第一部・原初の光





 京都駅新幹線ホームに降り立った少年は、手にした封筒の中の手紙を出して暫く見ていたが、やや心細そうな面持ちで出口を探し始めた。そして、階段を降り、新幹線コンコースで周囲を見渡し、手紙に書いてあった新幹線八条口を見つけると、ややうつむき加減な姿勢でその方向に体を向け、歩き出そうとしたが、その時、少年の側を通り過ぎようとした人物とぶつかってしまい、その人物が手にしていた鞄を落下させてしまった。

「あっ。どうもごめんなさい」

 少年は慌てて鞄を拾い上げ、その人物に鞄を手渡そうと顔を上げ、その人物を見た。

「……」

 その人物は、やや翳りのある表情をした、抜けるように白い肌の美少女だった。

 ショートカットの髪の色も薄く、存在感も希薄な感じであったが、その澄んだ瞳が発する光だけは、何かを主張するかの如くに強く輝いている。少年はその少女に思わず見入ってしまい、鞄を差し出したまま、暫時、思考を停止したかのように動けなくなってしまった。

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第二話・宿命

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(え?……、どこかで……)

 そう感じたのも束の間、

「いいえ」

 少女は無表情のまま、抑揚のない声でつぶやくように返答すると、少年の手から鞄を受け取り、新幹線八条口の方へ向かって行く。

(なに、かんちがいしてんだ。……会ったはずなんかないよな……)

 一瞬の後、少年は我に返り、気を取り直したかのように顔を上げ、八条口に向かって歩き出した。

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(お!……)

 新幹線八条口の改札口にいた駅員は眼を見張った。眼の前の自動改札機をショーカットの美少女が通り過ぎて行く。

(……どっかで見たような……。髪はショートカットやし、毛の色は薄いし、顔は白いし……、昔、何かで見たような気がするんやけどな……)

 今度は眼の前を、何ともおとなしそうな少年が通り過ぎて行く。

(……あれ! こっちはこっちで……)

 体は華奢で、これと言った特徴もなく、中性的な感じすら窺えた。しかし、やはりどこかで見たような感じがする。

(……なんでやろな。今日は、どう言うこっちゃ……)

 その時だった。後から肩を叩く者がいる。振り向くと、同僚の駅員が立っていた。

「おい、交替やで。メシ行って来いや」

「お、もうそんな時間か。ほな、ちょっと行かしてもらうわ」

 その駅員は、席を立ち、改札口の外の喫茶店に向かった。

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 新幹線八条口の改札口から外に出ると、そこは京都駅八条口である。

 少年は手にした手紙の末尾をもう一度見た。

『新幹線八条口の階段を降り、改札口を出た所が京都駅八条口です。そこ で迎えの者と合流して下さい』

 周囲を見渡したが特にそれらしき人物は見当たらない。少年は当惑した表情で暫くそこに立っているしかなかった。

 数分後だっただろうか。明るい声で、

「沢田サトシ君ね。遅れてごめんなさいねっ♪ わたし、中畑由美子、って言います。ヨロシクねっ♪」

 沢田サトシと呼ばれた少年は声の人物を見上げた。そこにはややウェーブがかったロングヘアーを輝かせた、如何にも活発そうな20代半ばの女性が立っている。

 身長は160センチぐらいあろうか。パールホワイトのブラウスの上に真赤なジャケットをラフに羽織り、黒いスリムなスラックスを身に着けたなかなかの美人である。

「もうちょっと早く迎えに来るつもりだったんだけど、道が混んでいてこんな時間になっちゃったの。ほんとにゴメンね♪

 さて、と。では早速出発しちゃおうか、って言いたい所なだけどお、もう一人一緒行く人がいるのよ。

 えーと、確かこのへんにいる筈なんだけどねえ……。あ! いたいた。あそこにいたわ。北原リョウコさ~ん。こっちよ~♪」

 由美子が呼びかけた方を見ると、驚いた事にそこにいるのは先程新幹線コンコースでぶつかった少女である。サトシはさっきの事を思い出して、思わず赤面してしまった。

 北原リョウコと呼ばれた少女は相変わらず無表情のままこちらへやって来る。

「あなたが北原リョウコさんね♪ わたし、中畑由美子。ヨロシクねっ♪ こちらの男の子は沢田サトシ君。一緒に行く人ね。じゃあ行きましょうか♪」

「はい」

 リョウコは抑揚のない声で答えた。サトシは、何故こんなに照れ臭いのか自分でも判らないまま、まだ少々上気した顔を俯かせて由美子の後に従った。

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「定食一つ」

「はい」

 件の駅員は、駅構内の喫茶店の窓際の席に陣取っていた。店員に注文を告げた後、時間潰しに雑誌でも読むかと思い、近くの本棚に行こうとした時、

(お……)

