第一部・原初の光




「やったぞおおおおっ! ガルーダも無事だ!」

 伊集院の叫びと共に、ジェネシス本部で大歓声が上がった。

 +  +  +  +  +

第五話・涼風

 +  +  +  +  +

『サトシ君! 応答して! サトシ君!!!』

 我に返ったサトシの耳に由美子の声が飛び込んで来る。

「はい! 沢田サトシです! だいじょうぶです!」

『サトシ君! 聞こえるのねっ! 無事なのねっ! よかった……。ほんとに、無事でよかったわっ!!』

「だいじょうぶです! ご心配をおかけしてすみませんでした!!」

『リョウコちゃんは?! リョウコちゃんはどうしたの!? どこにいるの?!』

「北原は、いえ、北原さんは後部座席に……。ああっ、そう言えば!」

と、ここで気付いたサトシは慌てて後を向き、

「おい北原さんっ! 北原さんっ! だいじょうぶかっ!? おいっ!! 気絶したままだ! 中畑さん! 北原さんは後部座席で気絶しています! すぐに救援をおねがいします!」

『わかったわ! 今マサキ君がそっちに向かってるし、本部からすぐ救護ヘリを送るから!』

 その時丁度マサキが搭乗したアスラが現場に到着した。胴体はガルーダと同じ形だが、色は紺色で、頭は三角錐に三本の角を生やしたような形である。

『こちらアスラ! 現場に到着しましたで! 通信はモニタしてました! 目視でもガルーダは無事のようでっせ! 怪物も活動を停止しとります!』

『こちら中畑! マサキ君、ご苦労さま! なんとかなったようよ!』

『おーい! 沢田君! こちら四条や! やったやないけ! このやろ、オレの出番をなくしやがって。はははは。でも無事でよかったなあ!!』

「ありがとう。四条さん。……でも、なんて言ったらいいのか…、僕、ジェネシスには参加しない、て言ったのに……、みんなに、こんなに心配をかけちゃって……、なんて言ったら……」

『まあまあ、つもる話は本部へ帰ってからやな。はははは。先に帰って待っとるでえ。こちらアスラ。では本部に帰還します!』

『こちら中畑。了解したわ! 沢田君。もうすぐ救護ヘリが到着するから、それにリョウコちゃんを乗せてね! 医療班の人に任せてくれたらいいわ! ガルーダは一緒に行っている機関部の人に任せてちょうだい! 遠隔操作で本部まで移動させるから! 一緒にヘリに乗って来てね!』

「はい。……あ、でも、白川さんに連絡しなくちゃ……。すみません。知り合いの人に連絡をとらなくちゃいけないんですが……」

『大丈夫よ。連絡先を教えてくれたら、本部と警察から責任を持って連絡するから。きっと乗って来てね! 約束よ!』

「はい……。じゃ、そうします……」

 +  +  +  +  +
 +  +  +  +  +

「よかった……。シンジくん……」

 レイは思わず呟いた。笑顔でプラグから降り立ち、ミサトやリツコの祝福を受けるシンジの姿が見える。これが真実の光景である筈がないのに、何故か嬉しくて仕方ない。

「ああっ!……」

 突然青い光の中に浮かぶ映像が切り替わり、またもや思わずレイは叫んでいた。そこには、入院している自分の所に花束を持って見舞いに来てくれたシンジの姿と、それに応える自分の笑顔が映っている。こんな光景はかつての歴史には全くない。そして、その次の瞬間、青い光とその映像は忽然と消えてしまった。

「きえた……」

 レイは再び呟いた後、また膝を抱えて今の映像を思い出し、

(どうして、こんなもの見たの……。これはわたしの願望なの……)

 自問自答を繰り返したが、無論答は出て来ない。しかしただ一つ、レイの心に奇妙な確信のようなものが芽生えて来た。

(シンジくん……。もしかしたら、みんなを、助けてくれるのかも……)

