第四部・二つの光
「分析しろっ!!!!!」
五大の怒鳴り声が中央にこだました。すかさず日向が、
「『黒い球体』から信号波が送られて来ていますっ!!!」
ミサトも思わず、
「なんですって!!??」
と、叫んでいた。メインモニタの中のアダムは、不敵な笑みを浮かべ、
『ほんとうに、勝負と言うのは下駄を履くまではわからないもんだね。ヴァーユがサイコバルカンを打ち込んでくれたから、僕らはここまで来られたんだよ。零号機が消滅する時、僕とリリスは思い切って自分たちの肉体を消し、波動になったんだ。後はサイコバルカンのビームに乗って、そのまま「黒い球体」まで一直線さ。ほんとにありがとう。みんなには感謝してるよ。ふふふふふふ』
と、言い終わるや、アダムは両手でロンギヌスの槍を頭上に振り上げた。リリスはやや顔を上げ、アダムの方を向いている。
それを見た五大は、瞠目して叫んだ。
「その槍は!!」
アダムはまたもやニヤリと笑い、
『ふふふ、五大さん。なにを言ってんだい。量産型はみんなロンギヌスの槍のコピーを隠し持っている事を忘れたのかい? サイコバルカンでキール・ローレンツ議長と一体化していた量産型が消えた時、これだけはうまく手に入れたのさ』
と、言った後、リリスの方に向き直り、
『さあ、リリス、行くよ』
中央制御室のスタッフが固唾を飲んで見守る中、アダムは振り上げた槍を思い切りリリスに突き立てた。
バスッ!!!
『くうううっ!!!』
「ああっ!!」
「ああっ!!」
「ああっ!!」
中央制御室のあちこちで驚きとも悲鳴とも思えない声が上がった。何と、槍を突き立てられたリリスは恍惚の表情を浮かべながら両手を広げ、十字架へと変わって行ったのである。
『我、今、全てを原初の暗黒へと誘わん』
アダムは十字架にそう語りかけると、槍を強く握った。すると、驚くべき事に、アダムの体がドロドロとした粘液のように溶け始め、頭上に掲げた両手を昇ったと思う間もなく、槍を伝って十字架の方に進んで行ったのである。そして暫くすると、その粘液は全て十字架と一体化してしまった。
+ + + + +
第二十九話・暗示
+ + + + +
五大が思わず、
「どうなってるんだ!!」
と、叫んだ次の瞬間、ウィンドウは忽然と消えた。
「伊吹君!! 戻せ!!!」
五大の叫びも空しく、いくらマヤが操作してもウィンドウは戻らない。
「だめです! 戻りません!」
と、悲痛なマヤの声が響き渡った直後だった。突然マヤは訝し気な顔で、
「えっ? あっ、マギにおかしな信号が入って来ました!!」
と、言った後、コンソールを操作し、
「これは……、オモイカネⅡからです!!」
それを聞いた中之島は、
「何ぢゃと!!??」
と、叫びながらオモイカネⅡの所に戻った。そして、急いでキーボードを操作するや、
「こ、これはっ!!!!!!!!」
と、とんでもない声を上げた。ミサトも思わず、
「どうしたんです!!??」
と、叫ぶ。中之島は、真っ青になった顔をこちらに向け、
「フェイズ・スキャナが動作しておる!! こ、この信号は、儂等の世界のスキャン信号ぢゃ!!!」
驚いたミサトは、大声で、
「なんですって!? どう言う事なんです!?」
中之島は、声を震わせ、
「考えられる事は一つしかない!! 次元の壁に亀裂が入ったのぢゃ!!!」
「えええっ!!?? そんなっ!!!!」
「なんですとおっ!!!??」
ミサトの悲鳴と五大の怒号が響き渡る中、中之島は再度キーボードを叩くと、
「ちょっと待つのぢゃ!! 伊吹君!! オモイカネⅡのフェイズ・スキャナの感度を最大に上げた!! 信号を解析して、通信として処理出来んかどうか、確かめてくれ!!」
「了解!!」
マヤもかつてない大声で応えた後、コンソールを操作したが、
「だめですっ!! 通信として処理するにはレベルが低すぎますっ!!」