 ふと見ると、座っている席の隣の椅子にマンガの単行本が置いてある。

(なんでもええわ……)

 そう思った駅員はその本を手にした。

「新世紀エヴァンゲリオン (1)」

(なんや、古いマンガおいとるなあ……)

 苦笑しながらページをめくった時、窓の外を通った人影にふと気を惹かれ、顔を上げると、

(お、ベッピンさんやんけ……。あれ?……)

 眼の前を、これまたどこかで見たような、真っ赤なジャケットを羽織ったロングヘアーの美人が通る。

(あ、さっきの……)

 続いて、さっき見た少年と少女が通って行く。

「お待たせしました」

 振り返ると、店員が定食を運んで来ている。

「おっ、おおきに」

 その駅員は箸を取り、食べ始めた。そのまま左手でマンガをめくる。

「ん!?……」

 キャラクターの顔が眼に飛び込んで来る。

 碇シンジ

 綾波レイ

 葛城ミサト

「あ! 思い出した。これや……」

 反射的に窓から外を見たが、無論の事、昔見たアニメのイメージに似た三人の人物は、とっくにいなくなっていた。

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 由美子は駅前の一時駐車場に置かれていたシルバーグレーのスポーツカーの所へ二人を連れて行った。

「こんなクルマでごめんね〜♪ ちょっと狭いけど、沢田君、後に乗ってちょうだいね。北原さんは助手席に乗って♪ 北原さんシートベルトしてね。じゃあいいわね。行くわよ♪」

 由美子の運転するスポーツカーはエンジンの咆哮を上げて走り出した。結構ラフな運転である。

 車は、京都駅八条口から西に向かって進み、堀川通を右に曲がって北に走った。

「このクルマはねー。最新式のハイブリッドエンジンを積んでいるのよ♪ 容量型ガスタービンとモーターを組み合わせてあるの。

 ほら。スタートした時はエンジン音がしたけど、すぐ静かになったでしょ♪ ある程度加速すると、タービンは止まってモーターだけで動くの。高速道路なんかを一定の速度で走る時は、ガスタービンだけで走るのよ。

 ええと。二人とも京都は初めてでしょ♪ ……今、左にあるのは西本願寺ね。浄土真宗本願寺派の本山よ。夜だからよくわからないかな。この道は堀川通って言うの♪」

 サトシが由美子の話につられて左側を見た時、反対車線を前方から走って来た車のライトによって明るく照らされたリョウコの横顔が目に入った。

 抜けるように白いうなじ、端正な横顔。

 サトシはまたもや赤面して俯き、

(ぼく、一体どうしたんだろう……。なんだか今日はおかしいぞ……)

 その時、由美子がまた明るい声で、

「ここが二条城よ♪ ライトアップしてあるからきれいでしょ♪ 二条城には天守閣はないんだけどね。りっぱなお城よ♪ 徳川幕府十五代将軍の徳川慶喜が大政奉還したところよ」

 車は丸太町通を左に曲がって西に進み、やがて嵐山に到着した。由美子はスピードを落とし、とある料亭の駐車場に車を停める。

「さあ、着いたわよ。ここは『吉蝶』って言う有名な料亭なの。知ってるかな♪」

 由美子は料亭の入口にいた者に来訪を告げ、女将への取次を依頼した。女将はすぐに現れ、

「ようこそ、おいでやす。さあ、離れの方へどうぞ。お連れさんはもうお待ちでいらっしゃいますえ」

 女将は三人を離れに案内すべく歩き出した。由美子が後に続く。

 サトシは初めて見る高級料亭の大きさに圧倒されながら由美子の後に着いて行ったが、リョウコは相変わらず無表情のまま、サトシの後を歩いている。渡り廊下を通り、離れ座敷に着くと、女将は襖越しに声をかけ、

