第一部・原初の光




 京都駅南口にやって来ていた形代アキコの前に、程なくして四条マサキが現れた。

「かんにんな。待ったかあ」

「ううん。わたしもちょっと前に来たとこじゃけん」

「ええと。あいつ来とらへんかいな、と……。お、おったおった」

 そう言ってマサキは近くにいた女の子の方へ歩いて行き、一言二言交わしたと思ったら一緒にこちらにやって来た。

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第十四話・小康

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「形代ちゃんお待たせお待たせ。この子が言うてた子や」

「はじめまして。川口ひなた、言います」

 アキコの前に現れた女の子は、ロングヘアーを「うさぎちゃんスタイル」にし、眼のパッチリしている愛くるしい顔の少女である。

「ほれ、言うてた通りやろ。おまえとおんなじうさぎちゃんロングヘアーやしな。もっとも、形代ちゃんはおまえと違うてベッピンさんやけどな。わはははは」

「もう……。いきなりなにアホなこと言うてんねんな」

「形代アキコです。よろしく」

「四条君の言うてた通りの人やねえ。思てたイメージそのままやわ」

 そう言ってひなたは微笑む。

「そうですか……」

 アキコはひなたのストレートな言い方に鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

「まあまあ、こんなとこで立ち話もなんやさかい、取りあえず行こか」

と、すたすたと歩き出したマサキに、ひなたは、

「ちょっとぉ。一人で先に行かんときいなあ。もう、しゃあない人やねえ……」

と、苦笑した後、アキコの方を向いて微笑し、

「じゃ、行きましょか」

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 三人は京都駅南口の南側にあるハンバーガーショップ、「メディアバーガー」に入り、「ベイエリアセット」と称するセットメニューを買って二階の窓際の席に陣取った。

 マサキは苦笑し、アキコに、

「形代ちゃんはこんなとこにはあんまり来えへんかいなあ。変な名前の店やろ」

「ううん。わたしも広島ではわりとハンバーガーショップに行ってたけん」

「それにしても変な名前の店やで。おまけに、京都には海なんかないのに『ベイエリアセット』やろ。何のこっちゃ。なんや、前にバイトしとった友達に聞いたんやけど、ここの社長は昔なんや変なペンネームを使うて怪しい小説を書いとったらしいわ。で、その時のペンネームから店の名前を付けたらしいで。メニューの名前は小説から取ったそうや」

 それをきいたアキコも思わず苦笑し、

「へえ、そうなん……」

「なにアホなこと言うてんのよ。形代さん、笑うたはるやないの」

 ひなたも苦笑しながらツッコミを入れる。

「どうも今日はありがとね。四条君から形代さんの話を聞いて、一度お会いしたいなあと思たさかい、無理言うたのよ」

「いえ。そんな……。べつに用事もなかったけん……。わざわざ誘うてもろうてすみません……。でも、なんでわたしなんかに?……」

「うん。形代さん……、うーん、なんかしっくり来えへんわあ。アキコちゃんて呼んでもええかな。私もひなた、でええさかい」

「はい、どうぞ」

「えーとね、まあ変と言うたら変な話なんやけど、四条君からアキコちゃんの話を聞いてね、なんとなく、お友達になりたいわあ、て思たのよ。でも、想像してた通りの人やったさかい、なんかうれしいわあ」

「へえ……、わたしとおともだちに……」

「うん。私ね。4人兄弟の一番上なんやわ。下に妹が二人いて、その下が弟なんやけど、うち、両親が共働きで、いつも妹とか弟の面倒みて来たさかい、変に世話焼きになってしもてね。おまけに、寂しがり屋やさかい、お友達ようけ欲しいねん。まあ、それで、話聞いて、アキコちゃんのことがなんとなく気になったんもなんかの縁かなあ、と思うてね。それで会いたいと思うたんよ。ごめんね。変な話で。うふふ」

「そうやねん。こいつ、変なやっちゃろ。昔からそうやねん」

と、苦笑したマサキに、ひなたも負けずに、

「なに言うてんねん。あんたに言われとうないわ。変なんはあんたの方やないの」

 二人の様子を見たアキコは、羨ましくなり、

(なんか、なかがよかねえ。わたしにもこんなおともだちがいたらよかけんにね……。沢田くんとこんなふうになかよう出来たら……)