「クソっ!! 向こうと連絡が取れれば何か判るかとも思ったのぢゃが、それもならんのかっ!!」
中之島は歯噛みし、吐き捨てた。
+ + + + +
+ + + + +
こちらはJRL本部。
「黒い球体」の解析を続けていた松下は、突然球体から発信されたフェイズ・スキャナの信号に、驚きの余り、
「なんだこの信号は!!??」
と、叫んでいた。そしてすかさず、真由美に向かって、
「末川君! この信号はエンタープライズのものではないのか!?」
真由美も、かつてない表情で、
「違います!!」
「絶対に間違いないのか!?」
「はいっ! 間違いありませんっ!!」
「で、では、まさか!!??」
松下が声を震わせ、そう叫んだ次の瞬間、突然メインモニタにウィンドウが開き、
”コノ信号ハ異次元世界カラノ信号ナリ”
「オモイカネが勝手に動いた!! これはっ!!??」
松下の叫びに、山之内は思わず立ち上がると、
「また魔界と現実界の融合が始まったと言うのですかっ!!??」
岩城も、顔面を蒼白にして、
「本部長! まさかっ!? 次元の壁に穴がっ!?」
松下は、真っ青な顔で、
「そうとしか考えられん!!」
と、言った後、
「そうだ!! 中之島博士からの通信かも知れん!! 末川君! 通信波として処理出来んかっ!!??」
しかし、すかさずコンソールを操作した真由美は、
「だめです!! レベルが低すぎて処理できませんっ!!」
それを聞いた松下は、歯噛みし、
「クソっ!!」
と、叫んだが、すぐさま真由美に、
「よしっ! とにかくエンタープライズとオクタ全機を呼び出せ!!」
「了解っ!!!」
+ + + + +
「黒い球体」の調査のため、オクタヘドロン3機はエンタープライズと共に月軌道にいた。旧オクタヘドロン3機はエンタープライズの格納庫の中である。
松下からの無線に愕然となったマサキは、
「なんですて!? そんなアホな!!!」
『…………………間違いない! こっちで信号をキャッチした! 異次元からのものだ!!』
「そうかて、こっちはなんも受けてまへんで!?」
『…………………信号波に指向性があるんだ! 今君等は地球と反対側の位置にいるだろう! こっち側に回って来たらわかる! とにかくすぐにエンタープライズに戻れ!!』
「了解です!!」
と、応えた後、マサキはすぐさま、
「橋渡! 玉置! 聞いたか!!」
『聞いたとよ! すぐに戻るけん!!』
『ウチも聞いたわ! すぐ戻ります!!』
「よっしゃ! とにかく戻ろか!!」
+ + + + +
エンタープライズのメインブリッジでは、由美子が山之内からの通信を受けていた。
「…………………そう言う訳だ! もう一度球体の地球側を詳しく調査してくれ! 頼んだぞ!!」
「了解しました!!」
と、応えた由美子は、振り返りつつ、
「艦長!!」
「オッケーねー!! とにかく、オクタヘドロン3機を回収したら、すぐに地球側に回りましょー!! …ヘイ!! パイロット!! ゲットレディ!!」
艦長のライカーも真顔で叫んでいた。
+ + + + +
+ + + + +
ミサトが中之島に詰め寄り、
「博士!! 次元の壁の亀裂、とは、どう言うことなんですかっ!!??」
中之島は、悲痛な表情で口を開くや、
「今までこの信号はずっと入って来んかった! しかし、アダムが何かやらかしおった直後、突然入って来たのぢゃ。と、言う事は、やはりあの球体は、次元の通路の一部で、そこで何かやらかした事で、次元の壁に亀裂が入って、そこから信号波が入って来たと考えるしかない、と言う事ぢゃ!」
「そんな! じゃ、亀裂が入った事で、どうなるんですか!!??」
「わからん!! しかしぢゃ、もし、その亀裂が大きくなって行ったら、どうなるか。…火を見るよりも明らかぢゃろう!!」
中之島の言葉に、ミサトは愕然として、
「!!!!!!! ビッグバン!!」
