第四部・二つの光




 ミサトは、五大の方に向き直ると、

「本部長、お聞きの通りです。とにかくヴァーユ以外のオクタヘドロン4機と参号機は一時回収します。その上で引き続き、黒い球体の処置に関して改めて作戦を立てたいと思います」

 五大は頷き、

「わかった。頼んだぞ」

「はいっ!」

 続いてミサトは、

「日向君! オクタヘドロン4機と参号機を回収して! パイロットは全員戻り次第、中央に出頭させてちょうだい! JAは地上で待機してもらって、引き続き警戒態勢を維持!」

「了解!」

「マヤちゃんにはヴァーユとの連絡を頼むわ! データを送ってもらって、博士と一緒に分析して!」

「はいっ!」

「青葉君は、大丈夫だとは思うけど、再起動の危険がないか、初号機と弐号機の状態をもう一度詳しく分析しておいて!」

「了解っ!」

 そこへ、一段落した、と見たのか、沈痛な面持の加持がやって来て、

「本部長、申し訳ありません。私が余計な事を言ったばかりに、インタフェースを逆に利用されてしまいました……」

 しかし、五大は苦笑して、

「それを言うな。もうすんだ事だし、君の責任じゃない。最終的に判断したのは私だ」

「はい……」

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第二十八話・束の間

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 五大はミサトの方に向き直ると、再び苦笑混じりに、

「葛城君、しかしそれにしてもまんまと一杯食わされたな。連中は翼なんぞなくても飛べるじゃないか。それにあの速度、あれはなんだ。完全にしてやられたよ」

 ミサトも、同じく苦笑して、

「はい、私もまさかと思いました……」

 そこに、これまた苦笑顔の中之島が割り込み、

「儂も今思い出したわい。そもそも『前の歴史』で、参号機がバルディエルに奪われた時の事をすっかり忘れておった。バルディエルは飛行機で輸送中の参号機を雲に隠れて奪い取ったぢゃろう。あいつは元々空中浮上能力を持っておったのぢゃ。それに量産型のエネルギーをプラスしおったんぢゃな……」

 ミサトは頷き、

「確かに、そうでした……」

「おまけに、キール・ローレンツとはのう……。参ったわい……。まあ、終わったと言えば終わった事ぢゃがのう……」

「ええ……」

 ここでミサトは、加持の方を向いて、

「加持君、前に言ってた、ドイツの件、こう言う事だったのね……」

 加持は頷き、

「ああ、まさかこうなってたとはな。俺も意外だったよ。要するに、ドイツ支部の四人は、何らかの方法で、キール・ローレンツの魂とも言うべきものを呼び出す事に成功したんだ」

と、応えた後、中之島に向かって、

「博士」

「何ぢゃな?」

「本来は、そんな事をやったとして、アカシックレコードに残ったカルマを読み取る事は出来ても、魂を呼び出す事なんかは出来ませんよね」

「ああ、その通りぢゃ。所が、虚構と現実が入り混じった現在の状況が、それを可能にしたんぢゃろうな……」

「そうですね……」

と、頷きつつ、加持はミサトの方に向き直り、

「それでだ、その四人はドイツにあった量産型伍号機に、『キールの魂』をこっそり植え込んだんだ」

「どうやって?」

「恐らくは、その四人の内の誰かが、人柱になったんだろうな。『キールの魂』を取り憑かせた状態で、量産型に自ら取り込まれたんだろう。そしてだ、そのままじゃ、手に入れたのは伍号機だけだから、何とかドイツ以外の量産型にも同じような事をやろうとしてあれこれ手を回していた所を、こっちが嗅ぎ付けた、と。所が、その直後に全ての量産型はバルディエルに取り付かれてしまったんだ」

「うん、なるほどね」

「しかしだ、バルディエルには取り付かれたものの、その状況を、これ幸いと、逆に利用してだ、自分の魂を植え付けたバルディエルをもう一度他の量産型全機に取り付かせて支配した、と言う所なんだろうな……。結果論だが、その四人がおかしな儀式をやっていた、って聞いた時に、これぐらいの事が、せめて想像出来る程度に、当時の俺達がオカルトの知識を持っていりゃあなあ……」

