第一部・原初の光>




 マーラ襲来の翌日の8月23日、サトシは医療部で朝を迎えた。流石に疲れ切っていたのと鎮静剤の効果で、夢も見ないで熟睡したらしく、目覚めもすっきりしている。

 病室に入って来た医療部長の木原美由紀が、

「おはよう、沢田君。具合はどう♪?」

「はい、だいじょうぶです。今日は学校へ行ってもいいですか?」

「うーん。まあ、携帯モニタの数値を見ても大丈夫だし、行ってもいいでしょう。でも、もし少しでもおかしくなったらすぐに先生に言ってここに連絡するのよ。携帯モニタは記録モードにしてスマートフォンとリンクしておくから」

「はい、わかりました」

 その時、

トントン

「どうぞ」

 美由紀の返事に呼応して病室のドアが開く。現れたのは北原リョウコだ。

「おはようございます」

「あら、北原さん。おはよう♪」

「学校に行って来ます。沢田くんはどうですか。もしお休みなら連絡しておきます」

「沢田君も行けるわよ。少し待ってあげたら♪」

「はい」

 サトシは少々赤面し、

「あっ、ごめんね。すぐに着替えるから外で待ってて」

 しかしリョウコは平然と、

「うん、ドアのところで待ってる」

「沢田君、よかったわね。待っててもらえて♪ うふふ♪」

 美由紀にからかわれてサトシはまた赤面した。

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第十一話・暗澹

 +  +  +  +  +

「お待たせ。行こうか」

「うん」

 サトシとリョウコは連れ立って学校へ向かった。

(北原と一緒に行けるなんて……、なんかうれしいな)

 リョウコの顔を見ると、無表情ながらも、以前と比べるとずいぶん穏やかな顔になっている。サトシは何となく嬉しくなった。その時、サトシの視線に気付いたリョウコが、

「わたしの顔になにかついてる?」

「ううん……、別になんでもないんだ。……ごめん」

「へんな沢田くん……。うふ…」

(北原が笑うなんて珍しいな……。でもやっぱり笑顔はいいな)

 サトシは清々しい気持ちになった。しかし、二人の後方を、形代アキコが少し悲しそうな表情で歩いている事に、サトシは全く気付かなかった。

 +  +  +  +  +

 サトシとリョウコがが教室に入ると、クラスの空気が一瞬張り詰めたようになった。無理もない。サトシたちがオクタヘドロンのパイロットであり、昨日マーラと戦闘を行った事は周知の事実だったからだ。早速、クラスメイトの男の子が一人、

「なあなあ、沢田君。僕、吉岡、ちゅうねん。昨日の戦闘どうやった? 恐かったか?」

「え……、えーと、うん。やっぱり……、恐かった」

「そうかあ、すごいなあ。ニュースで見たけどすごい怪物やったやんか。ようあんなんやっつけられたなあ。なあなあ、オクタヘドロンて、どないして操縦するん?」

「それは、……頭で考えると、そのように動いてくれるんだけど……」

「へえー、北原も形代もパイロットやろ。すごいなあ。ええなあ。僕も乗ってみたいわあ。なんで君ら選ばれたんや?」

「う、うん……。僕にもよくわからないんだけど、なにか、いきなり乗ってくれ、って言われたんだ……」

「ふーん、すごいなあ。よかったらもっと話聞かせてえな……」

 いつしかサトシの周囲には人だかりが出来ている。リョウコの方はと言うと、リョウコも自分の席に就いて本を広げていた。

 その時、アキコが教室に入って来て自分の席に着いた。それに気付いたサトシは、

「形代、おはよう」

 しかし、アキコは少しつんけんした様子で、

「……おはよう」

(あれ……。形代、怒ってるのかな……。どうしたんだろ)

