第四部・二つの光
サトシ達五人は急ぎ足で作戦室に戻って来た。既に他の五人のパイロットは来ており、カジマ、由美子、松下もいる。
「綾小路以下5名、参りました」
ゆかりの言葉に由美子が頷き、
「博士とライカー艦長はこちらに向かっているわ。もうすぐ到着すると思うけど」
十人のパイロットを見渡しながらカジマが口を開く。
「うむ。全員顔色がいい。短い時間とは言え、休息を取って貰った効果はあったようだな」
その時、中之島とライカーが入って来た。
「おお、待たせたのう」
「よし、全員揃ったな。それでは今後のスケジュールを発表する。……まずは改良した武器…防御システムの説明からだ。松下本部長、お願いします」
カジマの言葉に松下は頷くと、
「了解しました。……まず、サイコバリヤーとそれを応用した武器、サイコバルカンから説明しよう。これはサイコバリヤーを武器として使用するシステムなのだが、つまり、サイコバリヤーの強度を持つエネルギーの塊を、光の速度で撃ち出す物だ。このシステムは、戦闘機に搭載されているバルカン砲になぞらえ、カジマ司令が『サイコバルカン』と命名なされた」
松下の言葉に、カジマは一瞬頬を緩めたが、すぐに真顔に戻る。
続いて松下は、
「これを見てくれ」
と、リモコンを操作し、壁のモニタのスイッチが入る。
「まず、サイコバリヤーだが、反重力エンジンを搭載したFV−31垂直上昇戦闘機に組み込んだ結果だ」
滑走路に置かれた1機の戦闘機に向かって戦車がゆっくりと近寄って来たと思う間もなく、その大砲が火を噴く。
ドオオオオオオオンンンッ!!!
「「「「「おおおっ!!」」」」」
パイロット全員は声を上げた。驚くべき事に、戦闘機の周囲にある見えない壁のようなものに砲弾が当たって爆発したが、戦闘機は傷一つ受けていないのである。
松下は続けて、
「次に、廃棄処分となった戦車を50台並べる。それの真横から戦闘機を使ってサイコバルカンを放つ……」
切り替わった映像にパイロット全員は注目した。滑走路の上に、海に向かって延々と並べられた戦車に対し、戦闘機がサイコバルカンを撃つ。
バスッ!!!!
「「「「「おおおおおおおおっ!!」」」」」
十人はまたもや驚きの声を上げた。戦闘機の先頭から細い光の筋が出たと思う間もなく、その光は50台の戦車を全て貫通して海の上に消えてしまったではないか。
+ + + + +
第七話・旅立ち
+ + + + +
松下は頷くとビデオを止め、
「以上が改造した戦闘機で行った実験結果だ。
さて、オクタⅡには既にサイコバリヤーシステムが組み込まれているが、それを更に調整して強度を上げてある。具体的に言うとだ、潮岬での戦闘時の強度を80とすると、ここに来る前には一応調整して90以上には上げてあったのだが、再調整を行って97以上まで上げておいた。オクタⅡに関してはオモイカネⅡが搭載されているから簡単な調整、即ち飛行時のバランス調整だけで済んだ訳だ。
旧オクタの3機に関してはそうは行かなかったが、今回は、基本的に無人で使うと言う事を前提と考え、操縦カプセルの反重力エンジンを全てバリヤーのために使うと割り切った。そのため、サイコバリヤー使用時はカプセル単独で飛ぶ事は出来ないが、バリヤーの強度はオクタⅡと同等のレベルを確保してある。計算上では、本体の強度と合わせれば、ゼルエルのビームの直撃を食らっても耐えられる筈だ。
戦闘機に関しては、旧オクタと同様、バリヤーを使用する時は通常エンジンでの飛行を前提とする方向で処置を行ってある。その方がサイコバルカンでの攻撃も行い易いからな。
サイコバルカンは凄まじい貫通力を持っている。計算上ではラミエルのATフィールドのレベルの障壁なら楽に貫通出来る。
攻撃システムは、このサイコバルカンとマントラレーザーを併用する。さっきビデオで見てもらった映像はあくまでも実験だから、バルカンのレベルは最低に抑えてあるが、それでもこの攻撃力だ。反重力エンジンを使って飛行する限り航続距離は無限だし、戦闘時だけ通常エンジンを併用すればいい訳だから、オクタと共に遠征して作戦行動に出ても充分戦える。百戦錬磨のパイロットが操縦すれば、オクタに勝るとも劣らない攻撃力を発揮出来る筈だ。 サイコバルカンでATフィールドを破りつつ、使徒としての性質の部分を撃破する。更にマントラレーザーでサイコバリヤーを破り、マーラとしてのエネルギーを断つ訳だ。 言うまでもないが、オクタ各機にもサイコバルカンは装備しておいた。腕から出るようにしてあるからそのつもりで使ってくれ。眼からのマントラレーザーと手に仕込んだ光線剣は前の通りだ。