「そうぢゃ。最後はそうなるしかあるまい!! 君と本部長の直感は正しかったのぢゃよ!! 儂の考えが甘かったのぢゃ!!」
と、中之島は吐き捨てる。しかしミサトはなおも食い下がり、
「でも博士!! さっきは、『ビッグバンは起こらない』と仰ったじゃありませんか?!!」
「確かにさっきはそう言うたわい!! しかし、現実にこんな事が起こってしまった事は否定出来ん!! 情けないが、それが事実ぢゃ!!」
「なんとかその亀裂をふさぐ事はできないんですか!!??」
「とにかくマギとオモイカネⅡに計算させる事ぢゃ! 今はそれしかない!!」
「お願いします!! なんとかして下さい!!」
「うむ、とにかくやってみるだけぢゃ!!」
中之島はオモイカネⅡの方に向き直ると、一心にキーボードを叩き始めた。
その時、
「そうだ!! 博士!」
叫んだのは加持だった。全員の視線が集中する。
「もう一度考えてみましょう! 碇ゲンドウの深層心理映像にあの絵があった。そしてアダムがこの方法を実行したら実際に亀裂が生じた。ビッグバンの可能性もないとは言えない。しかし、しかしですよ。博士もさっき仰ったように、連中は最初からそれをやろうとしなかったのですよ。と、言う事は、やはりこの方式には何か致命的な欠陥があると言う事にはなりませんか!?」
加持から意外な指摘を受け、愕然とした中之島は、
「!!! 加持君!! それぢゃ!! …よしっ!!!」
もしかしたら突破口がみつかるかも知れない。そう思った中之島はキーボードを叩く速度を上げた。更にその時、ミサトも、
「そう! そうだわ! 加持君! いっそのこと、直接碇ゲンドウを絞り上げたらどう!? その欠陥をなんとしてでも吐かせるのよ!!」
ミサトの言葉に加持は一瞬考え込んだが、すぐに口を開き、
「無駄だな。こっちがそう言う態度に出ると言う事は、弱みを見せる事だ。それこそ碇ゲンドウは死んでも吐くまい。逆にデタラメな事を言うのは火を見るよりも明らかだから、そんなものに振り回されたら、それこそ時間の無駄だよ。深層心理の映像データは既に手に入れているんだから、それを元に解析する方が有益だ」
「なるほどね。わかったわ」
加持の指摘は尤もだ。ミサトは改めて中之島の方を向くと、
「博士、お願いします!!」
「うむ! わかっとるわい!!」
今まで見た事もない真剣な表情でオモイカネⅡに向かったまま応えた中之島の姿に、ミサトは思わず頷き、
(うん、とにかく全力を尽くすのよ!!)
その時だった。
(うっ、…なにこれ……)
突然ミサトをおかしな感覚が襲った。何と言うか、妙に安心出来るような感覚である。
(助かるかも知れない……。なんでこんな風に……)
全く根拠はないが、何か奇妙な確信のようなものが心の底から湧き上がって来るではないか。そして、その次の瞬間、
「!!!!!!」
腹の底から強いエネルギーのような物が急上昇し、脳天に達したのである。と、同時に、奇妙な「確信」としか言いようのない感覚が自分を捉えて放さない。
(そうだ!! 私もそうだし、あの子たちもそうなんだ!! 今ならなにかできるかも知れない!!!)
ミサトはすぐさま決断した。
「マヤちゃん!! あなたはとにかくその信号波に変化がないか監視していてちょうだい!! どんな小さな変化も見逃しちゃだめよ!!! それから、メインモニタには球体を映しておいて!!」
「了解しました!!」
「日向君と青葉君は博士をサポートして!!!」
「了解!!」
「了解!!」
「レナちゃん!! パイロット全員を待機室に集めて、現在の状況を説明してちょうだい!! そして説明が終わったら、全員を中央に連れて来て!!!」
「了解です!!」
レナが急ぎ足で中央を出て行った後、ミサトはさっきの「確信」を自分で再現しながら、自分で自分に言い聞かせた。
(なにかある! 必ずなにか道はあるはず! それを見つけるのよ!!)
