第四部・二つの光




 強烈な光と激しい地震が収まった後、メインモニタに開いたウィンドウには何も映っていなかった。

「どうなった!!!???」

 最初に言葉を発したのは五大だった。中之島が、オモイカネⅡのキーボードを叩き、

「……フェイズ・スキャナの通信が切れておる……」

 それを聞いたミサトと五大は、

「えっ!?」
「えっ!?」

 大急ぎで中之島の所にやって来た。中之島は、一気に気が抜けたような表情で、

「……亀裂が、塞がったのか、のう……」

 一瞬の沈黙の後、五大がマヤに向かって、

「そうだ!! 伊吹君! 八雲君のスキャンデータはどうなっている!?」

「分析します!!」

「青葉君! 君は地震の被害状況を調査しろ!!」

「了解しました!!」

 その時マヤが振り向き、

「分析完了しました!! 何もありません!!!」

 それを聞いたミサトは、

「八雲さん!!」

 ナツミは呆気に取られたような表情で、ポツリと、

「……なにも、……なにも見えません……」

 ミサトは、今度は中之島に、

「博士!! マギとオモイカネⅡの見解は!?」

 中之島も放心したような表情のまま、再びキーを叩くと、

「……『完了』……。それだけぢゃ……」

「完了、ですか……」

 ミサトは、放心したようになって床にへたり込んだ。

 +  +  +  +  +

第三十三話・終息

 +  +  +  +  +

「……終わったの、かしら……。……そうだわ……。時間は……」

 そう言いつつ顔を上げたミサトの眼に飛び込んで来たのは、壁の時計のデジタル表示だった。

 2016年2月14日0:03。

「博士……、24時を過ぎました……」

「あ、ああ……」

 ミサトも中之島もそれだけ言うのがやっとである。他のスタッフも喜びと不安が複雑に入り混じった感情に翻弄されたまま、黙り込むだけだった。

 しかし、そんな中、はっと気付いた五大が、日向の方を向き、

「そうだ! オクタヘドロンのカプセルはどうなってる!?」

 その時、

『こちら綾小路!! アカシャのカプセルが行方不明になりました!! 指示を願います!!』

「ええっ!!??」
「何っ!?」
「なんですって!?」

 五大と中之島の怒鳴り声が響き渡り、ミサトは血相を変えて立ち上がる。すかさず五大が、

「博士!! アカシャがあの加速度のまま光速に達したとして、その飛行距離を考慮した場合、他機のカプセルの現在位置から捜索する能力はありますか!?」

「充分可能ぢゃ!! スキャナとレーダーで捜索させるのぢゃ!!」

「日向君!! 連絡しろ!!」

「了解っ!! …こちらIBO本部日向!! カプセル全機に連絡します! その位置からレーダーとスキャナを使ってアカシャのカプセルの行方を調査して下さい!!」

 苦渋に満ちた表情で、五大は、

「現在のカプセルの位置を考えれば、通信波が届くのは1分後だな……」

と、呟いた後、マヤに向かって、

「伊吹君」

「はい!」

「八雲君の透視能力も使える限り使ってもらってくれ。鈴原君、洞木君、相田君にも協力してもらい、四人でアカシャのカプセルの位置を透視出来ないか、やってみてくれ」

「了解しました!」

 次にミサトの方を向くと、

「葛城君」

「はい」

「時田さんに連絡してくれ。現在の詳しい状況を説明した上で、JA臨時ベースキャンプの撤収作業にかかってもらってくれ」

「了解しました」

「今回はJAに大いに助けられた。そのあたりも踏まえて、鄭重に礼を申し上げておいてくれ。頼んだぞ」

「はい」

 ミサトが時田に連絡をとるべく電話の所へ行くのと入れ違いに、青葉が振り返り、

「本部長。地震の被害状況が一応まとまりました」

「どうなってる?」

「ジオフロント内部の設備には基本的にはほとんど被害はありませんでしたし、シェルターに非難した市民の人的被害もありませんでしたが、なぜか、ターミナルドグマだけが壊滅的な状況です」