通信システムは今まで通りだが、ノイズに強いスピン波を主体としてある。探査システムは今までのレーダーとスキャナに加えて、全機、フェイズ・スキャナが使えるようにしてあるから活用してくれ。
それから、ここで全員にこれを渡しておく。携帯用のマントラレーザーガンだ。拳銃の形ではなく、くの字に曲がったペン型のレーザーポインタのような形になっているから、剣で相手を斬るような使い方も出来る。使徒に対する攻撃力はまだ未知数だが、マーラに対しては実績があった波形を使っているからな。 それと、これは腕時計型のスピン波通信機だ。後、操縦カプセルに搭載されている宇宙服もチェック済みだし、エヴァ零号機にも積み込んでおいたが、念のために出撃前には各自で点検しておいてくれ。私からは以上だ」
続いてカジマが口を開き、
「補足しておくと、沖縄以外の在日米軍と自衛隊にもサイコバリヤーとサイコバルカンとマントラレーザーを使えるように改造法を連絡してある。反重力エンジンを搭載した準音速ジェットヘリ、戦闘機、輸送機を全て改造させ、世界中に派遣して偵察と被害者の救援に当たらせる予定だ。使徒に対する攻撃は、我々が中心となって行う事も正式に決定した。大変な任務だが、全員気を引き締めて事に当たって貰いたい。さて、それでは『向こうの世界』に遠征するチームに関して指示するが、これは山之内部長にお願いする」
由美子は頷くと、
「では、『向こうの世界』に送り込むチームを発表します。……まず、当然の事なんだけど、渚君と綾波さんは、エヴァ零号機で帰って貰う事になるわ」
「はい」
「はい」
「そして、送り込むオクタは……」
八人のオクタへドロンⅡのパイロット達は、固唾を飲んで由美子の言葉を待つ。
「プリティヴィ、ヴァルナ、アグニ、ヴァーユ、アカシャの5機」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「…………」
「!!……」
意外な結果に、八人は声を上げた。事情がよく判らないカヲルは表情を変えていないが、レイはかなり驚いたようだ。
ここで中之島がニヤリと笑い、
「ふぉっふぉっ、意外ぢゃったようぢゃの。まあ、最後まで聞け。……由美子君」
由美子が頷き、続ける。
「はい。……送り込むのはこの5機だけど、パイロットは一部変更します。プリティヴィには綾小路さん、ヴァルナにはリョウコちゃん、アグニにはアキコちゃん、ヴァーユには草野君、アカシャにはサトシ君に搭乗して貰います。こちらに残す3機については、カーラにマサキ君、ヴァジュラにタカシ君、ガルバにはサリナちゃんに乗って貰うわ」
ここで、マサキが、
「すんまへん。リーダー格としてお聞きします。向こうに行くメンバーなんでっけど、沢田君と北原ちゃんと形代ちゃんは、まあ今までの流れからわかるとして、草野君と綾小路さんはいきなりで大丈夫なんでっか? それとなんでパイロットを変えるんです?」
それを聞いた中之島は、
「それに関しては儂が答えようかの。構わんか? 由美子君」
「ええ、お願い致します」
「うむ。今回選定したパイロットなんぢゃが、沢田君、北原君、形代君の三名は『向こうの世界』との繋がりが深い。それで行って貰う事にしたのぢゃ。綾小路君に関しては、今回の行方不明で『次元の通路』を経験しておるから、その時の経験を活かして貰いたかった上に、今回判明したマントラ使用法に気付いてくれた実績もある。即ち、総合的な知識と洞察力のレベルが高いと判断したからぢゃ。草野君は、手動操縦は巧みぢゃが、如何せん、実戦経験が少ない上、旧オクタを使った事がない。こっちの戦闘でオクタⅡに乗りながら旧オクタを操る事を考えると、実績のある四条君、橋渡君、玉置君の三名にはどうしても残って貰いたい所ぢゃ。そこで総合的に判断してメンバーを決めたのぢゃよ。次に、送り込むオクタの件ぢゃが、オカルティズムの観点に立ってオモイカネⅡに計算させた所、カーラはこちらに残しておく方が良さそうなんでのう」
