第一部・原初の光




 西暦2011年8月24日19:00。

 ジェネシス本部のオクタヘドロン格納庫では、オクタヘドロンの操縦カプセルをスーパーコンピュータ・オモイカネとリンクし、手動でオクタヘドロンを操縦するシミュレーション訓練が行われていた。中畑由美子と岩城顧問がその様子を見守っている。

 岩城は、パイロット達の訓練の様子を見ながら、

「うーむ、これは意外ですねえ」

と、唸った後、由美子の方に向き直り、

「いくら脳神経スキャンインタフェースと組み合わせていると言っても、彼等がこれほどまでに手動操作に巧みだとは……。一番上手いのは四条君ですね。彼はテレビゲームも得意と言っていましたからねえ」

「これなら、もし脳神経スキャンが使えなくてもなんとかなりそうですね」

「ええ。最悪の事態を想定しても、手動での離脱は充分に可能でしょう。中畑主任も一安心ですね」

「どうもご心配をおかけしまして……。はい、みんな、今日はここまでよ。お疲れさん」

 由美子の呼びかけで六人はカプセルから出て来る。四条マサキがニヤリとした表情を浮かべ、

「あー終わった終わった。……岩城先生、どないでした?」

「うむ。流石は『ゲームの帝王』、四条君だねえ。これなら、脳神経スキャンなしでも相当やれるよ」

「へへへ、まあこんなもんですわ」

「みんな大変だと思うけど、明日からも頑張ってくれ。……それから、無論の事、マントラ禅、おっと、マントラ瞑想とタロット占いの方の訓練も忘れずにな」

「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」

 六人は口々に言うとロッカールームに向かった。

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第十三話・因果

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「ああ、沢田君。これ、君に頼まれていたものだ」

 サトシは格納庫出口で岩城に呼び止められた。

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「ああ、形代ちゃん。ちょっとええか」

 マサキが出口から少し離れた所でアキコに声をかけた。

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 サトシは岩城から手渡されたメモリカードを見て、

「あ……、ありがとうございます」

 それは、「新世紀エヴァンゲリオン」の動画ファイルを収めたメモリカードだった。サトシはこのアニメの事がどうにも気になって、岩城に、動画を貸してもらえるように頼んでいたのである。

「いやー、しかし、探し出すのに苦労したよ。このカードは、昔中之島博士から貰ったものでねえ。まさかまだ残っているとは思わなかったけどね。……考えてみりゃ、博士も変な人だよなあ。こんな物をくれるんだから……。本放送の分も結末を描いた映画版も全てファイル化してある。期限なんかは気にしなくていいよ。好きな間だけ持っていたまえ。……しかし、君も好きだねえ。ははは」

「いえ、そんな……。どうもすみません」

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 アキコは、マサキの方を振り返り、

「なんね?」

「今度の土曜日あいてるか? 実は、君に会いたい、言う人がいてな。女の子なんやけどな」

「わたしに?」

「うん。僕の幼なじみなんやけど、面白い子でな……。たまたま僕らみんなの話をしとって、形代ちゃんの話になったら、お友達になりたいわあ、言いよってな。それでなんやけど」

「うん。いいよ。べつに用事もないけん」

「そうか、おおきに。そんなら、土曜日の朝10時に京都駅の南口で会う事になっとるんや。僕は朝一番にちょっとヤボ用があるさかい、直接京都駅に行くけど、来てくれるか」

「うん。わかった。必ず行くけんね」

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 その時、サトシはアキコとマサキが何か話しているのに気付き、少し複雑な思いになった。

(あれ……、四条さんと形代……、なに話してんだろ)

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 サトシは部屋に帰ると、岩城から借りたメモリカードをパソコンにセットして、早速見始めた。

(これが碇シンジか……)

 オープニングに登場した少年を見たサトシは、複雑な思いに駆られ、

(綾波はシンジと僕が似ていると言ってたけど、自分ではよくわからないな……)

 碇シンジも、この中では所詮アニメの登場人物である。レイの言う、「シンジ君によく似ている」と言う言葉も、自分にとっては何とも言えない事であった。その時、画面に映った女性の姿にサトシは目を留め、

(この人……、由美子さんみたいな感じだ……)

 その後、一瞬映った少女の姿に、

(綾波……!?)