と、サトシの事をふと思い出して、少し寂しくなってしまった。

 その時マサキが、

「僕、ちょっと、トイレに言って来るわ。逃げるなや。わはは」

「なにアホなこと言うてんねんな。ここは逃げても、もうお勘定は終わってるやろ。うふふ」

と、返したひなたは、マサキが視界から消えるのを見計らって、少し真顔でアキコに告げた。

「さっきね。お友達になりたい、言うたんは、もちろんホンマのことやけど、実は、アキコちゃんに会いたいと思うたのには、もう一つあんのよ」

「なんです?」

「実はね。こないだ四条君がアキコちゃんに、『失恋したんか』、て、失礼なこと言うたでしょ」

「はい。……でも、あんなこと、単なる冗談じゃけん。失礼じゃなんて……」

「ううん、そん時ね、アキコちゃんの顔色が変わった、て、四条君が言うたんやわ。それでね。私、……失礼なこと言うけどごめんね……、四条君に言うたんよ。『女の子にそんなこと言うたらあかんやないの。女の子は恋愛のことで男の子にからかわれるのが一番腹立つのんよ』、てね。もちろんアキコちゃんが、ほんまに失恋したとかどうとか言うことやないのよ。そう言う風に言われるのんが腹立つ、て言うことやしね」

「いえ……。そんな……」

「まあ、私があれこれ言うことやないと思うけど、許したってね。……大体、男の子て、女の子の気持ちなんかちっともわかってくれへんのやさかい」

 ひなたの話を聞きながら、アキコは、自分の心を見透かされているかのような気がして、少々ドキリとし、

「あの……。川口さん……。ひとつ聞いていいですか」

「ひなた、でええわよ。なに?」

「じゃ……、ひなたさん。ひなたさんと四条さんはお付き合いしてられるんですか? ……なんか、すごくなかがいいみたいじゃけん、そう思うたんですけど」

「ううん。あいつなんかとは付き合ってへんわよお。ただの幼なじみやねん。それにあいつ、同じクラスの藤倉しおり、言う子にメロメロやねんわあ。もっとも、その子には相手にされてへんみたいやけどね。……で、そのことを私にいちいち相談しよるんやわ。ほんま、無神経なやつでしょう」

と、ひなたは少々慌てた様子で早口で喋った。それを見たアキコは、

(あれ……、ひなたさん、なんのかんの言うとっても、四条さんのことが好きなんじゃろか……。わたしの立場と似とるんかな……)

と、思い、

「そうですか……。へんなこと聞いてごめんなさい」

「なに言うてんのよう。うふふ。……ま、それはええとして、こんな私やけどお友達になってもらえるやろか?」

「ええ。わたしこそ……。広島から出て来たばっかりで、おともだちもいなかったけん、うれしいです。よろしくおねがいします」

「そう。ありがとう。そう言うてもらえるとうれしいわあ。これからもよろしくねえ。……ところで、あいつなにしとるんやろ。えらい遅いなあ」

 その時、マサキが戻って来て、

「いやあ。お待たせお待たせ。何話しとったんやあ」

「あんたこそなにしてたんやな。えらい遅かったやんか」

「何してた、て、そんなもんトイレに決まってんがな。何しろ、トイレは人生最大の楽しみやさかいなあ。わははは」

「あんたなあ。ようそんなこと、女の子の前で言えるなあ」

「おお、すまんすまん。形代ちゃんがおったんやな。失礼失礼。ま、おまえの事は女やなんて考えとらへんかったんやが、そう言うたら一応おまえも女やったな。わははは」

「ほんまにもう……。アキコちゃん。わかるやろ。こんな奴っちゃねん」

 アキコは二人のユーモア溢れるやり取りを見て、なんとなく心温まる思いだった。

(なんかいいふんいきじゃね……。わたしにもこんな人がおったらなあ……。がんばってさがそうかなあ……)