 +  +  +  +  +
 +  +  +  +  +

「いやー、えらいこっちゃったなあ。こんな恐ろしいもん、初めて見たで。おい、そう言うたら、サトシちゃんどないしたんや。お前、見てへんか!?」

「私は見てへんえ。あんたこそ知らんのかいな。大丈夫かいな。サトシちゃん、どないしたんやろ。まさかあの騒ぎでとないかなったんやろか」

「縁起でもないこと言うなや。まあ、少なくともワシの見た限りではこの近所では死人は出とらへんみたいやったけどなあ……」

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

「おい、電話や!」

「はい、白川です。へ!? 警察!? はい……、はい……、はあ! そうですか。どうもおおきに、すんまへんでした」

「おい。警察からやと!? なんやて言うとる?」

「サトシちゃん無事やて。ホンマによかったわあ。なんでも、政府の関係の、じぇねしす、とか言うところで保護されているんやて。あとで連絡させる、ちゅうことやで。ホンマによかったわあ。ほっとしたわ」

「おお、そうかそうか。そらよかった。ほっとしたわ。そやけど、その、じぇねしす、て、なんやねん?」

 +  +  +  +  +

 本部への輸送中のヘリの中でリョウコは意識を回復した。サトシは慌てて、

「あっ、北原、さん、気がついたの?! わかる!?」

「さわだ……くん……? どう……なったの……?」

「怪物は倒したよ。北原さんのおかげだよ。ありがとう。ほん…とに…、あり…、ううっ、ぐすっ」

 思わず声を上げて泣き出しそうになったサトシに、リョウコは、

「よかった……」

と、ゆっくり手を伸ばし、サトシの手を握った。相変わらず無表情だったが、微かに開いた瞳に僅かに微笑みが浮かんだように見えた。

 +  +  +  +  +

 サトシ達がジェネシス本部に到着したのは正午頃だったが、その直前あたりから日本中は上へ下への大騒ぎとなった。

 ジェネシスに関する政府発表と怪物の襲来、オクタヘドロンと言う新兵器の登場とそれによる怪物の迎撃など。政府関係者とマスコミは情報の収集と整理に忙殺され、大混乱の一日は暮れて行った。

 +  +  +  +  +

 8月16日23:20。

 相変わらずスタッフが慌しく動き回るジェネシス本部の中央制御室で、インカムを着けた伊集院がメインモニタを睨みながら怒鳴り声を上げている。

「観月橋の処理班! 怪物の死体の大きさと重さはどれぐらいだ!? 運搬出来そうか?」

『こちら処理班です。伊集院本部長、怪物は推定通り、1本の首の長さは約20メートルです。それが8本ありまして、根元が1本に纏まっています。尾の長さは約3メートルですね。まさに「ヤマタノオロチ」です。

 ガルーダが切れ目を入れたりレーザーで焼いた部分は焼き付いています。戦闘中に血のような物が吹き出したようですが、どう見ても「サビ水」ですね。現在の所、放射能は検出されていません。携帯電子顕微鏡でサビ水を調べても、有害と思われるような未知の微生物は発見されませんでしたし、化学検査でも毒物は検出されていません。

 更に、怪物を目視する限りではこれは生物ではありませんね。表現が良くないのですが、まるで土を固めて作ったような感じです。通常の方法では運搬は無理と思われますから、オクタヘドロンを使って運ぶしかないですね。ガルーダとアスラ、それともう1機持って来て、ワイヤーロープをかけて川沿いを飛行すれば何とか運べるでしょう』

「現在もう1機何とか運搬ぐらいなら使えそうなのは、となると、ディーヴァしかないな。よし、ディーヴァを使おう。アスラも帰還しているから一緒に送る。後は遠隔操作で何とかしろ。運搬ルートは宇治川、淀川、桂川の順だな。国土交通省には連絡しておく。もう夜も遅いから慎重に運べよ。それから、『サビ水』の処理もせねばならないが、どうする?」

『サビ水の方は、現在橋の上に溜まっています。一部は川へ流れてしまいました。無害とは思いますが一応、下流の各自治体を通じて水道局に連絡すべきですね。取水制限を行うべきです。現在淀川の水を使っている自治体は少なくなりましたから、それほどの影響は出ないと思いますが、水質検査を強化して貰う必要があります』