「うん……」

 ミサトは軽く頷くと、今度は中之島の方を向いて、

「まあ、でも、一応は一段落ついたと見るべきでしょう。残件の、量産型の再生の可能性と黒い球体に関しては、じっくり検討しましょう」

 中之島も、

「そうじゃな」

と、相槌を打った後、

「しかしのう、碇君には驚いたぞよ。あれが碇君の『言霊』なのかの?」

「今の所、そうだと断言出来る訳ではありませんが、今までの流れを見ますと、そうとしか思えないですね」

「うむ、葛城君と八雲君が透視能力、加持君はタロット呪術、そして碇君は言霊、と言う訳か。…虚構と現実の混同が進んでいる、と見るべきぢゃな」

「その通りですね……」

 その時、ミサトのスマートフォンが、

トゥル トゥル トゥル

「はい、葛城です」

『田沢です。初号機、弐号機共にパイロット全員は無事でした!』

「えっ! そうなの! よかった!!」

『現在医師が診察中ですが、大事ないと思われます!』

「わかったわ! よろしくたのむわね!」

 すかさずミサトは五大に向かって、

「本部長! 初号機、弐号機共に、パイロットは全員無事だったそうです!!」

「そうか!! それはよかった!!」

 五大の声も明るい。中央制御室に安堵の空気が広がった。

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 量産型と零号機が消えたと思われる場所にすぐに辿り着いた大作は、センサーとスキャナをフル回転させて調査してみたが、やはり何も見つからず、

「やっぱりな……。こちらヴァーユ! 中央応答願います!!」

『伊吹です!』

「量産型と零号機が消えた個所を再調査しましたが、やはりなにも見つかりません。調査を終了して帰還します!」

『了解! 気をつけてね!』

「さて、戻るか!」

 大作が操縦桿を倒すと、ヴァーユは地上に向かって急降下を始めた。

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 ミサトが青葉に、

「青葉君! 初号機と弐号機の様子はどう?」

 青葉は、コンソールを確認すると、

「今の所、完全に停止しています。エネルギー反応は全くありません」

「そう、じゃ、落ち着いて『黒い球体』の処置の検討に入れそうね」

と、言いつつ、ミサトは中之島の所に行き、

「博士、『黒い球体』の件ですが」

「うむ」

「さっきのキール・ローレンツの言葉から考えても、サード・インパクトを起こすためには重要な意味がある物だ、と言う事ぐらいは想像できますが、いかがでしょう。どう処置すべきでしょうね」

 中之島は、やや顔を顰め、

「何しろ情報がなさ過ぎるからのう。あそこで何かやらかせば、サード・インパクトを起こせる、と言うような事までは判るのぢゃが、それと、ここのジオフロントの四大エネルギーとの関連とか、例の『黒き月』、つまりリリスの卵ぢゃな。あれとの関連なんぞは、確たる事は言えんからのう。…どう始末するかのう……」

「確かに……」

と、頷いた後、ミサトは五大に、

「本部長、どう思われます?」

 五大は、二人の所に来て、

「博士の仰るように、何も情報がないからなあ……」

と、渋い顔を見せたが、その直後、

「そうだ! 博士! すっかり忘れていましたが、碇ゲンドウと赤木リツコを絞り上げれば何かわかるんじゃありませんかね!」

 それを聞き、中之島も表情を変え、

「おお、そうぢゃ! それを忘れておったわい! うむ、丁度いいぢゃろう! 今すぐに連中を絞ったらどうぢゃ!」

「やりましょう! もうこの際ですから、尋問などと言う、生ぬるい手を使わず、脳神経スキャンインタフェースを使って直接思考を読み取りましょう!」

「しかし、直接読み取った場合、想像と記憶の区別がつき難いぞ。それはどうやって判別するのぢゃ?」

「今までこちらが手に入れた情報を比較材料として、マギとオモイカネⅡに判断させればいいでしょう。…しかしですね」

「何ぢゃな?」

「最後の判断基準は、私のカンです。絶対に真実を見抜いてやりますよ」

「そうか、判った。よし、その線で行こうかの」

 五大は頷くと、ミサトに、

「葛城君」

「はい」

「警備班に連絡しろ。碇ゲンドウと赤木リツコの両名に拘束服を着せて動けなくしておけ、とな」

「はいっ!」

「君は技術部員を連れて行け。連中の頭に脳神経スキャンインタフェースをセットしてだ、構内汎用バスに接続させてくれ。その上で大量の気付薬を投与して二人を叩き起こすんだ。私と中之島博士で連中の思考を抜き取る」