 しかし、オープニングは目まぐるしく進むため、あれこれ考えている暇はない。

(あれっ? 形代みたいな子? ……あれっ? 山之内さんみたいな……)

 再生をスローにしてじっくり見てみたい気もするが、内容が気になってしまい、そのまま見続けた。そして、本編が始まると、

(……こんな、……ことって……)

 サトシはアニメの内容に引きずり込まれて行った。「第壱話」本編、「第弐話」、「第参話」と進むに連れ、全身に冷汗が浮き出して来る。

(……そんな、……バカな!……)

 サトシは画面を食い入るように見続けた。最早、オープニングやエンディングはどうでもよくなってシークで飛ばし、ひたすら内容だけを追い続けていた。

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 本部長室に今日の訓練の報告をしに来た由美子に、伊集院は、

「ほう。彼等の成績は中々優秀だ、と」

「はい、案ずるより生むが易し、ではありませんが、手動操作の訓練は順調です」

「しかし、彼等が自主的に残留してくれるとはねえ……。本当にありがたい事だよ……。しかし、我々の責任はますます重くなったな。これから一層努力せねばな……」

「はい。……でも、私としては、正直言いまして、彼等があれほどの『熱血タイプ』だとは思いませんでした。あのおとなしそうな北原までが『熱血』してました。まるで、大昔の青春ドラマみたいでした。……こちらが思わず照れくさくなるぐらいでしたから」

「ははは。中畑君には理解出来ないかな……。私には何となくわかるよ……」

「どう言う事ですか?」

「うむ。彼等の育った環境を考えてみたまえよ。……気の毒な事ではあるが、彼等は『マハカーラ世代』だろう。……それから、私は1957年生まれだが、私より一世代上の人々……、昔は、『団塊の世代』などと言ったものだがね。彼等の連帯感や熱血ぶりは中々のものだった。……この二つの世代に共通しているものがある。……何だと思う?」

「あ、なるほど。いわゆる『戦後の混乱』ですか」

「そうだ。彼等を見ていると、私の少年時代に、一世代上の人々を何となく眩しい思いで見ていた時の事を思い出すね。……ここに来た六人に限らないよ。今の若い諸君は、マハカーラと言う未曾有の災害による困難の中を頑張って育って来たんだ。たくましいだろうよ。

 ……その意味で、自然と熱血になって来たんだろうな……。ちょうど、『団塊の世代』と言われた人々が、太平洋戦争敗戦後の混乱の中を力強く生きて来たようにな……。だから、君たちの世代の人々から見れば、多少、『青春ドラマのような青臭さ』を感じるかも知れないが、あれが彼等の持ち味なんだよ。私にはそう見えるな。

 ……それから、北原君の事だが、もう忘れたのか。彼女は、ジェネシスへの参加を一番に表明してくれた子じゃないか」

「あ、そう言えばそうでした。北原が一番でしたね。……ありがとうございました。……それから、本部長」

「何だね」

「色々と御心配と御迷惑をおかけいたしました。申し訳ありません」

「もう何も言うな。……まあ、頑張ってくれ」

「はい、ありがとうございます。失礼致します」

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 サトシは時間を忘れて画面に釘付けになっていた。

(綾波の言った通りだ……)

 その物語の内容は、

「西暦2000年、『セカンド・インパクト』と呼ばれた大災害が発生し、その後の戦争と混乱もあって人類の半数が死亡したがその後奇跡の復興を成し遂げた世界。その15年後の2015年の地球に『使徒と呼ばれる正体不明の生物』が襲来。それに対抗するために、人間は『汎用人型決戦兵器・人造人間エヴァンゲリオン』を建造。ネルフと言う組織を結成し、使徒と泥沼の戦いを繰り広げる。それと並行して、ネルフと国連を操るゼーレと言う秘密結社により、『人類補完計画』と言う謎の計画が進行される」

