第四部・二つの光




「量産型! 9機出現しましたっ!!」

 マヤの叫び声が響き渡った次の瞬間、モニタに映った量産型が一斉に翼を広げ、飛び上がった。

「全機戦闘態勢!!」

 五大の怒声が中央制御室にこだまする。

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第二十六話・接点

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 五大が、

「なんで量産型が地面から現れたんだっ!!」

と、叫んだ時、青葉が愕然とした表情で振り返り、

「本部長!! 量産型が出現した地点は全て下水道のマンホールのある場所ですっ!!」

「なんだと!? …そうかっ!! バルディエルと一体化した結果、体を液化出来るようになったと言う事なのかっ!! エヴァ全機!! 量産型はバルディエルを吐く!! 粘液を浴びるな!!」

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『あっ! 参号機!! 離れろ!!』

 参号機のプラグ内にサトシの叫びが響いたと思う間もなく、宙に舞った量産型は、口から粘液を吐きかけて来た。

ブシュウゥゥッ!!

「わああっ!!」
「きゃああっ!!」

ドオオンンッ!!!

 シンジとアスカが思わず叫んだ瞬間、参号機は強い衝撃を受け、横倒しになっていた。

『碇君!! 逃げるんだ!!』

 アカシャが参号機に体当たりしてくれていたのだ。そのため幸いにして粘液を浴びずに済んだ。

「起き上がれっ!!」

 シンジの叫びに呼応し、参号機は眼にも止まらぬ速さで起き上がり、横っ飛びに逃げる。

「ああっ!! シンジ、見てっ!!」

「!!!!」

 アスカの叫びにシンジはスクリーンを見詰めた。アカシャとヴァーユが零号機から少し離れた空中に停止して様子を見守る中、零号機にかけられた粘液が体に染み込んで行く様子がスクリーンにはっきり映し出されていたのだ。その不気味さにシンジは思わず身震いした。

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 ミサトが五大の方を向き、怒鳴る。

「本部長! 量産型の飛行は翼です! スピードはそれほどありません! エヴァはバックアップに回し、オクタへドロンとJAに攻撃させます!!」

「わかった! 指揮は君に任せる!!」

 ミサトはインカムを掴み直し、

「エヴァ全機はバックアップに回って!! オクタへドロン全機とJAは量産型を牽制!! こちらから指示するまでは攻撃は禁止します!!」

と、叫んだ後、中之島の方を向いて、

「博士! 使徒と同じように攻撃していいかどうか、分析をお願いします!!」

「判った!! ちょっと待っておれ!!」

と、言った後、中之島はオモイカネⅡのキーボードを素早く叩き、

「よし! 自動分析プログラムを走らせたぞ! 結果が出るまで待つのぢゃ!!」

「了解しました!」

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「またやられてたまるかいっ!!」

 かつてバルディエルに参号機を乗っ取られた時の事を思い出したトウジは、素早く移動して量産型から距離を取った。しかし、その次の瞬間、

キシャアァァァァッ!!!!

 信じ難い事に、量産型は、まるで機銃を撃つかのような考えられないスピードで、口から粘液を吐き出し、弐号機に吹きかけたのである。参号機の時とは比べものにならない速さと勢いだった。あっと言う間にバルディエルが体表から内部に染み込んで行く。

「ああっ!! しもたあっ!!」

「鈴原!!」

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キシャアァァァァッ!!!!

