第一部・原初の光
サトシとリョウコがジェネシス本部の訓練室に行くと、まだ誰も来ていなかった。リョウコは窓際の席に座り、タロットを取り出して占いを始める。そこにサトシが来て、
「北原、タロットの練習? なに占ってるの?」
「とくになにってわけじゃないけど……、この事件が早く解決して、みんなが幸せな元の生活にもどれるのはいつごろかな、って……」
「幸せな元の生活かあ……。北原はここへ来る前はどうしてたの……。僕もそうだけど、お父さんもお母さんもなくなったんだろ……。親戚のところにでもいたの?」
「わたし……。親戚ないの……。施設にいた」
「そう……。わるいこと聞いちゃったな……。ごめんね」
「ううん……。沢田くんは?」
「僕は長野の伯父さんのところでお世話になっていたんだ……。なんか、迷惑かけっぱなしみたいで、つらかったけどね……」
その時、橋渡タカシと玉置サリナが楽しそうに話をしながら入って来た。2人の様子を見たタカシが笑いながら、
「おっ、お二人さん。お元気そうで。沢田君、もう体の具合はよかとね?」
「うん……。みんなに心配かけて……、ごめんなさい」
「まあ、何にせよ、大した事なくてよかった。心配しちょったよ」
サリナも苦笑し、
「ほんま、沢田君、無事でよかったわあ。……ところで、形代さん、どないしたん? クラスメイトやろ。一緒に来んかったんかいな」
「うん……。形代は、なにか用事があるって……」
サトシはアキコの不機嫌な様子の事には触れなかった。
「ふーん。あの子、いつも一番早く来てんのに、珍しいなあ。どないしたんやろ」
「まあ、たまには用事もあるとよ。買い物でも行ったとでっしょ」
その時、四条マサキが入って来て、
「まいど! みんな元気でやっとるけ? おっ、沢田君、大丈夫かあ」
「うん。もう大丈夫みたい」
「そうかあ。そら良かった良かった。まあ、お互い体が資本のショーバイやさかい、気い付けよなあ。ホンマ、大した事のうて良かったで。一時はショックでえらいこっちゃったみたいやしなあ。みんな、心配しとったんやで」
「うん……。どうもありがとう。四条さん……。ところで、四条さんは大丈夫だった?」
「ああ、僕はなんともあらへんよ。アスラの右腕に粘液がかかった時、ちょっとビクッとしただけやからね。検査も一応したけど異常無しや……。『感情移入』ちゅう奴やね。……ところで、形代ちゃんはまだ来とらへんのかいな」
その時、アキコが入って来た。
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第十二話・過去
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「よっ! ウワサをすれば影、ちゅう奴やな。形代ちゃん。元気かあ」
「……うん。なんとか……」
「なんやなんや。元気ないなあ。どないしたん……。失恋でもしたんかあ」
「!……」
アキコの表情がキッとなり、一瞬周囲の空気が張り詰めたようになった。
「!……」
マサキも驚いて一瞬言葉に詰まってしまった時、丁度由美子が入って来た。少し暗い顔をしている。
「みんな集まっているわね。今日は訓練の前にちょっとミーティングがあります。折角だからラウンジでやろうか」
「ほいほい♪ 由美子さんの奢りでんな♪」
「モチよ♪ でも、コーヒーぐらいにしておいてね♪ 給料日前だから」
マサキと由美子の掛け合いで場の雰囲気も和らぎ、全員揃ってラウンジに向かった。
(形代……。やっぱり怒ってる……)
サトシはどうしたらいいか判らなかった。
+ + + + +
ラウンジのテーブルに陣取ると、由美子は六人に向かって話し始めた。
「訓練室でミーティングするのも、って思って、ラウンジへ来たけど、……実は、とても重要な話があるの。……今回のマーラとの戦闘で、遠隔操縦ができなくなって、ドッキング戦闘になったでしょ。みんなには恐い思いをさせて、本当に悪かったと思ってるわ。今回直接戦ったのは攻撃班だけだったけど、もしうまく行かなかったら、バックアップ班にも攻撃に移ってもらわなければならなかったでしょ。その意味で、みんな立場は一緒だと思うから、言うけどね……。
実は、……システム上の問題で、今後、遠隔操縦が出来なくなるケースが増えることが予想されているのよ」
由美子の真剣な顔に呼応するかのように、六人の少年少女達の表情も真剣になって来る。由美子は、