 サトシはアキコの態度が理解出来ず、一瞬戸惑った。

 その時、

キーンコーカーンコーン

 チャイムが鳴り、担任の教師が教室に入って来た。委員長の女の子が、

「起立! 礼! 着席!」

「みなさん。昨日は大変な事でした。でも幸いな事にあの事件では死者も出なかったようです。今日からまた通常の授業を開始します」

 教師は努めてサトシたちの事には直接触れないようにしているようだ。

 授業が始まったが、サトシはさっきのアキコの様子が気になって、そちらをおずおずと見てしまった。やはりアキコは相変わらず何か不機嫌そうにしている。

(形代、どうしたんだろ……)

 サトシは心に引っ掛かりを抱えたまま、最初の授業に取り組まねばならなかった。

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 9:00より、ジェネシス本部の会議室で会議が始まった。

「ではこれから会議を始める。最初に山上君からマーラの処理と被害に関する報告を頼む」

 流石に伊集院の表情は暗い。山上が書類を手に立ち上がり、

「昨日襲来したマーラは、生物学的分析によると、淡水クラゲそのものでした。一応、『巨大クラゲ』と呼称致しますが、生物学的にはただのクラゲです。また、巨大クラゲが撒き散らした粘液も、ゼラチンの混ざった『ただの水』です。有害物質は検出されませんでした」

「やっぱりか……。全く理解し難い話だな。……しかし、湯気が立っていた事はどうなんだ」

「あれも現在判明している限りでは、単に温度が上がっていただけでした。つまり、マーラは『ゼラチンの混ざった熱湯』を振り撒いていた、と言うだけの事になります」

「うむ……。では、マーラの発光による火災などはどうなんだ」

「実はこれが一番問題でして、色々と調べました所、テレビカメラの映像では、あたり一面が火の海になったように見えましたが、実際の所、火災が酷かったのは一部でした。……つまり、我々は、『火の手が上がった部分』だけを見せられていたに過ぎなかったのです」

「何だと! あれほど酷い状況に思えたのは、『見せダマ』だったと言うのか!」

 伊集院は思わず声を荒げた。

「そうです。確かにそこそこ火は出ましたが、中継ブースタが映し出した部分と、ほか、戦闘時の矢橋帰帆島の設備、その周囲の樹木がやられただけで、その他は全く無傷と言って良い状況だったのです」

「どう言う事だ。それは!」

「考えられる結論は一つしかありません。つまり、マーラのエネルギー光線は、基本的にはレーザーやメーザーと同じ、ピンポイント攻撃用のものなのです。それを、『目眩ましの発光と組み合わせて目立つように使った』と言う事です」

「マーラがそれほどの知性を持っていると言うのか!」

「それは判りません。しかし、オモイカネに分析させた結果も同じでした。”作為的ナ行動ト推察サルル”と言う結論でした」

「じゃあ、溶けた金属もそうなのか」

「はい、溶けた金属を調べた所、全て自動車でした。つまり、金属を溶かす程のレーザーを数台の自動車に照射すれば燃料は爆発し、炎上します。更に、同じ発想で道路のアスファルトに照射すれば、炎上して黒煙が発生します。その部分だけを見ると、『凄い光線だ』と言う事になるでしょう。全身を光らせて目眩ましを行うと同時に、ポイントにレーザーを照射すれば、『全身から凄い光線を出している』と思わせる事が出来る、と言う事です」

「では、自衛隊機がやられたのもそれか」

「はい、収集したデータと映像を元にオモイカネにシミュレーションさせました所、同じ結果でした」

「しかし……、信じられん。何か決定的な証拠はないのか」

「あります。……実は、信じ難い話なのですが、昨日の一連の騒ぎでは、死者が一名も出ていないのです」

「なにい?!」

 伊集院は思わず腰を浮かした。そこに山之内が割り込み、

「すみません。そのあたりについては情報部からも報告があります」

「山之内君、何だね」

「先週のマーラ、ヤマタノオロチの襲撃の際も、詳細な調査の結果、死者ゼロ、と言う報告が入っています。負傷者は自衛隊員のみで、それも、ヘリがやられる寸前に脱出装置が動作し、着地した際に軽傷を負っただけ、と言う事でした」