「ごめんやす。お連れさん、お見えにならはりました」

 女将が襖を開けると、中には既に数人の人物がいた。

 五十代半ばと思しき一番年長の男性、中学生から高校生ぐらいと思われる男女が二人ずつ、そして、年長の男性の隣りには、由美子と同じぐらいの年齢と思われる、髪をショートカットにして縁なしメガネをかけた、知的な表情の女性、である。

 年長の男性が顔を上げ、

「中畑君。御苦労だった。お二人は沢田君と北原君だね。まあ、そこへ座りたまえ。……女将、後はいつもの通りだ。人払いを頼む」

「へえ、承知致しました。ではどうぞごゆっくり」

「……さて、これで全員が揃ったので始めさせて戴くとしよう。私はこの度、政府の特別プロジェクトで発足した特務機関ジェネシスの責任者を拝命した、伊集院輝明と言う者だ。まず最初に、ここに揃ったメンバーの紹介から始めさせて戴こう。

 私の隣りにいる彼女は、細川治美君。私の秘書だ。

 次に、沢田君と北原君を連れて来てくれた彼女は、中畑由美子君。ジェネシスの戦術主任だ。

 中畑君が連れて来てくれたお二人は、彼が沢田サトシ君。旧東京都出身で、長野育ちの14歳だ。

 彼女は北原リョウコ君。彼女も旧東京都出身で、山梨育ちの14歳だ。

 こちらにいる彼は、四条マサキ君。地元京都の出身で16歳。

 その隣りの彼女は玉置サリナ君。旧大阪市出身で京都育ちの15歳。

 反対側に座っている彼は橋渡タカシ君。福岡市出身の15歳。

 その隣りの彼女は形代アキコ君。広島市出身の14歳だ」

 サトシはそっと他の五人の顔を見渡した。

 北原リョウコは既に見ている。

 四条マサキは、所謂「体育会系」のイメージだった。髪はやや短め、ザンバラな感じで、「ヤンチャ坊主」、と言ってもいいだろう。

 玉置サリナは、如何にも「大阪の女の子」と言う雰囲気である。顔立ちは北原リョウコと対照的に、所謂「濃い」感じだ。

 橋渡タカシは、やはり九州男児のイメージがあると言うか、骨太で豪快な雰囲気であった。

 そして、形代アキコである。

(?……)

 サトシは少々意外な印象を受けた。髪型は、所謂「うさぎちゃんロングヘアー」であり、こちらも美少女なのだが、どう見ても純粋な日本人の顔なのに、妙に「バタくささ」を感じてしまう。

 更に奇妙な事には、今日が初対面の筈なのに、何かどこかで縁があったように思えてならない。北原リョウコの時と同じである。

(まただ。……どうしてなんだろ……)

 当然の事ながら、そんなサトシの思いとは無関係に、伊集院は続けた。

「君達には詳しい事情も知らせずにわざわざ呼び付けて大変申し訳なく思っている。結論から言おう。本日君達に集まって貰ったのは他でもない。君たちに、ジェネシスの一員として働いて貰いたいのだ」

 伊集院の突然の依頼に、六人の少年少女達は全く訳が判らずに面食らった表情をしたが、すかさず四条マサキが口を開き、

「あのー。働けっちゅうても、いきなり過ぎてなんのことやらわけがわからへんやないですか。もうちょっと詳しく事情を話したってくれはりませんか」

「うむ。確かにその通りだ。では順番に説明しよう。これから話す事は、余りにも荒唐無稽なので、とてもではないが信じられないと思うが、とにかく聞くだけは聞いて欲しい。

 そもそもの発端は、今から12年前に起こったあの大災害『マハカーラ』にあるのだ。

 あの大災害は、現在でも多くの科学者による研究は続いているが、科学的には全く説明が付かない出来事だった。しかし、実に馬鹿げてはいるが、あの出来事を説明出来る仮説が一つだけある。それは、

『非常に強い霊的エネルギーによって、物質界と精神界の間の隔壁の一部が壊されてしまい、魔界に存在していた高圧の邪念が人間界に吹き込んできた事によって起こった災厄だった』

と言うものだ。

 そして、何故、『物質界と精神界の隔壁の一部が破壊された』かについては、『マハカーラ』の49日前に旧東京都で起こった事件が関係している、と推測されるのだ。

 君たちは、『羯磨の光』事件を知っているかね? おそらくは知らないだろうな。何しろ、『マハカーラ』のせいで、その直前の出来事など、大人でもカケラ程も憶えていないだろうし、ましてや君たちはその頃はまだ小さな子供だったんだからな。一番年長の四条君でさえ4歳だったし、他の諸君には知る由もなかったと思う。