「なんだと!?」

「完全に土石で埋まってる状態です。一部、亀裂が生じて、温泉の蒸気と亜硫酸ガスも大量に噴き出していますし、地熱で温度も相当上昇しています。生身の人間が入れる場所ではなくなってしまいました」

「うーむ、ターミナルドグマだけがなあ……」

「それから、地上の設備の被害状況ですが、これは使徒及び量産型との戦闘による兵装ビル等の破損も含めまして、都市機能は殆ど全壊しました。それから、地熱発電システムも5基の内4基が全壊し、使用不能になりました。残っている1基で本部の活動だけは維持出来ますが、あくまでも『現状維持』のレベルです」

「そうか。わかった……。では引き続き、アカシャのカプセルの捜索の方を頼む」

「了解しました」

 と、その時、持明院、加持、中之島の三人がやって来た。中之島が、ポツリと、

「本部長、今、三人で話しておったのぢゃが、ターミナルドグマ、地水火風の四大、全て揃っておるな。『大きな石』もぢゃ……」

 五大はゆっくり頷くと、

「成程。……『黄泉比良坂』は塞がれた、と言う事ですか。……元締」

 持明院も頷き、

「そうだな。……あるいは、あの地震にも何か意味があったのか……」

 加持も口を開き、

「向こうの世界のアダムが言っていましたね。ジオフロントはレリエルが作ったものだ、と。ならば、レリエルが消えた事と連動して、と言う事も……」

「うむ、確かに。…偶然か、必然か、それは判らんがのう……」

 中之島も同意した、その時だった。

トゥルルル トゥルルル トゥルルル

 突然着信音が響き渡る。加持が、顔色を変えてスマートフォンを取り出し、

「もしもし……」

『加持!! どうなってる!?』

「渡!!??」

 驚くべき事に、その電話は渡からのものだった。

「ちょっと待て!」

 加持は慌ててコンソールの所に行き、電話にマイクとスピーカを接続する。

『もしもし! 加持! そっちの状況はどうだ!? こっちのデータ通信回線はやっと復旧したぞ!! 電話回線もようやくなんとか、って所だ!! 使徒は倒せたのか!?』

 渡は一方的にまくし立てた。これを聞いたスタッフ一同は、全員、狐につままれたような顔をしている。

「ちょ、ちょっと待て。何の話だ!? お前、いつの話をしているんだ!?」

『お前こそ何を言う! 今の話に決まってるだろうが!』

「なにっ!?」

 加持は顔色を変え、

「ちょっと待て! 今日はいつだ!? 今、何時だ!?」

『何を寝ぼけた事を言ってるんだ!? 今日は2016年2月9日! 只今の時刻は0時6分! おっと、0時を過ぎたからもう10日だな!!』

「なんだと!!?? お前、腕時計を見てるのか?」

『そうだ!』

「確かお前のはアナログだったな?」

『そうだ!! それがどうかしたのか!?』

「日付と時間のわかる時計を探してよく見てみろ」

『何の事だ!?』

「いいから見てみろ!!」

『!! わかったよ。…………な、なんだこれは!!!??』

「やっとわかったか」

『加持! どう言う事だ! なんで今日が14日なんだ!!??』

「それを話すと、とんでもなく長くなる。とても電話では言えん。とにかくすぐにこっちに来い」

『なんだと!? 非常事態宣言はどうなってるんだ!?』

「ああ、それなら大丈夫だ。とにかくこっちに来い。安全は俺が保証する。心配なら腕の立ちそうな奴を何人か連れて来い」

『…わかった。とにかくすぐにそっちに行く』

「待ってるぞ。早く来いよ」

 加持は電話を切ると、五大の方に振り向いて、

「本部長、電話が通じたと言う事は、通信回線が復旧していると言う事だと思います。まず、京都財団との通信ルートの確立から始めるべきだと思いますが」

 それを聞いた五大は、

「おっ、そうか! 確かにその通りだ」

と、言った後、青葉に向かって、

「青葉君! 京都財団とがまず第一だが、その他の各方面との情報交換ルートも確認してくれ。第3の戦自とも連絡を取って、協調して確認を進めてくれ。何よりもそれがまず一番の仕事だ。それから、外部からの電力供給ルートだが、現在こっち側の遮断器は切っているんだな?」