「しかし、ヤマタノオロチは車を咥えて投げ付けただろう。ドライバーはどうなんだ」

「奇妙な事に、避難して無人だった車のみが被害に遭っていました」

「なんだと! そんな馬鹿な事があるのか!」

「事実です。受け入れるしかありませんね」

「何でそんな重要な事実を今まで報告しなかったんだ」

「申し訳ありません。今朝山上機関部長からの御依頼で改めて調べたものでして会議直前に詳しい情報が入ったばかりだったのです」

「では、今回の自衛隊側の被害は?」

「自衛隊機は全滅でしたが、隊員は全て脱出して無事でした」

「うーむ……。山上君! 今回のマーラは自衛隊機を破壊した後、確か2回目の発光をしたな?」

「はい。確かに発光しました。しかし、その光を浴びたぐらいでは、湖上に着水した自衛隊員は何ともなかった、と言う事になります」

「それに関してはオモイカネの分析はどうなんだ」

「現在詳細モードで再度分析中ですが、高速モードでの分析結果は、”恐ラクハ作為的”と言う事でした」

「すると……、死にそうになったのは、うちの沢田君だけ、と言う事なのか?!」

「そう言う事になります」

「木原医療部長。沢田君の精密検査の結果はどうなんだね」

「沢田、北原の両名とも全く異状ありませんでした。沢田君の昨日の症状は、激痛をこらえ過ぎて全身が疲労していたため、立ち上がった時に一時的に立ち眩みのような状態となって、それがショック症状に結びついたものと推定されますが、マーラが送り込んで来たノイズそのものが原因とは思えません。事実、北原さんは全く大丈夫でしたから。……それから、四条君は『感情移入』だけでしたので何ともありませんでした」

「うーむ、つまり、沢田君のショック症状も、たまたまそうなった、と言う事か」

「ええ。現在の医学で見る限りでは、そうとしか考えられません。ただ一つ、不思議なのは、一時は生命の危険があると思われるほどのショック症状でしたが、意識回復後の状態は全く健康体そのものでした。これは医学的常識では少々考えにくい事です。もし何か『作為』のような事があるとしたらその部分ではないか、と」

 一連の報告を聞いた伊集院は自分の過去をふと思い出し、暗澹たる気持ちに襲われた。

(しかし、もしマーラの襲来に何らかの作為があるとすれば、これらの一連の出来事には何らかのシナリオが存在していると言う事になる。……まさか、祇園寺の怨霊が……、祇園寺の奴、最後まで私を標的にするつもりなのか……、まさか、そんな馬鹿な事がある筈が……)

「本部長、どうなさいました?」

 木原美由紀の声に伊集院は我に返り、

「いや、何でもない。……しかし仮にマーラの行動に何らかの作為的なものがあったとしても、つまり、誰かが『シナリオ』を書いているのだとしても、我々としては『正面突破』しかないからな。先日、中之島博士からもそう指摘された。相手のシナリオ如何に拘わらず、こちらはこちらの戦略を確立すべきだろう。いずれにせよ、マーラを撃退しつつ、『魔界の穴』を塞ぐ作業をどうするかについて考えねばならん。ところで、山上君。オクタヘドロンの操縦システムの改良はどうするんだね」

「現在松下顧問と共同で改良を進めていますが、現在の所、遠隔操縦システムの妨害を防ぐ事は不可能です。電波にせよスピン波にせよ、無差別的にノイズを乗せてやれば妨害する事は可能ですから。脳神経スキャンインタフェースに対するクラッキングに関しては、現在、手動操縦システムの改良で対応するのが一番現実的でしょう」