「了解しました!」

「本部長、儂はオモイカネⅡの所で待機しておる。何時でも指示してくれ」

「お願いします」

 中之島はオモイカネⅡの置いてあるコンソールに戻って行った。

「では本部長、私も技術部員と打ち合わせをしまして、随時拘置室の方に行かせていただきます。準備が完了しましたら、連絡致しますので」

「うむ、わかった。頼んだぞ」

と、言った後、五大は離れて行った。その時、

「葛城部長」

 レイの声に振り向くと、シンジ、アスカ、レイ、サトシの四人が目前にいる。ミサトは思わず表情を緩め、

「あっ! みんなおつかれ!」

 レイが一歩進み出て、

「碇、惣流、綾波、沢田の四名、ただいま戻りました!」

「よく頑張ったわね! おかげで、初号機、弐号機とも全員無事だったわよ!」

「えっ!」
「よかった!」
「えっ!」
「そうですか!」

「それに量産型も一応全て破壊したわ。とにかく一段落ね」

 ミサトの言葉に、四人は一斉に安堵の溜息をつき、表情を崩す。

「でもまだ問題は完全には解決してないし、いつでも出られるように待機していてちょうだい。中央は離れても構わないけど、必ず連絡が取れるように、スマートフォンの電源は入れたままにしておくのよ」

「はいっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」

「あ、それから、そうだわ」

と、言った後、ミサトはニヤリと笑って振り向き、

「渚君!」

 壁際の椅子に座ってじっと待機していたカヲルは、ミサトの呼び声に立ち上がると、小走りでこちらにやって来て、

「はい、なんでしょう?」

「アカシャでのレイの仕事は終わったから、コンビを元に戻すわね」

「えっ? は、はい」

 ミサトの言葉に、やや顔をこわばらせていたカヲルは、表情を一気に緩めた。実は、レイの事が心配でならなかったのである。

「零号機はああなってしまったから、とにかく今はバックアップのパイロットと言う事になるけど、レイと一緒にいるのよ。わかったわね」

「はいっ!」

「シンジ君とアスカも一緒にいるのよ。沢田君は単独でいいわ」

「はいっ」
「はいっ」
「はいっ」

 ミサトはそう言うとその場を離れ、技術部員を一人捕まえて何やら指示し始めた。

 その時、ミサトとカヲルの様子を見ていたサトシが、

「あ、渚君」

「あ、は、はい」

 やや驚いて応えるカヲルに、サトシはニヤリと笑い、

「どうもありがとう。レイを君に返すよ♪」

「え、えっ?」
「え、えっ?」

 思いがけないサトシの言葉にカヲルとレイはぎょっとしたような表情を見せた。特に、レイの事が心配で、サトシに軽い嫉妬さえ感じていたカヲルの心中は穏やかではなかったのである。その様子を見ながらシンジとアスカもニヤニヤしている。

 サトシは続けて、

「そうしゃちほこばるなって♪ レイがアカシャに乗ってくれたからみんな助かったんだろ。その礼を言っただけだよ♪」

「そんな……、わたしはべつに……」
「えっ、……う、うん……」

 余裕の苦笑を浮かべるサトシを尻目に、レイは頬を染めてうつむいてしまった。カヲルはどう答えたらいいのか判らず、こちらも顔を赤くしてドギマギしている。

 更に、追い討ちをかけるように、サトシは、

「まあとにかくさ、僕とレイの臨時コンビは終わったんだから、葛城部長のおっしゃった通り、二人で待機しててよ。なっ♪」

「う、うん……」
「う、うん……」

「じゃ、そう言う事でね♪ 僕はちょっとトイレに行って来るから♪」

 そう言うと、顔を赤くしているカヲルとレイを残し、サトシはその場を離れて行った。

「あっ、アスカ、僕もトイレに行ってくるよ♪」

「あっ、あたしも行くわ♪」

 シンジとアスカもそう言うと、ニヤニヤしながら行ってしまった。取り残されたカヲルとレイは、一瞬言葉に詰まったが、すぐに同時に顔を上げ、

「あの……」
「あの……」

 互いの視線がぶつかり合う。二人はますます真っ赤になってうつむいてしまった。

「あっ、綾波さんから……」

「いえ、渚君から……」

 カヲルはやむなく、

「あ、そ、そう……。あのさ、ま、ここで立っていてもしかたないから、あの、…コーヒー、でも、飲みに、行かない……?」

「えっ? あ、偶然ねえ……。わたしも、いま、そう言おうと、思ってたの……」

「そ、そうなの。偶然だなあ。…じゃ、行こうか……」

「ええ……」

 そう言いながら、二人は俯いたまま中央を出て行った。

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 先に用を足し終えたシンジは、トイレの前でアスカが出て来るのを待っていた。暫し後、出て来たアスカは、

