第四部・二つの光




「キール・ローレンツ!!!」

 ミサトの叫びが中央制御室の空気を切り裂く中、モニタに現れたキール・ローレンツの映像は不敵な笑みを浮かべ、口を開くと、

『わははははっ!! 脳神経スキャンインタフェースとは、実に便利なものを開発してくれたものだな!! お陰で、零号機の中にアダムとリリスがいる事が判ったぞ!! おまけに「黒い球」の正体と使用法はアダムの記憶が教えてくれたわい!! エヴァンゲリオンを全て奪い取り、量産型と共に、もう一度サード・インパクトを起こしてやろうと思っていたが、最早そんな必要はなくなった!! 零号機と「黒い球」だけあれば充分だ!! わはははっ!! さらばだ!!!!』

と、一方的にそれだけ言うと、呆気に取られているスタッフを尻目に、キール・ローレンツの映像は忽然と消え去ってしまった。すかさず五大が、

「映像を戻せっ!!!!」

と、怒鳴り声を上げる。それに応え、日向とマヤが必死の表情でキーボードを操作したが、映像は戻らない。

 その時、突然青葉がメインモニタを指して、

「ああっ!! モニタを!!」

「ああっ!!」
「あああっ!!」

 中央制御室にスタッフの叫び声が響き渡る。メインモニタには、零号機のそばにいた量産型が突然零号機に飛び付き、後から抱えたと思う間もなく、翼も広げずに空中に飛び上がり、もう1機の量産型と共に凄まじいスピードで上昇して行く様子がしっかりと映し出されていた。

 +  +  +  +  +

第二十七話・時間

 +  +  +  +  +

 コンソールを操作しながら、マヤが、

「量産型2機と零号機は『黒い球体』をめざしています!!」

『追撃します!!!』

 大作の怒鳴り声が中央制御室にこだまする。ミサトも、

「了解!! 絶対に捕まえるのよ!!」

と、血相を変えて怒鳴る。

『了解!!』

 +  +  +  +  +

 ヴァーユを急上昇させながら大作が叫ぶ。

「沢田!! 後は任せたぞ!!」

ゴオオオオオオオッ!!!

 凄まじい風切音を立てながらヴァーユが量産型と零号機を追う中、サトシの声がコックピットに飛び込んで来た。

『草野!! 頼んだぞ!!』

 +  +  +  +  +

「ヴァーユと量産型の速度は現在マッハ5!! 更に加速しています!!」

 マヤの言葉に、ミサトは愕然として、

「なんて速さなの!!」

 その時、青葉が顔色を変えて振り向き、

「初号機と弐号機のエネルギー反応が急激に増加!!! あっ!! 残った量産型も増加しています!!」

 +  +  +  +  +

「グワアアアアアアアッ!!!」
「グワアアアアアアアッ!!!」

 突如咆哮を上げた初号機と弐号機は、両手を持ち上げ、参号機に向かって猛然と突進して来た。

 +  +  +  +  +

「ああっ!!」
「ああっ!!」

 サトシとレイの叫びがコックピットにこだまする。

 +  +  +  +  +

「よけてっ!!!」

 アスカも血相を変えて怒鳴っていた。

ブワアアアアアッ!!!

ブワアアアアアッ!!!
ブワアアアアアッ!!!

 風切音を立てて参号機が身を翻したすぐそばを、初号機と弐号機が通過して行く。

ザザザザアアッ!!
ザザザザアアッ!!

 2機はすぐさま体勢を入れ替えて停止し、振り返ってこちらを窺う。アスカは鬼とも思える表情でスクリーンを睨みつけると、

「両手にATバルカンのエネルギーを充填!!」

 アスカの叫びに呼応し、参号機の握り締めた両拳が白く輝く。

 +  +  +  +  +

 サトシはレイに、

「レイ! 相手の動きをよく見ていてくれよ! 武器コンソールの使い方はわかるな?!」

「うん! だいじょうぶよ!」

 レイは真剣な顔で武器コンソールに置いた右手を一瞥すると、視線を正面に戻す。

 +  +  +  +  +

「シンジ! しっかりしてよっ!!」

「う、うんっ!!」

 シンジは横目でアスカの顔を盗み見た。かつてない真剣な表情をしている。

(クソっ!! 負けてたまるかっ!!)

 心臓の鼓動をはっきり意識しつつ、シンジは右手をぐっと握り締めた。

 +  +  +  +  +

ゴオオオオオッ!!!