+ + + + +
+ + + + +
オクタヘドロンを回収し、「黒い球体」の地球側に回って来たエンタープライズは、「異次元からの信号」と思われる波動の分析を行っていた。
「間違いないわ! この信号波は、中之島博士のオモイカネⅡからのものよ!!」
由美子が叫び、振り返る。
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
ライカー艦長も、オクタヘドロンのパイロット三人も、沈痛な面持ちでコンソールを見た。
「部長、ちゅう事は、やっぱり次元の壁に亀裂が出来た、ちゅう事になるんでっか!!??」
マサキの声は微かに震えている。由美子は頷くと、
「とにかく本部と連絡を取り合って、対策を考えるしかないわ!! …こちらエンタープライズの山之内!! JRL本部応答願います!!」
+ + + + +
+ + + + +
こちらは待機室。
「全員集まったわね。では、現在の状況を説明します」
不安げな表情を隠せないまま席に着いている十三人のパイロット達の前に立ち、レナは努めて冷静さを保ちながら説明を始めた。
「まずはこれを見てちょうだい」
レナがリモコンを操作すると、待機室のモニタに「アダムとリリスの映像」が現れる。
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
パイロット達は全員絶句するしかなかった。
+ + + + +
中之島、日向、青葉の三人は、一心に計算と分析を続けていたが、中々これと言った答は出て来なかった。
日向がかつてない真剣な表情で振り向き、
「博士! この数式のパラメータには問題があると思われますが!?」
「ちょっと待て! ………よし! 修正完了ぢゃ! これでやってみろ!!」
「はいっ!」
青葉の表情も真剣そのもので、
「博士! 次元定数を6から7に変更したらプログラムが暴走しました!」
「7は奇数だから駄目ぢゃ! 8でやってみろ!!」
「了解!!」
そんな三人の様子を、少し離れた所からミサトが身じろぎもせずに見守っている。
(博士! 日向君! 青葉君! 頑張って!!)
+ + + + +
「説明は以上よ。なにか質問がある?」
と、レナが十三人に問いかける。流石に全員口を開かない。
「…では、質問がないとみなし……」
「まってください!」
そう言って立ち上がったのはアスカだった。全員の視線が集まる。
「なに?」
「もういちど、ビデオをみせてください。どうも気になるところがあるんです」
「わかったわ」
そう言いながらレナはリモコンを操作した。
『やあ、みんな。しばらくだね』
『…………………………………』
『分析しろっ!!!!!』
『「黒い球体」から信号波が送られて来ていますっ!!!』
『なんですって!!??』
『ほんとうに、勝負と言うのは下駄を履くまではわからないもんだね。ヴァーユがサイコバルカンを打ち込んでくれたから、僕らはここまで来れたんだよ。零号機が消滅する時、僕とリリスは思い切って自分たちの肉体を消し、波動になったんだ。後はサイコバルカンのビームに乗って、そのまま「黒い球体」まで一直線さ。ほんとにありがとう。みんなには感謝してるよ。ふふふふふふ』
『その槍は!!』
『ふふふ、五大さん。なにを言ってんだい。量産型はみんなロンギヌスの槍のコピーを隠し持っている事を忘れたのかい? サイコバルカンでキール・ローレンツ議長と一体化していた量産型が消えた時、これだけはうまく手に入れたのさ』
「そこ! そこでとめてください!!」
アスカの叫びにレナは即座にリモコンのボタンを押した。アスカはモニタに近寄り、食い入るように画面を見ている。その様子に、シンジは思わず口を開き、
「アスカ、なにが………」
「だまって!!!」
「!! ご、ごめん……」
シンジは黙るしかなかった。アスカは再び画面に没入している。よく見ると、アスカが見ているのは、アダムが頭上に掲げているロンギヌスの槍であった。
(…これ、なに……。この文字みたいなもの……、なんか、あたしに、はなしかけてくるみたいな……。!!!!!)