 その後、『マハカーラ』で記憶も記録も無茶苦茶になってしまったから、後から事件を知る事もなかっただろう。ここに当時の新聞のコピーがある。まずはこれを見てくれ給え」

 伊集院はそう言うと、手元にあったコピーを細川治美に命じて配らせた。欄外の日付を見ると、「1999年6月28日付、毎朝新聞朝刊」とある。

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「宗教法人摘発時に青酸ガス。警官、教祖、信者等多数死傷」

 6月27日、警視庁は誘拐、殺人及び死体損壊の疑いでかねてから内偵中であった宗教法人「羯磨の光」(祇園寺羯磨教祖)の摘発に踏み切ったが、その際、教団側で予め用意してあった青酸ガスが放出され、警官7人が死亡。五人 五人 が意識不明の重体となった。

 教団側は、祇園時教祖と本部に集結中だった信者142人が全て死亡。青酸ガスは摘発を予想して準備していたと思われる。

 この教団は、無関係な人を誘拐し、「羯磨神への生贄の儀式」と称して、猟奇的な殺人行為を定期的に行っていたらしく、都内で行方不明になり、捜索願いの出ている人の内の何人かはこの儀式の犠牲になったと見られるが、詳細は不明。

 今後の解明が待たれる。
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 ややあって、伊集院は続けた。

「この祇園寺羯磨と言う男は、異常なオカルトマニアだったらしい。

 初めの内は、自分と数人の仲間だけで超能力や魔法の研究をやっていたのだが、次第に仲間が増えて宗教法人を設立したのだ。

 祇園寺は自分が『最高の超能力者』であると、本気で信じていたらしく、超能力で物質を自由に操る事が出来る、と公言していたそうだ。そして、段々それがエスカレートし、幹部信者には、『もうすぐ、世界を自由に出来る魔力を手に入れる』と漏らしていたらしい。現実の行動面では、その頃から殺人を含む怪しげな儀式を行うようになったようだ。

 話は前後するが、重要な事なので、ここで補足しておこう。祇園寺は本気で超能力を研究し、物質に影響を及ぼせると思っていたらしいが、これは正しい神秘学から見ると完全に間違った考えだ。

 人間の精神の力で影響を及ぼす事が出来るのは、あくまでも精神の世界に限られる。だからこそ人間は肉体を持っているのであり、精神世界から湧き出して来る情報を捉えて、自分自身の肉体を実際に使って物質界に影響を及ぼす、と言うのが正しい神秘学なのだ。

 超能力だの魔法だのと言うと、何か、『心で考えた事がすぐ実現する術』のように誤解されているが、ここを間違ってはいけないのだ。

 祇園寺は、この『間違った神秘学』に毒されていた事は間違いない。しかし、当然の事なのだが、『間違っていた』故に、『自分が最高の超能力者』であると思い込んでいたにも拘わらず、『自分が思っているような結果』を得る事は出来なかったに違いない。簡単な予言や透視の程度なら出来たのかも知れないし、少々の事ならばトリックを使って信者を騙す事も出来ただろうが、信者に公言していたレベルの結果などは得るべくもなかっただろうから、段々焦りが出て来て、自分自身すら騙すようになって来たのだろう。

 そして、古今東西の怪しげな魔法や呪術を『糞真面目』に実践するようになり、最後には殺人を含む儀式の実践にまで至ったと思われる。

 さて、この『羯磨の光』事件の当日なのだが、この日も祇園寺は儀式を行っていた。そして、その儀式のクライマックスは、どうも、『青酸ガスによる集団自決』だったらしい。自分も含めて信者全員が死ぬための儀式だ。どう考えてもまともとは思えないのだが、連中は必死で儀式を遂行していた。そして、青酸ガスを放出した所に警官隊が踏み込み、あの顛末となった訳だ。

 その後、警察が儀式の次第書や幹部信者の日記などを押収して調べた所、祇園寺が行っていた最後の儀式は、『原初の暗黒』と称するもので、副題として、『魔界と現実界を融合するための神聖なる行い』と銘打ってあったらしい。しかし、悲しいかな、警察ではこれが何を意味するか全く判らず、検討の対象にすらならなかったのだ。そしてその後、『マハカーラ』のせいで詳しい捜査を行うどころではなくなり、そのままウヤムヤになってしまったのだ。