「よし判った。それも連絡しておこう。では後を宜しく頼む」

『了解しました』

 慌ただしく動き回る伊集院の所へ、秘書の細川治美がコーヒーを持って来て、

「本部長。このへんでコーヒーブレイクになさったら如何ですか」

「ありがとう。おお、キリマンジャロか、いい香りだ……。うーむ、美味い……。君がいれてくれたコーヒーはいつも絶品だな。……ところで細川君、パイロットの様子はどうだね」

「四条君は自室で待機中です。沢田君と北原さんは現在医療部で検査を受けています。二人には中畑戦術主任が付き添っています」

「そうか。今日は彼らに大変な苦労をかけたからな。ゆっくり休んで貰おう。これからの戦いは長い。何よりも英気を養って貰わねば。ああ、それから沢田君の所属手続きはどうなってる?」

「はい。総務省には一応連絡しておきました。ただ、最終的な本人の意思確認を取っていませんので、明日もう一度本人に聞いて、本人が了解したら正式に手続を行う予定です。……でも、あの子達も大変な時代に生まれたものですわね………。他人事とは思えないですわ」

「うむ、君のお子さんももう小学生だったな……。生まれて来る者は時代を選べない。子供達の未来は我々にかかっている。頑張らねばな。

 ……そう言えば、彼等の転校手続きはどうなってる? 四条君は地元の高校生だが、その他は京都の中学校に転校になるからな」

「はい、沢田君以外は今朝手続きをしておきました。沢田君に関しては了解してくれたら明日する予定です。……昔と違って、長期の夏休みとか冬休みとかはなくなりましたし、来週から登校ですね」

「そうだな。学校も完全週休二日制になった代わりに、長期の休みはなくなって、短期の休校が散らばるようになったな。……しかし、『夏休み』がないと言うのは、なんとも……。ふふ、こんな事を言うとは私も年かな。

 ……お、それと、今日は新しい情報担当が着任する予定だったんだな」

「はい、先程関西空港に着いたと連絡がありました。この騒ぎで交通機関は足止め状態でしたので、本部到着は明日になると言う事です」

「関西空港か。……余談だが、よく関空も復旧出来たものだ。まあ、あの島はマヨネーズみたいな泥の上に埋め立てをして作ったから地震には強かったのだろうが……。それにしても大したものだ。

 ……ああ、それはそうと、今日の京都五山の送り火は中止になったんだな」

「はい、明後日に延期になりました」

「うむ。関係者には気の毒だが、この混乱では市民の安全の確保は無理だからなあ。……まあ、明後日なら大丈夫だろう」

 +  +  +  +  +

「はい、これで診察と検査は完了よ。お疲れさま。特に異状は見当たらないわ」

 ジェネシスの医療部長の木原美由紀がサトシに微笑みかける。

「ありがとうございました」

 小柄だがなかなかの美人である女医の診察を受けていたサトシは、少々緊張していて、

(なんだかてれくさいな。…そう言えば北原はだいじょうぶだろうか……)

「あのー、先生」

「なあに」

「北原さんの具合はどうですか?」

「北原さんは精密検査を受けてるけど、特に大きな問題はないみたいよ。念のため今日は医務室に泊ってもらうことになっているわ。……でも、北原さんのことを気遣ってあげるなんて、沢田君て優しいのね。うふふ」

 美由紀に心の奥底を見透かされたような気になったサトシは思わず赤面し、

「いえ、そんな……。ありがとうございました。失礼します」

と、慌てて席を立ち、診察室の外に出た。

「うふふ、照れちゃって……」

 美由紀は笑いながら、机上のインタホンのボタンを押す。

「由美子、結果が出たわよ」

『はあい。今行きます♪』

 程なくして隣室から入って来た由美子が、

「どう? 二人の具合は」

「沢田君は全く異状ないわね。いきなりあんなことをしたからかなり興奮してアドレナリンが大量に出たみたいだけど、今は落ち着いてるわ。怪我もしてないしね。

 北原さんは、特に問題ないみたいだけど、ちょっと気になることがあるのよね。それも詳しくは精密検査の結果待ちなんだけどね」

「と、言うと、なにか病気?」

「ううん。病気というほど大したことじゃないけど、彼女体温と血圧が低いのよ。あの年代の女の子にしては異常なほど。……でも、特に大騒ぎするほどのことはないと思うけど。……まあ、検査結果はもう少ししたら出るから、明日また連絡するわ」