その時だった。
「ああっ!!」
突然、アスカの脳裏にタロットの「09:隠者」の映像がこの上なく鮮明に浮かんだ。そして、アスカの腹の底から力の塊のようなものが湧き出して来たかと思う間もなく、その塊が脳天に上り詰めて炸裂した瞬間、隠者の姿は自分に、持っている杖がロンギヌスの槍に変化し、ランプの光が美しいサファイアブルーになって槍に書かれている文字を照らしたのである。
「わかった!! わかったわ!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
とんでもない大声でアスカは叫び、レナと十二人のパイロットは絶句した。
+ + + + +
ずっと信号のレベルをモニタしていたマヤが、突然顔色を変え、叫んだ。
「信号のレベルに変化がありました!! レベルが上がっています!!」
「何ぢゃと!!?」
「なんですって!?」
中之島とミサトが慌てて駆け付ける。
「うーむ、…伊吹君! このレベルなら通信波として処理出来んか!?」
「やってみます!!」
マヤは手早くコンソールを操作し、
「モニタに出します!! ……ああっ!!!」
「おおっ!!」
「ああっ!!」
三人は思わず声を上げた。何と、モニタに現れたウィンドウに映ったのは、ノイズだらけではあるが、紛れもない、「JRL本部中央制御室の映像」だったのである。
「松下!!」
中之島は思わず叫んでいた。
+ + + + +
+ + + + +
「博士!!」
余りの状況に、松下もそれだけ叫ぶのが精一杯であった。
+ + + + +
+ + + + +
「松下!! そっちの状況はどうぢゃ!? こっちは使徒と量産型は全て倒したが、正体不明の黒い球体のために次元の壁に亀裂が入ったと考えられる状態ぢゃ!!」
『こっちも同じです!! 使徒に関してはバルディエルだけがどうなったか未確認ですが、それ以外は倒しました!! 黒い球体に関しても同じです!!』
「判った!! 詳しい説明は後ぢゃ!! とにかくこの通信波を利用して、そっちのオモイカネとこっちのマギを繋ぐのぢゃ!! 両方のマシンをリンクしてフル稼働させ、何としても解決の糸口を探るのぢゃ!!」
『了解です!! しかしこの信号レベルでは、映像通信をやりながらリンクした場合、速度が稼げません! データ通信を最優先にするため、映像を切って音声だけにしましょう!!』
「了解ぢゃ!! …伊吹君! 頼む!!」
「はいっ!!」
ウィンドウの中の映像が消え、黒一面になった。
ミサトが、真っ青な顔で、
「は、博士!!」
中之島が振り向くと、ミサトは、声を震わせ、
「亀裂が拡大した、と言う事ですね!?」
「今は何も言うな!! やるだけぢゃ!!」
「わかりました!!」
その時だった。十三人のパイロットを連れ、急ぎ足で中央にやって来たレナが、
「葛城部長!! 惣流さんが!!」
「アスカが!?」
ミサトがそう言い終わるか否かの内にアスカが進み出た。今までになく興奮している。
「ミサト! あたしにロンギヌスの槍をみせて!!」
意外としか言いようのないアスカの申し出に、ミサトは瞠目して、
「ええっ!? どう言うことよ!?」
「わかったのよ!! シンジがことだまで、加持さんはおいのりでしょ! それで、ミサトとナツミは透視能力よね! あたしはサイコメトリだったのよ!!」
「何ぢゃと!!??」
「なんだって!!??」
中之島と五大が思わず声を上げた。
「な、なんの事よ!?」
ミサトは訳が判らずにうろたえている。そこにゆかりが進み出て、
「割り込んで申し訳ございません。私が説明させていただきます」
「は、はい……」