「はい、そうです」

「では、それも復旧可能かどうか確認してくれ。もし可能なら復旧を検討しよう」

「了解しました」

 +  +  +  +  +

 2016年2月14日03:00。

 行方不明になったアカシャのカプセルの捜索を開始してから3時間が経過したが、全く何も発見されなかった。

「ぐすっ、沢田くん、どこ行ったんよ、また……。ぐすん、ううっ……」

「……………」

 アキコは泣きながら捜索を続けている。アスカは何も言えなかった。

 +  +  +  +  +

(フェイズ・スキャナにも反応なし……)

 ゆかりが唇を噛み締めながら、無言でスクリーンを睨んでいる。

「……………」

 その横でシンジも一所懸命になってコンソールに表示された数字を見詰めていた。

 +  +  +  +  +

(『渚くんっ!! 心配しないで!! かならず帰るからっ!!』)

 カヲルの耳にはレイの最後の言葉がこびりついている。

(渚君………)

 涙を懸命にこらえながら無言で計器の監視を続けるカヲルの様子を横目で見ながら、大作は何も言えなかった。

 +  +  +  +  +

 黙々と捜索を続けるリョウコの表情も硬い。

(サトシくん、レイ……)

 +  +  +  +  +

「八雲さん、どう?」

 マヤの言葉に、ナツミは悲しげに首を振り、

「なにも見えません……」

 他の三人を見ると、こちらも暗い顔をしている。

「とにかく、続けましょ……」

 マヤは再びコンソールに向かった。

 +  +  +  +  +

 中央でせわしなく動き回って情報を集めていた加持の所に、服部がやって来た。

「加持部長」

「おう、どうした?」

「渡さんがお見えになりました。情報部でお待ち戴いております」

「おっ、来たか。…で、一人か?」

「はい。お一人です。ただ、こちらには第2の戦自のジェットヘリでいらっしゃったと言う事です」

「そうか。で、そのヘリはこっちの駐屯地に行ったと言う事か?」

「そうです」

「そうか。渡だけなら、少々突っ込んだ話でも構わんな。…よし。とにかく先に戻っていてくれ」

「了解しました」

 そう言うと服部は戻って行った。加持は五大の方を向き、

「本部長、すみません。葛城と中之島博士、冬月先生の同席の許可を戴きたいのですが」

「わかった。許可する」

「ありがとうございます。博士、冬月先生、すませんが、ご同行を願います」

「うむ」

「判った」

 中之島がオモイカネⅡからケーブルを外し、立ち上がる。冬月もこちらにやって来た。

「葛城、行こうか」

「ええ。…あ、そうだわ。持明院さんと中河原さんにも同席をお願いして、今回の一連の事件の流れのまとめも並行してやりましょうよ」

「うむ、それがいいな」

 +  +  +  +  +

「待たせたな」

 そう言いながら、服部と渡が待つ情報室に加持が入って来た。後にはミサト、冬月、中之島、持明院、中河原、と続く。

「加持、一体どう言う事なんだ。街はメチャクチャだし、ここに来たら来たで、みんな気が抜けたような顔をしてるし……」

「まあ待て。順番に話すから。…あ、こちらは京都財団の持明院さんと中河原さんだ」

「持明院です」
「中河原です」

「それからこちらは中之島博士だ」

「中之島と申す」

 渡は三人を見渡し、一礼すると、

「内務省調査室の渡です」

「何!? 内務省の渡さん、とな?」

 中之島の表情が変わる。渡は訝しげに、

「はあ、それが何か……?」

「い、いや、すまん。何でもないのぢゃ」
(すっかり忘れておったわい……; まさかのう……;)