 その時、松下が、

「伊集院君、いいかな」

「どうぞ」

「今までのオクタヘドロンの操縦システムは、殆ど脳神経スキャンインタフェースに頼っていた。しかし、今回の戦闘で、脳神経スキャンインタフェースに直に割り込まれた以上、場合によってはインタフェースのリンクレベルを下げたり、リンクを解除せねばならなくなる事もあるだろう。その場合に備えて、カプセルでの手動操縦システムを強化しておく必要がある。現在の手動操縦は付け足しみたいなものだが、それを脳神経スキャンインタフェースと一体化するべきだ」

「と、おっしゃいますと?」

「具体的には、現在の操縦桿にボタンを付け、更にその他にも左右にレバーやボタンを増設する。そして、パイロットの『不覚筋動』を利用して、オクタヘドロンを操縦させる訳だ」

「成程、『不覚筋動』を使いますか」

「人間は無意識的に筋肉を動かしている。その動きはそれぞれ個人の行動と結びついている訳だ。例えば、操縦桿を握った状態でマーラを攻撃しようとした時、パイロットは無意識的に操縦桿を動かしている。そこで、各パイロットに脳神経スキャンインタフェースをリンクした状態で、『この指令の時はこのように操縦桿を動かした』と言う情報をコンピュータに学習させれば、インタフェースを切っても、今度は操縦桿の動きを分析すればオクタヘドロンに指令を送れる訳だ。それにプラスして、『音声認識システム』を拡張し、言葉での指令を強化するようにすれば、仮に脳神経スキャンが出来なくてもかなり細かい操縦が可能になるからな」

「成程」

「但し、幾ら脳神経スキャンインタフェースと組み合わせても、これはある程度の練習が必要になる。操縦カプセルとオモイカネをリンクし、『戦闘シミュレーション』をさせて、出来る限り各パイロット個別の不覚筋動データを収集すべきだ。岩城君の担当の訓練の中に、『戦闘シミュレーション』を組み込んで欲しい」

「わかりました。それでは早速山上君に指示して改善を進めて下さい」

「うむ。それから、今回の戦闘で、マーラに対してはマントラが極めて有効な対抗手段である事が判ったから、正式に攻撃、防御システムに組み込むよ。『マントラウエーブシステム』と命名する」

「結構でしょう。岩城顧問はそれに対して御意見は」

「松下顧問に同意します。今回の戦闘でパイロットにマントラを唱えさせましたが、北原君から聞いた所では、『コンソールから流れるマントラの波動音に意識を集中していると痛みを我慢出来た』と言う事でしたからね。その意味でも積極的に活用すべきでしょう。『戦闘シミュレーション』の件も、早速訓練に組み込みましょう」

「成程。ではその件はそれでいいでしょう、と言う事で。……次に、中畑君。遠隔操縦に問題が発生したが、今後の戦闘においてどうするかと言う事に関してはどうだね」

 伊集院に指名された由美子は、暗い表情で立ち上がると、

「……はい。率直に申しまして、戦術主任として、今回の戦闘でドッキング戦闘を命じた事は大きな問題だと考えています。パイロットの安全を考えれば、出来る限りドッキング戦闘は避けるべきと考えておりますし、ましてや、我々はパイロットとして14歳から16歳の少年少女に戦闘を命じざるを得ない状況だと言う事を考えない訳には参りません。

 ……私は彼等に『死ね』とはとても言えません。もし操縦システムが改善されて、彼等以外の者、大人がが操縦出来るようになるのなら、私としては即刻彼等にオクタヘドロンを降りて貰いたいとすら考えています」

 由美子の強い口調に一瞬会議室の空気は張り詰めたようになったが、松下が即座に呼応して、

「中畑君、君の言う事はもっともだが、現在の我々の技術では、脳神経スキャンインタフェースをフル稼動させても、少なくとも君や私のような『大人』では、オクタヘドロンを戦わせる事は出来んのだよ。技術顧問としては内心忸怩たる思いだが、今の所、彼等のような『素質』のある者にしか動かせないのだ。それを理解してくれ」