と言うものだった。

 これらは「夢の中の綾波レイ」が語った事と一致している。更に、登場キャラクターとサトシを取り巻く人々との共通している部分も気になる。

(このアスカと言う子は形代のイメージだ……。綾波はやっぱり北原みたいに感じる……。ミサトは由美子さんみたいだし、加持は山之内さんみたいだ……。でも、全部が全部こっちと共通しているわけでもないなあ)  アニメに登場した綾波レイは、「サトシが夢で会った綾波レイ」のイメージによく似ていた。しかし、幾ら似ているとは言っても、アニメはやはりアニメであり、実物ではない。サトシが夢の中で会ったレイは、その時のサトシにとってはまごう事なき人間であったし、髪の色と目の色もずっと人間臭い。しかも、性格も「アニメのレイ」とサトシの会ったレイではかなり違うように思えた。そのためか、何となく「夢のレイ」と「アニメのレイ」が「同一である」と言う実感は湧かなかった。しかし話が進み、「第弐拾参話」で、レイが零号機で自爆したくだりに至った時には流石に胸が痛み、

(なるほど、この時点で綾波は自分の心を自覚したのか……)

 その後、「三人目のレイ」が登場し、レイがクローンである事が語られたのだが、その時サトシは何とも物悲しい気持ちになって行く自分をどうする事も出来なかった。

(あの綾波は「二人目の綾波」だったと言うことか……。でも、なんとなくわかるな。「二人目の綾波」なら心が生まれても不思議じゃない……)

 しかし、「第弐拾伍話」、「最終話」に至ると、サトシには何が何だか判らなくなってしまい、

(なんだこれは……? わけがわからない……。映画版を見てみるか……)

 必要と思われない部分は早送りしながらではあったが、映画版を見ても、サトシにはどうにも理解出来なかった。しかし、映画版2作目のエンディングに至った時、

「その世界が『サード・インパクト=人類補完計画』により滅亡し、結局 残ったのは碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの二人だけ」、

と言う事は理解出来た。尤も、ラストシーンの、

「オレンジ色の海の渚で、シンジがアスカに馬乗りになって泣きながら首を締める。アスカはシンジの頬を撫で、最後に一言、『気持ち悪い』と呟いた」

部分については全く理解出来なかった。

 また、

「サード・インパクトを直接的に引き起こしたのはシンジの父、碇ゲンドウであり、ゲンドウの亡妻でありシンジの亡母の碇ユイに再び会いたかった、と言う『実に子供染みた理由』『だけ』のためにサード・インパクトを起こした」、

と言う事も何となく判った。

 そして、その具体的な方法としては、ネルフ本部の地下にあった

「実はリリスだった『アダムと呼ばれていた巨人』(第拾七使徒渚カヲルがこの巨人の事を『リリス』と呼んでいた)」

と、

「加持がドイツから持ち帰った『アダムのサンプル』の遺伝子を組み込んだのではないかと思われる『三人目の綾波レイ』(ゲンドウは最後の時、『ユイと再会するためにはアダムとリリスの禁じられた融合しかない』と言うような事を言っていた)」

を、

「霊的、物理的に融合させた」

事により特殊な現象を発生させ、その効果により、

「人間の肉体を融解し、『霊魂』だけを取り出して一つにまとめる」、

と言うような事を行ったのだろう、と言うぐらいの推定は出来た。

(なんか、すごい映画だなあ……。しっかし、わけがわからん……。あ、そう言や、綾波が言ってたな……)

 サトシは、レイが、自分に対して「シンジ君」と呼びかけて来て、「別の私が私たちの世界を滅ぼした」と言った事を思い出し、

(あれは、こう言うことだったのか……)

 その時、レイが「わたしたちの世界を救えるのはあなただけ」と言った事も思い出し、不思議な気持ちになったが、

(綾波はなんであんなこと言ったのかな……)

 それについては幾ら考えても判らなかった。

(しっかしなあ……、なんで、アニメの世界の登場人物が話しかけてくるんだ……? いくら魔界と現実界の融合が始まってるって言っても、あまりにばかげてるよなあ……。やっぱり夢なのかなあ……。それとも幻視なのかなあ……。岩城先生に相談した方がいいかなあ……。でもなあ……)