 ゆかりが乗るプリティヴィのコックピットに凄まじい風切音が鳴り響く。

「おおっと!!!」

 突如、極めて攻撃的になり、すぐ近くを猛然と通過した量産型を、辛くも躱したと思う間もなく、

(来る!!)

 別の量産型が後方から突入して来る。

ゴオオオオオッ!!!

 またもや何とか躱した後、ゆかりはスクリーンを改めて見た。空中のアグニとヴァルナも、何とか攻撃を躱している状態である。地上では、JAが空から襲い掛かる2機の量産型の体当たりをジャンプで避けながら、レーザーで牽制している。

(牽制行動も限界か!!)

 ゆかりは意を決して叫んだ。

「こちらプリティヴィ!! 中央応答願います!! 攻撃の許可を!!」

 +  +  +  +  +

「ちょっと待って!!」

 ミサトはインカムを掴んだまま、中之島の方に振り向くと、

「博士!!」

 中之島はオモイカネⅡのモニタを見た。しかし、そこには結論と言える物は何も示されていない。

(どうする……)

 中之島は迷った。しかしもう考えている時間はない。その時、無意識的に右手がポケットを探っていた。手に何かが当たる。

(むっ!?)

 手に当たったものを掴み出す。

「!!」

 それは易を立てる時に使う赤と黒の八面体サイコロ2つと、普通の白い六面体サイコロ1つだった。

「ええい! ままよ!!」

 中之島は叫ぶと、オモイカネⅡのキーボードの上に、サイコロを転がした。

 赤の八面体:1
 黒の八面体:8
 白の六面体:6

(天地否か!! しかし六爻変! 閉塞状態の打破か! …むっ!? 1は乾! 8は坤!)

 中之島の頭に、ある格言が鋭く浮かび上がって来た。

「乾坤一擲!! うむ!! 構わん! やれ! 裏当てで攻撃するのぢゃ!!」

 ミサトは頷くとインカムに怒鳴った。

「裏当てでの攻撃を許可します!! 全機! 攻撃開始!!」

 +  +  +  +  +

「綾小路了解!!」

『北原了解!!』
『形代了解!!』

 +  +  +  +  +

「こちら時田! 了解!!」

 加納と時田は顔を見合わせ、頷いた。

「攻撃許可が出た! やれっ!!」

 時田の声がベースキャンプに響き渡る。

 +  +  +  +  +

 ミサトはメインモニタを睨み、インカムに再度怒鳴った。

「こちら葛城! レイ! 応答して!!」

『はい!! 綾波です!!』

 +  +  +  +  +

『任せるわ!! チャンスを見て、サイコバルカンを撃ってちょうだい!!』

「了解!!」

 レイは口を一文字に結び、武器コンソールに右手を置いたまま、ぐっとスクリーンを睨み付ける。

 +  +  +  +  +

「突入!!」

 リョウコが叫んだ。

ブウウウウンンンッ!!!

 唸るような音を立ててヴァルナが1機の量産型の懐に飛び込み、「裏当て」を叩き込む。

バシイイイイイイッ!!!!
ブシュウウウウウッ!!!!

『ガリガリガリッ!!!!』

 量産型も、強い閃光とノイズを発した後、消えてしまった。

「次!!」

 +  +  +  +  +

「よしっ!!」
「やったわ!!」

 メインモニタを見ていた五大とミサトは思わず声を上げた。正直な所、やはり量産型に対する攻撃には一抹の不安がなきにしもあらず、だったのだ。しかし、使徒と同じようにノイズを発して消えてしまった事により、一気に安堵の念が湧き起こって来たのである。

 ミサトは中之島の方に向き直ると、

「博士! やりましたね!!」

「うむっ!!」

 中之島はニヤリと笑り、右手を握って親指を突き上げた。

 +  +  +  +  +

「攻撃!!」

 操縦員の声がベースキャンプに響く。

 +  +  +  +  +

ダアアアアッ!!!

 JAが1機の量産型めがけて鋭くジャンプする。

ブワッ!!

ブオッ!!

 狙われた量産型は空中を移動し、攻撃を躱そうとしたが、水平に移動したJAにガッチリと捕まえられてしまった。そのまま2機はもつれ合うようになりながら落下して行く。

ヒュウウウウウウッ! …………………ドオオオオンンンッ!!!