「相田さんっ!!」

「しまった!! やられたっ!!」

 初号機もすぐ距離を取ったにも拘わらず、バルディエルを浴びせかけられてしまった。

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「初号機と弐号機!! 粘液を浴びましたっ!!」

 マヤの声が響き渡る中、五大は思わず眼を剥き、

「なんだあの速さはっ!? さっきとは全然違うぞっ!!」

 コンソールを操作していた日向が振り向いて、

「信じられませんっ!! エヴァの機銃並みの速度と射程距離ですっ!!」

「初号機と弐号機のプラグを射出しろっ!!」

 五大がマヤの方を向いて怒鳴り声を上げた。マヤは振り向きもせずに一心にキーボードを叩き続け、

「現在操作中です!!」

 しかし、

「手遅れでした! 制御信号はすべて妨害されています!!」

 悲痛なマヤの叫びに、五大もかつてない大声で、

「プラグ非常射出装置もだめかっ!?」

「回路自体は生きていますが、エヴァに届いた無線信号が回路に入る直前で妨害されているようで、動作しませんっ!!」

「なにっ!? スピン波でもかっ!?」

「だめですっ!!」

「プラグ内部の様子をモニタする事も出来んのかっ!?」

「それもできません!! 通信は完全に絶たれていますっ!!」

 その時だった。

「おおおおおおっ!!!!」
「おおおおおおっ!!!!」
「おおおおおおっ!!!!」
「おおおおおおっ!!!!」
「おおおおおおっ!!!!」
「おおおおおおっ!!!!」

 湧き起こったどよめきに、五大とマヤが思わず振り返る。

「どうした!? …おおっ!!」

「ああっ!!」

 +  +  +  +  +

『碇君!! 気をつけろっ!!』

「あっ!」
「あっ!」

 シンジとアスカは眼を見張った。サトシの声が無線に飛び込んで来たと思う間もなく、スクリーンの横から1機の量産型が姿を現し、既にそこにいた1機と共に編隊を組んだのだ。更に地上の零号機までが不気味にその単眼を光らせ、こちらを向いて身構えているではないか。

「くそおおっ! こいつらなにしようってんのよっ!!」

 アスカの叫びがプラグに響く。

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 メインモニタには、零号機の上空に2機の量産型が寄り添うように接近して来た映像がはっきりと映し出されていた。

 青葉が叫ぶ。

「初号機を攻撃した量産型が零号機と合流しましたっ!! 弐号機を攻撃した機体は浮上!!」

 五大も負けずに怒鳴り返す。

「青葉君!! 初号機と弐号機の様子はどうだ!!?」

「外部からのエネルギー反応の分析では、現在の所、活動レベルが極端に低下しています! このレベルでは、活動不能で静止したままでしょう!!」

「わかった! 引き続き監視するんだ!!」

「了解!!」

「日向君!」

「はいっ!」

「なんとか射出装置を動作させられんのか!!?」

「外部からの信号は全て拒絶されています! こちらから動作させる事は不可能です!」

「すると、非常射出装置を動作させるためにはプラグ内部でスイッチを入れるしかないんだな!?」

「そうです! パイロットがスイッチを押せば、コンピュータにも無線制御にも関係なくプラグは射出されます!」

「そうか。と、言う事は、パイロットは気が動転してして、非常射出装置にまで気が回っていないと言う事か! なんとか連絡出来んのか!!?」

「は、はいっ! 検討しますっ!!」

「なんとかしろ!! なんとしてでもなんとかするんだ!!」

「は、はいっ!!」

 +  +  +  +  +

ヒュゥッ! ヒュゥッ!
ヒュゥッ! ヒュゥッ!

 地上でレーザーライフルを持って身構えるJAの上空でも2機の量産型が不気味に旋回していた。量産型は口をゆるく開き、粘液を浴びせかけるべくチャンスを窺っているようだ。

 +  +  +  +  +

 かつてない真剣な表情の時田が、モニタを見たまま、

「加納さん、どうします? こっちはロボットですから粘液はどうって事ありませんが、相手は空を飛べますし、サイコバルカンは使わない方がいいでしょうから、こちらの武器はマントラレーザーだけですよ」

「ううむ……。こっちも浮上は出来るとは言っても、自由には動けないし……」

と、加納は唸ったが、突然、

「ん!? そうだ!!」

「どうしました!?」

 顔色を変え、詰め寄る時田に、加納は、

「うむ! やってみる価値はあるかも知れん!!」

「なにをですか!?」

「サイコバリヤーは反重力フィールドの応用です! そいつを組み込んだ事が幸いするかも知れんと言う事ですよ!」

と、言いつつ、加納は操縦器につながっているコンピュータの前に座り、操縦員に、

「サイコバリヤーを全開にして量産型めがけてジャンプしろ!」

「了解!」

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ダアアアアアッ!!!