 さて、問題の核心だが、さっき私が言ったように、『精神が物質に直接影響を及ぼす』事は、本来は有り得ない。しかし、どう考えてもナンセンスな話なのだが、我々が入手した祇園寺の論文や信者の日記を見ると、祇園寺は、

『精神界と物質界の隔壁に穴を開けて両界を融合すれば、精神エネルギーは物質に直接影響を及ぼす事が出来る。そして、穴を開けるために何よりも必要なものは怨念と祟りである』

と、このように本気で考えていたらしいのだ。そして、そのための一連の作業を実践した。その最後の『締め括り』が『原初の暗黒』の儀式だったと言う訳だ。

 そして何と、祇園寺の論文には、

『この儀式を実践した四十九日後、中陰終了と共に、魔界と現実界は融合を始める。そして十二支が一巡する十二年後、融合は最終段階へと進む。その後遠からずして、全ては原初の暗黒へと帰還する』

と書いてあったのだ。

 正直言って我々としては、今でも祇園寺の理論は到底信じられない。そんな事が可能である筈がないのだ。しかし、この理論が正しかったと考え、祇園寺の儀式が有効であったと仮定すれば、今までの全ての現象に説明が付く事も事実なのだ。

 さて、取り敢えず説明の最初の部分は終わった。無論、もっと詳しい、具体的な説明もせねばならんし、我々の活動の拠点なども見て貰う積もりだが、まず何よりも、君達に無理矢理仕事を強制する訳には行かない。この仕事には危険も伴うし、詳細な情報を提供した上で、最終的に決定して貰いたいのだが、今までの説明で、何か質問があるかね。また、ここまでの話を聞いて、『こんな仕事は嫌だ』と思うのなら、今の時点でも構わないから率直に言って貰いたいのだ。無論、一旦任務に就いても、その後辞めるのも自由だ」

 六人は暫く沈黙していたが、マサキが口を開いた。

「あのー、すんまへん。僕はオカルトに関しては結構詳しいと自負しておるんですけど、伊集院さんもお役人さんでっしゃろ。とてもやないけど、アタマの固い役人さんがこんなことをまともにやるとは思えへんのです。

 まあ、こんな大がかかりなことやって僕らをだましても金にはならへんやろうし、元々僕のところに来た連絡は、ちゃんと学校を通じて政府の方から連絡して来たみたいやったさかい、伊集院さんは信用するとしても、ホンマのところ、政府が機関を作ってこんなことやるっちゅうのは、誰か、よっぽど力のある人がバックにいると考えるしかあらへんのと違いますか。

 一体その人は誰なんです? それを知りたいですわ」

 橋渡タカシも、

「僕もそう思います。伊集院さんは信じるとしても、こんな馬鹿げたことに政府が金を出すとは信じられんですたい。一体、誰の指示があったとですか? 教えてください」

 玉置サリナも、

「ウチも同感やね。ちょっと話がめちゃくちゃ過ぎて、信じられへんわ。具体的な証拠は、伊集院はんが見せてくれるっちゅう話やけど、それ以前に、こんな組織が出来たこと自体がまともとは思えへんわ」

 形代アキコも、

「わたしも同じです。わたしはどうせ身寄りもいないし、ここで仕事をすること自体は考えてもいいとは思うとります。じゃけんど、いくらなんでも、ちょっと話がマンガみたいじゃけんねえ」

 リョウコは相変わらず無表情のまま沈黙している。サトシはうつむいたまま、じっと考え込んでいた。

(どうしよう。僕、一体どうしたらいいんだろう。ああ、わからないよう。どうしたら……)

 伊集院は少々当惑した表情で、

「君たちの疑問はもっともだ。しかし、私も現在どこまで答えていいのか……。その辺りに関しては非常に微妙な問題もあって……」

 その時、隣の部屋から声がした。

「構わん。伊集院君。私が話そう」

 襖が開き、人影が見える。

「!!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!!」

 全員の視線が集中した先に現れた人物を見た六人の少年少女達は絶句した。

 一瞬置いて伊集院が、

「陛下! おいでになっておられたのですか!」

「うむ、驚かせてすまない」

 何とも驚くべき事に、その人物は天皇であったのだ。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 クールに思える北原リョウコですら、顔色を変えている。