「えっ?! そうなんでっか?」
驚くマサキに、中之島は続けて、
「そうぢゃ。実を言うとの、オクタⅡは機械的には同じ設計ぢゃが、オカルティズムの観点に立つと、全て性質が違うのぢゃ。儂はその辺りの意味も込めて命名したのぢゃが、8機のオクタⅡの中で、カーラだけは『時間』に関する能力を持っておるのぢゃよ。お主等には詳しく説明しとらんかったと思うが、フェイズ・スキャナを作った時に、儂は『向こうの世界』と通信するためには、双方の時間の速度が一致した時でないと駄目ぢゃろうと推定しておった。その考えを応用すると、何かの時にこちら側から『次元の通路』を開けたい場合には、時間に関する能力を持つカーラがおった方が良いと考えられるのぢゃ。それぐらいのカードは持っておらんとのう」
「なるほど……」
「もう一つ言うとぢゃ。アカシャは空間に関する能力を持っておる。異次元空間を摺り抜けるためにはその能力が必要になる筈ぢゃ。さっき説明したように、綾波君達が異次元に飲み込まれたのを感知した実績もあるからの。プリティヴィ、ヴァルナ、アグニ、ヴァーユはそれぞれ地水火風に関する能力を持っておるから、四大を操る、と言う魔法的な意味で向こうに連れて行くのには最適ぢゃろう。こっちに残すヴァジュラとガルバは、それぞれ密教の金剛界と胎蔵界に対応しておるから、オカルトの能力としては地水火風の4機の分をカバー出来る。それでこのような形にしたのぢゃよ。尚、重ねて言っておくぞよ。前の会議でも説明したように、今回綾小路君が発見してくれたマントラの使い方は、全てシステム化してオモイカネⅡに組み込み済みぢゃ。今後はこのシステムをマントラコマンドシステムと呼称するぞよ。」
「わかりました。そいで、パイロットの変更に関してはどないな意味が?」
「それについてはオモイカネⅡの計算結果と、オカルティズムの観点に立った適性審査を改めてやった結果と考えて欲しいのう」
「そうでっか。了解しました。そんで、由美子さん、旧オクタの3機でっけど、担当の割り当ては?」
由美子は改めて、マサキ、タカシ、サリナに向かって、
「ヤキシャはマサキ君が受け持ってちょうだい。ナーガはタカシ君、キナラはサリナちゃんに任せるわ」
「はっ! わかりました!」
「了解しました!」
「わかりました!」
由美子は、カジマの方を向き、
「カジマ司令、私の方からは以上です」
カジマは頷き、
「うむ。では、今後のスケジュールに関して指示する。現在の時刻は日本時間の6月24日23時30分だ。こちらの世界で使徒と戦う攻撃班は、当基地で編成する攻撃隊の所属とする。そして偵察隊を2隊編成し、25日午前3時に、3隊でまずハワイに向かう。そこで状況を確認した後、攻撃隊は偵察隊1隊と共にアメリカ本土に向けて再出撃する。念のために言っておくがこれは身贔屓ではない。うまく通信が出来るようになれば、アメリカの残存戦力を活用出来る可能性があるから、まずはそちらから始めようと言う訳だ」
ここで、松下が、
「カジマ司令、問題はハワイにせよアメリカ本土にせよ、人間がイロウルにやられているかどうかですな」
「その通りですね。JRLにはそちらの対応をお願いせねばなりません。改造済みのFV−31を護衛も含めて2機準備しますから、松下本部長には早急に京都に戻ってイロウル対策を講じて戴きたい」
「了解しました」
カジマは改めて全員を見回し、
「次に、『向こうの世界』に遠征する5機とエヴァンゲリオン零号機はエンタープライズに搭乗し、25日午前3時に月軌道に向けて発進。その後、4時を目標として月の裏側から次元の通路に進入する。博士、『次元の通路』を開く方法については如何ですかな?」
「オクタ3機とエヴァ零号機のコンピュータとフライトレコーダを解析した結果を応用する事にした。同じ状態を再現してみるだけぢゃ。絶対に成功すると言う保証はないが、方法としてはそれしかなかろうな」