「田沢さんから現在の状況に関して説明を受けた時、惣流さんだけが、アダムが現れた時のビデオ、それも、アダムが持っていたロンギヌスの槍の映像にひっかかりを感じたらしいのです。それで、もう一度ビデオを見直してもらったところ、突然タロットの隠者の映像が頭に浮かび、更には力強い確信のようなものが心の底から湧き上がって来て、その絵の隠者は自分に、杖が槍に変わったと思う間もなく、ランプの光が青く槍の文字を照らした、と。それで、その状態でロンギヌスの槍の映像を改めて見直してもらったら、なんと、その槍に彫り込まれている文字のような模様が、頭の中に語りかけて来る、と、そして、その内容は、驚くべき事に、『アダムとリリスの使い方に関する解説』だとおっしゃるのです」
それを聞いたミサトは、仰天して、
「なんですって!!!?? …アスカ!!」
「そういうことよ!! あの映像だけじゃ、全部はよめないわ!! とにかく全部よませてよ!!」
すかさず五大が、
「葛城君!! 惣流君を槍の所に連れて行け!! すぐ行け!!」
と、この上もないほどの怒鳴り声を上げた。ミサトは反射的に、
「は、はいっ!! 了解です!! …アスカ!!」
「まっかせなさいっ!!」
ミサトとアスカは大急ぎで中央を出て行った。その時加持が、
「待て! 俺も行くぞ!! ……そうだ! 伊吹君! 脳神経スキャンインタフェースと携帯端末を貸してくれ!!」
「はいっ!! ………どうぞ!!」
「サンキュー!!」
片手を上げ、二人の後を追って、加持も中央を出て行った。
+ + + + +
三人はロンギヌスの槍の所にやって来た。加持はインタフェースと端末を手にしている。
「アスカ、これを頭に着けてくれ。信号内容は俺が端末を操作して記録する」
「はい」
アスカはインカム型のインタフェースを頭にセットした。そこからケーブルが伸びており、加持が持った端末に接続されている。
「じゃ、はじめます」
アスカは槍の端に立ち、表面に刻まれている文字のようなものに眼をやると、一つ深呼吸を行い、じっと眼を凝らした。
「おっ! 来たぞ!」
加持が小さな声で言った。ミサトも画面を覗き込む。
「うむ、なんだと、…”ゆうきせいひとがたせいめいせいさんそうちせいぎょぼうしようしょ”だと?」
「加持君!」
ミサトと加持の会話には一切気を留めず、アスカは無言でひたすら読み取り続けている。
「平仮名ばかりだな。読みにくいから漢字混じりに変換するぞ」
加持が端末のキーボードを操作すると、平仮名だけの文章が次々と漢字仮名混じり文に変換されて行く。
「”有機性人型生命生産装置制御棒仕様書。此の制御棒は、正型生産装置の情報を、負型生産装置に送り込まむ事を目的として作られし物なり。但し、其の操作を過たれりし時は、負型生産装置は当初の目的を外れ、不要な生命体を生産するのみならず、其の内蔵機関が暴走し、事故に至る惧れ無きにしも非ず。以下の条々を熟読し、事故に至る事無きやう、充分に留意して操作されたし”、なんだこれは!?」
「まるで機械の取扱説明書じゃないの!? それに、なんでこんな古めかしい日本語が出て来るのよ!?」
「うーむ……」
二人は声を潜めて話し合っている。しかし加持は、
「とにかくだ。古い日本語とかアスカが何でこんな文章を読み取っているのかと言うような話は後だ。今は内容を知る事が先決だからな!」
「そうね。続き、行きましょう」
加持は端末のカーソルキーを操作した。モニタに続きの文章が現れ、今度はミサトが読み上げる。
「えーと、…”其も其も、此の弐種の生産装置は、我々と同質の種族を全宇宙に亘りて繁栄せしめむとの目的にて、次元転換装置と共に、外宇宙へ頒布される物なり。正型は頒布先の周囲より得られし情報により、生産すべき生命の情報を算出し、負型はその情報と自身に内蔵されし有機物を元に、宇宙に無尽蔵に存在せし活力を用ひて生命を生産す。此の方式に依らば、生命を生命として保存せずとも、情報と装置のみにて、宇宙の如何なる場所に於きても、生命を生産し得るなり。亦、正負二種に分割せし事に依り、他の装置と組み合す事も能ふる物なり。其れを活かし、種々の正負の組み合わせを試行すべし”、なによこれ!? つまり正型は男性、つまりアダムで、負型は女性だからリリス、と言うことなの!?」