 凄まじい地響きが兵装ビルの間にこだました次の瞬間、

バシイイイイイイッ!!!!
ブシュウウウウウッ!!!!

 +  +  +  +  +

『ガリガリガリッ!!!!』

「おおっ!!」

 ベースキャンプの無線機にもノイズが飛び込み、スタッフが声を上げる。

 +  +  +  +  +

 真っ白い閃光が収まった後、JAが立ち上がる。

ブオオオオオッ!!!!

 その時、頭上から残りの1機が襲いかかって来た。

ガシャアアアアアンンッ!!!
ドオオオオンンンンッ!!!

 金属音と轟音が鳴り響き、2機は地面に倒れ込む。

バシイイイイイイッ!!!!
ブシュウウウウウッ!!!!

 またもや眼も眩むような真っ白い閃光が周囲のビルを照らした後、JAが仁王立ちに姿を現した。

 +  +  +  +  +

「おおおっ!! やったぞっ!!!」
「うむっ!! やった! やったぞ!!」

 加納と時田は思わず叫んだ。ベースキャンプにスタッフの拍手の音と歓声が響き渡る。しかしすぐに時田は真顔に戻り、操縦員に怒鳴った。

「よしっ!! 参号機のバックアップに入れ!!!」

「了解!!」

「こちら時田!! 中央応答願います!!」

『葛城です!!』

「JAは参号機のバックアップに入ります!!」

『了解!! お願いします!!』

 +  +  +  +  +

 アグニとプリティヴィが、1機の量産型を前後から挟み撃ちにしようとしている。

「突入!!!」
『突入!!!』

 アキコの声が、無線に飛び込んで来たゆかりの声と混ざり合いながらコックピットに響き渡った。

バシイイイイイイッ!!!!
バシイイイイイイッ!!!!

ブシュウウウウウッ!!!!

『ガリガリガリッ!!!!』

『形代さん!! 次、行きますわよ!!』

「了解!!」

 +  +  +  +  +

 2機の量産型と零号機を追っていたヴァーユは、大気圏を離脱する直前に3機に追いついた。

「捕まえたっ!!」

 大作の叫びと共に、ヴァーユが零号機を抱いていない方の量産型に飛びつく。

(バシイイイイイイッ!!!!)

(ブシュウウウウウッ!!!!)

『ガリガリガリッ!!!!』

「よしっ!!」

 しかしこの一瞬が仇となった。零号機を抱いた量産型は既に大気圏を離脱し、かなり先に行ってしまっている。大作はスクリーンを睨み、叫んだ。

「逃がさんぞっ!!」

 +  +  +  +  +

 初号機と弐号機は、参号機と対峙したまま身構え続けていた。それを空中からアカシャが睨んでいる。

「サトシくん」

「なんだ」

「操縦、たのむわよ。わたしがサイコバルカンを撃てるように、うまく回りこんでね」

「任せとけ!」

 レイは前を向いたまま無言で頷いた。スクリーンには両手を光らせた参号機に対し、今にも襲い掛からんと身構える初号機と弐号機が不気味な雰囲気を漂わせている。

「…………」

 息詰るような沈黙の時が流れる事、数十秒。しかしレイにはその時間がほんの一瞬のようにも、また無限の時間にも感じられた。

「うっ!!」

 その時だった。突如レイの頭の中に白い光が強く輝いたと思う間もなく、まるでビデオの映像をとんでもないスピードで早送りするかの如く、昨年10月の最終決戦から今までの出来事が心の中を流れて行ったのである。

(「僕、ドイツでは男子校にいたから、どうも女の子とうまく話ができないんだ。それで、なんとなく気が合いそうな碇君にばかり話しかけてたんだけど、こんな事じゃいけないかな、って思ってさ……」)

(「シンジ、なんとか言ったげなさいよ。あんたも、もともとはさあ、あたしと話するのも苦手だったんでしょ」)

(「う、うん。…いやその、渚君さあ、僕も女の子が苦手だったけどね、あんまりそんな事を意識しないで、男も女も気にしないで、みんな友達だって思えばいいんじゃないかな、って、思うんだよね。僕もそう心がけるようにしたらさ、アスカや綾波とも仲良くやって行けるようになったんだよ。……ねえ綾波」)

(「えっ? ええ、わたしもどっちかって言うと、前は人付き合いが苦手だったのよ。でも、ちょっとした勇気、って言うのかな、ほんのちょっと思い切るだけで、みんなとなかよくできるようになったし……」)

「!!!!!!!!」

 レイは絶句するしかなかった。全く記憶にない筈の、去年の12月7日の「喫茶・再会」での出来事までが、信じられない程の鮮明な映像で心に蘇って来たのだ。そして映像は次々と流れて行き、遂には今自分が直面している現在の映像にまで辿り着いたのである。

(「操縦、たのむわよ。わたしがサイコバルカンを撃てるように、うまく回りこんでね」)

(「任せとけ!」)

(おわった……。ええっ!!!!!!!)