「元々、オクタヘドロンの最大の特徴は、遠隔操作で動かすことよ。それがパイロットの安全を守るための一番の武器だったの。でも、今回の戦いで、マーラは遠隔操作システムの弱点を突いてクラッキングを仕掛けて来たわ。もちろん、それも想定してスピン波通信や暗号通信で操縦しようとしていたの。でも、強いノイズで、しかも、スピン波を使って妨害されたら防ぎようがないわ。そのため、ドッキング戦闘をしなければならなかったし、これからもそうなりそうなのよ……。
それともう一つ、今回、脳神経スキャンインタフェースに侵入された事で、サトシ君とリョウコちゃんには辛い思いをさせてしまったわね。それに対しては、手動操縦と音声操縦を組み合わせる事で、神経リンクのレベルを下げたりしてパイロットの脳神経を侵される事を防ぐ改良がなされるんだけど、これは同時に、訓練方法が変わる事を意味するのよ。今までのような『頭で考える』だけではなく、カプセルに入って手足を動かすシミュレーション訓練をやってもらわなければならなくなるの……」
と、一言一言かみしめるように六人に話し続け、
「もちろん、それに伴って防御システムも改善はされるわ。ドッキング戦闘中にパイロットに危険が迫ったら、オクタヘドロンを自動モードに切り替えてカプセルを強制分離したり、本体の装甲も強化される予定よ。確かに、下手なシェルターよりも、オクタヘドロンに乗っている方が安全だ、と言う考えも出来ない事もないし、ドッキング戦闘時の安全性が強化される事も間違いはないわ。……でも、遠隔操作で戦うのと、ドッキングして戦うのでは、安全性も、恐怖感も、全く違うことは、私には否定出来ないわ。それはやっぱり事実なの」
由美子の顔がやや青ざめている。
「つまり、これからは訓練でも実戦でも、みんなにもっと大変な、辛い思いをしてもらわなければならなくなるの……。
……でも、私は正直言って、みんなにそんな思いをさせたくないわ……。ただでさえみんなにはつらい役目を押し付けているのに、これ以上つらいことや危険なことをやらせたくないのよ……。
……それでその事を会議で言ったの……。『パイロットを大人に代えてくれ』、ってね……。でも、それはだめだったわ……。『脳神経スキャンインタフェースを補助するシステムを付けても、オクタヘドロンを完全に操縦出来るのはあの子達だけだ』、って言われたのよ」
悲しそうに語る由美子の話を六人は何とも神妙な表情で聞いていた。由美子は更に、
「『しかし、どうしても彼等が乗らないと言うならば、強要は出来ない』と言う保証だけは取ったわ……。
……だから、私としてはみんなに、自主的にパイロットを降りて欲しいと思っているのよ……。そうすれば、上の方も、大人が操縦出来るシステムの研究を急いでやるでしょ。私はそれが一番いいと思うの……」
話の意外さに、六人は驚きの余り、言葉も出せない。
(どうしたらいいんだろ……。なんて言えばいいんだ……)
サトシがその場に重苦しい空気が漂ったのをひしひしと感じていた時、
「よっ! 諸君! お集まりですな♪」
現れたのは、情報担当の山之内豊である。由美子は途端に元気になったように、
「あ~~っ! なによあんたっ! わざわざ私の邪魔をしに来た訳っ!?」
「なに言ってんだよ。わはは。愛しい愛しい君の邪魔なんかする訳ないでしょうが。みんなよろしく! 情報担当の山之内です。うーん。みんな元気ないなあ。ほらほら、もっと明るく!」
呆気に取られている六人にはお構いなく、山之内は続けて、
「君が沢田サトシ君か。やや引込み思案で優柔不断だが、いざやるとなったら辛抱強いのがいい所だ。
君は北原リョウコ君。見た目にはやや暗い感じもあるが、心根の強さは一級品、と言った所だな。
形代アキコ君は、ちょっとおっちょこちょいの所があるが、明るく、微笑みを絶やさないで、周囲の人を元気付けるのがセールスポイントだ。
四条マサキ君は、僕と同じでやや軽~いが、常に物事を積極的に考えるのが長所だな。
玉置サリナ君は、おとなしいが、その分、極端に走らないバランス感覚が抜群だな。
橋渡タカシ君は、強情だがさっぱりした性格で、根性もしっかりしている。
いやー中畑君。君は実に良い部下に恵まれているじゃないか。わはは」
六人も由美子も唖然としている。
(なんか……、すごい人だな……。でも、山之内さんって、悪い人じゃないみたいだ……)