「その通りだな。これで全部わかった。アダムとリリスは外宇宙の知的生命体が作って宇宙全体にバラ撒いた『生命生産装置』だったんだ。…”次元転換装置は、生命生産装置を高効率にて宇宙各所に頒布する事を目的とせし装置なり。其の外観は黒色の球体なれども、其の存在は、如何なる方向からも其の厚みを確認する事能はず。恰も、全ての方向から、厚みなき黒色の円盤の如き外観に窺へり。次元転換装置の使用の際は、白黒斑紋の球型制御装置を共に使用すべし”、おい! これは!!」
「レリエルの事よ! やっぱりあの球体はレリエルと関係があったのよ!」
「うむ! レリエルは言わば『ワープ装置』だったんだ! だから他の使徒と違って、パターン青の他にパターンオレンジも持っていたんだ!! …”然れども、次元転換装置も亦生産装置に同じ。使用を過たれりし時は、他宇宙と当宇宙の間に存在せりし隔壁に亀裂を生じさせるのみならず、其の亀裂が拡大せし時は、隣接せし宇宙、相互に融着する惧れ無きにしも非ず”、葛城! これだ!!」
「うんっ! …”若し万が一、使用の過誤に依り、隔壁に亀裂を生じせしめし時は、必ず以下の方策にて修復すべし。さも無くば、隣接せし宇宙の融着に依り、当該融着個所を中心とす半径十三光年の範囲に影響が及び、其の範囲内の全ての物質及び生命体が破壊さるる惧れあり”、加持君! これよ! やっぱりこの方法で亀裂を入れても、これだけじゃビックバンにはならないのよ! それに、亀裂ができてから、融着するまでに時間がかかるし、修復方法もあるから、碇ゲンドウはこの方法じゃなく、これを発展させた『使徒のS2機関を暴走させる方法』をやろうとしたのよ!!」
「ああ、その通りだ! それだったら一瞬にして隔壁が破壊されて、修復する暇がないからな! それでだ! どうやって修復するか、なんだが……」
その時、アスカが振り向いて、
「よみおわったわ! 加持さん、なにかわかった!?」
「おお! アスカの大手柄だ! すごい事がわかったぞ!!」
「えっ!? そうなの!! あたしさ、よめることはよめたし、アダムとリリスに関係してるんじゃないかってことまではなんとなくわかったんだけど、むずかしくて、なにがかいてあるかはよくわからなかったのよ!! それで、どうなの!?」
アスカはそう言うと二人の横に並んでモニタを覗き込んだ。加持は続けて、
「えーと、何々、…”亀裂の修復の方策は以下の如し。時間隔離被膜にて包囲せし次元転換装置の中心部に正型負型両種の生産装置を設置し後、其の両装置の核を此の制御棒にて同時に貫き、両装置の機関を同時に暴走させ、其の直後に時間隔離被膜にて包囲した範囲の時間を逆転させるべし。然すれば、亀裂部分が再度融解し後、復旧へと向かふ物なり”、おい! なんだこりゃ! 要するに亀裂した部分の時間を逆転させろ、って言ってるんだ!!」
「ええっ!? 加持さん! 時間を逆転させるって、どういうことなの!?」
「そんなことができるの!? どうやって!? その方法は書いてないの!?」
アスカとミサトは仰天した。しかし加持は表情を曇らせ、
「ここには書いてないが、アダムとリリスをバラ撒いた宇宙人はそれだけの技術を持っていた、と言う事なんだろうな。…しかし、俺達にそれが出来るかどうか……」
しかし、ミサトは、
「とにかくこの情報を早く上に持って行きましょう!! なんとかするしかないわよ!!」
その言葉に、加持は頷き、
「そうだな! とにかく戻ろう!!」
+ + + + +
「説明は以上です。具体的にはどうやって時間を逆転するか、と言う事が問題ですが……」
スタッフとパイロット全員が見守る中、加持から報告を受けた五大と中之島は、唯々唖然とするしかなかったが、何とか五大が口を開き、
「しかし、加持君、どうやって時間を戻すと言うのだ? そんな事は不可能だ」
「博士、どう思われます?」