「あ、おまたおまた」

「そうだアスカ、せっかくだから、コーヒーでも飲みに行こうか」

「そうね。行きましょ♪」

 二人は並んで歩き出す。自販機コーナーへの道すがら、アスカがポツリと、

「でもさ、…ほんと、みんなたすかって、よかったわね……」

「うん、そうだね……」

 その時、アスカは先刻の事を思い出し、

「あ、シンジ、さっきさ、なんで、あたしのママによびかけるようなこと、言ったの?」

 シンジは軽く頷くと、

「それはさ、なんて言うかな、要するに…」

「ようするに、なに?」

「訓練の時さ、言葉に出したら、その通りになる、っての、あったろ」

「ことだま? あやこうじさんの言ってた、あれのこと?」

「うん、それがさ、急に、僕にできるんじゃないか、って、思ったんだ」

「シンジに?」

「うん、参号機が僕一人で動かせなかった時さ、アスカ、って叫んだら、アスカ、気がついたろ、それに、初号機に、母さん、やめてくれ、って、言ったら、初号機が止まっちゃったよね。それで、もしかしたら、って……」

「そうだったの。…じゃさ、やっぱり初号機にはシンジのおかあさんがはいってて、弐号機にはあたしのママがはいってる、ってことなの?」

 所が、シンジは、アスカの問いかけに、

「あ、その事だけどさ、それは、違うと思うよ」

「え? どうして?」

「なんとなくわかったんだ。初号機も弐号機もさ、僕の母さんとか、アスカのお母さんの思考パターンは植え付けられてるかも知れないけどさ、やっぱり、魂が入ってる、ってわけじゃないよ」

「どうしてそうおもうの?」

「言霊、ってさ、言葉に魂がある、って言うような考えだろ。つまり、言葉で心を表せる、って事だよね」

「うんうん」

「だったらさ、母さんやアスカのお母さんの言葉が入っていれば、僕らには、それが心のように感じられる、って事にならない?」

 それを聞いたアスカは、成程と思い、

「あっ、そうか。…そうよね」

「だろ。アスカのお母さんは弐号機が完成する前になくなっちゃったんだろ。だとしたら、魂が入ってるわけなんかないよ」

「たしかにそうよね……」

「だからさ、そう思うとよくわかるんだ。エヴァには、作った人の心、って意味でさ、僕の母さんやアスカのお母さんの気持ちはこもってるのかも知れないけど、魂が入ってる、って事はないよ。それと、実はもう一つあるんだけど」

「なに?」

「さっき初号機に呼びかける前に、頭にタロットの『女帝』が浮かんだんだよ」

「へえ、そうだったの」

「それでさ、女帝の顔だけが母さんの顔に変わったんだ」

「へえー」

「それでその時、思ったんだ。顔だけ変わった、って事は、見た目だけ変わった、つまり、見かけは母さんでも中身は違う、つまり、思考パターンだけなんじゃないか、ってね」

「なるほどねえ。…うん、わかった」

 アスカはやや寂しげに頷いたが、すぐに気を取り直し、

「そういやさ、加持さんはなんて言うか、タロット見ながらあたしがなおるように祈ってくれて、シンジの声聞いて、それであたしがなおったじゃない。ナツミとミサトは透視能力だし、シンジはことだま……。あたしもなんかできるのかなあ……」