 絶句している六人を一通り見渡すと、天皇は軽く頷き、

「今日は事実上のジェネシス発足の日だからね。せっかく皆さんに来て貰っているし、私も顔を出してみるか、と思ったのだよ。

 ……ああ、皆さん遠い所をどうも有り難う。緊張するな、と言う方が無理かも知れないが、まあ気楽にして下さい」

 余りにも意外な人物の登場に、六人は面喰らって絶句したままである。天皇は続けた。

「四条君と言ったね。御明察だよ。ジェネシス設立の要望を出したのは私だ。この機関の任務は今後の人類の命運を左右するカギを握っていると言っても過言ではない、極めて重要なものなのだ。さっき伊集院君が事の発端について説明してくれたが、後は私が話そう。

 このジェネシスと言う組織は、私が政府に進言して出来たものだ。無論、表立ってはそうなっていないがね。この組織のネットワークは世界的なものだが、一応、各国毎に独立した存在になっている。例えばイギリスでは『円卓の騎士団』と言う名前だし、インドでは、『ソーマの杯』と言う名前だ。このように、世界各国にネットワークが広がっている。

 我々の最大の目的は、精神界と物質界の間にあった隔壁に開いた穴を塞いで元に戻す事だ。そのための研究を進めて来たし、必ず目的を達成出来ると信じている」

 流石に天皇が相手だと気後れするのか、マサキがおずおずと、

「真に申し訳おまへんけど。お伺いさせていただいてもよろしいでっしゃろか」

「うむ。何でも聞き給え。何かね?」

「もしおっしゃるように、物質界と精神界が融合してしもうたとしたら、『頭で考えたことが簡単に現実化する』っちゅうことになりまへんか?」

「そう。その通りなのだ。実はその現象は徐々に表面化している。

 まだ大々的に公表された訳ではないが、科学技術の分野で既にその兆候が表れているのだ。

 この所、やたらと色々な発明や発見が続いているだろう。科学者もそのあたりの異常さには薄々気付いているようだ。しかし、彼等としては、まさかそれを『魔界のエネルギーのせいだ』とは決して思わないからな。私がこの現象に気付き、陰陽寮に調査の指示を出した時は、まだそれほど大した状態ではなかった。精々、『占いが良く当たるようになった』ぐらいのものだったのだ。

 所が、徐々に事態が進行して行くに連れ、『思考の現実化』が始まっている事が判明した。政府を通じてアメリカに相談を持ち掛けた時、アメリカもその事実だけには気付いていて、最初は、『やたらと研究が上手く行く。夢の兵器も簡単に開発出来る』と喜んでいたらしい。ところが日本からの相談で、この現象が世界的な物である事を知り、愕然としたのだよ。

 この状態が進行すれば、『アメリカの世界戦略』どころではなくなる。全ての国で核兵器を遥かに上回る兵器を簡単に開発出来るとなれば、間違いなく地球は破滅するからな。

 そのため、各国共同で急いでこの事態を収拾する方策を検討した結果、このような組織が発足するに至った、と言う訳なのだよ。

 我々の目的は、さっきも言ったように、『精神界と物質界の融合を解消する事』だ。しかし実は、そのための副次的な作業として、色々な事を行わねばならない。そのあたりの事は、寧ろここよりもジェネシス本部に行って説明した方がいいだろう。実際にものを見て貰ってからの方が理解しやすいだろうからな。…伊集院君。どうだろう。これから本部に移動したら」

「はい。拝承致しました。

 …では諸君。もしよかったら本部の方に移動しようと思うのだが、どうだろう。無論、行きたくなければ、君たちの今日の宿泊のためにホテルは予約してあるからすぐにタクシーを手配させて戴くが」

 六人の少年少女達は全員無言のままだった。暫くして伊集院が、

「よし。では移動に同意して貰ったとみなす。実は本部はここのすぐ近くにあるのだ。この座敷の裏に通路があるから、こちらへ来てくれ給え」

 伊集院は立ち上がり、さっき天皇が現れた隣りの部屋に入った。床の間の掛け軸をめくり、壁の数ヶ所を順番に押すと、奥の壁の一部が開いた。

「ここがエレベータになっている。では諸君。行こうか。陛下、真に申し訳ありませんが、御同行戴けますでしょうか」

「うむ。無論だ」

 全員が伊集院に続いてエレベータに乗った。内部のボタンを操作すると、エレベータは地下に向かって下降を始めた。

(とうとうここまで来ちゃった……。大丈夫かな……。心細いな……)