 JAが2機の量産型めがけてジャンプした。

ビュウウウッ!!

 風を切ってJAは2機に迫る。しかし当然ながら、2機は空中で移動し、JAの飛行コースからずれて体当たりを避けようとする。その時だった。

 +  +  +  +  +

「ここだ!!」

 加納が素早くキーボードを叩く。

 +  +  +  +  +

ブオオッ!!

「!!!!!!」
「!!!!!!」

 驚いた事にJAは空中で横っ飛びに移動したのだ。明らかに驚いた様子の2機の量産型に向かって肩から突入する。

 +  +  +  +  +

「おおっ!!」
「おおっ!!」

 思わぬJAの動きに、時田と操縦員が驚きの声を上げる。

 +  +  +  +  +

ビュウウウウウッ!!!

「グワアアアアアアッ!!!」

 意表を突かれた量産型の1機がバランスを崩して失速した。呆気に取られた様子の1機を空中に残し、JAと共に地上めがけて落下して行く。

 +  +  +  +  +

 加納は、会心の笑みを浮かべ、

「案の定だ!! 今のJAをただの陸戦型ロボットだと思うなよ!!」

 誇らしげな声がベースキャンプに響き渡る。

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ズダアアアアアアンンッ!!!
ズダアアアアアアンンッ!!!

 JAと量産型は、地上に激突する直前に体勢を立て直し、足から着地した。

ブワアアアアアアッ!!

 量産型はすぐさま離陸し、空中に舞った。身構えたJAが地上から上空の2機を眼を光らせて睨みつける。

 +  +  +  +  +

 時田は思わず加納に詰め寄り、

「加納さん! 一体どうやったんですか!?」

「サイコバリヤーの密度分布を変化させて反重力のバランスを変えてやったんですよ! 今の場合は後に向かって反発力を働かせた訳です!」

「成程! 後方にロケット噴射をしたようなものですな!」

「そうです! サイコバリヤーを組み込んだ事でこれが出来るようになったんですよ!! ジャンプと組み合わせれば、かなりのレベルで空中戦が出来る筈です!」

 加納は、操縦員の方を向くと、

「今の操作要領をコマンドとしてプログラムに組み込む! それを使って戦うんだ!!」

「了解!!」

 +  +  +  +  +

キシャアァァァァッ!!!!

ビュウウウッ!!

キシャアァァァァッ!!!!

ブォオオオッ!!

 空中で2機の量産型に対峙したリョウコのヴァルナは、瞬間移動で粘液放射を楽々と躱しながら相手を牽制していた。相手がバルディエルを吐いて来ても、こっちは機械だから乗っ取られる心配はない。

(…動きをしっかり見るのよ。しっかり見ておけば………)

 量産型とは言え、同じエヴァンゲリオンであり、使徒だ。まだ攻撃許可は出ていないが、最終的にはサイコバルカンを応用した裏当てで倒せる筈である。そのためには相手の動きをしっかりと頭に叩き込んでおく必要があるのは言うまでもない事だった。

キシャアァァァァッ!!!!

ビュウウウッ!!

キシャアァァァァッ!!!!

ブォオオオッ!!

 機体スレスレを掠めて行く不気味な粘液には目もくれず、リョウコはひたすら2機を見詰めていた。

 +  +  +  +  +

 アグニのコックピットに、ゆかりの声が響き渡る。

『形代さんっ!! うしろっ!!』

 反射的にスクリーンを見たアキコは、思わず、

「あっ!!」

 ウィンドウの一つに、後方から迫る量産型が1機映っているではないか。

「回避!!」

ブオオオオオオッ!!