 かつて自分が書いたシナリオの登場人物との一致点を思い出した中之島は冷汗をかく思いである。その様子を目に留めた加持は、苦笑しながら、

「博士、どうなさいました? まさか、そちらの世界にも渡の双子の片割がいるんですか?」

 加持の言葉に中之島も苦笑し、

「いや、そうではないのぢゃ。つまらん事ぢゃよ。…実は、儂は昔、『例のアニメ』を元にして少々シナリオを書いた事がある。その中に、加持君の昔の同僚として、渡と言う人物を登場させたのぢゃ」

「ほう! それはまた……」

と、加持は感心したが、

「???……」

 渡は何の事か判らず、呆気に取られている。中之島は続けて、

「それでな、その事を今思い出してな、少々驚いた、と言う訳ぢゃよ」

「成程。まあ、その話も追々して戴きましょう。…博士、すみませんが、オモイカネⅡのセッティングを頼みます」

「うむ」

 中之島は頷き、壁のコネクタにケーブルを差す。一方をオモイカネⅡに接続した後、起動して、

「さて、準備完了ぢゃ。では、加持君、始めようかの」

「はい」

と、頷いた後、加持は、渡りに向かって、

「渡、まず最初によく聞いてくれ」

「うむ」

「ここにいらっしゃる中之島博士な」

「うむ」

「実はな、…この方は、異次元世界からいらしたんだ」

「なにっ!?」

 渡はそれだけ言うと絶句した。

 +  +  +  +  +

 2016年2月14日05:00。中央制御室。

 捜索開始から5時間が経過したが、依然、進展は何もなかった。このまま続けていてもラチは明きそうにない。

「やむを得ん……」

 意を決した五大が、苦渋の表情で受話器を手にする。

『情報部服部です』

「五大だ。打ち合わせ中すまないが、急用だ。中之島博士を頼む」

 +  +  +  +  +

「はいっ。……中之島博士、お電話です」

 中之島は頷いてソファから立ち上がり、受話器を受け取ると、

「中之島ぢゃ」

『五大です。博士、オモイカネⅡを使って、カプセルの操縦をこちらに強制的に移す事は可能ですか?』

 この五大の言葉が意味するものは明らかである。それを充分承知した上で、中之島は、

「無論可能ぢゃ。オクタのカプセルには緊急時に備えて強制遠隔操縦モードも用意してある。一旦このモードに入ればパイロットは何も出来ん」

『了解しました。ありがとうございます』

 +  +  +  +  +

「日向君、対策を練り直す必要がありそうだ。捜索は一時中断する。カプセル全機に対して帰還命令を出せ。もし指示に従わない機があった場合、中之島博士に頼んで操縦モードを切り替えて貰い、強制的に回収する」