 理由はどうあれ、現在までの記憶を一瞬にして再度心に見ただけだと思ったレイは再び驚愕した。何と、その映像は現在で留まる事なく、更に進み続けたのだ。

(初号機と弐号機が参号機におそいかかる……。アカシャがすぐにその後に回りこむ……。サイコバルカンを撃つ……。カバーが吹き飛ぶ……。プラグが飛び出す……。バルディエルがねばりついて、ひっかかる……。JAが初号機に組みつく……。アカシャが後に回ってプラグを抜こうとするけど、初号機は抜かせない……。シンちゃんが何か叫ぶ……。初号機の動きが一瞬止まる。アカシャがプラグを抜き取る……。これはいったいなに? こうなるって言うの? それともわたしの願望なの?………)

 レイは呆気に取られたまま、心の中で呟きながらその映像を見ていた。

「レイ! どうした!?」

 サトシの声がレイを現実に引き戻す。

「えっ!? あ、わたし、どうしたの……?」

「いや、今、うっ、て言ったろ。どうかしたのか!?」

「えっ!?」

 レイはまたもや驚いた。今の映像は、自分が声を漏らしてから、サトシがそれを耳にしてこちらに声をかけるまでの、ほんの一瞬の間の出来事だったのだ。

「どうした!? 大丈夫か!?」

「うん! だいじょうぶよ! 心配かけてごめんなさい」

「わかった! ならいいんだ」

 サトシは再度スクリーンの方を向いた。レイも改めて武器コンソールに置いた手に意識を集中しようとしたが、無論、心の中は今見た映像の事で一杯である。

(…いったい、今の映像は……)

 その時、初号機と弐号機が再び猛然と参号機に襲いかかった。

 +  +  +  +  +

「グワアアアアアアアッ!!!」
「グワアアアアアアアッ!!!」

 +  +  +  +  +

「サトシくんっ!!」

「おうっ!!!!」

 レイの叫びに呼応してサトシは超高速でアカシャを瞬間移動させた。

 +  +  +  +  +

ブウンンッ!!!

 アカシャが2機の後方に回り込んだ次の瞬間、レイは武器コンソールのボタンを押しながら叫んだ。

「発射!!!!」

 アカシャの両手の手刀が強烈な閃光を発する。

バスウウウウウウッ!!!
バスウウウウウウッ!!!

 初号機と弐号機のエントリープラグ挿入口のカバーが音を立てて吹き飛ぶ。その様子を見たレイは驚愕した。

(これは!! さっき見た映像と同じ飛び方だわ!!)

 +  +  +  +  +

 それを見たミサトは、

「やったわ! アカシャ! そのままギリギリまで接近して拡声器を使って!!」

と、声の限り叫んだ。

 +  +  +  +  +

「了解!!!」

 サトシが操縦桿を握り直した次の瞬間、レイが大声で、

「あっ!! ちょっとまって!!!」

「えっ!!??」

 サトシは呆気に取られ、思わずレイを見る。

 +  +  +  +  +

「レイ!! どうしたの!!!??」

 ミサトも怒鳴っていた。

 +  +  +  +  +

「レイ! どう言う…、ああっ!!」

 サトシは驚いた。無言でスクリーンを睨むレイの視線を追った先には、先端部だけ飛び出したエントリープラグを背負った初号機と弐号機の姿があるではないか。

「これは!!??」

「やっぱり!!」
(これはどう言うこと!?)