「成程。それしかないでしょうな。で、それに成功したら、エンタープライズは地球に帰還する。そのまま地球を周回する軌道に乗って通信カプセルを放出し、通信網を確保すると同時に攻撃隊の指揮を執る。そのため、山之内部長には、連絡担当としてエンタープライズに搭乗して戴きたい」
「了解致しました」
「ライカー、何か問題があったら言ってくれ」
「オーッ! ノープロブレムねー! それでオーケーよっ!!」
「頼んだぞ。……遠征隊のその後の作戦行動は、向こうに到着してから事情を説明し、再度決定する事。遠征隊のリーダーは、中之島博士にお願いする」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
またもや驚いた十人に、中之島は、
「ふぉっふぉっふぉっ。何を驚いておる。儂が一緒に行くのがそれ程不思議なのかの?」
流石のサトシも、
「し、しかし、博士……」
「沢田君、向こうに行って事件を解決するためには、祇園寺と対決出来る能力の持ち主が必要不可欠ぢゃろう。と、なれば、儂しかおらんのではないかの?」
「! ………確かに……」
「心配するな。老いぼれたとは言え、霊的能力に関してはまだまだ祇園寺如きには負けんわい。それぐらいの力は持っておる積もりぢゃ。それに、何かあった時、儂がおったら心強いぢゃろうが。ふぉっふぉっふぉっ」
ここでゆかりが、にっこりと微笑んで、
「確かに博士にご一緒戴ければ心強いですわ。よろしくお願い致します」
中之島は一層笑って、
「任せておけ。ふぉっふぉっふおっ。……沢田君」
「は、はい」
「さっきも言うたが、今回の遠征のナビゲーションを務めるのはアカシャぢゃ。よって、同乗させて貰うぞ」
「は、はい、了解しました」
ここで、カジマが、
「博士、念のために確認しておきますが、『向こうの世界』に行けたとして、フェイズ・スキャナを使えばこちらとの通信は可能なんでしょうか?」
「時間の流れが一致したタイミングを狙えば理論上は可能な筈ぢゃ。問題はそのタイミングがランダムにしか起きないぢゃろうと推定される事ぢゃな」
「成程。で、エンタープライズにもフェイズ・スキャナは組み込んで戴きましたな?」
「うむ、何とか組み込んでおいたぞ。プログラムそのものは基本的にオモイカネⅡで動いている奴と同じ物ぢゃ」
「いずれにせよ、JRL本部とエンタープライズのフェイズ・スキャナは常に動作させておくと言う事ですな」
「そうぢゃ。その辺りの管理は由美子君に任せておけば良かろう」
「成程。頼みましたよ」
由美子は頷き、
「お任せ下さい」
ここで、カジマがまた改めて全員に向かって、
「よし、では今後の作戦行動に関しての確認は一応終わったと見なすが、何か確認しておかねばならない事はないかね?」
由美子が口を開く。
「一つあります。よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「昼の会議ではなんとなく流れてしまっていたのですが、『青い光』の件です。沢田、形代、綾小路、綾波、渚の五名は、マントラと関連するタイミングで『青い光』を見ています。サトシ君、そうだわね」
「あ、はい、そうです」
「『カオス・コスモス』の最終決戦の時には、私もその青い光を見ました。その時、我々はその光を『神の光』と認識していましたが、今回の青い光は、その時の光とは無関係なのでしょうか? 私としてはそのあたりに引っ掛かりを感じるのですが」
中之島が頷き、
「成程のう。確か、『開放系の神』と名乗る存在ぢゃったな」
「そうです」
中之島は、サトシに向かって、
「沢田君、確か、青い光を見た回数は君が一番多い筈ぢゃ。何か感じたか?」
「……うーん、いえ、その………」
「何とも思わんかったか?」
「いえ、それが、その時は、『青い光』を見た、と言うだけで、特に何か呼びかけられているような感じはなかったんです。マントラと同調して青い光が見えたと言うだけでした……」
「うーむ、まあ、透視能力の訓練をする時に見える光は紫がかった青い光を見る事が多いし、青い光を見たからと言うて、短絡的に神と結び付けるのは愚の骨頂ぢゃからのう………。他の四人の諸君はどうぢゃな? 何か変わった感じがしたかの?」
まず、ゆかりが、