 エレベータが下降するに連れて、サトシは段々心細くなって来て、おずおずと回りを見渡した。他の少年少女達は、やや心細そうには見えるものの、何か覚悟したような表情をしていた。しかし、リョウコだけは相変わらず無表情なままだった。

 エレベータが停止し、伊集院が歩き始める。

「さて、では陛下は貴賓室へおいでになって下さい。準備が出来次第、連絡申し上げます。細川君。陛下の御案内を頼む」

「はい。判りました」

 治美は天皇と共に歩き出した。

「では諸君。我々は会議室だ」

 通路の突き当たりのドアを開けると、そこはまるでテレビで見たNASAの管制室のような所であった。そこでは職員と思われる十数人の人々が、何事もないかの如く、作業に集中している。

 サトシは流石に驚き、目を見張った。

「ここが中央制御室だよ。まあ、詳しくはおいおい見て貰うことになるだろうが、ジェネシスの心臓部だ。こちらへ来てくれ給え」

 サトシ達は伊集院に導かれて、中央制御室を横切り、反対側のドアから隣りの部屋に入った。そこは大きなスクリーンと輪になったテーブルのある会議室である。

 伊集院はテーブルの一角に付いているボタンを操作し始めた。スクリーンはテレビの画面のように光り出し、その後薄いブルーの柔らかい色に落ち着いた。

「よし、これでよかろう。諸君、適当な所へ着席してくれ給え。今陛下をお迎えする」

 伊集院は電話機を取り上げ、ボタンを押した。

「ああ、細川君か。準備が出来たので、陛下をお連れしてくれ」

 ややあって、サトシ達が入って来た方の反対側のドアが開き、天皇と治美が入って来た。天皇は中央の席に着き、全員を見渡して言った。

「では皆さん。話を続けよう。先程私はジェネシスの目的まで話した。続いては君達に何をやって欲しいのかを具体的に言おう。一言で言うと、『魔法使い』になって欲しいのだ」

 六人の少年少女達は無言のまま一斉に驚いた顔を上げた。

「これから我々は、『精神界と物質界の分離作業』を行わねばならない。しかし、実はそこに大きな障害がある事が判ったのだ。その障害とは、『魔界から侵入してくる魔物』なのだ。これを見てくれ給え」

 天皇が手元のパネルを操作すると、スクリーンに奇妙な動物のような物が映し出された。六人は思わず嘆息を漏らす。

「これは何だと思うかね。『鵺』なんだよ。頭は猿、胴は狸、足は虎、尾は蛇の魔物で、先日皇居に出現したのだ。皇宮警察が出動したが、ピストルやライフル等の通常火器は全く受け付けなかった。その時はもう既にジェネシスのプロジェクトが動き出していた事もあって、偶々皇居に来ていた伊集院君がこれを鵺だと判断し、倉庫にあった『ある物』を使って仕留めたのだ。

 その『ある物』とは何だと思うかね。『神事に使う弓矢』なのだよ。それも、普通の者が射たのではだめだった。ジェネシスの関連で祈祷の修行をしていた者に射させてやっと退治出来たのだ。このあたりは伝説とは違う。伝説では、源頼政が射止めた事になっているが、今回は、『武人』では退治出来なかったのだ。

 この鵺の死体はジェネシスの地下倉庫に厳重に保管され、研究がなされている。その結果等に関してはまたこれから知る事になるだろう。

 さて、話は前後するが、私がさっき、『魔法使い』になって貰いたい、と言った理由は判って貰えたと思う。この戦いには、『物理的な力』のみならず『霊的な力』が必要なのだ。現在の所、出現が判明している魔物はこの鵺だけだが、今後、もっと強力な魔物の出現が予想されている。そのために、ジェネシスでは、霊的戦闘用の兵器を開発した。これを見てくれ給え」