 しかし、由美子はかなり険のある口調で、

「松下顧問、私はあなたの業績を高く評価させて戴いておりますが、どう考えても、何故彼等のような子供でないと動かせないのか理解できません。この際、私のような『素質のない機械オンチ』にも判るように説明して戴けませんか」

「では、はっきり言おう。君や私のような、『既成観念に凝り固まった頭の固いオトナ』では、『理屈が先に立ってしまう』からだよ」

 流石の松下も少々ムッとした口調で言い返した。

「飛行機や自動車の運転ならば、幾ら複雑だとは言っても人間のような動きはしない。オクタヘドロンは人間と同じ動きをする事が出来るのが最大の特徴だ。

 そんな物を『ハンドルとペダルだけ』で動かせると思うのかね。今回幾ら操縦システムを改良しても、それは『脳神経スキャンインタフェース』があればこその補助に過ぎん。そして、『脳神経スキャンインタフェース』は、『頭の中で自由自在に絵を描ける』と言う『豊かな想像力』が無い限りは『無用の長物』でしかないのだ。君は、『固定観念に囚われない自由な発想で頭の中に絵を描く』事が出来るかね。出来ないだろう。これは、『思春期からもう少し上』ぐらいの子供でないと駄目なのだ。判るかね。

 しかも、こう言う言い方は残酷だと言う事は承知の上で敢えて言うが、両親を早く失った子供は、寂しさを紛らすために色々と空想する習慣がついて、想像力が豊かになる。彼等が選ばれたのは陰陽道の占いの結果だったが、実際、こう言う観点に立ってみて考えても見事に的中しているではないか。彼等はその素質を持っているのだよ。

 事実、沢田君は何の訓練も無しに、いきなりガルーダを操縦してマーラを倒した。君や私にはこんな事は出来ない。もっと言えば、彼等にしか出来ないのだよ」

 それを聞いた由美子は更に語気を荒げ、

「しかし、だからと言って、私は彼等に『死ね』とは言えません。遠隔操縦システムをもっと万全にして戴かない限り、私は責任を持って作戦を遂行できません。元々、彼等にジェネシスに参加して貰うための最大の条件は、『無用の危険を冒さない』と言う事ではなかったのではありませんか。それを、『遠隔操縦がだめになった』と今更言えますか。言われた方はどう思うか考えた事がありますか。あなたは御自分のお子さんに『死ね』と言えるんですか!」

「君はそう言うが、このままの事態を放置すればみんな死んでしまうんだぞ! 戦いを諦めてみんなで死ぬか!? 君は子供たちに、『戦うのは危険だからみんなで死にましょう』と言えるのか! この一連の事態が本格的な『魔界と現実界の融合』にまで進んでしまったら、社会で起きるパニックがどれほどのものになるか考えた事があるのか! マハカーラの教訓で、不必要な危機を煽る事が如何に危険であるかが判っているから、国民も薄々は気付きながらも、今の所は努めて平静を保ってくれているんだ! それも、『ジェネシスと自衛隊が何とかしてくれる』と思っているからではないのかね! しかし、我々が逃げ腰になってしまったら、国民はどう考えると思う!? それこそ、恐怖に煽られてパニックが起こるぞ! もう少し感情論では無く論理的に話したらどうなんだ!」

 松下の激しい反論に流石に由美子は一瞬沈黙したが、すぐに、

「『みんな死ぬ』とおっしゃいますが、今の所誰も死んでいないじゃないですか!子供たちに無茶な戦闘をやらせて戦死させる危険性を負わせているだけじゃないですか! 今回の戦闘でも、結局死にそうになったのはサトシ君、いえ、沢田だけじゃないですか! これをどう説明するんです!」