「現実と虚構の融合と言う、現在我々が置かれている状況から考えれば、何か方法があるのかも知れん。しかし、具体的には何も思いつかん。いくら何でも、『時間よ戻れ!』と叫んだら戻ると言うものでもあるまい」
中之島の表情も流石に苦渋に満ちている。加持は続けて、
「博士、馬鹿げているとは思いますが、我々は今日、普段ではあり得ない体験をしています。葛城と八雲の透視、私のタロット呪術、碇の言霊、惣流のサイコメトリ、などです。最後の手段として、『三密加持もしくは念力で時間を逆に戻す』事は出来ませんか?」
しかし、中之島は、
「気持は判るが、無理ぢゃ」
「どうしてです?」
と、食い下がる加持に、中之島は、溜息混じりで、
「透視とサイコメトリは知覚能力ぢゃ。三密加持はシンクロニシティの活用で、生命力を活性化させるものであり、生命のない所では意味がない。念力は具体的な方法があった上でそれを後押しするために使うもので、君がやったタロット呪術と同根ぢゃ。言霊が影響を及ぼすのは、言葉が通用する世界ぢゃ。これらの能力では、時間は支配出来ん。…クソっ! せめてここにもカーラがあればのう……」
「カーラ?」
「むこうに置いて来たオクタの1機ぢゃ。オカルト的には時間に関する能力を持っておる。その能力をフルに活かせば、何か出来るかも知れん。しかしここにない以上、どうしようもない。しかも、もし何か方法があったとしても、向こうとこっちで同時に行わねばならん。どっちにせよ、1機では足りんのぢゃ」
「ないものねだりをしても仕方ありません。あるものを活用して、なんとかなりませんか?」
「時間に関する能力を持っている者がおれば、何とかなるかも知れんが、そんな奴がおるか?」
「時間に関する能力……」
その時だった。加持と中之島の話を、少し離れた所から聞いていたレイの腹の底に、奇妙な力の塊のようなものが湧き起こって来たのである。
(!!! これは………。!!!!)
レイは驚いた。何と、力の塊が体の中をゆっくりと上昇して行き、そして、それに連れて色々な映像が心に浮かんで来るではないか。
使徒の襲来による非常事態宣言で無人と化した第3新東京市の街中の一角。少し離れた所に公衆電話をかけようとしている少年が一人。そしてそれを見守っている自分………。
ダミープラグ製造工場で、リツコに破壊されるクローンとしての自分達………。
巨大化するリリスとしての自分、そして、腐り落ちる自分の頭部………。
(なんで、こんな映像が………。!!!!)
それだけではなかった。次に浮かんで来た映像はレイの想像を絶するものだったのだ。
転校初日、遅刻しそうになり、トーストをくわえて走るレイ………。
(「初日から遅刻じゃかなりやばいって感じだよね~っ!」)
葛城先生の後から教室に入るレイ………。
(「喜べ男子~い。今日はウワサの転校生を紹介するっ!!」)
(「綾波麗です! よろしく~!)
(「ああ~っ!!」)
(「あ~っ! あんた! 今朝のパンツのぞき魔!!」)
(「ちょっと! 言いがかりはやめてよ! あんたが勝手に真司に見せたんじゃないっ!!」)
(「なにさ! この子のことかばっちゃってさ! なになに、二人、できてるわけ?」)
(「ただのおさななじみよ! うっさいわねえ!!」)
(「ちょっと! 授業中よ! 静かにしてください!」)
(「い~じゃな~い♪ 私も興味あるわ~。続けてちょうだいっ!♪」)
笑いと喧騒に包まれるクラス………。
(こ、これは! 異次元の世界なの!?)
そして、その力の塊は最終的にレイの頭頂部まで上昇し、そこで炸裂した。
「ああっ!!!!」
続く
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'祈り(Ver.4b) ' composed by VIA MEDIA
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