「えっ!? …は、はいっ……」

 日向は「強制的」と言う言葉に一瞬驚いたが、すぐに頷いた。

「こちらIBO本部日向。カプセル全機に指示します。捜索を一旦中断し、全機帰還しなさい」

「それから伊吹君、八雲君、鈴原君、洞木君、相田君の四人には、別命あるまでは自室で待機して貰ってくれ」

「は、はい…」

と、やや悲し気に応えた後、マヤは申し訳なさそうに、四人に向かって、

「聞いてもらったと思うけど、捜索は中断します。全員、自室で待機していてちょうだい」

「はい……」
「はい……」
「はい……」
「はい……」

 四人も悲しげな表情で席から立ち上がった。

 +  +  +  +  +

「えっ!? 捜索打ち切り!?」

 中之島の言葉にミサトは顔色を変えて立ち上がり、

「本部長に言います!! アカシャのお陰で地球は助かったんですよ!! 沢田君とレイを見捨てるんですか!?」

「まあ待つのぢゃ」

 今にも立ち上がって五大の所に怒鳴り込もうとせんばかりのミサトの剣幕に、中之島は、

「初号機と弐号機がバルディエルに乗っ取られた時でも、最後まで見捨てんかった本部長の事ぢゃ。何か考えがあるのぢゃろう」

「は、はあ……」

 中之島の言葉に少々落ち着きを見せたミサトの様子に、加持も、

「そうだよ、葛城。冷静になって考えてみろ。今は言わば戦闘が終わった所だ。捜索の準備をやってから行ったのじゃないし、カプセル4機ぐらいで無闇に飛び回ったからと言って、速度も遅いから、おいそれと見つかる訳じゃないだろう。それに、パイロット全員、今、頭に血が昇ってるし、冷静で緻密な捜索は出来ないと言う事も考えれば、一時中断して、改めて対策を考える方が利口じゃないのか」

「なるほどね……」

 ミサトも何とか得心したようである。加持は中之島の方を向いて、

「博士、仮にですよ、もしアカシャが相当遠い所まで行ってしまったとしても、無線は通じますか?」

「ああ、それは大丈夫ぢゃ。やりとりには分単位の時間がかかるぢゃろうが、無線は充分通じるぞよ」

「では、多少のトラブルはあったとして、カプセル単独で帰還する能力はありますか?」

「それは問題ない。充分にあるぞよ」

「では、もしアカシャのカプセルが完全に破壊されていたとして、4機のカプセルのレーダーとスキャナで検知する事は可能ですか?」

「ミリ単位のカケラでもあれば、何らかの検知はしておる筈ぢゃ。しかし今までそのような結果が出ておらんと言う事は、逆にアカシャのカプセルは無事である可能性が高い」

「異次元に飛ばされている可能性もありますね」

「そうぢゃ。その可能性は充分にある。それらも踏まえて対策を練り直す方が利口ぢゃろうな」

 加持は頷くと、ミサトの方に向き直り、

「葛城。と、言う事だ。とにかく本部長から別途指示があるまでは、こっちはこっちでやっておこう」

「ええ、そうね。…わかったわ」

と、ミサトが席に座り直した後、加持は、

「渡。中断してすまなかったな。続けようか」

「え、あ、ああ……」

 +  +  +  +  +

「了解しました。……帰還」

 大作は悲しげにそれだけ言うとコンソールを操作した。カプセルが地球へ向かって加速を開始する。

「……………」

 涙を懸命にこらえ、うつむくだけのカヲルに、大作は何も言えなかった。

 +  +  +  +  +

「うっ、ううっ、……ぐすっ……」

 本部からの命令を受けた後、アキコは泣くだけで何も出来なかった。

「ううっ、ぐすっ、……ううっ……」

 しばらく経った後、アスカが苦渋に満ちた表情のまま、コンソールのボタンを操作し、ポツリと、

「本部に帰還……」

 地球に向かって加速を始めたカプセルの窓の外でゆっくりと動く星を見ながら、アスカは、

「レイ……」

 アスカの眼に映る星の光は滲んでぼやけていた。

 +  +  +  +  +

「帰還……」

 リョウコがインカムにそれだけ言うと、カプセルは静かに加速を始めた。

ポタリ

 一粒の涙が、リョウコの頬からコックピットの床に零れ落ちる。

 +  +  +  +  +

「碇さん、帰還命令が下りました。捜索を打ち切って帰還します」

「は、はい……」

「地球に帰還。全速前進」

 ゆかりがコンソールを操作すると、カプセルが加速し始めた。シンジの心に、言いようのない悲しみが湧き起こって来る。

(綾波……、沢田君……)

