第一部・原初の光
「みんな、避難して! 学校の地下のシェルターにすぐ移動して!」
担任の教師が顔色を変えて怒鳴った時、サトシ、リョウコ、アキコのスマートフォンが、
トゥルルル トゥルルル
トゥルルル トゥルルル
トゥルルル トゥルルル
急いで取り出すと、聞こえて来たのは由美子の声だ。
『こちら中畑! マーラ襲来! オクタヘドロンのパイロットは全員すぐに本部へ移動!!』
アキコが真剣な顔で叫んだ。
「沢田くん、北原さん! 行きましょ!」
+ + + + +
ジェネシス本部に駆け付けたサトシたち三人がロッカールームへ行くと、丁度サリナとタカシが着替えを終わってそれぞれのロッカールームから出て来た所だった。
「あっ! 玉置さん!」
と、思わず叫んだサトシに、サリナは真顔で、
「中央制御室の隣りの作戦室に集合やさかい、急いでな!」
「はいっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
+ + + + +
着替えが終わった三人が作戦室に駆け付けた時、タカシとサリナは真剣に作戦室のモニタを見詰めていたが、こちらを振り向き、
「おっ、来よったね」
「まあ、見てみいな」
「!!!!」
サトシはノイズだらけのモニタに映し出されたマーラの姿を見て戦慄した。巨大なクラゲの化物のような怪物が琵琶湖上空に浮かんで静止している。全体は灰色で、カサの部分には茶色の斑点が多く点在し、それが大きくなったり小さくなったり、実に不気味に不規則な変化をしているのであった。更には、体全体から粘液が滴り落ち、湖面に落下しているのだが、粘液が水面に落下している部分からは、まるで沸騰した油を水に撒いたように、水蒸気が立ち昇っていた。横目でリョウコとアキコの様子を盗み見ると、アキコの顔には明らかに恐怖の色が浮かんでいるのが見て取れるが、リョウコの方は、意外と言うべきか、案の定と言うべきか、冷静な表情でモニタを見ていた。
「…あの、四条さんは……」
おずおずと言ったサトシに、サリナは、
「あ、さっき由美子さんが言うたはったけど、四条さんは今こっちに向かってる途中やて」
「そうですか、で、由美子さんは?」
「松下先生と岩城先生の三人で打ち合わせ中やわ。もうすぐ来やはると思うよ」
+ + + + +
第八話・激流
+ + + + +
中央制御室は騒然としていた。メインモニタに映し出されたマーラの姿はノイズのために不鮮明になっている。伊集院が画面を見ながら怒鳴った。
「またノイズが酷いぞ! 前回と同じか!」
オペレータの末川真由美が叫ぶ。
「通信に強いノイズが混じっています! ノイズのパターンは前回のマーラ襲来時と同じです!」
「くそっ! マーラの奴! こっちの手の内を読んでいるのか?! これでは現場での遠隔操作戦闘にまで障害が出かねないじゃないか! 通信部! 中継ブースタを射出しておけ! 機関部、今日は全機出撃可能だな!」
+ + + + +
「こちら機関部山上! 今日は全機出撃可能です! 松下先生に指示された短剣と長剣も装備済みです!」
『了解した!』
山上は不安を感じながら、先日中之島博士に言われた事を思い出し、一人呟いた。
「もし何か不測の事態が起こった時は、『オモイカネ』に祈れと言う事なのか……」
+ + + + +
「みんな。第二のマーラが琵琶湖南部に出現したわ! 今回のマーラはカサの直径が約30メートルのクラゲ状の怪物です。現在、陸自大津駐屯地からヘリが迎撃中。各務原の空自からもF−23が現地へ向かっています。大して訓練もしていない状態での出撃ですが、みんな気を引き締めて行って下さい」
いつもは陽気な由美子も流石に真顔である。
「では、搭乗機と作戦を指示します。サトシ君はガルーダ。リョウコちゃんはディーヴァ。アキコちゃんはガンダルヴァ。タカシ君はナーガ。サリナちゃんはキナラ。そして、マサキ君はまだ来ていないけど、アスラに搭乗して貰います。
攻撃はガルーダ、ディーヴァ、アスラの3機。残りの3機はバックアップ。これは各機の特性と今回のマーラの外観を考慮した結果です。