 アキコの叫びに呼応して、アグニは素早く身を翻し、量産型の体当たりを躱した。

(こっちは2機、相手は3機……)

 ゆかりのプリティヴィと一緒に3機の量産型を追いまわしているのだが、案外、「2対3」と言うのはやりにくかった。

(もうちょっと、わたしが上手じゃったら……)

 確かにアキコはそれほど操縦は巧みではない。オクタヘドロンの操縦に関しては後輩であるはずのゆかりにも明らかにやや遅れを取っていた。それが彼女自身にも余計プレッシャーをかけている。そこにまるでアキコの心を見透かしたかのようにゆかりの声が飛び込んで来て、

『形代さんっ!! がんばりましょうっ!!』

「!! …は、はいっ!!!」

 +  +  +  +  +

 コンソールに向かって一心に分析を続けていた日向が顔を上げ、悲痛な表情で振り返った。

「本部長! だめです!! パイロットが気付かない限り、こちらから連絡する事はできません!!」

 日向の言葉に五大は顔色を変え、怒鳴り声を上げる。

「弱音を吐くな!! なんとしてでも連絡するんだ!!」

「!! は、はいっ!!」

 その時だった。ずっとモニタを見詰めていた青葉が大声を上げ、

「初号機と弐号機のエネルギー反応に変化がありましたっ!!」

 ほぼ同時に中央制御室にざわめきが起こった。メインモニタに映る初号機と弐号機がゆっくりと動き出し、零号機に近付いて行ったのである。青葉が振り返りながら叫ぶ。

「エヴァ2機、動き出しましたっ!! 参号機の方へ進んでいますっ!!」

 メインモニタを見ながら、五大は、

「参号機!! 注意しろ!」

 +  +  +  +  +

 無線に飛び込んで来た五大の声にシンジとアスカは改めてスクリーンを見詰め直した。確かに2機がこちらにやって来ている。アスカが拳をぐっと握り、

「シンジ!!」

「う、うんっ!!」

 シンジはそれだけ言うのが精一杯だった。目の前には2機の量産型と零号機がいる。更に初号機と弐号機が近付いて来た。こちらにはアカシャとヴァーユがいるが、5対3となれば分が悪い。おまけに初号機の中にはケンスケとナツミが、弐号機の中にはトウジとヒカリがいる。頭の中は混乱の極みだった。

(ど、どうしたらいいんだ……。また、あの時みたいに……)

 皮肉としか言いようがなかった。かつてバルディエルに参号機を乗っ取られ、初号機で戦わざるを得なくなった時、参号機の中にはトウジがいたのだ。あの時の悪夢のような光景が心をよぎる。シンジが何も考えられなくなった時、突然、

『碇君!!!』

 大作の声がプラグの中に響き渡る。

『碇君!! 気をしっかり持て!! なんとしてでも助けるんだ!!』

「!!……」

 まるで自分の心を見抜かれたかのように思ったシンジは一瞬絶句したが、次の瞬間、勇気を振り絞って自分に鞭打ち、

(そうだ! 今度こそ、助けるんだ!!)

 シンジは操縦桿をぐっと握り直し、大声で叫んだ。

「うんっ!! ぜったいに助けるぞ!!」

 +  +  +  +  +

ズシン! ズシン! ズシン!
ズシン! ズシン! ズシン!