 サトシはこの一連の経験を岩城に相談すべきかどうか迷った。しかし、「レイとの出来事」を全て岩城に言うだけの勇気はどうしても起きない。そして更に、リョウコの事も気になる。

(でも、岩城先生に相談するってことは……、綾波の夢のことも言わなきゃならなしいなあ……。もし北原に知られちゃったらきらわれるだろうしなあ……。どうしたらいいんだろ……)

 更に、物語の内容を知ってしまった事で、レイにもう一度会って話をしてみたいと言う気持ちが強く起こって来た事も否定出来なかった。あの時は、リョウコに対する気持ちから、「夢だったんだ」と思い込もうとしたが、今となってはその思い込みもぐらついている。

(綾波のことも気になるよなあ……。やっぱり夢だったとはとても思えないしなあ……。もし綾波が、魔界と現実界の融合の影響で、別次元の世界から来た子だったとしたら、もう一度会って話をしてみたい……。それに、どうも、綾波が言ってた「わたしたちの世界を救えるのはあなただけ」って言葉も気になるしなあ……。でも、どうやったら会えるのかなあ……)

 サトシは迷いに迷った。あれこれ考えてはみたものの、結局これについては結論は出ない。更に、一つ湧き上がって来た危惧に対して、どうにも不安感を拭い切れなくなってしまった。

(この世界はこんなふうに破滅したんだよな……。僕らの世界はどうなるんだろ……)

「アニメの世界と現実の世界を混同する事」は普段ならば全く馬鹿げた妄想である。しかし、「魔界と現実界の融合が進んでいる」と言われている現在においては、「馬鹿げた妄想だ」と言い切れない事がサトシの不安を掻き立てる。

(だめだ……。こんなこと考えてちゃ……。とにかく今は目の前の役目に専念しよう。……よけいなことを考えてちゃだめだ……)

と、サトシが自分に強く言い聞かせた時、ふと気付いたらもう夜は明けていた。

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 世間はマーラの襲来に一時騒然となったが、流石に二回目だった事と、「出来事が大袈裟だった割には被害が大した事ない」と言う「不幸中の幸い」のせいもあって前回ほどの騒ぎにはならなかった。何しろ日本国民も、「マハカーラ」の大混乱を潜り抜けて来ている。直接マーラと接した滋賀県民ですら、シェルターに入っている内に全てが終わってしまったので大して実感が湧かなかったのである。増してや、他の地方の住民にとっては「マーラの襲来」も「対岸の火事」である事は否定出来なかった。

 サトシとリョウコは毎日一緒に登下校するようになり、結構仲良くなった。しかし、リョウコはその性格ゆえか、特にサトシに積極的に話し掛ける訳でもなく、サトシからの質問に受け答えをするぐらいである。だが、サトシにとっては、リョウコと一緒にいる事は少なくとも苦痛ではなかった。「受け答えの時にはそこそこは話すようになった」事や、「『以前のような冷たいぐらいの無表情』ではなく、結構柔らかい笑顔をするようになった」事は、サトシにとっては救いであったし、元々が引込み思案で女の子とあまり話などをした事もないサトシにとっては、「『一緒にいるだけで、特に御機嫌を取る訳でもないサトシ』に対しても、文句も言わずに微笑んでくれているリョウコ」は「かけがえのない彼女」であったのだ。無論現在は一緒に登下校する程度の仲でしかないが、週末には「初デート」が出来るのだと思うと、照れくさいながらも嬉しかった。

 そして、その週は特に何事もなく過ぎて行った。パイロット達は学業と訓練と娯楽にいそしみ、松下一郎と山上博也はオクタヘドロンの操縦システムの改良と本体の装甲の強化に追われ、由美子は始末書の作成に頭を痛めていた。

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 8月26日の金曜日の夜。サトシは自室で明日の事を考えていた。

(明日はどうしようかな……。服も気をつかうよな……)