「そうだよね。今は普通の状態じゃないみたいだしさ。アスカも向こうの世界に行ったことあるんだし……」

 そうこうしている内に、二人は自販機コーナーに辿り着いた。

「あ、シンジ、あれあれ」

 声を潜めてアスカが囁く。

「あ……」

 コーナーの片隅のベンチで、レイとカヲルが並んで座り、俯きながら飲み物を飲んでいるではないか。

「シンジ、あたしたちはさ、こっちのすみにしましょ。こっちなら観葉植物のかげで、どちらからも見えないわよ」

「うん、そうしよう」

 二人はコーヒーを買うと、反対側のベンチの隅に腰を下ろした。

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「綾小路、北原、形代の三名、只今帰還致しました」

 ゆかりの声にミサトが振り返る。

「あっ! おつかれさま! よく頑張ってくれたわね。ありがとう!!」

 そう言いながら、ミサトは心からの笑みを浮かべ、

「とにかく作戦行動は一段落したわ。スマートフォンの電源だけは入れておいて、適当に休憩してちょうだい」

「了解致しました」
「了解しました」
「はいっ」

 三人はミサトに会釈すると、中央を出て行った。

 +  +  +  +  +

 レイはベンチに座ったまま、両手でコーヒーの紙コップを包み込むように持ってうつむいていたが、意を決したように口を開くと、

「渚くん、…さっき、なんだか顔色がわるかったみたいだけど、だいじょうぶ?」

「えっ? いや、べつにそんな事はなかった、と、思うけどな……」

「そう。ならいいんだけど」

「どうして、そんな風に思ったの?」

「えっ、その……。わたし、中央にもどった時ね、まっさきに、あなたを見たのよ」

「えっ、そ、そうなの……」

「うん、渚くん、壁のところにいたでしょ。…それで、なんだか、元気ないみたいだったから、ちょっとそう思って……」

「い、いや、別にそんな事はないよ。はははは……」

「うん、わかった。へんなこと言って、ごめんね……」

 そう言いながら、レイはにっこり微笑んで顔を上げた。

 +  +  +  +  +

「シンジ、ほら、あれあれ」

「あ、綾波、あんなににっこりしてる」

 観葉植物の隙間から、こっそり二人の様子を窺っていたアスカとシンジは、顔をニヤつかせながら、小声で囁き合っていた。

「ねえシンジ、あのふたりさ、キスしたことあるかな」

「えっ? なに言ってんだよ。いくらなんでも、キスなんて……」

「シンジこそなに言ってんのよ。いまどきキスぐらいどうってことないじゃない」

「でもさ、あの二人だよ……」

 +  +  +  +  +

(あれ? なんだか妙な雰囲気だなあ……。ふふふ……)

 偶然にも、サトシも自販機コーナーにやって来たのだが、壁の陰から四人の様子を目に留め、苦笑しながらそっとその場を去ろうと振り返った。すると、ゆかり、リョウコ、アキコの三人がこちらにやって来るではないか。サトシは右手の人差し指を伸ばし、唇に当てた。

「どうなさいましたの?」

 近付いて来たゆかりが小声で問いかける。サトシは何も言わずに、レイとカヲル、そして、シンジとアスカをそっと指差した。

「……………♪」
「……………♪」
「……………♪」

「……………♪」

 女性三人とサトシは微笑しながらその場をそっと去った。

 +  +  +  +  +

 技術部員との打ち合わせを終えたミサトが、その部員と共に拘置室へ向かうべく、中央を出ようとした、その時だった。

「田沢です。全員戻りました!」

「あ、レナちゃん」

 ミサトの言葉が終わらない内に、慌しく動き回るスタッフの間を縫うように、トウジ、ヒカリ、ケンスケ、ナツミの四人が次々と姿を現した。思わずミサトが声を上げる。

「みんな! 無事でよかったわね!」

 レナが、明るい表情で口を開き、

「はい。医師の診断では、異状なし、との事でしたので、全員連れて参りました。量産型も一応破壊した、と言う所まで、情報は伝えてあります」

「ミサトさん! ご心配おかけしてすんまへんでした!」

 トウジの口調はやや重かったが、しっかりとした言葉だった。

 四人に気付いた五大も、安堵の表情を浮かべながらこちらにやって来て、

「みんな本当によかったな! 全員無事で何よりだ!」

 トウジは、改めて五大に、

「いや、ホンマにまいりましたわ。粘液を浴びせかけられた時、すぐに非常射出ボタンを押したんでっけど、ひっかかったみたいになってプラグが飛び出さへんかったんです。おまけに通信もとぎれてしまいましたやろ。いや、ホンマに、一時はどうなる事かと思いましたけど、助かってよかったです。ワシらの事、見捨てんで助けてもろたこと、心から感謝します。ありがとうございました!」

「なにを言う。当然の事だ。特に、鈴原君にはまたこんな目に遭わせてしまって、申し訳なく思っているよ」

「いや、そんな。…正直言いますと、電気も切れて真っ暗になったプラグの中はやっぱり恐かったです。それで、ヤケになりかけましたけど、委員長、いえ、洞木が落ち着いて、一所懸命に勇気付けてくれまして……」

 それを聞いたミサトは眼を見張り、

「へえー、そうだったの。洞木さん、経験もないのに、よくがんばったわね」

「いえ、そんな。…きっと助けてもらえるから、ヤケだけは起こしちゃいけないと思っただけです。助けてもらって、ほんとうにありがとうございました」

 ヒカリはそう言うと深々と頭を下げた。それを見たトウジも少し遅れて頭を下げる。そして、二人が頭を戻したのを見たケンスケが口を開き、

「初号機も同じだったんです。もうだめか、って、思いましたけど、最後まで望みを捨てないで待っていたら、きっと助けてもらえる、って思って、いつ飛び出してもいいように、シートにしっかりつかまってました」

 続いてナツミが、

「こっちの方は、わたしがこわくなって、ちょっとあせったんですけど、相田さんが一所懸命に勇気付けて下さったんです」

「へえー、そうなの。相田君、やるじゃない。さすがに、『戦闘訓練』は伊達や酔狂じゃなかったようね♪」

 ミサトの冗談にケンスケは少々慌て、

「いえ、そんな……; どっちにしても、ほんとうにありがとうございました」

「ありがとうございました」

と、ケンスケとナツミも頭を下げる。それを見た五大は、二人の肩を叩きながら、

「まあまあ、頭を上げなさい。まあ、とにかく無事でよかった。…とにかく、それよりもだ、またいつでも出られるように待機していてくれ。中央から離れても構わんが、必ず連絡が取れるように、スマートフォンの電源は入れたままにしておく事。わかったな」

「はいっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」

 四人の元気そうな様子を見たミサトは改めて軽く頷いた。その時、丁度大作が戻って来て、

「草野、帰還致しました」

 ミサトは振り向き、

「あっ、草野君。よく頑張ってくれたわ。おつかれさま」

「いえ、そんな。…でも、みんな助かって、なによりでしたね」

 四人を代表してトウジが口を開き、

「いや、草野さん、ホンマ、みなさんのおかげです。ありがとうございました」

 頭を深々と下げたトウジに合わせ、他の三人も頭を下げる。

「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」

「いや、とにかくほんとによかったよ。一段落だね」

と、安堵の表情を見せた大作に、ミサトは、

「それでね、草野君、今、みんなにも言ってたんだけど、スマートフォンの電源を入れたまま、休憩でもしていてちょうだい。なにかあったら連絡するから」

「了解しました。…じゃ、早速休憩させていただきます。あ、みんなよかったら、一緒にコーヒーでも飲みに行こうか」

「あ、ええですね。おねがいします。みんな、行こか」

「はい」
「うん、行こうぜ」
「はあい♪」

 大作の申し出にトウジが応える。続いて、ヒカリ、ケンスケ、ナツミも同意し、五人揃って中央を出て行った。それを見送った後、ミサトは、改めて五大に、

「では、本部長、私は拘置室に行って参ります」

「うむ、頼んだぞ」

 +  +  +  +  +

 苦笑顔の大作が、壁の陰からそっとトウジに囁く。

「あ……、鈴原君、自動販売機のコーナー、別の場所にないかい?♪……;」

 トウジも苦笑し、

「あります。そっちにしときましょ。…あかん、委員長、行こか♪……;」

「その方がよさそうね♪……;」

 ヒカリも苦笑している。後にいるケンスケとナツミも状況を把握したようだ。

「そうだね♪……; 八雲ちゃん……;」

「そうしましょ♪……;」

 五人が去った後も、レイとカヲルは、まるで時間が止まったかのように二人だけの世界に没入し続け、シンジとアスカがそれを見守っていた。

 +  +  +  +  +

 拘置室にやって来たミサトは、拘束服を着せられたまま、まだ眠っている碇ゲンドウと赤木リツコの姿を見下ろし、

(まさか、こんな事になるとは、ね……)

 今までの事を考えると感無量の思いはあるが、今はそんな事を言っていられない。ミサトは顔を上げると、警備員に向かって、

「始めてちょうだい」

「はい」

ブシュウッ!
ブシュウッ!

 警備員は、手に持った気付薬のスプレーをゲンドウとリツコに吹きかけた。

「………う、……うう……」

「……うう……、ここは……」

 ゲンドウとリツコが目覚めた。それを見たミサトは技術部員の方に顔を向け、無言のまま頷く。

カチッ!
カチッ!

 技術部員は手際よく、二人の頭にヘッドギヤを装着し、既に通信回線と接続してあるインタフェースに繋いだ。

「…葛城……、貴様……」

「…ミサト………」

 ようやく意識を取り戻したゲンドウとリツコがミサトを睨みつける。しかしミサトは無言で腕組みしたまま、二人を哀れみの表情で見下ろしているだけだった。

「セット完了です」

「了解」

 技術部員の言葉を受け、ミサトはスマートフォンを取り出した。

 +  +  +  +  +

 五大のスマートフォンが、

トゥル トゥル トゥル

「五大だ」

『葛城です。準備完了しました』

「わかった。碇ゲンドウと赤木リツコは目覚めているな」

『はい』

「では始める。そこで待機していてくれ」

『了解しました』

「ちょっとそのままで待て」

と、言った後、五大は、中之島に向かって、

「中之島博士、拘置室の方は準備が出来ました。お願いします」

「判った」

 中之島がオモイカネⅡのキーボードを叩くと、液晶モニタに開いたウィンドウの一つに拘置室の映像が映し出された。

「映像はこれでよし。準備完了ぢゃ。葛城君に言っておけ、ちょっと面白い事になるが慌てずともよい、とな」

「わかりました」

 五大は頷くと、改めて電話に、

「葛城君、博士が仰るには、ちょっと面白い事になるが、慌てなくてよい、との事だ。わかったな」

『了解しました』

「ではそっちで待機していてくれ」

と、言った後、五大は電話を切り、中之島に、

「博士、では始めて下さい」

「うむ」

 中之島は軽く頷き、キーボードを叩いた。

 +  +  +  +  +

「うわああああああっ!!!」
「いやああああああっ!!!」

「ええっ!?」

 ミサトは驚いた。突如ゲンドウとリツコが大声を上げて苦しみ出したのだ。

(まさか、拷問にかけている、と言う事なの……?)