「私も特に何も感じませんでしたわ。確かに博士の仰るように、オカルト現象と関連して青い光を見る事は多いと伺っておりますし、私自身、神仏のご加護を信じてはおりますが、今回の青い光を、即、それに結び付ける事は道を誤りかねないと考えますわ」
続いてアキコが、
「わたしも特になんとも思わんかったです」
レイは、
「暗黒の世界に入ったときに、安心できるような感じがしたと言うことは申し上げたとおりですが、前に暗黒の世界に行ったときに見た青い光と同じだったかどうかはわかりません……」
カヲルは、
「僕は青い光を見たのは今回が初めてですから、よくわかりません」
それを聞いた中之島は改めて頷くと、
「よし、判った。それに関しては注意しておくに留めようかの。今あれこれ悩んだ所で詮無き事ぢゃ。今後の動きに気を付ける事ぢゃ」
由美子は頷き、
「了解致しました」
更に、中之島は、
「それから、儂からも一つある。エヴァ零号機に搭載されておった脳神経スキャンインタフェースを解析したのぢゃが、どうも良く判らんかった。オクタに搭載してある物とは原理が違うようぢゃ。まあ、大きな問題ではなかろうとは思うがの。儂からは以上ぢゃ」
「他にはないか? ………よし、ないと見なす。では、会議を終了する。全員出撃準備!!」
カジマの言葉に全員が席を立った。
+ + + + +
ゆかりと大作はプリティヴィとヴァーユをエンタープライズに運ぶ事になって格納庫に行ったが、サトシ、リョウコ、アキコ、レイ、カヲルの五人はその必要がないため、部屋で出発時刻まで待機する事になった。
部屋に帰って机に向かったサトシは、肘を突き、顔の前で手を組んで瞑目し、
「……………………………」
無論、今までの経緯から考えれば自分が遠征班の一員に選ばれるだろうと言う事は予想出来ていた。しかし、実際にそう命令されてみると、やはり一抹の不安が胸をよぎる。
(………いよいよか……。ちゃんと向こうの世界にたどり着けるのか……。帰って来られるのか……)
色々な事が頭に浮かんでは消え、考えが纏まらない。サトシはじっと無言のまま考え込んでいたが、やがて無意識的に口の中で、
「オーム・アヴァラハカッ……」
+ + + + +
由美子は発令室に行き、JRL本部中央制御室の山之内、岩城と交信していた。メインモニタに映る夫は真摯な表情をしている。
「……と、言う状況です。本部長はついさっき米軍機でそちらに戻られました。後一時間もしない内に到着すると思います」
淡々と語ってはいるが、その眼の光は、山之内に彼女の「決意」を感じ取らせるに充分であった。
『そうか、わかった。こっちの事は僕等が責任を持って引き受ける。頑張って来るんだぞ』
「はい、全力を尽くします。岩城理事長、サポートをよろしくお願い致します」
『了解しました。お気を付けて』
「では、交信を終了致します」
由美子は踵を返すと、シャトル格納庫に向かって歩き始めた。
(……あなた……、……私、頑張るからね……)
+ + + + +
アキコも部屋で机に向かってじっと考え込んでいた。
(………沢田くん、いっしょにがんばってよね。……わたしもがんばるけん……)
+ + + + +
レイは部屋でベッドに腰掛け、手を組んで祈っていた。
(
□
○
△
∪
∩
□
○
△
∪
∩
□
○
△
∪
∩
□
○
△
∪
∩
………)
上手く元の世界に戻れると言う保証はない。次元の通路に入ってもその先はまた別の世界と言う事も有り得るのだ。それに、何とか元の世界に戻れたとしても、そこに待っているのは「地獄の戦い」である。正直、レイは怖かった。
かつての自分なら、「怖い」と言う事など思いもしなかったであろう。しかし今は違う。人間の強さも弱さも自覚してしまった。死ぬのは怖い。戦うのは嫌だ。いっその事、「暗黒の次元」で涅槃寂静の境地のまま永遠に漂っていた方が楽かも知れない。そんな思いすら心をよぎる。
しかし、今のレイは、「カヲルに対する愛情」を知ってしまった。「何とか平和を取り戻して、またカヲルと仲良くやって行きたい」と言う気持ちが心の中で大きな存在となっている。それが彼女に勇気を与えていた。
(……渚くん、ううん、カヲルくん、わたしといっしょにがんばってね……)
+ + + + +
ピピピッ!
