でも、出来るだけ、万が一の事態に備えて、連絡と移動だけはスムーズに出来るようにしておいてちょうだい。それから、もう一度言っておくけど、オクタのシステムが改善されて、搭乗中のパイロットは加速も振動も衝撃も感じなくなるらしいのよ。これは、運動能力と安全性の格段の向上を意味するわ。乗った感じが違うだろうし、最初は戸惑うかも知れないけど、そのあたり、充分に注意しておいてね。……みんなには休日にこんな事言って悪いけど、よろしく頼むわね。……あ、それから、リョウコちゃんだけは、ちょっと確認しなきゃならない事があるから、残ってちょうだい」

「はい」

「他の人はもういいわ。では一応、解散します」

 リョウコ以外のパイロット達は、部屋から出るべく、席から立ち上がった。

 五人が出て行った後、由美子はリョウコに向かって、

「……さて、と、この前の、ヤマタノオロチが出た時の事なんだけど」

「はい」

「あの時、なんでカプセルを分離しなかったの? ドッキングしたまま、マーラに飛びかかったでしょ」

「はい、どうもすみませんでした。あの時、カプセルを分離しようとしたんです。それが、マーラに気をとられて、ちょっと迷った時にガルーダが急上昇して気を失いかけたんです。その後、いけないと思って分離しようとしたんですが、マーラの攻撃を受けて失神してしまったんです」

「そうだったの。じゃ、意図的にドッキングしたまま飛びかかった訳じゃないのね」

「はい、そうです」

「わかったわ。まあ、あの時は初めてだったし、こっちも準備不足のまま無理に乗せたようなものだったからね。仕方ない面もあったと思うしね。…まあ、とにかく、これからは気をつけてね」

「はい、わかりました」

「じゃ、もういいわ」

「はい。では失礼します」

 そう言いながらリョウコが立ち上がり、出て行った時、由美子の眼に、壁の時計の数字が飛び込んで来た。

(もう14:30か……)

 徐々に迫る「大安の日」に対し、由美子は軽い不安を覚えていた。

 +  +  +  +  +

 六人は全員自室に帰った。由美子の話を聞いて、みんな何となく外へ出る気が失せてしまったのだ。サトシもジェネシス支給の部屋着であるトレーナーに着替えた後、自室の机の前に座って考え込んでいた。

(これから、どうなるんだろう……。一体、この事件が解決するのいつなんだろう……)

 あれこれ考えると気持ちが暗くなって来る。サトシはどうしたらいいか判らなかった。

(北原に電話してみようかな……。もしヒマだったら、そのへんを散歩にでもさそおうかな……)

 そう思ったサトシは受話器を取り上げ、

「……もしもし、北原? 沢田だけど」

『ああ、沢田くん。どうしたの』

「いや……、北原、どうしてるかな、と思って……」

『わたし? わたしは、もしものことがあったらいけないと思うから、タロットカードの練習しながら、部屋で待機してるけど……』

 凛としたリョウコの言葉か受話器から聞こえて来る。

「あ、そう……。そうなの……。がんばってね……。じゃ、じゃましちゃいけないからこれで……」

『うん……。ありがと……。沢田くんもがんばってね』

 事、任務の話となると、リョウコは実に冷静、と言うか、冷徹ですらある。サトシには、「ヒマだったら散歩でもしない?」、などと、とてもではないが言い出せる余裕などなかった。

(そう言えば、形代、どうしてるかな……。でも、今日のこと考えるとなあ……)

 アキコの事も多少気になったが、流石にサトシにはアキコに電話をかけるだけの勇気はない。

「そうだ。どうせ雑念ばかり起きるんだから、マントラ瞑想でもしていよう……」

 この時、サトシは意識的に言葉を声に出したが、それは自分に対する言い訳だった。本当は、「マントラ瞑想をしたら、綾波レイに会えるかも知れない」と言う気持ちがちらっと心をよぎったのである。しかし、今のサトシには、自分の気持ちに対して正直に向かい合う事は出来なかった。自分で自分をごまかしつつ、部屋のカーテンを閉め、スマートフォンでマントラ波動音楽を再生させると、ベッドの上に半跏座になって手に法界定印を結び、「オーム・アヴァラハカッ」と、一言唱えた後、マントラ波動に意識を集中し始めた。