「今まで死者が出ていないからと言って、今後も出ないと保証出来るのか! さっきの本部長の話ではないが、もし今回の一連の動きが誰かのシナリオに基づいたものだとしたら、そして、今我々がその『シナリオ』の存在を疑い出した事までシナリオライターの筋書きの通りだとしたら、この次は確実に人が死ぬぞ! 遠隔操縦システムや脳神経スキャンインタフェースのクラッキングなど、敵は常に我々の意表を突いて仕掛けて来ている。『どうせ死人は出るまい』と侮っていたら、間違いなく敵はこっちの意表を突いて無差別殺人をやって来るだろう。それぐらいの事も想像出来んのかね! そんな事で戦術主任が務まるのか!」

 松下も激昂している。そこへ伊集院が割って入り、

「まあ、ちょっと待って下さい。松下先生。それと、中畑君も落ち着かないか。いまここで我々が内輪揉めする事も『シナリオ』の内だとすれば、敵の『思う壺』だろう。ここは冷静になろうではないか」

 伊集院の意外に鋭い指摘に松下も由美子も沈黙した。

「本部長としての私の意見を言わせて貰えば、現在の戦略を大幅に変更するのは得策でないと思う。改めてパイロットを一から養成するのは現実問題として不可能だ。そして、今までのマーラとの戦闘で死者が出なかったと言っても、今後どうなるかは絶対に判らない。最悪の事態を常に想定して進む以外にないのだ。その意味でも今更パイロットを変更する事は出来ないだろう。しかし、遠隔操作が困難となった今の操縦システムでは、パイロットに対する負担が大き過ぎる事も否定出来ない。

 ……そこで、私から一つ提案があるのですが、松下先生、カプセルをドッキングした状態で戦闘しているとして、もしその状態でパイロットに危険が迫ったとしたら、緊急かつ安全にに脱出させ、その後でオクタヘドロンを自動モードにして戦闘を継続させるようなプログラムは組めますか?」

「成程! そう言うアイデアもあったか!」

 松下は表情を一変させた。

「いや、本部長。それは名案だよ。考えてみれば、カプセルをドッキングさせた状態のオクタヘドロンの防御能力は、下手なシェルターに入っているよりも遥かに上であり、安全だ。それを逆用して、パイロットの安全を確保しつつ、緊急離脱した後カプセルを分離し、それまでの戦闘の記録を元にして、オクタヘドロンに自動戦闘されば、人間が操縦する程の事は出来なくても、かなりの高度な動きを期待出来る。それならば可能だよ。早速プログラムの作成に入ろう。更に、オクタヘドロン本体とカプセルの物理的強度を高める方法も考えよう」

「ありがとうございます。よろしく」

 伊集院は由美子の方を向き、

「中畑君、君の気持ちもよく判るが、我々にはもう逃げ場はないのだ。彼等に負担を掛ける事は私も忍びないが、止むを得まい。少し本題からは外れるが、現在8体のオクタヘドロンに対し、パイロットは6名。これも、例えオクタヘドロンを放棄しても、パイロットの安全を守る方針故のバックアップ2体なんだと考えて欲しい。

 その上での話として、彼等が搭乗を拒否すれば強要は出来ないのは無論の事だ。そして、彼等の気持ちを聞いた上で戦闘させるか否かを最終的に判断するのは君の役目だ。この件関しては君に一任する。ここに残るも去るも彼等の自由だ。彼等とよく相談した上で最終的に決定してくれ。判ったな」

 由美子も、やや表情を和らげ、

「はい。了解致しました」

と、言った後、着席した。それを見た伊集院は岩城の方に向き直り、

「それから、これが一番肝心なのだが、『魔界の穴』を塞ぐ方法は……、岩城顧問、こちらの方の見通しはどうでしょうか」

 岩城は立ち上がって、

「これは、言ってしまえば、結論は出ているでしょうな。つまり、『魔界の穴』は、『こちらが認識出来るか否か』が全てであり、『認識出来る魔法使い』を揃えれば、『魔界の穴』を『呼び出す』事は可能でしょう。『魔法使いの親方』と言う立場で言わせて戴くと、確かに、流石に『選ばれた子供達』たる彼等の素質は抜群ですが、しかし現在の状況では、まだ彼等にそこまでを要求するのは酷ですな。もう少し訓練しないと……」