「どうもありがとう。お願いね」

 +  +  +  +  +

 一夜明けた8月17日。昨日の大混乱がやや収まった政府関係各機関では本格的に今後の対応に関する検討が始まっていた。

 まさかジェネシスの正式発表の日に怪物が襲来するとは考えてもいなかった総務省と内閣官房では、ジェネシスの今後の活動に関する各省庁からの問い合わせが、昨日に引き続き朝から殺到し、それに応対するだけで殆どの職員の手を取られてしまい、通常業務が全く行えない状態だった。その上、警察、消防を含めて地域防災体制を早急に確立せねばならないため、各地方自治体との連絡とマニュアル作りに追われていた。

 防衛省では陸自の最新鋭兵器たる11式準音速戦闘ジェットヘリが怪物に全く歯が立たなかった事が深刻な問題に発展しつつあったし、今後海自、空自ともに対怪物戦闘に関する戦術を早急に検討せねばならない事になり、対応に追われていた。

 国土交通省では、今後の怪物の活動及び迎撃戦闘による道路や交通機関その他の施設の破壊に対してどう対応するかに関して検討せねばならなくなった。

 外務省は諸外国での怪物の襲来に関して情報を集める必要が発生した事と、今後怪物が国境を越えて移動した場合の迎撃に関して諸外国との協調をどうするかに関し、各国大使館との連絡に追われていた。

 厚生労働省では今後の医療体制をどうするかの問題が発生していたし、怪物が未知の細菌や微生物を保有していた時の防疫をどうするかが深刻な問題になっていた。

 財務省は、現在ただでさえ財源不足で困窮しているのに、今後予想される膨大な支出をどう手当てするかで関係者は頭を抱えていた。

 経済産業省では、怪物の襲来が日本の産業と経済に与える影響に対しての検討に追われていた。

 文部科学省はジェネシスと防衛省に対する応援体制の検討に入った。

 農林水産省では今後の食料の確保についての検討が始まっていた。

 環境省では、怪物との戦闘によって起こる環境破壊にどう対応するかに苦慮していた。

 法務省は、今後の怪物との戦闘によって起こる非常事態に対する法的問題の検討に追われていた。

 一方、ジェネシス発足で大騒ぎしている所へ飛び込んで来た怪物の襲来と迎撃のニュースで大混乱、テレビ・ラジオともに特別番組の編成に大童となり、新聞社も号外の発行と特別報道体制の確立にてんやわんやだった昨日から一夜明けた各報道機関も、流石に昨日の大混乱からは一応脱していた。しかし、本格的な報道はこれから、と言う事もあり、マスコミ関係者は慌ただしく動き回っていた。

 また、インターネットではジェネシスや怪物に関しての話が爆発的に流れ出した。何しろ、速報性と双方向性では優れたメディアだけに、玉石混淆の情報が乱れ飛び、色々な発言者の意見が乱立してまさに百家争鳴状態だった。その混乱がそのまま世界中に向かって発信されたのである。

 そして、一般市民の生活は、少なくともジェネシスの事後処理が順調に進んでおり、それが逐一報道されていた事と、幸いにも日本中がお盆休みだった事もあり、一応の落ち着きを見せ始めていた。

 +  +  +  +  +

トゥル トゥル トゥル トゥル トゥル……

「う、うーん、もう少し…………。あれっ!?」

 電話の音で目覚めたサトシは、自分の目に入ってきた周囲の光景に一瞬驚いて思わずベッドの上に起き上がった。

(そうか……。ここはジェネシスなんだ……)

 昨夜は医療部で診察を受けた後、中畑由美子によって本部の隣りにある職員専用の集合住宅に案内され、この部屋を使うように指示された。流石に非常に疲れていたのでシャワーを浴びた後すぐに寝たのだが、興奮していた事もあって中々寝付かれず、やっと明け方になって眠りに就いたのであった。