 兵装ビルが林立する無人の市街地に初号機と弐号機の足音が響き渡る。間もなくして両機は零号機と合流し、静止した。

 +  +  +  +  +

 コンソールを操作しながら、青葉が、

「バルディエルに乗っ取られたエヴァ3機、静止しました! 参号機のそばの量産型2機も現在は動く様子が見られません!! 敵のエネルギー反応は低レベルで安定しています!!」

と、叫ぶ。五大は苦り切った表情で、

「クソっ!! 連中の目的はなんだ!? エヴァを乗っ取るだけなのか!? 日向君! まだなんとかならんのか!?」

と、吐き捨てる。日向が、悲痛な顔で、

「申し訳ありません! 現在の所、まだ……」

と、応えた時、ずっと考え込んでいた中之島が口を開いた。

「原始的ぢゃが、オクタの拡声器を使って大きな音を立てれば、プラグまで届かんかの!?」

 それを聞いた日向は、中之島の方を向き、

「博士! オクタへドロンの拡声器はどれぐらいの音を出せるんですか!?」

「1メートル離れた地点で175デシベルまでは出せるように設計してある!」

「それでは足りません!! エヴァは装甲板から1メートルの地点にある180デシベルの音を完全に遮断出来ます!!」

「5デシベル不足か!! それは苦しいの!…… しかし、エントリープラグ挿入口の近くなら、装甲板とプラグの距離は短い筈ぢゃ! そこに音を集中すれば何とかならんか!?」

「遮音能力は同じです! プラグの中のパイロットには聞こえないでしょう!!」

「うーむ……、クソっ! 打つ手なしか!!」

 その時、突然加持が大声を上げ、

「そうだ! この手があった!!」

 五大も、

「どんな手だ!?」

と、怒鳴り返す。加持は、中之島に向かって、

「博士!! サイコバルカンの貫通力なら、エヴァの装甲板ぐらい破壊出来るでしょう!!」

 中之島は、

「何ぢゃと!?」

と、一瞬訝しげな顔をしたが、すぐさま気付いて、

「何っ!!! お主、まさか!!??」

 加持は、確と頷き、

「そうです!! 乱暴な方法ですが、エントリープラグ挿入口のカバーだけ吹き飛ばすんですよ!! そうすれば、プラグの端が剥き出しになる。そこに向かってオクタへドロンの拡声器を使って音を集中すればいい!!」

「無茶ぢゃ!! 相手は使徒に乗っ取られておるのぢゃぞ!! 中のパイロットに影響を及ぼさずに蓋だけ吹き飛ばすなんぞと、そんな器用な事が出来ると思うのか!!」

と、顔色を変えた中之島に、加持は平然と、

「確かに並のパイロットなら不可能でしょう。でも、綾波なら出来ますよ」

「何ぢゃと!?」
「ええっ!? わたし!?」

 中之島と、突然名指しされたレイが驚きの声を上げる。スタッフの視線がレイに集まる中、加持は続けて、

「綾波はロンギヌスの槍の投擲も含め、射撃の腕は一級です。彼女に射撃をやらせればいい!」

と、言った後、五大に向かって、

「本部長! 決断願います!!」

 流石の五大も一瞬絶句しかけたが、すぐに口を開き、

「綾波君をオクタへドロンに乗せると言うのか!?」

 加持はまたもや頷くと、

「そうです!! それしかありません!!」

「うーむ……」

 五大は少し考えた後、ミサトの方を向き、

「葛城君!」

「はいっ!」

「君の意見を聞きたい」

「はい」

 ミサトは、加持に向かって、

「加持君、レイの射撃の腕を使う、と言うだけなら、参号機を回収してレイと渚君を乗せればいい、と言う事も言えるわね。

 もちろん、エヴァと違ってオクタへドロンならバルディエルに乗っ取られる心配はないでしょうけど、よほど油断するか、さっきみたいにいきなり現れない限り、ATフィールドを使えばエヴァでも乗っ取られる心配はないし、ATバルカンも使えるわ。