 アキコはサトシに対するやり切れない気持ちがほんの少しだがほぐれて行くのを感じていた。

「ところでやな。今日これからどないしよか。まだ時間はたっぷりあるし、どっか行かへんか」

「そやねえ。どっか、言うても、どこがええのん。私はゲーセンでも映画でもええけど……。アキコちゃんはどっか行きたいとこある?」

「うん……。もしよかったら、せっかく京都へ来たんじゃけん、京都の名所に行きたいです」

「おっ。形代ちゃん。しぶい事言うやんけ。それやったら僕にまかしとき。それは僕の得意中の得意やさかい」

「このひとなあ。まだ高校1年のくせに、変に歴史の名所に詳しいんやで。オッサンくさいやろ」

「なに言うとんねん。そんな事あるかいな。歴史的遺物に詳しいのんは、京都人の誇りやで。おまえこそ何やねん。変に所帯染みてオバハン臭いやないけ」

「言うたな。そんなん言うんやったら、もうあんたの面倒なんか見たらへんさかいな。覚悟しときや」

「おおっ。そう来るか。わははは。そう言われたら返す言葉がないなあ。わはは。ま、それはさておいてやな。まず、京都、ちゅうたら何と言うても清水寺からやで。ほんなら行こか」

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 プラネタリウムの上演が終わったので、サトシとリョウコは室外へ出た。

「ねえ、北原、プラネタリウム、きれいだったね」

「うん、ここのプラネタリウム、大きいし、説明もよかった」

「今日は『オーストラリアの星空』だったけど、地軸がまっすぐになってしまったから、結局、北半球と南半球では星空が違うと言うだけで、同じところならいつも同じ星が見えるのかな。季節がないから……」

「ううん。一応毎日星空は変わっているのよ。でも、東西方向に一月30度ずれるだけだから、昔みたいな南北の変化はないの」

「ふーん、北原って、星のことにはくわしいんだ……」

「星が好きで、星の本をよく読んでたから……。……わたし、ちょっとお手洗いに行って来る」

「うん。じゃ、待ってるから」

 リョウコは通路横のトイレに入った。

(僕も行っておこうかな……。さっさと行って来れば、北原を待たせることもないだろ……)

 サトシもトイレに入った。

(今日、これからどうしようか………。まだ時間も早いし、どこかへ行けるかな……。どこがいいかな……)

 サトシは考え事をしながら用を足し、手を洗って外へ出た。リョウコはまだ出て来ていない。

(せっかく京都にいるんだし、どこか見に行こうかな……)

 あれこれ考えていると、リョウコが出て来た。

「おまたせ」

「ううん。僕もトイレに行っていたから。じゃ、行こうか」

 二人は連れ立って外へ出た。

「ねえ。今日はこれからどうする?」

「別になにも考えてないけど……。沢田くんはどうするの?」

「僕もなにも考えていないんだけど……、よかったら京都を見て回る?」

 サトシは思い切って言ってみた。

「うん、いいよ」

 リョウコは微笑んだ。

(やった!)

 サトシは心の中で叫んだ。

「じゃ、とにかく地下鉄で中心部まで行こうよ。北原はどんなところが好き?」

「わたし、古いお寺なんかが好き」

 サトシは少々慌てた。京都と言えば寺だが、寺と言ってもサトシの知識では、金閣寺、銀閣寺、ぐらいの名前しか知らない。しかし、リョウコの手前、余り無知を曝け出すのも恥ずかしかった。

「お寺……、ええと、どこのお寺がいいかな……」

「わたし、清水寺に行きたいな」

 サトシはほっとした。清水寺なら聞いた事がある。駅で行き方を聞けば何とかなりそうだった。

「うん。じゃ、そうしよう」

 二人は連れ立って歩き出した。

(どうしようかな……。一緒に歩くんだから、手ぐらいつないでもいいかな……。北原怒るかな……。でも、さっきは怒らなかったしな……。でもあれはプラネタリウムの中だったし、外で手をつなぐのは嫌がるかな……)

 サトシはそんな事を考えながら、自分の右手を握ったり開いたりしていた。リョウコはサトシの右側を歩いている。

(あれ……。手がなんか変な感じ……)

 サトシはそっと自分の右手を持ち上げて見た。特に汚れている様子はないが、何かべたつく感じである。サトシは何気なく顔の前に手を持ち上げて匂いだ。

(あれっ! ……指がくさい!)