 +  +  +  +  +

 オモイカネⅡのモニタには拘置室の映像の他にウィンドウが二つ開いていた。そこに次々と色々な映像が映し出されては消えて行く。

「ほっほっほ、来よる来よる。面白いほど色々と来よるわ」

 中之島がモニタを見ながら北叟笑む。

 後からモニタを覗き込んでいる五大も、

「ほう、これは凄い……」

と、眼を見張る。その時、

「おっ! これぢゃこれぢゃ!」

と、言いながら中之島がキーを押すと、「gendou.psyche 」と表記されたウィンドウの映像の変化が停止する。引き続き、上向カーソルキーを何回か押すと、太陽、地球、月、黒い球体が描かれた一枚の画像が表示された。無論、その画像には、その他にも色々と不気味な物の姿が描かれている。

「ネタは取り敢えず手に入れた。こいつをプリントアウトしようかの。読み取りは一時中断するぞよ」

と、中之島が再度キーを叩くと、拘置室が映るウィンドウの中でのた打ち回っていたゲンドウとリツコは、その動きを止めた。

 +  +  +  +  +

「止まった……」

 ミサトは訳が判らず、呆気に取られたまま、二人を見ていた。ゲンドウとリツコは苦しげに肩で大きく息をしている。

トゥル トゥル トゥル

「はい、葛城です」

『五大だ。そっちはそのままにして、君はこっちに戻ってくれ』

「了解しました」

 +  +  +  +  +

 ミサトが戻って来ると、中央制御室の一角にある打合せ用のテーブルに、五大、中河原、持明院、中之島、加持、冬月の六人が陣取っている。

「戻りました」

「まあ、座ってこれを見てくれ」

 五大が、テーブルの上に置かれた一枚の絵をミサトに示す。それを見たミサトは首を傾げ、

「なんです? これは」

 五大は、

「碇ゲンドウの深層心理映像の一つだ。どう解釈するね?」

と、問いかける。ミサトは、

「これは……」

と、呟いた後、改めて絵を見詰めた。

 その絵は極彩色の、何とも不気味な感じのする、宗教画とも言えるようなものだった。中央に黒い円があり、その中心に小さく十字架が描かれている。そしてその十字架を、鋭い針のようなものが斜めに貫いていた。

 黒い円の周囲には地球、月、太陽と思しき天体が描かれている。それらは丁度黒い丸を中心とした同心円上に置かれており、更にその外側の同心円上には、使徒のようにも見える怪物や、悪魔、天使と言ったような雰囲気の人型の物が、小さいながら多数描かれていた。

 暫し後、ミサトは口を開き、

「マンダラか宗教画のようにも思えますね……。素直にこれを見る限りでは、この黒い円があの球体とすれば、この十字架はエヴァ、いえ、アダムでしょう。そして、十字架を刺している針がロンギヌスの槍。つまり、あの球体の中で、アダムにロンギヌスの槍を突き刺せば、恐らくは、他のエヴァの助けを必要としないで、サード・インパクトを起こせる、と、そう解釈できます。あの球体の正体はなんであれ、使用法はそうと考えられるんじゃありませんか?」

 それを聞いた五大は、軽く頷くと、

「君もそう思うか。いや、私以外、全員が同意見なんだ。私も一応はそうは思うんだが、どうも何かひっかかってな……」

 ミサトは、改めて五大を見詰め、

「と、仰いますと、具体的には?」

「いやそれが、具体的にどうとか言うんじゃないんだ。ただ、どうも気に入らん。なんと言うか、生理的に気に入らんだけなんだ」

 そこに、中之島が、

「ちょっといいかの」

と、割り込む。ミサトは改めて中之島の方を向いた。中之島は、やや苦笑混じりに、

「葛城君、さっきからずっとこの調子なんぢゃよ。本部長の仰っておられる事も判らんではないがの、さりとて何か他にあるか、と考えても、何も思いつかんのぢゃ」

「博士はどのようにお考えなんですか」

「儂は、今、お主が指摘した事で基本的には良いと思うのぢゃ。例えばあの黒い球体が、実はレリエルのディラックの海の応用、と考えれば、前回、零号機が飲み込まれた後は、レリエルが現れていない理由も説明出来るぢゃろう。無論、ディラックの海は異次元空間への通路ぢゃから、その中でアダムのS2機関を暴走させれば、確かに何かが起こる事は間違いなかろうがの」