(はっ!)
部屋でじっと祈り続けていたサトシの腕時計型通信機が警報音を発した。
『こちら山之内! 遠征班は全員エンタープライズに搭乗します! シャトル格納庫に集合!』
「!! 了解!!」
サトシはゆっくりと立ち上がる。
+ + + + +
マサキ、タカシ、サリナの残留班三人は、カジマと共に戦闘機格納庫にいた。
カジマが、20代半ばと思われる男女二人に向かって、
「ジョン、メアリー、この三人がオクタヘドロンのパイロットだ。彼はリーダー格でカーラ担当のマサキ・シジョウ、こちらはヴァジュラ担当のタカシ・ハシワタリ、彼女はガルバ担当のサリナ・タマキだ」
「使徒攻撃隊長のジョン・ヘンリー大尉だ。よろしくな」
「私は副長のメアリー・ミッチェル中尉です。よろしくね」
「四条マサキです」
「橋渡タカシです」
「玉置サリナです」
ここでカジマが、
「ジョンもメアリーも日本滞在が長いから日本語は得意だ。それも考えて二人を隊長と副長に任命した」
と、マサキ達三人に告げた後、ジョンとメアリーに、
「二人ともすまないが、彼等との会話では日本語を使ってやってくれ」
「了解しました」
「はい、了解しました」
マサキは改めて一礼し、
「よろしくお願い致します。ヘンリー大尉、ミッチェル中尉」
マサキの言葉にジョンは笑って、
「ああ、ジョンでいいよ。俺も君達の事を名前で呼ぶから」
メアリーも同じく、
「私もメアリーでいいわ」
マサキは、やや拍子抜けした調子で、
「あ、そうでっか。では、よろしくお願いします。ジョン大尉、メアリー中尉」
「ぷっ、おいおい、名前で呼ぶのに階級はいらないぜ。わはは」
「うふふっ♪」
「はあ、そうでっか、……どうも……;」
「……………;」
「……………;」
陽気なアメリカンパワーに圧倒され、かなり緊張しているマサキと、少々ドギマギしている様子のタカシとサリナ。
そんな三人を見ながら、カジマも、
「…………………♪;」
と、苦笑していた。
+ + + + +
シャトルには中之島を始めとする遠征班、そして、由美子とライカーが乗り込んでいた。コックピットを見渡しながらライカーが怒鳴る。
「全員搭乗したねー! では発進するよー! エンゲージ!!」
「アイサー!!」
操縦員はシャトルを発進させた。
+ + + + +
+ + + + +
さてこちらは第3新東京市。IBO本部臨時会議室(旧司令室)では、幹部スタッフによる会議が行われていた。
まず、五大が、
「零号機が行方不明になったのが9日の11時5分。それから68時間が経過した。それで、この間の各部署における作業の進捗状況と今後の行動に関して確認しておく。葛城君、君から頼む」
「はい。5時間後をめどに、零号機の救出計画を実行します。方法は日向技術部長代行がまとめた手順にそのまま従うものとします。次にアスカ、いえ、惣流の容態ですが、これは変化がありません。他のチルドレンは本部内においてその所在と健康状態を把握しておりますが、全員異状なしです」
「了解した。次に日向君、そちらは?」
「加納さんにご協力戴いてスピン波通信の実験を行いましたが、やはりここにある部材だけでは完全なものを作る事は不可能でした。それでやむなくJAに搭載されていた予備の回路を外して本部の通信回路に直接接続しました」
「成程。つまり今の所はJAとだけ通信が可能なんだな」
「その通りです」
ここで、加納が、
「ここは標高が高いから、駒ケ岳山頂のアンテナを使う限りはかなりの距離でも通信出来ると思う。ビルの陰などで通信が出来ない場合は、ビルの屋上ぐらいまでJAを浮上させ、屋上の柵でも掴んで姿勢を安定させれば取り敢えずは何とかなるだろう。但し、第2や京都まで行ってしまったら無理だろうな。それともう一つ、良くない報告だ。さっきJAを上空に上げて静止させ、京都とのスピン波通信を試みたが、試み以前の問題だった」
「と、言うと?」
「JAは元々空を飛ぶための姿勢制御を行う能力を持っていない。反重力で見かけの質量をゼロにした状態で上空まで上げたら、風で流されて京都にスピン波の照準を合わせる事は全く無理だった」
「そうか、仕方ないな」
と、ため息をついた五大に日向が、
「但し、裏技的方法ですが、一つ試してみるべき手があります」
「何だね」
「短波無線機です」