「レイ! なんでわかったんだ!?」

「えっ!? いえ、なんとなく……」

「なんとなく!? …まあいい! 話は後だ!!」

「はいっ!」

 +  +  +  +  +

「なんだこれは!!?? 非常射出装置が動作していない訳じゃなかったのか!!」

 五大も呆気に取られていた。その時、画像解析をしていた青葉が、

「バルディエルのせいでプラグが引っ掛かっています!!」

「クソッ!! 原因はそっちの方だったのかっ!!」

 自分の愚かさに五大は思わず地団駄を踏んだ。ミサトが、悲痛な声で、

「本部長!! なんとかしてプラグを抜き取る以外ありません!!」

 五大は、かつてない大声で、

「参号機は使うな!! なんとしてもアカシャとJAで抜き取るんだ!!」

 すかさずミサトは、インカムに、

「アカシャとJA! プラグを抜き取ってパイロットを救出して! 参号機はバックアップ!!!」

 +  +  +  +  +

「こちらアカシャ!! 時田さん!! 1機ずつ行きます!! JAで初号機を捕まえて下さい!! 僕は後に回ってプラグを抜き取ります!!」

『こちら時田! 了解した!!』

「碇君!! 粘液を浴びないように注意して、弐号機を牽制してくれ!!」

 +  +  +  +  +

「わかった!!」

 シンジは操縦桿を再度握り直し、横目でアスカを見た。

「アスカ!!」

「うんっ!!」

 +  +  +  +  +

「よし、今だ!!」

 モニタを睨んでいた時田が怒鳴る。

 +  +  +  +  +

ダアアアアアッ!!!!

 目にも止まらぬ速さでJAが右側から初号機に飛びかかる。

ガシイイイイイッ!!!

 両腕を腰に回し、両手でガッチリとクラッチした。エヴァンゲリオンは腰が細いので、一端捕まえてしまいさえすれば、そうそう簡単に取り逃がしはしない。

「グワアアアアッ!!! グワアアアアッ!!!」

キシャアァァッ!!! キシャアァァッ!!!

 初号機は咆哮を上げ、粘液を吐く。しかしJAには何の効果もない。

 +  +  +  +  +

「行くぞおおおっ!!」

 サトシは声を限りに怒鳴った。

ブウンンッ!!!

 空気を切り裂き、初号機の後方にアカシャが回り込む。

「もらった!!!」

 サトシが叫んだ時、アカシャはプラグを両手で掴み、抜き取ろうとした。しかし、

「クソっ!! 抜けないぞっ!!!」

 初号機本体とプラグの間に粘り付いたバルディエルが真っ赤に光っている。

 +  +  +  +  +

「グワアアアアッ!!!」

 弐号機は初号機に助太刀せむと、咆哮を上げてダッシュした。

 +  +  +  +  +

 シンジが叫ぶ。

「そうはさせないっ!! ATフィールド全開!!」

 +  +  +  +  +

「グワアアアアッ!!!」

 参号機も咆哮を上げ、弐号機の前に立ちはだかる。

キシャアァァッ!!! キシャアァァッ!!!

バシイィィイッ!!! バシイィィイッ!!!

 弐号機は立ち止まり、参号機に粘液を吐いた。しかしATフィールドに阻まれ、地面に落下して行く。

 +  +  +  +  +

 青葉が振り返り、怒鳴った。

「初号機のバルディエルがエントリープラグを本体に固着させながら高熱を発しています!! このままではプラグが持ちませんっ!! パイロットが焼け死にますっ!!!」

 +  +  +  +  +

「!!!!!」

 青葉の言葉を聞いたシンジの全身に戦慄が走った。

(このままじゃだめだ!!! ケンスケと八雲が!!!)

 しかし次の瞬間、信じ難い事に、シンジの頭の中に極めて鮮明なタロットの映像が浮かび上がった。



 そして何と、「03:女帝」に描かれた女帝の顔が、シンジの母ユイの顔に変化したのである。

「母さんっ!!!??」

 頭の中に強烈な白い光が閃くと同時に、シンジは思わず腹の底から叫んだ。

「母さんっ!!! もうやめてくれえええっっ!!!」

「シンジ!!!」

 アスカは驚き、思わずシンジを見た。

 +  +  +  +  +

「シンジ君!!!!」

 ミサトも思わず叫んでいた。

 +  +  +  +  +

 アカシャのコックピットにも飛び込んで来たシンジの声に、サトシとレイが一瞬気を取られた、その次の瞬間だった。

「ええっ!!??」
「ええっ!!??」

 +  +  +  +  +

ズボオオオオッ!!!!

 何と、音を立てて初号機のエントリープラグが本体から抜けたのである。同時に、意外と言うべきか、当然と言うべきか、初号機はその動きを止め、JAの腕を摺り抜けながら地面にゆっくりと倒れ込んで行った。

ズズッ! ……………ズウウウウウンンンッ!!