 ただしかし、リョウコの顔を思い浮かべる度に、レイの事を思い出して複雑な心境になってしまう。

(なんであの二人はあんなに似ているんだろ……。やっぱり僕の妄想なのかな……。こんなことばっかり考えてたら、北原に悪いしなあ……。でも、綾波のことは気になるしなあ……。どうしたらいいんだろ……)

 レイの事を考えると、やはりあの時のレイとのキスも思い出してしまう。そして、「あれは現実じゃない」と自分に言い聞かせるのだが、どうしてもあの鮮烈な感覚が蘇ってきて、心がときめく事は否定出来ない。更にまずい事には、リョウコをどうしてもレイと重ねてしまい、ついつい、「よからぬ事」も想像してしまうのだった。

(北原とキスしたら、どんな感じなんだろう……。やっぱりあの時みたいな感じなのかなあ……。あれは「夢の中」みたいだったけど、こっちは現実だし……。キスしたら、……北原って、……どんな顔するんだろ……)

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 8月27日の土曜日。サトシは緊張したせいか早く眼が覚めてしまった。時計を見るとまだ6:00である。まだ時間はたっぷりあるので、シャワーを浴びる事にした。リョウコとは、今日の9:00に部屋まで迎えに行く約束をしてある。シャワーを浴びて身支度もしたが、それでもまだ2時間半もあった。

(なんか、間がもたないな……。プラネタリウムの場所はきのう調べておいたし……、ほかにどこか行けるところがあるかな……)

 その時、机の上の「エヴァンゲリオン」のビデオディスクが目に入った。あの時一気に見て以来、何となく見るのを避けていたが、こうして時間が余ってしまうと、何かしていないと間がもたない事もあって、妙に気になってしまう。

(ちょっとだけ見るかな……。でも……)

 サトシは、リョウコと会う前にレイの事を考える事になるのも何か気が重いと言う気持ちになって、結局、ビデオディスクを見る気にはならなかった。

(やめとこう。ラウンジにでも行ってコーヒーでも飲もう)

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 ラウンジに行ってコーヒーを買い、中を見渡すと、窓際の席でリョウコが本を広げているではないか。サトシは拍子抜けしたような気持ちでリョウコの所に行き、

「おはよう、北原」

「あら、おはよう」

 リョウコも拍子抜けをしたような顔で微笑んだ。

「こんなに早くに読書?」

「早く目がさめちゃって……。沢田くんは?」

「僕も」

 サトシは苦笑した。リョウコもはにかんでいる。向かいに座ってリョウコを見ると、今日のデートのためになのか、水色のワンピースを着ているではないか。制服姿のリョウコも可愛いが、今日のリョウコは一段と可愛い。

(どうしよう……。こんな時こそしっかりしないと……)

「北原。朝ごはんはもう食べた?」

「ううん。まだ。……沢田くんは?」

「僕もまだなんだ……。ちょっと早いけど、一緒に行こうか?」

「うん」

(早起きは三文の得、ってやつかな)

 サトシはちょっと嬉しくなった。

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 二人は食堂で食事を済ませたが、それでもまだ7:00である。

(こうして北原と向かい合わせでいるなんて……、なんか不思議だな……。ちょっとてれくさいけど、なんかうれしい……)

 サトシは照れ臭くてリョウコの顔を直視出来ずにいた。リョウコは相変わらず無言ではにかんでいるだけである。

「ねえ。北原」

「なに?」

「北原ってさあ、前はほとんど笑わなかったのに、このごろけっこうにこにこするようになったね」

「そう……。あんまりそんなこと考えてなかったけど、そうなの?」

「うん。なんか明るくなったみたい」

「そうかな……。でも、そう言ってもらえると、うれしいわ」

 リョウコは照れくさそうにうつむいた。

(そうだ。思い切って散歩にでもさそってみるかな……)

 サトシは思い切って言ってみた。

「ねえ。まだ時間は早いけど、散歩にでも行かない? そのままプラネタリウムに行ける準備をしておいてさ」

「うん。いいよ」

 リョウコは微笑んだ。

(よかった……。OKしてもらえた……)