 思わず涙が零れ落ちそうになり、シンジは反射的に顔を上げた。すると、

「……、……」

 努めて気丈に振舞っていたゆかりの肩が細かく震えているではないか。

「うっ、ううっ……」

 こらえきれずに思わず漏らしたゆかりの嗚咽を耳にしたシンジの眼に、一層涙が溢れた。

 +  +  +  +  +

「カプセル4機、地球に向かって加速を始めました。現在の位置と速度から計算しますと、地球への帰還は50時間後です……」

 日向の声は暗い。

「まる二日、カプセルの中で『針の莚』か……」

 五大はそれしか言えなかった。

「とにかく後始末をせねばならん案件が山積だ。一つ一つ処理するしかないな。…日向君、私はちょっと部屋に戻ってやる事がある。その間ここを頼む」

「了解しました」

 五大は中央を出て行った。

 +  +  +  +  +

「ううっ……、ぐすん……、レイさん、沢田さん……」

 自室に戻ったナツミは、ベッドに腰掛けたまま泣いていた。

 +  +  +  +  +

「…………」

 トウジはベッドに寝転んだまま、ただじっと天井を見詰めていた。

 +  +  +  +  +

(神様、おねがいです。綾波さんと沢田さんをみつけてください。おねがいです……)

 ヒカリは机に向かい、手を組んでずっと祈り続けていた。

 +  +  +  +  +

「…平均秒速5000キロだったとして、1時間で進む距離は1800万キロだろ。それで、その時点で秒速1万キロだから、その後10秒で光速まで達したとしたら………」

 何もせずに落ち着いて待機していられる筈もない。ケンスケは一心にパソコンのモニタに向かって計算を続けていた。

 +  +  +  +  +

 情報部。

「異次元世界との関係に関しての一応の説明は以上だ。問題なければ次に行くが、何か質問があるか?」

 淡々と説明を続ける加持に対し、渡はただただ呟くだけだった。

「…そんな、そんなバカな……」

 ミサトが、

「渡さん、お疲れのようですが大丈夫ですか? 話が全部終わるまでにはまだ相当時間がかかると思いますよ」

と、渡を労わるように言ったが、無論こちらのメンバーも全員疲労困憊の極みである事は間違いない。

 それを聞いた加持が、

「そう言や、俺達もクタクタだな。ちょっと休むか。これからまだまだ長丁場だしな」

「そうしましょうよ」

 ミサトが相槌を打ち、全員がほっとしたような表情を見せる。加持は、服部に向かって、

「服部、すまんが、渡の部屋を用意してくれ」

「了解しました」

 加持は、改めて全員を見渡し、

「今、5時10分か。13時まで休憩と言う事にしよう。…と、言う事で、みなさん、お休み下さい。13時からここで再開します」

 +  +  +  +  +

 本部長室に戻った五大は、コンピュータをマギに接続した。

(オモイカネⅡは、と……。おっ、繋がってるな)

カタカタカタ……

 キーボードを叩き、中之島にメッセージを送る。

 +  +  +  +  +

「渡さん、こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」

 服部と共に渡が退室した後、冬月、中河原、持明院も立ち上がり、一礼して部屋を出て行った。中之島もオモイカネⅡを終了させようとして、キーボードに手を伸ばした時、モニタにメッセージウィンドウが開いた。

「おっ、案の定ぢゃ。来おった来おった」

 そう言いながら中之島がキーを操作する。

「本部長ですか?」

と、加持が画面を覗き込んで来た。

「そうぢゃ。オモイカネⅡのデータベースを使う許可を求めて来おったのぢゃ。無論許可しておいたがの。…おっ、早速計算を開始しおったぞ」

「やはり、アカシャの探索絡みですか?」

「そうぢゃ。現在の施設と持ち駒をフル稼働して、どうやったら最も効率的に探せるかを計算しておるのぢゃ。…では、そっちの方は五大本部長に任せて、儂等はちょっと休ませて貰おうかの。オモイカネⅡはこのままにしておこうかの」

「そうですね。…葛城、行こうか」

「ええ」

 画面でめまぐるしくデータ表示が更新され続けているオモイカネⅡを残し、三人は部屋を出て行った。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'祈り・オルゴールバージョン(Ver.2) ' composed by VIA MEDIA

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