 +  +  +  +  +

「離脱!!!」

 訳が判らないまま、反射的にサトシは大声で叫んでいた。次の瞬間、アカシャはエントリープラグを反重力フィールドの内側に包み込み、超高速で移動した。

 +  +  +  +  +

「わあああああっ!!!」
「わあああああっ!!!」

 中央制御室にスタッフの歓声がこだまする。

「やったぞおおっ!!!」

 五大も思わず両手を握り締め、振り上げる。

 +  +  +  +  +

 時田も叫んでいた。

「よおしいいっ!!! 次は弐号機だっ!!」

「了解!!!」

 +  +  +  +  +

「こちら葛城!!! アカシャ!!! プラグを5番リフトに入れてちょうだいっ!!!」

 ミサトもやや声を上ずらせながら叫んでいた。

 +  +  +  +  +

「サトシくん!! やったわねっ!!」

 レイの声も明るい。

「おうっ! 次、行くぞっ!!」

「うんっ!!」

「こちらアカシャ!! プラグをリフトに入れましたっ!!」

 アカシャはプラグをリフトに入れると、すぐに弐号機の方に取って返した。

 +  +  +  +  +

 ミサトはそれを聞くや、

「了解っ!! …レナちゃん!! すぐに医療班とケージに行って!! パイロットを保護してちょうだいっ!!」

「はいっ!!」

 レナは急ぎ足で中央を去って行った。

 +  +  +  +  +

「…そうか。そう言うことだったのか……」

 憑き物が落ちたような表情でシンジは呟いた。

「シンジ、どうしたのよ!」

 気の抜けたようなシンジの様子に、不安気な顔でアスカが問いかける。目の前ではまだ弐号機が身構えているのだ。

「うん、…くわしくは後で言うよ。…よし、思い切って言うぞ!!」

「シンジ!」

 訝しげな表情のアスカを尻目に、シンジは深く息を吸い込むと、またもや腹の底から叫んだ。

「アスカのお母さん!! もうやめて下さいっ!!」

「シンジ!!」

 シンジの言葉にアスカは呆気に取られるだけだった。しかし次の瞬間、信じ難い事が起こった。

ズボオオオオオッ!!!

 何と言う事だろう。目の前で身構えていた弐号機の背中から、中途半端で止まっていたプラグが一気に排出されたではないか。

「えっ!! えええっ!!!???」

ズズッ!

 驚愕するしかないアスカの目前で、半分以上排出されたプラグを背にしたまま、弐号機が崩れ落ちるように倒れて行く。

……………ズウウウウウンンンッ!!

「!!!!!!!…………」

 余りの驚きに言葉を失ったアスカは、恐る恐るシンジを見る。

「…………」

 シンジは無言のまま、自信満々の表情でスクリーンを見詰めていた。

 +  +  +  +  +

「!!!!????………」
「!!!!????………」

 サトシとレイも唯々驚くしかなかった。

 +  +  +  +  +

「どう言う事だ!!??」

 時田を初めとする、臨時ベースキャンプのスタッフも呆気に取られていた。

 +  +  +  +  +

「な、なんだこれは………!?」

 五大もそれだけ言うのがやっとだった。ミサトも他のスタッフも完全に言葉を失っている。そんな中、中之島が一人、ポツリと、

「これが、碇君の『言霊』の威力なのか……」

 +  +  +  +  +

「そうだ! こうしちゃいられない!!」

 我に返ったサトシは叫びながら、しゃがむようにへたり込んだ弐号機の方にアカシャを移動させると、

「こちらアカシャ!! 中央! リフトを上げて下さい! 弐号機のプラグを回収します!!」

 +  +  +  +  +

「了解よ!! 6番に入れてちょうだい!!」

 サトシの言葉にミサトも我に返り、慌てて叫ぶ。

『了解っ!!』

 続いてミサトはスマートフォンを取り出し、レナの電話の番号を押した。

『………………はいっ!! 田沢ですっ!!』

「もしもしっ! 弐号機のプラグも回収したわっ! そちらも頼むわよっ!!」

『了解ですっ!!』

 ミサトは電話を切ってポケットに入れると、青葉の方に向き直り、

「青葉君!! 量産型はどうなってる?!」

「最後の1機をヴァルナが攻撃しています!! 零号機と一緒に宇宙に出た方はヴァーユが追跡中です!!」

 +  +  +  +  +

 1機目は簡単に倒したリョウコだったが、2機目は意外に手間取っていた。相手もこちらの攻撃パターンを読んだのか、中々隙を見せてはくれない。

(…こいつが最後……)

 既に地上近くにいる他の量産型は全て倒されていた。残っているのはこいつだけだ。そう思うと少々焦りも出て来る。

(…落ち着いて……)

 しかし、リョウコの冷徹な眼は相手の一瞬の隙を見逃さなかった。

「今だ!!!」

 素早く懐に飛び込み、裏当てを入れる。

バシイイイイイイッ!!!!
ブシュウウウウウッ!!!!