具体的な作戦を言います。まず現場に到着したら必ず操縦カプセルを切り離してオクタヘドロンだけで戦闘して下さい。とにかく接近戦は避け、遠方からレーザーとメーザーで攻撃する事。自衛隊の武器も、先日の戦闘結果を受けて改良されているから、協調を取って下さい。カプセルは充分に距離を保って、絶対に自衛隊の邪魔をしない事。万が一接近戦になっても、遠隔操作ならば最悪オクタヘドロンを放棄しても自分たちの身を守る事が出来ます。いいわね! 現場での具体的な戦闘法は、こちらから無線で指示します。
それから、さっき政府から連絡が来ました。出来るなら、湖岸の公園かどこかにマーラを呼び寄せて、そこで迎撃して欲しいとの事です。琵琶湖は近畿の重要な水源だから極力汚染させたくはありません。でも、どうしても無理ならば、最悪の場合、琵琶湖に沈める事もやむなし、との決定です。周囲の住民は避難させていますが、出来る限り人的被害を最小に抑える方向で戦ってね!」
そこにマサキが押っ取り刀で駆け付けて来た。
「遅うなりましてすんまへん! 僕は何時でもOKでっせ!」
「マサキ君! あなたは前回と同じアスラが受け持ちで攻撃班ね! 判っていると思うけど、戦闘時は絶対に遠隔操作厳守よ! 自衛隊と協調を取ってね」
松下がいつになく真剣な顔で、
「念のために防御システムと攻撃システムを再確認しておく。オクタヘドロンと操縦カプセルの防御システムは以前に説明した通り、反重力システムの応用だ。熱、光、電磁波に対しては、反重力フィールドが、万全とは言えずともかなりの強度のバリヤーとなってくれるし、爆風に対してもある程度は効果がある。物理的攻撃に対しては、本体が特殊セラミックで出来ているので、戦闘機の機銃ぐらいではびくともしない。しかし、物理的攻撃に対しては充分に注意して回避行動をとってくれ。回避行動そのものは、コンピュータがやってくれるから大丈夫だ。攻撃システムは、レーザーとメーザーだが、接近戦にはレーザーを応用した光線剣もある。更に、今回は、物理的に攻撃する可能性も考え、強力な短剣と長剣を両肩に装備した。右肩にあるのが長剣、左が短剣だ。では、充分に注意してな」
岩城は、淡々と、しかし重厚な口調で、
「私は特に何も言う事はない。君たちには充分な素質があると信じている。『アヴァラハカッ』のマントラを決して忘れるな。それだけでいい」
サトシはパイロット全員の顔を見渡した。みんな真剣な表情をしている。リョウコも無表情ながらも真剣な目をしている。サトシは何とも言いようのない不安と軽い恐怖に囚われ、全身にじっとりと汗が滲んでくるのを感じていた。
「みんな、いいわね。では出撃!!」
由美子が強い口調で言った。
+ + + + +
琵琶湖南部に出現したマーラは、特に移動する様子も無く、湖面上方の空中に浮遊したまま相変わらず粘液を落下させていた。陸自大津駐屯地から出撃した11式準音速戦闘ヘリが3機、マーラからある程度距離を取って周回しながら様子を窺っている。前回の観月橋での戦闘を踏まえ、まず敵を観察しているようである。マーラは周囲のヘリの事など全く気にも留めないような様子で、茶色の斑点を膨張させたり収縮させたりしていた。編隊のリーダーたる陸自208号ヘリのパイロットが無線に我鳴った。
「こちら陸自208! 本部応答願います!」
『こちら本部。目視でのマーラの様子はどうだ』
「現在の所、動く様子はありません。攻撃は?」
『すぐに空自のF−23が到着するから、共同して行動してくれ。到着次第、同時攻撃開始。京都のジェネシスからも攻撃隊がそちらへ向かう』
「了解」
東の空に戦闘機が2機現れた。F−23である。
『こちら空自680。目標を肉眼で確認。ヘリと共同して攻撃を開始します』
「こちら陸自208。空自680、まず機銃攻撃で様子を窺う。出来れば草津市矢橋帰帆島へマーラを追い込もう。ジェネシスとか言う所のガキどもなんぞにデカいツラされてはたまらんから、こっちだけでカタを付けようぜ」
『こちら680。了解』
『こちら681。了解』
「陸自209、210、用意はいいな」
『こちら209。了解』
『こちら210。了解』
「攻撃開始!」
バリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!!
バリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!!
バリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!!
バリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!!
バリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!!
弾は命中しているのだが、ゼリー状の体の中に吸い込まれるだけで全く効果がない。マーラは全く動きもせず、相変わらず悠然と粘液を滴らせていた。
「くそっ! 何て奴だ! 全機! 新型ミサイル攻撃を試みる! 私の合図で一斉射撃だ! ……発射!」
ドッカーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
ドッカーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
ドッカーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
ドッカーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
ドッカーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
新型ミサイル、ネオ・サイドワインダーが次々と命中し、凄まじい爆音と爆煙が上がる。
「やったかっ!?」
風で爆煙が流された後、パイロット達の眼に飛び込んで来たのは、全体を光の膜に包まれたマーラの姿だった。ミサイルが命中する寸前、マーラは自己の周囲にサイコバリヤーを張り巡らせていたのだ。
「くそおおおおっ! あのバリヤーは一体何なんだ!」
その時、マーラのサイコバリヤーが輝きを増し、速いサイクルで赤と青の強い光を交互に発し始めた。
「うわあああああっ! 何だあああああっ!?」
ドオオオオオオオーーーーーーーーンッ
ドオオオオオオオーーーーーーーーンッ
ドオオオオオオオーーーーーーーーンッ
ドオオオオオオオーーーーーーーーンッ
ドオオオオオオオーーーーーーーーンッ
強い光をまともに受けた3機のヘリと2機のF−23は瞬く間に爆発した。更に琵琶湖沿岸部で光が当たった個所からは次々と火の手が上がった。
+ + + + +
ジェネシス中央制御室のメインモニタも激しく光った。伊集院は思わず眼を覆い、
「うわあああっ! モニタの輝度を下げろっ! …………一体どうなってるんだっ! 末川君っ! 現状報告をっ!」
「メインモニタへの映像信号が消えましたっ! 琵琶湖沿岸の固定カメラからの信号は全て途絶していますっ! ……カメラは全滅したようですっ!」
「何だとっ! 中継ブースタはどうなっているっ!」
「中継ブースタは間もなく監視可能地点に到達しますっ! ……映像が入って来ましたっ! あああっ!」
メインモニタに映し出された映像は、見るも無残な光景だった。琵琶湖沿岸のあちこちが炎上し、火の海になっている。湖面には戦闘機とヘリの残骸が浮かんでいた。マーラは発光こそしていなかったが、相変わらず粘液を滴らせていた。伊集院は呆然として、
「何て事だ……」
その時、パイロットと共に格納庫に行っていた由美子から、
『こちら中畑! オクタ6機、パイロットの搭乗を開始します!』
「中畑君っ! 今回のマーラは強力なエネルギー光線を持っているぞっ! 自衛隊機は全滅した! 充分注意しろっ!」
その時、メインモニタの一角に突然ウインドウが開いた。
”マーラノエネルギー光線ハレーザート似タ性質ナレドモ波形ハスピン波ナリ。オクタヘドロンノ反重力フィールドプログラムニ以下ノルーチン、ファイル名'extspnwav.lib 'ヲ追加スベシ”
「何だこれは! オクタ全機出撃を待て! 松下先生! これは何です!?」
「オモイカネからの指示だ! 本部長! すぐにプログラムを追加ロードするんだ!」
「末川君! ロードだ!」
「はいっ! …………追加ロード完了しましたっ!」
「よしっ! 中畑君! オクタ全機出撃可能だ!」
『了解っ! 全機発進! ……本部長! 私もすぐにそちらに戻ります!!』
「了解した!!」
+ + + + +
ヒュウウウウウウッ!!!!