「『ビッグバン』は起きませんか?」

「逆説的ぢゃが、それは起こらんと思うぞよ。何故なら、もしアダムのS2機関を暴走させるだけで起こせるのなら、碇ゲンドウ達が、わざわざ使徒を復活させたりする必要はあるまい。向こうの世界とこちらの世界で、使徒と量産型のS2機関を全て同時に暴走させれば、次元の壁に穴があく、との推定は立てたが、逆に言うと、それだけの事をやらかそうと思えば、それだけのエネルギーが必要だと言う事ぢゃ」

 ミサトは、

「なるほど。わかりました」

と、頷いた後、持明院に向かって、

「持明院さんのご意見は?」

 持明院は、淡々とした表情で、

「私も君や中之島博士と同じだよ。科学的な事はわからんが、もし、アダムだけでビッグバンが起こせるのなら、使徒を再生する必要などなかった筈だ。それに、私達がターミナルドグマに行った時の、碇ゲンドウと祇園寺の話を覚えているだろう。連中は、あの時点では、ビッグバンを起こす事は諦めていたような感じだったではないかね」

「確かに」

 続いて、ミサトは加持に、

「加持君は?」

「俺の考えでは、異次元空間との関連は何かあると思う。しかし、次元の壁を破るためにはそれだけのエネルギーが必要なんだろ。だったら、使徒も量産型もなくなった現在においては、そんな事が起こせるとは思えないけどねえ」

「うん、そうね」

 次は、中河原に、

「中河原さんはいかがです? 何か透視できませんか?」

「私も特に何も感じませんね。みなさんと同意見です」

 更には、冬月にも、

「冬月先生は?」

「私も特に問題は感じておらんよ。密教の観点から見ても、特に何かがあるとは思えんな」

「わかりました。ありがとうございます」

と、言った後、ミサトは改めて全員を見渡し、

「では、私の意見を申します」

 六人の視線がミサトに集まる中、ミサトは、凛とした声で、

「私は本部長と同意見です。はっきり言って、気に入りません」

「!!!!」
「!!!!」
「!!!!」
「!!!!」
「!!!!」
「!!!!」

 六人が一斉に息を飲み、絶句する中、ミサトは続けて、

「私も、何の根拠もないんですけど、何か生理的に気に入りません。何が、と言われてもわからないんですが、とにかくおかしいと思うんです。気に入りません」

 ここで、加持が割り込み、

「葛城、それはいくら何でも非論理的だぜ」

と、苦笑を浮かべた。しかしミサトは、

「非論理的、承知の上よ。大体、今、私たちが置かれているこの状況が『論理的に割り切れない』状況なのよ。何が起こっても不思議じゃないでしょ。それから考えても、これですむとは思えないわ。きっと何かあるわよ」

と、真顔でまくし立てる。そこに中之島が、

「葛城君、それは、君がターミナルドグマの状況を透視した時と同じような感じ、と言う事かの?」

「いえ、ちょっと違います。まさに、本部長が仰っておられるように、とにかく何かが気に入らないんです。イライラする、と言いましょうか、そんな感じなんです」

「うーむ、成程のう……」

 その時だった。マヤが振り向き、声をかけて来た。

「すみません。レベルは低いのですが、なにか変なノイズが入って来ました」

 驚いたミサトは、

「えっ!? どう言うこと? そっちに行くわ」

 まず、ミサトと中之島が立ち上がり、マヤがいるコンソールに向かう。後の五人も立ち上がった。

「この波形なんです」

 それを見た中之島が、首を傾げ、

「何ぢゃこれは? 見た事もない波形ぢゃな。マーラのノイズパターンとも違う」

と、言った次の瞬間だった。

 突然メインモニタに大きなウィンドウが一つ開いた。それに気付いたスタッフの一人がモニタを指差し、

「あああっ!!!」

 八人の視線がそちらを向く。

「!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!」

 ミサトもマヤも五大も中之島も、他の四人も絶句するしかなかった。

『やあ、みんな。しばらくだね』
『…………………………………』

 そのウィンドウに映っているのは、白い法衣に身を包み、手にロンギヌスの槍を持ったアダムと、黒い法衣に身を包み、無表情で立つリリスの姿だったのだ。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'祈り・オルゴールバージョン(Ver.2) ' composed by VIA MEDIA

二つの光 第二十七話・時間
二つの光 第二十九話・暗示
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