トゥル トゥル トゥル

「はい、沢田です」

『由美子です♪ 沢田君。おやすみだったかな♪』

「あ、はい、どうもすみません……」

『もうお昼近いわよ♪ 大丈夫だったら一緒に食事をしましょ。その後で色々と打ち合わせたいこともあるから』

「はい、わかりました。すぐ行きます。どこへ行けばいいんですか」

『食堂はわかるかな。案内があるからわかると思うけど』

「はい、わかります。では食堂へ行きますので」

 +  +  +  +  +

「沢田く~ん。こっちよ~♪」

 食堂に着いて中を見渡すと、由美子と一緒に細川治美が座っている。治美はややハスキーな声で、

「おはよう、沢田君。落ち着いた?」

「はい、だいじょうぶです」

「じゃあ、早速で悪いんだけど、あなたの意思を確認させて欲しいの。昨日はあんな状態でガルーダに乗ってくれたけど、あなたはまだジェネシスの一員ではないわ。正式に協力して戴けるのかしら」

 サトシは一瞬言葉に詰まった。昨日は無我夢中でガルーダに乗って戦ったが、確かに自分はジェネシスの一員ではない。

(どうしよう……。あらたまって聞かれると……)

 サトシはおずおずとした表情で顔を上げた。治美と由美子は言葉を待っている。

(昨日はあんな無茶をやってしまったけど、今考えてみると……)

 その時サトシの脳裏に、昨日のヘリの中での北原リョウコの瞳の輝きが浮かんで来た。思わず顔を下げて手を見ると、リョウコが自分の手を握ってくれた時の感覚が蘇り、心の中に今まで感じた事のない温かい物が込み上げて来る。

 サトシはもう一度顔を上げて由美子の顔を見た。優しい表情をしている。サトシは思い切って口を開き、

「協力させて下さい。よろしくお願いします」

 それを聞いた治美は微笑みを浮かべ、

「そう、ありがとう。では学校の事も含めて手続きをしておくわね。後の事は中畑さんから聞いて貰えばいいわ。じゃ、私はこれで」

と、言って席を立ち、食堂を出て行った。由美子は、ほっとした顔で、

「沢田君、ありがとう。私もうれしいわ。これから一緒に頑張りましょうね。じゃ、とにかく食事をしましょう。なんにする? 定食でいいかな?」

「はい、それでいいです」

「じゃあ取りに行きましょうか。こっちね」

 二人は席から立ち上がった。

 +  +  +  +  +

 向かい合って食事を始めて間もなく、由美子が、

「ところで、こんな時で悪いけど、敢えて聞くわね。昨日ガルーダに乗ってくれた時、遠隔操作じゃなくて、ドッキングして戦ったでしょ。通信が途切れたから仕方なかったとは思うけど、なぜ勝手にドッキングしたの? オクタヘドロン、つまり、ガルーダやアスラの総称なんだけど、あのロボットは移動する時の都合を考えてドッキング出来るようになっているけど、戦闘中は危険だから分離して遠隔操作で動かすようになっているのよ。

 ……そう言えば、リョウコちゃんも最初は分離せずに戦っていたみたいね。分離するように指示したのに、あの子、無我夢中だったのか、分離しないでそのまま怪物に飛びかったわ。そして、怪物の攻撃を受けて墜落しかけた時、安全装置が働いてカプセルが分離したわけね。その後はあなたが乗ったんだけど、通信が途切れた時になにがあったの?」

「え、それは……」

 サトシは由美子の質問に、何と答えたらいいのか言葉に詰まってしまった。昨日はリョウコが、ドッキングして戦え、と言ったからそうして戦ったのだが、リョウコもそんな指示を受けていたのではなく、寧ろ命令違反をしていたのである。しかし、サトシはその事を由美子に告げていいのかどうか判らず、

「……すみません。勝手なことをしてしまって。あの時は無我夢中で、わけがわからずにやってしまいました。……危ないことをしてごめんなさい」

「そう……。まあ、無事だったからいいけど、これからはあんな無茶したらだめよ。なによりもパイロットの安全を確保するために、戦闘時は分離してね。じゃ、もういいわ♪ このことは忘れましょう。さ、こんな話はやめて、食後のコーヒーでも飲もうか♪ 私のおごりよ♪」