ヒュウウウウウウッ!!!!
ヒュウウウウウウッ!!!!
ヒュウウウウウウッ!!!!
ヒュウウウウウウッ!!!!
ヒュウウウウウウッ!!!!
オクタヘドロン6機は地下格納庫から次々と地上に現れると、直ちに発進し、東に向かって飛行して行った。
+ + + + +
自衛隊統幕本部司令室には重苦しい空気が漂っていた。メインモニタにはジェネシスの中継ブースタから送られて来た映像が映っている。
「くそっ! 何て怪物だ! 最新鋭の兵器でも全く歯が立たんのか!」
「またジェネシスのシロート連中に名を成さしめるのか。忌々しい話だ」
「なあに、こちらにも切り札はまだ残っている。『眼には眼を。歯には歯を。悪魔には悪魔を』だ」
「成程、あれを使うか。……こっちも『マハカーラ』以降、遊んでいた訳ではないからな。彼奴が怪物と言えども生物ならば充分有効だ。しかし、今すぐにジェネシスの連中を助けてやる必要もあるまい。まあ、連中の『お手前拝見』と行くか。……ただ、注意しないとあれは周囲に対しても影響が大きいぞ。下手をするとジェネシスのガキ共をも狂わせてしまいかねん」
「うむ。それは承知の上だ。しかし何時でも出せるように出撃準備だけはさせておこう。……もしもし、各務原基地か。ああ、私だ。『E作戦』発動の準備をしておけ。……うむ、うむ。そうだ。私の指示を待て。判ったな」
+ + + + +
6機のオクタヘドロンは皇子山を越え、大津市西部に差し掛かっていた。中央に戻った由美子からの無線が飛び込む。
『こちら中畑! マサキ君! 状況を報告して!』
「こちら四条! マーラを肉眼で確認しました。現在マーラは浜大津沖に静止しています」
『了解。では攻撃班はカプセルを分離して! カプセル、オクタ共に反重力フィールドを各自の周囲に展開! マーラには南側から接近! バックアップ班はドッキングしたまま攻撃班カプセルの周囲に待機し、カプセルをガード! 作戦開始!』
「四条了解!」
『沢田了解!』
『北原了解!』
『橋渡了解!』
『玉置了解!』
『形代了解!』
+ + + + +
+ + + + +
「ああっ!!」
ずっと膝を抱えたまま塞ぎこんでいたレイの前に、またもや突然青い光が現れた。レイは慌てて起き上がり、身を乗り出して青い光の中の映像に見入った。
「シンジくん!! ええっ!? これは!?」
驚いた事に、今回の映像もレイが知っている「過去の歴史」とは全く違うものだった。見た事もない機械に囲まれた、戦闘機のコックピットのような場所にシンジが座り、不安そうな顔をしている。
「なぜなの!? シンジくん! 返事して!!」
レイは声を限りに叫んだが、映像の中のシンジは振り向きもしなかった。
+ + + + +
+ + + + +
カプセルを分離したガルーダ、アスラ、ディーヴァの3機は、湖岸に沿って南へ飛行し、マーラの南側に回り込んだ。その時、静止していたマーラがゆっくりと動き出し、3機の方へ向かって来た。サトシの全身を震えが襲う。
(来た!)