 さっきトイレに行った時にはよく洗った筈だが、どうやらドアが汚れていたらしく、手で押して開けた時に汚れが手に付いたようだった。

(まずい! どうしよう……。駅のトイレで洗わなくちゃ……)

「沢田くん。どうしたの?」

 リョウコが怪訝そうな表情をした。サトシは慌てて右手を後に回した。

「い、いや、なんでもないよ。はは、あははは」

「変な沢田くん」

 リョウコは苦笑混じりに微笑んだ。サトシは少し冷汗をかいた。

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「釣れへんわねえ……。どないなっとんのん。この川……」

「釣れんとねえ。僕は福岡では結構釣りには行っとったとよ。でもここはあかんたい……」

 ジェネシス本部近くの桂川で、橋渡タカシと玉置サリナが釣りをしていた。この二人も同学年と言う事もあり、少し前から意気投合していたのである。

「そやけど……。今日はええ天気やねえ……。平和やわあ。このまま事件が解決してくれよったら、ウチも安心して釣りしてられるんやけどなあ………」

「しかし、玉置が釣りなんかするとは思わんかったとよ。女の子にしては珍しかね」

「ウチ、京都の親戚のところに預けられてから、釣りばっかりしてたんやわ。京都言うても田舎の方やったし、親戚の方にも迷惑かけたないさかい、あんまりお金がかからへんように思うて、本を読んだり、釣りしたりして遊んでたんやねん。山の中やし、アマゴとか釣れたらおかずにもなったしねえ」

「ふーん。似たような話があるとね。僕も福岡の海沿いの親戚の家に預けられたけんど、前の海で釣りばっかりしとったよ……。僕の方も、釣れた魚はおかずに化けたとよ。

 ……ところで、全く関係ない話じゃっど、何で僕らの組織の事を『ジェネシス』言うんじゃろうねえ。英語の『起源』と言う言葉じゃちう事は知っとうと、もひとつ意味がよう判らんとよ」

「ああ、それやったら確か、この前、訓練の時に四条さんが岩城先生に聞いてたわ。ウチも興味あったさかい、横で聞いてたんやけど、なんや、『この世の始まりに光った青い光』の事を『原初の光』言うんやて。それで、この事件のそもそものきっかけになったんは、ほれ、一番最初にウチらが集まった時に、説明された『原初の暗黒の儀式』とか言うやつやったやろ。それで、それに対抗するために、『原初の光』ちゅう名前を付けたんやて。そやさかい、政府の公式記録には、この組織の事は日本語では『原初の光』て書いたるらしいわ。ただ、世界的なネットワークにせんならんさかい、英語の名前も要る、ちゅう事で、それを意訳して、『この世の始まり』、つまり、『起源』ちゅう意味の、『ジェネシス』、言う言葉で呼ぶ事にした、ちゅう話やったわ」

「ふーん。そう言う事とね……。色々とあるたいねえ……。……しかし、それにしても釣れんとねえ……」

「ほんま、釣れへんわあ……」

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「松下先生。オモイカネの分析結果はどうでしょうねえ」

「まあ、たったこれだけのデータでは、『意図的ト推定サルル』ぐらいしか出て来ないだろうがねえ……。おっ、出たぞ」

 伊集院は今朝気付いた危惧に関して、中央制御室で松下と一緒にオモイカネに分析をさせていた。

”大安ノ日ニ二度連続シテマーラガ出現セリ事ハ、意図的ナルシナリオノ存在ヲ窺ハセルトハ雖モ、未ダ想像ノ域ヲ出ズ。尚、明二十八日ノマーラ出現ニ関シテハ、若シ意図的ナルシナリオガ存在スルトセバ、当方ノ裏ヲカカンガタメ、逆ニ出現ノ可能性ハ低下シタト思ハルル。サレド、ソレヲ前提トセバ、マタ逆ニ出現スル可能性モアリ。従ヒテ、コレニ関シテハ詮索ハ無意味ナリト判断スベシ。若シシナリオライターガ存在スルトセバ、マーラノ意図的ト思ハルル出現モ、当方ヲ混乱セシムル事コトガ目的ト推定スベシ”