「はい、ありがとうございます」

「それから、お昼から今後の訓練についての説明をするわね。みんなと一緒に聞いてちょうだい。中央制御室の隣の第一訓練室で13時30分から始めるわ」

「はい、わかりました」

「あ、それともう一つ、これはどうでもいいって言えばいいことなんだけど、私ね、わりと相手のことを名前で呼ぶのよ。アメリカに長くいたからだと思うんだけどね。それでさ、あなたのことも、『サトシ君』、って、名前で呼んでもいいわよね? あなたも私のことを名前で呼んでくれていいから♪」

「は、はい、問題ありません……、じゃ、中畑さん、じゃなくって、由美子さん、って、呼ばせてもらったら……」

「そうそう、それでいいわよ♪ みんなにもそうしてもらってるから♪」

 その時、由美子は妙な感覚に囚われた。

(ん? 私、サトシ君のことを、断る前から既にサトシ君って呼んでいたんじゃ……)

 そして、サトシも、

(あれっ、由美子さん、確か昨日僕がガルーダに乗った時、僕のことを名前で……)

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

 由美子のスマートフォンである。二人は我に返り、

「はい、中畑です。ああ、美由紀。……はい、……はい、……わかりました。すぐ行くわ。……悪いわね~、サトシ君。ちょっと用事が出来ちゃった。私、行くから、ゆっくりコーヒー飲んでてね。じゃ、後で」

「はい」

 由美子は食堂を出て行った。前を見ると、由美子がコーヒーを飲んでいたカップにくっきりと口紅の跡が着いている。サトシは少しドキッとし、由美子の端正な唇を思い出して思わず赤面してしまった。

 +  +  +  +  +

コンコン

 ノックの音がした。木原美由紀はドアに向かって、

「どうぞ」

 医務室のドアが開いた。顔をのぞかせたのは由美子である。

「ああ、由美子。待ってたわ」

「リョウコちゃんの検査結果はどうだった?」

「北原さんだけど、昨日も言ったように、低体温、低血圧以外は特にこれと言ってなにもなかったわ。健康体ね。でも、注意した方がいいのは低血圧よ。彼女もパイロットでしょう。激しい飛行をしたりして極度に興奮すると、最悪は失神する危険性があるわ。まあ、成長期だから、これから運動なんかして行けば改善されるとは思うけどね。ただ……」

「ただ、って、なに?」

「これは医学的に根拠があるわけじゃないんだけど……、私、昔、あるイタコさんを診察したことがあるのよ。その人が、ちょうど北原さんのような低体温、低血圧だったの。そう言えば、顔色とか、体格も似ていたわね」

「と、言うことは、彼女は、イタコのような体質、だと言うの?」

「うん。別に『イタコ体質』と言うのがあるわけじゃないけど、彼女、もしかすると、失神したりしたら、うわ言を呟いたりする、つまり、『神懸かり体質』なのかもね。魔法使いには向いているかも知れないけど、オクタヘドロンに乗せる時は注意した方がいいわよ」

「わかったわ。充分注意しておくわね。……あ、それはそうと、五山の送り火が明日の夜に延期になったでしょ。ちょうど飲み会の日なんだけど、来ない?」

「いいわねえ。行く行く。じゃ、くわしくは明日の夕方にでも」

「じゃ、またね」

 +  +  +  +  +

コンコン

「どうぞ」

 伊集院が応えると本部長室のドアが開いた。現れたのは機関部長の山上である。

「伊集院本部長。ちょっとよろしいですか」

「ああ、山上君、何かね?」

「実は、ガルーダのフライトレコーダの件なのですが……」

「おお、あれか。いやあ、防衛省からも早く提出しろって、うるさいのなんの、だよ。報告書がまとまり次第、提出してくれたまえ」

「いや、そうじゃないんです。実はレコーダの内容に疑問が生じたので、メインコンピュータを解析したところ、信じ難い事がわかりまして……」

「何だね? それは」

「メインコンピュータのプログラムが勝手に変更されていたんです。しかも、信じられない程見事に改善され、ガルーダの動作効率がかなりアップするような内容になっています」