 操縦経験と言う事を考えれば、オクタヘドロンに乗せるのは明らかに不利よ。なんで操作が未経験のオクタヘドロンに乗せようと言うの?」

 加持はすかさずニヤリと笑い、

「簡単な理由だ。エヴァは空を飛べないからな」

「!!!」

 余りに簡単ながら、問題の本質をズバリと射抜いている加持の回答にミサトは絶句するしかなかった。一瞬の沈黙の後、五大の方を向いて、

「本部長、加持部長の意見に賛成致します」

 それを聞いた五大は、大きく頷いて、

「わかった。以降、この件は全て君に任す」

「了解致しました」

 ミサトは、中之島の方に向き直り、

「博士、お聞きの通りです。綾波を搭乗させて戴けるよう、願います」

 中之島は深く頷くと、

「そうか。判った。無論、綾波君を乗せると言うても、パイロットは今のままで、あくまでも砲手として乗せると言う事ぢゃな?」

「その通りです」

「うむ。前にも言ったがオクタの指揮はお主に任せた積りぢゃ。パイロットとの相性も含め、どの機に乗せるのがいいか、お主が決めるがいいぞよ」

「了解しました。ありがとうございます」

 ミサトは今度はレイの方を向いて、

「レイ」

「はい!」

 凛とした声で応えるレイに、ミサトは確と頷くと、

「聞いた通りよ。オクタへドロンに乗ってもらうわ」

「はいっ!」

「それで、あなたが乗る機なんだけど……」

 ここでミサトは一瞬言葉を切った。周囲の視線が集まり、次の言葉を待っている。

「アカシャに乗りなさい」

「えっ!?」

 当然リョウコのヴァルナへの搭乗を指示されるだろうと思っていたレイは表情を変えた。周囲のスタッフも同じ事を考えていたようで驚いたらしく、ざわざわとした雰囲気が伝わって来る。

(サトシくん……)

 レイは迷った。サトシと一緒に上手くやれるだろうか。余計な感情が沸き起こらないだろうか。足を引っ張ったりしないだろうか。リョウコと自分とサトシの関係。そしてサトシとアキコの関係。自分とカヲルの関係。様々な想いが心をよぎる。そして、それらが輻輳して心にますます迷いを生じさせている………。

 しかしその直後、レイの心を見透かしたように、ミサトは、

「レイ、そもそもこの世界と向こうの世界の最初の接点となったのはあなたと沢田君よ。それがなにを意味するか、考えたことある?」

「えっ?」

 レイの心の中に、向こうの世界でサトシと共に戦った時の映像が鮮明に蘇って来た。そうだ、わたしがサトシ君と出会わなかったら、このような時の流れには絶対ならなかったのだ……。そう思うと、心の迷いが段々晴れて来るのを、レイは感じた。

 ミサトはレイの眼をしっかりと見詰めると、

「あなたがオクタヘドロンに乗る事になった流れを考えると、私はこうすべきだと考えるわ。アカシャへの搭乗を指示します」

「はいっ!! 了解しました!」

 間髪を入れずにレイは答えた。迷いはもう何もない。それを見て取ったミサトは振り向いて、

「青葉君!! 参号機付近の状況はどう!? 今のところこっちは3機、敵は5機と言う事になるけど、アカシャを回収して2機になっても大丈夫!?」

 青葉は素早くコンソールを操作し、

「現在の所はエヴァ3機のエネルギー反応は極端に低下しています! 量産型2機はそれよりは多少高レベルですが大した事はありません! この状態なら、監視を続けておけば、敵が動き出す瞬間は直前に予知可能ですから、2機でもいきなり攻撃される危険性はないと思われます!!」

「でも今回の量産型は元々は粘液だったのよ。もし連中が液化したらゲートの隙間から侵入される危険性はない!?」

「連中がもし再び液化したら、却って移動速度は極端に低下する筈です。そうなった場合、マギとオモイカネⅡのデータで分析する限りはマントラレーザーで焼却が可能です!!」