 結果を見た松下は、苦い顔で、

「やはりな……。『シナリオ』の存在を考えれば考えるほど、マーラの出現に関してあれこれ考える事は無意味になるからな……」

「いずれにせよ、こちらとしてはいつも通りにしておくしかありませんな……。ただ、最悪の事態には常に備える、と言う事で……」

「そうだな。私もオクタヘドロンのシステムの再確認をしておくよ。……ところで本部長、例の『自動戦闘システム』の件なんだが……」

「何でしょう」

「うむ、確か先日、中之島博士が君に対し『オクタヘドロンのコンピュータにも、ものを考える機能が一部ある』と言っておられた、と言う話をしてくれただろう」

「ええ。お話しした通りですが」

「一応、それを前提として『自動戦闘システム』を構築してある。後はコンピュータが如何に『学習し、ものを考えてくれる』か、だな」

「判りました」

「しかし、博士も困った人だよ。システムの最重要部に関しては、暗喩するだけで、弟子の私にも詳しくは説明してくれないんだからねえ……。で、君からその話を聞いた後、博士にその事を問い質したら、『使えば判るように作ってある』と仰っただけだったよ……」

「とにかく、『まず使ってみろ』、と?」

「うむ。あの人はどうもそう言う所があるねえ。密教や魔法の考え方をそのまま科学技術に応用する癖があるんだ。……例えば、『マントラはそれ自体に意味がある。理屈抜きでまず唱えろ』だろ。それと同じ発想なんだな。……技術屋としては、何か釈然としないけどねえ。……まあ、今は愚痴をこぼしても仕方ない。我々には時間は余りない事も事実だし、まあ、とにかくシステムを上手に使う事に専念しようと思っているんだよ」

「成程。判りました。……ところで、この件に関しては中畑君にも説明しなければなりませんな。彼女は今日は非番ですが、今呼び出しますから暫くお待ち下さい」

 伊集院は操作卓上の電話の受話器を取り上げた。

「……ああ、中畑君か。伊集院だ。非番の日に悪いが、重要な用件がある。中央制御室へすぐ来てくれ。うん、うん、……判った」

 伊集院は受話器を置いて松下に言った。

「中畑君はすぐ来ますから」

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 伊集院は中央制御室にやって来た由美子に経緯を説明した後、

「……つまり、そう言う事だ。二度あったマーラの襲撃は、いずれも大安だった。しかし、『シナリオ』の存在を考慮すると、明日に襲撃があるかどうかは一概には言えない。オモイカネの分析も同じだった。一応、最悪の事態を想定して準備しておいてくれ」

「了解致しました。関係部署に警戒態勢を指示しておきます。パイロットに対しては禁足令を出しておこうかとも思いますが」

「いや。そこまでは必要あるまい。但し、必ず連絡だけは取れる態勢を厳守するよう徹底しておいてくれ。取り敢えずはそれでいいだろう」

「ああ、それから中畑君。……オクタヘドロンの自動操縦システムは整備済みだから。……まあ、活用してくれたまえ」

 松下は少々バツがわるそうだった。

「はい……。了解致しました。……ありがとうございます」

 由美子も何となくバツが悪そうにしていた。

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 マサキ、ひなた、アキコの三人は、清水寺参道の三年坂に来ていた。