「なにいっ!? どう言う事だ!? 勝手にプログラムが変更されていたと言うのか!?」

 その時、ドアがいきなり開いて、一人の男が現れた。

「ジェネシス情報部情報担当、山之内豊、只今着任致しました」

 伊集院と山上はいきなり現れた山之内に驚いて思わず絶句した。そして、伊集院は山之内をまじまじと見つめた後、苦笑しながら、

「君が山之内君か。入って来る時はノックぐらいしたまえ」

「いやあ、どうも失礼致しました。ジョークですよジョーク。楽しんで戴こうと」

「君がいたアメリカでは面白いジョークになるかも知れんが、ここは日本だ。今後は日本流で頼む」

 伊集院に切り返され、山之内は苦笑して肩を竦める。その時、

コンコン

「どうぞ」

「失礼します。中畑です」

 入ってきた由美子は山之内を見て、

「ああ~っ! なんであんたがこんなとこにいるのよっ!」

と、思わず大声を上げた。山之内は微笑み、

「おお、これはお久し振り。相変わらず君もお元気そうで何よりだ。しかし、全く昔のままだな。いや、ちょっとは大人になったかな。わははは」

「あんたにそんなこと言われる筋合いはないわよっ! 大体ねっ!」

 その時、伊集院がまたもや苦笑しながら、

「君たちの再会を祝してあげたい所だが、その話の続きは別の場所で願いたいね。…中畑君。何かね」

 そう言われた由美子は、流石に態度を一変させ、

「失礼致しました。先般より御指示を戴いておりました、今後のパイロットの訓練計画の概略が纏まりましたので報告書を持参致しました」

「うむ。御苦労だった。早速本日14時からの会議の議題とする。…ああ、それから中畑君と山之内君は旧知の間柄のようだから詳しい紹介は省略するが、山之内豊君は本日より情報担当を受け持って貰う。…それから山之内君、現在中畑君には戦術主任を受け持って貰っているので、宜しく協力し合ってくれ給え。二人とも本日の会議に出席するように。以上だ」

「了解致しました」
「了解致しました」

 由美子と山之内は「合唱」してしまい、思わず顔を見合わせたが、由美子の方は少し怒ったような表情で退室して行った。山之内も一礼して本部長室を出て行く。

「やれやれ。元気な事だねえ。…さて、山上君。さっきの件だが、ガルーダのプログラムが変更されていた事に関してはまだ伏せておいてくれ給え。この件に関しては中之島博士に相談せねばならんだろうな。アポを取っておくから、君もその時は同行してくれ」

「了解しました。では本日の会議では、ガルーダの戦闘に関する分析の報告にとどめておきます」

 +  +  +  +  +

「あんたねえ、なんでこんな所にいるのよっ!! さっさとアメリカへ帰りなさいよ! それに大体、さっきの態度はなに?! ほんとに失礼なんだから!!」

 廊下を歩きながら、由美子は山之内に悪態をついていた。

「うーん。流石に戦術主任さんだけあって元気でいいねえ。しかし、あんまり怒ると可愛い顔が台無しだぞ。いや、怒った顔も可愛いかな。わはははは」

「ほんっとに、もう……。あんたって、最っ低! あんたなんか、怪物に食われちまえばいいのよっ!」

「怪物に食われるのはちと希望から外れるなあ。君に食われるのなら本望だがな。わはははは。…じゃ、僕は着任の挨拶がまだ残っているからこのへんで失礼」

「ちょっと! まだ話は終わってないわよ! 待ちなさ…」

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

 由美子のスマートフォンである。

「はい、中畑です。ああ、細川さん。はい、第一訓練室に集合ですね。…もう全員そろっている、と。はい、じゃすぐ行きます。…あれ?」

 電話を切った時には、山之内は既に消えていた。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'パッヘルベルのカノン ' mixed by VIA MEDIA

原初の光 第四話・奔流
原初の光 第六話・安寧
目次
メインページへ戻る