「なるほど、敵も液化するのは良し悪しと言うことね」

と、頷いた後、ミサトは、一瞬置いて、

「わかったわ! いいでしょう! レイ! オクタヘドロンの臨時駐機場へ移動しなさい!!」

「はいっ!!」

 レイが急ぎ足で中央制御室から出て行くのを見届けたミサトは、軽くうなずくと今度はマヤに向かって、

「マヤちゃん!! アカシャを呼び出して!!」

「了解っ!! ……通信回線接続しました!!」

 メインモニタにウィンドウが開き、サトシの顔が映る。

「こちら葛城! 沢田君、応答して!!」

『はいっ! こちら沢田です! なんでしょうっ!?』

「戻ってちょうだい! レイをアカシャに乗せるわ!」

『えっ!? で、でも、ここを動いたら!……』

「大丈夫! 敵のエネルギー反応はこっちでモニタしてるわ! 連中はすぐには動かないわよ!!」

『は、はいっ!! 了解しましたっ!!』

 +  +  +  +  +

(どう言うことなんだ。レイを乗せるって……)

 ミサトの言葉にサトシは少なからず驚いていた。しかし今はそれについて議論している時ではない。

「草野! 僕だけ急に地下に戻る事になった!! 後を頼む!!」

『わかった!! ジオフロント天井のゲートが開く瞬間は要注意だ! 敵に侵入されないようにしなきゃならん! 誰かにバックアップを頼め!!』

「了解だ!! ……形代!! えっ!?」

 一瞬置いてアキコの声が飛び込んで来る。

『形代です! えっ、て、どうしたん!?』

「いや、なんでもないよ! 実は急に僕だけ地下に戻る事になったんだ! ジオフロント天井ゲートが開く時に敵が侵入しないようにバックアップを頼みたいんだけど、こっちに来れるか!?」

 +  +  +  +  +

「ちょっとまってよ!」

 アキコは量産型への牽制行動を取りながら改めてスクリーンを見直した。ゆかりは余裕を持って追い回している。これなら自分が抜けても大丈夫だろう。

「綾小路さん! 一時離脱しますけん、あとをたのみます!!」

『了解ですわ!! お気をつけて!!』

「そっちもお気をつけてください! …沢田くん! 今行くけんね!」

 +  +  +  +  +

「よしっ、ゲート上空に移動!」

 アカシャを移動させながら、サトシは一瞬思わず苦笑してしまった。

(…僕にとって、形代って……、もう、そんな存在なのかな……)

 バックアップを頼む時に、無意識的にアキコの名を呼んでいた。こんな時なのに、である。しかし、その次の瞬間には頭を振り、

(…僕はなにを考えてるんだ。今は戦闘中じゃないか……)

 サトシは改めて操縦桿を握り直した。

 +  +  +  +  +

 他機が量産型に対する牽制を続ける中、アカシャとアグニは注意深くジオフロント天井部のゲートの所にやって来た。何故かは判らないが、量産型も今の所本格的な戦闘を始めるつもりがないのか、目立つ動きをせずに粘液を吐いているだけである。

「こちらアカシャ! 中央応答願います! ゲート上空に到着しました!!」

『こちら青葉! そのままで待機してくれ!!』

「了解!!」

 +  +  +  +  +

「葛城部長、開閉の指示をお願いします!」

 青葉の言葉にミサトは頷くと、広角に切り替わり、戦闘の全体状況が映っているメインモニタを改めて見直して、

「今の状態なら、開けても問題なさそうね……。開閉速度は最高、幅はアカシャが通れるだけに設定して」

「了解!!」

「よしっ! ゲート開けて!」

「了解!!」

 +  +  +  +  +

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 地響きを立てながらゲートが凄い速度で開く。

「突入!!」

 アカシャはゲートの隙間に猛烈な速度で飛び込んだ。

 +  +  +  +  +

「ゲート閉めて!!」

「了解!!」

 +  +  +  +  +

 アカシャは素早く移動し、臨時駐機場に着陸した。

「カプセル分離!! 着陸!!」

バシュッ!!