………)

 +  +  +  +  +

 リョウコはカーテンを閉じた自室で、机に向かってタロットカードを展開していた。「ヘキサグラム・スプレッド」である。大アルカナ22枚を繰りつつ、「ダビデの紋章」の形にカードを裏向けに並べ、順にめくって行くと、最後のカード、即ち中央部に、「17:星」のカードが現れた。



 リョウコはそのカードをじっと見つめ、心の中に浮かんで来るイメージを追い始めた。

パタッ

 リョウコは突然意識を失い、机の上に突っ伏した。

 +  +  +  +  +

 アキコは自室で今日の出来事を色々と考えていた。

(沢田くんと北原さん、なかよさそうじゃったね……。わたし、これからどうしたらいいんじゃろ……。わたしみたいな女の子となかよくしてくれる男の人はいるんじゃろか……。でも、そんなこと考えるのもなんかさびしいなあ……。知らん顔して思い切って、沢田くんに電話してみよか……。ともだちなんじゃけん、電話ぐらいしても……、でも、やっぱりそんな勇気ないなあ……)

 その時、アキコは机の上に置いてあるタロットカードにふと眼を止め、

(そうじゃ、タロット占いしてみよ……。なにか思いつくかも知れんけんね……)

 カードを繰り、1枚引いて机に置く。



 「19:太陽」だった。アキコはカードを見つめ、絵柄から連想を始めた。

 (太陽…、ひまわり…、子供…、馬……)

 その時突然、強烈な眠気に襲われ、アキコはそのまま机に突っ伏してしまった。

「…………」

 +  +  +  +  +

………)

 サトシは一心にマントラの波動を聞き、心にシンボルを思い浮かべていた。雑念が色々と浮かんで来る。それでも気にせずにマントラの波動に意識を集中していると、突然、脳裏に強い青い光が輝き、

「!…………」

 サトシの意識は遠のいて行った。

 +  +  +  +  +
 +  +  +  +  +

 暗黒の次元の中で、シンジは一人苦悩し続けていた。

「どうしたらいいんだ……」

 その時、シンジの横で、炎の閃きのような青い光が浮かんだ。シンジがはっとしてその方向を見ると、

「!!!! ……綾波!!!!!」

 驚いた事に、そこにはトレーナー姿の綾波レイと思しき少女が立っているではないか。シンジは思わず立ち上がり、

「綾波……」

 シンジにはそれだけ言うのが精一杯だった。その少女は呆気に取られた表情で口を開く。

「えっ?! なんのこと? わたし、北原リョウコよ……。あなた、……沢田くん…じゃ…ないの……?」

 +  +  +  +  +

 どうしたらいいか全く判らず、アスカは一人泣き続けていた。

「うううっ……、ええっ……、ううっ……、ぐすっ」

 その時だった。突然アスカの横に青い光が輝き、

「!!!!!!」

 思わずそちらを向くと、何と、信じ難い事に、そこにはトレーナーを着た自分にそっくりな少女が呆気に取られた表情で立っている。

「!!!!!!!! ……あなた、だれ!!??」

 アスカは驚きの余り、思わず立ち上がった。

「わたし……、形代アキコ……、あなたは……、だれなんね!?」

 +  +  +  +  +

 レイが一人でしゃがんだまま考え込んでいた時、目の前に青い光が浮かんだ。

「あ……」

 見ると、そこにはサトシが立っている。レイは思わず立ち上がった。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'アヴェ・マリア(カッチーニ) オルゴールバージョン 'mixed by VIA MEDIA

原初の光 第十四話・小康
原初の光 第十六話・接触
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