サトシは少し気持ちが明るくなったように感じた。そっと周囲を見ると、みんな苦笑しながらもこころなしか明るい顔をしている。重苦しい雰囲気が晴れて行くようだ。
「もう……。あんたねえ。私は今大切な話をしているのよ! あっちへ行っててよ! 大体、なんであんたがこの子達の性格の解説が出来るわけ?!」
「そりゃ、誇り高きオクタヘドロンのパイロットに関して良く知っておくのも情報担当の役目みたいなもんだからねえ。わはは。……じゃ、僕はこれで失礼するよ。諸君。頑張ってくれたまえ。困った事があったら何でも相談に乗るぞ。……カネの事以外ならな。地球の平和は君たちの双肩にかかっている、誇りと自信を持って邁進せよ、ってか。わはははははっ」
そう言って山之内は去って行った。7人はしばし毒を抜かれた感じで呆然としていたが、ややあって由美子が口を開き、
「ごめんね。変なヤツに茶々入れられて。……ま、あんなバカのことは気にしないで放っておいてね。……ところで、さっきの話の続きなんだけど、方向としてはそうなるのよ。こう言う現状だと言うことは理解しておいてちょうだい。
……じゃ、今日はこれでいいわ。みんな帰っていいから、ゆっくり休んでね。私は仕事の続きがあるから行くわね」
由美子は席を立ち、去って行った。サトシたち六人は暫く無言のままだったが、ややあってマサキが口を開いた。
「みんな。取りあえずここにおってもしゃあないさかい、各自の部屋へ戻ろや」
全員は無言のまま席を立ち、ラウンジを出て自室へ向かう。その時、
「形代ちゃん。ちょっとええかな」
マサキがアキコに声を掛けた。
「なんね?」
「……さっき、変な事言うて、ごめんな。もし気い悪うしとったら、許してや。僕がどうこう言えた義理やないと思うけど、もし何か困っとって、僕に出来る事があるんやったら、力になるさかい」
「……ううん。べつになんでもないんよ。気にせんでね……。わたしこそごめんね。なんかへんな顔しよったみたいで……」
「おおきに。ほんなら、また」
アキコは暗かった気持ちが少し晴れるような気がした。
+ + + + +
部屋に帰った後、アキコは一人で考え事をしていた。山之内に言われた言葉が心に残っている。
(「形代アキコ君は、ちょっとおっちょこちょいの所があるが、明るく、微笑みを絶やさないで、周囲の人を元気付けるのがセールスポイントだ」)
(考えてみたら……、わたし、ちょっとつんけんし過ぎじゃったね。こんなことじゃったら沢田くんにも嫌われるけん、反省せんと……)
マサキから言われた言葉も心に蘇って来た。
(「僕がどうこう言えた義理やないと思うけど、もし何か困っとって、僕に出来 る事があるんやったら、力になるさかい」)
マサキに対してどうのこうのと言った感情はないが、やはり親切に言ってくれた事は嬉しくない訳がない。
(うん。やっぱり気を取り直してがんばろ。北原さんや沢田くんにつんけんしても、どうにもならんけんね……。でも、北原さんには負けとうないしね……、うん、がんばらんとね……)
アキコは少しずつ元気を取り戻して来た。
(あ…、でも、そう言うても、わたしらどうなるんじゃろ。由美子さんの話では、パイロットやめることになるみたいじゃったしね……)
その時、
トゥル トゥル トゥル
「はい。形代です」
『すんません。四条です』
「ああ、四条さん。どうしたん?」
『ややこしい時間で申し訳ないけど、訓練室に来てくれへんか。他のみんなにも声かけてるんや。実は、山之内さんから連絡があって、ちょっとみんなで話し合いたい事がある、ちゅう事やさかい』
「わかった。すぐ行くけんね」
+ + + + +
京都御所付近のビルの21階にある瀟洒なスカイラウンジ、「月光」のカウンター席で、由美子は一人痛飲していた。
「だってえ、仕方ないじゃないのお。あの子たちにい、誰が『死ね』なんて言えるのよお。ふんっ。松下のバカヤロー。てめえなんかマーラに食われちまえってんだあ。戦争なんぞ、薄汚いオッサンやオバハンがやっとりゃあいいんじゃいっ! 子供に危険な事をさせられる訳がないだろうっ、てんだあ」
「おいおい。大丈夫か?」
山之内がいつの間にか横にいる。
「なんだあ。あんたかあ。ふんっ! 調子のいいことばっかり言ってえ。あの子たちを煽るようなことを言わないでよっ! あたしはねえ、あたしはねえ、マハカーラで家族全員を死なせちゃったのよっ! あの子たちを殺せる訳ないでしょっ!」