「ここが清水寺の参道で、有名な三年坂や。俗に三年坂言うとるけど、ほんまは産寧坂言うのが正しいらしいな。どや。いかにも京都らしい風情がまだ残っとるやろ」

「わあ、ほんと。いかにも京都、言う感じのとこじゃねえ」

「アキコちゃん、どうえ。この人、こう言う事になるとはりきるやろ。うふふ」

「そうやで、歴史の事ならまかしとき、ちゅうやっちゃ。ま、まわりのみやげもん屋でも見ながらぼちぼち行こか」

「あれ? めずらしいこと言うやんか。あんた、私と一緒に買いもん行く時は、勝手に先々行くくせに。アキコちゃんがいるさかいか? えらい親切やな」

「当然やろ。こんな可愛い女の子と一緒にここに来とるんやで。サービスすんのが当たり前やんか。わはは」

「いや……、そんな……、わたしのためにわざわざじゃったら、いいですけん。行きましょ……」

「アキコちゃん。遠慮なんかせんでええわよお。うふふ。大体、女の子はこんなとこ来たら、いろいろと見ながらゆっくり行きたいんよねえ。せっかく来たんやさかい、ゆっくり行きましょうよお。うふふ」

「そやそや。遠慮なんかせんでええで。今日は形代ちゃんのためのサービスデーやさかいな。わはは」

「そうですか。……どうもありがとう」(来てよかった……)

 アキコは心温まる思いだった。

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 サトシとリョウコは清水寺の参道の一つ、二年坂に来ていた。

「ここが二年坂だって。なんか、京都、って感じだよね」

「うん……。ほんと。京都のふんいきがいっぱいね。……でも、沢田くん、京都のことくわしいのね」

「いやあ、そんな。さっき駅で聞いただろ。その時教えてもらったから……。北原こそよく知ってるんじゃないの」

「わたし、あんまり知らないけど、古いお寺は好きだから……」

 そう言いながら、リョウコは参道脇の土産物屋で立ち止まった。

「わあ、すてきね」

 如何にも京都らしい土産物が並んでいる。リョウコは目を輝かせた。

(北原、楽しそうだな……。来てよかった……)

 サトシはすっかり嬉しくなっていた。

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 由美子は本部のラウンジで、窓際の席に陣取り、一人でコーヒーを飲んでいた。

「よお。非番の日なのに御出勤かい」

 振り向くと、山之内豊が立っていた。

「なあんだ、あんたか」

「あんた、はないだろ。たまには名前で呼んでくれてもいいじゃないか。ふふ」

 山之内は由美子の前に座って苦笑した。

「うん。……山之内君、この間はありがと……。借りが出来ちゃったわね……」

「何言ってるんだ。君らしくないぞ……。ふふ。……僕は何もしてないよ。あの子たちが自分たちで決めた事だ……。それに、『危険だと思った時は絶対に無理するなよ』と言ってあるしな。

 それから、何よりも一番に、彼等の安全を守ってやれるように作戦を立てるのは君の役目だろう。君がうろたえる事が一番悪いんだぜ。自信を持って頑張れよ」

「うん……。ほんとにありがと……。ほんと言うとね、あの子たちには無事にここを『卒業』してほしいけど、そのためには、事件が解決してみんなが助からないとだめなのよね……。それでね……。いまあの子たちがパイロットを辞めても、結局は根本的な問題解決にはならない事は充分わかってた……。ううん、寧ろ、あの子たちが辞めたら更に事態が悪化する事もわかってたのね………。下手をすると、あの子たちも含めてみんな死んじゃう事もね……。でも、どうしても私、ああするより他に出来なかったのね……。私の家族がみんな死んでしまったから……、その事がずっと私の重荷になって……、事実を直視する事から逃げてたのね……。でも、私、もう逃げないからね。あの子たちも絶対死なせない。事件は私が絶対に解決するわ。負けないわよ」

「うん。それでこそ中畑由美子君だ。頑張れよ」

「ありがとう。山之内君も頑張ってね。一緒に頑張って、事件を解決しよ」

「もちろんさ。じゃ、僕はこれで」

 山之内は微笑して立ち上がった。

「……『あんた』、から、『山之内君』に昇格かい。今度は、『豊』、って呼んでくれよ。……昔みたいにな。ふふっ」

「!!!……」

 苦笑しながら去って行く山之内の言葉に由美子は思わず赤面し、絶句してしまった。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'祈り・オルゴールバージョン(Ver.2) ' composed by VIA MEDIA

原初の光 第十三話・因果
原初の光 第十五話・不安
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