「おっ、そうか! 短波無線機か!」
と、五大が思わず大きく頷く。冬月も、
「成程な。確かに『裏技』だ」
日向は、軽く一礼した後、
「原始的ですが、極めて出力の強い短波無線機を使えば、遠距離通信が可能かも知れません。アナログは案外ノイズにも強いです。それで、急遽作らせました。無論JAにも搭載してあります」
五大が、眼を光らせ、
「携帯用のものも作れないか?」
「現在製作中です」
「わかった。それではその方向で進めてくれ。それを使えば何とか道が開けるかも知れんからな」
「了解しました」
続いて五大は、青葉に、
「青葉君、参号機の修復作業の方はどうだ?」
「修復作業そのものは完了しています。最後のツメで思ったより手間取りまして、予定時間を大幅にオーバーしましたが、先程何とか完了しました。中河原さんにも『霊的検査』を行って戴きましたが、『一応異状なし』でした」
中河原も、軽く頷き、
「一応見ておいたが、問題はないと思う。ただ、ちょっとだけ気がかりな点がなきにしもあらず、なんだが……」
「どんな点だ?」
と、訊き返した五大に、中河原は、
「前の時に比べると、変に落ち着いたような感じがあるんだ。例えて言うと、前は『熱気』のような物を感じたのだが、今回はそれを感じない。その点で言うと、他のエヴァンゲリオンに近付いたような感じだ」
「何だと? では、単独起動が出来なくなったと言う事か?!」
「私にはそこまではわからん。しかし、危険はないと思うから、実際に動かしてチェックしてもらうしかないと思う」
「そうか、わかった。では青葉君、問題がなければ起動実験を行ってくれ。パイロットは……、碇君を乗せるしかないか……。葛城君、碇君を乗せても大丈夫と判断するかね?」
「はい、それに関しては大丈夫だと思います。本人の意思も確認しました」
「よし。ではその線で進めよう。次は伊吹君、フィルタは完成したか?」
「はい、前回青葉が急遽マギにセットしたフィルタプログラムを改善しました。少なくとも前回程度のノイズなら75パーセント以上は除去出来ますし、ノイズを通信波として解釈する事も出来ます」
「わかった。次は加持君だ。碇ゲンドウの行動に関して何か推定出来たかね?」
「申し訳ありません。冬月先生と一緒に色々と検討致しましたが、現在の所は、こうだと確信するに至るような仮説は見つかっておりません」
「そうか、まあそれに関しては今あれこれ言っても仕方ない事でもあるからな……。わかった。引き続き検討しておいてくれ」
「了解しました」
五大は、改めて全員を見回すと、
「さて、一応これで現状の確認は終わったな。次は行動計画だが、今の所、使徒に対しては我々は受身にならざるを得ない。それでその件は監視を続ける、と言う事にして、とにかく第2と京都の調査の件だが、加納、計画としてはどうなっている?」
「準備は整っている。2,3時間後には出発する予定だ」
ここで加持が、
「本部長、割り込んですみませんが、警察と戦自に連絡を取って協議しまして、日向部長代行の提案した短波無線機の話をしました所、それで通信出来るのなら、と言う事で、先方も飛行機を飛ばす事になりました。それでJAとの連携を希望しています」
「そうか。それは有り難い事だな」
「それで、私もJAに同行させて戴きたいのですが」
「君がか」
「はい、内務省調査室との連絡も必要と考えますので」
「そうか、……よし、わかった。行きたまえ。JAに同乗させて貰えばいい。加納、構わんな?」
「無論だ。加持部長のご協力を戴けたらこちらも助かる。時田さん、お願い致しますよ」
「了解しました」
五大は大きく頷くと、
「よし、では会議を終わる」
+ + + + +
+ + + + +
こちらはサトシたちの世界である。地球を飛び立ったエンタープライズは月の裏側に到着していた。ブリッジに集まったパイロット全員にライカーが檄を飛ばす。
「いよいよ出撃でーす! 全員、気を引き締めて頑張りなさーい! では、全員搭乗しなさーい!」
「了解!!」
「了解!!」
「了解!!」
「了解!!」
「了解!!」
パイロットは口々に言いながらコックピットを出て行った。
+ + + + +
+ + + + +
IBO本部長室。
コンコン
「どうぞ」
五大の言葉に応じて入って来たのは加持と冬月である。
「失礼します」