「松下顧問も、マハカーラとその後の混乱で、家族を全員失ったんだぜ」
「えっ!……」
「伊集院本部長もそうだ。天涯孤独の身の上だよ」
「…………」
「沢田君も、北原君も、ほかのパイロットもみんなそうだ。マハカーラとその後の混乱で、両親を亡くしている。……マハカーラと、その原因に対する怒りと悲しみを持って生きているのは君だけじゃない。それを知っておくのは損じゃないと思うけどな」
「…………」
「それと、余談だけど、今本部の訓練室で、少々興味深いものが見られると思うから、すぐに行ったらどうだ。表にタクシーを待たせてある。さ、行こう。マスター、後はよろしく。明日また来ますから」
+ + + + +
山之内と一緒に本部の訓練室に駆け付けた由美子は、声も出ないまま立ち尽くした。
「よっしゃああ!! これでミッションクリアやあっ!!」
と、大声を上げたマサキに続き、
「こっちもクリアしたえっ!!」
と、サリナも歓声を上げる。マサキも、
「こっちもクリアしたとよっ!!」
「私もクリアよっ!」
と、リョウコもである。全員がパソコンと手動操作シミュレータを訓練室に持ち込み、一緒になって手動操作のトレーニングに励んでいたのだ。
「あれっ! 由美子さんっ!?」
と、気付いたマサキが素っ頓狂な声を上げ、全員が一斉に入口の方を見た。由美子が声を震わせる。
「あんたたち……。どうして……」
マサキが真剣な顔で、
「由美子さん。山之内さんから詳しい事情は聞きました。それで、僕らみんなで話し合いましたんや。で、みんなで決めました。ここに残らせて下さい。お願いします! ここをやめても逃げるところはありませんやんか。僕らがやらへんかったら、みんなえらい事になりますんやろ。そんなんわかってて逃げるのはいやです。やめる時は、事件を解決させて、笑ってやめたいんですわ。お願いします! やらせて下さい!」
アキコも元気に、
「由美子さん。わたしもやります。もっとがんばって訓練しますけん、ここにいさせて下さい。わたし、今までまわりからじゃまもの扱いばっかりされて来たけど、ここへ来て、初めてみんなから頼りにされることがうれしいと言うことに、今気付いたんです。がんばりますけん。おいて下さい!」
サトシも勇気を奮い、
「僕もそうです。親戚に迷惑ばっかりかけていたみたいで、つらい思いをして来ましたけど、ここで初めてがんばった後のうれしさを知ったことに気付きました。続けさせて下さい!」
リョウコも淡々と、しかし強く、
「わたしも、……逃げても、行くところはありません。がんばりますから、残らせて下さいい」
タカシも豪快に、
「僕も残りますたい! 九州男児が敵に後は見せられんとよ!」
サリナも力強く、
「ウチもやります! 浪速女のど根性をマーラに見せつけたります!」
由美子は今にも泣き出しそうになり、
「でも……、でも……、危険なのよ……、危ないのよ……、死んじゃうかも知れないのよ……」
しかし、マサキは笑いながら口を開いた。
「なに言うたはりまんねん。由美子さん。僕ら、みんなマハカーラの後の混乱を生きて来ましたんやで、そうそう簡単にやられてたまりますかいな……。それに、オクタヘドロンに乗ってる限りは、下手なシェルターよりも安全でっしゃろ。……なあに、いざとなったら逃げ出しますさかい、心配せんでもよろしいがな……。なあ、みんな!」
そのおどけた調子に、みんなが一斉に笑った。
「うわああああっ。……あんたたち、あんたたち、ほんとに馬鹿よ! ……でも、……でも、ううっ。……ありがとう! ほんとにありがとう! わあああっ!」
由美子はとうとう大声を上げて泣き出してしまった。
「あーあ。仕方ないなあ。怒り上戸の後は泣き上戸か。わはははははは」
山之内の笑いにサトシたち全員が笑った。サトシはアキコの方をちらっと見た。アキコも元気に笑っている。
(形代……、なんか元気を取り戻したみたいだ……。よかった)
相変わらずサトシはアキコの気持ちが判らないようだった。
続く
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'祈り・オルゴールバージョン(Ver.2) ' composed by VIA MEDIA
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