 サトシが叫ぶとカプセルは分離した。

 +  +  +  +  +

 臨時駐機場への出口の近くにあるモニタでアカシャの到着を確認したレイは、軽く頷くと、保安員に、

「参ります」

「お気を付けて」

シューッ

 軽い音を立ててドアが開く。

 +  +  +  +  +

(来たか!)

 ドアが開いてレイが姿を現したのを見て取ったサトシは、カプセルのドアを開け、

「レイ!! こっちだ!!」

「うんっ!!」

 レイは小さく叫ぶと小走りに駆け寄って来た。

「お願いします!」

 そう言いながらレイはカプセルに乗り込み、シートに座ってベルトを締める。

「よし! 行くぞ!!」

「了解!!」

「カプセル結合!!」

 +  +  +  +  +

『こちらアカシャ! 中央応答願います!』

「こちら中央青葉!」

『アカシャへの綾波の搭乗が完了しました! 離陸許可願います!』

「離陸を許可する! ゲート付近まで上昇したらそこで待機してくれ! タイミングを見計らってゲートを開ける!」

『了解!!』

 +  +  +  +  +

「アカシャ離陸!!」

 サトシの叫びに呼応し、アカシャは音もなく飛び上がった。

 +  +  +  +  +

『こちらアカシャ! ゲートに到着しました!』

 ミサトはメインモニタを一瞥し、状況に変化がない事を確認すると、

「ゲート開けて!」

「了解!!」

 +  +  +  +  +

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

「レイ! 行くぞっ!!」

「了解!」

フシュウウウウッ!!

 風切音を立ててアカシャは外に飛び出して行った。すぐ下でゲートが閉じて行く。

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 +  +  +  +  +

「おっ! 戻って来たか!」

 大作はアカシャの姿を確認すると、改めてスクリーンを見直した。今の所、やはり特に変化はないようだ。

『草野! 戻って来たぞ! どうだ!? 状況は!?』

 +  +  +  +  +

『見ての通りだ! 特に変化はない!!』

「わかった! …こちらアカシャ! 現場に戻りました! 指示願います!」

『こちら中央青葉! そのままで待機だ! 追って指示する!』

「了解!!」

 サトシは一息つくと、隣に座っているレイを横目でチラリと見た。

「…………」

 レイは無言のまま、真剣な表情でスクリーンを見ていたが、サトシの視線に気付いたのか、こちらを向いて、

「…! どうしたの?」

「いや、なんでもない。頑張ってくれよ」

「うん」

 +  +  +  +  +

 メインモニタをずっと見ていたミサトは軽く頷くと、五大の方を向き、

「本部長、では、作戦を開始いたします」

「頼む」

 その時だった。加持はふと思い付き、口を開いた。

「そうだ! 葛城、ちょっと待て!」

「どうしたの!?」

 訝しげに訊いて来たミサトを制すると、加持は五大に向かって、

「本部長! 以前、量産型に脳神経スキャンインタフェースの情報を提供した時、いざとなれば、このインタフェースで遠隔操作が可能になると仰っておられましたよね!」

 それを聞いた五大は、大きく頷くと、

「おお! そう言えばそうだったな! すっかり忘れていた!」

「もし量産型を手の内に入れられれば、パイロット救出作戦も事実上完了したようなものです。先にやってみるべきでしょう!」

「うむ! その通りだ! やってみる価値はある!」

と、言った後、五大はマヤに、

「伊吹君! リンク出来ないか試してみてくれ!!」

「了解!!」

 マヤは一心にキーボードを叩き、

「現在リンクを試みています! あっ! 応答がありました!! モニタに出します!!」

 その次の瞬間だった。メインモニタに開いたウインドウの中に現れた映像に、スタッフ全員が愕然とした。

『わははははっ!!! そんな事をしても無駄だ!! やめておけ!!』

 その映像は、かつてのゼーレのトップ、キール・ローレンツの姿だった。

 続く



この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。

BGM:'祈り(Ver.4b) ' composed by VIA MEDIA

二つの光 第二十五話・変化
二つの光 第二十七話・時間
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