前回は無我夢中だったが、今回は違う。無論、自分の意思で乗ったとは言え、いざとなってみると、これほど恐いとは思わなかった。サトシは全身の力を込めて操縦桿を握り、思わず大声を上げて逃げ出しそうになる気持を必死に抑えていた。
+ + + + +
+ + + + +
「シンジくん!!」
映像の中のシンジは眼を血走らせ、ガタガタと震えている。余程恐ろしい思いをしているようだ。レイはなすすべもなく、自問自答を繰り返していた。
「どうしよう……。わたし、どうしてあげたらいいの……」
その時だった。
「!!!!!」
突如、眼の前の映像が切り替わった。何と、そこに映し出されたのは、ジオフロントに侵入して来たゼルエルに「特攻」を仕掛け、敗れた自分の零号機と、救助のために駆け付けてくれたシンジの初号機の姿である。
「そうだったわ! あの時、シンジくんが……」
レイはその時の事を思い出した。シンジが助けに来てくれなければ、自分はあの時死んでいたのだ。あの時は死ぬ事など何とも思っていなかったが、今は違う。シンジによって自分の命が救われた事を、本当に有り難いと思っている……。
そう思った次の瞬間だった。
「あっ!!」
またもや映像が切り替わった。今度映ったのは、さっきと同じ、「コックピットの中のシンジ」である。レイは訳が判らないまま、心に浮かんだ言葉を叫んでいた。
「逃げちゃだめ!! 戦うのよ!!」
+ + + + +
+ + + + +
その時だった。サトシの心に聞き覚えのある声が響いた。
(「逃げちゃだめ.戦うのよ」)
(ええっ!? 綾波レイ!? ど、どうなってんだ!?)
よりによって戦闘開始時に聞こえて来た「綾波レイ」の声に、サトシは困惑し、強い恐怖に囚われた。本来なら思い切って由美子と岩城に事情を伝えればよさそうなものだったが、「怒られるのではないか」と言う気持ちが先行し、どうしても言う事が出来ない。自問自答するのが精一杯だった。
(こんな時に空耳か!? どうしたらいいんだ!)
+ + + + +
+ + + + +
(「こんな時に空耳か.どうしたらいいんだ」)
「空耳じゃないわ! わたしはあなたのそばにいたいの! シンジくん! 心を開いて! あなたと一緒に戦いたいの! あなたの力になりたいの!」
+ + + + +
+ + + + +
サトシは戦慄し、心の中で叫んだ。
(僕にどうしろと言うんだ! 僕はサトシだ! シンジじゃない! こんな時にじゃましないでくれ!)
+ + + + +
+ + + + +
「おねがい、心を開いて! わたしはあなたの力になりたいの! おねがい! わたしの心を受け入れて!」
(「やめろ.やめろやめろ.やめてくれっ」)
+ + + + +
+ + + + +
「なんのことかわからないよっ!」
サトシは思わず叫んでいた。
『サトシ君! どうしたの!? 大丈夫!? しっかりして!』
無線から聞こえて来た由美子の呼びかけに、サトシは我に返り、
「あっ! ごめんなさい! だいじょうぶです! 心配かけてすみません!」
と、叫んだ時、「綾波レイ」の声は途絶えた。
+ + + + +
+ + + + +
「消えた……」
レイの眼の前に浮かんでいた青い光は消えてしまった。無論、シンジの映像もである。
「シンジくん……」
レイはがっくりと肩を落とした。
+ + + + +
+ + + + +
『マーラがそちらへ向かって来ているわ! 集中して!』
由美子の声と迫り来るマーラの姿に、流石にサトシは気を取り直した。
(こんなことじゃだめだ! 集中しなくちゃ!)
『全機西に移動! 試しに矢橋帰帆島にマーラをおびき出してみて!』
由美子の指示で、6機は西に移動し、琵琶湖上空を横断して矢橋帰帆島へ向かった。すると、驚いた事にマーラがゆっくりとついて来るではないか。
『こちら四条! マーラはついて来ます! とにかく帰帆島まで行ってみます!』
『了解! 充分注意してね!』
+ + + + +
伊集院はいぶかしげな顔で、
「中畑君、どう言う事だ。何故マーラがついて来ると思ったんだ?」
「いえ、その、ずっと静止していたマーラが、オクタが現れた途端に動き出したので、もしかしたら、と考えまして」
「そうか。君のカンも中々のものだな」
しかし、由美子は深刻な顔で、
「……だとしたら、かえってよくないのかも知れませんね」
「どうしてだ?」
「私は元々カンは鈍い方でした。それが、もし鋭くなったのだとしたら、魔界と現実界の融合の影響がここまで及んで来た、と言う事なのかも知れません」