「失礼するよ」
「お、加持君と冬月先生か」
加持が、五大に向かって、
「本部長、出発前に申し上げておかねばならない事があります」
「碇ゲンドウの件かね」
「おわかりでしたか」
「ああ、さっきの会議での君と冬月先生の顔つきで何となくわかったからな。あれ以上は敢えて何も言わなかったのだよ」
「はい、時田さんもおいででしたので、あの時は申しませんでしたが、私達の推定では、碇ゲンドウは、前の歴史での補完計画と同じように、ここのジオフロントを最大限に活用するつもりではないか、と」
「やはりそう考えるか」
冬月も、
「月並みだが、消去法で考えてもそれしか思い当たらんよ」
五大は頷き、
「成程。『黒き月』、即ち、『リリスの卵』ですか」
「そうだ。前の時は、ゼーレが量産型のS2機関のエネルギーを開放してジオフロントをリリスの卵に変化させたのだと思うが、詳しい理論は私にもわからん。しかし、ジオフロント自体に何か意味があるとすれば、また同じ事が起こる危険性は否定出来んからな」
「ただしかし、もしそれに『霊的な意味』があるとしたら、そうそう簡単にはやられませんよ。我々にも切り札がありますのでね」
五大の言葉に、冬月は身を乗り出し、
「切り札、とは?」
「我々『晴明桔梗』のメンバーには『魔法』のエキスパートが多数います。その技術を駆使すれば、霊的現象に歯止めをかける事はそう難しくありませんからな」
「『魔法合戦』と言う事かね」
「その通りです。寧ろ、積極的にその観点に立って、ここを『黄泉比良坂』と解釈すればどうです」
「!! 成程……。『黄泉比良坂』か……」
「!!………」
驚き顔の二人に、五大は続けて、
「アダムをイザナギ、リリスをイザナミと考えれば、ここは『黄泉比良坂』です。そう考えれば、霊的戦闘ではこっちが有利ですよ。今までそう言う解釈をなさった事はないでしょう」
冬月は、ゆっくり頷くと、
「確かに……。今まで西洋神秘主義の観点からしか考えなかったが、東洋神秘主義を元にすれば………」
「そうです。『大きな石』を置けば、『通路』を塞げるんですよ。まあ、それに関しては我々に任せておいて戴きましょう」
「そうだな。それが賢明だな」
ここで加持が、
「本部長、今までジオフロントの事に関しては特に心配なさっておられないようにお見受け致しておりましたが、それが理由だったんですか」
「そうだ。我々はここを『黄泉比良坂』と解釈している。だから今まで特に何も言わなかったのだよ」
「了解しました。……所で、もう一つ相談があります。もうそろそろ幹部スタッフや時田さん達に、私と葛城を含めた五人が『向こうの世界』に行っていた事を公表すべきではありませんか」
「その件か。……うーむ、どうすべきかな……」
「最終的な決断はお任せ致します」
「わかった。考えておこう」
「お願い致します。では私は出発の準備がありますので」
「そうか。頼んだぞ。気をつけてな」
加持と冬月は本部長室を出て行った。
+ + + + +
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月の裏側。
アカシャの中、中之島が真剣な顔で口を開く。
「ではこれよりオモイカネⅡを動作させる。全員準備はいいな?!」
『プリティヴィ準備完了です!』
『アグニ準備オッケーです!』
『ヴァーユも完了しました!』
『ヴァルナ準備完了!』
『エヴァ零号機準備完了です!』
中之島は頷き、
「艦長! では開始するぞ!」
『オーケーねっ!』
『みんな気をつけてねっ!!』
ライカーと由美子の応答に、中之島は再度頷くと、サトシに向かって、
「沢田君、開始しろ!」
「了解! プログラムスタート!!」
アカシャのスクリーンにウィンドウが開き、マントラのシンボルが映った。
続く
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は全て架空の物です。
BGM:'夜明け -Short Version- ' composed by Aoi Ryu (tetsu25@indigo.plala.or.jp)
二つの光 第六話・癒し
二つの光 第八話・導き
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