「成程、判りました。……ところで、『木を見て森を見ず』ではいかんので、認識を新たにしておくが、山之内君、今の所、海外ではマーラは出現していないのだな?」

「はい。現在の所、そのような情報は一切入っていません」

「やはりな……。これも『シナリオ』の内なのかねえ……」

「ただ、それに間接的に関連しての事ですが、一つ情報があります」

「何だね」

「昨日の夕刻、総務省を通じて入って来た連絡ですが、防衛省がマーラに関する情報と、反重力システムに関する資料を提供するように要請して来ている事は御存知でしょうか」

「うむ。承知している。まあ当然だろうな。反重力システムとマントラウエーブシステム、これに関しては防衛省に提供して、向こうの戦力もアップして貰えればこちらも助かる。出来るだけ早く提出するようにしてくれ。で、それと海外の情報がどう関係するのだね」

「今朝外務省から入った連絡なのですが、諸外国、特に中国と韓国が、防衛省に反重力システムの情報を提供する事に対し、難色を示して来た、と言う事らしいのです」

「何だと? それは完全な内政干渉ではないか。しかも情報が『ダダ漏れ』と言う事か! 防衛省も内閣調査室も何をやってるんだ! …それで、外務省は何と言っている?!」

「『中国と韓国の要請を最大限尊重し、前向きに善処せよ』と言う事です。まあ、外務官僚の言いそうな事ですね」

「困った事だ……。こんな非常事態まで、外交のためのカードに使おうと言うのか……。外務省も外務省だ。これは日本だけの問題ではないのだぞ」

「しかし、直接マーラに襲われていない国にとっては、日本でのマーラの出現は所詮『対岸の火事』ですからね。向こうにマーラが現れない限り理解出来んでしょう。……総務省としては、外務省の尻を叩いてアメリカと国連に手を回し、中国と韓国を説得させる腹のようですが」

「それで、現在の所、結局はどうするのだ。総務省としての判断は?」

「取り敢えず、『マーラに関する情報は全面的に提供せよ。反重力システムに関しては総務省預かりとし、省庁間及び国家間の調整が出来次第防衛省に提出する』と言う事です。まあ、中国や韓国の要請は、『カネをタカるための言いがかり』に過ぎないですからな。カネさえ掴ましてやれば万事OKでしょう」

「それをここで言うのは控えたまえ。……まあ、仕方あるまい。当分ジェネシスだけで何とかしろ、と言う事か……。しかしこれで、自衛隊にますます嫌われるなあ。……さて、次の議題だが、……」

 +  +  +  +  +

 下校の時間となったので、サトシはリョウコに声を掛けた。

「北原、いっしょに帰ろうか」

「うん……。形代さん、いっしょに帰らない?」

「……わたしはいい。ちょっと用事もあるけん……」

「そう……。じゃ、先に帰るね。……沢田くん、行こ」

(形代……、まだ怒ってるみたいだな……。どうしたんだろ)

 サトシはアキコの気持ちが判らないまま、少し暗い気持ちになった。

(なんよ。二人でイチャイチャしよってからに……。あん時、戦闘中も、治療室におった時も、あんだけ心配して沢田くんの無事を祈っとったのに……、わたしの気持ちなんか、ちっともわかってくれんのね……)

 アキコはモヤモヤした気持ちをこらえていた。

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 サトシとリョウコが帰った後暫くして、アキコは教室を出てジェネシス本部へ向かった。近所のコンビニで買い物をした後、外へ出ると、丁度少し前に橋渡タカシと玉置サリナが楽しそうに話をしながら歩いているのが目に入った。

(なんで……、わたしだけ……)

 アキコは暗い気持ちになって行く自分をどうする事も出来なかった。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'祈り・オルゴールバージョン(Ver.2) ' composed by VIA MEDIA

原初の光 第十話・祈念
原初の光 第十二話・過去
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