 サトシはとても嬉しくなった。

 +  +  +  +  +

 すこし肌寒いが、さわやかに晴れ上がった空の下、サトシとリョウコは桂川の河川敷を一緒に歩いていた。

「ねえ。沢田くん」

「なに?」

「ほんとなら今は夏でしょ。……でも、昔と違って今は年中同じよね。わたしたち、季節を知らないのよね……。沢田くんは、季節ってどんなものだったかなあって、考えたことある?」

「季節かあ……。考えたことないなあ……。北原は考えるの?」

「うん……。季節ってどんな感じだったのかなあ、って、よく考えるの。テレビで昔の風景のビデオなんかが映ったりしたら、すぐに考えちゃう」

「ふーん。……話だけなら大人の人に聞くことは時々あるけどなあ」

「夏の海ってどんなのかなあ、冬の山ってどんなのかなあ、なんて、よく思うの」

「そうだ。季節はもうないけど、地理で習った熱帯や寒帯に行けば、その感じはわかるんじゃないかな」

「そうね……。でも、四季のうつりかわりはわからないのよね……。なんかさびしいなあ……。大人の人がうらやましいなあ」

(北原って、なんかむずかしいこと言うんだなあ……。僕よりずっと大人みたいだ……)

 サトシはリョウコの意外な一面を見て、自分がリョウコよりずっと子供に思えてしまい、ちょっと劣等感を感じた。

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 一時間半ほど河川敷を歩いたら、丁度市営地下鉄外環状線西京極駅にたどり着いたので、二人はそのまま地下鉄に乗り、深草にある京都市青少年科学センターに向かった。

 このセンターはかなり昔からある。設備の老朽化でかなり前から改築の計画はあったのだが、マハカーラのせいでそれどころではなくなってしまっていたのだ。それが、社会情勢の改善に伴って最近やっと改築されたのである。全体の規模も拡大されたし、プラネタリウムも大きく立派になった。リョウコは珍しく目を輝かせている。

「わあ、きれいね」

「うん。すごいね」

(北原がこんなに喜んでいるのを見るのは初めてだな。来てよかった)

 二人は早速チケットを買ってプラネタリウムに入った。もうすぐ開演である。

 季節がなくなってしまった結果、プラネタリウムも昔と違って、「四季の星空」を映す事はなくなってしまった。代わりに、「世界の星空」を上演している。今日の上演は「オーストラリアの星空」だった。

「お待たせ致しました。只今より、『オーストラリアの星空』を上演致します」

 アナウンスが流れて館内の照明が落ち、天井一杯に星空が映し出された。係員がレーザーポインタで天井を指し示しながら説明をしている。

「……これが有名な南十字星です。……」

 サトシは横目で右隣のリョウコをそっと見た。リョウコは目を輝かせて「星空」を見ている。その美しい横顔にサトシは本気で純粋な愛情を感じた。

 サトシは思い切って右手を伸ばし、リョウコの左手をそっと握った。リョウコは少しぴくりとしたが、サトシの右手をそっと握り返す。サトシはその温かさに、心の中に嬉しさがこみ上げて来るのを感じた。

 +  +  +  +  +

 伊集院は自室で目覚め、時計を見た。

(うーん、10時か……。もう起きるか……)

 昨夜は遅くまで書類を纏めていたので、就寝も3:30ぐらいだった。それでこんな時間まで寝てしまっていたのである。

(夜更かしが堪えるようになったとは……。年だな……。今日は27日の土曜日か……)

 壁のカレンダーに目をやった時、たまたま六曜が目に入り、

(今日は仏滅か……。明日は大安、と。……日曜日の大安となると、結婚式ラッシュの日かな……)

 何となくカレンダーを見ていた時、伊集院の顔色が急変した。

「ヤマタノオロチは16日の大安……、巨大クラゲは22日の大安……! まさか!……」

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'祈り・オルゴールバージョン(Ver.2) ' composed by VIA MEDIA

原初の光 第十二話・過去
原初の光 第十四話・小康
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