 スクリーンに映し出されたのは、身長12メートルぐらいの8体のロボットだった。サトシの目はスクリーンに釘付けになり、マサキは思わず立ち上がって叫んだ。

「エヴァンゲリオンや!」

 その時、伊集院が天皇の方を見て、

「陛下。ちょっとよろしいですか」

 天皇が頷くのを見た伊集院は続けた。

「四条君。中々の御明察だ。少し補足しておくと、このロボットは昔の人気アニメ、『新世紀エヴァンゲリオン』に出て来たキャラクターのイメージをモデルにして作られている。しかし大きさはずっと小さいし、全体的にもっと肉太だ。名前も違う。詳しくはまた後で説明する事になるが、最大の違いは、『基本的にはパイロットは搭乗せず、遠隔操作で動かす』と言う所だよ。陛下、割り込みまして申し訳御座いませんでした」

 天皇は苦笑しながら、

「まるでSFのアニメみたいだと思うだろう。無理もない。さっきも説明したように、本来ならどう考えてもこんな物は完成する訳がない。にも拘わらず、出来てしまった、と言う事が重要なのだ。

 ジェネシスの目的は、襲って来る『物質化した魔物』を撃退し、霊的存在に還元して魔界に帰す。そして精神界と物質界の間に開いた穴を塞ぐ事。これなのだ。

 明日、世界中で同時に今回のネットワークに関しての発表がある。日本政府もジェネシスに関して正式に発表する予定だ。全世界に衝撃が走るだろう。しかし、発表はせねばならない。そして、我々はどうしてもやらねばならんのだ。

 本来、政治には一切口出ししてはいけない私が今回こうして出て来たのも、偶々、皇室に伝わる、本来は儀式に過ぎない陰陽道の占いが、『どう見ても常識では考えられない占断の結果と的中』を連続して出し続けた事で異常事態を知った故、宮内庁を通じて政府に相談したからなのだ。

 しかし、表向きには私は活動出来ない。今回の件に関しては全て私が責任を取る積もりではあるし、政府内文書にも記録は残すべきだと思うが、今の所は私は表には出られない。後は全て伊集院君に任せる事になるだろう」

 サトシはふと我に返って他の五人を見渡した。マサキもタカシもサリナもアキコも異様に目を輝かせてスクリーンを見詰めている。しかし、リョウコだけは相変わらず無表情のまま、静かに天皇の方を見ていた。

「さて、私としては、大体言うべき事は言ったつもりだ。後の事は君たちの選択に任せるとして、何か聞いておきたい事があるかね」

 天皇の言葉にタカシが呼応した。

「すみません。一つだけおしえてください。なんで僕は、いや、僕らは、ジェネシスの一員に選ばれたとですか?」

「それは、ジェネシスの要員、特に霊的戦闘員には、『霊的戦闘に対する適性と素質』が何よりも重要な要素となるからだ。これは、訓練だけではどうしようもない。素質が非常に大切なのだ。君たちは、その素質を持っているから選ばれたのだよ」

「その『素質』とはどんなことですか? それと、なにを根拠にして選んだとですか?」

「素質とは、無論、『魔法使い』としての適性だ。そして、選んだ根拠は占いだよ。陰陽師が占断したところ、『現在14歳から16歳までの男女で、不慮の事故が原因で両親を亡くし、カタカナの名前を持つ者。そして、何よりも重要なのは、8月15日生まれである事』と言う結果が出たのだよ。無論、今日は8月15日で、この占断を出したのは数ヶ月前の話だから、その時は『13歳から15歳』と出ていたがね」

 サトシは驚いて他の五人の顔を見た。他の五人も同じように他の五人を見ている。ただ、リョウコだけは相変わらず無表情のままだった。

「さて、如何だろう。我々に協力して戴けるだろうか。無論、無理は言わない。本来、君達に無理強い出来る事でもないからな。別に今日決めなくても、ゆっくり考えてくれれば良い」

 サトシは心から迷っていた。

(ああ……。どうしたらいいんだ。どうしたら……)

 他の五人を見渡すと、全員、うつむき加減になって考えていた。沈黙の時間が流れて行く。

 そんな中、凛とした声が響き渡った。

「わたし、やります」

 沈黙を破った声の方に全員が一斉に顔を向けた。声の主は北原リョウコである。彼女は無表情のまま、再度言った。

「わたし、やります。……それがわたしの宿命なら、のがれられないもの」

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'IN THEME PARK ' composed by Aoi Ryu (tetsu25@indigo.plala.or.jp)

原初の光 第一話・胎動
原初の光 第三話・無常
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