『ガリガリガリッ!!!!』

「うんっ!!!」

 リョウコは頷き、会心の笑みを漏らすと、

「こちらヴァルナ! 任務完了しました!」

 +  +  +  +  +

「こちら葛城! 了解よ! そのまま待機しててちょうだい!!」

『了解!!』

「青葉君! 宇宙の方はどうなってるの!?」

「現在の所、速度は秒速80キロで、両方とも同格です! このままでは追い付けません!!」

「博士!!」

「うーむ、どうしたもんか……」

 その時、大作からの無線が飛び込んで来た。

『こちらヴァーユ! 中央応答願います!!』

「葛城です!!」

 +  +  +  +  +

「相手の速度が予想以上に速くて追い付けません!! このままでは逃げ切られてしまいます!! サイコバルカンを使わせて下さい!!」

『増殖する危険を承知の上で!?』

「はいっ! このまま『黒い球体』に逃げ込まれるよりはマシです! とにかく足止めしさえすれば、増殖しても後でなんとかなります!」

 +  +  +  +  +

「なるほど、それも一理あるわね……」

 そう呟きつつ、ミサトは中之島の方を向いた。中之島は無言で頷いている。それを見たミサトも、無言で頷くと、

「了解よ! サイコバルカンの使用を許可します!!」

『零号機はどうします!?』

 ミサトは一瞬言葉に詰まったが、すぐに、意を決したように口を開き、

「一緒に破壊してちょうだい!!」

 +  +  +  +  +

「了解!!」

 大作はスクリーンを見詰めた。彼方に浮かぶ「黒い球体」を目指し、量産型と零号機は一目散に飛び続けている。

「発射!!!!」

(ブシュウウウウウウッ!!!!!)
(ブシュウウウウウウッ!!!!!)

 静寂しかない空間に浮かぶヴァーユのコックピットに、微かに唸るような振動音が鳴り響くと同時に、闇の中を白い光の筋が二本走る。そしてその直後、何もない暗黒の宇宙に、花火のような白い光の球が二つ浮かび上がった。

「よしっ!! やった!!」

 しかし、その次の瞬間、

『ガリガリガリッ!!!!』
『ガリガリガリッ!!!!』

「あれっ!?」

 意外な事に、無線機にノイズが飛び込んで来たではないか。

 +  +  +  +  +

 監視を続けていた青葉が振り返り、

「量産型と零号機が破壊されました!!!」

「了解っ!!」

 ミサトはそう叫ぶと、ゆっくりと五大の方に振り向き、敢えて感情を抑えた声で、静かに、

「本部長、使徒と量産型は全て殲滅しました。作戦終了です」

 五大も、確と頷き、

「うむ! よくやってくれた。後は『黒い球』の始末だな」

 +  +  +  +  +

 ノイズに驚いた大作は、慌ててセンサーとスキャナをフル回転させて分析してみた。しかし、破片らしきものは全く感知されない。

「消えた。どう言う事だ………。こちらヴァーユ!! 中央応答願います!!」

 +  +  +  +  +

「葛城です!!」

『意外です!! サイコバルカンで攻撃したのですが、量産型も零号機も消えてしまいました!!』

「えっ!? 爆発したんじゃなかったの!?」

『はい、そうです!! サイコバルカンが命中して、白い光の球が二つ見えたので、爆発したと思ったのですが、その直後にノイズをキャッチしました!! それでセンサーとスキャナで分析してみたら、破片もなにもなかったんです! 完全に消えていました!!』

「わかったわ! とにかく、白い光の映像も含めてデータを全てこっちに送ってちょうだい! それで、そっちは量産型と零号機が消えたあたりに接近して、もう少し詳しく調べてみて!!」

『了解しました!!』

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'祈り(Ver.4b) ' composed by VIA MEDIA

二つの光 第二十六話・接点
二つの光 第二十八話・束の間
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