「うーむ……」
由美子の指摘に、伊集院も表情を曇らせるしかなかった。
+ + + + +
6機は帰帆島上空で停止した。マーラはゆっくりとこちらへ向かって来る。
『マーラが島の上に来たら、攻撃班3機で取り囲んで周回して! 敵を足止めするのよ! バックアップはその外で待機してね!』
マーラはゆっくりと移動し、帰帆島上空に到達した。ガルーダ、アスラ、ディーヴァの3機がその周囲をゆっくりと回り始めるとマーラは静止し、再び粘液を滴らせながら茶色の斑点を不規則に伸縮させ始めた。
+ + + + +
由美子は、真由美の方を向き、
「末川さん! 反重力フィールドの状態はどう?」
「全機反重力フィールド全開です。追加ルーチンも正常に動作しています」
「現在のマーラとオクタの距離と、反重力フィールドの強度から推定して、再度光線攻撃を受けてもオクタやカプセルは大丈夫かしら?」
「オモイカネによる計算では…………、問題なし、と出ています」
「中畑君。またマーラが光線を発射したら中継ブースタはひとたまりもないぞ。バックアップ班のフィールド内に入れて保護させよう」
「了解。バックアップのサリナちゃん! 中継ブースタをキナラの左腕に装着しておいて!」
『こちら玉置! 了解しました! …………装着完了!』
「了解! ではまずメーザー攻撃で様子を見るとしますか。攻撃班はメーザーを発射!」
+ + + + +
攻撃班の3機はマーラに向かってメーザーを発射した。
キィィィィィィィィーーーーーーーーンッ!!!
マーラはまるでジェット機の爆音のような音を立てながら細かく振動し始めた。その次の瞬間、マーラの周囲が光の幕に包まれたが、何故かその光は不規則に明滅している。メーザーがバリヤーを妨害しているのであろうか、非常に不安定な様子である。
+ + + + +
伊集院はモニタを睨み、軽く頷くと、
「よしっ! いいぞっ! 効いているようだ!」
しかしその時、真由美が振り向き、
「中畑主任! マーラから大量の紫外線と赤外線が放射されています! ノイズと思われるマイクロ波も増加して来ましたっ!」
「えっ!? どう言うことっ!?」
その時またもや突然メインモニタの一角にウインドウが開いて、
”メーザー照射ヲ中止セヨ。マーラハメーザーヲ吸収シ、自己ノエネルギーニ転用シテイルト推定サレリ。エネルギー光線ヲ強化サセル惧レアリ”
由美子は慌てて叫ぶ。
「メーザー照射中止!」
3機は即座にメーザーを止めたが、マーラの振動は収まらない。その上、バリヤーが徐々に強く輝き出した。
「しまった!! 全機撤退しろっ!」
伊集院が思わず叫んだ直後、マーラは強力な光を発した。
+ + + + +
「うわあああああああああっ!」
マーラの強力な光を受け、サトシは思わず眼を閉じた。おそるおそる薄目を開けてみると、光は収まっていたが、カプセルのスクリーンに映し出された周囲の光景を目にした時、全身から血の気が引くのを感じた。
「こ、これはっ!……」
矢橋帰帆島は一面の火の海となり、金属は溶けて水溜まりのようになっている。更に、道路のアスファルトが炎上し、真っ黒な煙を上げており、樹木は一本たりとも存在していなかった。慌てて周囲を見渡してみると、幸いな事に6機のオクタヘドロンも分離したカプセルも反重力フィールドのお陰か、全機無事である。その時、スクリーンの一角にウインドウが開き、マサキの顔が映った。
『全員無事かいなあっ!』
「こちら沢田! だいじょうぶですっ!」
『こちら橋渡! なんとか大丈夫です!』
『こちら玉置! こっちもなんとか無事えっ!』
『こちら形代! わたしも一応だいじょうぶですっ!』
リョウコの応答が無い。サトシは愕然とし、夢中で、
「北原っ! だいじょうぶかっ! 応答しろ! おい! 北原っ!」
サトシの懸命の呼び掛けにも拘わらず、リョウコからの応答は来ない。サトシは全身から汗が噴き出すのを感じた。
(失神したのかっ!)
続く
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'たとえ、君を抱いても ' composed by QUINCY (QUINCY@po.icn.ne.jp)
原初の光 第七話・端緒
原初の光 第九話・同調
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